藤田 貴大(ふじた たかひろ、1985年(昭和60年)4月2… 藤田 貴大(ふじた たかひろ、1985年(昭和60年)4月27日 - )は、日本の劇作家・演出家。「マームとジプシー」主宰。北海道伊達市出身。
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藤田 貴大(ふじた たかひろ、1985年(昭和60年)4月2… 藤田 貴大(ふじた たかひろ、1985年(昭和60年)4月27日 - )は、日本の劇作家・演出家。「マームとジプシー」主宰。北海道伊達市出身。
赤澤 ムック(あかざわ むっく、1978年12月17日-)は… 赤澤 ムック(あかざわ むっく、1978年12月17日-)は、日本の劇作家・演出家・女優。劇団「黒色綺譚カナリア派」主宰。 北海道札幌市南区出身。株式会社COME TRUE所属。身長164センチメートル (cm)。趣味は、映画鑑賞・名曲喫茶巡り。 札幌静修高等学校を経て桐朋学園大学短期大学部芸術科演劇専攻を卒業後、劇団唐組に入団し女優として活躍。退団後、唐十郎に弟子入りする際友人に紹介された劇作家・内田幸四郎と共に劇団「黒色綺譚」を旗揚げし、劇作家・演出家としての活動を開始する。2003年、「黒色綺譚」より独立する形で、自身を主宰・演出・座付き作家とした劇団「黒色綺譚カナリア派」を旗揚げ。2011年12月に「黒色綺譚カナリア派」は番外公演を含め第17回目の公演となった『誤 / 娯楽』を以て活動を停止した(解散ではない)。
林 慎一郎(はやし しんいちろう、1977年1月26日 - … 林 慎一郎(はやし しんいちろう、1977年1月26日 - )は、日本の劇作家、演出家。極東退屈道場代表。北海道函館市出身。 函館ラ・サール高等学校、京都大学総合人間学部卒業。大学在学中に演劇活動を開始。2004年、伊丹想流私塾にて北村想に劇作を師事。2007年、公演ごとに俳優を集める個人プロデュース「極東退屈道場」を立ち上げる。 2011年、『サブウェイ』で、第18回OMS戯曲賞大賞を受賞し、以降、2年に渡り再演を続け、「列島縦断延伸ツアー」と称し、全国の地下鉄保有5都市(札幌、仙台、東京、大阪、福岡)にて上演する。 2013年、『タイムズ』で、第20回OMS戯曲賞特別賞を受賞し、佐藤信演出により再演する。
清水 友陽(しみず ともあき、1973年5月12日 - )は… 清水 友陽(しみず ともあき、1973年5月12日 - )は、日本の劇作家。演出家。ナレーター。 北海道紋別市生まれ。その後、北海道小樽市で育つ。北海学園大学卒業。身長183cm。 親が子供と一緒に観劇する会に所属していたため幼少期から演劇に親しんでおり、北海道小樽潮陵高等学校では高校演劇の全国大会(1990年度)に出場した。 北海学園大学演劇研究会出身で、TEAM NACSのメンバーと同時期に演劇活動をしていた。安田顕、戸次重幸、大泉洋とは同い年である(ただし学年はそれぞれ違う)。劇団イナダ組を経て、1997年に「清水企画」を立ち上げ、同代表となる。2005年若手演出家コンクール優秀賞受賞。2006年「WATER33-39」を始動させ、主宰する。
森崎 博之(もりさき ひろゆき、1971年〈昭和46年〉11… 森崎 博之(もりさき ひろゆき、1971年〈昭和46年〉11月14日 - )は、日本の俳優、タレント 、声優、ナレーター、映画監督、演出家、脚本家、劇作家、ディレクター、歌手、ラジオパーソナリティ、スーツアクター。愛称は「リーダー」、「モリ」。所属事務所はCREATIVE OFFICE CUE、業務提携先はアミューズ。演劇ユニット・TEAM NACSを主宰し、地元・北海道のローカルタレントとして活動する。北海道上川郡東川町出身。血液型はO型。既婚。 北海道上川郡東川町で生まれる。公務員である父の都合で、2歳の時に札幌市に引っ越す。その後、8歳の時に東川町に戻る。推薦で北海道旭川西高等学校理数科に入学し、1990年に卒業(高校の後輩に後のTEAM NACSメンバーとなる音尾琢真がいる)。
武田 晋(たけだ すすむ、1966年5月16日 - )は、日… 武田 晋(たけだ すすむ、1966年5月16日 - )は、日本の俳優、劇作家、演出家、ナレーター、演技講師。北海道出身。アットプロダクション及びオフィスティンブル所属。 他、現在札幌の情報誌『O.tone』にてエッセー『野茂英雄の如く』を連載中。 昭和41年札幌市北区にて、長万部町出身の父親と札幌出身の母親の元に生れる。 新聞記者であった父の転勤で五つの小学校を渡り歩いた。東京西新宿近辺に住んでいた頃、黒柳徹子やあのねのねを生で観覧し、芸能人に会えたことに感動した。野球が大好きでありながら、転校が多かったために少年団等に入れず、高校で野球部に入るまでは野球初心者だった。 北海道札幌白石高等学校に入学し、念願の野球部に入部したが初心者のため万年補欠であった。
