御神本 訓史(みかもと のりふみ、1981年(昭和56年)8… 御神本 訓史(みかもと のりふみ、1981年(昭和56年)8月25日 - )は、地方競馬の大井競馬場・小林牧場分厩舎三坂盛雄厩舎所属の騎手。実父・御神本修は元益田競馬場の騎手・調教師。御神本氏(益田氏)の末裔でもある。 1999年3月31日付けで地方競馬騎手免許を取得し、益田競馬場御神本修厩舎からデビュー。同年4月10日に初騎乗、同日初勝利を挙げると3ヶ月後には当地のダービーに相当する日本海特別を制覇。 2000年、2002年には益田競馬場のリーディングジョッキーに輝き、NARグランプリにも選ばれている。吉岡牧子引退後しばらくスター騎手不在であった益田競馬場であったが、同競馬場久々にして最後のスター騎手として、御神本はこの頃より注目を浴びるようになった。
菅原 俊吏(すがわら しゅんり、1981年4月28日 - )… 菅原 俊吏(すがわら しゅんり、1981年4月28日 - )は、岩手県奥州市出身の元騎手、厩務員。騎手時代は岩手県競馬組合・水沢競馬場伊藤和厩舎に所属し、勝負服の服色は黒、胴桃襷を使用していた。厩務員転向後は日本中央競馬会(JRA)・美浦トレーニングセンター大竹正博厩舎の持ち乗り厩務員を経て、2024年7月より同・新開幸一厩舎調教助手。 叔父に千葉次男・元調教師、従兄に千葉優・元騎手がいる。 岩手県立水沢農業高等学校では馬術部に所属し国体少年の部4位入賞、卒業後、オーストラリアの競馬学校を経て2002年より2004年まで現地で見習い騎手として24勝を挙げた後に帰国。 故郷の水沢に戻り伊藤和厩舎で厩務員をしながら岩手競馬での騎手デビューを目指していたが、二度目の受験となった2006年12月地方競馬全国協会の騎手試験に合格し、2007年1月1日付けで地方競馬騎手免許取得。
﨏畑 雄一郎(さこはた ゆういちろう、1981年3月28日 … 﨏畑 雄一郎(さこはた ゆういちろう、1981年3月28日 - )は、地方競馬の福山競馬場・徳本慶一厩舎に所属していた元騎手である。勝負服の柄は胴橙・紫山形一本輪、袖紫(益田時代)→胴橙袖白、青山形一文字。島根県安来市出身、血液型AB型、身長156cm。 地方競馬教養センター長期騎手課程第67期生。 1998年3月31日付けで地方競馬騎手免許を取得し、益田競馬場・大賀一政厩舎から騎手デビュー。同年4月11日第1回益田競馬3日目第2競走アラ系D級7組一般戦トミノダイゼンで初騎乗初勝利(6頭立て1番人気)。 1999年9月13日、第14回全日本新人王争覇戦出場(12人中6位)。 2000年に地方競馬通算100勝達成。
橋本 直哉(はしもと なおや、1981年1月30日 - )は… 橋本 直哉(はしもと なおや、1981年1月30日 - )は、地方競馬・浦和競馬場に所属していた元騎手である。得意戦法は追い込み。地方競馬教養センター長期騎手課程第69期生。 1999年4月19日、浦和競馬第5競走(ジェネラルクイン号)にてデビュー。 1999年4月20日、浦和競馬第1競走(サクシード号)にて初勝利を挙げる。 2000年3月16日、南関東競馬新人王を受賞。 2003年8月1日、浦和競馬第5競走(ティファニーレディ号)にて1000回騎乗を達成。 2007年5月29日、浦和競馬第4競走(シャドウフィクサー号)にて地方競馬通算100勝達成。 2010年7月1日、小林真治厩舎から小久保智厩舎に所属が変更された。
上田 将司(うえだ まさし、1981年1月19日 - )は、… 上田 将司(うえだ まさし、1981年1月19日 - )は、地方競馬の高知競馬場國澤輝幸厩舎所属の騎手である。勝負服の柄は胴赤・白星、袖白・赤一本輪。高知県宿毛市出身、身長163センチメートル、血液型O型。地方競馬教養センター騎手課程第73期生。 2001年3月31日付けで地方競馬騎手免許を取得。同年4月1日第1回高知競馬1日目第7競走アラ系C3条件戦キフジンで初騎乗(10頭立て2番人気9着)。同年4月29日第2回高知競馬4日目第11競走A級条件戦をカネトシモンジュで優勝し、20戦目で初勝利(7頭立て4番人気)。 2002年4月28日第1回高知競馬4日目第18回南国桜花賞をスマノガッサンで優勝し、重賞初制覇。
森 泰斗(もり たいと、1981年(昭和56年)1月11日 … 森 泰斗(もり たいと、1981年(昭和56年)1月11日 - )は、地方競馬の船橋競馬場所属の調教師、元騎手。 1998年3月31日付で地方競馬騎手免許を取得し、足利競馬場佐藤和伸厩舎からデビュー。同年4月18日第2回宇都宮競馬1日目第3競走サラ系4歳11組一般戦ツルマイローレンスで初騎乗(9頭立て4番人気6着)。同年4月20日第2回宇都宮競馬3日目第6競走サラ系C4ニ一般戦をユウエーワースで優勝(9頭立て8番人気)し、初勝利。 1999年9月13日第14回全日本新人王争覇戦出場(12人中7位)。 2000年に一度騎手免許を返上し引退。その後同厩舎厩務員を経て騎手免許を再取得し2001年に再デビュー、2002年地方競馬通算100勝達成。
