田村 俶(たむら はじめ、1932年2月25日 - 2023… 田村 俶(たむら はじめ、1932年2月25日 - 2023年5月15日)は、日本のフランス文学者、翻訳家。 ミシェル・フーコーなどの翻訳で知られる。 島根県益田市に生まれる。 京都大学文学部仏文科を卒業した。奈良女子大学助教授を経て、教授に就任し、1993年からは学長を務めた(1997年まで)。退官後、名誉教授となる。[要出典] この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
富永 明夫(とみなが あきお、1932年2月23日 - )は… 富永 明夫(とみなが あきお、1932年2月23日 - )は、フランス文学者、東京大学名誉教授。
粂川 光樹(くめかわ みつき、1932年2月22日 - 20… 粂川 光樹(くめかわ みつき、1932年2月22日 - 2018年12月20日)は、日本の作家、国文学者。明治学院大学名誉教授。 京都市生まれ。東京大学国文科卒、同大学院修士課程修了、五味智英に師事して上代文学を専攻、かたわら同人誌『半世界』に小説を発表、長谷川泉の経営する医学書院に秦恒平と同期入社。1965年「極東語学校夜話」で直木賞候補となる。同年プリンストン大学専任講師として渡米、1969年帰国し、関東学院女子短期大学、フェリス女学院大学に勤め、1981年シンガポール大学講師、1986年帰国し、東京大学留学生教育センター講師、明治学院大学国際学部教授。 2002年定年退職し、2007年『上代日本の文学と時間』(笠間書院)を上梓。
吹野 安(ふきの やすし、1932年2月20日 - 2015… 吹野 安(ふきの やすし、1932年2月20日 - 2015年2月1日)は、日本の漢文学者。國學院大學名誉教授。中国古典学専攻。 茨城県西茨城郡大原村(現・笠間市)出身。1956年國學院大學文学部中国文学科卒、1957年大東文化大学文学部中国文学科専攻科修了。1958年錦城商業高等学校教諭、1966年錦城高等学校講師、1967年相模女子大学学芸学部専任講師、1969年助教授、1971年國學院大學文学部助教授、1978年教授、1985年「中国古代中世文学発想論」で國學院大學文学博士。1997年退職、名誉教授。 吹野安の中国学に関する学績を記念し、吹野の意志に基づき、学術奨励のために平成10(2008)年度から設置された。
花輪 光(はなわ ひかる、1932年2月15日 - 1999… 花輪 光(はなわ ひかる、1932年2月15日 - 1999年)は、フランス文学者。 山梨県生まれ。1955年に東京教育大学文学部仏文科卒業、59年同大学院博士課程中退。筑波大学文芸・言語学系教授を務めた。ロラン・バルトを主として研究・翻訳した。
高橋 康也(たかはし やすなり、1932年2月9日 - 20… 高橋 康也(たかはし やすなり、1932年2月9日 - 2002年6月24日)は、日本の英文学者、翻訳家。東京大学教養学部教授を経て名誉教授。 東京生まれ。1953年東京大学文学部英文科卒、1958年同大学院人文科学研究科博士課程満期退学。中央大学専任講師を経て1962年東京大学教養学部専任講師、助教授、1977年教授。英文科や比較文学の大学院でも教えた。定年後は昭和女子大学大学院教授を勤めた。 日本英文学会会長、日本シェイクスピア協会会長、国際シェイクスピア学会副会長を歴任し、1993年、大英帝国勲章CBEを受章した。 サミュエル・ベケット、シェイクスピアなど演劇や、ルイス・キャロル作品を研究対象とし、ノンセンスなどの、文学における言葉遊びに光を当てるとともに、キャロルの少女愛好についてもその全体像を紹介した。
