本間 千代子(ほんま ちよこ、1945年1月29日 - )は… 本間 千代子(ほんま ちよこ、1945年1月29日 - )は、日本の歌手・女優。本名同じ。長野県上伊那郡伊那町(現:伊那市)生まれ、生後8ヵ月から東京都杉並区高井戸育ち。身長162cm、体重45kg、B83cm、W53cm、H84cm(1964年4月)。夫は音楽プロデューサーのひのきしんじ。 父は日本銀行勤務で、二男二女の次女として、戦時疎開先の長野県上伊那郡伊那町(現:伊那市)で生まれる。本間家は佐渡本間氏の出で、現在の新潟県柏崎市で先祖代々地主を務めた。また、酒田本間氏とも同族の関係になる。終戦後の同年10月に東京都杉並区西荻窪に移り、近くの「かしの実幼稚園」に入る。そのころから歌に興味を持ち、NHK「うたのおばさん」として知られ、後に参議院議員を務めた安西愛子から童謡を習う。
佐良 直美(さがら なおみ、1945年1月10日 - )は、… 佐良 直美(さがら なおみ、1945年1月10日 - )は、日本の女性歌手・タレント・女優・作曲家。現在は主に実業家として活動する。 東京都出身、日本大学藝術学部卒業。日本芸術専門学校特別講師。 本名:山口直子、現在は戸籍名を芸名と同じく佐良直美に改名している。 明治時代の漢学者・川田甕江の玄孫で、住友財閥常務理事の川田順(甕江の三男)の従曾孫にあたる。遠縁に吉永小百合がいる。また山本直純の妻の山本正美も遠縁にあたる。 雙葉高等学校在学時の16歳のとき、ジャズボーカリストの水島早苗に師事しジャズボーカルを学ぶ。1963年、日本大学藝術学部放送学科へ進学。 1967年に大学卒業後、NHK新人オーディションを受け、高成績で合格。
松原 智恵子(まつばら ちえこ、1945年1月6日 - )… 松原 智恵子(まつばら ちえこ、1945年1月6日 - )は、日本の女優、タレント。所属事務所はグランパパプロダクション。 岐阜県生まれ、愛知県名古屋市育ち。名古屋市立桜台高等学校から芸能活動が可能な菊華高等学校(現杉並学院高等学校)に転校し卒業。明治大学二部英米文学科出身。身長157cm。血液型O型。特技は日本舞踊、乗馬。 実家は名古屋市南区で銭湯を経営(現存)。戦時中、名古屋大空襲を避けるため、母親が疎開していた岐阜県で生まれ、戦後に実家のある名古屋に戻った。4人兄姉の末っ子で三女。 1960年、高校生の時に日活が行った「ミス16歳コンテスト」に入賞し、副賞としての撮影所見学がきっかけで「夜の挑戦者」で端役デビュー。
中村 晃子(なかむら あきこ、1945年1月3日 - )は、… 中村 晃子(なかむら あきこ、1945年1月3日 - )は、日本の歌手、女優、声優。千葉県習志野市出身。本名同じ。愛称はアッコ。身長163cm。習志野市立第一中学校、昭和学院高等学校卒業。ベルグコーポレーション所属。 1962年、高校在学中に第2回ミス・エールフランスコンテストに応募して最終審査まで進んだことがきっかけで、松竹大船撮影所からお呼びがかかり、同撮影所の奨学生制度の一人として同年に銀幕デビュー。その後、1964年5月に松竹と正式に契約を結んだ。多数の映画に出演し、1965年〜1966年は田村正和とコンビで売り出すも、互いに芽が出ずパッとしない存在だったが、その後同年『望郷と掟』『炎と掟』やザ・ドリフターズの映画などに出演。
沢井 桂子(、1945年〈昭和20年〉1月2日 - )は、日… 沢井 桂子(、1945年〈昭和20年〉1月2日 - )は、日本の女優。本名は沢井 美恵子。 大阪府大阪市住吉区出身。住吉学園高校卒業。妹は女優の澤井孝子。特技は日本舞踊。東宝を経て、東京宝映テレビに所属していた。 1963年、オール東宝ニュータレント第4期生に合格。1964年4月に東宝と契約し、『日本一のホラ吹き男』のラストに主役の植木等が歌う場面に登場する妾たちの一人として映画デビュー。同年の『天才詐欺師物語 狸の花道』で役名のついた役での映画本格出演となる。 翌1965年の『海の若大将』では、加山雄三扮する若大将と仲良くなる網元の孫娘役として星由里子扮するヒロイン澄子が嫉妬する恋敵を演じた。
金子 勝美(かねこ かつみ、1944年11月21日 -)は、… 金子 勝美(かねこ かつみ、1944年11月21日 -)は、日本の元女優。本名は同じ。 東京都出身。青山学院大学卒業。東京俳優生活協同組合に所属していた。 特技は乗馬、日本舞踊。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、俳優(男優・女優)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:映画/PJ芸能人)。
