米倉 知(よねくら さとし、1975年11月26日 - )は… 米倉 知(よねくら さとし、1975年11月26日 - )は、地方競馬の金沢競馬場・加藤和義厩舎所属の騎手である。 地方競馬教養センター第57期生として卒業し、地方競馬騎手免許を取得。金沢競馬場の山田桓祝に所属する。1993年4月4日、金沢競馬第5競走でイチヨシリュウに騎乗し、初騎乗(9頭立て6着)。同年の4月25日に金沢競馬第1競走でダイナミックホースで優勝し初勝利を挙げた[要出典]。 1995年、兼六賞デイリースポーツ杯をワイルドオフで制し、重賞初制覇。この年に重賞3勝を挙げる活躍を見せる[要出典]。 2003年4月28日、金沢競馬第7競走をジョウテンターボ優勝、地方通算500勝を達成した[要出典]。
佐々木 忍(ささき しのぶ、1975年10月28日 - )は… 佐々木 忍(ささき しのぶ、1975年10月28日 - )は盛岡競馬場の桜田勝男厩舎所属の元騎手である。 勝負服の柄は胴白星ちらし、袖白縦じま。宮城県登米郡出身。血液型はA型。 水沢・阿部三郎厩舎所属の騎手としてデビュー(その後、盛岡・佐藤敏彦厩舎に所属変更している)、1995年10月14日初騎乗(ゼンペイプリンス・6着)、初勝利は同年10月21日(ヨシゼンボーイ)。初年度は66回の騎乗で8勝を挙げる。2年目は7勝に終わったが、3年目にシルバーステッキ賞で特別初勝利を挙げるなど27勝と勝ちを伸ばした。その後、成績が伸び悩んでいたが、2001年に桜田勝男厩舎に所属変更すると次第に成績を上げていき、2002年には52勝を挙げる。
五十嵐 冬樹(いがらし ふゆき、1975年9月30日 - )… 五十嵐 冬樹(いがらし ふゆき、1975年9月30日 - )はホッカイドウ競馬桑原義光厩舎所属の騎手。北海道深川東商業高等学校中途退学。
木村 健(きむら たけし、1975年8月16日 -)は、地方… 木村 健(きむら たけし、1975年8月16日 -)は、地方競馬の兵庫県競馬組合・園田競馬場西川精治厩舎所属の騎手。愛称はキムタケ。
高柳 瑞樹(たかやなぎ みずき、1975年8月1日 - )は… 高柳 瑞樹(たかやなぎ みずき、1975年8月1日 - )は、日本中央競馬会(JRA)・美浦トレーニングセンターに所属している調教師である。弟は調教師の高柳大輔。 実家は北海道日高町の高柳牧場。子供の頃から牧場の仕事を手伝いをしており、馬に関わっていた。高校から馬術を始め、大学では明治大学の馬術部に入部する。4年生の時に主将を務め、全日本学生馬術大会では馬場馬術競技に個人出場。明治大学としては完全優勝(障害・馬場・総合の3種目すべて団体優勝)を果たす。 大学卒業後、1999年に競馬学校厩務員過程に入学し、同年に卒業、吉永正人厩舎で厩務員になる。翌月から伊藤伸一厩舎に移り、調教助手を務めた。 2010年に6回目の挑戦で調教師試験に合格し、調教師となる。
渡辺 薫彦(わたなべ くにひこ、1975年4月5日 - )は… 渡辺 薫彦(わたなべ くにひこ、1975年4月5日 - )は、滋賀県栗東市出身の現調教師、元騎手・元調教助手。 戸籍上での表記は渡邊であるが、JRAでは旧字体等での登録が禁止されている為、新字体の渡辺に修正して登録している。 妻は関西テレビ『ドリーム競馬』の司会を務めていた水野麗奈。 栗東で厩務員を務める渡辺薫の嫡男として出生、また伯父の古川博も古川平厩舎で調教助手を務めるという競馬に近い環境で育つ。1994年3月1日に父の勤める沖芳夫厩舎の所属騎手としてデビューし、以後引退するまで同厩舎に所属し続けた。吉田豊・幸英明らは競馬学校の同期生(10期)にあたり、とても仲がよく初GI制覇となった菊花賞優勝後には冗談で「胴上げしようか?」と言われている。
吉川 潤(よしかわ じゅん、1975年4月3日 - )は、日… 吉川 潤(よしかわ じゅん、1975年4月3日 - )は、日本の実業家、馬主。 奈良県大和高田市に本社を置く、真空機器の販売や修理などを手がける株式会社吉川製作所の代表取締役社長を務める。 1975年、奈良県出身。父の吉川與が創業した吉川製作所に2000年10月に入社し、2010年4月より代表取締役社長を務める。 日本中央競馬会(JRA)および地方競馬全国協会(NAR)に登録している馬主としても知られる。勝負服の柄は桃、黄星散、白袖、冠名には自身の名前より「ジューン」を用いる。 馬主になったきっかけは、妻の父が競馬好きであったことから一口馬主を始め、いずれ自分の馬を持ちたいと思ったこと。父の與が退職からわずか1年後に亡くなり、「やりたいことはやれる時に」と考えるようになったことから間もなく個人馬主として1頭持ちを始めたという。
