源田 実(げんだ みのる、旧字体: 源田實、1904年(明治… 源田 実(げんだ みのる、旧字体: 源田實、1904年(明治37年)8月16日 - 1989年(平成元年)8月15日)は、日本の海軍軍人、航空自衛官、政治家。海軍では海兵52期を卒業し、最終階級は大佐。戦闘機パイロット、航空参謀を歴任。大艦巨砲主義だった日本海軍内で、いち早く航空機の有用性を見い出し「零戦」「紫電改」の開発に関与。戦争中は、大本営参謀として真珠湾攻撃を立案・指導。これによりアメリカ太平洋艦隊が機能不全に陥り、アメリカが第二次世界大戦に参戦するきっかけとなった。以降、ミッドウェー海戦他、海軍の戦闘に参画。また特攻作戦に深く関与し、第三四三海軍航空隊司令として終戦を迎えた。戦後1954年(昭和29年)空将補として自衛隊入りし、自衛隊では初代航空総隊司令、第3代航空幕僚長を務め、ブルーインパルスを創設した。
杉田 一次(すぎた かずし、1904年〈明治37年〉3月31… 杉田 一次(すぎた かずし、1904年〈明治37年〉3月31日 - 1993年〈平成5年〉4月12日)は、日本の陸軍軍人、陸上自衛官。陸士37期・陸大44期。最終階級は帝国陸軍では陸軍大佐、陸自では陸上幕僚長たる陸将。第4代陸上幕僚長を務めた。 米国陸軍隊付の経験に加えて在アメリカ大使館駐在武官補佐官の経験から、対米開戦に終始反対し、海軍をも巻き込んで開戦阻止に動いたが上層部を説得することができなかった。第25軍情報参謀としてマレー作戦に従軍、シンガポールの戦い後の降伏交渉において後半から山下奉文将軍の通訳を務める。イギリス軍に対する降伏勧告文を起案した。 ガタルカナル作戦では大本営派遣参謀として現地に入り、第2師団の作戦に関与。
溪口 泰麿(たにぐち やすまろ、1904年(明治37年)3月… 溪口 泰麿(たにぐち やすまろ、1904年(明治37年)3月10日 - 1992年(平成4年)11月3日)は、日本の海軍軍人、海上自衛官。最終階級は海軍大佐、海将。 漢学塾主・溪口廉造の四男として生まれる。兄は溪口豪介大佐(海兵41期)、妻は山下源太郎大将(海兵10期)の娘。広島高師付中を経て、海軍兵学校に進む。海兵(51期)及び海大(甲種33期)をともに恩賜組で卒業した。太平洋戦争中は大使館附武官補佐官としてドイツに駐在。1945年(昭和20年)4月13日、ソ連軍突入直前のベルリンで「出来得る限り多数の独潜水艦を東亜へ回航すべくドイツ側と折衝せよ」という本国訓令を受けた。ドイツ側と折衝したが、結論は「回航するだけの油がない」であった。
福地 誠夫(ふくち のぶお、1904年(明治37年)2月14… 福地 誠夫(ふくち のぶお、1904年(明治37年)2月14日 - 2007年(平成19年)7月26日)は、日本の海軍軍人、海上自衛官。最終階級は日本海軍では海軍大佐、海上自衛隊では海将。退官後は記念艦「三笠」艦長を務めた。
庵原 貢(いはら みつぐ、1903年(明治36年)10月3日… 庵原 貢(いはら みつぐ、1903年(明治36年)10月3日 - 1979年(昭和54年)3月31日)は、日本の海軍軍人、海上自衛官。海兵52期・海大35期。第3代海上幕僚長。 兵庫県出身。豊岡中学校(現・兵庫県立豊岡高等学校)を経て海軍兵学校に入校。太平洋戦争中は第三艦隊参謀としてスラバヤ沖海戦などに従軍。1945年(昭和20年)4月、鈴木貫太郎首相秘書官に出向し「日本のいちばん長い日」を体験した。戦後は保安庁警備隊を経て海上自衛隊に入隊。第3代自衛艦隊司令を務めたのち、第3代海上幕僚長に就任。
