有馬 和歌子(ありま わかこ、1998年〈平成10年〉9月3… 有馬 和歌子(ありま わかこ、1998年〈平成10年〉9月30日 - )は、日本の日本舞踊家、伝統芸能にまつわるプロデューサー。日本舞踊坂東流師範としての名は坂東寛十胤(ばんどう かんとみ)。 日本舞踊家坂東寛二郎の長女。日本舞踊教室「子供舞踊塾」代表。学習院大学卒業。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、俳優(男優・女優)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:映画/PJ芸能人)。
藤間 爽子(ふじま さわこ、1994年(平成6年)8月3日 … 藤間 爽子(ふじま さわこ、1994年(平成6年)8月3日 - )は、日本の女優、日本舞踊家。三代目 藤間紫(さんだいめ ふじま むらさき)として日本舞踊紫派藤間流の家元も務める。 東京都出身。青山学院大学文学部比較芸術学科卒業。阿佐ヶ谷スパイダース所属。所属事務所はレプロエンタテインメント。祖母は日本舞踊家で女優の藤間紫(初代)。 祖母は日本舞踊の紫派藤間流・初世家元藤間紫。祖父は藤間流宗家の舞踊家で人間国宝の二世 藤間勘祖(六世 藤間勘十郎)。父は元俳優の藤間文彦。母は元女優の島村佳江。兄は元ジャニーズJr.で日本舞踊家の紫派藤間流師範、初世藤間翔(藤間貴彦)。 幼少より祖母・初世家元藤間紫に師事。
五代目 花柳 壽輔 (はなやぎ じゅすけ、1992年10月3… 五代目 花柳 壽輔 (はなやぎ じゅすけ、1992年10月3日 - )は、東京都出身の日本舞踊家。日本舞踊花柳流五世宗家家元。本名は花柳創右(はなやぎ そうすけ)。四代目花柳壽輔の妹の孫にあたり、父が四代壽輔と養子縁組したことに伴って、四代壽輔とは祖父と孫の関係になる。 2歳から日本舞踊を始め、2007年に14歳で花柳流で最も歴史のある流祖の名跡花柳芳次郎を祖父から継ぎ、六代目芳次郎を歌舞伎座で襲名した。 早稲田大学人間科学部在学中は東日本大震災などの復興支援活動に取り組み、被災地で復興祈願公演なども行った。 大学主催の舞踊公演にも出演し、2015年には早稲田大学が主催したカザフスタンのバレエ学校公演において、日本側の代表として歓迎の踊りを見せた。
五月 千和加(さつき せんわか、1992年1月30日 - )… 五月 千和加(さつき せんわか、1992年1月30日 - )は、日本の日本舞踊家。日本舞踊の五月流三代目家元。愛称:ギャル家元。 1992年1月30日、東京都に長女として生まれる。祖母が坂東流から暖簾分けをし五月流を創流。母は二代目五月千介。2歳上に兄がいる。父は歌舞伎・日本舞踊を専門とした舞台大道具・小道具の会社を経営している。 2歳の時、東京・国立大劇場にて五月 光(さつき ひかる)として初舞台。金太郎・チューリップを披露。 生まれた時から日本舞踊の稽古をしており、当時の師匠であった五月千王の自宅近くの聖学院幼稚園・小学校へ通う。下校後は毎日祖母の家へ行き稽古をしていた。 9歳の時、東京・歌舞伎座にて五月流三代目を襲名した。
藤間 直三(ふじま なおぞう、1992年1月16日 - )は… 藤間 直三(ふじま なおぞう、1992年1月16日 - )は、日本舞踊家。藤間流勘右衞門派師範。「藤弥会」、(公社)日本舞踊協会所属。東京藝術大学音楽学部邦楽科日本舞踊専攻卒業。藤間流「黎明の会」同人、「藝○座」所属、「蒼天」同人。 幼い頃より日本舞踊家である母・藤間千代三のもとで日本舞踊に親しみ、1998年より故・藤間秀三に師事。2014年からは藤間秀之助に師事。 2000年11月、極真会館総本部道場入門。 2002年、第9回日本舞踊サンリオジュニアコンテスト全国大会グランプリを受賞。 2012年、第69回東京新聞主催全国舞踊コンクール邦舞第一部で第1位および文部科学大臣賞を受賞。 日本舞踊のみならず空手でも2012年、第29回全日本ウェイト制軽量級準優勝、2013年には第5回世界ウェイト制軽量級4位に輝く。