亀渕 友香(かめぶち ゆか、本名:亀渕 捷子〈かめぶち かつ… 亀渕 友香(かめぶち ゆか、本名:亀渕 捷子〈かめぶち かつこ〉、1944年〈昭和19年〉11月3日 - 2017年〈平成29年〉10月22日)は、日本のゴスペル歌手、ボイストレーナー、女優。 1944年、北海道札幌市に生まれ、そのすぐ後に一家は転居し江東区深川のベニヤ工場で育つ。3学年上の兄はニッポン放送の名物DJで後に同社社長・相談役を歴任した亀渕昭信。叔母はジャズシンガーだった。兄と共にその叔母の影響を受け、アメリカの流行歌を子守唄代わりに聴いていた。 小学校の時、マヘリア・ジャクソン出演映画『真夏の夜のジャズ』を観て、その歌声に衝撃を受け涙を流す。以来サッチモ、ゴールデン・ゲイト・カルテット、アレサ・フランクリンなど、ゴスペルミュージシャンをヒーロー&ヒロインとし、ブルース、ジャズ、アフリカン音楽に至るまでの黒人音楽を聴きながら成長。
小貫 加恵(おぬき かえ〔本名:近藤 瑞恵[要出典]、旧芸名… 小貫 加恵(おぬき かえ〔本名:近藤 瑞恵[要出典]、旧芸名:小貫 瑞恵、小貫 加惠、小貫 瑞枝、小貫 瑞穂〕、1944年10月28日 - )は、茨城県水戸市出身の日本の女優。宝井プロジェクト所属。身長156 cm、体重56 cm。血液型はA型。 女郎屋の娘に生まれる。高校卒業後は丸の内で日本舞踊、長唄三味線、茶道、華道などの習い事をすると共にOLとして生活していたが2年で退職。一の宮あつ子に弟子入りし、17年間教えを受け、放映新社[要出典]を経て現在は宝井プロジェクトに所属している。 特技は日本舞踊、気功。 この項目は、俳優(男優・女優)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:映画/PJ芸能人)。
野川 由美子(のがわ ゆみこ、本名;山像<やまがた&g… 野川 由美子(のがわ ゆみこ、本名;山像<やまがた>由美子、1944年8月30日 - )は、日本の女優。京都府京都市出身。京都府立朱雀高等学校卒業。夫は演出家の逢坂勉(本名・山像信夫)、山像かおりは義娘。所属事務所は中田プロ→渡辺プロダクション→フリー→オフィスまとば→さち子プロ→オフィス天童。身長160cm、体重52kg。
南原 美紗保(なんばら みさお、1944年8月17日 - 2… 南原 美紗保(なんばら みさお、1944年8月17日 - 2018年12月8日)は、元宝塚歌劇団星組男役の女優である。埼玉県浦和市(現在のさいたま市)出身。町田英子事務所所属。宝塚歌劇団時代の芸名は南原 美佐保(同音異字)であった。宝塚歌劇団時代の公称身長は165cm。宝塚時代の愛称はケコ、ピーちゃん。 1960年、宝塚音楽学校に入学。 1962年、宝塚音楽学校を卒業し、48期生として、宝塚歌劇団に入団。宝塚入団時の成績は75人中7位。初舞台公演は星組公演『メイド・イン・ニッポン』。1964年1月1日に星組配属となり、のちに専科異動。 1971年6月29日、宝塚歌劇団退団。最終出演公演の演目は月組公演『ドン・ホセの一生/タイム・マップ』である。
浅利 香津代(あさり かづよ、1944年8月11日 - )は… 浅利 香津代(あさり かづよ、1944年8月11日 - )は、日本の女優。本名、浅利 和子(あさり かずこ)。 秋田県秋田市出身。血液型はB型。 生まれも育ちも秋田駅前という生粋の秋田っ子。 秋田県立秋田北高等学校卒業。 日本大学芸術学部演劇学科卒業後、望月優子に師事。その後、新劇の第一次・第二次新人会で8年在籍。 1975年より劇団前進座に移って3代目中村翫右衛門(4代目中村梅之助の父であり、中村梅雀の祖父)に師事。10年在籍し、フリーとなる。 正しい秋田弁の使い手として秋田弁の朗読などの仕事も多い。
有崎 由見子(ありざき ゆみこ、1944年8月7日 - )本… 有崎 由見子(ありざき ゆみこ、1944年8月7日 - )本名、山下佐登子 は、東京都港区出身の女優、声優。 川村高等学校卒業。1964年、舞台「土性っ骨」で初舞台。 父は、喜劇俳優、落語家、落語作家・脚本家(筆名・有崎勉)、発明家、陶芸家の初代柳家金語楼。 実兄はロカビリー歌手の山下敬二郎、異母兄に作家、研究者、演出家の山下武がいる。 祖父は三遊亭金勝。叔父は先代昔々亭桃太郎。