筒井 竹雄(つつい たけお、1902年〈明治35年〉5月20… 筒井 竹雄(つつい たけお、1902年〈明治35年〉5月20日 - 1968年〈昭和43年〉9月15日)は、日本の朝鮮総督府官僚、陸上自衛官。初代陸上幕僚長。 和歌山県出身。筒井熊吉の長男として生まれる。和歌山中学、第五高等学校を経て、東京帝国大学に入学。1925年(大正14年)11月、高等試験行政科試験に合格。1927年(昭和2年)3月、東京帝国大学法学部政治学科を卒業。 1927年(昭和2年)4月、拓務省に入省し、朝鮮総督府属となり内務局に配属。以後、専売局属、咸鏡南道地方課長、京畿道学務課長、咸鏡北道警察部長、警務局図書課長、内務局地方課長などを歴任し、終戦時は黄海道知事であった。たまたま京城に出張中であったが、総督府からソ連軍の情報を得て急遽、任地に戻った。
吉田 英三(よしだ ひでみ/えいぞう、1902年(明治35年… 吉田 英三(よしだ ひでみ/えいぞう、1902年(明治35年)3月5日 - 1978年(昭和53年)4月24日)は、日本の海軍軍人、海上自衛官。初代自衛艦隊司令。最終階級は海軍大佐、海将。 農業を営む吉田蔵之介の三男として生まれる。旧制福島県立磐城中学校(現・福島県立磐城高等学校)を経て、海軍兵学校第50期入校。1922年(大正11年)6月、海軍兵学校卒業。海軍大学校(甲種32期)卒業。海軍での最終階級は海軍大佐(軍務局第三課長)。 終戦に伴い旧海軍省は解体されたが、復員に必要な人事情報に精通していたため、第二復員局に引き続き勤務。この頃から、職務上接していた情報と人脈を用い、勤務時間外に「新海軍」再建計画を画策する。
佐薙 毅(さなぎ さだむ、1901年(明治34年)8月8日 … 佐薙 毅(さなぎ さだむ、1901年(明治34年)8月8日 - 1990年(平成2年)3月14日)は、日本の海軍軍人及び航空自衛官、第2代航空幕僚長。海兵50期・海大32期。帝国海軍での最終階級は海軍大佐。自衛隊での最終階級は航空幕僚長たる空将。 現在の愛媛県新居浜市で出生。父は教員・佐薙喜志太。1919年(大正8年)3月、東京高等師範学校附属中学校(現・筑波大学附属中学校・高等学校)卒業。1922年(大正11年)6月、海軍兵学校卒業(50期。卒業席次は19位)。 1923年(大正12年)9月、海軍少尉に任官。1925年(大正14年)12月、海軍中尉。1926年(大正15年)3月、第4期偵察学生。
長澤 浩(ながさわ こう、1900年(明治33年)12月29… 長澤 浩(ながさわ こう、1900年(明治33年)12月29日 - 1967年(昭和42年)4月17日)は、日本の海軍軍人、海上自衛官。第2代海上幕僚長。海兵49期、海大甲種30期。 福島県福島市出身。福島県立福島中学校(現・福島県立福島高等学校)を経て、海軍兵学校に進む。海軍時代は主に人事畑を歩む。 戦後、公職追放を経て、山本善雄元少将、保科善四郎元中将、野村吉三郎元大将のラインで海軍再建計画を進める。これが後にY委員会に発展、同委員会において渉外及び制度、機構、定員等の立案する部門を担当する。海上幕僚長に就任後は掃海隊、練習隊群、需給統制隊、海上訓練指導隊、術科学校、遠洋航海など今日の海上自衛隊の骨格となる部門を次々に発足させ、海上自衛隊の実質的な開祖とされる。