斎藤 歩(さいとう あゆむ、1964年〈昭和39年〉12月2… 斎藤 歩(さいとう あゆむ、1964年〈昭和39年〉12月20日 - 2025年〈令和7年〉6月11日)は、日本の劇作家、演出家、俳優、演劇プロデューサー。北海道釧路市出身。ノックアウト所属。日本演出者協会理事。札幌座チーフディレクター。妻は女優の西田薫。 北海道釧路市に生まれ、父の転勤によって幼少期に本州に引っ越す。千葉県立佐倉高等学校を卒業。 父の母校であった北海道大学に進学。当初は地質学に興味があり、科学者志望だった。1984年、北大教養部自治会再建運動で委員長に立候補。民青系、社青同系、革マル系候補を圧倒する票を得たものの投票総数が規定に満たなかったため不成立となった。 ほぼ同時期、北大演劇研究会のアングラなテント公演、反天皇制演劇で知られる「驪団」公演を北大構内で行う運動をきっかけに演劇研究会に入会したのが演劇に関わるようになったきっかけである。
鐘下 辰男(かねした たつお、1964年1月16日 - )は… 鐘下 辰男(かねした たつお、1964年1月16日 - )は日本の劇作家・演出家。 日本劇作家協会理事。演劇企画集団「THE・ガジラ」主宰。現代アートワークショップ『塵の徒党』主宰。 桜美林大学 芸術文化学群 演劇・ダンス専修 教授 妻は舞台女優の文月遊。 北海道河東郡鹿追町生まれ。 北海道帯広三条高等学校の演劇部に所属していたことから、演劇の世界に魅了される。高校卒業後は日本工学院専門学校演劇コースに入学。その後劇団青年座研究所を経て、1987年演劇企画集団「THE・ガジラ」を創立。 1987年にTHE・ガジラ創立と同じくして、日本の劇的な江戸時代幕末期における新撰組の男たちを表現した作品『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・京都』はジェルスサーキットグランプリを受賞し、以後の上演作品にも本作品の様々なシリーズが発表されている。
要 ゆうじ(かなめ ゆうじ、本名非公表。1962年3月28日… 要 ゆうじ(かなめ ゆうじ、本名非公表。1962年3月28日 - )は、日本の脚本家・劇作家・ライター・俳優・声優・ナレーター。北海道旭川市出身。北海道旭川北高等学校卒業。 高校時代より、伝説のサブカルチャー雑誌「ビックリハウス」(パルコ出版)の常連投稿者として活動する(当時のペンネームは“かなめゆうじ”)。投稿時代の同期には、大槻ケンヂ、渡辺いっけい、犬童一心、常盤響などが常連投稿者だった。 18歳でアメリカに留学。帰国後上京し、同郷の作家である窪田僚に師事。1982年、窪田の紹介で雑誌ライターとしてデビューする。 1980年代前半の雑誌創刊ブームに乗り、主に芸能雑誌のインタビュアーとして活躍。
唐沢 俊一(からさわ しゅんいち、1958年5月22日 - … 唐沢 俊一(からさわ しゅんいち、1958年5月22日 - 2024年9月24日)は、日本のカルト物件評論家、コラムニスト、ラジオパーソナリティ、劇作家、演出家。元朝日新聞書評委員。 サブカルチャー、カルトとされる文化や物件について幅広い関心を持つ。書籍・映像・音楽・雑貨など昭和期における事物を今日的視点からB級文化として紹介することをライフワークとしていた。また、オタク文化の評論家として、各種メディアでのコメンテーターや、日本オタク大賞といったイベントの審査員を務めた。 北海道札幌市東区出身。本人の主張するところによれば、札幌光星高等学校、青山学院大学文学部教育学科卒業。東北薬科大学薬学部中退。
長谷川 康夫(はせがわ やすお、1953年〈昭和28年〉6月… 長谷川 康夫(はせがわ やすお、1953年〈昭和28年〉6月12日 - )は、日本の劇作家、演出家、脚本家、映画監督。妻は女優の大橋恵里子。 北海道生まれ。銀行の管理職であった父親の転勤で、幼少期は道内各地を転々として育った。北海道札幌南高等学校卒業後、早稲田大学政治経済学部に進むが中退。向島三四郎・知念正文主宰の劇団「暫」に入団し、つかこうへいと出会う。 在学中から劇団つかこうへい事務所に属し、74年「初級革命講座飛龍伝」でデビュー。劇団「暫」に所属のまま、風間杜夫、平田満らと、つかこうへい作品のほとんどに出演。『いつも心に太陽を』、NHKドラマ『かけおち'83』で主演。また、『蒲田行進曲』のヤスのモデルとして知られ、経歴等のキャラクター設定は長谷川のそれから取られている。
