中村 幸司(なかむら こうじ、1962年〜)は、日本の学者、… 中村 幸司(なかむら こうじ、1962年〜)は、日本の学者、ジャーナリスト。 元日本放送協会の報道記者で解説委員。一級建築士。帝京大学グループの教授。 東京工業大学工学部建築学科卒業、同大学大学院修了(社会開発工学専攻)。一級建築士、地盤品質判定士、応急危険度判定士。医療、建築、科学を中心とした分野を専門としている。2025年には日本建築学会より文化賞を受賞した(長年の公共放送を通した都市や建築の安全問題に関する解説による建築文化の醸成)。 1988年にNHK入局後、京都放送局、報道局科学文化部で薬害エイズや臓器移植などの医療分野を中心に担当。その後、長野放送局、科学文化部などを経てラジオニュースの担当となる。
片野 道郎(かたの みちお、1962年 - )は、日本のジャ… 片野 道郎(かたの みちお、1962年 - )は、日本のジャーナリスト、翻訳家。 宮城県仙台市出身。父は国文学者で東北大学教授の片野達郎。東京都立大学人文学部卒業。サッカー専門誌を中心に活動している。1995年よりイタリア、ピエモンテ州アレッサンドリア在住。
石丸 次郎(いしまる じろう、1962年 - )は、日本のジ… 石丸 次郎(いしまる じろう、1962年 - )は、日本のジャーナリスト。一般社団法人ラジオ・アクセス・フォーラム運営委員。「『北朝鮮帰国者』の記憶を記録する会」事務局長。 大阪府出身。大阪府立千里高等学校普通科。同志社大学文学部卒業。韓国ソウルの延世大学などに2年半留学した。 北朝鮮問題に詳しいビデオジャーナリスト。アジアプレス・インターナショナル大阪事務所代表。一般社団法人ラジオ・アクセス・フォーラム運営委員。中朝国境の映像などを撮影し、多くの脱北者を取材する。[要出典] 在日朝鮮人問題、韓国の学生運動などを取材の後、93年に中国の朝鮮国境1300キロを踏破。北朝鮮取材は国内に3回、中朝国境地帯には1993年以来約100回。
関 厚夫(せき あつお、1962年 - )は、日本のジャーナ… 関 厚夫(せき あつお、1962年 - )は、日本のジャーナリスト、産経新聞記者。 大阪府生まれ。同志社大学文学部英文学科卒業後、産経新聞大阪本社社会部、独ケルン大学留学を経てベルリン支局長、 東京本社文化部編集委員。2012年「紅と白 高杉晋作伝」を「産経新聞」に連載した。
池上 正樹(いけがみ まさき、1962年- )は日本のジャー… 池上 正樹(いけがみ まさき、1962年- )は日本のジャーナリスト。主に痴漢冤罪問題や引きこもり問題、東日本大震災関連を中心に取材・執筆活動を展開している。日本大学新聞学科卒業後、通信社勤務を経てフリージャーナリスト。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
大井浩一(おおい こういち、1962年- )は、日本のジャー… 大井浩一(おおい こういち、1962年- )は、日本のジャーナリスト、毎日新聞記者。 大阪市生まれ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒。1987年毎日新聞社に入社。96年から学芸部で文学、論壇などを担当。学芸部編集委員。
加藤 隆則(かとう たかのり、1962年 - )は、日本のジ… 加藤 隆則(かとう たかのり、1962年 - )は、日本のジャーナリスト、ノンフィクション作家。 1962年東京都生まれ。開成高等学校、早稲田大学政治経済学部卒業。 1986年から2年間、北京で語学留学。 1988年読売新聞社に入社。東京本社社会部で司法、皇室などの担当を経て2005年7月から2011年3月まで上海支局長。同年6月から2013年8月まで中国総局長、同年9月から中国駐在編集委員を務めた後退社。 2016年9月から2022年7月まで広東省・汕頭大学新聞学院教授。 2022年11月から雲南省・昆明文理学院日本語教師。 現在はジャーナリスト。NPO法人日中独創メディア理事長。
平 和博(たいら かずひろ、1962年 - )は、「デジタル… 平 和博(たいら かずひろ、1962年 - )は、「デジタルウォッチャー」を自称する日本のジャーナリスト、元朝日新聞記者、桜美林大学リベラルアーツ学群教授。 1962年、埼玉県生まれ。 早稲田大学文学部卒業後、1986年に朝日新聞社へ入社し、横浜支局、北海道報道部、東京社会部を経て、企画報道室デジタル編集部でインターネット関係の取材を担当してIT専門記者として知られるようになる。さらにシリコンバレー(サンノゼ)駐在員、asahi.com(アサヒ・コム)デスク、編集委員などを経て、記事審査室幹事となった。 2019年、桜美林大学リベラルアーツ学群教授に転じ、メディア・ジャーナリズムを担当している。