武井 亮(たけい りょう、1980年12月25日 - )は、… 武井 亮(たけい りょう、1980年12月25日 - )は、日本中央競馬会(JRA)・美浦トレーニングセンターに所属する調教師。山梨県出身。 駿台甲府高等学校から北海道大学獣医学部に進学。大学時代は馬術部に所属した。 2007年にJRA競馬学校厩務員課程に入学。翌2008年に美浦・二ノ宮敬宇厩舎の厩務員となる。以降、同年4月から高木登厩舎、2011年1月から和田正道厩舎の調教助手を経て、2013年12月に調教師試験に合格した。 2014年に定年を迎えた野村彰彦調教師の管理馬を引き継ぐ形で新規開業。同年3月16日の中山7レースでアーマークラッドが1着となり、開業4戦目でJRA初勝利を挙げた。同年3月に開業した調教師7名の中では最速の初白星となった。
陶 文峰(とう ぶんほう、1980年10月16日 - )は、… 陶 文峰(とう ぶんほう、1980年10月16日 - )は、地方競馬の岩手県競馬組合・水沢競馬場所属の調教師で元騎手である。国籍は中華人民共和国、黒竜江省出身。血液型O型。 中国で生まれ育つ。父方の祖母が残留孤児であった関係で12歳のときに一家で来日。中学を経て岩手県立水沢農業高等学校に入学、所属していた乗馬部では3年次に国体への出場を果たしている。水沢競馬場でアルバイトしたのが縁で騎手を目指し卒業後、3度目の挑戦で地方競馬教養センター短期騎手課程に合格。 2000年、水沢競馬場の千葉四美厩舎からデビュー。同年4月15日、水沢競馬第4競走(C2条件戦)ポローニアアーミが初騎乗(10頭立て6番人気7着)。
宮田敬介(みやた けいすけ、1980年10月8日 - )は、… 宮田敬介(みやた けいすけ、1980年10月8日 - )は、日本中央競馬会 (JRA) ・美浦トレーニングセンターに所属している調教師。 茨城県日立市生まれ。父が熱心な競馬ファンで、幼少期から競馬が好きだった。 麻布大学の獣医学部動物応用化学科に進学し、馬術部に入部。大学3年生の夏休み、ノーザンファームに研修に行ったことが縁となり、大学卒業後の2003年、ノーザンファームで働くことになる。そこで2年を過ごした後、競馬学校の厩務員課程を受験し、2度目の試験で合格。 2006年、栗田博憲厩舎で働き始める。 2009年、田島俊明厩舎に移籍。 2014年、調教助手として国枝栄厩舎に移籍。 調教師試験に7度目の挑戦で合格し、その1年半後の2020年に独立。
池添 学(いけぞえ まなぶ、1980年9月2日 - )は、日… 池添 学(いけぞえ まなぶ、1980年9月2日 - )は、日本中央競馬会(JRA)・栗東トレーニングセンターに所属する調教師。滋賀県出身。 父は元JRA調教師の池添兼雄、兄はJRA騎手の池添謙一。 少年時代は騎手志望で、家族の中で1人だけ体が大きくなり、騎手への道を断念した。ちょうど同時期、調教師試験の勉強中であった父の兼雄(当時は鶴留明雄厩舎の調教助手)から「その体重では騎手は無理だから、調教師の道を目指したらどうだ」と言われ、調教師を志すようになる。小学生から馬術を始め、栗東高等学校時代には「なみはや国体」で優勝。明治大学では強豪の馬術部でキャプテンを務めるなど学生馬術の頂点に立った。 大学卒業後にはノーザンファームで働き始め、アイルランドに渡りエイダン・オブライエン厩舎に従事。
山口 功一郎(やまぐち こういちろう、1980年8月31日 … 山口 功一郎(やまぐち こういちろう、1980年8月31日 - )は、日本の実業家、馬主。 2003年に東京大学経済学部を卒業後、UBS証券に入社。2006年に外資系運用会社へ入社、その後2009年に投資顧問業の暁翔キャピタル株式会社を設立した。現在、代表取締役社長を務める。 2022年には、株式会社横浜エクセレンスの株主及び取締役会長となった 2024年、令和政経義塾を運営する一般財団法人ネクストジャパン・イニシアティブをミダスキャピタル代表パートナーの吉村英毅と共同設立し、評議員となった。 日本中央競馬会(JRA)および地方競馬(NAR)に登録する馬主としても知られた。勝負服の柄は黒、水色一文字、冠名は特に用いない。
北村 宏司(きたむら ひろし、1980年7月24日 - )は… 北村 宏司(きたむら ひろし、1980年7月24日 - )は日本中央競馬会 (JRA) の美浦所属の騎手である。 長野県須坂市南原町出身。父が国体の出場経験もある馬術の選手で自宅近くの厩舎に馬が飼われており、幼いころから乗っていた。中学2年の時に東京競馬場に行ったのを機に騎手を目指す。 競馬学校騎手課程15期生で、1999年に藤沢和雄厩舎所属として騎手デビュー。同期は高田潤、武英智、二本柳壮。競馬学校時代にはアイルランド大使特別賞を受賞した。 1999年3月6日、中京競馬4Rでイブキアーンドランに騎乗し、デビュー。16頭立ての16着に終わった。3月14日の中山競馬2Rでタイキコンコルドに騎乗し、JRA初勝利を挙げた。