川口 喬一(かわぐち きょういち、1932年2月1日 - )… 川口 喬一(かわぐち きょういち、1932年2月1日 - )は、日本の英文学者、翻訳家。筑波大学名誉教授。 北海道空知郡上砂川町生まれ。北海道砂川北高等学校卒業。東京教育大学大学院博士課程満期退学(英文学)。1995年「「ユリシーズ」演義」で筑波大文学博士。成城大学講師、助教授、教授を経て、1974年筑波大学教授、1995年定年退官、名誉教授、目白大学教授、大学院教授、大学図書館長、大学院客員教授を経て2005年退職。
佐渡谷 重信(さどや しげのぶ、1932年1月31日 - 2… 佐渡谷 重信(さどや しげのぶ、1932年1月31日 - 2019年8月14日)は、日本のアメリカ文学者、比較文学者、翻訳家。西南学院大学名誉教授。 東京生まれ。1955年早稲田大学教育学部卒。1959年西ミシガン大学大学院留学。1969年イェール大学研究員。西南学院大学教授。2003年定年退職、名誉教授。2019年8月14日、心不全のため死去、87歳。 比較文学では明治期日本文学へのアメリカ文学の影響研究や美術研究、米国作家研究で著書を多数刊行した。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
福田 晃(ふくだ あきら、1932年1月26日 - 2022… 福田 晃(ふくだ あきら、1932年1月26日 - 2022年1月9日)は、日本の国文学者・民俗学者。専門は説話文学。学位は、文学博士(國學院大學・論文博士・1985年)(学位論文「神道集説話の成立」)。立命館大学名誉教授。 福島県会津若松市出身。1950年3月に福島県立会津工業高等学校を卒業後、5年間の社会人生活を経て、1955年4月に國學院大學文学部に入学する。入学当初は、国語の教員をしながら小説を書く生活を送りたい、と考えていたため近現代文学を志し、当時同大学英文科で教鞭を採っていた丸谷才一と親交を深める。ただし、丸谷は近現代文学を専攻することをよしとせず、同大学の中でも教学条件が整っている古典文学を専攻するように勧めたことで、その後の進路を決めた。
吉岡 桂六(よしおか けいろく、1932年1月26日- )は… 吉岡 桂六(よしおか けいろく、1932年1月26日- )は、俳人、マレーシア文学者。 本名・一彦。東京生まれ。1954年東京大学工学部卒業。1982年原子燃料開発の職を辞し、日本語教師となり、マレーシア科学大学に赴任。1986年帰国後、アメリカ・カナダ大学連合日本研究センター講師。1990年「林」入会、92年「林」同人、2月小林康治主宰死去により廃刊、「たかんな」創刊同人。1993年「古志」創刊に参加、同人。2006年「たかんな」「古志」退会。2007年「かつしか」創刊・主宰。俳人協会会員。1989『パントン―マレー民衆の唄』(一彦名義)で日本翻訳文化賞 (平松)受賞。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
横山 邦治(よこやま くにはる、1932年1月22日 - )… 横山 邦治(よこやま くにはる、1932年1月22日 - )は、日本の国文学者。専門は日本近世文学、特に読本。広島文教女子大学名誉教授。 広島県生まれ。広島大学文学部文学科を経て、1962年、同大学院文学研究科国語国文学科専攻博士課程単位取得退学。同年4月、可部女子短期大学講師。1969年9月「読本の研究」で広島大学文学博士。広島大学文学部助手として2年間勤務した後、広島文教女子大学助教授、教授。1995年から1997年まで同大学学長を務めた。1997年、停年退職。その後は、中国大連に活動拠点を移し、大連外国語学院客員教授、大連理工大学客員教授を歴任した。現地では、大連図書館の満州鉄道資料を始めとする書籍群の全貌を解明すると同時に、現地の日本語教育に貢献した。