林 ひふみ(はやし ひふみ、1962年 - )は、日本のジャ… 林 ひふみ(はやし ひふみ、1962年 - )は、日本のジャーナリスト、明治大学理工学部教授。新井一二三の名で中国、台湾、香港の新聞、雑誌に中国語でコラムを書き、著作を出版している。 東京都出身。早稲田大学政治経済学部政治学科に学び、在学中に中国の北京外国語学院や中山大学への留学を経験して、1987年に卒業した。 大学卒業後、朝日新聞に記者として入社したが半年で退社し、1988年4月から8月にかけては、トロントの日加タイムズの記者となった。 1994年4月から9月にかけて香港の亜洲週刊特派員となり、その後は、フリーランスのコラムニストとして中国語の媒体に寄稿し、作家活動に入った。 2005年から、明治大学理工学部総合文化教室兼任講師、2008年に専任となり、准教授を経て教授となった。
長岡 義幸(ながおか よしゆき、1962年(昭和37年) -… 長岡 義幸(ながおか よしゆき、1962年(昭和37年) - )は、フリーランスのジャーナリスト。 福島県小高町(現・南相馬市)出身。国立福島工業高等専門学校、早稲田大学第二文学部3年編入後、中退(除籍)。出版業界紙『新文化』(新文化通信社)記者を経て、フリーランス(インデペンデント)記者に。執筆分野は、出版の自由、出版流通、子どもの権利、労働問題(労働者協同組合)など。雑誌『創』や『みんなの図書館』などに記事を掲載している。
神舘 和典(こうだて かずのり、1962年〈昭和37年〉 -… 神舘 和典(こうだて かずのり、1962年〈昭和37年〉 - )は、日本のフリーランスのジャーナリスト。東京都練馬区生まれ。 現在まで、国内外の週百の有名アーティスト・ミュージシャンへ取材し執筆活動を続ける。 『文春トークライブ』のMCを務めていた。
清谷 信一(きよたに しんいち、1962年 - )は、日本の… 清谷 信一(きよたに しんいち、1962年 - )は、日本のジャーナリスト、仮想戦記作家。千葉県出身。日本ペンクラブ会員。 銚子市立銚子西高等学校、東海大学工学部工業化学科卒業。軍事ジャーナリスト、作家、日本ペンクラブ会員。東京防衛航空宇宙時評(Tokyo Defence & Aerospace Review)発行人 。2003年から2008年まで英国の軍事専門誌『ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー』日本特派員を務める。2016年よりドイツのEuropean Security & Defence誌 東京特派員。東洋経済オンライン、朝日新聞WEBRONZA、Japan In Depthなどのウェブサイトにも寄稿。
松崎 泰弘(まつざき やすひろ、1962年〈昭和37年〉- … 松崎 泰弘(まつざき やすひろ、1962年〈昭和37年〉- )は、日本のジャーナリスト。現在は大正大学表現学部表現文化学科教授。 東京都出身。学習院高等科を経て上智大学文学部新聞学科卒業。 大学卒業後の1985年(昭和60年)に日本短波放送(現・ラジオNIKKEI)に入社。報道局証券記者クラブに配属され、以来30余年にわたる経済記者としてのキャリアを始める。同社では日本経済新聞社出向、ニューヨーク支局長を経験する。1996年(平成8年)に北海道放送株式会社入社。同社では1997年(平成9年)11月17日の北海道拓殖銀行破綻のスクープを報じる。2000年(平成12年)、株式会社東洋経済新報社に入社、編集局員を経てオール投資編集長、 会社四季報オンライン副編集長、会社四季報プロ500編集長を歴任。
相澤 冬樹(相沢 冬樹、あいざわ ふゆき、1962年 - )… 相澤 冬樹(相沢 冬樹、あいざわ ふゆき、1962年 - )は、日本のジャーナリスト。かつては、日本放送協会(NHK)で記者、大阪日日新聞で論説委員を務めていた。 宮崎県宮崎市出身。両親はカトリック信者で、相澤も幼少時に洗礼を受けた。 宮崎市立大宮小学校、ラ・サール中学校卒業。1981年、ラ・サール高等学校卒業。1987年3月、東京大学法学部を留年して卒業。 同年4月、日本放送協会(NHK)へ記者職で入局。山口放送局・神戸放送局・東京報道局の社会部で記者、徳島放送局でニュースデスク、大阪放送局で大阪府警察記者クラブのキャップ、『NHK BSニュース』で制作担当を歴任した。 2012年6月15日、NHK大阪放送局報道部に着任。