細江 純子(ほそえ じゅんこ、1975年3月12日 - )は… 細江 純子(ほそえ じゅんこ、1975年3月12日 - )は、かつて日本中央競馬会 (JRA) に所属していた元騎手。騎手引退後は競馬評論家としてフリーで活動している。愛知県蒲郡市出身。 愛称は「ホソジュン」。自身もコラム内でこの愛称を使用している。競馬評論家としては独自の肩書き「ホース・コラボレーター」を使用している。 テレビアニメ『ハロー!レディリン』と武豊の影響を受け、愛知県立蒲郡東高等学校在学中より騎手を志し、自転車通学やジムなどで基礎体力作りをした。 1993年、競馬学校に入学。卒業後の1996年にJRA初の女性騎手として牧原由貴子、田村真来とともにデビューし、栗東・柳田次男厩舎の所属となる。
飯田 祐史(いいだ ゆうじ、1974年11月18日 - )は… 飯田 祐史(いいだ ゆうじ、1974年11月18日 - )は、滋賀県栗太郡栗東町(現・栗東市)出身の現調教師・元騎手。 父も元騎手で元調教師の飯田明弘。 姪はタレントの足立梨花。 1993年に競馬学校9期生として、父・明弘の厩舎からデビュー。同期には伊藤直人、小林徹弥や、後に競馬学校世代で史上初の学士騎手となった川合達彦らがいる。 1年目の1993年は3月6日の阪神第2競走4歳未勝利・メイショウアルマダ(15頭中14着)で初騎乗を果たし、同日の第6競走4歳新馬・マイネルアルファで初勝利を挙げる。同21日には4歳牝馬特別(西)・ショウザンダイヤで重賞初騎乗を果たし、16頭中15番人気ながら5着に入る。
池上 昌和(いけがみ まさかず、1974年10月6日 - )… 池上 昌和(いけがみ まさかず、1974年10月6日 - )は、日本中央競馬会(JRA)・美浦トレーニングセンターの調教師。 東京都世田谷区[要出典]出身。JRAの騎手、調教師だった池上昌弘は実父。大叔父に保田隆芳、伯父に隆芳の実子である保田一隆。再従兄弟に声優の河合紗希子がいる。 父である昌弘と同じ世田谷区で生まれた(実家は父である昌弘の実家でもあり、馬事公苑が近くにあった)が[要出典]、当時既に調教師に転じていた昌弘が、調教師に転ずる以前には、騎手として活躍していたことを、自身は高校在学中に初めて知ったぐらいに、競馬とは関わりのない環境で育った。卒業後、早稲田大学理工学部(現・早稲田大学理工学術院)へ進学。
池本 徳子(いけもと のりこ、1974年9月25日 - )は… 池本 徳子(いけもと のりこ、1974年9月25日 - )は、地方競馬の福山競馬場若林達彦厩舎所属の元騎手である。旧姓は2つあり、最初の姓は大場(おおば)、2つ目の姓は佐藤(さとう)。現在の姓名は3つ目である。 勝負服の柄は胴白・赤N字縞、袖黄。広島県福山市出身、血液型はB型、身長152cm。 1996年3月31日付けで地方競馬騎手免許を取得し、戸川吉和厩舎からデビュー。同年4月20日福山競馬第4競走マルブツドールで初騎乗(6頭立て6着)。同年4月28日福山競馬第2競走をウイナーズゴテスで優勝し、8戦目で初勝利(7頭立て)。 1997年9月23日第12回全日本新人王争覇戦出場(12人中3位)。同年11月13日、14日中津競馬場で実施された第1回卑弥呼杯出場(9人中2位)。
牧浦 充徳(まきうら みつのり、1974年8月17日 - )… 牧浦 充徳(まきうら みつのり、1974年8月17日 - )は、日本中央競馬会 (JRA) ・栗東トレーニングセンターに所属している調教師。 中学時代からの馬術経験者であり、1991年に行われた石川国体で標準障碍飛越に出場して3位となっている。同志社大学を卒業。 1999年、10月よりJRA競馬学校厩務員課程に入学する。 2000年、競馬学校卒業後の4月から栗東・加用正厩舎所属の厩務員となるが、同月すぐに調教厩務員に転向した。さらに8月には調教助手に転向している。 2002年2月から栗東・森秀行厩舎所属の調教助手となる。 2009年2月12日、JRA調教師免許試験に合格したことが発表され、同年3月1日付で調教師免許を34歳で取得した。
川合 達彦(かわい たつひこ、1974年6月3日-)は、日本… 川合 達彦(かわい たつひこ、1974年6月3日-)は、日本中央競馬会所属の元騎手・現調教助手である。 現役騎手末期には大学に通いながら騎手業もこなし、学業と騎手業とを両立した日本競馬史上数少ない騎手であった。 競馬学校騎手課程第9期生。1993年に栗東トレーニングセンター・坂田正行厩舎所属で騎手デビュー。同期には小林徹弥らがいる。同年3月7日の阪神競馬場第4レースのキョウワガーネットが初騎乗となり、翌週3月14日の阪神競馬場第8レースのイブキノウンカイで初勝利を挙げた。 平地競走のみならず、障害競走にも数多く騎乗した。 重賞には平地・障害両競走合わせて通算12回騎乗したが、勝ち鞍を挙げることはできなかった。
三井 健一(みつい けんいち、1974年4月26日 - )は… 三井 健一(みつい けんいち、1974年4月26日 - )は、滋賀県出身の騎手。宇都宮競馬場にかつて所属していたが、同競馬場の廃止にともないいったん騎手を引退。その後ホッカイドウ競馬に移籍して再度免許を取得し、高橋司厩舎に所属していた。滋賀県立大津高等学校卒業。勝負服の柄は胴青、白星散し、袖青。 高校在学中に日本中央競馬会 (JRA) 競馬学校騎手課程の試験を受けたが不合格。トラックの運転手を経て、乗馬経験もない状態から地方競馬の騎手に転職するという経歴を持つ。そのためデビューは24歳と遅かった。 1999年4月21日、足利競馬第1競走でデビュー、タマロックに騎乗し8着。同日の第8競走でカゼノホマレに騎乗し初勝利を挙げる。