伊藤 弘 は、日本の海上自衛官。最終階級は海将。防大32期。
神田 英宣(かんだ ひでのぶ)は、日本の海上自衛官、防衛学研… 神田 英宣(かんだ ひでのぶ)は、日本の海上自衛官、防衛学研究者。専門は、海洋安全保障、海軍戦略。 城西大学付属川越高等学校、慶應義塾大学理工学部管理工学科卒業。2017年東京海洋大学大学院海洋科学技術研究科海洋管理政策学専攻博士前期課程修了、修士(海洋科学)の学位を取得。日産ディーゼル工業(株)工務部、艦艇(護衛艦、砕氷艦、輸送艦)、海上自衛隊幹部候補生学校教官、防衛局防衛政策課BMD研究室、統合幕僚会議事務局、海上幕僚監部防衛部、海上自衛隊第1術科学校生徒隊長兼教務室長、防衛研究所政策研究部所員等を経て、2013年7月より防衛大学校防衛学教育学群准教授。2019年3月2等海佐に特別昇進し定年退職。
宮澤 作太郎(みやざわ さくたろう)は、日本の特定非営利活動… 宮澤 作太郎(みやざわ さくたろう)は、日本の特定非営利活動法人埼玉県国民保護協力会の代表理事、元自衛官。陸上自衛隊で幕僚長、陸将まで昇進し、第15代第11師団長を務めた。 長野県岡谷市駒沢区出身[要出典]。中央大学法学部を首席にて卒業後[要出典]、陸上自衛官となる。 法学部卒であったことから、米陸軍防空センターへ抜擢留学。帰国後外務省や在ビルマ日本国大使館1等書記官兼防衛駐在官を重任。 自衛隊東京地方連絡部長(兼自衛隊東京地方協力本部長・陸上自衛隊高射学校副校長兼企画室長)の後、陸上自衛隊高射学校長(下志津駐屯地司令を兼任)、北部方面総監部幕僚長、第11師団長(1986年3月17日 - 1987年7月6日)を歴任した。
吉川 圭祐(よしかわ けいすけ)は、日本の自衛官、海将。第2… 吉川 圭祐(よしかわ けいすけ)は、日本の自衛官、海将。第24代大湊地方総監。 愛知県津島市出身。愛知県立津島高等学校を1952年(昭和27年)卒業。新設された保安大学校(1954年7月に防衛大学校に改名)に1期生として入校し卒業。
坂口 大作(さかぐち だいさく)は陸上自衛官、防衛学研究者。… 坂口 大作(さかぐち だいさく)は陸上自衛官、防衛学研究者。 防衛大学校第28期国際関係論学科卒。同総合安全保障研究科国際安全保障コース修了、ピッツバーグ大学公共・国際関係大学院修了。修士(社会学、公共・国際関係学)。元ヘンリースチムソンセンター客員研究員。専門は、安全保障理論、米国の軍事制度、防衛政策、安全保障と倫理。 2011年4月19日付で防衛研究所所員から防衛大学校教授に異動。自衛隊におけるいわゆる「軍人学者(warrior scholar)」の代表的な一人である。2012年4月1日付で自衛官(1等陸佐)から防衛教官に転官している。 坂口大作 - 防衛省防衛研究所
冨樫 勇一(とがし ゆういち、1966年(昭和41年)8月3… 冨樫 勇一(とがし ゆういち、1966年(昭和41年)8月3日- は、日本の陸上自衛官。第43代東部方面総監。最終階級は陸将。出身職種は普通科。 山形県出身。1989年(平成元年)3月に防衛大学校(33期)を卒業し、陸上自衛隊入隊。第13次ゴラン高原派遣輸送隊隊長、第14普通科連隊長、統合幕僚監部報道官、陸上幕僚監部人事教育部長、第2師団長、第43代東部方面総監。2025年8月を以て退官。