スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
平田 こころ(ひらた こころ、2001年3月5日 - )は、… 平田 こころ(ひらた こころ、2001年3月5日 - )は、日本のTikToker。 神奈川県三浦郡葉山町出身。小学校中学年から高学年を中国・上海で過ごす。上海日本人学校、立教女学院中学校・高等学校を経て、立教大学異文化コミュニケーション学部に進学。フレッシュキャンパスコンテストに双子の平田うららと出場したことがきっかけで、スペースクラフトに所属し、デビュー。2019年10月に舞台『光と海と光秀と五右衛門』で初舞台を踏む。2020年10月、スペースクラフト退社。2021年9月よりフランスのパリ大学人文社会学部芸術学科演劇専攻に派遣留学。同地でフランス人へのインタビューを始め、その動画をTikTokに投稿したことで知名度が上がり、投稿から2週間弱で32000人のフォロワーを獲得した。
海渡 未来(かいと みく、1999年〈平成11年〉11月21… 海渡 未来(かいと みく、1999年〈平成11年〉11月21日 - )は、毎日放送(MBS)のアナウンサー。 東京都杉並区出身。立教女学院小学校、立教女学院中学校・高等学校出身。中学1年時から高校3年時まで創作ダンス部に所属。高校2年時からは、センターのポジションを任されていた。高校3年時には全国中学校・高等学校ダンスコンクールで3位になったものの、立教大学経済学部経済政策学科への進学に際しては、(全国大会で優勝するなど)「日本一」を経験できるクラブへの入部を望んでいたという。 立教大学への入学を機に水上スキー部へ参加。1年の半分を琵琶湖での練習に費やす生活を続けたところ、3年時の2020年に開催された第65回桂宮杯全日本学生水上スキー選手権大会・女子トリックの部で「日本一」になった。
今井 日奈子(いまい ひなこ、1997年2月27日 - )は… 今井 日奈子(いまい ひなこ、1997年2月27日 - )は、IBC岩手放送のアナウンサー。 神奈川県川崎市生まれ。立教大学経済学部経済学科卒業。 立教女学院中学校在学時にはNHK杯全国中学校放送コンテストに出場し、アナウンス部門で最優秀賞を受賞。そして立教大学在学時には放送研究会に所属し、それと並行してテレビ朝日アスクにも通っていた。 大学を卒業後、2019年4月にIBC岩手放送に入社。同期の弦間彩華とともに同局のアナウンサーになる。入社5年目の2023年10月7日からは『じゃじゃじゃTV』のMCを務めている。
西尾 優希(にしお ゆき、1996年2月26日 - )は、札… 西尾 優希(にしお ゆき、1996年2月26日 - )は、札幌テレビ放送のアナウンサー。 2018年入社。同期入社に久保朱莉 。立教女学院時代は生徒会長を務め、合唱に取り組んだ。大学時代はアイスホッケー部のマネージャーを務めていた。
難波 小百合(なんば さゆり、1993年10月19日 - )… 難波 小百合(なんば さゆり、1993年10月19日 - )は、女優、元アイドル、東京女子プロレスの元リングアナウンサー。
大慈弥 レイ(おおじみ れい、1992年7月25日 - )は… 大慈弥 レイ(おおじみ れい、1992年7月25日 - )は、フリップアップ所属の日本のタレント、フリーアナウンサー。元札幌テレビ放送アナウンサー。 東京都出身。身長165cm。母方の実家は千葉県安房郡鋸南町にある曹洞宗の寺院である日本寺。 立教女学院中学・高校では創作ダンス部に所属し、中高全国大会6連覇。高校3年生の時、女優の土屋太鳳と日本代表として北京遠征に行っていた。立教大学社会学部卒業。大学時代は創作ダンス部に所属し、2013年より2年間、日本テレビイベントコンパニオン30期生として番組や各種イベントのアシスタントなどを経験。 2015年、札幌テレビ放送にアナウンサーとして入社。同期入社は小笠原舞子(2019年3月に退職)、林美玖(2018年3月に退職)、村雨美紀。
内田 有紗(うちだ ありさ、1992年7月9日 - )は、テ… 内田 有紗(うちだ ありさ、1992年7月9日 - )は、テレビ信州のアナウンサー。
和田 明日香(わだ あすか、1987年4月17日 - )は、… 和田 明日香(わだ あすか、1987年4月17日 - )は、日本のタレント、モデル、食育インストラクター、美容料理研究家。remyに所属。旧姓は高橋。 東京都世田谷区出身。立教女学院小学校、立教女学院中学校・高等学校卒業後、2006年立教大学社会学部入学。高校時代は生徒会長を務め、ミス立教にも選ばれた。大学時代はMTV JAPANでインターンとして働く。 就職活動の際に知り合った、和田誠・平野レミ夫妻の次男である8歳年上の和田率と結婚した。結婚当初は、「キャベツとレタスの違いは収穫される場所の違い」、「しじみとあさりとハマグリは大きさの違い」、「さんまとうつぼは同じ生き物」と思っていたほど食材や料理に関する知識がなかった。