愛 まち子(あい まちこ、1944年6月11日 - )は、日… 愛 まち子(あい まちこ、1944年6月11日 - )は、日本の女優、歌手。本名:渡辺 伸子。 東京都赤坂区(現:港区南青山)出身。上野高等学園音楽科、上野学園大学卒。趣味は旅行。テイチクレコードなどを経て、東宝に所属していた。
高月 毬子(たかつき まりこ、1944年5月22日 - )は… 高月 毬子(たかつき まりこ、1944年5月22日 - )は、日本の女優。 東京都練馬区出身。本名は中島 澄(篠原 澄)。旧名は高 毬子(たか まりこ)、初瀬 百々代(はつせ ももよ)。愛称は「オシノ」、「すみちゃん」。姉は女優の篠宮朝美。趣味は日本舞踊。 富士見高等学校を卒業後、1960年に宝塚音楽学校へ入学。宝塚歌劇団48期生。同期生には梓みちよ(入団せずに音楽学校時代に中退)がいる。1962年に『メイド・イン・ニッポン』で宝塚歌劇団に入団し、2年目からは雪組に所属した。宝塚入団時の成績は75人中53位。1965年11月29日に宝塚を退団。最終公演出演の演目は雪組公演『伊豆の頼朝/ゴールデン・シャドウ』である。
二本柳 俊衣(にほんやなぎ としえ、1944年5月3日 - … 二本柳 俊衣(にほんやなぎ としえ、1944年5月3日 - )は、日本の女優。東京都出身。旧芸名=二本柳敏恵。父は俳優の二本柳寛、母は元宝塚歌劇団男役で宝塚歌劇団19期生の社敬子。 大東学園高等学校卒業。1963年に劇団俳優座養成所に15期生として入所する。同期に原田芳雄、赤座美代子、前田吟らがいる。 1966年に卒業。二本柳敏恵を芸名にして、1968年に芸能界に入り、映画、テレビドラマなどで活躍する。テレビドラマでは時代劇に多数出演している。 1973年に二本柳俊衣と改名した。
会田 由来(あいだ ゆき、1944年4月23日 - 2012… 会田 由来(あいだ ゆき、1944年4月23日 - 2012年9月9日)は、日本の女優、声優。本名は、関野 富恵(せきの とみえ)。東京都葛飾区出身。愛国学園卒業。劇団近代座を経て、ダテ企画に所属していた。 2004年、劇団近代座の前代表であった根本嘉也が亡くなった後に古巣の近代座に戻り、2012年に亡くなるまで代表を務めた。 2012年9月9日死去。68歳没。 太字はメインキャラクター。 この項目は、俳優(男優・女優)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:映画/PJ芸能人)。 この項目は、声優(ナレーターを含む)に関連した書きかけの項目です。
広瀬 みさ(ひろせ みさ、1944年4月1日 - )は、昭和… 広瀬 みさ(ひろせ みさ、1944年4月1日 - )は、昭和時代の日本の歌手、映画、テレビ女優。 神奈川県横浜市出身。1962年、横浜学園高等学校を卒業後、大映第15期ニューフェースとして大映演技研究所で学び、1964年日本テレビ『ダイヤル110番・死のダイビング』で主役に抜擢されデビューした。それに先立つ1963年8月には日本コロムビアと専属歌手契約をし、広瀬美砂名義でシングル『思い出のバカンス』をリリースし歌手デビューした。ただし、歌手活動は1967年にコロムビアとの契約が切れるまでの数年間のみで、1964年から1969年に結婚引退するまでの間は、女優としてテレビと映画を中心に活躍した。テレビでは竜雷太主演の『でっかい青春』にヒロインの女教師、高見紀美役に抜擢されたほか数多くのドラマにレギュラー出演した。
新橋 耐子(しんばし たいこ、1944年3月27日 - )は… 新橋 耐子(しんばし たいこ、1944年3月27日 - )は、日本の女優。本名も同じ。東京都千代田区出身。特技は三味線、琴。 三輪田学園高等学校卒業。俳優座養成所第14期生。 東京の花柳界育ちで、小さい時から三味線を習う。弟がいる。 1967年、文学座に所属し、宮本研作「夢・桃中軒牛右衛門」で曲師の役を演じる。主に舞台、テレビドラマなどで脇役で活躍する。
