岩谷 テンホー(いわたに てんほー、1954年9月30日 -… 岩谷 テンホー(いわたに てんほー、1954年9月30日 - )は、日本の漫画家。本名は岩谷芳朗。代表作は『みこすり半劇場』。長崎県出身。 長崎県南松浦郡新上五島町(旧奈良尾町)出身。長崎県立長崎工業高等学校卒業。大手印刷会社で漫画雑誌の写真製版の仕事をしていた。届く4コマ漫画の原稿を読み、俺にも書けると一念発起し、1985年に31歳でデビューした。1986年から2002年まで週刊プレイボーイに『マグニチュード9.99』を長期連載した。担当が元少年ジャンプの編集者であったこともあり、作画やアイディア出しのアドバイスをたくさんもらい、インタビューでは育ててくれた雑誌と述べている。 その後東スポアダルト面で4コマ漫画の連載をスタート。
花郁 悠紀子(かい ゆきこ、1954年〈昭和29年〉9月21… 花郁 悠紀子(かい ゆきこ、1954年〈昭和29年〉9月21日 - 1980年〈昭和55年〉12月12日)は、日本の漫画家。女性。石川県金沢市出身。実妹は漫画家の波津彬子。 高校時代に坂田靖子と出会い親友となり、坂田が主催する漫画研究会ラヴリに参加し同人誌活動を行う。その後上京し、住み込みで萩尾望都のアシスタントを務めながら、投稿活動を続ける。1976年、『別冊ビバ・プリンセス』(秋田書店)春季号(創刊号)に掲載の「アナスタシアのすてきなおとなり」でデビュー。『月刊プリンセス』『ボニータ』(いずれも秋田書店)などで四季シリーズ、アナスタシアシリーズなどを発表して活躍。SFやファンタジーの要素を織り交ぜた、現実味のある人間ドラマを描く。
大平 かずお(おおひら かずお、1954年9月7日 - )は… 大平 かずお(おおひら かずお、1954年9月7日 - )は、日本の漫画家。男性。島根県浜田市出身、のち福岡県福岡市に移住。 1977年に『週刊少年ジャンプ』(集英社)に掲載された『マラソン社長』でデビュー。自画像ではデビュー時から眼鏡をかけている。シンプルな線、短い等身、震えるようなくちびるを持つ主人公などが代表的な画風。専門はギャグ漫画で、後に野球漫画、4コマ漫画も執筆する。 この節で紹介している作品は、すべて『週刊少年ジャンプ』(集英社)掲載作品で、単行本化作品はない。 集英社と『ジャンプ』での執筆に伸び悩みを感じ、集英社との独占契約を終了、『週刊少年キング』(少年画報社)に移籍。 他に、『中学コース』(学研)にもプロ野球のコーナーの漫画も執筆していた。
馬場 康夫(ばば やすお、1954年〈昭和29年〉8月18日… 馬場 康夫(ばば やすお、1954年〈昭和29年〉8月18日 - )は、日本の制作会社経営者であり、著述家、映画監督、漫画原作者、YouTuberである。 ホイチョイ・プロダクションズ(東京都世田谷区)代表取締役社長。 東京都生まれ。成蹊小学校、成蹊中学校・高等学校、成蹊大学工学部卒業(政治家の安倍晋三とは幼稚園~大学までを過ごした親友)。 日立製作所元専務・馬場粂夫の孫にあたり、母方の祖父は建築家の藤井厚二である。 高校時代に8ミリ映画を撮り始めた(最初に出演してくれた友人の吉岡文男と田中真理子に敬意を表して、自身の全映画作品には必ず「文男」「真理子」という役名を登場させている)。 成蹊大学在学中に、同級生らとホイチョイ・プロダクションズを設立、漫画同人誌の発行や8ミリ映画の制作を行った。
渡辺 みちお(わたなべ みちお、1954年7月27日 - )… 渡辺 みちお(わたなべ みちお、1954年7月27日 - )は、日本の漫画家。新潟県佐渡市出身。血液型はB型。代表作に『まるごし刑事』、『白竜』など。 小学3年生の頃に絵画コンクールで賞を貰った事をきっかけに絵を描く事に興味を抱くようになる。離島在住のため近くに本屋がなく、通信販売で当時刊行されていた漫画雑誌の『冒険王』や『少年』などを取り寄せて読んでいた。小学校の高学年の頃から友人と共に漫画を描くようになり、中学生の頃に石ノ森章太郎の『マンガ家入門』が発売されると、渡辺はそれを教科書にして本格的な漫画の描き方を覚えるようになる。 高校時代に作品を2本ほど投稿するも落選、実力不足と判断して高校を卒業した時点で漫画家の道は諦めていた。
えびはら 武司(えびはら たけし、男性、1954年6月5日 … えびはら 武司(えびはら たけし、男性、1954年6月5日 - )は、日本の漫画家。 代表作は、アニメ化や実写映画化もされた「まいっちんぐマチコ先生」。 京都府で生まれ、8歳時に千葉県に移り住む。小学校では、関西なまりが受けて一躍人気者になる。その後、両親の仕事の都合で県内を転々とし続ける。 1973年から1975年にかけて、大ヒット漫画家である藤子不二雄の藤子スタジオに、18歳から20歳のころまで所属していた。当時藤子不二雄には10人以上のアシスタントがいたが、ファンからアシスタントになったのはえびはらが初であるため、「藤子の最初の弟子」と称される。 「社会常識を知らなさすぎるから、普通の会社で働いてこい」と言われて藤子スタジオを退社。
