金井 照久(かない てるひさ、1948年12月20日 - 2… 金井 照久(かない てるひさ、1948年12月20日 - 2012年2月27日)は、日本の財務官僚。血液型はA型。
職業が官僚:5,089人
金井 照久(かない てるひさ、1948年12月20日 - 2… 金井 照久(かない てるひさ、1948年12月20日 - 2012年2月27日)は、日本の財務官僚。血液型はA型。
稲村 公望(いなむら こうぼう、1948年〈昭和23年〉12… 稲村 公望(いなむら こうぼう、1948年〈昭和23年〉12月10日 - )は、日本の郵政・総務官僚、外交官、経営者。月刊日本客員編集委員。反郵政民営化の論客として知られる。 琉球列島米国民政府占領下の奄美地方徳之島出身。総務省政策統括官、郵政事業庁次長、日本郵政公社常務理事、日本郵便副会長を歴任。 琉球列島米国民政府占領下の徳之島、現在の鹿児島県大島郡天城町で生まれる。 1967年、ラ・サール高等学校15期卒業。1972年、東京大学法学部政治学科卒業。東大での同級生に鳩山邦夫、舛添要一が居る。 同年、郵政省(現総務省)入省。 1976年、フレッチャー法律外交大学院留学(アメリカ研修)。1978年、フレッチャー法律外交大学院修了、国際関係論修士。
藤本 進(ふじもと すすむ、1948年12月5日 - )は日… 藤本 進(ふじもと すすむ、1948年12月5日 - )は日本の財務官僚、実業家。血液型はB型。元トヨタ自動車会長・豊田章一郎の娘婿。現トヨタ会長の豊田章男は義弟。 広島大福山高校を経て、1972年に東京大学法学部を卒業し、旧大蔵省入省。大臣官房文書課配属。アジア開発銀行に出向しマニラ在勤。その後大蔵省国際金融局為替資金課長、関税局総務課長、官房審議官等を経て退官。大蔵省在籍中、豊田章一郎の長女と結婚。豊田が旧制東京府立一中の同級生だった長岡實に婿探しを依頼し、長岡が自らの秘書課長時代に採用した藤本を紹介したのが縁だった。 退官後は、三井住友海上火災保険やMS&ADインシュアランスグループホールディングスで副社長を務める。
堤 修三(つつみ しゅうぞう、1948年(昭和23年)12月… 堤 修三(つつみ しゅうぞう、1948年(昭和23年)12月 - )は、日本の元官僚、大学教授。長崎県立大学地域創造学部実践経済学科特任教授。元社会保険庁長官。長崎県長崎市出身。
坂田 東一(さかた とういち、1948年〈昭和23年〉11月… 坂田 東一(さかた とういち、1948年〈昭和23年〉11月24日 - )は、日本の文部科学官僚。文部科学事務次官を経て、2011年から2014年までウクライナ駐箚特命全権大使を務めた。瑞宝重光章受章。大阪府出身。 大阪府立北野高等学校、東京大学工学部卒業、東京大学大学院工学系研究科機械工学専門課程修士課程修了。1974年科学技術庁入庁。科学技術庁科学技術政策局計画課企画官、文部科学大臣官房審議官、独立行政法人理化学研究所理事、文部科学省大臣官房長、文部科学審議官を経て、2009年7月14日から、2010年7月30日まで文部科学事務次官。 退官後、文部科学省顧問を経て、2010年10月1日より社団法人日本原子力産業協会特任フェロー。
北村 俊昭(きたむら としあき、1948年(昭和23年)11… 北村 俊昭(きたむら としあき、1948年(昭和23年)11月15日 - )は、日本の官僚、経営者。元経済産業審議官。株式会社INPEX相談役。元石油鉱業連盟会長。北海道小樽市出身。 北海道小樽潮陵高等学校を経て、1972年(昭和47年)東京大学法学部第1類(私法コース)を卒業し、通商産業省入省(鉱山石炭局石炭部炭政課)。貿易経済協力局、製造産業局、通商政策局各局長を歴任し、2006年(平成18年)に経済産業審議官となり、2007年(平成19年)に退官する。 退官後は東京海上日動火災保険顧問、早稲田大学大学院客員教授をへて、2009年(平成21年)に国際石油開発帝石副社長に就任。2010年(平成22年)から同社社長を務める。