さくらさくらこ(1986年3月28日 - )は、日本の歌手・… さくらさくらこ(1986年3月28日 - )は、日本の歌手・タレント。 東京都生まれ、国立音楽大学附属小学校を卒業、立教女学院に入学。立教女学院在学中は、聖歌隊に入隊。早稲田大学法学部に現役入学し、「弁護士」兼「アーティスト」を目指す。 ライブ活動を続けていた時、事務所のアプローチにより音楽プロデューサーの目に止まり、デビューが決定。 2005年10月、劇場映画「三姉妹カフェ物語~チーズケーキは魔法の香り~」の主題歌『ジギタリス☆彡』でシングルリリース。 テレビ東京系でメディアサポートによるプロモーション。 2006年6月、2ndシングル『Rain Drop』リリース。La'cryma ChristiのベーシストSHUSEの楽曲提供によるポップでライトなサウンド。
野波 麻帆(のなみ まほ、1980年〈昭和55年〉5月13日… 野波 麻帆(のなみ まほ、1980年〈昭和55年〉5月13日 - )は、日本の女優、スタイリスト、DJ。東京都出身。東宝芸能所属。 1996年(平成8年)、第4回東宝「シンデレラ」オーディションでグランプリを受賞したことを契機に芸能活動を始める。 1997年(平成9年)、『寿司、食いねェ!4』でテレビドラマに、『モスラ2 海底の大決戦』で映画にそれぞれ初出演。1998年(平成10年)、『愛を乞うひと』で国内の各新人賞と各助演女優賞を多く受賞した。2001年(平成13年)には『案山子 KAKASHI』で映画初主演。2002年(平成14年)からは『こちら本池上署』シリーズに中井あずさ役でレギュラー出演した。
青木 まな(あおき まな、1977年7月18日 - )は、C… 青木 まな(あおき まな、1977年7月18日 - )は、CBCテレビ(中部日本放送)の社員(報道部所属)で元アナウンサー。 千葉県浦安市生まれ。身長は163cm。立教女学院高校を経て立教大学法学部法学科卒業。 2000年にCBCへ入社。同期に元同局アナウンサーの石井亮次(2020年4月以降はジャパン・ミュージックエンターテインメント所属のフリーアナウンサー)がいる。また、同じ大学の出身者に同局アナウンサーの渡辺美香がいる(青木の先輩に当たる)。 アナウンサーを目指したきっかけは、元同局アナウンサーの槇徳子などに憧れていたからである。 1997年ミス立教。学生時代の特技・趣味はジャズダンス。 学生時代、自分がやりたい職業を考えた上で、パソコンでのデータ入力作業をしていた時に蕁麻疹が出たことで「自分はデスクワークに向かない」と思い、その後テレビ局でアルバイトをしたところ「自分の進みたい仕事はこれ」と確信してマスコミ志望となったという。
松本 彩夏 (まつもと さやか、1977年 - )は、日本の… 松本 彩夏 (まつもと さやか、1977年 - )は、日本のテレビプロデューサー・演出家。株式会社イースト・ファクトリー取締役、前株式会社イースト・エンタテインメント代表取締役常務。 東京都出身。立教女学院中学校・高等学校を経て、2000年慶應義塾大学卒業。2017年放送ウーマン賞2016受賞。
KOKIA(コキア、1976年7月22日 - )は、日本の女… KOKIA(コキア、1976年7月22日 - )は、日本の女性シンガーソングライター・ボーカリスト。本名は吉田亜紀子(よしだ あきこ)。ヴァイオリニストの吉田恭子は実姉である。内閣府「災害被害を軽減する国民運動」のサポーター。
乾 貴美子(いぬい きみこ、1975年〈昭和50年〉6月13… 乾 貴美子(いぬい きみこ、1975年〈昭和50年〉6月13日 - )は、日本のタレント。東京都北区出身。立教大学文学部心理学科卒業。『ニュースステーション』(テレビ朝日)のお天気キャスターを務めた。『週刊朝日』のモデルとしてデビュー。