倉田 よしみ(くらた よしみ、本名:倉田 芳美(読み同じ)、… 倉田 よしみ(くらた よしみ、本名:倉田 芳美(読み同じ)、1954年5月13日 - )は、日本の漫画家。秋田県秋田市出身、神奈川県相模原市在住。
大友 克洋(おおとも かつひろ、1954年4月14日 - )… 大友 克洋(おおとも かつひろ、1954年4月14日 - )は、日本の漫画家・映画監督。宮城県登米郡迫町出身。血液型はA型。息子はイラストレーターの大友昇平(SHOHEI)。 ペンタッチに頼らない均一な線による緻密な描き込み、複雑なパースを持つ画面構成などそれまでの日本の漫画にはなかった作風で、80年代以降の漫画界に大きな影響を与えた。 1988年、自作を元に自ら制作したアニメーション映画『AKIRA』は日本国外でも高い評価を得て、「ジャパニメーション」と呼ばれる、日本国外における日本アニメムーブメントのさきがけとなった。 近年は主に映画監督として活動している。日本SF作家クラブ会員だったが、2023年2月時点では退会している。
志水 圭(しみず けい、1954年4月12日 - 2009年… 志水 圭(しみず けい、1954年4月12日 - 2009年8月18日)は、東京都出身の漫画家・イラストレーター。SF・歴史ファンタジーを得意とする女流マンガ家。 日本大学芸術学部卒。学生時代から創作集団作画グループに参加、先輩漫画家のアシスタントや合作の主要メンバーとして活躍。1980年前後よりテレビ番組向けイラスト製作や児童マンガでキャリアをスタートさせる。1982年に『エリキサー305』(東京三世社刊「SFマンガ競作大全集」)で雑誌デビュー。同誌にてスペースオペラ『ザ・スターリングマン』を連載した。 代表作に美形の賞金稼ぎの活躍を描いたスペースオペラ『蒼き宇宙より君へ』がある。80年代からライフワーク『時空間神話』を執筆。
湯田 伸子(ゆだ のぶこ、1954年4月8日 - 2016年… 湯田 伸子(ゆだ のぶこ、1954年4月8日 - 2016年2月27日)は、日本の漫画家。福島県会津出身。お茶の水女子大学卒業。 福島県立会津女子高等学校卒業後、お茶の水女子大学文教育学部入学。在学中に漫画研究会を創設し、初代会長となる(在学中の後輩に柴門ふみがいる)。同大SF研究会にも入会し、のちに会長になる。 「漫波」「まんぱコミック」「ぱふ」等に作品を発表した後、1978年「プリティプリティ(漫画ラブ&ラブ臨時増刊号)」(せぶん社)掲載の『たそがれの扉』で一般向け商業誌デビューした[要出典]。 一時期、大島弓子のアシスタントをしていたこともあり、『グーグーだって猫である』に「Nさん」として登場している。
SYUFO(しゅうほう、1954年〈昭和29年〉4月7日 -… SYUFO(しゅうほう、1954年〈昭和29年〉4月7日 - )は、日本の漫画家である。紙媒体を制作活動の基礎とする分野では旧来のペンネームである板橋 しゅうほう(いたはし しゅうほう)を用いる。本名は板橋 秀法(いたはし ひでのり)。滋賀県生まれ。京都市立芸術大学日本画科卒業。 大学在学中であった1976年(昭和51年)、アニメ雑誌『月刊OUT』誌上に掲載された「ペイルココーン」にてデビュー。SFアクション漫画を得意とする。1981年(昭和56年)には少年向け漫画雑誌『週刊少年ジャンプ』(集英社)で発表した「いたはししゅうほうとアルゴノウツ」名義作品『ラッキールートへランナウェイ』で第21回手塚賞準入選を受賞している。
たらさわ みち(1954年4月3日 - )は、日本の漫画家… たらさわ みち(1954年4月3日 - )は、日本の漫画家。女性。東京都目黒区出身、血液型はO型。いわゆる、ポスト24年組の一人。 ペンネームは旧姓の「桵沢」をひらがな表記にしたもの。 2人姉妹の次女として誕生。子供の頃は、石ノ森章太郎の影響を受け、いわゆるお絵描きノートに読み切りの漫画から長篇まで取りそろえた作品を描き、友人に見せていた、という。 高校卒業後、ベビーシッターなどをしつつ、投稿をつづけ、その間に、萩尾望都・竹宮惠子・ささやななえこなどのアシスタントを経験。1975年11月号からの「メルヘン」四部作(「メルヘン」・「プラネタリウムより」・「シルバーマン」・「パラダイス」)(『別冊少女コミック』)でデビュー。
大島 やすいち(おおしま やすいち、本名:大島 矢須一(読み… 大島 やすいち(おおしま やすいち、本名:大島 矢須一(読み同じ)、1954年3月24日 - )は、日本の漫画家。京都府京都市出身。平安高等学校卒業。東京都練馬区在住。男性。 高校時代は沼田清のアシスタントを務め、1971年、『週刊少年サンデー』(小学館)掲載の「青春の土」(新人漫画賞入選)でデビュー。 主に少年漫画・青年漫画を執筆している。 代表作に『おやこ刑事(でか)』(原作:林律雄)、『バツ&テリー』等。 妻の川島れいこも漫画家で、川島との間に生まれた娘の大島永遠と三島弥生もそれぞれ漫画家として活躍中。お笑い芸人の小林アナは遠戚にあたる[要出典]。