山本 繁太郎(やまもと しげたろう、1948年〈昭和23年〉… 山本 繁太郎(やまもと しげたろう、1948年〈昭和23年〉11月14日 - 2014年〈平成26年〉3月15日)は、日本の政治家、元建設官僚。山口県知事(第46代)を務めた。 山口県柳井市出身。山口県立柳井高等学校から東京大学法学部第2類(公法コース)卒業後、1972年(昭和47年)に建設省(後の国土交通省)に入省し、住宅局長等を歴任。以降は内閣府等を経て、麻生内閣のもとで務めた内閣官房地域活性化統合事務局長を最後に退官。 2008年(平成20年)には福田康夫内閣で初めての国政選挙となる衆議院山口2区補欠選挙に自由民主党公認、公明党推薦で立候補。この補選は山口2区選出の福田良彦(自民)が岩国市長選へ立候補するため議員辞職したこと(後に市長選に当選)に伴うものだった。
藤原隆(ふじわら たかし、1948年11月8日 - )は日本… 藤原隆(ふじわら たかし、1948年11月8日 - )は日本の大蔵・金融官僚。東北財務局長、金融庁総務企画局長、(株)ジャスダック証券取引所会長などを歴任。血液型はB型。 秋田県秋田市出身(父母も秋田県)。秋田県立秋田高等学校、東京大学経済学部経済学科卒業。1972年 大蔵省入省(大臣官房文書課)。1977年7月 米沢税務署長。その後は和歌山県総務部財政課長、主計局総務課長補佐(歳入・国債係主査)、主計局主計官補佐(労働係主査)、主計局主計官補佐(厚生第三係主査)などを務める。1987年7月 大臣官房企画官兼大臣官房文書課。1990年7月 三重県総務部長。1996年7月12日 証券局総務課長。1998年7月1日 東北財務局長。
吉村 博人(よしむら ひろと、1948年〈昭和23年〉11月… 吉村 博人(よしむら ひろと、1948年〈昭和23年〉11月 - )は、日本の警察官僚。第21代警察庁長官。熊本県出身。 東京大学法学部卒業後、警察庁に入庁。主に刑事畑を歩む。刑事局長、長官官房長、次長を経て、2007年(平成19年)より警察庁長官に就任。 取調べの一部録音・録画や被疑者取調べ監督制度の導入を実現させ、取調べ適正化施策の推進に尽力した。2009年(平成21年)に勇退。 2019年、瑞宝重光章受章。
中村正則(なかむら まさのり 1948年10月29日 - )… 中村正則(なかむら まさのり 1948年10月29日 - )は、日本の官僚。宮崎県出身
濱口 達男(はまぐち たつお、1948年〈昭和23年〉10月… 濱口 達男(はまぐち たつお、1948年〈昭和23年〉10月17日 - )は、日本の建設官僚。元国土技術政策総合研究所長。元ダム技術センター理事長。元ニュージェック副社長執行役員。安藤・間土木事業本部顧問。瑞宝中綬章受章。息子は映画監督・脚本家の濱口竜介。父は洋画家・教育者の浜口喬夫。 高知県出身。土佐高校、東京大学工学部土木工学科を卒業後、1971年(昭和46年)7月建設省に入省。在イラン日本国大使館一等書記官、国土交通省東北地方整備局長等を経て、2004年(平成16年)1月、国土交通省国土技術政策総合研究所長に就任。2005年(平成17年)8月、国土交通省を退職。退職後はダム技術センター理事長やニュージェック副社長執行役員、安藤・間土木事業本部顧問等を歴任。
鹿島 幾三郎(かしま いくさぶろう、1948年(昭和23年)… 鹿島 幾三郎(かしま いくさぶろう、1948年(昭和23年)10月8日 - )は日本の通産官僚。元経済企画庁物価局長。パナソニック株式会社代表取締役専務。
井上 正幸(いのうえ まさゆき、1948年10月6日 - 2… 井上 正幸(いのうえ まさゆき、1948年10月6日 - 2024年9月19日)は、日本の文部官僚、文部科学省管轄の財団法人日本国際教育支援協会の理事長(常勤)。 東京都生まれ。1973年3月、東京外国語大学外国語学部インド・パーキスタン語学科卒業。同年4月、外務省に入省、1974年中央大学法学部卒業、文部省(当時)に入省。 1976年-1978年イギリス留学(リバプール大学行政学修士)、1981年-1984年OECDパリ本部、1986年-1989年在フランス大使館と英仏での留学・勤務を経験。学術国際局国際学術課長、同局国際企画課長、大臣官房審議官(学際局担当)、2001年より文部科学省科学技術・学術政策局次長、2004年より国際統括官(日本ユネスコ国内委員会事務総長)等を歴任し、同省を退官。