乾 裕幸(いぬい ひろゆき、1932年〈昭和7年〉1月19日… 乾 裕幸(いぬい ひろゆき、1932年〈昭和7年〉1月19日 - 2000年〈平成12年〉9月22日)は、日本の国文学者。元関西大学教授。専門は井原西鶴や松尾芭蕉などの俳諧。 和歌山県那賀郡池田村(後の打田町、現・紀の川市)生まれ。1954年高野山大学卒業。在学中、天理大学図書館に通い、中村幸彦、木村三四吾の知遇を得る。 卒業後は府立高校教員(地方公務員)として池田市立中学校教諭となった後、地方公務員を退職したが、引き続き私立学校教員として、大谷高等学校教諭を経て、1970年親和女子大学助教授、1976年同教授。1978年帝塚山学院大学教授。1981年『ことばの内なる芭蕉』で芭蕉祭文部科学大臣奨励賞。
桑名 一博(くわな かずひろ、1932年1月19日 - )は… 桑名 一博(くわな かずひろ、1932年1月19日 - )は、日本のスペイン文学者、翻訳家。多くの翻訳書がある。 東京生まれ。1956年東京外国語大学スペイン語学科卒業。1963年龍谷大学講師、1965年神奈川大学助教授、1972年愛知県立大学助教授、1975年教授、1980年外国語学部長、1983年東京外国語大学教授、1995年定年となり清泉女子大学教授を務めた。 1988年、フランシスコ・デ・ケベード『大悪党』をはじめとするスペイン古典文学の翻訳で会田由賞受賞。 ホセ・オルテガ・イ・ガセットのほか、ガブリエル・ガルシア=マルケスなど20世紀ラテンアメリカ文学の翻訳も多く出した。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
新井 明(あらい あきら、1932年1月17日- 2023年… 新井 明(あらい あきら、1932年1月17日- 2023年10月9日)は、日本の英文学者、日本女子大学名誉教授。ジョン・ミルトンが専門で、聖書も研究した。 茨城県水戸市生まれ。1954年東京教育大学英文科卒。アマースト大学卒、東京教育大学大学院修士課程修了、ミシガン大学修士。1961年、名古屋大学講師、のち助教授。1968年、東京教育大学助教授。1972年、「ミルトン研究 ヒロイズム観の展開」で東京教育大学文学博士。1977年、大妻女子大学教授。1981年、日本女子大学教授、2000年退任、名誉教授。敬和学園大学学長。2009年退任。 2023年10月9日午前に老衰のため藤沢市の老人ホームで死去。
荒木 尚(あらき ひさし、1932年1月16日 - 2020… 荒木 尚(あらき ひさし、1932年1月16日 - 2020年1月15日)は、日本の国文学者。熊本大学名誉教授。 福岡県大牟田市生まれ。1954年熊本大学法文学部文学科卒、1957年早稲田大学大学院修士課程修了。1978年「今川了俊の研究」で早大文学博士。1956年熊本大学法学部助手、1962年講師、1964年教養部助教授、1970年法文学部助教授、1975年教授。1985-1987年図書館長、1997年定年退官、名誉教授、就実女子大学教授、、2010年瑞宝中綬章。
松山 正男(まつやま まさお、1932年 1月14日- 20… 松山 正男(まつやま まさお、1932年 1月14日- 2025年9月16日)は、日本の英文学者、英語教育学者。神奈川大学名誉教授、大学英語教育学会顧問。 1932年1月14日東京蔵前生れ。1950年都立大森高校卒業。1959年東京都立大学 (1949-2011)英文科博士課程満期終了。青山学院女子短期大学英文科、東京工業大学、神奈川大学教授を歴任。非常勤講師として、早稲田大学(39年間)、慶応義塾大学(5年間)、東京都立大学 (1949-2011)(3年間)、日本英語検定協会(30年間)、文化放送大学受験ラジオ講座(30年間)、NHK教育テレビ(2年間)等でも教えた。英語教育関連の著書多数。 「鈴木正三の聖俗一致説」という論文の中で、武士から曹洞宗の僧侶になった鈴木正三が日常の労働を重視ししていることを指摘し、仕事を通して人は修行し向上してゆくと述べている。