東野 篤子(ひがしの あつこ、1971年 - )は、日本の国… 東野 篤子(ひがしの あつこ、1971年 - )は、日本の国際政治学者、国際関係学者である。筑波大学人文社会系教授。国際関係論とヨーロッパの国際政治を専門とし、EU・ロシア関係などEUの対外政策の研究を行っている。ウクライナ研究会副会長も務めており、ロシアのウクライナ侵攻以降はメディアでの解説活動も活発に行っている。 著作に『解体後のユーゴスラヴィア』『現代ヨーロッパの国際政治』『ウクライナ戦争とヨーロッパ』、訳書に『ヨーロッパ統合の理論』などがある。 1971年生まれ。10代の5年間をイギリスで過ごした。立教英国学院、立教女学院高等学校、慶應義塾大学法学部政治学科卒業、同大学院法学研究科政治学専攻博士課程単位取得退学。
中村 江里子(なかむら えりこ、1969年3月11日 - )… 中村 江里子(なかむら えりこ、1969年3月11日 - )は、日本のフリーアナウンサー、タレント。元フジテレビのアナウンサー。本名:エリコ・バルト。2022年時点ではフランス・パリ在住、2025年9月からはイタリア・ミラノ在住。グローバルプロモーション所属 東京都生まれ。実家は銀座の老舗楽器店「十字屋」(株式会社銀座十字屋)。母は父の死後に十字屋の社長を務め、その後も会長職に就いている中村千恵子である。 2歳から6歳までをタイ王国のバンコクで過ごした帰国子女。立教女学院、立教大学経済学部経済学科卒業後、1991年4月フジテレビに入社。同期入社の近藤サト、小泉陽一とともに同局のアナウンサーになる。
松本 ともこ(まつもと ともこ、1968年〈昭和43年〉7月… 松本 ともこ(まつもと ともこ、1968年〈昭和43年〉7月21日 - )は、日本のラジオパーソナリティ・フリーアナウンサー。本名同じ。立教女学院小学校、立教女学院中学校・高等学校、立教大学経済学部卒業。東京都出身。愛称は、マッピー。 大学在学時よりアルバイトとしてラジオたんぱ(現ラジオNIKKEI)の受験番組のアシスタントやニッポン放送のフットボール中継のスタッフなどを経験。 TOKYO FMのアナウンサーとして音楽番組を中心に担当。全国ネットの知名度を生かしてフリーアナウンサーになってからも古巣のTOKYO FMで出演番組を持っていたほか、ホリプロ移籍直後からAMラジオにも進出。『TBSラジオ『ストリーム』のパーソナリティも務めていた。
下條 ユリ(しもじょう ユリ、本名:下條 有理、1966年3… 下條 ユリ(しもじょう ユリ、本名:下條 有理、1966年3月16日 - )は、東京都三鷹市出身の画家。 東京都三鷹市生まれ。幼少期より、日舞、能、茶道、華道を習う。同時に、普遍性を尊重する国際人として育てる事を重んじた両親によって、ジャンルや国籍を問わない、様々な文化に触れる機会を与えられる。その複雑な文化的背景を基盤とし、自己表現のひとつとして絵を描き始める。高校卒業と同時にイラストレーターとして多くのメディアに登場。90年代には、東京サブカルチャー・シーンの隆盛と共に人気を得る。 相次ぐ家族の死をきっかけに20代で天涯孤独の身となり、1977年アメリカへ移住。当時、最も先鋭的だったブルックリンのストリート・シーンに身を投じ、グラフィティ・アーティストとしても活躍。
小栗 泉(おぐり いずみ、1964年8月27日 - )は、東… 小栗 泉(おぐり いずみ、1964年8月27日 - )は、東京都出身の報道記者、ニュースキャスター。日本テレビ報道局特別解説委員。旧姓は小林。声優の小林恭治を父に、広告写真家の小林恵介を兄に、東京新聞政治部記者の小栗康之を夫に持つ。 立教女学院小学校、立教女学院中学校・高等学校、青山学院大学文学部英米文学科卒業後、1988年に日本テレビに入社。同期入社にアナウンサーの関谷亜矢子、永井美奈子、福澤朗、村山喜彦、プロデューサーの村上和彦がいた。 入社後から報道局一筋で、社会部・政治部(自民党担当)を経て、『NNNニュースダッシュ』や『NNNきょうの出来事』など様々なニュース番組のキャスターを歴任した。
吉田 晴乃(よしだ はるの、1964年4月30日 - 201… 吉田 晴乃(よしだ はるの、1964年4月30日 - 2019年6月30日)は、日本の経営者。イギリスの老舗大手電気通信事業者BTグループの元日本法人代表取締役社長。元日本経済団体連合会審議員会副議長、内閣府規制改革推進会議委員。経団連初の女性役員。W20 Japan共同代表。2017年にはフォーチュン誌によるWorld's Greatest Leaders 50の一人に日本人としてただ一人選出されている。 三人姉妹の二番目に生まれる。母親は1937年生まれの専業主婦で、母方の家族は満州国で暮らしていた時期があるという。 立教女学院高等学校を卒業後は慶應義塾大学文学部に進学。お嬢様女子校の環境に違和感を抱き始めたため、そのまま付属の大学には進学せず外部受験をした。