辻 哲英(つじ てつひで、1980年3月6日 - )は、日本… 辻 哲英(つじ てつひで、1980年3月6日 - )は、日本中央競馬会 (JRA) ・美浦トレーニングセンターに所属している調教師。元調教助手、元厩務員。 千葉県佐倉市出身。千葉県立佐倉高等学校から北里大学獣医学部に進学し、獣医師資格を取得。 2007年7月にJRA競馬学校厩務員課程に入学する。2008年1月に美浦・加藤和宏厩舎で厩務員から4月には調教厩務員になるも6月に厩務員に戻ると、7月には美浦・池上昌弘厩舎へ移籍し調教厩務員となる。10月には調教助手となる。2012年4月に美浦・大和田成厩舎へ移り調教助手となり、2013年7月に美浦・戸田博文厩舎に調教助手として移籍。2019年12月に2回目の受験で新規調教師免許試験に合格。
和田 勇介(わだ ゆうすけ、1980年3月4日 - )は、日… 和田 勇介(わだ ゆうすけ、1980年3月4日 - )は、日本中央競馬会(JRA)・美浦トレーニングセンターの調教師。東京都出身。 中学生の時に1993年のスプリンターズステークスをテレビで観たのがきっかけで競馬に興味を持ち、競馬好きの祖父と一緒に競馬場へ行く中で将来競馬の仕事に関わりたいと思うようになる。当初は騎手を目指したが身長制限に引っかかった為、諦めることになった。 高校卒業後、牧場勤務をしていた時にJRA調教師の二ノ宮敬宇と出会い「大学に入って調教師を目指したらどうだ」とアドバイスを受け、二ノ宮と同じ東京農業大学へ入学し馬術部に所属する。 大学を卒業し、2005年4月にJRA競馬学校厩務員課程に入学する。
矢嶋 大樹(やじま だいき、1979年8月2日 - )は、日… 矢嶋 大樹(やじま だいき、1979年8月2日 - )は、日本中央競馬会 (JRA) ・美浦トレーニングセンターに所属している調教師。 群馬県立高崎高等学校卒業。慶應義塾大学馬術部出身。 2006年7月、JRA競馬学校厩務員課程に入学する。 2007年1月、美浦・浅野洋一郎厩舎所属の厩務員及び調教厩務員となる。5月、浅野洋一郎厩舎で調教助手となる。 2012年4月、調教師を目指すため美浦・手塚貴久厩舎所属の調教助手となる。調教助手としてアユサンやウインマリリンなどの調整役を務めた。 2022年12月、2012年から毎年受験していた調教師試験に11度目で合格する。もともと競馬に関する仕事に興味があり、中でも調教助手をやりたかったという気持ちから調教助手になったが、家族会議で妻から「厩務員としての才能はないでしょ?」と言われて、確かにと思い調教師を本気で目指す気持ちが強くなり、しっかり勉強を始めた。
佐原 秀泰(さはら ひでや、1979年7月15日 - )は、… 佐原 秀泰(さはら ひでや、1979年7月15日 - )は、地方競馬の高知・那俄性哲也厩舎所属の騎手。妻は元高知競馬所属騎手の下村瑠衣。地方競馬教養センター長期騎手課程第66期生。 1997年9月29日付けで地方競馬騎手免許を取得し、高知・細川忠義厩舎からデビュー。同年10月4日第10回高知競馬1日目第1競走サラ系一般C54にホシノベリタスで初騎乗(9頭立て2番人気3着)。翌10月5日第10回高知競馬2日目第1競走サラ系一般C53をヒカサダイドウで初勝利(7頭立て3番人気)。 1999年9月13日第14回全日本新人王争覇戦出場(12人中3位)。 2001年6月8日付けで福山・那俄性哲也厩舎へ移籍。
林 徹(はやし とおる、1979年4月4日 - )は、日本中… 林 徹(はやし とおる、1979年4月4日 - )は、日本中央競馬会(JRA)・美浦トレーニングセンターに所属している調教師である。 小笠倫弘以来2人目となる東京大学出身のJRA調教師となった。 兵庫県出生だが、生まれてから半年後に千葉県に引っ越す。さらに、小学4年生の頃に茨城県龍ケ崎市に引っ越した。地元の中学校を卒業後、開成高校に入学する。高校では野球部に入学し、部活に励んでいたが、東京大学の模試の結果は「E判定」だった。また、この頃に競馬に興味を持ち始める。その後、東京大学を受験し一発合格。3年時に医学部看護学科を選択し留年せずに4年で卒業した。また部活は馬術部に入部し頭角を現した。 大学卒業後は競馬界で仕事をするために藤沢和雄厩舎が外厩として使用していたミホ分場で勤務。
大西 貴久(おおにし たかひさ、1979年1月14日-)は、… 大西 貴久(おおにし たかひさ、1979年1月14日-)は、日本中央競馬会 (JRA) の調教助手。 兵庫県芦屋市出身。所属は美浦トレーニングセンター・古賀慎明厩舎。 兵庫県内の高等専門学校に在学中、騎手を目指して乗馬を始めた。高専を中退後オーストラリアに単身で渡航。オーストラリアのQRITC(競馬関係者養成施設)で1年半勉強し、同国の厩舎で1年勤務したが、いったん日本に帰国した。 帰国後は目標を騎手から調教師へと変更し、今度はイギリスにやはり単身で渡航。マーク・プレスコット厩舎で1年間、その後はイギリスよりアメリカ合衆国に移住してジョナサン・シェパード厩舎で半年間勤務した。その後ふたたび日本に帰国し、競馬学校入学を目指して鳥取県の大山ヒルズで2年間勤務した。