麻原 美子(あさはら よしこ、1932年(昭和7年)1月14… 麻原 美子(あさはら よしこ、1932年(昭和7年)1月14日 - )は、日本の国文学者、日本女子大学名誉教授。 神奈川県生まれ。1954年日本女子大学文学部国文科卒、1966年東京教育大学大学院文学研究科日本文学博士課程満期退学。1982年「幸若舞曲考」で筑波大学文学博士。1966年日本女子大学専任講師、助教授、教授、2000年定年退職、名誉教授、聖徳大学教授。中世文学専攻。
忍足 欣四郎(おしたり きんしろう、1932年1月12日 -… 忍足 欣四郎(おしたり きんしろう、1932年1月12日 - 2008年3月26日)は、日本の言語学者、英文学者。東京都立大学名誉教授。 東京都に生まれる。1955年に東京大学文学部を卒業。 都立大学教授を退官後、白百合女子大学教授を2006年まで務めた。ベーオウルフの新訳で知られる。 2008年3月26日、脳梗塞のため死去。
山口 博(やまぐち ひろし、1932年1月8日 -2024年… 山口 博(やまぐち ひろし、1932年1月8日 -2024年8月8日 )は、日本の国文学者。富山大学名誉教授・聖徳大学名誉教授。。専門は日本古代文学。 1932年、東京都生まれ。1961年、東京都立大学大学院国文学博士課程を満期退学。 その後は富山大学人文学部講師となり、助教授、教授に昇格。1982年に学位論文『桓武朝より円融朝に至る王朝歌壇の研究』を都立大学に提出して文学博士号を取得。1983年、『万葉集』の編者を菅原道真とする説を唱えた。1985年から1986年、北京の日本学研究センターに研究滞在。1991年、富山大学を退職した。その後は新潟大学教授として教鞭をとり、1997年に定年退官。次いで聖徳大学教授を務めた。
吉川 道夫(よしかわ みちお、1932年1月7日 - 199… 吉川 道夫(よしかわ みちお、1932年1月7日 - 1997年5月7日)は、日本の英文学者。元中央大学教授。 英語学者・吉川美夫の子として富山県富山市に生まれる。1953年、富山大学卒。1955年、東京大学大学院修士課程修了。鳥取大学講師、金沢大学助教授を経て、1959年、中央大学法学部助教授、同教授。 1997年、脳梗塞のため死去。
高畠 正明(たかばたけ まさあき、1932年1月5日 - 1… 高畠 正明(たかばたけ まさあき、1932年1月5日 - 1980年5月30日)は、日本のフランス文学者、翻訳家。 父は洋画家の高畠達四郎。妻は津村秀夫の娘。 東京生まれ。1954年慶應義塾大学経済学部卒、文学部仏文科に学士入学し、1961年慶應義塾大学仏文科大学院博士課程満期退学、文学部助手、1965年専任講師、1970年助教授、1976年から1978年フランスに留学、1979年教授。 アルベール・カミュのほか、ボードレールなど19世紀の詩人を研究、翻訳し、講じたが50歳を前に早逝。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
渡邊 一民(わたなべ かずたみ、1932年1月5日 - 20… 渡邊 一民(わたなべ かずたみ、1932年1月5日 - 2013年12月21日)は、フランス文学者、文芸評論家。立教大学名誉教授。 東京生まれ。父は日東製粉代表取締役専務(常務)・渡辺昇。1955年東京大学文学部仏文科卒。1960年同大学院博士課程満期退学、立教大学一般教育部専任講師、1963年助教授。1965年立教大学文学部フランス文学科助教授、1970年教授。1981-1983年文学部長。1982年『岸田国士論』で亀井勝一郎賞を受賞した。1997年立教大学を定年退職。同年立教大学名誉教授の称号を受ける。 前妻は酒匂秀一の娘。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