山形由美(やまがた ゆみ、1962年〈昭和37年〉5月17日… 山形由美(やまがた ゆみ、1962年〈昭和37年〉5月17日 - )は、日本のフルート奏者。尚美学園大学客員教授、フルートサロン「メゾン・デュ・リエール」主宰。東京都出身。 英文学者、山形和美の長女として東京に生まれ、幼少期より音感教育、ピアノ、クラシック・バレエを習う。14歳のクリスマスの夜に出会った音色に強く惹かれたことが後に由美がフルート奏者として活躍する切っ掛けとなった。 立教女学院中学校・高等学校在学中にフルートを始め、野口博司、小泉剛に師事した。東京藝術大学音楽学部器楽科でフルートを専攻し、同大学を卒業した後に渡英している。由美はサー・ジェームズ・ゴールウェイの数少ない弟子のひとりであり、1986年(昭和61年)のデビュー以来、演奏活動と並行してマスコミ活動を行ったことがあった(テレビ番組のレギュラー出演期間は、1987年〈昭和62年〉10月から1991年〈平成3年〉3月20日まで。
彩 恵津子(さい えつこ、1961年7月18日 - )は、日… 彩 恵津子(さい えつこ、1961年7月18日 - )は、日本の歌手。東京都中野区出身。立教女学院高等学校卒業後、アメリカ合衆国・ロサンゼルスに音楽とダンスのレッスンのため留学。帰国後、1984年にアルバム「Reach Out」でテイチクエンタテインメントよりデビュー。その後、レコード会社移籍を経て2021年現在の活動状況は不明。
名執 雅子 (なとり まさこ、1961年3月11日 - ) … 名執 雅子 (なとり まさこ、1961年3月11日 - ) は、日本の法務官僚。埼玉県出身。女性初の矯正局長。
河合 真理(かわい まり、1959年10月12日 - )は東… 河合 真理(かわい まり、1959年10月12日 - )は東京都出身の料理研究家、フード・コンサルタントである。 祖母は料理研究家の草分けの一人であった阿部なを。小学校5年生の時に両親が離婚。祖母との生活が始まった。毎朝、祖母の作った味噌汁と青汁を飲んで登校し、遠足などのお弁当は祖母の経営する料理店の板前が作ったものだった。そんな立派なお弁当が恥ずかしくて、中学生になってからは毎日の弁当を自分で作るようになったという。 青森県出身の阿部なをは津軽の郷土料理をもとに、チーズやバターをアレンジした当時としてはモダンな料理を発表していた。津軽の訛りそのままできょうの料理に出演した。夫は画家の阿部合成。
香瑠鼓(かおるこ、1957年4月23日 - )は、日本の振付… 香瑠鼓(かおるこ、1957年4月23日 - )は、日本の振付師。本名・五十嵐薫子(いがらし かおるこ。初期はこの名前で活動)。 東京都出身。立教女学院高等学校、早稲田大学社会科学部卒業。 初めて振付したのが石井明美の「CHA-CHA-CHA」(1986年)である。1980年代後半から1990年代前半に活躍した、BaBe(近藤智子・二階堂ゆかり)、Wink(鈴木早智子・相田翔子)、Mi-Ke(宇徳敬子他)のほか、SMAP香取慎吾のもうひとつの顔とされている「慎吾ママ」の振付で人気を集める。他に、2004年には北海道日本ハムファイターズの公式応援歌の振付、ポッキーCF(新垣結衣出演)の振付、「リサイクルマークがECOマーク。
坪田 直子(つぼた なおこ、1956年〈昭和31年〉1月22… 坪田 直子(つぼた なおこ、1956年〈昭和31年〉1月22日 - )は、日本の女優。東京都渋谷区出身。元劇団東京キッドブラザース。 立教女学院高等学校を経て、武蔵野音楽大学中退。東京キッドブラザースの舞台「十月は黄昏の国」のヒロイン募集の広告を見たのがきっかけで、1975年3月に東京キッドブラザースに入団し、東由多加や柴田恭兵らとともに活躍する。1975年6月、舞台「十月は黄昏の国」でデビュー。 1984年、脳梗塞のため休業、その後大澤事務所所属の声優としてテレビやラジオのCM、ドキュメンタリーのナレーション等多数。McDonald、1984年ロサンゼルスオリンピックから、リクルート、Maxell、午後の紅茶、花王のバブ、キユーピーマヨネーズ、東急グループ、ヱビスビール、キリンビバレッジ、ケンタッキークリスマスバーレル、Kubota、ロッテ等のCMナレーションを担当。