里見 治紀(さとみ はるき、1979年1月11日 - )は、… 里見 治紀(さとみ はるき、1979年1月11日 - )は、日本の実業家、馬主、プロデューサー。セガサミーホールディングス株式会社創業者里見治の長男で、同社代表取締役社長グループCEOを務める。あわせて株式会社セガ代表取締役会長CEO、サミー株式会社代表取締役会長CEO、株式会社トムス・エンタテインメント取締役などを兼務する。東京都出身。カリフォルニア大学バークレー校ハース・ビジネススクール修士課程修了、MBA。 東京都出身。セガサミーホールディングス創業者里見治の長男。自由民主党衆議院議員の鈴木隼人は義弟。板橋区立板橋第八小学校、千代田区立麹町中学校、テネシー明治学院高等部を経て、明治学院大学国際学部卒業。
村田 一誠(むらた いっせい、1978年12月20日 - )… 村田 一誠(むらた いっせい、1978年12月20日 - )は、日本中央競馬会 (JRA) 美浦トレーニングセンター所属の調教師で、元騎手。 新潟県生まれ。競馬とは無縁の家庭であった。いとこから騎手になることを勧められる。1992年にジャパンカップを勝った岡部幸雄とトウカイテイオーの人馬一体の姿に憧れ、騎手を志した。競馬学校卒業時には努力賞を受賞し、1997年に美浦・松永勇厩舎所属騎手としてデビュー。同期には秋山真一郎、武幸四郎、勝浦正樹、松田大作、武士沢友治、押田純子らがいる。 1年目こそ9勝に終わるも、2年目の1998年以降は勝利数2桁を毎年維持。2002年には自己最高となる45勝をマークし、関東の中堅クラスとして毎年堅実に成績を残した。
達城 龍次(たつしろ りゅうじ、1978年12月19日 -)… 達城 龍次(たつしろ りゅうじ、1978年12月19日 -)は、地方競馬の大井競馬場東京都騎手会所属の騎手である。祖父は川崎競馬の下山喜万多調教師。 1996年3月31日付けで地方競馬騎手免許を取得し、高岩隆厩舎からデビュー。同年4月10日、大井競馬第4競走(C3三組条件戦)カネショウサミットでレース初騎乗(11頭立て9番人気8着)。同年6月8日、大井競馬第2競走(4歳一般戦)でダイマツロビー(10頭立て2番人気)に騎乗し、初勝利を挙げる。 その後高岩隆厩舎→村上頼章厩舎→松浦備厩舎と所属変更している。2003年、約1年間アメリカで武者修行を行った。2004年2月21日に帰国、3月の大井開催から騎乗を再開した。
中内田 充正(なかうちだ みつまさ、1978年12月18日 … 中内田 充正(なかうちだ みつまさ、1978年12月18日 - )は、日本中央競馬会(JRA)・栗東トレーニングセンターに所属する調教師。滋賀県出身。 実家は滋賀県甲賀市の競走馬育成牧場「信楽牧場」16歳でアイルランドに渡り、J.J.レノン(J.J. Lennon)調教師の下で本格的に競走馬に携わるようになる。それから約10年間、イギリス、フランス、アメリカ合衆国を渡り歩いて調教について学んだ。イギリス時代にはウェストオックスフォードシャーカレッジ(West Oxfordshire College)で馬学と経済学を専攻する。同カレッジ在学中にフランスにも渡航し、クリスティア・ヘッド(Christanne Head)調教師の下で研修を積んだ。
黒川 知弘(くろかわ ともひろ、1978年7月28日 - )… 黒川 知弘(くろかわ ともひろ、1978年7月28日 - )は、地方競馬の福山競馬場所属の元騎手。 黒川幹生元騎手・調教師は実父で、黒川都起哉元騎手・調教師は実祖父。福山競馬騎手会長を務めていた。 地方競馬教養センター長期課程第63期生。 1996年3月31日付けで地方競馬騎手免許を取得。同年4月20日第2回福山競馬1日目第1競走アラブ系C2二十二組条件戦ニューリンボーで初騎乗(8頭立て4番人気6着)。同年4月21日第2回福山競馬2日目第8競走アラブ系C2二組条件戦をシブシホープで優勝(9頭立て3番人気)し、初勝利。 1997年9月23日第12回全日本新人王争覇戦出場(12人中8位)。 1998年2月15日第17回福山競馬5日目第9競走第18回福山マイラーズカップをスマノロメオで優勝(8頭立て6番人気)し、重賞初制覇。
岡田 大(おかだ だい、1978年7月4日 - )は、地方競… 岡田 大(おかだ だい、1978年7月4日 - )は、地方競馬の浦和競馬場薮口一麻厩舎所属の騎手である。
大坪 慎(おおつぼ まこと、1978年6月12日 - )は、… 大坪 慎(おおつぼ まこと、1978年6月12日 - )は、地方競馬の岩手県競馬組合・盛岡競馬場橘友和厩舎所属の騎手。神奈川県川崎市出身。 地方競馬教養センター長期騎手課程第71期生。 川崎市内の県立高校を卒業後、仕事をしながら騎手候補生の受験に挑戦し合格。 2000年3月31日付けで地方競馬騎手免許を取得。同年4月15日第2回水沢競馬1日目第5競走サラ系C2条件戦トナンメリーで初騎乗(10頭立て9番人気10着)。同年5月14日第1回盛岡競馬2日目第2競走サラ系C2条件戦をペンタキングで優勝(10頭立て1番人気)し、9戦目で初勝利。 2003年4月28日第2回水沢競馬5日目第10競走第5回大屋梅特別をマルブツシーズで優勝(10頭立て3番人気)し、特別初勝利。