後藤 浩輝(ごとう ひろき、1974年3月19日 - 201… 後藤 浩輝(ごとう ひろき、1974年3月19日 - 2015年2月27日)は、日本中央競馬会(JRA)美浦トレーニングセンターに所属していた騎手である。 テレビでの芸能活動のためオスカープロモーションにも所属していた。妻はタレントの湯原麻利絵。 少年時代に空手や体操を習っていて、のちにそれらによって反射神経や瞬時の判断力が身につき、騎手になって役に立っていると著書で述べている。相模原市立清新中学校卒業。 母はいわゆる「手に職をつけるべき」という考えをもっており、後藤自身もサラリーマンにはなる気はなかったと述べている。進路を考え始めたときの後藤の考えは自分が好きであった料理を生かしてのフランス料理のコックになることであったが、それを伝えると母はたまたま過去に競馬学校のドキュメンタリー番組を見ていたことから競馬の道に進むことを薦められる。
岩田 康誠(いわた やすなり、1974年3月12日 - )は… 岩田 康誠(いわた やすなり、1974年3月12日 - )は、日本中央競馬会 (JRA) 所属の騎手。 兵庫県競馬組合の清水正人厩舎に所属し、1991年に騎手デビュー。同期には、山田信大(新潟→船橋、現調教師)、岡田祥嗣(福山→JRA)などがいる。 1996年にケイエスヨシゼンで兵庫アラブ三冠を達成した。1990年代後半から小牧太のJRA移籍まで、「園田の2本柱」と呼ばれていた。2000年には前年まで8年連続でリーディングジョッキーとなっていた小牧を上回り、初めて兵庫リーディングジョッキーとなった。以後2002年、2004年、2005年に兵庫のリーディングを獲得している。 NARグランプリでは1996、1997、2002で優秀騎手賞を、2005で特別賞を受賞している。
内田 玄祥(うちだ げんしょう、1974年 - )は、日本の… 内田 玄祥(うちだ げんしょう、1974年 - )は、日本の医師、馬主。元厚生労働省医系技官。岡山県井原市出身。エクステンション所属。 1974年、岡山県出身。長崎大学医学部を卒業後岡山大学大学院医学研究科を修了、医学博士の学位を得る。都内の病院での勤務を経て厚生労働省へ入省し、医系技官として政策立案に携わったほか、山梨県健康増進課長にも就任。その後は民間の医師として不妊治療に携わりたいという思いから厚生労働省を離れ、国立循環器病センターなどに勤務したのち2009年11月に静岡レディースクリニックを設立。現在は同クリニックなどを運営する医療法人社団幸のめばえ、および社会福祉法人幸のきずなの各理事長を務める。
堀内 岳志(ほりうち たけし、1973年10月5日 - )は… 堀内 岳志(ほりうち たけし、1973年10月5日 - )は、日本中央競馬会 (JRA) ・美浦トレーニングセンターに所属している調教師。大阪府吹田市出身。 競馬とは縁のない大阪のサラリーマン家庭で育ち、父の仕事の関係で中学3年の時に茨城に移り、土浦日大高校在学中の1990年にアイネスフウジンが勝った日本ダービーをテレビで観て競馬に目覚めた。初めて競馬場に行ったのはオグリキャップが引退レースを飾った同年暮れの有馬記念の時で、翌年トウカイテイオーのダービーに徹夜で並んだほどの熱烈な競馬ファンだった。 日本大学理工学部を4年で中退し、牧場に勤務。牧場時代の1999年に研修で渡欧し、エルコンドルパサーが2着となった凱旋門賞を現地で観戦した。
藤田 晋(ふじた すすむ、1973年〈昭和48年〉5月16日… 藤田 晋(ふじた すすむ、1973年〈昭和48年〉5月16日 - )は、日本の実業家、馬主。株式会社サイバーエージェント代表取締役会長、株式会社AbemaTV代表取締役社長、株式会社ゼルビア代表取締役社長兼CEO、一般社団法人Mリーグ機構代表理事・チェアマン、一般社団法人新経済連盟副代表理事。 フォーブス誌によると2021年日本長者番付 RANKING TOP 50にて第33位にランクイン。資産額は1,944億円。 福井県鯖江市に生まれ、高校卒業まで鯖江で過ごす。福井県立武生高等学校を卒業後、青山学院大学経営学部へ進学する。在学中は麻雀にのめりこみ、一時期はプロ入りも考える程であった。留年を経て卒業後、人材派遣会社インテリジェンス(現・パーソルキャリア)での勤務を経て、1998年に起業。