松任谷 由実(まつとうや ゆみ、1954年〈昭和29年〉1月… 松任谷 由実(まつとうや ゆみ、1954年〈昭和29年〉1月19日 - )は、日本のシンガーソングライター。本名同じ。所属レコード会社はユニバーサルミュージック(旧:EMIミュージック・ジャパン)。夫はアレンジャーの松任谷正隆で、自身の音楽プロデューサーも務める。 1972年に荒井 由実(あらい ゆみ)の名でEMIミュージック・ジャパンからシングル「返事はいらない」でデビュー。1976年の結婚を機に松任谷 由実へ改姓した。 愛称は「ユーミン (Yuming)」で、一部企画ではこの名義での活動もある。また他のアーティストへの作品提供の際には、グレタ・ガルボをもじったペンネームである呉田 軽穂(くれだ かるほ)を使用する場合もある。
道重 一郎(みちしげ いちろう、1953年- )は、日本の経… 道重 一郎(みちしげ いちろう、1953年- )は、日本の経済学者、東洋大学名誉教授。英国経済史。 山梨県生まれ。1976年立教大学経済学部卒、1985年同大学院経済学研究科博士課程後期満期退学。1988年「イギリスにおける国内市場の形成と商品流通 十七,八世紀における商品取引形態の変化を中心に」で経済学博士。立教女学院高等学校教諭、敬和学園大学助教授、1995年東洋大学経済学部助教授、1998年教授。2023年定年退職、名誉教授。
武田 花(たけだ はな、1951年10月31日 - 2024… 武田 花(たけだ はな、1951年10月31日 - 2024年4月30日)は、日本の写真家、エッセイスト。本名同じ。両親は作家の武田泰淳と随筆家の武田百合子。 東京都出身。主な被写体は、猫と時代から取り残されたような町並みで、写真はモノクロ写真である。 小学校から高校までは立教女学院に通う。立教女学院中学・高校時代は寄宿舎生活であった。父・泰淳は子供を書斎に入れなかったため、小学生の頃、父親の職業が分からず、友達から作家だと教えてもらった。高校卒業後、父にカメラ(ペンタックスSV)を買ってもらったことがきっかけで、写真学校に入学するが、すぐに退学した。翌年、東洋大学に進学する。アルバイト経験が豊富で、出版社や弁当屋、病院、鰻屋、喫茶店、水商売の勤務経験がある。
鮎川 いずみ(あゆかわ いずみ、1951年3月8日 - )は… 鮎川 いずみ(あゆかわ いずみ、1951年3月8日 - )は、日本の元女優、実業家。本名、玉尾 千枝(たまお ちえ)。旧姓:加藤。
市毛 良枝(いちげ よしえ、1950年〈昭和25年〉9月6日… 市毛 良枝(いちげ よしえ、1950年〈昭和25年〉9月6日 - )は、日本の女優、登山家、タレント。NPO法人日本トレッキング協会理事。 静岡県田方郡修善寺町(現:伊豆市)出身、アミューズ所属。以前は、ハーキュリーズに所属していた。 医師でクリスチャンの父のもと、伊豆修善寺町で誕生し、小学校まで暮らす。20歳離れた二人の兄がいる。 立教女学院では松任谷由実の実姉とクラスメートであった。松任谷も市毛と姉は仲良しだったと自身のインターネットラジオ『ウィークエンドスペシャル 松任谷由実はじめました』で語っていて、市毛も松任谷は立教女学院当時から校内で目立っていたとインタビューで話している。 立教女学院中学校・高等学校卒業後、文学座や劇団俳優小劇場の養成所に入り、女優人生をスタートさせる。
本間 千代子(ほんま ちよこ、1945年1月29日 - )は… 本間 千代子(ほんま ちよこ、1945年1月29日 - )は、日本の歌手・女優。本名同じ。長野県上伊那郡伊那町(現:伊那市)生まれ、生後8ヵ月から東京都杉並区高井戸育ち。身長162cm、体重45kg、B83cm、W53cm、H84cm(1964年4月)。夫は音楽プロデューサーのひのきしんじ。 父は日本銀行勤務で、二男二女の次女として、戦時疎開先の長野県上伊那郡伊那町(現:伊那市)で生まれる。本間家は佐渡本間氏の出で、現在の新潟県柏崎市で先祖代々地主を務めた。また、酒田本間氏とも同族の関係になる。終戦後の同年10月に東京都杉並区西荻窪に移り、近くの「かしの実幼稚園」に入る。そのころから歌に興味を持ち、NHK「うたのおばさん」として知られ、後に参議院議員を務めた安西愛子から童謡を習う。
宮崎 総子(みやざき ふさこ、本名:同じ、1944年〈昭和1… 宮崎 総子(みやざき ふさこ、本名:同じ、1944年〈昭和19年〉1月2日 - 2015年〈平成27年〉2月24日)は、日本のアナウンサー。愛称は「ミヤちゃん」、「フチャコ」。アナウンサーとしてのテレビ出演で知られるほか、「無名塾」のプロデューサーとして演劇製作に携わったこともある。身長150cm。 第二次世界大戦末期の1944年、裁判官だった父親の赴任先であった福岡県福岡市博多区で生まれ、間もなく母・姉とともに広島県呉市の伯父宅に疎開した。戦後、父親が弁護士に転身し、一家で東京に移った。 立教女学院高等学校から立教大学文学部英米文学科に入学、英語劇の女優として活躍し立教・慶應・早稲田・一橋の4大学英語劇コンテストでは主演演技賞を受賞したこともあってスチュワーデスにも憧れていたが、150cmで身長不足により断念。