森生 文乃(もりお あやの、1954年3月17日 - )は… 森生 文乃(もりお あやの、1954年3月17日 - )は、日本の漫画家。愛知県出身。 武蔵野美術大学造形学部油絵科卒。『BE・LOVE』でデビュー。代表作に「ロマンス・ウォッチング」「シャボン玉の日々」他。著書に「結婚ってなんなの!?」がある[要ページ番号]。 この項目は、漫画家・漫画原作者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:漫画/PJ漫画家)。
西 尚美(にし なおみ、本名:西田 尚子、1954年〈昭和2… 西 尚美(にし なおみ、本名:西田 尚子、1954年〈昭和29年〉3月13日 - )は、日本の漫画家。北海道三笠市出身。 大和和紀のアシスタントを経て、1976年に別冊少女フレンド1月号増刊の『ティータイム』でデビュー。以後、「少女フレンド」を中心に活躍し、1990年代後半からは「mimi」を経て「BE・LOVE」「ミステリーサラ」などの女性誌に発表の場を移している。 代表作に『まひろ体験』『美人秘書香都子さんの事件簿シリーズ』『お姑()さまといわれても』『あかりとシロの心霊夜話シリーズ』など。 1985年、『まひろ体験』で第9回講談社漫画賞を受賞。 2001年、『お姑さまといわれても』が、TBS系列で「バトルファミリー - 私、恋します - 」のタイトルでテレビドラマ化。
中山 星香(なかやま せいか、1954年〈昭和29年〉3月6… 中山 星香(なかやま せいか、1954年〈昭和29年〉3月6日 - )は、日本の漫画家。岡山県倉敷市出身、東京都練馬区在住、血液型はA型。矢吹れい子名義で『初代・日ペンの美子ちゃん』を執筆していたことでも知られる。実兄は、同じく漫画家の中山蛙。ペンネームは実家の「中山青果」に由来する。日本の少女向けファンタジー・コミックの開拓者であり、第一人者である。「日本漫画家協会」・「ぐるーぷANTI 」の2団体に所属している(2023年時点)。 岡山県岡山市生まれ、倉敷市に育ち、小学生の頃から兄から漫画の描き方を教わる。岡山県立倉敷青陵高等学校卒業後に上京、飯塚よし照の“猪まんがスタジオ”に入社。猪まんがスタジオが受注した仕事のひとつに、通信教育「現代ボールペン習字講座」の広告漫画執筆があった。
うえやま とち(1954年2月22日 - )は、日本の漫画家… うえやま とち(1954年2月22日 - )は、日本の漫画家。(公社)日本漫画家協会九州支部長。本名は上山 敏彦(うえやま としひこ)。血液型はB型。代表作はアニメ化もされた『クッキングパパ』。福岡県福津市在住。 福岡県福岡市出身。3人兄弟の次男で、父の転勤の都合で兄と弟と過ごすことが多く、料理作りに目覚めたという。 福岡県立筑紫丘高等学校、大分県立芸術短期大学卒業。その後は教員となったが、1977年に辞職して漫画家を目指した。 同年に行われた第14回手塚賞に応募した『くだらない勇気』が佳作入選(上山敏彦名義)し、上京してデビューした。1979年、『週刊少年キング冬の増刊号』(少年画報社)に「であい〜はるきくんの日記」を掲載してデビュー(上山とち名義)。
広井 王子(ひろい おうじ、本名:廣井 照久〈ひろい てるひ… 広井 王子(ひろい おうじ、本名:廣井 照久〈ひろい てるひさ〉、1954年2月8日 - )は、日本の漫画・アニメ・テレビゲームなどの原作を手掛けるマルチクリエイター、舞台演出家。レッド・エンタテインメント顧問、ゲオネットワークス顧問、金沢工業大学客員教授、情報経営イノベーション専門職大学情報経営イノベーション学部超客員教授。元アミューズ所属。 著名な作品は、『サクラ大戦シリーズ』『天外魔境シリーズ』『魔神英雄伝ワタルシリーズ』。 東京都出身、立教中学校、立教高等学校卒業、立教大学法学部3年次中退。
星野 之宣(ほしの ゆきのぶ、1954年 1月29日 - )… 星野 之宣(ほしの ゆきのぶ、1954年 1月29日 - )は、日本のSF漫画家。 北海道出身。愛知県立芸術大学美術学部日本画科中退。1975年に『鋼鉄のクイーン』でデビュー。代表作に『ブルーシティー』『2001夜物語』『ヤマタイカ』『宗像教授伝奇考』など。『2001夜物語』はOVA化、『宗像教授伝奇考』はTVドラマ化されている。 1975年、大学中退後に上京し『鋼鉄のクイーン』で漫画家デビューを果たす。同年『はるかなる朝』で第九回手塚賞に入選。『週刊少年ジャンプ』で『ブルーシティー』を連載開始し、本格的な作家活動に入る。 翌1976年に『葬送船団』で月例ヤングジャンプ賞入賞。以後『巨人たちの伝説』『妖女伝説』(初の青年漫画誌連載)を発表。