藤川 澄十郎(ふじかわ すみじゅうろう、1986年10月16… 藤川 澄十郎(ふじかわ すみじゅうろう、1986年10月16日 - )は、東京都荒川区出身の日本舞踊家。藤川流家元。2002年に15歳で父で初代澄十郎(現宗家、藤川爵応)の跡を継いで二代目藤川澄十郎を襲名し同時に藤川流家元の座についた。琴の師匠、原田東龍に師事し、2014年に名取を襲名した。琴の藝号(げいごう)は渡辺 東蓮(わたなべ とうれん)。 2歳から日本舞踊を始め、満3歳の時初舞台を踏む。古典舞踊を重んじながら、芝居、歌、琴、小鼓、太鼓、三味線などを習得し、定評ある確かな古典の実力と、華のある表現で、エンターテイメントとして楽しめる舞台を創り続けている。 2006年、荒川区功労者活動賞受賞。
仙田 賢太郎(せんだ けんすけ、旧芸名・仙田賢太郎(せんだ … 仙田 賢太郎(せんだ けんすけ、旧芸名・仙田賢太郎(せんだ けんたろう) 本名・宮田 大輝(みやた ひろき)。1984年9月17日 - )は、鹿児島県鹿児島市出身の日本の日本舞踊家。 仙田 賢太郎(せんだ けんすけ、旧芸名・仙田賢太郎(せんだ けんたろう) 本名・宮田 大輝(みやた ひろき)。1984年9月17日 - )は、鹿児島県鹿児島市出身の日本の日本舞踊家。
花柳廸彦太(はなやぎ みちひこた、1977年12月15日 -… 花柳廸彦太(はなやぎ みちひこた、1977年12月15日 - )は、日本舞踊家。身長168cm、体重50kg。血液型A型。
寿柳 貴彦(としやぎ たかひこ、1975年9月18日 - )… 寿柳 貴彦(としやぎ たかひこ、1975年9月18日 - )は、日本舞踊家。本名、青山 貴彦(あおやま たかひこ)、旧芸名は花柳貴彦。俳優の青山良彦(花柳嶽)を父に持ち、二代目花柳壽楽は祖父にあたる。二代目壽楽の姉は花柳流の家元だった二代目花柳壽輔の妻であり、貴彦は二代目壽輔の大甥にあたる。三代目壽輔から後継者として指名されたと主張しており、三代目壽輔没後にその後見人の五代目花柳芳次郎が四代目花柳壽輔となって家元を継いだことをめぐり、四代壽輔側と対立していた。 花柳流騒動後、新たに「寿柳流」(としやぎりゅう)を創流し、寿柳貴彦として初代家元となる。 1975年、東京都に生まれる。祖父、壽楽の指導を受け5歳で初舞台を踏み、1991年、16歳の時に「花柳貴彦」の名前を許される。
尾上 紫(おのえ ゆかり、1974年8月30日 - )は、日… 尾上 紫(おのえ ゆかり、1974年8月30日 - )は、日本の日本舞踊家、女優。本名、羽鳥 友加里。 東京都出身。青山学院大学卒業。アルファエージェンシー所属。日本舞踊尾上流名取師範。父は日本舞踊家・尾上墨雪(二代目尾上菊之丞)、弟は三代目尾上菊之丞。夫は日本舞踊家の西川扇左衛門。 日本舞踊尾上流三代家元の尾上墨雪と元宝塚歌劇団娘役の母の間に長女として誕生。東京・銀座にて育ち、幼稚園から大学まで青山学院にて学ぶ。 二代目尾上菊之丞および六世藤間勘十郎に師事。3歳のときに新橋演舞場にて初舞台に立ち、幼少期は十八代目中村勘三郎(当時、五代目中村勘九郎)の『鏡獅子』で胡蝶役を演じるなど歌舞伎興行等に出演する。