阿部 英俊(あべ ひでとし、1973年3月5日 - )は、地… 阿部 英俊(あべ ひでとし、1973年3月5日 - )は、地方競馬の岩手県競馬組合・水沢競馬場及川良春厩舎所属の騎手。秋田県鹿角市出身。 1992年10月24日のデビュー戦はキタノロックに騎乗し4着(8頭)。1993年4月12日にダートボーイに騎乗し24戦目で初勝利を挙げ、同年、ダイサンヒコーで岩鷲賞(がんじゅしょう)を制し、重賞初勝利。以後、年間40〜50勝を挙げ、岩手競馬のリーディング10位前後の常連として定着していたが、1999年の東京盃でサカモトデュラブに騎乗、9番人気ながら内枠からの逃げ切りでダートグレード競走初制覇。その後、セイントリーフとのコンビで重賞4勝、福島2歳ステークスで2着、ラジオたんぱ賞で5着など中央競馬 (JRA) でも好成績を残した。
牧 光二(まき こうじ、1973年2月10日 - )は、日本… 牧 光二(まき こうじ、1973年2月10日 - )は、日本中央競馬会 (JRA) ・美浦トレーニングセンターに所属している調教師。大分県出身。大分県立大分商業高等学校、中央大学卒。 父の勧めで馬術を始め、大分県衛藤乗馬学校に通い始める。1991年には馬術の功績を讃えられ、大分県から県民栄誉賞を贈られた。中央大学在学中にはオーストリアで開催された世界学生馬術選手権大会に出場した。 1998年、4月よりJRA競馬学校厩務員課程に入学する。 1998年、10月から美浦・増沢末夫厩舎所属の厩務員となり、12月に美浦・宗像義忠厩舎に移籍して調教助手に転向し、バランスオブゲーム等の調教を担当した。 2005年、上原博之厩舎に移籍。
伊藤 大士(いとう だいし、1972年11月29日 - )は… 伊藤 大士(いとう だいし、1972年11月29日 - )は、日本中央競馬会 (JRA) ・美浦トレーニングセンターに所属している調教師。愛知県出身。 1996年、10月よりJRA競馬学校厩務員課程に入学する。 1997年、競馬学校卒業後の4月から美浦・森安弘昭厩舎所属の厩務員となり、6月に美浦・上原博之厩舎に移籍して調教助手に転向した。 2009年、2月12日にJRA調教師免許試験に合格したことが発表され、3月1日付で調教師免許免許を取得した。 2016年8月7日、札幌11RのUHB賞をクリスマスで制し、JRA通算100勝を達成した。 2020年、ダイヤモンドステークスをミライヘノツバサで優勝、開業11年目で重賞初制覇となった。
木村 哲也(きむら てつや、1972年11月16日 - )は… 木村 哲也(きむら てつや、1972年11月16日 - )は、日本中央競馬会(JRA)・美浦トレーニングセンターに所属する調教師。神奈川県出身。愛称は「キムテツ」。 神奈川大学の工学部建築学科を卒業した後、2000年にJRA競馬学校厩務員課程に入学。同年、美浦・佐藤征助厩舎の厩務員となる。以降、高橋裕厩舎の調教助手、勢司和浩厩舎の調教助手と厩務員、中川公成厩舎の調教助手を経て、2010年12月に調教師試験に合格した。 2011年6月に秋山雅一調教師の勇退に伴い厩舎を開業。同年8月13日の新潟8レースでレッドプラネットが1着となり、JRA初勝利を挙げた。 2015年3月のフラワーカップ(GIII)をアルビアーノで制し、重賞初制覇を飾った。
安田 康彦(やすだ やすひこ、1972年10月19日 - )… 安田 康彦(やすだ やすひこ、1972年10月19日 - )は、日本中央競馬会 (JRA) の元騎手。現在は競馬評論家。 別名は「Door Scope Yasuo」。 騎手時代の通算成績は4729戦402勝。 滋賀県栗太郡栗東町(現・栗東市)出身。愛称は「ヤスヤス」「ヤスヒコ」。父は安田伊佐夫元調教師。 幼少時には喘息の持病を抱えていた。 競馬学校騎手教育課程第7期の同期には藤田伸二、四位洋文、郷原洋司らがいる。藤田は著書『競馬番長のぶっちゃけ話』(2009年 宝島社)で「康彦は競馬学校内での勉強も良くできた男」と評価していた。 栗東・宇田明彦厩舎所属でデビュー。初騎乗は1991年3月2日の中京競馬第2競走でロンググレート。
佐藤 政志(さとう まさし、1972年10月10日 - )は… 佐藤 政志(さとう まさし、1972年10月10日 - )は、新潟県長岡市(旧栃尾市)出身のスポーツ指導者、陸上競技コーチ、マスターズ陸上選手。日本陸上競技連盟の公認資格を持っている。 マスターズ陸上 M50クラス 4×100mリレー 世界記録保持者 幼児から大人・高齢者まで幅広く、保育園・幼稚園・認定こども園での正課・課外体育教室、親子体操、走り方指導、陸上クラブの運営・コーチ、講演・研修会などを務めている。
板垣 吉則(いたがき よしのり、1972年9月3日 - )は… 板垣 吉則(いたがき よしのり、1972年9月3日 - )は、地方競馬の岩手県競馬組合・水沢競馬場の調教師、元騎手である。勝負服の柄は胴黒・袖桃。山形県山形市出身。血液型はB型。 幼少時より父に競馬場に連れられて行った事で競馬の世界に興味を持ち、上山競馬所属の騎手としてデビュー、初騎乗は1990年10月21日(ロンブエイト)、初勝利は1990年11月19日(マーチアゲン)、1992年に3歳優駿(ミヤカツエース)で重賞初勝利。 1997年のオフに水戸賢二騎手の紹介で自費でオーストラリア・クインズランド州へ研修に行き、12月7日にコーボールド競馬場で開催された未勝利戦 (1000メートル)で、現地所属馬インザキャッシュに騎乗して海外初勝利を収めた。