大和 正樹(やまと まさき、1954年1月1日 - )は、日… 大和 正樹(やまと まさき、1954年1月1日 - )は、日本の漫画家。新潟県南魚沼郡大和町(現南魚沼市)出身。他に小島 正春、小島 一将、マサ小島など別名義による作品もあり。ペンネームの由来は、出身地である大和町より。 デビュー後は小島正春名義で少年漫画誌を中心に作品を発表していたが、『プレイコミック』にて出世作となる『あげちゃう! 女教師』を大和正樹名義で発表、以後青年誌に活動の場を移す。他の代表作に『パパは大モノ!』、少年誌で『みあげた玉三郎』など。 中学生の頃、漫画雑誌を読んで漫画家を志すようになり、手塚治虫や横山光輝に自分で描いた漫画を送っていたが、ある日横山から「漫画はペン描きで最後まできちんと読み切る形で描くものだよ。
臂 美恵(ひじ みえ、1954年 - )は、日本の漫画家。社… 臂 美恵(ひじ みえ、1954年 - )は、日本の漫画家。社団法人日本漫画家協会参与。 広島県府中市生まれ。1976年京都精華大学美術学科マンガクラス卒業。1978年『マンガ・トリ』で第7回日本漫画家協会新人賞受賞。1979年佛教大学文学部仏教学科卒業。日本で唯一の仏教漫画家と言われている。 この項目は、漫画家・漫画原作者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:漫画/PJ漫画家)。 この項目は、仏教に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ポータル 仏教/ウィキプロジェクト 仏教)。
石倉 淳一(いしくら じゅんいち、1954年 - 2007年… 石倉 淳一(いしくら じゅんいち、1954年 - 2007年9月6日)は、日本の漫画家、イラストレーター。 北海道函館市出身。獨協大学卒業後、「小さい花のテレジア」の挿絵でイラストデビューを飾る(1980年)。のち1983年に『月刊少年ジャンプ』誌上で「わてがナニワの太子だす」を連載開始。同年、月間ギャグマンガ賞佳作を受賞。 幅広い読者層に支持され、漫画、専門書など様々な媒体で創作活動を行った。 2007年9月6日、脳腫瘍のため都内病院で永眠。享年53。 この項目は、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:美術/PJ:美術)。 この項目は、漫画家・漫画原作者に関連した書きかけの項目です。
車田 正美(くるまだ まさみ、1953年12月6日 - )は… 車田 正美(くるまだ まさみ、1953年12月6日 - )は、日本の漫画家・作詞家。男性。東京都中央区月島出身。血液型はA型。 東京都中央区月島のとび職の家の一人っ子で生まれる。若い頃は下町の不良少年で喧嘩に明け暮れ、本宮ひろ志の漫画『男一匹ガキ大将』に感銘を受けて漫画家を志す。漫画を本格的に描き始めた当初は画材を知らず、青インクでペン入れをしたという。高校3年生の時、初作品を『週刊少年ジャンプ』の「ヤングジャンプ賞」に投稿したが落選。週刊少年ジャンプ編集部に落選理由を尋ねに行ったのがきっかけで、当時『侍ジャイアンツ』を連載していた井上コオのアシスタントとなる(一時的に本宮ひろ志のアシスタントも兼ねた)。
西 ゆうじ(にし ゆうじ、1953年11月15日 - 201… 西 ゆうじ(にし ゆうじ、1953年11月15日 - 2013年2月6日)は、日本の漫画原作者、脚本家、放送作家。男性。福井県坂井郡丸岡町(現・坂井市)出身。本名:西 祐治(読み同じ)。 桜美林大学卒業後、美学校映画技作工房で脚本・演出・映画美術を学ぶ。鈴木清順に師事し、共同脚本をきっかけに放送作家として活動を開始する。『オールナイトニッポン』をはじめ多くのテレビ・ラジオ番組の構成を手がけた。 漫画原作者としても活動し、1985年、『ビッグコミックオリジナル増刊号』掲載の読切作品『スローラブ』(作画:あきやま耕輝)で原作者としてデビューした。代表作は『華中華』『あんどーなつ』(いずれも絶筆作品となった)『蔵の宿』など。
内田 善美(うちだ よしみ、1953年10月28日 - )は… 内田 善美(うちだ よしみ、1953年10月28日 - )は、日本の漫画家、イラストレーター。山梨県出身。女子美術大学出身。1974年から1986年にかけて約12年間にわたって漫画家として活動した。代表作は『星の時計のLiddell』、「草迷宮・草空間」、「空の色ににている」など。 美術系の大学に在学中の1974年、マンガ誌『りぼん』の新人賞に投稿した「すみれ色の季節に」が大賞を受賞。同年「なみの障害物レース」(『りぼん』1974年7月号)でプロデビューする。卒業制作で忙しくなるまで、一条ゆかりのアシスタントをしていた。内田に紹介されて代わりに一条のアシスタントになった松苗あけみは、内田は一条の『5愛のルール』(雑誌『りぼん』1975年5月号 - 12月号掲載)で背景などを描いていたと述べた。