花柳 典幸(はなやぎ のりゆき、1969年(昭和44年)8月… 花柳 典幸(はなやぎ のりゆき、1969年(昭和44年)8月16日 - )は、花柳流の日本舞踊家。様々な舞台で踊る一方、商業演劇、テレビなどの振付、所作指導などを手掛けている。本名は青山典靖。 二代目花柳錦之輔の次男。兄は三代目花柳壽楽。祖父は人間国宝の二代目花柳壽楽、親類には花柳流三世宗家家元三代目花柳壽輔、十五代目片岡仁左衛門などがいる。 オフィス天童に所属。玉川大学文学部芸術学科演劇専攻卒。 妻は元宝塚歌劇団月組娘役の西條三恵。 この項目は、俳優(男優・女優)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:映画/PJ芸能人)。
3代目花柳 寿楽(3だいめ はなやぎ じゅらく、1967年(… 3代目花柳 寿楽(3だいめ はなやぎ じゅらく、1967年(昭和42年)3月12日 - )は、花柳流の日本舞踊家・俳優。本名は青山典裕。旧芸名:青山裕一、花柳典裕。 学習院大学経済学部卒。蜷川幸雄と知り合ったのをきっかけに、『にごり江』を皮切りに俳優活動を開始。1990年に3代目花柳錦之輔を襲名の後、2009年、3代目花柳寿楽を襲名。2012年、第1回花柳寿楽舞踊會において 三代目花柳寿輔の代表作である『夢殿』を、本来の形である二代家元の振付で復活させ、その成果により芸術選奨文部科学大臣賞舞踊部門受賞。2024年、紫綬褒章受章。 二代目花柳錦之輔の子。祖父は2代目花柳壽楽、弟は花柳典幸、叔父は俳優の青山良彦。
飛鳥 峯英(あすか みねひで、1966年3月28日- )は、… 飛鳥 峯英(あすか みねひで、1966年3月28日- )は、日本の和太鼓奏者、日本舞踊家、演出家。和太鼓と日本舞踊を融合させた舞台表現を特徴とし、作曲・演出・指導を含む活動を行っている。和太鼓チーム「倭太鼓飛龍」を主宰し、国内外で公演活動を展開している。 日本舞踊飛鳥流名取「飛鳥峯英」の名で古典芸能を継承。独自の創作舞踊・創作和太鼓による表現法で、日本舞踊家・和太鼓奏者として活躍。 大阪府柏原市生まれ。若年期に日本舞踊と出会い、以降古典芸能の道に進む。日本舞踊飛鳥流宗家の「飛鳥 峯王」に師事し、名取を取得。1998年に「倭太鼓飛龍」を結成し、主宰を務める。現在は、大阪市を拠点に活動を展開し、伝統的な様式を基盤としながら新たな舞台表現の創作に取り組んでいる。
藤間 章宝(ふじま しょうほう、1962年 - )は、東京九… 藤間 章宝(ふじま しょうほう、1962年 - )は、東京九段生まれの日本舞踊家。藤間章宝日本舞踊研究所主催。日本舞踊協会の公演、藤間流の公演、藤間仁章主催の舞踊公演、国立劇場などでの舞台を踏みながら現在東京を中心に活動を行なっている。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
西崎 緑(にしざき みどり、1960年4月9日 - )は東京… 西崎 緑(にしざき みどり、1960年4月9日 - )は東京都中央区出身の女性歌手、女優、日本舞踊家。旧芸名は西崎 みどり。本名は松井緑(旧姓:深見)。愛称はみいこ、みっこ。株式会社オフィス・パンジー所属。レコード会社はテイチクエンタテインメント。
十一世 西川 扇藏(にしかわ せんぞう、1960年2月1日 … 十一世 西川 扇藏(にしかわ せんぞう、1960年2月1日 - )は、日本舞踊家。西川流宗家。本名、西川均。東京都港区出身。父は、西川流十世宗家西川扇藏。 1960年2月1日、日本舞踊西川流十世西川扇藏の長男として東京都港区六本木に生まれる。3歳で「かつを売り」で初舞台(東横ホール)。東洋英和幼稚園、港区立麻布小学校、港区立三河台中学校、早稲田大学高等学院を経て1984年早稲田大学第一文学部演劇専修を卒業。 1987年から1989年までロンドンSOASにて語学研修、LABAN CENTERにてモダンダンス、舞踊理論など学ぶ。1993年歌舞伎座に於ける西川会で五代目 西川箕乃助を襲名。最も古い流派の一つである西川流の後継者として西川流に伝わる古典作品の継承と父である十世西川扇藏振付作品を上演している。