高山 信雄(たかやま のぶお、1932年 - 2025年 )… 高山 信雄(たかやま のぶお、1932年 - 2025年 )は、英文学者、電気技術者、童話作家、大正大学名誉教授。 埼玉県川口市生まれ。旧制川口中学校(現・埼玉県立川口高等学校)に入学後、15歳で就職し、31歳まで民間の工場や会社に電気技術者として勤務。その間、夜間課程の川口市立県陽高等学校卒、芝浦工業大学2部電気工学科卒業。1964-82年東京都立港工業高等学校定時制に電子科教諭として勤務。本務の傍ら、法政大学で英文学、中央大学でドイツ文学と法律学の学科を卒業し、東京大学医学部の研究生として6年間医用工学の研究に従事。法政大学大学院人文科学研究科博士課程単位修得退学。1982年大正大学に勤務。
柴田 稔彦(しばた としひこ、1932年 - )は、日本の英… 柴田 稔彦(しばた としひこ、1932年 - )は、日本の英文学者、翻訳家。福岡大学名誉教授。専門はシェイクスピアなど英国演劇。 福岡県生まれ。1954年九州大学文学部卒、1957年東京大学英文科大学院修士課程修了、福岡女子大学、九州大学助教授をへて1964年東大教養学部助教授、1982年福岡大学教授、2002年定年退職、名誉教授。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
三好 弘(みよし ひろし、1932年 - 1984年)は、日… 三好 弘(みよし ひろし、1932年 - 1984年)は、日本の英文学者。駒澤大学教授。 日本シェイクスピア協会に属し、シェイクスピアを生涯の研究対象とした。 駒澤大学英文学科教授、同学科主任を歴任。 1978年、論文「ハムレットの批判的研究」で博士号(文学、駒澤大学)取得。 日本ワイルド協会創立に参画、理事を務めた。享年52。死去の前年までシェイクスピアの関する著書を出版していた。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
道家 弘一郎(どうけ ひろいちろう、1932年 - )は、英… 道家 弘一郎(どうけ ひろいちろう、1932年 - )は、英文学者、聖心女子大学名誉教授。 東京大学卒、同大学院英文学専攻修士課程修了。岡山大学、國學院大学をへて、聖心女子大学教授、2003年定年退職、同大学キリスト教文化センター所員。ミルトンを中心にキリスト教文学を研究したほか、内村鑑三研究も行い、その全集編纂、英文著作の翻訳をおこなった。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
鳥海 久義(とりうみ ひさよし、1932年(昭和7年) - … 鳥海 久義(とりうみ ひさよし、1932年(昭和7年) - )は、日本の英文学者、和洋女子大学名誉教授。 神奈川県横浜市生まれ。早稲田大学第一文学部英文科卒、同大学院修士終了。和洋女子大学英文学科助教授、教授、2003年定年、名誉教授。
野中 涼(のなか りょう、1932年 - )は、日本の英文学… 野中 涼(のなか りょう、1932年 - )は、日本の英文学・比較文学者。早稲田大学名誉教授。 栃木県生まれ。1960年早大大学院博士課程満期退学。早大教授、2003年定年退任、名誉教授。
筧 久美子(かけひ くみこ、1932年 - )は、日本の中国… 筧 久美子(かけひ くみこ、1932年 - )は、日本の中国文学者、神戸大学名誉教授。
水野 義明(みずの よしあき、1932年 - 2012年6月… 水野 義明(みずの よしあき、1932年 - 2012年6月17日)は、日本の英語学者、文学者、エスペランティスト。明治大学教授。日本エスペラント学会の理事、参与を経て、同会の後身の日本エスペラント協会顧問。関東エスペラント連盟会長等歴任。エスペラントを用いた世界各地の旅行経験を著書にまとめた。
三原 幸久(みはら ゆきひさ、1932年 - 2013年1月… 三原 幸久(みはら ゆきひさ、1932年 - 2013年1月18日)は、日本のスペイン文学者、民話研究者、翻訳家。大阪外国語大学名誉教授。 大阪市生まれ。1961年大阪外国語大学イスパニア語科卒、天理大学講師、大阪外国語大学講師、関西外国語大学助教授、教授、2003年定年退任、名誉教授。