緑 魔子(みどり まこ、1944年3月26日 - )は、日本… 緑 魔子(みどり まこ、1944年3月26日 - )は、日本の女優。血液型はA型。現在は俳優で夫の石橋蓮司と共に芸能事務所の株式会社アルファエージェンシーがマネジネントしている。 華奢な肢体に大粒な瞳の身体が放つ独特な小悪魔的に甘い声と存在感で1960年代から1970年代にかけて個性的な役柄を多く演じ、「小悪魔路線」の加賀まりこと共に人気を博する。〝現代の愛の不毛を表現できる女優は彼女以外にはいない〟と梅宮辰夫が評価する「虚ろな表情と倦怠的な雰囲気」は1970年代に流行する若者気質の先取として桃井かおりや烏丸せつこら「無気力演技派女優」のルーツとも評され、今なおマニアックな人気を保つ。
進 千賀子(しん ちかこ、1944年3月6日 - )は、日本… 進 千賀子(しん ちかこ、1944年3月6日 - )は、日本の女優。 本名は同じ。中国・上海出身。福岡県福岡市育ち。福岡市立博多第二中学校、博多高等学校卒業。丹波プロに所属していた。 父親は共同通信社の記者で、第二次世界大戦後、家族とともに福岡県に引き揚げる。高校3年時に日活撮影所を見学した時にスカウトされる。1962年、高校卒業とともに日活に入社する。劇団民藝での養成期間を経て、同年、映画『若くて、悪くて、凄いこいつら』でデビューし、青春スターとして活躍する。1967年、東宝テレビ部に移籍するが、のちにフリーとなりテレビドラマで活躍した。 1978年、日高 千賀子名義で、海外ドラマ『チャーリーズ・エンジェル』の声優を担当する。
赤座 美代子(あかざ みよこ、1944年〈昭和19年〉2月1… 赤座 美代子(あかざ みよこ、1944年〈昭和19年〉2月10日 - )は、日本の女優。本名は同じ。 愛知県名古屋市出身。愛知県立旭丘高等学校卒業、早稲田大学第一文学部演劇科中退。新倉事務所を経て、T-ME合同会社所属。 元夫は映画監督の藤田敏八。 大学の1期上には松本幸四郎、漫画原作者のやまさき十三がいた。 1963年、劇団俳優座養成所に入所(同期は林隆三、夏八木勲、原田芳雄、前田吟、高橋長英、地井武男、栗原小巻、三田和代などの「華の15期生」)。 1966年、文学座研究生となる(1969年に退団)。 1968年、『牡丹燈籠』のヒロイン役に抜擢されて注目を集めた。 特技は日本舞踊、三味線、唄。
吉田 日出子(よしだ ひでこ、本名:平松日出子、1944年1… 吉田 日出子(よしだ ひでこ、本名:平松日出子、1944年1月7日 - )は、石川県出身の女優。 石川県金沢市生まれ。 日出子の祖父である平松福三郎(弁護士)には11人の子がいて、娘の1人は芥川龍之介の秘書だった平松麻素子。麻素子の弟にあたる日出子の父・豊彦は1928年に東京美術学校(現・東京芸術大学)彫刻科を卒業しフランス留学、彫刻家を目指すが徴兵を受け、石川県金沢に駐屯、身重の母親が臨月近くに金沢に来て次女・日出子が生まれる。生後1ヶ月で父は出征、母子は新潟県に疎開した。豊彦は1944年にフィリピン・レイテ島で戦死。1947年、医師だった母は娘二人を連れて東京に戻り、赤羽で医院を開業した。母はその後再婚。
北林 早苗(きたばやし さなえ、本名:村田 貞枝〈むらた さ… 北林 早苗(きたばやし さなえ、本名:村田 貞枝〈むらた さだえ〉、1944年1月7日 - )は、日本の女優。女優・声優の村田秋乃は娘。株式会社フェイスプランニング所属。以前は砂岡事務所に所属していた。東京市浅草区(現・東京都台東区)出身。 小学校時代から音羽ゆりかご会に入り、当時の子供番組などに出演。1955年(昭和30年)、劇団若草に入団し、本名の村田貞枝名義で1956年の『女中さん日記』(大映)で映画デビュー。 1961年(昭和36年)、NHK連続テレビ小説第1作『娘と私』に娘・麻里の少女時代役で出演。同年、フジテレビの『君の名は』のヒロインに抜擢()され、ここで作者の菊田一夫から北林早苗の芸名をもらう。
加藤 登紀子(かとう ときこ、本名:藤本 登紀子、1943年… 加藤 登紀子(かとう ときこ、本名:藤本 登紀子、1943年〈昭和18年〉12月27日 - )は、日本初の女性シンガーソングライター、作詞家、作曲家、女優。日本訳詩家協会6代目会長。「おときさん」の愛称で親しまれている。 「百万本のバラ」(1987年 のヒット曲)の日本語歌詞作詞を行ったことや、「難破船」(自身の歌唱後、中森明菜がカバーした)の作詞作曲などでも知られる。『ほろ酔いコンサート』を50年以上に渡って開いている(2023年現在)。 城西国際大学観光学部で客員教授をした後、星槎大学共生科学科客員教授(2025年1月現在)。日本訳詩家協会会長に就任(2021年5月〜)。夫は学生運動活動家の藤本敏夫。