伊藤 哲朗(いとう てつろう、1948年(昭和23年)10月… 伊藤 哲朗(いとう てつろう、1948年(昭和23年)10月 - )は、日本の警察官僚。第12代内閣危機管理監、第85代警視総監を歴任。 福岡県八女市出身。福岡県立嘉穂高等学校校長(1955 - 1964年)を務めた伊藤朝生の子息。 1964年、福岡県立嘉穂高等学校に入学し1学期まで在校後、福岡県立修猷館高等学校へ転校。1972年、東京大学法学部を卒業し警察庁入庁。同期に安藤隆春警察庁長官、中村正則関東管区警察局長など。 入庁後は、主に警備警察、外事警察の分野を歩み、千葉県警警備部長、石川県警本部長、警視庁警備部長、千葉県警本部長、皇宮警察本部長、警察庁生活安全局長、警察大学校長などを歴任し、2006年1月19日から2007年8月6日まで警視総監を務めた。
内田 俊一(うちだ しゅんいち、1948年〈昭和23年〉9月… 内田 俊一(うちだ しゅんいち、1948年〈昭和23年〉9月29日 - )は、日本の建設官僚。元京都市助役。 鹿児島県出身。ラ・サール高校卒。1972年(昭和47年)3月、東京大学法学部を卒業し、同年4月、建設省へ入省。入省後、建設省大臣官房政策課長などを歴任。途中、千葉県や京都市に出向し、内閣官房内閣参事官室内閣参事官、京都市助役などを務め、千葉県庁に出向した際には幕張新都心事業に携わった。 2001年(平成13年)1月、内閣官房内閣総務官室内閣総務官に就任。 2003年(平成15年)7月、内閣広報官に就任。 2006年(平成18年)7月28日、内閣府事務次官に就任。 2008年(平成20年)7月1日、退官。
浦上道彦(うらかみ みちひこ、1948年9月28日 - )は… 浦上道彦(うらかみ みちひこ、1948年9月28日 - )は日本の財務官僚。外務省在ドイツ大使館公使、関東信越国税不服審判所長などを歴任した。 慶應義塾大学経済学部経済学科卒業。1974年 大蔵省入省(理財局国庫課)。1979年7月10日 館山税務署長。1993年7月 関東財務局総務部長。1996年7月12日 造幣局東京支局長。1997年5月20日 外務省在ドイツ大使館参事官。1998年 外務省在ドイツ大使館公使。2001年7月13日 関東信越国税不服審判所長。2002年7月8日 財務省大臣官房付。同年7月9日 退官。同年7月23日 公営企業金融公庫理事。
結城 章夫(ゆうき あきお、1948年9月23日 - )は、… 結城 章夫(ゆうき あきお、1948年9月23日 - )は、日本の文部官僚。学校法人富澤学園理事長。 2005年から2007年まで文部科学事務次官を務めた。事務次官退任後は山形大学の学長に就任し、2014年まで務めた。 山形県村山市に生まれる。山形県立山形東高等学校から東京大学理科一類に進学し、1971年6月に東京大学工学部物理工学科を卒業する。 1971年7月、科学技術庁に入庁。入庁後は主に原子力安全や研究開発行政に携わる。1982年 外務省在オーストラリア日本国大使館一等書記官。1987年 科学技術庁原子力局核燃料課長。1994年 科学技術庁科学技術振興局企画課長。1995年6月 科学技術庁長官官房秘書課長。
前田 直登(まえだ なおと、1948年9月23日 - )は、… 前田 直登(まえだ なおと、1948年9月23日 - )は、日本の農林官僚。林野庁次長経林野庁長官等を歴任した。退官後は、緑資源機構理事長、国土緑化推進機構副理事長等を務めた。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
玉井 日出夫(たまい ひでお、1948年9月5日 - )は、… 玉井 日出夫(たまい ひでお、1948年9月5日 - )は、日本の文部官僚。文部科学審議官(文教担当)、文化庁長官を歴任。愛媛県美術館名誉館長、玉川大学客員教授。 愛媛県松山市出身。広島国泰寺高等学校を経て、東京大学法学部第2類(公法コース)を卒業の後、同第1類(私法コース)に学士入学。1974年(昭和49年)に旧文部省に入省(初等中等教育局中学校教育課)。総括審議官や大臣官房長を歴任したのち、2007年(平成19年)から文部科学審議官(文教担当)。2009年(平成21年)7月より19代目の文化庁長官に在任し、2010年に退官。2011年に学校法人北海学園特任教授。2012年から玉川大学芸術学部客員教授(文化政策などを担当)。