水谷 龍二(みずたに りゅうじ、1952年3月4日 - )は… 水谷 龍二(みずたに りゅうじ、1952年3月4日 - )は、日本の演出家・劇作家・脚本家。水谷竜二名義で活動していた時期もある。 北海道苫小牧市出身。苫小牧工業高等専門学校機械工学科卒。 1952年(昭和27年)生まれ。 工業高等専門学校生時代から映画や文学に傾倒する。 1972年(昭和47年)に上京して大手自動車メーカーに就職するも、5か月で退職。その後テレビで『コント55号のなんでそうなるの?』を観て、自分も台本を書いてみたいと思い、テレビ局に自作のコントの台本を持ち込む。後にその『コント55号のなんでそうなるの?』(日本テレビ系バラエティ番組)で、放送作家デビュー。 1982年(昭和57年)からは、テレビドラマの脚本や、芝居の作・演出を手がける。
松岡 義和(まつおか よしかず、1938年 – )は、日本の… 松岡 義和(まつおか よしかず、1938年 – )は、日本の劇作家。画家。教育者。市立名寄短期大学元学長。北海道常呂郡訓子府町出身。 1956年北海道北見柏陽高等学校卒業。1960年日本大学芸術学部卒業。同年、小清水町立中学校美術教諭。その後、紋別市立潮見中学校美術教諭、北見市立富里中学校美術教諭などを経て、1994年市立名寄短期大学生活科学科教授。1996年市立名寄短期大学学生部長。2002年市立名寄短期大学学長に就任。2006年市立名寄短期大学退官。同名誉教授。現在、大空町図書館長。芸術教育の会会長。北海道手作り絵本の会会長。
原子 修(はらこ おさむ、1932年11月13日 - 202… 原子 修(はらこ おさむ、1932年11月13日 - 2024年1月30日)は、日本の詩人、劇作家。札幌大学名誉教授、日本文芸家協会会員、日本現代詩人会会員。 北海道函館市生まれ。北海道学芸大学(現在の北海道教育大学)卒。24歳で処女作『第一詩集』刊行。札幌市教育委員会文化課長、札幌彫刻美術館館長などを歴任。1989年札幌大学教養部教授、総合文化部教授、2003年定年退任、名誉教授。 北海道の縄文文化に関心が深く、『縄文の花』『縄文の夜明け』といった詩劇や叙事詩を発表した。また、北海道龍馬会の会長も務めた。 2024年1月30日、小樽市内の病院で、肺炎のため死去した。91歳没。
遠藤 啄郎(えんどう たくお、1928年12月4日 - 20… 遠藤 啄郎(えんどう たくお、1928年12月4日 - 2020年2月7日)は、日本の劇作家・演出家・舞台用の仮面作成者。横浜ボートシアター代表。本名は遠藤 琢郎。
小南武朗(こみなみ たけろう、1927年(昭和2年)11月2… 小南武朗(こみなみ たけろう、1927年(昭和2年)11月28日 - 2017年(平成29年)7月10日)は、日本の劇作家。テレビ草創期のドラマ演出家。元小樽短期大学学長。 北海道函館市出身。1953年北海道大学文学部卒業。1953年(昭和28年)北海道放送(HBC)に入社。ラジオドラマの作・演出に携わる。同社がテレビを開局するとテレビドラマに移り、TBS系「東芝日曜劇場」の同社制作第1作となる「北緯四十三度」を全編生放送で演出する。以後、北海道の風土を背景にしたドラマ制作の基礎を築く。小南に師事した演出家には守分寿男がいる。1982年定年退職。 1983年北海道大学や藤女子大学で講師(1994年まで)。
中江 良夫(なかえ よしお、1910年5月3日 - 198… 中江 良夫(なかえ よしお、1910年5月3日 - 1986年1月8日)は、日本の劇作家、脚本家である。 1910年(明治43年)5月3日、北海道に中江吉雄として生まれる。弟に喜劇人の佐山俊二がいる。登別市の旧制・尋常小学校を卒業し、札幌郵便局(現在の札幌中央郵便局)に就職したが、その後上京した。 さまざまな職業を経て、1940年(昭和15年)東京・新宿のムーランルージュ新宿座文芸部に入る。おなじころにNHKでラジオドラマを手がけ、中江の『かし家』が1942年(昭和17年)に発行された『放送劇名作選』(日本放送協会編、日本放送出版協会)に収録された。 1945年(昭和20年)の第二次世界大戦後、ムーランルージュで社会風俗劇『生活の河』、『にしん場』などを発表した。