加賀 まりこ(かが まりこ、1943年12月11日 - )は… 加賀 まりこ(かが まりこ、1943年12月11日 - )は、日本の女優、司会者。本名は加賀 雅子(かが まさこ)。有限会社活動屋所属。デビュー以来、奔放な言動でマスコミを賑わせ、「小悪魔」や「和製ブリジット・バルドー」などと呼ばれる。
星 由里子(、1943年〈昭和18年〉12月6日- 2018… 星 由里子(、1943年〈昭和18年〉12月6日- 2018年〈平成30年〉5月16日)は、日本の女優。最終所属事務所は東宝芸能。 東京都出身。千代田区立今川中学校を経て精華学園女子高等学校卒業。 1958年(昭和33年)、東宝が宝塚歌劇団東京公演にちなんで募集したミス・シンデレラ娘で優勝したことをきっかけに芸能界入り。 「八重歯のシンデレラ」をキャッチフレーズとし、1959年(昭和34年)に『すずかけの散歩道』で銀幕デビュー、同名のレコードで歌手デビューも果たす。 1960年(昭和35年)、同時期にデビューした浜美枝と田村まゆみ(翌年、田村奈巳に改名)と合わせて「東宝スリーペット」として売り出される。
森 秋子(もり あきこ、1943年11月24日 - )は、日… 森 秋子(もり あきこ、1943年11月24日 - )は、日本の女優。東京都渋谷区出身。本名は池田 芳子(旧姓:小林)。 学習院大学文学部仏文科卒業。文学座付属演劇研究所6期生を経て、劇団NLT、浪曼劇場に所属していた。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、俳優(男優・女優)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:映画/PJ芸能人)。
芦沢 孝子(あしざわ たかこ〔本名同じ〕、1943年11月8… 芦沢 孝子(あしざわ たかこ〔本名同じ〕、1943年11月8日 - )は、愛知県名古屋市出身の日本の女優。身長158 cm。体重60 kg。血液型はA型。 名古屋市立西陵商業高等学校を卒業。NHK名古屋放送劇団研究所に入団したことがきっかけでデビュー。劇団雲、舞プロモーション、プロダクション・エムスリーを経て希楽星所属。 特技は名古屋弁。趣味は一人旅、ドライブ。
光本 幸子(みつもと さちこ、1943年8月25日 - 20… 光本 幸子(みつもと さちこ、1943年8月25日 - 2013年2月22日)は、日本の女優。身長162cm。 東京都出身。上野学園高等学校音楽科を1962年に卒業。幼年より舞踊家の六代目藤間勘十郎に師事。勘十郎と親交のあった初代水谷八重子の目に留まり新派入りし、明治座の舞台『望郷の歌』(1955年)にて子役デビュー。 1969年、『男はつらいよ』初代マドンナ・冬子役に起用され、映画初出演。 結婚(明治座社長と結婚するも、28年後に離婚)・育児による休業を挟むも、1984年5月に舞台『陽暉楼』(新橋演舞場)で復帰。 復帰後は舞台を中心とした活動だったが、テレビドラマや映画に時折出演していた。復帰後の一時期、光本采雉子と改名していた。
豊浦 美子(とようら よしこ、1943年8月9日 - )は、… 豊浦 美子(とようら よしこ、1943年8月9日 - )は、東京都出身の元女優。 3人姉妹の長女で、頌栄女子学院高等学校卒業後、デパートに勤めていたが、1963年、黒澤明作品の『赤ひげ』における加山雄三の相手役候補として推薦され、東宝の養成所に入る。東宝ニュータレント第5期生で同期に前田美波里、水沢有美らがいた。 本名の豊浦美子でテレビ映画の青春学園シリーズ『青春とはなんだ』でデビュー。メインの女子高生・山下順子役で松井勝子役の岡田可愛と共に人気を二分する。同シリーズの続篇である『これが青春だ』にも連続して出演するが、『青春とはなんだ』終了時にはすでに23歳だったため、卒業生として前作に引き続き寺田農の恋人役としての出演だった。
夏 桂子(なつ けいこ、1943年8月1日 - )は、日本の… 夏 桂子(なつ けいこ、1943年8月1日 - )は、日本の女優。旧芸名:夏 圭子。本名:長谷川 允子(旧姓・岩垂)。東京都出身。関東女子高等学校(現・関東国際高等学校)卒業。 俳優座(13期生)笹岡勝治、細川俊之、横内正、石立鉄男、佐藤友美、結城美栄子、服部まり子、佐藤オリエ、真屋順子、勝部演之、加藤剛がいる。卒業後の1964年、テレビドラマ『河のほとり』へ、本名の岩垂で出演していたら、森繁久彌から「岩垂では固いから、夏にしたら」といわれて芸名にしたという。前夫は俳優の竜雷太。息子はギタリストの長谷川陽平。