円子 修平(圓子修平、まるこ しゅうへい、1931年12月2… 円子 修平(圓子修平、まるこ しゅうへい、1931年12月24日 - 2003年9月28日)は、日本のドイツ文学者、翻訳家。東京都立大学名誉教授。 岩手県立盛岡第一高等学校卒。トーマス・マン、ロベルト・ムージルなどを研究、翻訳した。1995年に東京都立大学教授を定年退任後は、明治大学法学部兼任講師を務めた。
青山 誠子(あおやま せいこ、1931年12月20日-202… 青山 誠子(あおやま せいこ、1931年12月20日-2022年8月30日)は、日本の英文学者。シェイクスピア、シャーロット・ブロンテなどが専門。青山学院大学名誉教授。 名古屋市生まれ。旧姓・白井。西洋史学者・青山吉信と結婚。1954年名古屋大学文学部英文科卒業。1956年東京大学大学院修士課程修了。1962年共立女子短期大学講師、助教授、1972年教授、1979年フェリス女学院大学教授、1983-85年図書館長、1987年青山学院大学教授、2000年定年退職、名誉教授。 訃報と追悼文2点がShakespeare Newsletter vol.62, No.2, 日本シェイクスピア協会、2023年3月発行に掲載。
尾崎 和郎(おざき かずお、1931年(昭和6年)12月19… 尾崎 和郎(おざき かずお、1931年(昭和6年)12月19日 - 1995年(平成7年)12月24日)は、フランス文学者。 大阪府北河内郡生まれ。1959年京都大学大学院文学研究科仏文科修士課程修了。相模女子大学講師、助教授、1966年成城大学文芸学部助教授、1974年教授。
藤沼 貴(ふじぬま たかし、1931年12月 ‐ 2012年… 藤沼 貴(ふじぬま たかし、1931年12月 ‐ 2012年1月9日)は、日本のロシア文学者。早稲田大学名誉教授、創価大学名誉教授。日本トルストイ協会会長も務めた。 中華民国遼寧省鞍山市生まれ。1954年早稲田大学第一文学部卒業、1956年早稲田大学大学院文学研究科ロシア文学専攻修士課程修了。副手、助手に従事しながら1959年早稲田大学文学部大学院博士課程単位取得退学。講師、助教授を経て1969年までに教授に就任。1997年3月に選択定年制により早期退職したのち、同年4月から創価大学教授を務めた(のち同大学客員教授)。主にトルストイを研究翻訳し、三大長編「アンナ・カレーニナ」、「戦争と平和」、「復活」を全て訳した。
小海 永二(こかい えいじ、1931年11月28日 - 20… 小海 永二(こかい えいじ、1931年11月28日 - 2015年7月21日)は、日本の詩人・フランス文学者。横浜国立大学名誉教授。 東京市麻布区[要出典](現在の東京都)生まれ。戦争中に長野県へ疎開。長野県諏訪中学校、東京都立日比谷高等学校を経て、1955年、東京大学文学部仏語仏文学科卒業。 同年地方公務員として公立高校教員となり千代田区立九段中学校教諭、1959年東京都立雪谷高等学校教諭。 1965年多摩美術大学助教授、1966年横浜国立大学教育学部講師、1967年助教授、1978年教授。1995年、同大学定年退官、名誉教授。 1989年、詩誌「詩と思想」編集長就任(1993年まで)。1991年、日本現代詩人会会長(1992年まで)。
佐藤 猛郎(さとう たけろう、1931年11月18日 - )… 佐藤 猛郎(さとう たけろう、1931年11月18日 - )は、英文学者。 東京生まれ。1954年東京教育大学英文科卒業。日本交通公社勤務、東京都立上野高等学校教諭、学習院高等科教諭、帝京技術科学大学教授、つくば国際大学教授。2002年定年退任。19世紀英文学、特にウォルター・スコットを研究。NPO日本スコットランド協会代表理事。日本カレドニア学会幹事。