栗田 徹(くりた とおる、旧姓:佐藤、1978年〈昭和53年… 栗田 徹(くりた とおる、旧姓:佐藤、1978年〈昭和53年〉3月16日 - )は、日本中央競馬会(JRA)・美浦トレーニングセンターに所属する調教師である。 1978年3月16日、千葉県に生まれる。市立船橋高校、日本獣医畜産大学を卒業後、ノーザンファームに就職。2002年10月に競馬学校の厩務員課程に入学。2003年4月に萩原清厩舎の厩務員となり、5月には義父の栗田博憲厩舎で調教助手となる。 2011年3月に独立し、美浦トレーニングセンターで厩舎を開業。3月20日の阪神競馬場1R・3歳未勝利戦のヒダカアルテミスで初出走(10着)。4月9日の小倉競馬場7R・4歳500万下のジュモーで初勝利を飾った。
武士沢 友治(ぶしざわ ともはる、1978年2月9日 - )… 武士沢 友治(ぶしざわ ともはる、1978年2月9日 - )は日本中央競馬会 (JRA) ・美浦トレーニングセンター所属の騎手。愛称は「ブッシー」。戸籍上での表記は武士澤である。
高橋 亮(たかはし りょう、1978年1月6日 - )は、滋… 高橋 亮(たかはし りょう、1978年1月6日 - )は、滋賀県栗太郡栗東町(現・栗東市)出身の元騎手・現調教師。 1996年に花の12期生の一員として栗東・橋口弘次郎厩舎からデビューしたが、デビュー当時に父・隆は「問題のある子なら(自厩舎に)引き取らなければならない」と思っていた。師匠の橋口は元々から騎手に細かい注文は付けないタイプであり、初めての弟子となった高橋に対しても同じであった。乗り方などの技術面についても厩舎実習の頃から、あまり細々としたことは言わず、その代わりによく「慌てるなよ」と言っていたが、そのことについて橋口は「俺は誉めて伸ばす主義なんだ」と笑った。1年目の1996年は3月2日の阪神第1競走4歳未勝利・ツルマルミニー(16頭中9着)で初騎乗を果たし、同24日の中京第8競走5歳以上500万下・ブレイヴリバーで初勝利を挙げる。
稲垣 幸雄(いながき ゆきお、1977年12月25日 - )… 稲垣 幸雄(いながき ゆきお、1977年12月25日 - )は、日本中央競馬会(JRA)・美浦トレーニングセンターの調教師。埼玉県戸田市出身。 中学生の時にオグリキャップ、トウカイテイオーのレースを見て競馬に興味を持ち始める。川越東高等学校卒業後、日本獣医畜産大学へ進学。馬術部に所属した。 大学卒業後ノーザンファームに就職し2年間働いた後、2003年4月にJRA競馬学校厩務員課程に入学する。阿部新生厩舎で厩務員、調教厩務員を務め、2003年10月に萩原清厩舎に移籍し、2007年7月から調教助手に転向した。 2018年に8度目の挑戦でJRA調教師免許試験に合格し、翌2019年から美浦トレセンに厩舎を開業した。
板倉 真由子(いたくら まゆこ、1977年12月19日 - … 板倉 真由子(いたくら まゆこ、1977年12月19日 - )は、日本中央競馬会(JRA)に所属の元騎手、元調教助手で現在は厩務員。女性。山口県下関市出身。 中学生の頃に乗馬を始め、2年生の春にトウカイテイオーが優勝した皐月賞をテレビ観戦したことをきっかけに騎手を志す。 中学卒業後に競馬学校騎手課程を受験するも二次試験まで通過したが最終試験で不合格。この年の合格者にはJRA史上初の女性騎手となる牧原由貴子(現姓・増沢)、細江純子、田村真来が含まれており、「史上初」と「競馬学校花の12期生」の一員を逃す結果となった。 翌年再受験し合格。騎手課程第13期生として入学した。同期には武豊の実弟・武幸四郎や、勝浦正樹、板倉と同世代の武士沢友治、同じく女性の押田純子らがいる。
森 一誠(もり かずとも、1977年9月28日 - )は、日… 森 一誠(もり かずとも、1977年9月28日 - )は、日本中央競馬会 (JRA) ・美浦トレーニングセンターに所属している調教師。 東京農工大学の馬術部に所属。卒業後はノーザンファームに入社し山元トレセンで2年間勤務。 2004年4月、JRA競馬学校厩務員課程に入学する。7月、美浦・堀宣行厩舎所属の厩務員となり、10月には調教厩務員になる。2010年7月、再び厩務員となるが、10月には再び調教厩務員になる。2011年2月、堀宣行厩舎で調教助手になる。2012年4月、再々度厩務員となるが、8月には再び調教助手に戻る。 2022年12月、受験回数は7回、二次試験は3回目で調教師試験に合格。 2023年は技術調教師として東京農工大学の先輩でもある国枝栄の下で研修。
古川 吉洋(ふるかわ よしひろ、1977年9月26日 - )… 古川 吉洋(ふるかわ よしひろ、1977年9月26日 - )は、日本中央競馬会 (JRA) 栗東所属の騎手。岡山県津山市出身。同期には福永祐一や和田竜二らがおり、競馬学校花の12期生のひとりである。愛称は「フルキチ」。 宮崎県生まれで、小学3年まで過ごす。中学校時代は野球をしており運動神経のよさと体躯の小ささから騎手になることを勧められ競馬学校を受験する。古川は当初、騎手・進学を半々で考えており、興味半分で受験。合格したことから騎手になることを決心した。 1996年栗東・長浜博之厩舎の所属騎手としてデビューをしたが初勝利までには時間を要し、デビューから3か月を経た6月に同期のなかではもっとも遅い初勝利を挙げている。