清水 久詞(しみず ひさし、1972年7月4日 - )は、日… 清水 久詞(しみず ひさし、1972年7月4日 - )は、日本中央競馬会 (JRA) ・栗東トレーニングセンターに所属している調教師。 父はカルストンライトオなどを所有した経験を持つ馬主の清水貞光。 妻は元JRA騎手の押田純子、義理の父は元JRA騎手の押田年郎、義理の兄は自厩舎の調教助手である押田道郎。 大阪府大阪市城東区生まれ。父親が馬主ということもあり、「子供の頃から乗馬に通ったり、馬と接する機会が多かったため、将来は馬に携わる仕事がしたいと思っていました。」と語るように、競走馬や競馬に対しての興味を幼少期より持ち、兄弟の中で唯一騎手を志望していた。中学校は大阪市立城陽中学校に進学し、部活は当時大阪市内はおろか大阪府下でも強豪であった陸上部に所属していた。
高橋 文雅(たかはし ふみまさ、1972年4月28日 - )… 高橋 文雅(たかはし ふみまさ、1972年4月28日 - )は、日本中央競馬会(JRA)・美浦トレーニングセンターの調教師。静岡県沼津市出身。 1991年に北里大学獣医学部へ入学し馬術部に所属する。獣医師免許を取得し大学卒業後は早田牧場へ就職する。牧場を訪れた調教師から「獣医師免許を取得しているなら調教師を目指すべき」と助言された事をきっかけに調教師を目指すようになる。 2000年4月にJRA競馬学校厩務員課程に入学。同年10月に大久保洋吉厩舎の厩務員となり、2011年3月から同厩舎の調教助手を務める。 2012年にJRA調教師免許試験に合格し、同年美浦トレセンで開業した。2019年5月19日の東京12Rで勝利しJRA通算100勝を達成。
加藤 利征(かとう としゆき、1972年3月16日 -)は、… 加藤 利征(かとう としゆき、1972年3月16日 -)は、地方競馬の名古屋競馬場沖田明子厩舎(2022年3月29日 - )所属の騎手である。 1995年3月31日付けで地方競馬騎手免許を取得し、岩田克己厩舎からデビュー。同年4月18日名古屋競馬第10競走アラブ系C2特別マスクレスピンで初騎乗(10頭立て10番人気8着)。 2005年地方通算100勝達成。 2008年2月末で同調教師が廃業したことに伴い、岩田幸一厩舎に所属変更。さらに伊藤定幸厩舎から新山廣道厩舎に所属変更したが、新山が2020年1月13日に逝去したことに伴い、翌1月14日付で栗田和昌厩舎に所属変更。その後2022年3月31日をもって栗田が引退したため、同年3月29日付で現在の沖田厩舎へ所属変更した。
藤田 伸二(ふじた しんじ、1972年2月27日 - )は、… 藤田 伸二(ふじた しんじ、1972年2月27日 - )は、日本中央競馬会(JRA)の元騎手。YouTuber。ニックネームは小川伸二。 北海道出身。新冠町のメイタイ牧場内で生まれる。 1991年に騎手免許取得。初騎乗は1991年3月2日、中京競馬第1競走のハイビスカスマミー(13頭立ての7着)、同年3月9日、中京競馬第1競走マキバスクリーンで初勝利を挙げる。同年ノーザンコンダクトでラジオたんぱ杯3歳ステークスを制し重賞初勝利。 1992年エリザベス女王杯、タケノベルベットでGI初制覇。1994年の京都新聞杯でスターマン (競走馬)に騎乗しナリタブライアンを破った際に実況の杉本清から「藤田は恐ろしい。
新庄 剛志(しんじょう つよし、1972年1月28日 - )… 新庄 剛志(しんじょう つよし、1972年1月28日 - )は、長崎県下県郡美津島町(現:対馬市)生まれ、福岡県福岡市南区出身の元プロ野球選手(外野手・内野手[注 1]、右投右打)、タレント、実業家、クリエイター(商品プロデューサー、画家など)、地方競馬全国協会 (NAR) の馬主。元妻はタレントの大河内志保。紺綬褒章受章(2007年)。愛称は「プリンス」など(こちらを参照)。
石井 勝男(いしい かつお、1972年1月20日 - )は、… 石井 勝男(いしい かつお、1972年1月20日 - )は、船橋競馬場所属の調教師、元騎手。東京都江戸川区出身。 父親が馬主で函館喜弘厩舎に預託していて幼稚園時代より競馬場に行っていた。小学校時代には体も小さかったことから函館からも騎手になるよういわれており、本人も動物好きでもあったことから騎手を志す。中学時代には函館の紹介で中山競馬場の乗馬クラブに通ったほか、休みには函館厩舎で手伝いなどをしていた。中学卒業とともに地方競馬教養センターに入る。 初騎乗は1989年4月19日の船橋競馬第3競走(フミノアスター)、初勝利は同日の第10競走(ミヤマビクトリー)。NARグランプリ優秀新人騎手賞を獲得した。