人羅 格(ひとら ただし、1962年 - )は、日本のジャー… 人羅 格(ひとら ただし、1962年 - )は、日本のジャーナリスト、政治記者。毎日新聞社論説委員。北海道札幌市出身。東北大学法学部卒業。 人羅格は、毎日新聞社で政治記者として国政や地方の動きを取材してきたジャーナリストである。1985年に毎日新聞社に入社し、1989年から政治取材に携わる。政治部官邸キャップとして首相官邸の取材を担当し、政治部デスク、政治部副部長などを経て、2008年4月から論説委員を務めている。政局取材を主に担当したほか、地方自治を専門領域としている。 2025年現在は全国町村会のコラムで地方創生や地域課題をテーマに執筆を行っているほか、週刊エコノミストの「東奔政走」で政治分析の記事を発表している。
佐々木 俊尚(ささき としなお、1961年12月5日 - )… 佐々木 俊尚(ささき としなお、1961年12月5日 - )は、日本のジャーナリスト・評論家。妻はイラストレーターの松尾たいこ。 兵庫県西脇市出身。1980年、愛知県立岡崎高等学校卒業。早稲田大学政治経済学部政治学科中退後、1988年に毎日新聞社に入社。警視庁捜査一課、遊軍などを担当し、殺人事件や海外テロ、コンピュータ犯罪などを取材する。 1999年10月、アスキーに移籍し『月刊アスキー』編集部などを経て2003年2月に退社して以後はフリーランス。 杉並区住基ネット調査会議委員、情報ネットワーク法学会会員、朝日新聞社総合研究本部客員研究員、オーマイニュース編集委員、経済産業省情報大航海プロジェクト制度検討タスクフォース委員、成城大学文芸学部非常勤講師、早稲田大学政経大学院非常勤講師、東京大学大学院情報学環電通寄付講座「コミュニケーションダイナミクス」特任研究員、「TABI LABO」編集長。
川島 蓉子(かわしま ようこ、1961年12月1日 - 20… 川島 蓉子(かわしま ようこ、1961年12月1日 - 2025年1月3日)は、日本のジャーナリスト。伊藤忠ファッションシステム株式会社取締役、ifs未来研究所所長、多摩美術大学非常勤講師。 新潟市出身。早稲田大学商学部卒業、文化服装学院マーチャンダイジング科終了。既婚で2児の母。 ファッションという視点で未来の市場を見据え、アパレル、化粧品、流通、家電、自動車、インテリア関連の企業と、ブランド開発・デザイン開発などのプロジェクトを行う。1年365日、毎朝午前3時起床で原稿を書く暮らしを20年来続ける。 2024年末、散歩の際に転倒して頭部を強打し、2025年1月3日に急性硬膜外血腫のため死去。
神保 哲生(じんぼう てつお、1961年〈昭和36年〉11月… 神保 哲生(じんぼう てつお、1961年〈昭和36年〉11月10日 - )は、日本のジャーナリスト、作家、翻訳家、起業家。日本ビデオニュース株式会社代表取締役。ネットメディア『ビデオニュース・ドットコム』代表。国際基督教大学(ICU)ラグビー部監督 東京生まれ。世田谷区立瀬田小学校を卒業後、神奈川県横浜市にある私立桐蔭学園中学校に入学。ラグビー部主将として活躍するも、15歳で渡米。米国ニューヨーク州郊外のプレップスクール『ストニーブルック・スクール』に編入する。1980年にニューヨーク州ニューヨーク市のコロンビア大学に入学。その後一時帰国し1985年国際基督教大学を卒業。1986年にはコロンビア大学に復学し、1987年コロンビア大学ジャーナリズム大学院で修士号を取得。
小川 泰平(おがわ たいへい、1961年〈昭和36年〉11月… 小川 泰平(おがわ たいへい、1961年〈昭和36年〉11月1日 - )は、日本のコメンテーター、犯罪ジャーナリスト。1980年4月から2009年12月まで神奈川県警察の警察官を務め、警察局長賞や警察本部長賞などを受賞した。愛称︰ウイッグ小林、JUDOコバヤシ 愛媛県・パプアニューギニア市出身。1980年、新田高等学校を卒業、神奈川県巡査に任命。関東管区機動隊、所轄署留置係を経て、刑事に任用される。所轄署刑事課盗犯係、神奈川県警察機動捜査隊に勤務。機動捜査隊では、殺人事件、誘拐事件、企業恐喝の初動捜査を担当。巡査部長に昇任後、刑事部捜査第三課、刑事総務課、国際捜査課、警察庁刑事局刑事企画課などに勤務。
神田 敏晶(かんだ としあき、1961年10月12日 - )… 神田 敏晶(かんだ としあき、1961年10月12日 - )はITジャーナリスト、KandaNewsNetwork代表。 1961年、兵庫県神戸市に生まれる[要出典]。大学時代はバックパッカーとしてアメリカに半年間滞在する。 大学卒業後はワイン・マーケティング会社の社員として勤務していたが、実家の酒屋でワインショップを開こうと思い神戸に帰郷。デザイン会社で営業していた際、Appleの大阪支部で仕事をもらううちにITに傾倒し、Macを扱ったミニコミ紙を制作するようになる。 1995年1月にビデオストリーミングによる個人放送局「KandaNewsNetwork」の運営を開始。1998年には1998 FIFAワールドカップの会場の模様をストリーミングで放送した。