中村 千恵子(なかむら ちえこ、1943年(昭和18年) -… 中村 千恵子(なかむら ちえこ、1943年(昭和18年) - )は、日本の実業家。日本初の西洋楽器店銀座十字屋代表取締役会長。娘は元フジテレビアナウンサーで現在、フリーアナウンサーの中村江里子。
堀 由紀子(ほり ゆきこ、1940年7月22日 - 2023… 堀 由紀子(ほり ゆきこ、1940年7月22日 - 2023年11月29日)は、日本の実業家。新江ノ島水族館名誉館長、世界淡水魚園水族館名誉館長、日本ユネスコ国内委員会委員。義父(夫の父)は堀久作。 1940年、藤井丙午の娘として生まれる。政治家・藤井孝男(丙午の三男)の姉。 1947年、立教女学院小学校へ入学。1959年、立教女学院高等学校卒業。1963年、立教大学社会学部卒業。大学ではモダンジャズソサイアティ同好会を作るとともに、立教大学英語会(ESS)で活動した。大学在学中の1962年に、日活の御曹司、堀雅彦と結婚する。 1974年、義父の堀久作(元日活社長)が残した株式会社江ノ島水族館の代表取締役社長に就任する。
東郷 たまみ(とうごう たまみ、1939年4月3日 - 20… 東郷 たまみ(とうごう たまみ、1939年4月3日 - 2016年5月)は、日本の洋画家、歌手。二科会絵画部会員。 1939年に画家・東郷青児の長女として生まれる。立教女学院に在学。 1956年には、画家として二科展に初入選する一方で、歌手としてもデビューを果たし、ソロでジャズを歌い、朝丘雪路、水谷良重とトリオ「七光り三人娘」を組んでステージに立つこともあった。1958年の第9回NHK紅白歌合戦では、水谷良重、沢たまきとのトリオで「アレキサンダーズ・ラグタイム・バンド」を歌っており、この時の音声が現存している。 1960年、勉学に専念するため、絵と歌を中断し、単身渡米しカリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)に留学する。
大原 祐子(おおはら ゆうこ、1937年〈昭和12年〉11月… 大原 祐子(おおはら ゆうこ、1937年〈昭和12年〉11月21日 - 2017年〈平成29年〉4月14日)は、日本の歴史学者。元東京大学教養学部助教授。専攻は、カナダ史。 東京都生まれ。父は元協和銀行常任監査役の大原申三(1908年〈明治41年〉1月17日 - 1967年〈昭和42年〉7月3日)。 立教女学院小学校および同中学校卒業を経て、1956年3月、立教女学院高等学校卒業。1960年3月、立教大学文学部史学科卒業。1963年3月、立教大学大学院文学研究科修士課程史学専攻修了(文学修士)。同年4月、世界経済調査会研究員(1971-72年の中断期間をはさんで1977年3月まで)。1973年5月、カナダ・ヴィクトリア大学大学院修士課程歴史学専攻修了(Master of Arts)。
弓 恵子(ゆみ けいこ、1936年10月22日 - 2024… 弓 恵子(ゆみ けいこ、1936年10月22日 - 2024年8月17日)は、日本の女優。本名:安藤 瑛子(あんどう えいこ)(旧姓:柴田)。東京府東京市(現:東京都世田谷区)出身。プロダクション・タンク所属。 父は、大映の名脇役・潮万太郎(2000年死別)。弟の柴田昌宏も元俳優、柴田侊彦も俳優。俳優の宮口二郎(1995年死別)の妻でもあった。 1955年、立教女学院高等学校在学中に光丘ひろみの芸名で東宝『赤いカンナの花咲けば』でデビュー。 1959年より、父の潮万太郎と同じく大映に所属。父親との縁から伊藤大輔監督に可愛がられ、弓恵子の芸名をつけてもらう。 1960年に出演した『東海道ちゃっきり娘』で人気を獲得し、以降も『磯しぶき源太』『この青年にご用心』などでコンスタントに活躍。
沢 阿由美(さわ あゆみ、1936年9月14日 - )は、日… 沢 阿由美(さわ あゆみ、1936年9月14日 - )は、日本の女優。東京都出身。本名は中村 泰子。別芸名に中村 恭子(なかむら きょうこ)。 立教女学院高等学校卒業。1955年に松竹演技研究所に入り、1960年2月に現代劇場に入団。1963年2月に劇団新劇場の所属となる。その後は松竹芸能、新国劇、劇団鮎、衣笠プロダクションなどに所属した。創成期のテレビドラマに数多く出演した。
