スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
五十嵐 美樹(いがらし みき、1992年〈平成4年〉3月19… 五十嵐 美樹(いがらし みき、1992年〈平成4年〉3月19日 - )は、日本の研究者・大学教員・サイエンスエンターテイナーである。博士(学術)。東京都市大学 教育開発機構 准教授、NHK高校講座「化学基礎」レギュラー出演、スタディサプリ中学講座理科講師(物理学)。科学の面白さを伝える科学実験教室やサイエンスショーを開催する『科学のお姉さん』としても知られる。 幼少期に虹の実験を見て感動し、科学に興味を持つ。 三輪田学園中学校・高等学校を卒業後、上智大学理工学部機能創造理工学科(物理学専攻)に入学し、超伝導線について「臨界電流密度を上げるための層の重ね方」を日々YBCO薄膜を作成しながら研究した。
森田 真結子(もりた まゆこ、1992年1月5日 - )は、… 森田 真結子(もりた まゆこ、1992年1月5日 - )は、日本のプロダーツプレイヤー、タレント。 ニックネームは「まよんぬ」。血液型はB型。身長155cm。利き腕は右。利き目は左。イメージカラーは黄色。 女子ダーツトーナメント「FRESH!!」主宰。東京・阿佐ヶ谷「cafe&bar trico」の元オーナー。東京・中目黒「お粥処 uraura」の元経営者。6年間所属した芸能プロダクション「株式会社ワールドP.S.」から2020年3月31日をもって独立してフリーとなった。 趣味は旅行、温泉、ポーカー、F1観戦など。テキサス・ホールデムをプレイできるスマートフォンアプリ「エムホールデム」の公式ユーザーを務める。
青柳 菜摘(あおやぎ なつみ、Natsumi Aoyagi、… 青柳 菜摘(あおやぎ なつみ、Natsumi Aoyagi、1990年 - )は、 日本の現代美術のアーティスト、詩人。映像メディアを用いた同時代芸術のアーティストとして、フィールドワークやリサーチをもとに、プロジェクトベースに主題を立て作品を発表している。作者自身の経験を表現する方法論として、観察、記録、物語、詩文を手がかりにタイムベースト・メディアの可能性を探究している。 東京都出身、北区在住。 三輪田学園中学校・高等学校卒業。2014年東京藝術大学美術学部先端芸術表現科卒業、2016年東京藝術大学大学院映像研究科メディア映像専攻修了。プラクティショナーコレクティヴであり、書店兼プロジェクトスペースであるコ本や honkbooks主宰。
戸室 穂美(とむろ ほなみ、1989年2月8日 - )は、日… 戸室 穂美(とむろ ほなみ、1989年2月8日 - )は、日本のアナウンサー、キャスター。ジャパネットたかたのラジオショッピングMC。元ライムライト所属のフリーアナウンサー。 東京都出身。中学校・高等学校を中高一貫校の三輪田学園で過ごす。少女時代よりピアノを習っており、また三輪田学園の6年間は合唱部に在籍するなど音楽に親しんでいた。 東京女子大学現代文化学部入学後、2008年にはミス東京女子大学に選出され、更にミスキャンパスコンテストにも挑戦した経歴を持つ。ミスキャンパス時代には古谷有美(上智大学→TBSテレビアナウンサー)、久冨慶子(青山学院大学→テレビ朝日アナウンサー)らと共に『週刊ヤングジャンプ』(2009年4月30日号/No.20)の表紙及びグラビアに登場している。
瓶子 和美(へいし かずみ、 1968年9月18日 - )は… 瓶子 和美(へいし かずみ、 1968年9月18日 - )は、フリーアナウンサー。埼玉県春日部市出身。元中部日本放送(CBC)アナウンサー。阿隅 和美(あすみ かずみ)名義でも活動している。 三輪田学園中学校・高等学校、青山学院女子短期大学、青山学院大学経営学部卒業。オールウェーブ・アソシエツ所属。ファイナンシャルプランナー技能士1級
野田 仁実(のだ ひとみ、1963年6月7日 - )は、第9… 野田 仁実(のだ ひとみ、1963年6月7日 - )は、第95代内閣総理大臣である野田佳彦の妻。旧姓は柿添。 東京都江戸川区でガラス工場を営んでいた柿添淸治の長女として生まれた。三輪田学園中学校・高等学校を経て、東京音楽大学音楽学部に入学。大学では声楽を学び、音楽教育専攻に進んだ。その後、都内の企業で社長秘書などを務めた。 1988年(昭和63年)に当時千葉県議会議員であった野田佳彦と、ある後援者を通じて出会った。歌ってピアノを演奏する彼女の姿に一目惚れした野田から、六本木の高級飲食店に招かれるなど、熱心にアプローチを掛けられ、その後1992年(平成4年)に結婚。2男を儲け、長男は医師として活躍している。