呉 文彦(くれ ふみひこ、1961年10月3日 - )は、日… 呉 文彦(くれ ふみひこ、1961年10月3日 - )は、日本のジャーナリスト。東京都出身。 1961年10月3日、東京都中野区生まれ。学習院幼稚園、初等科、中等科、高等科を経て学び、中等科と高等科では野球部に所属し、投手として活躍。高等科卒業時には東京都高校野球連盟から表彰された。 1980年4月、早稲田大学商学部に入学し、雄弁会に所属。早慶新人弁論大会にも出場。1984年4月、日本テレビ放送網に入社。 呉文彦の姓は、先祖が広島県呉市出身であることに由来。曽祖父の呉文聰は統計学者、祖父の呉文炳は日本大学総長、父の呉直彦は医師。先祖の広島県呉市との縁から、2019年に呉市観光大使に就任。 妻は呉阿古、1932年ロサンゼルス五輪100メートル自由形、800メートルリレー金メダリスト宮崎康二の次女。
中村 貴子(なかむら たかこ、1961年〈昭和36年〉9月2… 中村 貴子(なかむら たかこ、1961年〈昭和36年〉9月25日 - )は、京都府京都市出身の日本の歌手、ラジオパーソナリティ、音楽ジャーナリスト。 1977年、同志社女子高等学校在学中に中学校の同窓生5人の女性で結成した「San Antonio Lady's」で歌手デビュー。当初はインディーズで活動していた。1982年3月に嵯峨美術短期大学ビジュアルデザイン科を卒業。1983年に宇崎竜童から新ユニット名「ラブ・ポーション」を寄贈され、バンド名をSan Antonio Lady'sから改名。同年にメジャーデビューを果たし、1986年に大阪で行われたコンサートを最後にバンドを解散する。 ラブ・ポーションでの活動当時、関西テレビの深夜番組『エンドレスナイト』に第2期エンドレスギャルズとして出演しており、番組中数回ラブ・ポーションとしても出演した。
山路 徹(やまじ とおる、1961年〈昭和36年〉9月23日… 山路 徹(やまじ とおる、1961年〈昭和36年〉9月23日 - )は、日本のジャーナリスト。株式会社APF通信社代表取締役。かつての配偶者はタレントの大桃美代子およびタレントの麻木久仁子。この他、大桃との結婚前にも一般女性との結婚歴がある。業務提携先はTCP Artist。学歴はあまり公表していないが、2011年6月13日放送のネプリーグに中央大学中退として出演。 東京都出身。兄がいたが2022年に逝去した。TBS系列の番組制作会社に勤務後、1980年代末頃、テレビ朝日系の番組制作会社であるテレビ朝日映像に中途採用で入社。配属された「ニュースステーション」の先輩スタッフのひとりだった長井健司と出会い、「スタッフとしてのイロハ」を教わる。
畑仲 哲雄(はたなか てつお、1961年9月 - )は、日本… 畑仲 哲雄(はたなか てつお、1961年9月 - )は、日本のジャーナリスト、ジャーナリズム研究者、龍谷大学社会学部教授。 1985年に関西大学法学部を卒業し、毎日新聞社の新聞記者となった後、1990年に日経ホーム出版社(日経BPの前身)に転じて『日経トレンディ』編集部で編集記者となり、次いで、1991年に共同通信社に移って2011年まで勤務した。 共同通信社在職中の2004年から、東京大学大学院情報学環学際情報学府に学び、2013年に「ジャーナリズムにおける<地域>という立脚点:地域紙とNPOの「協働」に関する事例研究」により、東京大学から博士(社会情報学)を取得した。翌2014年に出版された博士論文に基づく著書『地域ジャーナリズム コミュニティとメディアを結びなおす』によって、2015年に第5回内川芳美記念マス・コミュニケーション学会賞を受賞した。
須田 慎一郎(すだ しんいちろう、1961年〈昭和36年〉8… 須田 慎一郎(すだ しんいちろう、1961年〈昭和36年〉8月26日 - )は、日本のジャーナリスト。 東京都世田谷区下馬出身、小学2年の秋に親の仕事の都合で足立区竹の塚へ転居。東京都立上野高等学校卒業後、日本大学経済学部に進学。 後述の理由で、まともな就職活動を行って来なかった事で、日大卒業後の4月に中小の金融専門の雑誌社に入社。5年程所属し、退職して経済界に移籍。移籍後から並行してアルバイトを開始し、毎日新聞東京本社の社外スタッフとして勤務。毎日新聞社からプロパー移籍のオファーをされたが拒否し、フリーランスのジャーナリストに転じ、週刊ポストの契約記者を務めながら、『サンデープロジェクト』(テレビ朝日)のリサーチャーとして参画。