新田 たつお(にった たつお、1953年(昭和28年)10月… 新田 たつお(にった たつお、1953年(昭和28年)10月25日 - )は、日本の漫画家。本名・島田 好晴(しまだ よしはる)。大阪府出身。奈良芸術短期大学卒業。血液型B型。 少年時代、少年誌に投稿を行い、何度か入選している。高校在学時に『週刊少年サンデー』に掲載された「母と子の詩」でデビュー。短大卒業後、中学校の美術教師を経て、漫画家となる。 1975年に上京し、『月刊少年マガジン』(講談社)に掲載された「台所の鬼」で再デビュー。「新田たつお」というペンネームは元々、友人の名前で、『台所の鬼』の執筆でペンネームとして使用した際、そのままデビューが決まってしまったため、以降もその名をペンネームとして使用している。
宮下 あきら(みやした あきら、1953年10月8日 - )… 宮下 あきら(みやした あきら、1953年10月8日 - )は、日本の漫画家。男性。代表作に『魁!!男塾』など。 東京都生まれ、三鷹市中原出身。小学生の頃より横山光輝の『伊賀の影丸』に影響を受け漫画を描き始める。 都立神代高校在学中にジミ・ヘンドリクスの影響を受け音楽にのめりこみ、卒業後はバンドマンとしてキャバレーなどで演奏をしていたが、音楽ではいつまで経っても食っていけないだろうと思い、自分が幼い頃に漫画家に憧れていたことを思い出し、漫画家を目指す。出版社に持ち込みを続けていたところ、編集者から高橋よしひろを紹介され、そのアシスタントになる。 第21回(78年度下期)少年マガジン新人漫画賞で『少年勝負師ケン』が佳作となり、1978年末の『少年マガジン増刊号』(1979/01/25号)に掲載され、デビューとなる。
コジロー(1953年10月5日 - 本名:北代浩二郎)は、日… コジロー(1953年10月5日 - 本名:北代浩二郎)は、日本の漫画家。高知県吾川郡伊野町(現:いの町)出身。ペンネームは、本名である「こうじろう」をもじったもの。
前田 俊夫(まえだ としお、本名:河崎 俊夫、1953年9月… 前田 俊夫(まえだ としお、本名:河崎 俊夫、1953年9月18日 - )は、日本の漫画家。大阪府出身、大阪府立布施工業高等学校中退。 小学校入学前から漫画に親しむ。1969年に高校に入学し、高校2年生の時に『少年ジャンプ』(集英社)誌上で南波健二がアシスタントを募集しているのを知り、応募したところ採用される。その後、高校を中退し上京、南波プロで3年間学ぶ。独立後、20歳の時に『コミックmagazine』(芳文社)掲載の『角帽紅蓮隊』でデビュー。 主に成人向け漫画を描く。伝奇バイオレンスを得意とし、『La☆BlueGirl』『妖獣教室』『KOJI~快楽殺人調査官~』『超神伝説うろつき童子』といった多くの作品がアニメ化されている。
竜崎 遼児(りゅうざき りょうじ、1953年9月14日 - … 竜崎 遼児(りゅうざき りょうじ、1953年9月14日 - )は、日本の漫画家。長崎県五島市出身。血液型はB型。 中学生のころ横山光輝の『伊賀の影丸』、さいとう・たかをの劇画を読み、影響を受ける。その後、手塚治虫、ちばてつやの漫画にも感動して漫画家を目指す。高橋わたる、新岡勲、荘司としおのアシスタントを経て、1972年、『漫画ホット』(秋田書店)に掲載の「番格流れ者」でデビュー。『炎の巨人』『どぐされ球団』と野球漫画を続けてヒットさせる。その後も『ウォー・クライ』(ラグビー)、『ばっくれ一平! 』(野球)などのスポーツ漫画や『闘翔ボーイ』(総合格闘技)、『雷電王』(相撲)などの格闘技漫画を発表した。
谷村 ひとし(たにむら ひとし、男性、1953年9月13日 … 谷村 ひとし(たにむら ひとし、男性、1953年9月13日 - )は、漫画家。出身地は福岡県北九州市。特にパチンコの「オカルト打法」を中心とした題材で作品を発表している。極初期には筒美廣平の名義でも漫画を発表していた。 パチンコ店やパチンコ台の背景の上に、自身の小さい似顔絵を貼り付けて吹き出しを描くという、貼り絵作品が中心である。最近は、メーカーから提供された資料画像や携帯で撮影したと思われる写真で大半のコマを埋めるという、他に例を見ない手法で作品を仕上げている。本人の弁によれば、どんなに手描きしてもリアリティがないからとのことである(パチンコランド2009年11月号)。 連載各掲載誌の表紙は谷村ひとしの描くキャラクター(ドンキ・ホーテ)が様々なパチンコ機種のキャラクターに成り切ったイラストが採用される事が多い。
小林 よしのり(こばやし よしのり、1953年〈昭和28年〉… 小林 よしのり(こばやし よしのり、1953年〈昭和28年〉8月31日 - )は、日本の漫画家、評論家、活動家。「よしりん企画」社長、「ゴー宣道場」主宰者。 福岡県筑紫郡大野町(現・大野城市)生まれ、福岡県福岡市育ち。福岡大学人文学部フランス語学科卒業。1976年に『ああ勉強一直線』を投稿しデビュー。『東大一直線』『おぼっちゃまくん』などのヒット作を持つ。令和初期に『おぼっちゃまくん』が人気アニメとしてテレビ放送されているインドでも知名度が高い。1992年の『ゴーマニズム宣言』以降、ギャグ路線だけでなく政治思想路線や時事ネタなどの社会評論的な活動も行うようになり、また2002年から季刊誌『わしズム』責任編集長なども務める。