福田 進(ふくだ すすむ、1948年(昭和23年)8月26日… 福田 進(ふくだ すすむ、1948年(昭和23年)8月26日 - )は、日本の大蔵・財務官僚。奈良県吉野郡出身。 1971年に大蔵省入省。同期入省者に、藤井秀人(日本政策投資銀行副社長、財務事務次官)、寺澤辰麿(横浜銀行頭取、国税庁長官)、高木祥吉(ゆうちょ銀行社長、金融庁長官)、田村義雄(クロアチア大使、環境事務次官)、志賀櫻(弁護士)、吉永國光(東和銀行会長、同行頭取)、坂井隆憲(衆議院議員)、山本幸三(衆議院議員)などがいる。 主として主税畑でキャリアを積んだ。財務省退官後、損害保険協会副会長を務め、麻生内閣の内閣官房副長官補に就任。なお、右翼活動家(防共挺身隊に関係する)福田進とは別人物。
有本 建男(ありもと たてお、1948年(昭和23年)8月1… 有本 建男(ありもと たてお、1948年(昭和23年)8月18日 - )は、広島県出身の科学技術官僚。文部科学省科学技術・学術政策局長、政策研究大学院大学教授などを務める。
村井 博美(むらい ひろみ、1948年(昭和23年)8月18… 村井 博美(むらい ひろみ、1948年(昭和23年)8月18日 - )は、日本の元・大蔵官僚。元財務省印刷局長。血液型はA型。兵庫県小野市出身。 旧大蔵省同期入省者には、藤井秀人、吉永国光(東和銀行頭取)、森田好則、窪野鎮治(両人共に財務省印刷局長)、西川和人(金融庁検査部長)、西川聰(名証副社長)など。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
八木健(やぎ けん、1948年8月17日 - )は日本の財務… 八木健(やぎ けん、1948年8月17日 - )は日本の財務官僚。大臣官房審議官(国際局担当)、国際通貨基金理事などを歴任した。新潟市出身。 東京大学経済学部経済学科を優秀な成績で卒業し、1971年 大蔵省入省。オックスフォード大学へ留学し、経済学の修士号を修得。指導教官は後にノーベル経済学賞を受賞したJ.R. ヒックスであり、ヒックスから卒業にあたり、極めて優秀な人物である推薦状をもらっていた。
津田 廣喜(津田 広喜、つだ ひろき、1948年(昭和23年… 津田 廣喜(津田 広喜、つだ ひろき、1948年(昭和23年)8月11日 - )は、日本の大蔵・財務官僚。財務省主計局長、財務事務次官、早稲田大学教授。北海道出身。 北海道天塩郡幌延町出身。1967年3月、北海道天塩高等学校卒業。1972年3月、東京大学法学部第2類(公法コース)卒業。 1972年4月、大蔵省入省(主計局総務課配属)。1973年4月、主計局法規課。1973年8月、名古屋国税局調査査察部。1974年8月、大臣官房調査企画課。1975年7月、大臣官房調査企画課調査主任。1976年7月、大臣官房調査企画課調査第二係長。1977年7月11日、苫小牧税務署長。1978年7月10日、大臣官房文書課課長補佐(管理・審査担当)兼大臣官房秘書課課長補佐(調査担当)。
大久保 寿夫(大久保 壽夫、おおくぼ としお、1948年8月… 大久保 寿夫(大久保 壽夫、おおくぼ としお、1948年8月9日 - )は、日本の政治家、農林官僚。元栃木県小山市長(5期)。 栃木県下都賀郡寒川村押切(のちの間々田町、現在の小山市押切)に生まれる。栃木県立栃木高等学校卒業。1971年(昭和46年)3月京都大学農学部卒業。1973年(昭和48年)3月、東京大学大学院修士課程修了。同年4月、農林水産省入省。 1997年(平成9年)、農林水産省本省室長就任。1999年(平成11年)、関東農政局建設部次長就任。 2000年(平成12年)7月16日に行われた小山市長選挙に立候補し、初当選した。 2013年(平成25年)7月6日、「ラムサール条約湿地登録1周年記念シンポジウム in おやま」を開催。
山本 幸三(やまもと こうぞう、1948年〈昭和23年〉8月… 山本 幸三(やまもと こうぞう、1948年〈昭和23年〉8月8日 - )は、日本の政治家、大蔵官僚。 衆議院議員(8期)、経済産業副大臣(第1次安倍内閣)、内閣府特命担当大臣(地方創生、規制改革)、衆議院法務委員長・消費者問題に関する特別委員長・地方創生に関する特別委員長・災害対策特別委員長、自由民主党金融調査会長等を歴任した。 福岡県門司市(現・北九州市門司区)生まれ。福岡県立京都高等学校卒業後、東京大学理科一類に入学。しかし、3年次の専門課程に進学する際は理系から文系に転じ、東京大学経済学部卒業。 東大卒業後、大蔵省にトップで入省した。大蔵省在職中の1973年、コーネル大学経営大学院に留学し、MBAを取得した。