奥村 豊(おくむら ゆたか、1977年8月26日 - )は、… 奥村 豊(おくむら ゆたか、1977年8月26日 - )は、日本中央競馬会(JRA)・栗東トレーニングセンターに所属する調教師。滋賀県栗東町(現:栗東市)出身。 栗東トレーニングセンターの所在地である滋賀県栗東町(現:栗東市)の出身だが、競馬とは無縁の家庭で育った。乗馬を通じて馬に携わるようになり、調教師になることを目標として競馬サークルに入った。 2001年からビッグレッドファームに勤務し、2003年4月にJRA競馬学校に入学。同年7月に栗東・五十嵐忠男厩舎の厩務員となり、2004年2月から調教助手となる。2006年4月より栗東・藤岡健一厩舎に移籍した。 2013年に調教師試験に合格し、2015年3月1日に厩舎を開業。
柴田 大知(しばた だいち、1977年6月18日 - )は日… 柴田 大知(しばた だいち、1977年6月18日 - )は日本中央競馬会(JRA)美浦トレーニングセンター所属の騎手。双子の弟・柴田未崎もJRAの元騎手。同期には福永祐一・和田竜二らがおり、競馬学校花の12期生のひとりである。 小学5年生の時、弟の未崎と共にJRA宇都宮育成牧場で乗馬を開始。当初から騎手という職業には惹かれていたが競馬そのものにさほどの関心はなく、ともに宇都宮育成牧場に所属していた4歳年上の小林淳一が競馬学校に合格したことで、初めて競馬学校の存在を知ったほどだった。そして小林がJRA騎手としてデビューを果たしたのを契機に、自身も騎手になろうという決意を固める。また弟の未崎も同じ進路を歩むが2人して相談するでなく、自然と同じ志を抱くようになっていたという。
柴田 未崎(しばた みさき、1977年6月18日 - )は、… 柴田 未崎(しばた みさき、1977年6月18日 - )は、日本中央競馬会 (JRA) の調教助手、元騎手である。 1996年にJRAの騎手となり、2011年3月31日に引退するまで、通算82勝を挙げた。その後調教助手に転身し、美浦トレーニングセンターの斎藤誠厩舎に所属したが、2013年より再び騎手試験を受験し合格、騎手に復帰することとなった。 双子の兄・柴田大知もJRAの騎手であり、双子の騎手はJRA史上初めての事であった。同期に他に福永祐一・和田竜二らがおり、いわゆる競馬学校花の12期生のひとりである。 栃木県宇都宮市出身。1996年、高木嘉夫厩舎所属の騎手としてデビューし、同年6月マイネルダンケに騎乗して初勝利を達成。
高柳 大輔(たかやなぎ だいすけ、1977年6月7日 - )… 高柳 大輔(たかやなぎ だいすけ、1977年6月7日 - )は、日本中央競馬会(JRA)・栗東トレーニングセンターの調教師。北海道門別町出身。美浦トレーニングセンターに所属する調教師の高柳瑞樹は実兄。 実家は北海道日高町の生産牧場である高柳牧場で幼い頃から馬に携わってきた。小学校、中学校はサッカー部に所属していたが札幌光星高校で兄・瑞樹の勧めで同じ馬術部に入部し、本格的な馬乗りを始める。しかし実際は大学の推薦をもらうための入部であった。京都産業大学に進学後も馬術部に所属し、4年生の時には全日本学生馬術大会に出場。 大学卒業後はノーザンファームに就職し、途中からノーザンファームが間借りしていた滋賀県のグリーンウッド・トレーニングに勤務した。
今野 忠成(こんの ただなり、1977年3月4日 - )は、… 今野 忠成(こんの ただなり、1977年3月4日 - )は、地方競馬の川崎競馬場所属の調教師、元騎手である。 川崎競馬の鈴木敏一厩舎所属としてデビューし、1994年10月15日川崎競馬第9競走で初騎乗、このときは7着であった。初勝利は同年12月10日川崎競馬第4競走で挙げた。重賞は2001年の金盃で初勝利を挙げ、翌年の鎌倉記念の勝利が地元重賞の初制覇となった。さらに東京2歳優駿牝馬にも勝利し、南関東公営競馬のG1初制覇となる。2004年9月8日には浦和競馬場でのさきたま杯をロッキーアピールに騎乗して優勝、ダートグレード競走初制覇となる。 2002年に初めて年間100勝以上を記録。NARグランプリ2005ではベストフェアプレイ賞を受賞し、2006年には地元重賞を5勝し、通算1000勝も達成した。
岡部 誠(おかべ まこと、1977年3月3日 - )は、地方… 岡部 誠(おかべ まこと、1977年3月3日 - )は、地方競馬の名古屋競馬場藤ヶ崎一人厩舎所属の元騎手である。 1994年9月29日に地方競馬の騎手免許を初めて取得。同年10月16日の名古屋競馬第1競走にてヨシタカクィーンで初騎乗し7着。続く第2競走でセルリアンフェアリに騎乗し初勝利を挙げる。 1999年4月10日に中京競馬場で行われたあざみ賞(旧4歳500万円以下)にてスマイルマドンナでJRA初騎乗。16番人気で11着となる。 2004年4月17日、阪神競馬場で行われた第8競走(4歳以上1000万円以下)をゲイリーファントムで制しJRA初勝利を挙げる。この年は155勝を挙げ、初の名古屋競馬リーディングジョッキーとなる。