やぎざわ 梨穂(やぎざわ りお、1961年1月8日 - )… やぎざわ 梨穂(やぎざわ りお、1961年1月8日 - )は、日本の漫画家。女性。東京都出身。三輪田学園高卒業。東京デザイナー学院でアニメーションを学ぶ。夫は漫画家の林晃。 「月刊OUT」へのイラスト投稿がきっかけで1981年にデビュー。初期はOUT別冊の「アニパロコミックス」でのパロディ漫画が主であった。90年代にかけて青磁ビブロスのBL漫画誌「パッツィ」や竹書房の「コミックガンマ」などでオリジナル作品を発表したが、2000年代以降は漫画家としての活動は停止している。
新橋 耐子(しんばし たいこ、1944年3月27日 - )は… 新橋 耐子(しんばし たいこ、1944年3月27日 - )は、日本の女優。本名も同じ。東京都千代田区出身。特技は三味線、琴。 三輪田学園高等学校卒業。俳優座養成所第14期生。 東京の花柳界育ちで、小さい時から三味線を習う。弟がいる。 1967年、文学座に所属し、宮本研作「夢・桃中軒牛右衛門」で曲師の役を演じる。主に舞台、テレビドラマなどで脇役で活躍する。
九條 今日子(くじょう きょうこ、1935年10月22日 -… 九條 今日子(くじょう きょうこ、1935年10月22日 - 2014年4月30日)は、日本の女優、演劇、映画プロデューサー。東京都麻布出身。女優時代の芸名は九条映子(九條映子)。本名:寺山 映子(てらやま えいこ)。1963年から1970年まで寺山修司と婚姻関係にあった。
音羽 美子(おとわ よしこ、1932年7月6日 - )は、日… 音羽 美子(おとわ よしこ、1932年7月6日 - )は、日本の女優、歌手。東京出身。本名:久米 和子、旧姓:小野田。 三輪田学園高等学校卒業。 高校卒業後、歌手を目指す。1953年「魚河岸の石松」でデビューする。挿入歌の「花の命は短いものよ」を歌う。1955年から楠トシエ、桜京美と三人でNHK「お笑い三人組」に出演し人気が出る。 他に映画出演「坊ちゃん天国」「落語天国紳士録」、兄が監督した「俺は都会の山男」「お笑い三人組・泣き虫弱虫かんの虫」「お笑い三人組・怪しい奴にご用心」などに出演した。 現在は芸能界から引退した様子である。
小尾 芙佐(おび ふさ、1932年3月24日 - )は、日本… 小尾 芙佐(おび ふさ、1932年3月24日 - )は、日本の翻訳家。婚姻前の姓は神谷(かみや)。 東京府豊多摩郡淀橋町大字柏木(現在の東京都新宿区西新宿)に生まれ、東京市淀橋第一尋常高等小学校、三輪田高等女学校で学んだ。戦時中は長野県上伊那郡高遠町に疎開し、長野県伊那高等女学校(その後、長野県伊那弥生ヶ丘高等学校に校名変更)へ転学した。大学受験に向けて、1950年高3の夏休みには東京にある父親の仮住まいに移り、千駄ヶ谷の津田英語会(現在は津田塾大学千駄ヶ谷キャンパスとなった)が主催する夏期講習に通った。講習が終わった後は国立国会図書館で猛勉強に励み、津田塾大学英文学科に合格を果たした。大学入学後は学生寮に入った。
青木 玉(あおき たま、1929年11月30日 - )は、日… 青木 玉(あおき たま、1929年11月30日 - )は、日本の随筆家である。幸田露伴の孫、幸田文の一人娘。 東京出身。東京女子大学国語科卒業。1994年「小石川の家」で芸術選奨文部大臣賞受賞。 娘の青木奈緒もエッセイスト。 1929年11月30日、父三橋幾之助、母幸田文の一人娘として、東京市芝区伊皿子(現東京都港区)に生まれる。生後八ヶ月で腸重積で手術を受けるなど、幼少の頃は病気がちであった。 1936年、永田町小学校(現麹町小学校)入学。この年、築地で会員制小売り酒屋を開店。三橋本店が倒産。 1937年、京橋に引っ越して小売り酒屋を開く。このとき既に幾之助は結核にかかっており、実際には文が店を切り回していた。