山崎 匡佑(やまさき きょうすけ、1953年7月26日 - … 山崎 匡佑(やまさき きょうすけ、1953年7月26日 - )は、日本の漫画家。本名は山崎 享祐(読み同じ)で、2024年現在は主にこちらの名義で執筆している。高知県室戸市吉良川町出身。 高知県立の園芸高等学校(現・春野高等学校)を経て、1976年、日本大学芸術学部文芸学科卒業。1974年、大学3年生の時に『別冊漫画アクション』でデビュー。スポーツ漫画(特に相撲・ゴルフもの)を主に手掛ける。2021年4月27日発売の週刊アサヒ芸能(徳間書店)2021年5月6日・13日合併号で「白鵬本紀」 (監修:白鵬翔)を本名の山崎 享祐名義で連載開始と同時に公式サイト「漫画 やまさき商店」とTwitterアカウントを開設。
安藤 しげき(あんどう しげき、本名、安藤 茂樹(あんどう … 安藤 しげき(あんどう しげき、本名、安藤 茂樹(あんどう しげき)、1953年7月10日 - 1997年4月19日)は、日本の漫画家。埼玉県比企郡小川町出身、早稲田大学卒業。 大学では早稲田大学漫画研究会に所属し、堀井雄二やかまちよしろうらと活動を共にする。卒業後は広済堂出版に入社。編集者として勤めた後、イラストレーターとして独立。1982年、「週刊漫画サンデー」において『たまらん!!』で漫画家デビュー。初期は、本名の「安藤 茂樹」名義で執筆していた。その後、ファミリー向け、成人向けを問わず数々の4コマ雑誌で4コマや12コマの作品を発表し、地位を高める。1987年『ヤッちゃんの勝ち!! 』で第33回文藝春秋漫画賞を受賞。
ながい のりあき(本名:長井 紀昭、1953年7月1日 - … ながい のりあき(本名:長井 紀昭、1953年7月1日 - )は、日本の漫画家。島根県隠岐郡海士町出身。血液型はO型。主に小学館の児童向け雑誌などで執筆。 代表作は、『月刊コロコロコミック』などに連載されたサッカー漫画『がんばれ!キッカーズ』、ウェブコミックにもなった『男たちの好日』など。 子供の頃は『週刊少年ジャンプ』を読み、ちばあきお、ちばてつやが好きだった。法政大学合格を機に上京。漫画研究会に入ったのがきっかけで漫画を描き始めるも、卒業後は会社に就職。3年勤めた会社を辞め、漫画家の道を本格的に志すようになる。 何度も出版社に持込を続け、『少年ジャンプ』にてギャグ漫画でデビューも後が続かず、1980年、27歳の時に『月刊コロコロコミック』にて『GOGOゴロー』で第2回藤子不二雄賞佳作を受賞。
菅野 修(かんの おさむ、1953年5月[要出典] - )は… 菅野 修(かんの おさむ、1953年5月[要出典] - )は、日本の漫画家。 岩手県岩手郡西根町(現:八幡平市)出身。[要出典]岩手県盛岡市在住。 1971年に画家をめざして上京するが、つげ義春、白土三平、勝又進などの影響を受け漫画家を目指すようになる。 1973年に漫画雑誌『夜行3』(北冬書房)から「憂鬱デス」でデビューする。同年、『ガロ』6月号に「星の夜の物語」を掲載。 ジャズ音楽の活動経験もあり、山下洋輔トリオ盛岡公演のポスターイラストをはじめ、装幀家菊池信義の単行本のカバーイラストにも採用された。その独特な作風はマンガ界以外にもファンが多い。 2011年、沼田元氣責任編集『こけし時代』に『こけしを愛した作家たち』を連載開始。
シュガー佐藤(シュガーさとう、1953年4月28日 - )は… シュガー佐藤(シュガーさとう、1953年4月28日 - )は、日本の漫画家。宮城県登米郡中田町(現:登米市)出身。別名義:佐藤 利夫(さとう としお)、グロテスク佐藤。 子供の頃より漫画を愛好しており、特に同郷の石森章太郎に憧れを抱いていた。 1971年、アシスタントを志望して石森の実家を訪れ、応対した石森の父の取次により石森からの内諾を得て上京し、石森プロに入社した。当初はアシスタントの数が足りていたため、石森の義弟が営むレストランで出前持ちのアルバイトを務めた後、同年末に『原始少年リュウ』からアシスタントに加わった。 1973年、『イナズマン』のコミカライズ(『小学二年生』連載、佐藤利夫名義)でデビュー。