坂元 亮介(さかもと りょうすけ、1959年8月20日 … 坂元 亮介(さかもと りょうすけ、1959年8月20日 - )は、日本の俳優、歌手、日本舞踊家。本名および旧芸名は阪本 良介(芸名と読みは同じ)。2010年に坂元 亮介と改名。 神奈川県逗子市出身。法政大学文学部英文科卒業。サヴァーグループに所属していた。 実家は印刷業。自宅の近所に日本舞踊の家元が住んでいたことから、日本舞踊へ興味を持つ。5歳のころから本格的に日本舞踊と三味線を習い始め、14歳で名取・17歳で当時最年少での若柳流の師範名取になる。そのことがきっかけで芸能界にスカウトされ、家族には芸能界入りを反対されるが、家元から「若いうちは何でもやりなさい」との助言を貰い、演劇集団 円演劇研究所にて1年間特別聴講生として演技を学び、1978年にTBSのテレビドラマ『明日の刑事』でデビュー。
二代目吾妻 徳穂(あづま とくほ、1957年11月7日 - … 二代目吾妻 徳穂(あづま とくほ、1957年11月7日 - )は日本舞踊家、吾妻流六代目家元・三世宗家。本名は林 英津子(はやし えつこ)。祖母は吾妻流宗家・四代目家元の初代吾妻徳穂。 東京都出身。3歳の時新橋演舞場で初舞台を踏み、1969年1月、11歳で吾妻徳彌を襲名。玉川学園高等部を卒業後、1978年、20歳で六代目吾妻流家元に就任した。 1988年に歌舞伎俳優の中村智太郎(現在の四代目中村鴈治郎)と結婚。1990年に長男壱太郎をもうける。 2014年9月、二代目吾妻徳穂を襲名し、三世宗家に就任。長男・壱太郎は七代目家元・吾妻徳陽となった。
林 千永(はやし ちえ、1953年(昭和28年)11月20日… 林 千永(はやし ちえ、1953年(昭和28年)11月20日 - )は、東京都豊島区出身の日本舞踊家、振り付け師。父は名画座池袋文芸坐の前経営者三浦大四郎、祖父は昭和初期の山窩小説家・三角寛。甥は歌舞伎役者の二代目市川青虎。 3歳で林流二世家元・林一枝に入門。東京芸術大学音楽学部邦楽科三味線専攻卒業。古典の舞台を踏む一方、創作、オペラなども手掛け、ライブ「林千枝の踊りカタログ」、イベント・演劇への出演、構成・振付も多数行い国際的に評価を得ている。国際交流基金アジア公演、中東公演、等の海外公演に参加。現在はNPO法人 和のメソッドの代表も勤める。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
西川 鯉之亟(にしかわ・こいのじょう、1951年(昭和26年… 西川 鯉之亟(にしかわ・こいのじょう、1951年(昭和26年)7月27日 - )は、名古屋西川流の日本舞踊家、俳優。 1951年7月27日、愛知県名古屋市生まれ。本名は片山豊。成城大学文芸学部文化史学科卒業。名古屋西川流舞踊家の両親の元、1953年、2歳の時に「名古屋をどり」で初舞台を踏む。 また、子役として本名の片山豊名義で1963年、「鞍馬天狗」(TBSテレビ)でデビューし、舞踊家として西川鯉之亟の名取りになってからも俳優としての作品に出演した。 両親が立ち上げた名古屋西川流鯉水会を継承し、芸術祭への参加や舞台作品の舞踊振付・指導なども行っている。