押田 純子(おしだ じゅんこ、現姓清水、1977年2月27日… 押田 純子(おしだ じゅんこ、現姓清水、1977年2月27日 - )は日本中央競馬会 (JRA) の元騎手。滋賀県栗東市生まれ。 父は障害競走の騎手としていぶし銀の活躍を見せた押田年郎。兄は夫の厩舎に調教助手として所属し、キタサンブラックを担当していた押田道郎。 デビューの翌年に父親が騎手を引退し、父親のファン層の多くが娘である押田純子に注目した。 競馬学校に13期生として入学。同期には秋山真一郎、板倉真由子、勝浦正樹、武幸四郎、村田一誠、松田大作、武士沢友治らがいる。 初騎乗は1997年3月1日、阪神競馬第1競走でワンダーレベルワンに騎乗し、13頭立ての13着。同年6月7日、中京競馬第1競走でアワーデッドラブに騎乗し初勝利。
金折 知則(かなおり とものり、1977年2月11日 - )… 金折 知則(かなおり とものり、1977年2月11日 - )は、日本中央競馬会 (JRA) の元騎手・調教助手。栗東所属。愛知県西尾市出身。 1995年に競馬学校11期生としてデビュー。初騎乗は同年3月4日、中京競馬第5競走のヒノデカイラスで、16頭立ての7着だった。初勝利は同年6月3日の中京競馬第2競走でハクサンスキーに騎乗したものだった。 1998年の京都大障害(秋)をイチバンリュウで勝ち、重賞初勝利。2000年の中山大障害をランドパワーで勝ち、J・GIジョッキーとなった。 2004年9月11日の阪神競馬第1競走にタケカワルキューレ騎乗で通算100勝を挙げる。 2010年12月20日付けで騎手を引退し、松元茂樹厩舎の調教助手となった。
深山 雅史(ふかやま まさし、1977年2月8日 - )は、… 深山 雅史(ふかやま まさし、1977年2月8日 - )は、日本中央競馬会(JRA)・美浦トレーニングセンターの調教師。東京都出身。 立教高校から立教大学理学部物理学科に進学。高校は野球部、大学はレスリング部に所属した。大学の友人の影響で競馬を好きになり、競馬の世界へ進むことを決めるも両親からは「大学を卒業してまでやる仕事じゃない」と猛反対される。しかし競馬への熱は冷めず「競馬に近いところで仕事をしたい」と思い、競馬関係者のつてを辿っていったところ当時JRAの調教師だった橋口弘次郎と話す機会が設けられ橋口から「大学を卒業するなら調教師を目指した方がいい」とアドバイスを受け大学卒業後オーストラリアのゴールドコーストにある競馬学校トレインテック2000に入学する。
青木 芳之(あおき よしゆき、1977年2月7日 - 201… 青木 芳之(あおき よしゆき、1977年2月7日 - 2012年12月25日)は、神奈川県横浜市出身の元騎手。 競馬学校11期生として石山繁・金折知則・西田雄一郎・西谷誠・野元昭嘉・矢原洋一・山本康志と同期になり、卒業後の1995年に美浦・藤沢和雄厩舎からデビュー。 1年目の1995年は3月5日の中山第1競走4歳未勝利・サーストンフジオー(16頭中13着)で初騎乗を果たし、同12日の中山第2競走4歳未勝利・リッツリーターで初勝利を挙げる 。11月11日の新潟第3競走4歳未勝利では前川清の所有馬ヒゼンズシオーで勝利し、初年度は4勝をマーク。 2年目の1996年には1月6日の東京第3競走4歳未勝利で15頭中12番人気のターフチャンピオンに騎乗して単勝・枠連・馬連万馬券、同27日の小倉第8競走4歳以上500万下では8番人気グリーンパラダイスで逃げ切って枠連・馬連万馬券の波乱を起こす。
福永 祐一 (ふくなが ゆういち、1976年12月9日 - … 福永 祐一 (ふくなが ゆういち、1976年12月9日 - ) は日本中央競馬会 (JRA) 栗東所属の騎手である。父は現役時代「天才」と言われた元騎手の福永洋一、叔父に元騎手の北村卓士。妻は元フジテレビアナウンサーの松尾翠[7]。2016年7月より夫人も所属している芸能プロダクションのホリプロとマネジメント契約を結んでいる[8]。
鈴木 恵介(すずき けいすけ、1976年10月7日 - )は… 鈴木 恵介(すずき けいすけ、1976年10月7日 - )は、ばんえい競馬の騎手。義父は元騎手の鈴木勝堤。ばんえい競馬史上最多の14回のリーディングを誇るばんえい競馬のトップジョッキーである。 1998年に2度目の受験で騎手免許試験に合格し、同年1月10日に帯広競馬第4レースでブラックワンに初騎乗し、同年1月19日に帯広競馬第8レースでニホンバレにて初勝利を挙げた。 旧姓は水嶋、2003年4月から鈴木姓に変えて騎乗している。 2008年度に自身初となるばんえい競馬リーディングを達成する。 2010年2月6日、帯広競馬第10レースをギンガリュウセイで制し、坂本東一元騎手(現・調教師)が2000年度に記録した892戦173勝を上回る864戦174勝を挙げ、ばんえい競馬の年間(年度)最多勝記録を更新、最終的には1022戦200勝を挙げ最多勝記録を更新した。