横山 貞子(よこやま さだこ、1931年〈昭和6年〉11月9… 横山 貞子(よこやま さだこ、1931年〈昭和6年〉11月9日 - )は、日本の英文学者、京都精華大学名誉教授。本名:鶴見 貞子(つるみ さだこ)。 群馬県富岡市出身。1954年に同志社女子大学英文科を卒業。1956年慶應義塾大学大学院英文科修士課程修了、1957年までイリノイ大学マスコミュニケーション学科に学ぶ。1958年キリスト教教育センター研究員。1959年京都精華大学人文学部講師、1973年助教授、1975年教授。2002年定年、名誉教授。 1960年 5月30日に東京工業大学に教授職の辞表を提出した鶴見俊輔と同年秋に結婚。全学連の唐牛健太郎が活動資金が底をついたため、著名人へのカンパを求めに出した際に鶴見俊輔は10万円出してくれたが貞子は「あの10万円、返して頂戴」と電話している。
須田 稔(すだ みのる、1931年11月5日 - )は、日本… 須田 稔(すだ みのる、1931年11月5日 - )は、日本文学研究者、アメリカ文学者。立命館大学名誉教授。専門はアフリカン・アメリカン・スタディーズ研究者。憲法9条メッセージプロジェクト共同代表。非核の政府を求める京都の会常任世話人。京都府生まれ。
入沢 康夫(入澤 康夫、いりさわ やすお、1931年11月3… 入沢 康夫(入澤 康夫、いりさわ やすお、1931年11月3日 - 2018年10月15日)は、日本の詩人・フランス文学者。日本芸術院会員。 第1詩集『倖せ それとも不倖せ』(1955年)以降、知的で技巧を凝らした独特の作品世界を築き、新境地を拓く。作品に『季節についての試論』(1966年)、『わが出雲・わが鎮魂』(1968年)、『遐い宴楽』(2006年)など多数。 島根県松江市出身。東京都立西高等学校、東京大学文学部仏文科卒業。1955年、在学中に詩集「倖せそれとも不倖せ」を出版。 詩集・詩論集を多く発表し、実作のみならず理論面でも多大な影響を与える。宮沢賢治、ネルヴァル等の研究でも名高い。フランス詩の翻訳も行っている。
川西 進(かわにし すすむ、1931年10月24日 - )は… 川西 進(かわにし すすむ、1931年10月24日 - )は、日本の英文学者、東京大学名誉教授。
神作 光一(かんさく こういち、1931年10月4日 - 2… 神作 光一(かんさく こういち、1931年10月4日 - 2025年9月11日)は、日本の歌人・国文学者。専門は平安朝文学。学位は、文学博士(東洋大学・論文博士・1979年)(学位論文「曽禰好忠集の研究」)。東洋大学名誉教授。元東洋大学学長。日本歌人クラブ名誉会長。短歌結社誌「花實」代表。市川市文化振興財団理事。子息は国文学者、国文学研究資料館教授の神作研一。 千葉県出身。1955年東洋大学文学部卒業。1961年同大学院文学研究科国文学専攻博士課程満期退学。1979年「曽禰好忠集の研究」で、東洋大学より文学博士の学位を取得。 同文学部助教授、教授、学長。2002年定年退任、名誉教授。 学長時代に現代学生百人一首を発起。
蛭川 久康(ひるかわ ひさやす、1931年9月30日 - )… 蛭川 久康(ひるかわ ひさやす、1931年9月30日 - )は、日本の英文学者、翻訳家。武蔵大学名誉教授。 東京府豊多摩郡戸塚町(現・東京都新宿区高田馬場)生まれ。1954年東京大学教養学部イギリス分科卒業。中学、高校教諭をへて、1965年玉川大学教養部専任講師、1966年助教授、1969年武蔵大学助教授、1973年教授、1997年定年となり特任教授。 現代英国小説、特にアイリス・マードックの研究で知られる。ほかに英国文化史が専門。
大社 淑子(おおこそ よしこ、1931年9月25日 - )は… 大社 淑子(おおこそ よしこ、1931年9月25日 - )は、日本の英文学者、翻訳家。早稲田大学名誉教授。 福岡県北九州市生まれ。青山学院大学文学部卒業、早稲田大学大学院文学研究科博士課程修了、法学部教授、2002年定年、名誉教授。ほか、梅光女学院大学専任講師、関東学院大学助教授を歴任した。 英文学を専攻し、現代の英国女性作家を研究、翻訳、特に米国黒人女性作家のトニ・モリスンの翻訳で知られるが、アイヴィ・コンプトン=バーネットの研究書も出した。