小手川 準(こてがわ ひとし、1971年11月16日 - )… 小手川 準(こてがわ ひとし、1971年11月16日 - )は、日本中央競馬会(JRA)・美浦トレーニングセンターの調教師。東京都出身。 東京都町田市出身。私立駒場東邦中学校・高等学校卒業。一橋大学社会学部中退。 小学6年から中学1年にかけて、何気なくテレビの競馬中継で見たミスターシービーやシンボリルドルフをきっかけに競馬に興味を持ち始める。次第に競馬の世界のドラマ、ロマンに強く惹きつけられるようになり、毎週の競馬を欠かさずに見るようになった。寺山修司の競馬エッセイを愛読していたせいか主役より脇役の馬を応援することが多く、当時好きだった馬は「G1を勝てそうで勝てなかった」スダホークだという。高校、大学時代には友人たちと自らが編集長となりミニコミ誌を発行するほど、さらに競馬にのめり込んでいった。
岡田 祥嗣(おかだ よしつぐ、1971年10月16日 - )… 岡田 祥嗣(おかだ よしつぐ、1971年10月16日 - )は、日本中央競馬会 (JRA) の騎手。 父は福山競馬場の元厩務員。中央競馬に所属している騎手としては少数派である高校卒業者である。 盈進高校卒業後に地方競馬教養センター短期騎手課程に第22期生として入る。同期は岩田康誠ら。 地方競馬の福山競馬場高本修一厩舎に所属して1991年7月27日、福山競馬第6競走(アラブ系C2条件戦)でレース初騎乗(騎乗馬はシズヒロヒカリ、8頭立て7番人気6着)。同年8月15日、福山競馬第2競走(アラブ系3歳一般戦)でアレッポランク(9頭立て2番人気)に騎乗し、初勝利を挙げる。 1992年8月9日、第7回全日本新人王争覇戦出場(10人中8位)。
野田 誠(のだ まこと、1971年8月20日 - )は、地方… 野田 誠(のだ まこと、1971年8月20日 - )は、地方競馬の福山競馬場・堀部重昭厩舎に所属していた元騎手である。勝負服の柄は紫、胴黄縦縞、袖黄一本輪。広島県出身、血液型A型。 1992年3月31日付けで地方競馬騎手免許を取得。同年4月25日第2回福山競馬1日目第10競走アラブ系C2一組条件戦アサマダイリンで初騎乗(9頭立て6番人気3着)。同年5月5日第2回福山競馬6日目第1競走アラブ系4歳十一組条件戦をクリトモエで優勝(8頭立て3番人気)し、初勝利。 1993年8月8日第8回全日本新人王争覇戦出場(10人中7位)。 1994年5月1日マカオで行われた第2回マカオ国際見習騎手招待競走に地方競馬代表として招待され2鞍騎乗し5着・4着、また一般レースにも騎乗し8着・5着・8着・2着であった。
村山 明(むらやま あきら、1971年8月18日 - )は、… 村山 明(むらやま あきら、1971年8月18日 - )は、日本中央競馬会 (JRA) 栗東トレーニングセンターに所属していた元調教師、元騎手、元調教助手。東京都東村山市出身。 1990年に競馬学校第6期生として卒業し、騎手免許を取得。同期には江田照男、浜野谷憲尚らがいる。斉藤義美厩舎所属として騎手デビュー。初騎乗は同年3月3日阪神競馬第3競走のユーワコスモスで11着、初勝利は同年4月22日福島競馬第8競走のヤマノオリオンであった。 3年目からは障害競走にも騎乗するようになり、1994年には中京障害ステークスをキンセンアラシで制して重賞初勝利を挙げた。平地競走の重賞は2000年の武蔵野ステークスをサンフォードシチーで優勝している。
小笠 倫弘(おがさ みちひろ、1971年7月19日 - )は… 小笠 倫弘(おがさ みちひろ、1971年7月19日 - )は、日本中央競馬会(JRA)・美浦トレーニングセンターの調教師。大阪府出身。 阪神競馬場の近くで育ち、高校生のころにサッカーボーイやオグリキャップの活躍を見て競馬に興味を持つ。東京大学文学部卒で在学中は馬術部に所属した。東大馬術部の先輩に現在競馬評論家として活動している須田鷹雄が居る。 東京競馬場で放馬止めのアルバイトをするうちに、段々と競馬への思いが強くなり周囲の反対を押し切って1997年にJRA競馬学校厩務員課程に入学する。同年10月から山田要一厩舎で調教厩務員を務め、1999年6月から2005年2月まで嶋田潤厩舎で調教助手を務めた。
武市 康男(たけいち やすお、1971年7月9日 - )は、… 武市 康男(たけいち やすお、1971年7月9日 - )は、日本中央競馬会(JRA)・美浦トレーニングセンターの調教師。千葉県出身。 叔父の武市弘、父の武市進吾は「タケデン」の冠名で馬主として活動していた。幼い頃は競馬に興味無かったが攻め馬を見るのは好きで、船橋競馬場に行っては調教をよく見学していた。高校3年の時に競馬の世界に進むことを決め、酪農学園大学短期大学部へ入学する。大学では牛の勉強が中心で馬の事は独学で勉強を行っていた。 1996年7月にJRA競馬学校厩務員課程に入学。1997年1月から森安弘昭厩舎で厩務員となり12月に鈴木康弘厩舎に移籍して調教助手を務める。 2006年に3度目の挑戦でJRA調教師免許試験に合格し、同年美浦トレセンで開業した。