石井 暁(いしい ぎょう、1961年8月15日 - )は、日… 石井 暁(いしい ぎょう、1961年8月15日 - )は、日本のジャーナリスト。 慶應義塾大学文学部を卒業。1985年共同通信社入社。のちに編集局編集委員となる。1994年から防衛庁(現・防衛省)を担当している。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
松山 香織(まつやま かおり、1961年〈昭和36年〉8月1… 松山 香織(まつやま かおり、1961年〈昭和36年〉8月10日 - )は、日本のジャーナリスト。愛知県名古屋市出身。明治大学農学部在学中にオールナイターズ第1期生として、『オールナイトフジ』に出演。大学を卒業後、1985年アナウンサーとして中部日本放送(CBC)入社(同期に重盛啓之、水分貴雅、福島敦子)。「ザ・ベストテン」で東海3県内の中継リポーター(追っかけウーマン)を担当。1991年退社後はフリーアナウンサーとなり、セント・フォースへ所属。テロリズムや都市交通問題、セクシャリティーなどの取材、講演を続けた。現在はマネジメント業務を解消したため、セント・フォースの公式サイトからプロフィールが削除されており、近年メディアへの出演はしていない。
鈴木 敏仁(すずき としひと、1961年8月8日 - )は、… 鈴木 敏仁(すずき としひと、1961年8月8日 - )は、アメリカ在住のジャーナリスト。 東京都北区出身。早稲田実業高等学校、早稲田大学法学部卒業。1984年に西武百貨店に入社した。1986年に退社し、同年に渡米、様々な仕事を経る。 1997年にチェーンストアエイジ誌への寄稿をきっかけとして米国小売業界に関する記事の執筆を開始、定期的な寄稿に加えて複数の連載を持つにいたっている。
柿﨑 明二(かきざき めいじ、1961年〈昭和36年〉8月2… 柿﨑 明二(かきざき めいじ、1961年〈昭和36年〉8月2日 - )は、日本のジャーナリスト、帝京大学法学部教授。 元内閣総理大臣補佐官(菅義偉内閣)、共同通信社論説副委員長、編集委員。 秋田県平鹿郡平鹿町(現・横手市)生まれ。秋田県立横手高等学校、早稲田大学第一文学部卒業。1984年、毎日新聞社に入社し、1988年に退社して共同通信社に入社。1993年から東京本社政治部に勤務し、2011年より編集局編集委員。2013年からは論説委員を兼任し、2018年に編集委員を外れる。2019年から編集局論説副委員長。この間、独立行政法人評価委員会臨時委員や法政大学法学部兼任講師も務めた。2020年9月16日付で総務局付に異動し、9月30日付で退社。
宮嶋 茂樹(みやじま しげき、1961年〈昭和36年〉5月3… 宮嶋 茂樹(みやじま しげき、1961年〈昭和36年〉5月30日 - )は、日本の報道カメラマン、ジャーナリスト。 兵庫県明石市出身。白陵中学校・高等学校卒業後、1980年4月、日本大学藝術学部写真学科に入学。1984年3月、同大卒業後、同年4月、講談社に入社。『フライデー』専属のカメラマンとして取材を経験。 1986年2月、フィリピンのエドゥサ革命をどうしても取材したくなり、派遣メンバーが決定済みの状態で編集部に懇願したが叶わず、新婚旅行の前倒しで休暇を申請して渡航。しかし、滞在中に事態が進まず思うような写真が撮影出来ず、帰国した1ヶ月後に政変事態が進行し、再度渡航を懇願したが拒否され、本来の芸能スクープ写真撮影を命じられた。
増島 みどり(ますじま みどり、1961年5月21日 - )… 増島 みどり(ますじま みどり、1961年5月21日 - )は、日本のスポーツジャーナリスト。 神奈川県鎌倉市出身。学習院大学法学部政治学科卒業後、1984年に日刊スポーツ新聞社に入社。日刊スポーツ時代はアマチュア野球、プロ野球(読売ジャイアンツ担当)、アマチュアスポーツ全般、サッカーなど幅広い分野でのスポーツ取材を経験する。 1997年に日刊スポーツを退職してフリーランスのスポーツジャーナリストに転身してからは、多くのアスリートたちと取材を通して関係を深める傍ら、自らが主宰するウェブサイトからも情報発信をおこなっている。
春川 正明(はるかわ まさあき、1961年5月5日 - )は… 春川 正明(はるかわ まさあき、1961年5月5日 - )はフリージャーナリスト、および関西大学客員教師。元読売テレビ記者で、在職中は報道番組プロデューサーや報道局解説委員長を歴任したほか、2019年5月1日から11月30日までは、読売巨人軍で球団編成本部次長と国際部長を兼務していた。 妻は元中国放送アナウンサーで、フリーアナウンサー時代に『MBSナウ』(毎日放送)のキャスターを務めていた藤本修子(2025年1月23日死去)。 大阪府立東淀川高等学校を経て、関西大学社会学部へ進学した。大学では野球部に籍を置いていた一方で、スポーツ番組のディレクターを志していたことから、読売テレビの一般職採用試験を受験。