市川 壽紅(いちかわ じゅこう、本名:堀越 治代、ほりこし … 市川 壽紅(いちかわ じゅこう、本名:堀越 治代、ほりこし はるよ、1949年 - )は、日本の日本舞踊家、振付師。日本舞踊市川流の総代。十一代目市川團十郎の長女。十二代目市川團十郎の妹。東京都出身。女子美術大学付属高校卒業。日本舞踊協会会員。
二代目 松本 白鸚(にだいめ まつもと はくおう、1942年… 二代目 松本 白鸚(にだいめ まつもと はくおう、1942年〈昭和17年〉8月19日 - )は、日本の歌舞伎役者、日本舞踊家、俳優。屋号は高麗屋。定紋は四つ花菱、替紋は浮線蝶。歌舞伎名跡「松本白鸚」の当代。前名の九代目 松本 幸四郎(くだいめ まつもと こうしろう)としても知られる。俳名に錦升(きんしょう)がある。また舞台演出家としては九代 琴松(くだい きんしょう)の名を用いることがある。東京都出身。暁星中学校・高等学校卒業、早稲田大学第一文学部文学科演劇専修中退。本名は藤間 昭曉(ふじま てるあき)。 日本芸術院会員、文化功労者、文化勲章受賞者。 身長175cm、体重78kg、血液型B型。 歌舞伎では、お家の高麗屋の芸を継承するだけでなく、外祖父の播磨屋の重厚な演目も受け継いでおり、『勧進帳』の武蔵坊弁慶役は1200回という現役最多の出演記録を誇り、時代物の主人公役は高く評価される。
2代目 花柳 錦之輔(はなやぎ きんのすけ、1941年(昭和… 2代目 花柳 錦之輔(はなやぎ きんのすけ、1941年(昭和16年)10月18日 - 1988年(昭和63年)11月21日)は、花柳流の日本舞踊家。本名は青山 克己。学習院大学経済学部卒業。父が初代錦之輔(2代目壽楽)。 4歳で父の元に入門。1965年に2代目錦之輔を襲名した。 実の子が3代目錦之輔。 この項目は、俳優(男優・女優)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:映画/PJ芸能人)。
四代目 花柳 壽輔(よんだいめ はなやぎ じゅすけ、1931… 四代目 花柳 壽輔(よんだいめ はなやぎ じゅすけ、1931年(昭和6年)3月22日 - 2020年(令和2年)9月26日)は、日本舞踊家。本名は花柳寛(はなやぎ・ひろし)。位階は従四位。 2016年6月に宗家家元の座と「壽輔」の名跡を六代目花柳芳次郎(現五代目花柳壽輔)に譲り、自らは二代目花柳 壽應(はなやぎ じゅおう)を襲名した。 1958年(昭和33年)の文部省芸術祭奨励賞、1985年(昭和60年)の国際エミー賞優秀賞、1989年(平成元年)のイタリア賞、1999年(平成11年)の舞踊芸術賞、2001年(平成13年)の日本芸術院賞、2011年(平成23年)日本芸術院会員、2012年(平成24年)NHK放送文化賞などの受賞歴がある。
西形 節子(にしかた せつこ、1929年 - 2025年6月… 西形 節子(にしかた せつこ、1929年 - 2025年6月27日)は、日本舞踊家、舞踊研究家。 東京に生まれる。18歳の時、初代藤間勘斎(七代目松本幸四郎)から名取りを許されて、藤間すみれを名乗る。その後早稲田大学文学部演劇学科、同大学院文学研究科修士課程で河竹繁俊に演劇を学ぶ。お茶の水女子大学・共立女子大学などで近世文学(歌舞伎・日本舞踊)の講座を持つかたわら、日本舞踊の師匠として後進の育成に当たる。のち集団日本舞踊21を主催し、全国各地で公演を行なう。またイヤホンガイドも務める。 2025年6月27日死去。96歳没。