田原 文夫(たはら ふみお、1948年8月7日 - )は、日… 田原 文夫(たはら ふみお、1948年8月7日 - )は、日本の農水官僚。 京都大学法学部卒業後、1972年農林省入省。秘書課監査官、食糧庁の課長補佐を経て静岡県に出向。1987年大臣秘書官事務取扱。1989年水産庁企画課長。競馬監督課長等を経て2000年大臣官房総務審議官。大臣官房長から水産庁長官。次期事務次官ともいわれたが、2005年に辞職。
本間 政雄(ほんま まさお、1948年8月3日 - )は、元… 本間 政雄(ほんま まさお、1948年8月3日 - )は、元学校法人立命館副総長、元立命館アジア太平洋大学副学長、元学校法人関東学院常務理事、元文部官僚。2013年4月から学校法人梅光学院理事長に就任。2005年に設立された国立大学マネジメント研究会の会長となり、2011年の大学マネジメント研究会への改称後も引き続き会長を務めている。2021年7月31日、任期途中にもかかわらず梅光学院理事長の職を突然辞任した。 愛知県名古屋市出身。名古屋大学法学部政治学科を卒業し、1971年(昭和46年)に文部省入省。入省3年目に人事院の行政官長期在外研究員制度によりロンドン・スクール・オブ・エコノミクスに留学。
谷口 博昭(たにぐち ひろあき、1948年 <昭和23年> … 谷口 博昭(たにぐち ひろあき、1948年 <昭和23年> 8月1日 - )は、日本の元建設・国土交通官僚、和歌山県出身。元国土交通事務次官。第109代土木学会会長、建設業技術者センター理事長(非常勤)。 和歌山県和歌山市出身。和歌山県立桐蔭高等学校を経て、東京大学工学部土木工学科卒業。建設省入省後は、技官として道路行政に従事。道路局高速道路課長、企画課長、近畿地方整備局長、道路局長等を経て、2006年(平成18年)に技監に、2009年(平成21年)7月24日に、国土交通事務次官に就任した(技官で3人目、道路畑では佐藤信秋以来2人目)。この間にも、土木学会副会長(総務)を2007年(平成19年)度から2008年(平成20年)度にかけて務めた。
平口 洋(ひらぐち ひろし、1948年〈昭和23年〉8月1日… 平口 洋(ひらぐち ひろし、1948年〈昭和23年〉8月1日 - )は、日本の政治家、建設・国土交通官僚。自由民主党所属の衆議院議員(7期)。法務大臣(第111-112代)、自由民主党広島県支部連合会長。 法務副大臣(第4次安倍第1次改造内閣)、環境副大臣(第3次安倍第1次改造内閣)、法務大臣政務官(第2次安倍内閣)、衆議院政治倫理の確立及び公職選挙法改正に関する特別委員長、同農林水産委員長、同法務委員長、自由民主党政務調査会副会長、同国土交通部会長、同厚生労働部会長、自由民主党副幹事長、同報道局長、国土交通省河川局次長、日本道路公団総務部長、秋田県警察本部長などを歴任。 広島県安芸郡江田島村(現:江田島市)生まれ。
橋本孝伸(はしもと たかのぶ、1948年7月29日 - )は… 橋本孝伸(はしもと たかのぶ、1948年7月29日 - )は日本の大蔵官僚。国税不服審判所次長。 兵庫県明石市出身。灘高等学校、東京大学法学部第1類(私法コース)卒業。1971年 大蔵省入省(大臣官房秘書課)。1972年5月 大臣官房秘書課調査係長心得。1973年8月 大臣官房調査企画課。1974年7月 主計局総務課調査主任。1975年 主計局総務課企画係長。1976年7月 帯広税務署長。1977年7月 国税庁調査査察部調査課長補佐。1978年7月 日本開発銀行人事部副調査役。1995年5月 金沢国税局長。1997年7月 理財局たばこ塩事業審議官。1998年7月 国税不服審判所次長。1999年7月 退官。