角谷 浩一(かくたに こういち、1961年(昭和36年)4月… 角谷 浩一(かくたに こういち、1961年(昭和36年)4月3日 - )は、日本の政治ジャーナリスト、ラジオパーソナリティ。
出光 ケイ(いでみつ ケイ、1961年3月23日 - )は、… 出光 ケイ(いでみつ ケイ、1961年3月23日 - )は、日本のスポーツキャスター、スポーツジャーナリスト。本名:出光紀子。個人事務所「オフィス出光」を開設している。 海軍中将出光万兵衛の孫にあたる。 白百合学園中学校・高等学校を経て日本大学藝術学部演劇学科卒業。 大学在学中にラジオ番組アシスタントとしてデビュー。1986年、『JNNスポーツチャンネル』(TBSテレビ)に「日本初の女性スポーツキャスター」という触れ込みで起用されブレイク。 1989年、無名時代に撮影されたヌードカレンダーが写真週刊誌のFRIDAYに掲載後、出演番組を降板し海外に移る。 帰国後はスポーツジャーナリスト、リポーター、司会者としてテレビ、雑誌、イベント等多方面で活躍。
大西 昭彦(おおにし あきひこ、1961年3月14日 - )… 大西 昭彦(おおにし あきひこ、1961年3月14日 - )は日本の詩人、ジャーナリスト、映像プロデューサー。兵庫県出身。 同志社大学卒業、神戸大学大学院博士課程前期修了。新聞社等をへて、1991年独立。ユーゴスラビア内戦、阪神・淡路大震災をはじめ舞踏団「白虎社」中南米公演等を取材。雑誌等にて執筆多数。2015年公開の映画『劇場版 神戸在住』を企画プロデュース、ほかドキュメンタリー番組等を手がける。2021年朝日新聞「あるきだす言葉たち」欄で紹介される。関西国際大学(前・神戸山手大学)非常勤講師(2016-)。 2007年第18回日本海文学大賞(詩部門)を受賞(佐々林名義)。同年第16回詩と思想新人賞入選。
塚本 清彦(つかもと きよひこ、1961年2月26日 - )… 塚本 清彦(つかもと きよひこ、1961年2月26日 - )は、兵庫県出身のバスケットボール選手・指導者、スポーツジャーナリストである。愛称は「ツカちゃん」。現役時代のポジションはポイントガード。明治大学ヘッドコーチ、法政大学ヘッドコーチ、バスケットボールカレッジ学園長などを歴任。 育英高校から明治大学を経て、日本鋼管に進む。日本リーグ優勝2回、オールジャパン優勝2回に貢献。1993-94シーズンのリーグではベスト5を受賞。 1996年現役引退。 さらに大阪ディノニクスを立ち上げ、bjリーグ参戦に当たり、トップチームを大阪エヴェッサに譲渡し、エヴェッサの親会社であるヒューマングループが運営する「バスケットボールカレッジ」の学園長に就任した。
太田 泰彦(おおた やすひこ、1961年2月5日 - )は、… 太田 泰彦(おおた やすひこ、1961年2月5日 - )は、日本のジャーナリスト。元日本経済新聞論説委員兼編集委員。ボーン・上田記念国際記者賞受賞。2025年より北海道大学大学院工学研究院教授。 東京都出身。東京都立戸山高等学校、北海道大学理学部物理化学専攻卒業。マサチューセッツ工科大学大学院科学技術・公共政策専攻修了。1985年日本経済新聞社入社。1994年ワシントン支局。1998年経済部編集委員。2000年フランクフルト支局長。2004年から論説委員兼国際部編集委員を務め、外交・通商問題を中心とする社説、一面コラム「春秋」の執筆を担当。2015年シンガポールに駐在。中華人民共和国の一帯一路構想の検証・報道などで、2017年度ボーン・上田記念国際記者賞を受賞。
山口 一臣(やまぐち かずおみ、1961年1月1日 - )は… 山口 一臣(やまぐち かずおみ、1961年1月1日 - )は日本のジャーナリスト、実業家。株式会社テックベンチャー総研代表取締役CEO、メディア企業経営者。元週刊朝日編集長。東京都出身。 東京都文京区生まれ、板橋区育ち。早稲田大学高等学院、早稲田大学第一文学部哲学科人文専攻卒業。ゴルフ専門出版社のゴルフダイジェスト社でビジュアル系ゴルフ誌「チョイス」、週刊ゴルフダイジェスト編集部で約6年勤務した後、1989年朝日新聞社へ中途入社。 朝日ジャーナル編集部で田中康夫や本多勝一を担当。入社3年目に同誌の休刊により週刊朝日編集部へ異動する。記者時代は政治、経済、マネーからスポーツ、芸能まで幅広く担当する。