平岡 美津子(ひらおか みつこ、1928年(昭和3年)2月2… 平岡 美津子(ひらおか みつこ、1928年(昭和3年)2月23日 - 1945年(昭和20年)10月23日)は、三島由紀夫の妹。17歳で病死し、その死の痛手が青年時代の三島由紀夫の執筆活動に特に大きな影響を与えた。三島の小説や戯曲には、妹をモデル、または投影させた作品が少なからず散見される。 1928年(昭和3年)2月23日、東京市四谷区永住町2番地(現・東京都新宿区四谷4丁目22番)に、父・平岡梓(農商務官僚)と母・倭文重(漢学者・橋健三の次女)との間に長女として誕生。3歳上に、1925年(大正14年)1月14日生まれの兄・公威(のちの三島由紀夫)がいた。1930年(昭和5年)1月19日に弟・千之が生まれる。
春日 真木子(かすが まきこ、1926年2月26日 - )は… 春日 真木子(かすが まきこ、1926年2月26日 - )は、日本の歌人。歌誌『水甕』代表。尾上柴舟系の歌誌の親睦団体「柴舟会」会長。父は岩谷莫哀門下の歌人・松田常憲。娘の春日いづみも歌人。宗教はキリスト教。 鹿児島県鹿児島市薬師町生まれ。本姓・松田。1歳から12歳まで愛知県名古屋市で育つ。三輪田高等女学校(のちの三輪田学園中学校・高等学校)から千代田女子専門学校(のちの武蔵野大学)に入学するも、1年修了後に太平洋戦争による空襲激化のために中退。三井鉱山の人事部に勤務する。1945年6月、疎開のため退社。 1946年10月に20歳で結婚。1949年に長女いづみが生まれるも、1954年に夫と死別。
一の宮 あつ子(いちのみや あつこ、1913年12月29日 … 一の宮 あつ子(いちのみや あつこ、1913年12月29日 - 1991年2月16日)は、日本の女優。本名は吉田 あつ。旧芸名に一の宮 敦子。 1913年(大正2年)12月29日(月曜日)、東京府東京市神田区旅籠町(現在の東京都千代田区外神田)に、父・勇と母・たまの2人姉妹の妹として生まれる。生家は江戸時代から太々餅を製造販売していた甘味商だった。 幼時に本郷区湯島に移り、誠之小学校から三輪田高等女学校(現在の三輪田学園高等学校)へ進み、1930年(昭和5年)に卒業。小学校時代から陸上競技をはじめ、女学校時代には人見絹枝や加賀一郎のコーチを受け、全国大会にも出場した。 1932年(昭和7年)、鈴木傳明らの不二映画社の映画に、加賀一郎の弟が同社の経理・宣伝を担当していた縁で吹き替え走者で出演し、これをきっかけに不二映画社へ女優として入社する。
金原 まさ子(きんばら まさこ、1911年2月4日 - 20… 金原 まさ子(きんばら まさこ、1911年2月4日 - 2017年6月27日)は、俳人。東京生まれ。本名:金原 マサ。 父は三和信託に勤めるサラリーマンで家庭は裕福であった。少女時代は友達を作らず『新青年』『苦楽』『譚海』といった文芸雑誌を購読し、夢野久作や初期の江戸川乱歩、龍膽寺雄、川端康成の「片腕」などの作品を好んで読んでいた。三輪田高等女学校を卒業後、飯田橋の料理学校に入り、ここで知り合った友人を介してダンスの世界に触れる。その後結婚し、以降はほぼ専業主婦として生活。戦時下では育児日記を書き綴りNHK『新・ドキュメント太平洋戦争』シリーズで取り上げられた。戦後は49歳で俳句をはじめる。1970年、桂信子主催の『草苑』創刊同人、1973年、草苑しろがね賞を受賞、1979年、草苑賞を受賞。
麻田 満洲野(あさだ ますの、1910年11月5日 - 没年… 麻田 満洲野(あさだ ますの、1910年11月5日 - 没年不明)は、東京都出身(北海道生まれ)の日本舞踊家、著述家。藤蔭流の名取で、芸名は藤蔭 満洲野(ふじかげ ますの)。 1910年(明治43年)、駒井徳三の次女として北海道に出生。三輪田高等女学校を経て、明治大学女子部法科を卒業。幼少時より舞踊に馴染み、初期は西洋舞踊を学んだが、途中より日本舞踊に傾倒し、舞踊界で重きをなした。また、舞踊関連などの著書を残している。