小畑 元(おばた はじめ、1948年(昭和23年)7月25日… 小畑 元(おばた はじめ、1948年(昭和23年)7月25日 - )は、日本の政治家、官僚。元大館市長(6期)。叔父は秋田県知事を6期(1955年~1979年)務めた小畑勇二郎。 スピーカー作りが趣味であり自宅に工房を持っている。大館市立中央公民館や大町商店街振興組合に自作の手作りスピーカーを寄贈している。 そして健康に気を使い夜遅い時間帯や土日の休日の朝早い時間帯には、大館市内をウォーキングをしている。 他にストレス解消に皿洗いもする。過去に国政選挙に出馬した際、リーフレットの趣味の欄に皿洗いと書き亡き母に怒られたというエピソードもある。また、市長時代は出勤前に「大館のために」と3回唱えてから出勤していた。
吉戒 修一(よしかい しゅういち、1948年7月7日 - )… 吉戒 修一(よしかい しゅういち、1948年7月7日 - )は、日本の法務官僚、裁判官、検察官、弁護士。法務省民事局担当審議官、法務省人権擁護局長などを経て、東京高等裁判所長官を最後に定年退官し、退官後はTMI総合法律事務所顧問弁護士や、国土交通省中央建設工事紛争審査会特別委員などを務める。
西 謙二(にし けんじ、1948年6月20日 - )は、日本… 西 謙二(にし けんじ、1948年6月20日 - )は、日本の裁判官、法務官僚、弁護士。最高裁判所調査官や、法務省東京法務局訟務部長等を経て、福岡高等裁判所部総括判事を最後に定年退官し、法務省難民審査参与員などを務めた。 一橋大学法学部卒業。大阪地方裁判所判事補、最高裁判所事務総局行政局付、東京地方裁判所判事補、東京簡易裁判所判事等を経て、1983年から1984年まで西ドイツ・シュトゥットガルト地方裁判所等に留学した。 札幌簡易裁判所判事、東京地方裁判所判事補、最高裁判所調査官、福岡地方裁判所判事、福岡高等裁判所判事、法務省東京法務局訟務部長(検事)兼内閣司法制度改革推進本部国際化検討会委員、東京高等裁判所判事、東京地方裁判所部総括判事等を経て、2008年那覇家庭裁判所所長。
丸山 博(まるやま ひろし、1948年6月1日 - 2019… 丸山 博(まるやま ひろし、1948年6月1日 - 2019年8月2日)は、日本の国土交通官僚。元駐フィンランド特命全権大使。 鹿児島県出身。1967年ラ・サール高等学校卒業。1972年東京大学経済学部卒業、運輸省入省、自動車局総務課配属。1986年外務省在フランス日本国大使館一等書記官。2002年国土交通省自動車交通局長。2003年国土交通省鉄道局長。2004年国土交通省総合政策局長。2005年国土交通審議官。2006年運輸政策研究機構副会長。2009年駐フィンランド特命全権大使。2014年空港施設代表取締役社長。2018年瑞宝重光章受章。2019年空港施設代表取締役会長。同年呼吸不全により死去。
藤野 公孝(ふじの きみたか、1948年〈昭和23年〉5月2… 藤野 公孝(ふじの きみたか、1948年〈昭和23年〉5月29日 - )は、日本の政治家、運輸官僚。 国土交通大臣政務官(第1次安倍内閣)、参議院議員(1期)、全日本シティホテル連盟代表理事、国際観光文化交流協会理事長兼会長、流通科学大学特任教授、ツーリズム・マーケティング研究所研究員などを歴任。妻は料理研究家で衆議院議員を務めた藤野真紀子。 広島県佐伯郡廿日市町(現:廿日市市)生まれ。広島学院中学校・高等学校、東京大学経済学部経済学科卒業後、運輸省にキャリア官僚として入省(入省時の配属先は大臣官房情報管理部)。衆議院議員の平口洋とは中学から大学までの同級生。1973年に金坂真紀子と結婚。ニューヨーク、パリ勤務時代に真紀子は後に料理研究家となる手法を身に付けることとなる。
高木 祥吉(たかぎ しょうきち、1948年(昭和23年)5月… 高木 祥吉(たかぎ しょうきち、1948年(昭和23年)5月22日 - )は、日本の大蔵・金融官僚。金融庁長官、ゆうちょ銀行社長、日本格付研究所社長を歴任。徳島県出身。 徳島県徳島市南前川町出身。父は助任川周辺の材木店街に店を構える材木商。小学校時代に徳島市北前川町に転居。小中学校時代の得意科目は体育で、ローラースケートを好んで遊んでいたが、余り勉強はしなかった。高校時代に数学が好きになり、他の授業は聞かずに2年生までに高校の全範囲を終えた。数学科への進学も考えたが、親の勧めで東京大学文科一類に進学。東大紛争のため講義が少なく、独学で公務員試験の勉強を行い合格。東大紛争のため卒業が遅れ、1971年6月に東京大学法学部第1類(私法コース)を卒業し、同年大蔵省入省。