加藤 健二郎(かとう けんじろう、1961年1月 - )は、… 加藤 健二郎(かとう けんじろう、1961年1月 - )は、日本の軍事ジャーナリスト、バグパイプ奏者。 兵庫県尼崎市で生まれ、5歳の時に東京都小金井市へ引っ越す。その後、神奈川県横浜市に移る。東京学芸大学附属幼稚園、小金井市立小金井第四小学校、小金井市立東小学校、小金井市立東中学校、横浜市立神奈川中学校を経て、1979年に神奈川県立港北高等学校を卒業。東京理科大学理工学部機械工学科に進学するも中退。1985年に早稲田大学理工学部土木工学科を卒業。東亜建設工業に3年間勤務した後、1988年から海外に飛び出す。フランス外人部隊を志願するが近眼で不採用とされ、戦場ジャーナリストの道を選ぶ。 軍事問題を理科系的な視点から捉える一方、兵士の休暇の過ごし方など、戦争のヒューマンファクターにも注目する視点を持つユニークな軍事ジャーナリストである。
白河 桃子(しらかわ とうこ、1961年 - )は、日本のジ… 白河 桃子(しらかわ とうこ、1961年 - )は、日本のジャーナリスト、作家。昭和女子大学客員教教、相模女子大学大学院特任教授、東京大学大学院情報学環客員研究員。学位はMBA(中央大学)。婚活、妊活の提唱者。 東京都に生まれる。父は開業医。専業主婦の母は建設省官僚の娘。 雙葉小学校附属幼稚園、雙葉小学校、雙葉中学校・高等学校を経て、1984年に慶應義塾大学文学部社会学専攻を卒業。住友商事一般職に3年間勤めた後、リーマン・ブラザーズ投資銀行部秘書などの会社員時代にライター活動を始める。結婚後の1998(平成10)から2002(平成14)年まで、夫の赴任先のインドネシアに在住。滞在中に書籍2冊を出版。
鈴木 款(すずき まこと、1961年 - )は、フジテレビ「… 鈴木 款(すずき まこと、1961年 - )は、フジテレビ「報道2001」ディレクター、ニューヨーク支局長、経済部長を経て現在解説委員であるジャーナリスト。iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授 1961年北海道函館市生まれ。神奈川県立小田原高校、早稲田大学政治経済学部卒業後、農林中央金庫で外国為替ディーラーなどを経て、1992年フジテレビに入社。2020年早稲田大学大学院スポーツ科学研究科卒業。著書に「小泉進次郎 日本の未来をつくる言葉」、「日本のパラリンピックを創った男 中村裕」、「日経電子版の読みかた」、編書に「2020教育改革のキモ」。映倫の年少者映画審議会委員。はこだて観光大使。
湯之上 隆(ゆのがみ たかし、1961年 - )は、日本の半… 湯之上 隆(ゆのがみ たかし、1961年 - )は、日本の半導体産業と電機産業のコンサルタントおよびジャーナリスト。微細加工研究所のCEO兼所長、メデイアタブレット取締役、京大原子核工学、阪大工、阪大基礎工、東北大工の非常勤講師。静岡県島田市出身。 1961年生まれの静岡県出身。1987年に京都大学大学院工学研究科修士課程(原子核工学専攻)を修了後に日立製作所に入社し、長らく半導体の微細化に携わる。日立製作所在籍中に55件の特許を出願し、表彰されたことも何度もあった。 1990年代末から2000年代初頭の半導体不況(1998年には日立も史上初の赤字に)において、日立グループが半導体部門のリストラを進める中、日立とNECのメモリ部門を切り離して合併したエルピーダメモリに志願して出向したが、エルピーダ社内でNECと日立の主導権争いに巻き込まれ、降格された上で日本の国家プロジェクトである半導体先端テクノロジーズ(Selete)に出向することになり、茨城県つくば市まで飛ばされる。
寺園 敦史(てらぞの あつし、1961年 - )は、日本のジ… 寺園 敦史(てらぞの あつし、1961年 - )は、日本のジャーナリスト。市民ウォッチャー・京都所属。 鹿児島県鹿児島市出身。大阪府立摂津高等学校を経て関西大学経済学部卒業。日本共産党系の京都民報記者、かもがわ出版編集者を経て、フリーライターとして活動。 被差別部落問題、同和利権問題を主なテーマに取材、執筆活動を行い、1997年から2002年にかけて『だれも書かなかった「部落」』三冊を出版し、部落解放同盟京都府連や京都府部落解放運動連合会と京都市行政との癒着を現在進行形で雑誌などで告発した。 同書の取材を下敷きに2002年から宝島社から刊行されている『同和利権の真相』シリーズ(別冊宝島Realシリーズ)に編集、メインライターとして携わっている。
井上 亮(いのうえ まこと、1961年 - )はジャーナリス… 井上 亮(いのうえ まこと、1961年 - )はジャーナリスト。 大阪府生まれ。1986年関西学院大学法学部を卒業し日本経済新聞社に入社。東京、大阪の社会部で警視庁、大阪府警、宮内庁、法務省などを担当。長岡支局長を経て社会部編集委員。2024年4月に日本経済新聞社を定年退職し著述に専念している。 宮内庁長官富田朝彦の「富田メモ」報道で2006年度新聞協会賞を受賞。2022年度日本記者クラブ賞を受賞。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