北沢 伸也(きたざわ しんや、1971年6月9日 - )は、… 北沢 伸也(きたざわ しんや、1971年6月9日 - )は、日本中央競馬会 (JRA) の栗東トレーニングセンターの藤野健太厩舎に所属する調教助手、元騎手。 戸籍上の本名は常用外漢字が含まれた「北澤 伸也」であるが、JRA及びマスコミにおける常用外漢字の使用制限に従い、本項目では常用漢字の「北沢」で表記する。 1971年、東京都江戸川区に生まれる。3歳の時に隣接の千葉県市川市に移住、幼少の頃から父親と一緒に近郊の中山競馬場を訪れていた。北沢を騎手にしたいと望んだ父親の勧めで、中学2年次から乗馬を始め、中学校卒業後、JRA競馬学校騎手課程に第6期生として入学した。主な同期生には江田照男、浜野谷憲尚、村山明、牧田和弥、のちに落馬事故で殉職した玉ノ井健志がいる。
関本 秀幸(せきもと ひでゆき、1971年5月2日 -)は、… 関本 秀幸(せきもと ひでゆき、1971年5月2日 -)は、地方競馬の浦和競馬場本間光雄厩舎に所属していた元騎手。勝負服の柄は胴青、袖白、青一本輪。東京都江戸川区出身、血液型O型。岩手競馬に所属している関本淳騎手は実兄。上山競馬所属時代の公式ニックネームは「マムシの秀」。 地方競馬教養センターでの同期に内田博幸、石井勝男、岡村裕基などがいる。 1989年3月31日付けで地方競馬騎手免許を取得し、上山競馬場でデビュー。同年4月30日上山競馬で初騎乗。同日初勝利。 1991年6月4日上山競馬場で行われたサクランボ賞をトウコウリュウジンで優勝し、重賞初制覇。 1998年7月4日第1回福島競馬5日目第7競走4歳500万下ヤマショウオージャで中央競馬初騎乗(14頭立て11番人気14着)。
鈴木 孝志(すずき たかし、1971年4月20日 - )は、… 鈴木 孝志(すずき たかし、1971年4月20日 - )は、日本中央競馬会 (JRA) ・栗東トレーニングセンターに所属している調教師。 1994年、7月よりJRA競馬学校厩務員課程に入学する。羽月友彦は競馬学校同期入学の同級生である。 1995年、競馬学校卒業後の1月から栗東・岩元市三厩舎所属の厩務員となるが、同月すぐに調教厩務員に転向した。 1996年、6月より調教助手に転向。ポレールらを担当する。 「30歳までは調教師になろうという気持ちが少なかった」というが、岩元の勧めを受け調教師を志す。 2009年、2月12日にJRA調教師免許試験に合格したことが発表され、3月1日付で調教師免許免許を取得した。
小牧 毅(こまき つよし、1971年4月13日 - )は、兵… 小牧 毅(こまき つよし、1971年4月13日 - )は、兵庫県競馬組合の元騎手、調教師である。騎手時代は曾和直榮、花村通春厩舎所属であった。 鹿児島県曽於郡有明町(現・志布志市)出身。 1989年10月31日に初騎乗、同日に初勝利。生涯成績は10328戦1009勝。 兄である小牧太と共に曾和厩舎に所属していたが、有力馬はほとんど太に回されていた。騎乗技術は「小牧おもし」などと呼ばわりされるほどには低くなかったが、曾和の毅に対する評価は低く、曾和厩舎に出戻った当時も騎乗数の少なさは顕著であった。 太の移籍で騎乗数も増えるかと期待されたが、曾和は岩田康誠を主戦騎手に据えたために騎乗数は逆に減少、さらに2006年には川原正一が曾和厩舎の所属騎手となるに至り、同年4月1日付けで花村通春厩舎に所属変更したが、2007年4月1日より曾和厩舎に戻っている。
小崎 憲(こざき けん、1971年3月30日 - )は、日本… 小崎 憲(こざき けん、1971年3月30日 - )は、日本中央競馬会 (JRA) ・栗東トレーニングセンターに所属している調教師。愛知県豊明市出身。星城高等学校卒。長男はJRA騎手の小崎綾也。 1991年9月、高校卒業後サラリーマン生活を経て、JRA競馬学校厩務員課程に入学する。 1992年1月、栗東・飯田明弘厩舎所属の厩務員となり、同年3月には調教厩務員となる。1994年6月に調教助手となる。 1997年2月、栗東・森秀行厩舎の所属となる。 2006年2月、調教師免許を取得する。 2007年3月、厩舎を開業する。初出走は、3月10日でノーモアクライが2着となり、翌11日、ワンダープロが勝利し、のべ3頭目での初勝利となった。
田中 勝春(たなか かつはる、1971年2月25日 - )は… 田中 勝春(たなか かつはる、1971年2月25日 - )は、北海道三石郡三石町(現・日高郡新ひだか町)出身の調教師、元騎手。愛称は「カッチー」。シンクバンク所属。 1986年JRA競馬学校騎手課程入学。同期に佐藤哲三、角田晃一らがいる。 初騎乗は1989年3月4日に中京競馬の第2競走でチャンピオンミナミに騎乗し6着。その後ストレスからバセドウ病を患い半年間休養している。その年にデビューした新人騎手の中で初勝利はもっとも遅く、10月21日の東京競馬の第6競走、セキテイボーイだった。なお同馬の勝利が、大種牡馬テスコボーイ産駒の最後の勝利ともなった。 重賞初勝利は1990年9月9日の京王杯オータムハンデキャップでオラトリオに騎乗しての勝利だった。