東 良信(ひがし よしのぶ、1948年〈昭和23年〉4月16… 東 良信(ひがし よしのぶ、1948年〈昭和23年〉4月16日 - )は、日本の官僚。元内閣府審議官。駐ルーマニア大使。
窪野鎮治(くぼの しずはる、1948年4月7日 - )は、日… 窪野鎮治(くぼの しずはる、1948年4月7日 - )は、日本の大蔵・財務官僚。血液型はB型。 静岡県三島市出身。三島市立北中学校、静岡県立沼津東高等学校から東京大学に入学。1971年に同大学法学部卒業。大蔵省入省(大臣官房文書課)。2000年7月1日 大臣官房参事官(大臣官房担当)。2001年7月10日 印刷局長。2002年7月16日 国土交通省政策統括官。2003年6月20日に退官。同年6月26日より農林中央金庫専務理事(法務部、審査部、資産サポート部、リスク評価部、市場業務管理部、資金証券管理部、本店業務部、大手町業務部、外国営業部担当)。2007年7月20日 生命保険協会副会長。
杉山 秀二(すぎやま ひでじ、1948年(昭和23年)2月2… 杉山 秀二(すぎやま ひでじ、1948年(昭和23年)2月28日 - )は、日本の経産官僚。住友商事社外取締役。経済産業事務次官、商工組合中央金庫社長等を歴任。
安富 正文(やすとみ まさふみ、1948年2月24日 - )… 安富 正文(やすとみ まさふみ、1948年2月24日 - )は、日本の国土交通官僚。元国土交通事務次官。長崎県長崎市出身。 1948年、長崎県長崎市生まれ。長崎県立長崎東高等学校を経て、1970年に東京大学法学部第1類(私法コース)卒業後、運輸省に入省。 内閣官房内閣参事官、運輸省航空局次長などを経て、1999年に鉄道局長就任。フリーゲージトレインの実用化に向けた実験を進める方針を示し、新下関駅構内に試験場を設置した。2001年からは国土交通省海事局長を務め、小笠原航路へのテクノスーパーライナー導入計画を進めたが、東京都との協議が難航し、実現しなかった。その後、2002年国土交通省大臣官房長、2004年国土交通審議官を経て、2006年に国土交通事務次官就任。
村上喜堂(むらかみ よしたか、1948年2月12日 - )は… 村上喜堂(むらかみ よしたか、1948年2月12日 - )は日本の財務官僚。国税庁次長などを歴任。血液型はB型。 兵庫県神戸市生まれ(父は和歌山県出身、母は大阪府出身)。関西学院中学部・高等部、東京大学経済学部経済学科卒業。東大在学中はバスケ部に所属。1972年 大蔵省入省(主計局調査課)。1977年7月 米子税務署長。1980年7月 東京国税局総務部総務課長。1990年7月 東京国税局査察部長。同年7月 東京国税局直税部長。1991年6月 北海道開発庁予算課長。1993年7月 東京国税局総務部長。1996年7月12日 国税庁長官官房人事課長。1998年7月 国税庁調査査察部長。2000年6月 国税庁課税部長。
近藤 信司(こんどう しんじ、1948年2月9日 - )は、… 近藤 信司(こんどう しんじ、1948年2月9日 - )は、日本の文部官僚。公益財団法人文教協会代表理事。 文部科学審議官(文教担当)、文化庁長官、国立教育政策研究所長、独立行政法人国立科学博物館長などを歴任。2019年、瑞宝重光章受章。 1971年文部省入省。岡山県出向、中学校教育課、体育課の課長補佐を経て1990年初等中等教育局小学校課長。健康教育課長、大学課長から官房三課長の大臣官房総務課長となる。2000年大臣官房長。生涯学習政策局長、初等中等教育局長、文部科学審議官を経て河合隼雄の病気退任により2006年文化庁長官に就任。2007年国立教育政策研究所長。国立科学博物館長を2009年~2013年まで務めていた。
日下 一正(くさか かずまさ、1948年1月23日 - )は… 日下 一正(くさか かずまさ、1948年1月23日 - )は、日本の官僚。経済産業審議官、三菱電機専務執行役を歴任。東京都出身。 東京都立西高等学校を経て1970年東京大学法学部を卒業後、通商産業省に入省(大臣官房総務課)。1977年プリンストン大学ウィルソンスクール修士課程修了。 国際エネルギー機関省エネルギー部長、通商政策局国際経済課長、資源エネルギー庁官房総務課長、大臣官房審議官(通商経済担当)、通商政策局経済協力部長、資源エネルギー庁次長等を経て、2000年環境立地局長となる。2001年に産業技術環境局長。その後、2002年通商政策局長、2003年資源エネルギー庁長官を歴任し、2004年経済産業審議官に就任。