十代目 岩井 半四郎(いわい はんしろう、1927年〈昭和2… 十代目 岩井 半四郎(いわい はんしろう、1927年〈昭和2年〉8月8日 - 2011年〈平成23年〉12月25日)は、俳優、歌舞伎役者、日本舞踊家。屋号は大和屋。定紋は丸に三ツ扇、替紋は杜若丁字。俳名に杜若・紫若・扇蝶。本名は仁科 周芳(にしな ただよし)。所属事務所はミナァバ。明治大学文芸科卒業。 舞踊家花柳壽太郎の長男として東京に生まれる。1935年有楽座の『侠艶録』で仁科周芳で初舞台。1939年2月、二代目市川猿之助の門人となり二代目市川笑猿を襲名。同年5月有楽座『隅田川続俤』「法界坊」で里の子喜三松。1951年10月歌舞伎座『源氏物語』の若き光の君と『寿曽我対面』の化粧坂少将で十代目岩井半四郎を襲名。
花柳 寿南海 (はなやぎ としなみ、1924年9月14日 -… 花柳 寿南海 (はなやぎ としなみ、1924年9月14日 - 2018年9月11日)は、東京都生まれの日本舞踊家。位階は従四位。 本名は柴崎照子(しばざき てるこ)(旧姓・福井)。文化功労者。 1924年、東京都出身。横浜第一高等女学校卒業。3歳から日本舞踊を習い始め1932年に花柳寿京、花柳寿陽に師事し、1942年に花柳寿南海を名乗る。1946年に花柳寿輔の内弟子となる。1967年に「花柳寿南海とおどりを研究する会」、1989年に「花柳寿南海舞踊の会」を主宰する。山姥伝説をもとにした「山姥物」などの古典を得意とする一方で創作舞踊にも力を注いだ。1966年、芸術選奨文部大臣賞受賞。1992年、日本芸術院賞受賞。
藤間 紫(ふじま むらさき、1923年〈大正12年〉5月24… 藤間 紫(ふじま むらさき、1923年〈大正12年〉5月24日 - 2009年〈平成21年〉3月27日)は、東京都文京区根津出身の日本舞踊家、女優。本名:喜熨斗 綾子(旧姓:河野→藤間)。 日本医科大学元学長で理事長、日本私立大学協会会長も務めた河野勝斎の長女(9人兄弟のうち、4人が芸能、2人が医師)。12歳の時、六世藤間勘十郎に入門した。 夫は三代目市川猿之助(後の二代目市川猿翁、二代目藤間紫)。三世藤間勘祖(藤間高子)と俳優藤間文彦は、前夫六代目藤間勘十郎(二世藤間勘祖)との子。二代目中村藤太郎(前夫の養子となり3代目藤間大助を襲名後、六代目中村歌右衛門の芸養子になり中村藤太郎を襲名)、六代目中村東蔵は弟。
初代 猿若 清方(しょだい さるわか きよかた、1915年(… 初代 猿若 清方(しょだい さるわか きよかた、1915年(大正4年)- 2003年(平成15年))は、日本舞踊家、振付師、俳優、脚本家。江戸時代以来途絶えていた舞踊である猿若流を復興した。本名、堀越実。 大正4年、東京・亀戸生まれ。新内の太夫だった父の影響で4歳から坂東三寿次に師事し日本舞踊を習う。11歳より初代花柳輔三郎の内弟子となり、花柳輔五郎を名乗った。1941年(昭和16年)に当時の花柳流家元である二代目花柳壽輔の許しを得て花柳流を辞し、猿若舞雀(さるわか ぶじゃく、舞雀は初代傳九郎の俳名)を名乗り、江戸時代以来途絶えていた猿若流を復興させ七世家元となった。1947年(昭和22年)に清方と改名。
麻田 満洲野(あさだ ますの、1910年11月5日 - 没年… 麻田 満洲野(あさだ ますの、1910年11月5日 - 没年不明)は、東京都出身(北海道生まれ)の日本舞踊家、著述家。藤蔭流の名取で、芸名は藤蔭 満洲野(ふじかげ ますの)。 1910年(明治43年)、駒井徳三の次女として北海道に出生。三輪田高等女学校を経て、明治大学女子部法科を卒業。幼少時より舞踊に馴染み、初期は西洋舞踊を学んだが、途中より日本舞踊に傾倒し、舞踊界で重きをなした。また、舞踊関連などの著書を残している。