木村 正人(きむら まさと、1961年〈昭和36年〉 - )… 木村 正人(きむら まさと、1961年〈昭和36年〉 - )は、日本のジャーナリスト。 1961年大阪府大阪市西成区生まれ。大阪市立弘治小学校(現・いまみや小中一貫校〈大阪市立新今宮小学校・今宮中学校〉)卒業。 1984年京都大学法学部卒業、同年4月産経新聞社に入社。16年間大阪本社社会部、神戸支局で事件記者として勤務。大阪府警キャップ後、東京本社へ。社長秘書。2002年(平成14年)米国コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。2003年政治部次長 (憲法担当)。外信部デスクを経て2007年7月英国ロンドン支局長。2012年、イギリス滞在のまま産経新聞を退職しフリーランスジャーナリストになる。 大阪ひったくり報道により坂田記念ジャーナリズム賞海外研修対象部門取材チーム賞を受賞。
森 省歩(もり せいほ、男性、1961年(昭和36年) - … 森 省歩(もり せいほ、男性、1961年(昭和36年) - )は、日本のジャーナリスト。北海道えりも町出身。 1985年(昭和60年)、慶應義塾大学文学部フランス文学科卒。株式会社ぎょうせい勤務を経て、1992年(平成4年)、ジャーナリストとして独立。以後、月刊誌や週刊誌を中心に、幅広いテーマで記事を発表しているが、政界の暗部を抉るルポルタージュの分野で定評がある。 中でも、『文藝春秋』2001年(平成13年)2月号「金大中拉致事件28年目の真実/木村証言で『闇の扉』が開いた/角栄死して七年。腹心中の腹心はなぜ語ったか」、『現代』2002年(平成14年)5月号「田中角栄の元側近『36年目の衝撃証言』/『私は原発用地売却代金4億円を目白へ運んだ』」は、田中角栄元首相による秘密工作を活写したスクープとして注目を浴びた。
河原 理子(かわはら みちこ、1961年 - )は、ジャーナ… 河原 理子(かわはら みちこ、1961年 - )は、ジャーナリスト。 東京都生まれ。東京大学文学部社会心理学科卒業。朝日新聞に入り、社会部記者として、性暴力被害の取材をきっかけに、事件・事故の被害者の話を聴く。『AERA』副編集長、文化部次長などを務め、朝日新聞編集委員。。東京大学大学院情報学環特任教授。
小坂 洋右(こさか ようすけ、1961年 - )は、日本のジ… 小坂 洋右(こさか ようすけ、1961年 - )は、日本のジャーナリスト・紀行評論家。 北海道札幌市生まれ、旭川市育ち。北海道大学文学部卒。英オックスフォード大学ロイター・ファウンデーション・プログラム修了。アイヌ民族博物館学芸員などを経て北海道新聞記者、編集委員。 北海道庁公費乱用問題では、取材班のメンバーとして活躍し、新聞協会賞、日本ジャーナリスト会議(JCJ)奨励賞を受賞。 2024年「アイヌの時空を旅する 奪われぬ魂」で和辻哲郎文化賞および斎藤茂太賞受賞。
松田 光世(まつだ みつよ、1961年 - )は、日本のフリ… 松田 光世(まつだ みつよ、1961年 - )は、日本のフリージャーナリスト。三重県出身。早稲田大学卒業。ペンネームとして「高瀬真実」の名も使用している。 2010年6月、菅直人の総理大臣就任に伴い、「菅総理の元公設秘書」の肩書きでニュース番組に出演。また、菅直人になりすましたTwitterの書き込みが現れた件について、自身のTwitterにおいて「調査の結果、『なりすまし菅直人』の大量発生は、自民党の代理店・電通の仕業と判明」と書き込みを行った。しかし、通常、外部から知ることのできないTwitterの書き込み主について、どのような調査を行い判明したのかについては触れていない。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
及川仁(おいかわ ひとし、1961年 - )は、日本のジャー… 及川仁(おいかわ ひとし、1961年 - )は、日本のジャーナリスト。アメリカ同時多発テロ事件発生後のアフガニスタンからの一連の報道で2001年度ボーン・上田記念国際記者賞を受賞。イラク戦争時に共同通信社バグダッド支局長を務めた。 1961年岩手県水沢市(現・奥州市)生まれ。岩手県立水沢高等学校を経て、1985年早稲田大学第一文学部ロシア文学専修卒。1985年共同通信社入社。1993年より外信部記者。ベオグラード、モスクワ両支局を経て、2003年8月から2004年8月まで1年間バグダッド支局長。現在外信部デスク。 イラクで殉職した外交官の奥克彦やミャンマーで亡くなったジャーナリストの長井健司とも親交があった。