野際 陽子(のぎわ ようこ、1936年〈昭和11年〉1月24… 野際 陽子(のぎわ ようこ、1936年〈昭和11年〉1月24日 - 2017年〈平成29年〉6月13日)は、日本の女優・アナウンサー・司会者・歌手・ナレーター・声優。特技は英語・フランス語。最後の所属事務所はラヴァンス。本名は同じ。 石川県河北郡津幡町で生まれ、富山県富山市で育ち、3歳から東京都杉並区天沼で育った。杉並区立杉並第五小学校、立教女学院中学校・高等学校、立教大学文学部英米文学科卒業。大学時代は初代ミス立教に選ばれ、ESSの英語劇セクションと劇団テアトルジュンヌに所属し、四大学英語劇大会など数々の作品に出演。大学時代の同期には俳優の高橋悦史、元プロ野球選手の杉浦忠や長嶋茂雄、アナウンサーの政田一喜や押阪忍がいる。
清水 礼子(しみず れいこ、禮子、1935年7月19日 - … 清水 礼子(しみず れいこ、禮子、1935年7月19日 - 2006年3月4日)は、日本の哲学者、哲学史研究者、青山学院大学文学部名誉教授。社会学者・評論活動で著名だった清水幾太郎の長女。子に、明治大学教授の清水真木。 1960年に東京大学文学部を卒業。1966年同大学院博士課程を単位取得満期退学。1977年「スピノザ研究」で東京大学より文学博士の学位を取得。女子栄養大学を経て、1970年に青山学院大学専任講師、助教授、教授を経て同大名誉教授。日本哲学会などの学会に所属した。墓所は八王子市高尾霊園。
楠 侑子(くすのき ゆうこ、1933年〈昭和8年〉1月1日 … 楠 侑子(くすのき ゆうこ、1933年〈昭和8年〉1月1日 - )は、日本の女優、声優。夫は劇作家の別役実(2020年死別)。本名は別役侑子(べつやく ゆうこ)。かたつむりの会所属。身長158cm、体重48kg(公称)。一人娘の怜は、イラストレーターのべつやくれいである。 東京都台東区出身。立教女学院高等学校卒業。俳優座養成所第3期生。劇団俳優座、劇団新人会、劇団俳優小劇場と渡り歩き、結婚・出産を機に家庭中心の生活に入った。その後、1978年にかたつむりの会を結成し、現在に至る。デビューは、1953年の映画『ひめゆりの塔』(東映)での端役出演。 長年にわたり、東京・渋谷の小劇場「ジァン・ジァン」にて、毎年6月(「かたつむり」の由来でもある)に男優一人を招いて別役作品を上演し続けていたが、ジァン・ジァンが閉鎖された後は、目立った活動をしていない。
岸田 衿子(きしだ えりこ、1929年〈昭和4年〉1月5日 … 岸田 衿子(きしだ えりこ、1929年〈昭和4年〉1月5日 - 2011年〈平成23年〉4月7日)は、日本の詩人・童話作家、翻訳家。詩誌『櫂』同人。 詩集に『忘れた秋』『らいおん物語』『ソナチネの木』などがある。1966年、絵本『かばくん』でドイツ児童図書賞、1974年、絵本『かえってきたきつね』で産経児童出版文化賞大賞を受賞した。 劇作家岸田国士の長女として東京府(現・東京都杉並区)に生まれる。妹は女優の岸田今日子。従弟に俳優の岸田森がいる。 立教女学院小学校、立教女学院女学校、東京芸術大学油絵科卒業。画家を志すも肺病を患い詩人になる。 1954年10月4日、北軽井沢大学村にて交友のあった谷川俊太郎と結婚。
額田 やえ子(ぬかだ やえこ 、1927年12月13日 - … 額田 やえ子(ぬかだ やえこ 、1927年12月13日 - 2002年4月9日)は、東京出身の英語翻訳家、吹き替え字幕翻訳家。映画翻訳家協会会員。 父は劇作家・小説家の額田六福。本名・渡辺弥栄子。夫は英米文学翻訳家・渡辺栄一郎。 東京府青山師範学校附属小学校(現・東京学芸大学附属世田谷小学校)から立教女学院をへて1944年日本女子大学国語学科に入学、母の同期生だった茅野雅子に学び、敗戦後1948年に卒業。アテネ・フランセで英語を学び、高等科を卒業、1952年、南部圭之助の秘書としてスタア社に入り、映画雑誌『スタア』の編集に4年間携わり、1956年からテレビ映画の吹き替えの翻訳を始める。 『刑事コロンボ』など、テレビドラマ等の吹き替え(アテレコ)の翻訳や、小説の翻訳などで知られている。
星 美智子(ほし みちこ、1927年1月20日 - )は、日… 星 美智子(ほし みちこ、1927年1月20日 - )は、日本の女優である。本名は庄野 礼子(しょうの れいこ)、旧芸名は星 美千子(読み同)。元子役である。 1927年(昭和2年)1月20日、東京府東京市(現在の東京都)に生まれる。 1935年(昭和10年)、8歳の時に、戦前の日活のスターだった叔母・星玲子のいる撮影所に遊びに行ったところ、親戚に当たるマキノ雅弘監督に「チビ、映画に出てみろ」と言われ、これをきっかけに映画『少年靴屋』で子役デビューする。しばらく子役として活躍した後、学業に専念し、立教高等女学校(現在の立教女学院中学校・高等学校)に入学した。 1945年(昭和20年)、東京女子医大か、日本女子大の英文科への入学を志し、両校を受験するが失敗する。