平岡 倭文重(ひらおか しずえ、1905年(明治38年)2月… 平岡 倭文重(ひらおか しずえ、1905年(明治38年)2月18日 - 1987年(昭和62年)10月21日)は、作家・三島由紀夫(本名:平岡公威)の母。漢学者・橋健三の次女。加賀藩の漢学者・橋健堂の孫。少年時代の三島由紀夫の文学的才能を発見し、その成長を励ました。 1905年(明治38年)2月18日(土曜日)、倭文重は東京の小石川区指ヶ谷町92番地(現・東京都文京区白山)で、父・橋健三と母・トミの間に次女として生まれた。橋家は、代々金沢藩主・前田家に仕えていた儒者の家系であった。父・橋健三は漢学者で、東京開成中学校の5代目校長を務めた。倭文重の上には、健行、雪子、正男、健男、行蔵、の兄と姉、下には、妹・重子がいる。
北川 千代(きたがわ ちよ、1894年6月14日 - 196… 北川 千代(きたがわ ちよ、1894年6月14日 - 1965年10月14日)は、日本の児童文学作家。筆名に松平鏡子、松平千代子、江口千代、大久保千代子、露おく籬、露子、露香。 没後、日本児童文学者協会により「北川千代賞」が創設された。同賞は1969年から1982年まで存続した。 1894年(明治27年)6月14日、埼玉県榛沢郡大寄村(現・深谷市上敷免)生まれ。父親の俊は日本煉瓦製造株式会社の上敷免工場長だった。 三輪田高等女学校在学中より『少女世界』『少女の友』に投稿をはじめる。1911年(明治44年)、病気で中退するが『女学世界』より原稿を依頼され、「街はずれの記」で原稿料50円を得る。 1915年(大正4年)11月に両親の反対を押し切り、東京帝国大学在学中の小説家江口渙と結婚。
島崎 こま子(しまざき こまこ、1893年11月7日 - 1… 島崎 こま子(しまざき こまこ、1893年11月7日 - 1979年6月29日)は、島崎藤村の次兄広助の次女。藤村の小説『新生』の「節子」のモデル。結婚後の氏名は長谷川こま子。 長野県吾妻村の高等小学校4年後上京。三輪田高等女学校の3年に編入、根岸の親類(藤村の長兄の家族)の家から通っていた。卒業後に妻を亡くした藤村の家に住み込んだ。最初は姉ひさと一緒だったが、姉は結婚して家を出た。 19歳の1912年半ば、藤村と関係を結び、藤村との子を妊娠する。 藤村は1913年4月にパリに留学。同年8月に藤村との子を出産するも養子に出された。この養子は10歳時に1923年の関東大震災で行方不明となる。 藤村は1916年に帰国し、関係が再燃。
獅子 文六(しし ぶんろく、1893年7月1日 - 1969… 獅子 文六(しし ぶんろく、1893年7月1日 - 1969年12月13日)は、日本の小説家、演出家。本名:岩田 豊雄(いわた とよお)。演劇の分野では本名で活動し、久保田万太郎、岸田国士らと文学座を創立して顧問となった。小説家としては、『悦ちゃん』などのユーモアに富む健全な家庭小説を書いて流行作家となり、戦中は本名で『海軍』を発表。戦後も『てんやわんや』『自由学校』『娘と私』『大番』などで人気を博した。日本芸術院会員、文化功労者、文化勲章受章者。号は牡丹亭。愛媛県宇和島市津島町に句碑がある。 母方の祖父は実業家(花火師)の平山甚太。弟の岩田彦二郎は札幌グランドホテル社長。 日清戦争開戦の前年、1893年に、横浜市中区月岡町9番地(現:横浜市西区老松町の迎賓館付近)に誕生。
川島 つゆ(かわしま つゆ、1892年1月10日 - 197… 川島 つゆ(かわしま つゆ、1892年1月10日 - 1972年7月24日)は、国文学者、俳人。 埼玉県出身。本名は以志。俳号は露石。三輪田高等女学校(現・三輪田学園中学校・高等学校)卒。沼波瓊音に俳句を学ぶ。別府大学教授、梅花女子大学教授。一茶、芭蕉、女流俳人などを研究。
中村 初恵(なかむら はつえ、8月18日 -)は、日本のソプ… 中村 初恵(なかむら はつえ、8月18日 -)は、日本のソプラノ歌手・ソーシャルアーティストである。声質はリリコ・コロラトゥーラ。東京室内歌劇場会員。東京都生まれ、埼玉県出身。 4歳よりスズキ・メソードでピアノを習いはじめる。音楽に親しみながらも、陸上などのスポーツ、バトンなど活発な少女時代を送る。中学より私立三輪田学園中学校・高等学校に入学。同高等学校を卒業。学園時代には、開成中学校・高等学校との合同混声合唱など、音楽活動が盛んな合唱部において、中高共に部長を務める。 東京音楽大学声楽科を経て、(財)財団法人日本オペラ振興会オペラ歌手育成部マスターコースを修了。2002年にモーツァルト「レクイエム」ソプラノソロでソリストデビュー(彩の国さいたま芸術劇場音楽ホール)。