夏 桂子(なつ けいこ、1943年8月1日 - )は、日本の… 夏 桂子(なつ けいこ、1943年8月1日 - )は、日本の女優。旧芸名、夏 圭子。本名、長谷川 允子(旧姓・岩垂)。東京都出身。関東女子高等学校(現・関東国際高等学校)卒業。
佐々木 愛(ささき あい、1943年7月18日 - )は、日… 佐々木 愛(ささき あい、1943年7月18日 - )は、日本の女優。劇団文化座代表。 劇団文化座の主宰者佐佐木隆を父に、女優の鈴木光枝を母とする一人娘。1962年(昭和37年)和光学園在学中に同劇団研究生となる。1963年(昭和38年)『荷車の歌』で全国巡演。同年『土』(長塚節)でテレビにデビュー。1983年(昭和58年)『越後つついし親不知』の演技で紀伊国屋演劇賞個人賞受賞。1987年(昭和62年)文化座代表に就任。1990年(平成2年)に母の当たり役である『荷車の歌』のセキ役を演じて話題になる。舞台生活40周年となる2001年(平成13年)には『いろはに金平糖』を再演。
新井 茂子(あらい しげこ、1943年6月28日 - )は、… 新井 茂子(あらい しげこ、1943年6月28日 - )は、日本の元女優。夫は俳優の中田博久。 東京都千代田区麹町出身。東京都立九段高等学校卒業。テアトル・ド・ポッシュに所属していた。 1958年、東映ニューフェイスの第5期に合格。合格当時の年齢が14歳であったことから、翌年、第6期として東映に入社。同期には千葉真一・亀石征一郎・太地喜和子・真山知子・茅島成美・都築克子らがいる。 1960年、映画『殴りつける十代』でデビュー。以後、『飛ばせ特急便 深夜の脱獄者』(1961年)、『殺人鬼の誘惑』(1963年)、『十七才のこの胸に』(1964年)など、主に現代劇に多数出演する。 その後、東映を離れてフリーとなり、テレビドラマを中心に活動する。
梓 みちよ(あづさ みちよ、1943年6月4日 - 2020… 梓 みちよ(あづさ みちよ、1943年6月4日 - 2020年1月29日)は、日本の歌手、女優。本名は林 美千代(はやし みちよ)。血液型はO型。株式会社アラベスク所属で株式会社プロダクション尾木と業務提携。 日本統治下の朝鮮釜山市生まれ。福岡県福岡市博多区出身。福岡女学院中学校・高等学校2年中退。宝塚音楽学校中退。1960年代から1970年代を中心にヒットを飛ばした。アメリカンポップスから歌謡曲まで幅広いレパートリーを持つ。 1960年、福岡女学院高校を2年で中退して宝塚音楽学校に48期生として入学。同校在学中に渡辺プロダクションのオーディションに応募し合格。上京し契約する(宝塚音楽学校は中退)。
宮園 純子(みやぞの じゅんこ、1943年5月30日 - )… 宮園 純子(みやぞの じゅんこ、1943年5月30日 - )は、日本の女優。長野県出身。身長158cm。女子学院高等学校中退。エ・ネスト所属。俳優・梶健司の妻。 1960年に東映ニューフェイスの第7期に合格。同期には三沢あけみ・三島ゆり子・結城美栄子がいる。東映へ入社後、映画・テレビ・舞台で活躍。特にTBSの時代劇『水戸黄門』の霞のお新役で、初代風車の弥七(中谷一郎)とのおしどり夫婦は人気を集めた。
入江 若葉(いりえ わかば、1943年5月12日 - )は、… 入江 若葉(いりえ わかば、1943年5月12日 - )は、日本の女優。 本名は小林 若葉(こばやし わかば、旧姓:田村)。東京都港区出身。血液型A型、身長160cm、体重48kg。アン・ヌフ所属。 文化学院専門課程美術学科卒業。 1943年5月12日、無声映画時代からトーキー初期にかけての人気女優入江たか子と、当時日活太秦撮影所の俳優だった田村道美の娘として、東京・港区赤坂に生まれる。 人気商売の両親の結婚は、10年間極秘であったが、父・田村が俳優業を引退してたか子のマネージャーとなり、母・たか子も自らの映画製作会社「入江ぷろだくしょん」をたたみ東宝映画東京撮影所と専属契約して6年を経て、若葉が生まれるのを期に入籍した。