長谷川秋子(はせがわあきこ、1926年(大正15年)8月28… 長谷川秋子(はせがわあきこ、1926年(大正15年)8月28日 - 1973年(昭和48年)2月2日)は、日本の俳人。 東京生まれ。父は俳人の沢本知水。立教高等女学院に学ぶ。昭和21年、長谷川零余子、かな女の嗣子、フルート奏者の長谷川博と結婚。子は小説家の三田完。 昭和44年、長谷川かな女の逝去にともなって、「水明」を継承主宰。昭和45年、離婚。昭和48年、喘息の発作により46歳で急逝。 句集に『菊凪ぎ』(昭和42年)『鳩吹き』(46年)がある。『長谷川秋子全句集』(牧羊社 昭和51年)がある。「時に奔放な叙法を用いながら、情感や、憤りや、あこがれ、を伴って自己を強烈に焼きつけてゆく秋子俳句は、悲しみを突きぬけてゆく持前の強い野性味のなかから生れていった」(星野紗一)と評される。
大路 三千緒(おおじ みちお、本名:神山 美知子(かみやま … 大路 三千緒(おおじ みちお、本名:神山 美知子(かみやま みちこ)、1920年〈大正9年〉2月21日 - 2021年〈令和3年〉1月12日) は、日本の女優。元宝塚歌劇団花組・雪組組長で宝塚歌劇団卒業生。東京都出身。愛称は「ミッちゃん」(本名から)。 1937年、立教高等女学校を卒業。 卒業後、宝塚少女歌劇団に宝塚歌劇団27期生として入団(同期生は越路吹雪、乙羽信子、東郷晴子、月丘夢路など)。宝塚入団時の成績は93人中70位。 1939年、初舞台を踏む。宝塚時代は男役を多く演じているが、娘役(とりわけ中年女性役)も初舞台当時より演じることが多かった。 終戦を経て、宝塚再興後の1951年 - 1952年に花組組長、1961年 - 1975年に雪組組長を歴任。
水島 早苗(みずしま さなえ、1909年8月31日 - 19… 水島 早苗(みずしま さなえ、1909年8月31日 - 1978年2月25日)は、日本のジャズボーカリスト。鹿児島県出身。本名は永田喜子。立教高等女学校卒業。トニー相良名義でも活動していた。 日本のジャズ草創期を代表する女性ボーカリスト。また自らも歌手として活動する一方で、1957年には「水島早苗ボーカル研究所」を設立して後進の育成にも取り組み、弟子にはマーサ三宅、金子晴美、佐良直美、前野曜子、伊集加代らがいる。 死後の1985年には、ジャズ専門紙『ジャズワールド』が水島の功績を称える意味で「水島早苗ジャズヴォーカル賞」(現在の日本ジャズヴォーカル賞)を創立するなど、その功績は高く評価されている。
繪島 千歌子(えじま ちかこ、1903年2月8日 - 没年不… 繪島 千歌子(えじま ちかこ、1903年2月8日 - 没年不詳)は、日本の女優である。新漢字表記絵島 千歌子、本名・旧芸名東 八重子(あずま やえこ)。舞台協会在籍時、日活向島撮影所との提携で映画初出演を果たし、後年は東亜キネマ甲陽撮影所の看板女優として大正末期まで活動した。 1903年(明治36年)2月8日、東京府東京市深川区(現在の東京都江東区深川)に生まれる。『世界のキネマスター』(報知新聞社)によれば、本名は東 八枝(あずま やえ)であるという。 日本聖公会系の立教高等女学校(現在の立教女学院中学校・高等学校)を卒業する。満18歳のときに1921年(大正10年)、花柳章太郎が同年に設立した新派の劇団・新劇座に参加、翌1922年(大正11年)には、山田隆弥らの新劇の劇団・舞台協会に参加している。
菅 円吉(かん えんきち、1895年12月20日 - 197… 菅 円吉(かん えんきち、1895年12月20日 - 1972年9月23日)は、日本の神学者、教育者、翻訳家。 立教大学名誉教授、立教大学文学部長、立教学院理事、立教高等女学校(現・立教女学院中学校・高等学校)校長、立教女学院小学校校長、立教女学院院長・理事、世界キリスト教協議会理事長、日本聖公会司祭。 1895年、京都府で生まれた。父の菅寅吉は日本聖公会の聖職者で、岸和田聖保羅教会で牧師を務めた人物である。主教であるチャニング・ウィリアムズ(立教大学創設者)は、寅吉一家と一時期京都で生活を共にしたこともあり、その後も一家と深く親交した。寅吉の3人の子供たちは、洗礼名として長男の円吉から順にウィリアムズ、チャニング、ムーアとそれぞれウィリアムズの名前からとって名づけられ、ウィリアムズも子供たちを可愛がった。