信多 純一(しのだ じゅんいち、1931年9月20日 - )… 信多 純一(しのだ じゅんいち、1931年9月20日 - )は日本の国文学者。専攻は日本近世文学。大阪大学名誉教授。号は「志水」。
秋本 守英(あきもと もりひで、1931年9月19日 - 2… 秋本 守英(あきもと もりひで、1931年9月19日 - 2013年10月 )は、日本の国文学者・国語学者。学位は、博士(文学)(龍谷大学・1994年)。龍谷大学名誉教授、元副学長。大阪府出身。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
小野寺 健(おのでら たけし、1931年9月19日 - 20… 小野寺 健(おのでら たけし、1931年9月19日 - 2018年1月1日)は、日本の英文学者、翻訳家。横浜市立大学名誉教授。 神奈川県横浜市生まれ。東京大学英文科卒、同大学院に学び、1958年茨城大学専任講師、1962年横浜市立大学助教授、1967年英国リーズ大学に留学。横浜市立大学教授を96年定年退官、日本大学教授、2002年退職。文化学院・文芸学科講師。2018年1月1日午前3時5分、老衰のため死去した。86歳没。 20世紀の英国小説を専門とし、ジョージ・オーウェル、アニータ・ブルックナー、E・M・フォースターなど翻訳多数、またエッセイ集もある。
桜井 好朗(さくらい よしろう、1931年9月17日 - 2… 桜井 好朗(さくらい よしろう、1931年9月17日 - 2014年5月8日)は、日本の国文学者、文学博士。花井純一郎の筆名で詩人。椙山女学園大学名誉教授。元佛教大学教授。1960年代から、中世日本紀研究において先陣を切り、中世神話の研究地平を切り拓いた先駆者。1982年、芸術選奨文部大臣賞(『中世日本文化の形成-神話と歴史叙述』東京大学出版会)。 1931年9月17日、愛知県瀬戸市に生まれる。1954年3月、名古屋大学文学部史学科卒業。 1954年4月に名古屋市立志賀中学校教諭となる。1957年4月から名古屋市立中央高等学校教諭を経て、1961年4月から名古屋市立桜台高等学校教諭。 1967年4月からの豊田工業高等専門学校講師を経て、1969年4月に豊田工業高等専門学校助教授就任。
行方 昭夫(なめかた あきお、1931年9月14日 - )は… 行方 昭夫(なめかた あきお、1931年9月14日 - )は、日本の英文学者、翻訳家。東京大学・東洋学園大学名誉教授。日本モーム協会会長。 東京生まれ。父は朝日生命保険社長を務めた行方孝吉。東京都立九段高等学校卒、1955年東京大学教養学部イギリス科卒業、1958年同英文科大学院修士課程修了、1966年東大教養学部助教授、1983年教授。1992年定年退官、東洋学園大学教授、学長を務めた。 朱牟田夏雄、上田勤に師事し、アメリカ文学者としてヘンリー・ジェイムズを専攻していたが、英文読解者としても多くの著作を刊行し、英文学、英語学の専門誌である英語青年において英文解釈練習のコーナーを長年隔月で担当。
高橋 俊夫(たかはし としお、1931年9月12日 - 20… 高橋 俊夫(たかはし としお、1931年9月12日 - 2012年8月8日)は、日本の文学者。近世から近代にかけての日本文学の研究者。元清和女子短期大学教授。 1931年、東京府東京市本所区本所緑町(現在の東京都墨田区緑)生まれ。旧制東京開成中学校卒、早稲田大学文学部国文学科卒業。稲垣達郎・岩本素白に傾倒、同人誌『鉄砧雲』に評論・翻訳などを発表。アテネ・フランセに通い、バカロレア資格を得る。法政大学大学院博士課程満期退学、重友毅・長沢規矩也に師事し江戸文学・書誌学を研究、博士課程を修了。漢文学を竹谷長二郎に師事。東京都立第三商業高等学校教諭を経て、土浦短期大学、聖徳大学講師、清和女子短期大学教授。