飯島 綾子(いいじま あやこ、1907年 - 1954年9月… 飯島 綾子(いいじま あやこ、1907年 - 1954年9月25日)は、日本の舞台女優、日本舞踊家、歌手、声優。主に戦前の昭和初期に活躍した。本名は飯田 日出子(いいだ ひでこ)。舞踊家としては藤間 勘秀(ふじま かんひで)を名乗る。元夫は俳優の三島雅夫。 東京府東京市赤坂区(現・東京都港区赤坂)出身。幼少時に父親を亡くし、仕立物で生計を立てる母親のもとで育つ。 1921年(大正10年)に帝国劇場付属技芸学校(旧・帝国女優養成所。女優川上貞奴の創立した養成所)の7期生として入学し、1923年(大正12年)に卒業。同期に女優の河原崎しづ江(山岸静江→山岸しづ江)・舞踊家の吾妻徳穂(藤間春江)らがいる。
武原 はん(たけはら はん、1903年(明治36年)2月4日… 武原 はん(たけはら はん、1903年(明治36年)2月4日 - 1998年(平成10年)2月5日)は、徳島県出身の日本舞踊家。本名・武原幸子。 1903年2月4日、徳島県徳島市籠屋町に生まれる。家は花街の裏手にあり、父親はブリキ職人だった。1915年、大阪宗右衛門町の大和屋芸妓学校に入学。山村流の上方舞を修行。14歳で芸者になり、20歳まで大和屋で働いた。1930年、青山二郎の後妻として結婚。青山を通じて小林秀雄、永井龍男、中原中也、宇野千代らとの交流が始まる。1931年、上京し、料亭「灘万」の若女将を務める。藤間勘十郎や二世西川鯉三郎に師事、関西の上方舞を東京に根付かせるのに尽力した。1934年、青山と離婚。
飯塚 くに(いいづか くに、明治33年(1900年)2月10… 飯塚 くに(いいづか くに、明治33年(1900年)2月10日 - 平成6年(1994年)10月27日)は、日本舞踊家。英文学者・坪内逍遥の養女。夫は演劇研究家の飯塚友一郎。成女女学校卒業。
花柳 まり草(はなやぎ まりくさ、5月21日 - )は、東京… 花柳 まり草(はなやぎ まりくさ、5月21日 - )は、東京都出身の日本舞踊家。 幼少より日本舞踊を習い、大妻高等学校を経て、2004年に、宝塚音楽学校入学。 2006年、宝塚歌劇団に92期生として入団。入団時の成績は3番。宙組宝塚大劇場公演「NEVER SAY GOODBYE」で美春 あやか(みはる あやか)として初舞台。その後、星組に配属。第7期スカイ・フェアリーズもつとめた。 2009年に宝塚歌劇団を退団後は明治大学に進学し、文学部演劇学専攻を卒業。また、2011年の花柳流普通部名取試験合格、2013年に師範試験である花柳流専門部試験の合格経て、日本舞踊花柳流師範となる。 国内外の舞踊公演に出演する一方、野村萬斎主演『現代能 安倍晴明』、市川海老蔵主演『石川五右衛門外伝』、中村獅童×初音ミク主演『南座 超歌舞伎』等、伝統芸能の異種コラボに日本舞踊から参加するなど、クロスオーバーな活動も見せ、日本舞踊の普及に努める。
藤間藤太郎 は、日本の日本舞踊家。藤間流の舞踊家で、日本藝術… 藤間藤太郎 は、日本の日本舞踊家。藤間流の舞踊家で、日本藝術院賞受賞者。旭日小綬章受章者。本名は杉山 麗子。
青空 麒麟児(あおぞら きりんじ)は、静岡県浜松市出身の紙切… 青空 麒麟児(あおぞら きりんじ)は、静岡県浜松市出身の紙切り師、漫談家、司会者、日本舞踊家、保育園経営者である。本名:髙林 勝。 浜松市有玉出身。浜松市立南陽中学校・豊川高等学校卒業。 青空一夜に師事。一夜没後コロムビア・トップ(青空一門総帥)師事、最後の愛弟子となる。トップからも可愛がられ、その縁で読売ジャイアンツの長嶋茂雄終身名誉監督とも交流。長男誕生の際には長嶋が命名をした。 日本一背の高い紙切り師から「青空麒麟児」と命名された。漫才師から「紙切り漫談」という新たな分野を開拓した。紙切りではフランス・カンヌ国際映画祭会場でおこなわれた「WORLD CONGRESS 2002」に出演した。