砂川 敏文(すながわ としふみ、1948年(昭和23年)1月… 砂川 敏文(すながわ としふみ、1948年(昭和23年)1月21日 - )は、日本の政治家・元官僚。元北海道帯広市長(3期)。 香川県大川郡志度町(現・さぬき市)出身。高松高校を経て、1970年帯広畜産大学畜産学部卒業。同年、農林水産省農地局入省。その後、北海道開発局と北海道開発庁を交互に渡り歩き、北海道開発庁大臣秘書官、北海道開発局帯広開発建設部次長、北海道開発庁考査主幹等を歴任し、1997年北海道開発局官房調整官を最後に退官。その後、1998年4月の帯広市長選挙に出馬し当選。以後連続3期当選。 2010年の市長選に出馬せず引退。 「環境に対する配慮と、福祉におけるユニバーサルデザインの推進」を掲げ、市の行財政改革にも着手。
倉澤 豊哲(くらさわ とよあき、1948年(昭和23年)1月… 倉澤 豊哲(くらさわ とよあき、1948年(昭和23年)1月21日 - 2019年(平成31年)2月27日)は、日本の警察官僚。元近畿管区警察局長。位階は従四位。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。 この項目は、警察に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています。
新井 将敬(あらい しょうけい、1948年〈昭和23年〉1月… 新井 将敬(あらい しょうけい、1948年〈昭和23年〉1月12日 - 1998年〈平成10年〉2月19日)は、日本の政治家、大蔵官僚。大阪府出身。朝鮮系日本人で民族名は朴 景在(パク・キョンジェ、박경재、ぼく けいざい)。 大阪府大阪市生まれ。大阪市立菅南中学校を経て大阪府立北野高等学校を卒業。16歳のとき、朝鮮籍から日本に帰化。 高校時代の担任教員の一人は、森恒夫(新井とは入れ違いに卒業)のクラスを受け持ったこともあり、新井の死去から間もない頃に北野高校OB会のインタビューで「自分自身への期待感が強く、向上心が人一倍強い」という点がこの2人に共通していたと述べている。 東京大学理科一類に入学。
吉田 和男(よしだ かずお、1948年1月10日 - )は、… 吉田 和男(よしだ かずお、1948年1月10日 - )は、日本の経済学者、元財務官僚。京都産業大学教授。 専門は、数理経済学、公共経済学、財政学、非線形経済学、日本経済論、日本財政論、複雑系経済学、進化経済学、ベンチャー経済論、IT経済論、憲法学、陽明学、哲学など、幅広い分野を研究している。小泉内閣時には竹中平蔵の盟友として活躍した。京都大学経営管理大学院(ビジネススクール)の設立に寄与し、初代院長を務めた。大阪府池田市出身。 啓蒙活動も積極的に行い、非常に多くの著書を出版している。保守的な思想で知られ、新しい歴史教科書をつくる会の賛同者の一人でもある。現在の日本社会を"精神なき社会"として批判し、1996年からは全人格的教育の場として、『伝習録』の読解などを行う陽明学の私塾「桜下塾」を主催する。
寺田 逸郎(てらだ いつろう、1948年(昭和23年)1月9… 寺田 逸郎(てらだ いつろう、1948年(昭和23年)1月9日 - )は、日本の裁判官、司法官僚。第18代最高裁判所長官。第10代最高裁判所長官を務めた寺田治郎は父親にあたる。
三澤 眞(みさわ まこと、1948年1月8日 - )は日本の… 三澤 眞(みさわ まこと、1948年1月8日 - )は日本の国土交通官僚、外交官。国土交通省住宅局長、国土交通省総合政策局長、国土交通審議官、駐パナマ特命全権大使を歴任。 1970年東京大学法学部を卒業し、建設省入省。 建設省大臣官房人事課企画官、国土庁長官官房総務課広報室長を経て、1989年建設省大臣官房地方厚生課長、1990年自治省税務局市町村税課長、1992年住宅・都市整備公団企画調整部長、1994年建設省都市局都市総務課長、1999年建設省大臣官房審議官。 2001年国土交通省住宅局長に就任。2002年国土交通省総合政策局長。 国土交通審議官を最後に退官。2005年財団法人不動産適正取引推進機構理事長。