沢田 盛夫利(さわだ さおり、1971年1月22日 - )は… 沢田 盛夫利(さわだ さおり、1971年1月22日 - )は、地方競馬の岩手県競馬組合・水沢競馬場及川良春厩舎所属の元騎手である。勝負服の柄は胴白・赤ダイヤモンド、袖黒・赤一本輪。岩手県二戸市出身。血液型はA型。 高崎競馬所属の騎手としてデビュー、1988年4月9日初騎乗(スーパーハルナ)、初勝利は同年4月13日(リマンス)。 高崎競馬には1994年まで在籍、1990年に高崎大賞典をアームアニエリ、1992年には同レースをエイユウリマンドで制するなど重賞6勝を含む3141戦342勝の成績。 落馬事故で大きな怪我をしたのをきっかけに、出身地である岩手に戻ることを決め、水沢競馬場での厩務員生活を経て1998年に岩手で騎手復帰、初年度から特別2勝を含む41勝の成績を残す。
佐藤 哲三(さとう てつぞう、1970年9月17日 - )は… 佐藤 哲三(さとう てつぞう、1970年9月17日 - )は、日本中央競馬会(JRA)に所属した騎手。 1989年にデビュー。1996年にマイネルマックスで朝日杯3歳ステークスを制し、GI競走を初制覇。2000年代以降はタップダンスシチー、エスポワールシチー、アーネストリーといった騎乗馬で数々のGI・JpnI競走を制し、タップダンスシチーとアーネストリーの管理調教師・佐々木晶三とも名コンビをうたわれた。2012年11月に競走中の落馬で重傷を負い、以後騎乗のないまま2014年10月に引退。以後は主に競馬評論家として活動している。 1970年、福岡県北九州市黒崎に生まれる。1歳のとき父親の転勤に伴い大阪府泉佐野市に移り、以後同地で育つ。
内田 博幸(うちだ ひろゆき、1970年7月26日 - )は… 内田 博幸(うちだ ひろゆき、1970年7月26日 - )は、日本中央競馬会 (JRA) の騎手。 福岡県三潴郡三潴町(現・久留米市)出身。妻は元フリーアナウンサーの鈴木文子。兄の内田秀一も佐賀、川崎に所属し通算527勝を挙げた元騎手で、元プロサッカー選手の内田智也は従弟にあたる。愛称は「ウチパク」。 地方競馬時代には大井競馬場の荒井隆厩舎に所属。2008年にJRAに移籍。移籍時から美浦トレーニングセンターの嶋田潤厩舎に所属し、2011年5月1日付けでフリーとなる。 地方時代の勝負服の柄は胴青・赤山形一文字・袖白(詳細は後述)。 父が体操選手だった影響もあり小学校低学年から体操教室に通う。一緒に通っていた兄が中学卒業時に教室を辞めたため一人で通うのは無理と判断し、同時に体操教室を辞める。
松山 将樹(まつやま まさき、1970年6月2日 - )は、… 松山 将樹(まつやま まさき、1970年6月2日 - )は、日本中央競馬会 (JRA) ・美浦トレーニングセンターに所属している調教師。 学生時代は馬主にあこがれ、公認会計士か税理士になろうと思ったことがあったという。神奈川県立川和高等学校を経て明治大学法学部卒業後は牧場で勤務していた。 1997年、7月に日本中央競馬会競馬学校厩務員課程に入学した。 1998年、1月に同校を卒業し、美浦・成宮明光厩舎所属の厩務員となり、のちに調教厩務員となった。 1999年、4月から美浦・平井雄二厩舎所属となり、6月に調教助手に転身した。 2007年、2月に調教師免許を取得する。 2008年、3月1日付で厩舎を18馬房で開業した。
小池 隆生(こいけ たかお、1970年3月11日 - )は、… 小池 隆生(こいけ たかお、1970年3月11日 - )は、京都府中郡峰山町(現・京丹後市)出身の元騎手・現調教助手。 1989年3月に栗東・太宰義人厩舎からデビューし、同期には田中勝春、角田晃一らがいる。1年目の1989年は同4日の中京第1競走4歳未勝利・パンタレイ(13頭中3着)で初騎乗を果たし、25日の中京第11競走4歳以上400万下・エリモシンボルで初勝利を挙げる。6月10日の阪神では初の1日2勝、7月1日と翌2日には中京で初の2日連続勝利をマーク。12月には愛知杯でロングゴーカイに騎乗しグレートモンテの2着に入り、初年度から23勝を挙げる。若手期待のホープとして注目され、3年目の1991年まで3年連続2桁勝利で20勝台を記録。
庄野 靖志(しょうの やすし、1970年3月2日 - )は、… 庄野 靖志(しょうの やすし、1970年3月2日 - )は、日本中央競馬会(JRA)・栗東トレーニングセンターに所属する調教師である。主な管理馬に2010年のJBCスプリントなどの優勝馬サマーウインド、2018年大阪杯・2019年ジャパンカップ優勝馬スワーヴリチャードなどがいる。 北海道沙流郡門別町(現・日高町)で競走馬生産を営む庄野牧場に、次男として生まれる。少年の頃は馬生産を将来の目標とし、日本大学獣医学部に進学。卒業後は実家に戻り、引退調教師の大叔父・庄野穂積の指導を受けながら、繋養馬の管理をしていた。 その後調教師に目標を改め、1996年にJRA競馬学校の厩務員課程に入った。半年の履修後は栗東・高橋隆厩舎で厩務員となり、直後調教助手資格も取得し、約10年を過ごした。