奥村 武(おくむら たけし、1976年7月10日 - )は、… 奥村 武(おくむら たけし、1976年7月10日 - )は、日本中央競馬会(JRA)・美浦トレーニングセンターの調教師。東京都出身。 中学1年生の時にジャパンカップ(1989年)でのオグリキャップの走りをテレビで観て「競馬って世界と戦えるスポーツなんだ」と思い、翌年アイネスフウジンが勝った日本ダービーを現地で目の当たりにし競馬へ興味を持つようになる。最初は騎手になることを考えるが視力、体格などの条件が厳しかったため、その後は調教師を目指すことになる。 芝浦工業大学工学部を卒業し、ディアレストクラブに就職。2年半ほど牧場で働いたのち2001年10月にJRA競馬学校厩務員課程に入学し、2002年4月から高橋義博厩舎で厩務員を務める。
今福 洋介(いまふく ようすけ、1976年6月29日 - )… 今福 洋介(いまふく ようすけ、1976年6月29日 - )は、日本の実業家、中小企業診断士、馬主。 東京都港区に本社を置く、株式会社リアライズコーポレーションの代表取締役社長を務める。 1976年、兵庫県出身。神奈川県川崎市で育ち、1999年に慶應義塾大学を卒業する。金融機関、不動産会社での勤務を経て2006年に独立。2010年に株式会社リアライズカンパニーを立ち上げるとリアライズグループが始動し、2015年に買収したトラック売買会社を買収し同社を株式会社リアライズコーポレーションに商号変更した。2018年からはリアライズコーポレーションとして近藤真彦率いるレーシングチームであるKONDO Racingの支援を行い、2019年にはSUPER GTのメインスポンサーにも就任した。
小田部 雪(こたべ ゆき、1976年6月4日 - )は、大分… 小田部 雪(こたべ ゆき、1976年6月4日 - )は、大分県中津市出身、中津競馬場・荒尾競馬場所属の元騎手。実父の小田部磨留男厩舎(中津)と幣旗吉昭厩舎(荒尾)に所属。勝負服の服色は胴白、桃星散らし、袖桃。 中津競馬場の元騎手であり、調教師であった父・小田部磨留男のもとで1994年4月9日デビュー、翌日の4月10日に初勝利。ワシュウタカハルとのコンビでアラブの重賞・特別戦線で活躍、1998年1月にアラブ新春杯で重賞初勝利を挙げるなど重賞2勝。1999年にはヨウメイカイカで中津菊花賞を制覇。2001年中津競馬場の廃止を機に荒尾競馬場に移籍するも、翌2002年調教中の落馬事故がきっかけで引退。同年、中津と荒尾で同僚として腕を競った杉村一樹騎手と結婚。
尾形 和幸(おがた かずゆき、1976年5月4日 - )は、… 尾形 和幸(おがた かずゆき、1976年5月4日 - )は、日本中央競馬会(JRA)・美浦トレーニングセンターの調教師。宮城県出身。 中学1年生の時に馬術を始め、仙台育英高校では馬術の全国大会で優勝した。高校の同級生に元プロ野球選手の金村暁が居る。中央大学に進学し、大学でも馬術の全国大会で優勝した。 2003年4月にJRA競馬学校厩務員課程に入学し、7月から加藤征弘厩舎で厩務員を務め、8月からは久保田貴士厩舎で調教助手を務める。 2013年に3度目の挑戦でJRA調教師免許試験に合格する。同年3月に開業し、11月9日に行われた京王杯2歳ステークスでカラダレジェンドが勝利し開業から僅か8ヵ月、重賞初出走で初制覇となった。
高野 友和(たかの ともかず、1976年2月4日 - )は、… 高野 友和(たかの ともかず、1976年2月4日 - )は、日本中央競馬会(JRA)・栗東トレーニングセンターに所属する調教師。福島県出身。 競馬とは無縁の家庭であり、中学時代に競馬好きの友人とテレビを見たのが競馬へのきっかけである。福島競馬場近くの福島県立福島高等学校から帯広畜産大学に進学し馬術部に入部。卒業後ノーザンファーム空港牧場に3年間勤務し、JRA競馬学校厩務員課程を経て、2002年から松田国英厩舎に所属。2010年に調教師免許取得、2011年開業。 2011年3月20日、阪神7Rでエーシンジャッカルが勝利し、厩舎開業から4戦目で初勝利を挙げた。 2014年の秋華賞でショウナンパンドラで重賞初制覇を果たすとともにGI初制覇を果たした。
幸 英明(みゆき ひであき、1976年1月12日 - )は、… 幸 英明(みゆき ひであき、1976年1月12日 - )は、日本中央競馬会(JRA)に所属する騎手である。日本騎手クラブ副会長。 1994年に騎手免許を取得し中央競馬の騎手となる。2003年にはスティルインラブに騎乗し桜花賞・優駿牝馬(オークス)・秋華賞の牝馬三冠で勝利を挙げた。2009年には、JRA史上初となる年間騎乗回数1,000回を達成。2022年終了時点におけるJRA年間騎乗回数の最多記録保持者である(1,081回/2012年)。 神奈川県横浜市生、鹿児島県鹿屋市で育つ。実家の近くに競走馬の生産牧場があったものの競馬とはほぼ無縁の生活だったが、中学3年生の時に「体が小さいので」と勧められて騎手を目指す。