木村 知夫(きむら ともお、本名:木村 知生、1953年3月… 木村 知夫(きむら ともお、本名:木村 知生、1953年3月26日 - )は、日本の漫画家。秋田県秋田市出身。代表作は『Let'sダチ公』。 かつてはフジオ・プロダクション劇画部で活動し、芳谷圭児のアシスタントを務めていた。『天才バカボン』の劇画タッチの部分を担当したこともある。 1976年、集英社主催の第11回手塚賞で『かぐや姫戦争』にて佳作入選し、同作にてデビュー(木村知生名義)。初期は本名の木村知生名義で活動していた。 1985年、秋田書店の少年誌『週刊少年チャンピオン』にて連載開始された『Let'sダチ公』(原作:積木爆)が約3年半の長期連載作品となり、以降主に同社の少年誌や青年誌、またリイド社や日本文芸社、集英社等他社の青年誌でも主に漫画原作者とコンビを組み作品を発表している。
沢田 ユキオ(本名:沢田 幸男(さわだ ゆきお)、1953年… 沢田 ユキオ(本名:沢田 幸男(さわだ ゆきお)、1953年3月12日 - )は、日本の漫画家。大阪府出身。同志社大学工学部卒業。 幼少期はお笑い芸人に憧れていた。学生時代に同人漫画家グループ「作画グループ」に加入する。その後、『週刊少年ジャンプ』1970年21号に『おれとかあちゃん』、1971年17号に『オーマイブラザー』がそれぞれ読み切り作品として掲載され、1974年、東考社から作品集『オーマイブラザー』が出版された。 しかしすぐに漫画家は目指さず同志社大学工学部に進学後、スポーツ用品メーカーエスエスケイに入社。総務部宣伝企画課にて多忙なサラリーマン生活を送り漫画とは疎遠になっていった。しかし当時の上司であった元阪神タイガース投手の村山実より今の仕事に満足しているのか尋ねられた際に漫画家の夢を打ち明けたところ、村山より「本当にやりたいことをやれ」と背中を押され上京。
魔夜 峰央(まや みねお、本名:山田 峰央〈やまだ みねお〉… 魔夜 峰央(まや みねお、本名:山田 峰央〈やまだ みねお〉、1953年〈昭和28年〉3月4日 - )は、日本の男性漫画家。新潟県新潟市(現・同市中央区)出身。血液型はO型。通称(作品内での一人称)「ミーちゃん」。 新潟市立関屋中学校卒業後、新潟県立新潟南高等学校に入学。高校2年の夏休み中の8月28日より漫画を描き始め、以後毎日執筆を続けたとの事。大阪芸術大学に入学したが2年で退学。 1973年(昭和48年)、『別冊マーガレット』(集英社)1973年8月号「別マまんがスクール」で佳作受賞、同年『デラックスマーガレット』(集英社)1973年秋の号に掲載の『見知らぬ訪問者』でデビュー。当初は本名での作品発表であったが、後に現在のペンネームに改名[要出典]。
名香 智子(なか ともこ、1953年2月22日 - 、本名・… 名香 智子(なか ともこ、1953年2月22日 - 、本名・田中智子)は、日本の漫画家。埼玉県川越市出身。女性。 兄と姉の3人きょうだいの末っ子として誕生する。年が離れていたため、きょうだい喧嘩はしたことがない、という。小学校時代は内気であったが、中高時代は活発な性格であったらしい。ただし、路線図の複雑さが理由で、電車に乗ることができず、都内へ遊びに行ったことはなかったようである。 漫画に興味を持ったのは中学生の頃からで、西谷祥子や水野英子らに憧れたそうで、その頃からペンを持って描き始めている。高校1年の時に週刊マーガレットに初投稿し、第2次審査まで通ったという。同時期に投稿した漫画家として、文月今日子や有吉京子、のがみけいなどがいたようである。
あおやま 英雄(あおやま ひでお、本名:青山英雄、1953年… あおやま 英雄(あおやま ひでお、本名:青山英雄、1953年〈昭和28年〉1月23日 - 2008年〈平成20年〉1月30日)は、日本の元漫画家。長崎県福江市(現:五島市)出身で血液型はO型。 1977年(昭和52年)、『少年ジャンプ増刊号』に掲載された『おれはプロレスラーバッファロー権田』でデビュー。1981年(昭和56年)、『週刊少年キング』に『OH!ダイナマイト』を連載する。同年、ペンネームを”ファイター五島”からあおやま英雄に改める 。 その後は少年誌・スポーツ雑誌・4コマ漫画誌・新聞などで、プロレスと野球を中心にスポーツ漫画を執筆していく。代表作の『ジャングルリング』『それ行けナガシマさん』はいずれも漫画雑誌以外での漫画の連載ながらも長期間の連載となり、読者に親しまれていた。
石川 サブロウ(いしかわ サブロウ、 (1953-01-18… 石川 サブロウ(いしかわ サブロウ、 (1953-01-18) 1953年1月18日(73歳)- )は、日本の漫画家。北海道岩内郡岩内町出身。 1974年、『立ち読み厳禁』が第7回手塚賞で佳作となり、同作品でデビュー(『週刊少年ジャンプ』)。 以後、『警察犬物語』『北の土龍』『蒼き炎』などの作品を次々に発表し、骨太な中にも暖かみのある作風で多くの読者の支持を集める。 この項目は、漫画家・漫画原作者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:漫画/PJ漫画家)。