吉村 実子(よしむら じつこ、1943年4月18日 - )は… 吉村 実子(よしむら じつこ、1943年4月18日 - )は、日本の女優。オフィスぴろっと所属。東京都出身。実姉は芳村真理。 女子美術大学付属高等学校在学中の17歳の時に、今村昌平にスカウトされて『豚と軍艦』のヒロイン役で映画デビュー。 1964年には新藤兼人監督作品『鬼婆』で、第15回ブルーリボン賞助演女優賞を受賞。 1970年以後は半ば引退状態だったが、1980年の『あ・うん』のヒロイン役で本格復帰した。 1968年には石立鉄男と結婚していたが、約25年間の別居生活を経て、1998年に離婚。
近藤圭子(こんどう けいこ、1943年3月18日 - )は、… 近藤圭子(こんどう けいこ、1943年3月18日 - )は、日本の元童謡歌手、女優。 東京府(現・東京都)出身。精華学園女子高等学校卒業。 7歳よりキングレコード専属作曲家であった山本雅之に師事し、1951年、「仔豚のラッパ」でデビュー。1954年にキングレコード専属となり、のちに音楽文化研究家となる長田暁二が担当ディレクターに就き、過去の名作童謡の再レコーディングを行った。 1954年、テレビの連続ドラマ『星を見つめて』『私のお母さん』の主演をつとめ、日本テレビの専属タレント第一号となった。 その後、童謡歌手の中でもルックスが重要視され、「八頭身美人」として人気となり、雑誌『明星』などのグラビアに美空ひばり、中村錦之助、三橋美智也などのスターに並んで毎号登場するようになり、ブロマイドの売れ行きも好調であった。
松尾 嘉代(まつお かよ、1943年〈昭和18年〉3月17日… 松尾 嘉代(まつお かよ、1943年〈昭和18年〉3月17日 - )は、日本の女優。東京市(現東京都)目黒区下目黒出身。 1970年代末から1990年代前半において、サスペンス(2時間)ドラマに多数出演し、「サスペンスの女王」と呼ばれて人気を得た(得意とした演技は濃厚な官能シーンや悪女役などだった)。初期は色気あるシーンを回避せず、主演も務めたため、「元祖2時間ドラマの女王」とも呼ばれていた。 大映が制作した、いわゆる「大映ドラマ」へも常連出演していた。 1991年から1992年にかけて、50歳を目前にして3冊のヘアヌード写真集を出している。 明確な引退宣言はしていないが、1998年以降は女優としての活動は途絶えており、メディアへの露出もほとんど行っていない状態である。
和田 幾子(わだ いくこ、1943年3月14日 - )は、日… 和田 幾子(わだ いくこ、1943年3月14日 - )は、日本の女優。本名は川辺 征子。京都府京都市出身。夫は俳優の川辺久造。 1964年に前進座へ入団。『親鸞』など数々の作品に出演し演技を磨いた。テレビドラマでは、中村梅之助出演の時代劇などに数多く出演。 『ウルトラマン80』では桜ヶ丘中学校・野崎クミ教頭役を演じる。なお、野崎教頭が掛けていた黒縁眼鏡は私物で、設定では眼鏡を掛けない役柄だった(長谷川初範演じる主人公・矢的猛を叱りつける役柄だったため、親戚の子供からは嫌われてしまったという)。 現在はスナックを経営している。特技は日本舞踊、京都弁、茶道。
水城 リカ(みずしろ リカ、1943年3月3日 - )は、日… 水城 リカ(みずしろ リカ、1943年3月3日 - )は、日本の女優・元モデル。本名不明、旧芸名水野 よし子(みずの よしこ)、若月 ひとみあるいは若月 ヒトミ(わかつき ひとみ)。 インターネット・ムービー・データベース等における姓の読み「みずき」は誤りである。 1943年(昭和18年)3月3日、第二次世界大戦中の東京都に生まれる。 1958年(昭和33年)4月、実践女子学園高等学校に進学、1961年(昭和36年)3月に同校を卒業する。ファッションモデルをしていたが、満22歳になった1965年(昭和40年)6月に公開された成人映画『水中裸の浮世絵 蛇魂』(監督鮫吾朗)に水野 よし子の名で主演し、映画界にデビューする。
夏海 千佳子(なつみ ちかこ、1943年2月28日 - )は… 夏海 千佳子(なつみ ちかこ、1943年2月28日 - )は、日本の女優。宮崎県日向市出生[要出典]。東京都足立区出身[要出典]。本名は奥野 和子(旧姓:仮野)。旧芸名は可能 かづ子、可能 かずこ、可能 かず子。 日活、文学座などに所属した正統派の女優だが、ピンク映画にも出演した。特技は英会話。1965年に出演した若松孝二監督『壁の中の秘事』に可能かづ子名義で主演し、注目された。同作品はベルリン映画祭で公開されたことでも話題になった。