国友 やすゆき(くにとも やすゆき、1953年1月1日 - … 国友 やすゆき(くにとも やすゆき、1953年1月1日 - 2018年9月20日)は、日本の漫画家。福岡県遠賀郡水巻町出身。福岡県立東筑高等学校、早稲田大学商学部卒業。 早稲田大学漫画研究会出身。在学中の1974年、『増刊少年ジャンプ』(集英社)に掲載の『最後の少年野球』でデビュー。第6回手塚賞の佳作を受賞(当時は国友やすひろ名義)。 『漫画アクション』(双葉社)で連載した『JUNK BOY』は500万部を超えるヒットとなり、1987年にOVA作品としてマッドハウス制作でアニメ化されている。また『ビッグコミックスピリッツ』(小学館)で連載した『100億の男』は、緒形直人主演により関西テレビ制作でドラマ化され、国友の代表作となった。
上原 秀樹(うえはら ひでき、1953年 - )は、日本の小… 上原 秀樹(うえはら ひでき、1953年 - )は、日本の小説家、漫画原作者(別名)、フリーライター(別名)。 立教大学独文科卒業。1986年、「修理屋一平」(少年マガジン掲載)で漫画原作賞。1989年、「走る男」が第32回群像新人文学賞の優秀作に選ばれる。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。 この項目は、漫画家・漫画原作者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:漫画/PJ漫画家)。
小泉 吉宏(こいずみ よしひろ、1953年 - )は、日本の… 小泉 吉宏(こいずみ よしひろ、1953年 - )は、日本の漫画家、絵本作家。ただ、漫画家としては珍しく[誰?]コピーライターの経験がある。最近[いつ?]、結婚式のスピーチや、道徳の教科書に載ったり[要出典]するなどで有名になった、『一秒の言葉』の詩の作者でもある。もともと『一秒の言葉』は、SEIKOのCMとして1985年に流れたもので、広告マン時代に書いた詩「一秒の言葉キャンペーン」。静岡県浜松市出身。静岡県立浜松北高等学校、武蔵野美術大学商業デザイン学科卒業。妻は作詞家の芹沢類。 正確には「吉」の字は「士」に「口」ではなく、「土」に「口」の字を使う。広告代理店勤務ののち、1987年に独立する。
大和田 夏希(おおわだ なつき、1953年 - 1994年2… 大和田 夏希(おおわだ なつき、1953年 - 1994年2月20日)は、日本の漫画家。北海道中川郡池田町出身。本名:大和田 守(おおわだ まもる)。 1953年、北海道中川郡池田町に大和田梅男・フジ夫妻の長男として生まれる。兄弟姉妹は姉が2人いる。非常に貧しい環境で育った。中学卒業後には上京し、初めは川崎のぼる、その後に手塚治虫の弟子となる。1971年、『別冊少年キング』でデビュー。代表作に『タフネス大地』(『週刊少年マガジン』連載)、『われらが南風』(『月刊少年マガジン』連載)、『虹色town』(『週刊少年マガジン』連載)等がある。なお、『われらが南風』の主人公・大空南風の祖母・つよいの名前は、大和田の母方の祖母・加藤つよいに由来している。
赤座 ひではる(あかざ ひではる、1952年12月29日 -… 赤座 ひではる(あかざ ひではる、1952年12月29日 - )は、岐阜県可児市出身・在住の漫画家。 岐阜県立加茂高等学校卒業。1970年「ねことお姫さま」(りぼんコミック)でデビュー。『りぼん』(集英社)、『まんがタイム』(芳文社)などで執筆。4コマ漫画やショート作品が主。トライデントデザイン専門学校講師。近年では稀少になった、少女漫画誌をメインに活動する男性漫画家である。岐阜県や愛知県の商業施設等で、不定期に有料で似顔絵描きを行っている。 りぼんマスコットコミックス まんがタイムコミックス
秋本 治(あきもと おさむ、1952年12月11日 - )は… 秋本 治(あきもと おさむ、1952年12月11日 - )は、日本の漫画家。東京都葛飾区亀有出身。本郷高校デザイン科卒業。代表作は『こちら葛飾区亀有公園前派出所』。旧ペンネームは「山止 たつひこ」(やまどめ たつひこ)。有限会社アトリエびーだまの社長でもある。血液型はA型。
小島 茂(こじま しげる、1952年11月22日 - 201… 小島 茂(こじま しげる、1952年11月22日 - 2014年8月22日)は、日本の社会学者(国際社会論・教育社会学)、まちづくりアーティスト、漫画家、肖像画作家。学位は、Ph.D.(カリフォルニア大学バークレー校・1985年)。 静岡県立大学経営情報学部教授などを歴任した。 東京都生まれ。東京外国語大学の外国語学部イタリア語学科に1年在籍後、第一志望の英米語学科に合格し転科するつもりだったが、たまたま受けた一橋大学社会学部にも合格し迷った挙げ句そちらに転学。一橋大学を卒業し、その翌年にアメリカ合衆国に渡航し、スタンフォード大学大学院を経て、1982年にカリフォルニア大学バークレー校大学院社会学研究科の博士課程を修了し、1985年に同大学よりPh.D.(博士号)を取得したが、留学中に胸部に疾患を得て、これが後の死因となる。