三条 魔子(さんじょう まこ、1943年(昭和18年)2月1… 三条 魔子(さんじょう まこ、1943年(昭和18年)2月16日‐ )は日本の元女優。本名:辻井洋子。もう一つの芸名の三条江梨子(さんじょう えりこ)でも知られている。 東京市出身。都立向丘高等学校中退。1959年(昭和34年)に「ミス女猫」に(「女猫」はフランソワーズ・アルヌール主演のフランス映画の邦題のこと)応募して、ミス・女猫の栄冠に輝く。高校を中退し、新東宝に入社。「金語楼の海軍大将」など3作に「シークレット・フェイス」として名を伏せ出演、話題になる。 1960年(昭和35年)、「美男買います」で菅原文太の恋人役で三条魔子として本格的にデビュー。その他、「続・性と人間」などに出演するが、1961年(昭和36年)に新東宝が倒産し、大映に移籍。
夏川 かほる(なつかわ かほる、1943年2月12日 - 1… 夏川 かほる(なつかわ かほる、1943年2月12日 - 1998年1月29日)は日本の女優。本名は飯田一恵。東京市杉並区出身。母は女優の夏川静枝、父は作曲家の飯田信夫、叔父は俳優の夏川大二郎。特技は日舞、三味線。
鈴木 まな美(すずき まなみ、1943年1月18日 - 20… 鈴木 まな美(すずき まなみ、1943年1月18日 - 2019年10月15日)は、日本の女優。本名、鈴木 和子(すずき かずこ)。 愛知県津島市出身。ブリッジプロモーション所属。 愛知県立津島高等学校を1961年(昭和36年)に卒業。津島文化会館大ホールで2度、一人芝居を演じた。 一人芝居で国際芸術文化賞受賞。「七色の声が出て、どんな役柄もこなす自信がある」とプロフィールに記されている。名古屋弁が得意、書道九段。
樹木 希林(きき きりん、1943年〈昭和18年〉1月15日… 樹木 希林(きき きりん、1943年〈昭和18年〉1月15日 - 2018年〈平成30年〉9月15日)は、日本の女優。戸籍名:内田 啓子(うちだ けいこ)、旧姓:中谷(なかたに)。旧芸名は悠木 千帆(ゆうき ちほ、初代)。 東京府東京市神田区(現・東京都千代田区)出身。2番目の夫は内田裕也。間に娘・内田也哉子がいる。夫とは長く別居を続けていた。 父は薩摩琵琶奏者・錦心流の中谷襄水(辰治)(1917年 - 1989年)。妹も薩摩琵琶奏者の荒井姿水(昌子)。その息子も薩摩琵琶奏者の荒井靖水。 父辰治は若い頃警察官だったが、希林が幼稚園の頃は会社勤めをしており、趣味で薩摩琵琶奏者をしていた。警察官時代は神田界隈を管轄としていて、神田神保町でカフェ「東宝」を経営していた母と知り合い結婚する。
富永 ユキ(とみなが ゆき、1943年1月5日 - )は、神… 富永 ユキ(とみなが ゆき、1943年1月5日 - )は、神奈川県出身の女優、歌手である。1960年代に多くの映画作品に出演した。 神奈川県川崎市生まれ、東京都育ち。 中学校在学中から米軍キャンプでジャズやロックを歌っていた。 1959年東宝製作の正月作品、堀川弘通監督 『すずかけの散歩道』に出演後、松竹映画と契約。 大島渚が松竹入社後に監督デビューを果たした『愛と希望の街』は代表的な主演作品である。 また、同時期に伯母であるジャズ琴奏者・富永ハルの縁で東芝音楽工業と契約し、多くのレコードをリリースしている。 当時黎明期であったポップス界の明星としてリズム感のある歌唱は当時の若者の間で人気だった。
藤 由紀子(ふじ ゆきこ、1942年12月17日 - 202… 藤 由紀子(ふじ ゆきこ、1942年12月17日 - 2022年)は、日本の元女優。本名:柴田 幸子。旧姓:佐藤(さとう)。東京都江東区出身。 東京市城東区(現在の東京都江東区)亀戸生まれ。松竹音楽舞踊学校を経て、松竹に入社。1961年の井上和男監督「熱愛者」で端役デビューし、同年木下惠介監督「永遠の人」で、主演の高峰秀子の娘役に抜擢される。エレガントな美貌で注目されたが、テレビドラマの出演を巡って会社と対立したことから1962年、松竹を退社。 フリーでテレビドラマ「人間の條件」などに出演した後、1962年12月に再デビューの形で大映に入社。大映でも大型新人として一フジ(藤由紀子)、二タキ(滝瑛子)、三スガタ(姿美千子)と売り出され、特に企業間競争をテーマにしたサスペンス「黒シリーズ」では全11作中6本に出演、主演の田宮二郎と息の合ったコンビネーションを見せた。
檜 よしえ(ひのき、1942年12月1日 - )は、日本の女… 檜 よしえ(ひのき、1942年12月1日 - )は、日本の女優。本名は木村芳枝。東京都出身。特技は水泳。