春風亭 いっ休(しゅんぷうてい いっきゅう、1993年11月… 春風亭 いっ休(しゅんぷうてい いっきゅう、1993年11月11日 - )は、落語協会所属の落語家。本名は永井 智理。出囃子は『北海子供盆おどり唄』。 北海道札幌市出身。北嶺高等学校、京都大学理学部卒業。京都大学落語研究会OB。当時の高座名は「道楽亭栗鈴」。 2018年2月、春風亭一之輔に入門。一之輔の3番弟子となる。2019年7月、前座となる、前座名「いっ休」。 2023年11月1日、鈴々舎美馬、柳家小太郎と共に二ツ目昇進。 大学在学中、実験用のナメクジを誤って全て死なせてしまった。 字が丁寧で上手である。罫線などのないネタ帳の見栄えが美しいと定評がある。 前座時代にらくごカフェで行われたYouTube配信ありの一門会で出囃子に一休さんのテーマソングが流れた。
四代目 松柳亭 鶴枝(しょうりゅうてい かくし、1991年6… 四代目 松柳亭 鶴枝(しょうりゅうてい かくし、1991年6月14日 - )は、落語協会所属の落語家。本名:海野 達哉。定紋は「三つ追い折れ松葉に折鶴」。 北海道札幌北高等学校出身。 2010年2月に四代目柳亭市馬に入門、同年9月11日、前座となる。前座名「市助」。 2015年5月21日、林家けい木、柳家吉緑、柳家やなぎ、林家なな子と共に二ツ目昇進、「柳亭市童」と改名。 2018年12月、第4回渋谷らくご大賞・おもしろい二つ目賞を受賞。 2025年3月21日、柳家緑太、柳家花飛、林家けい木改め林家木久彦、柳家吉緑と共に真打昇進し、「四代目松柳亭鶴枝」を襲名した。同名跡は三代目(俳優尾藤イサオの実父、歌手尾藤桃子の祖父)が1947年に死去して以降、空き名跡となっていたが78年ぶりの名跡復活となる。
林家 扇(はやしや せん、1990年3月13日 - )は、落… 林家 扇(はやしや せん、1990年3月13日 - )は、落語協会に所属していた元落語家。廃業後は本名の一丸 さくら名義で俳優活動をしている。 北海道恵庭市出身。恵庭小学校、恵明中学校を卒業し、札幌市の高校へ進学。中学校時代はソフトボール部に所属していた。 テレビ番組の『笑点』を見て「木久ちゃん、かわいい」と思っていたが、その林家木久扇は本も執筆し、絵も描ける多彩な面があることを知り、木久扇の弟子に林家きく姫という女性落語家がいることを知ると、高校2年のときに弟子入り志願の手紙を木久扇に送った。木久扇からの返信で札幌公演に招かれて対面し、木久扇からは「高校だけは卒業しなさい」と言われる。高校3年時に再度公演に足を運んで対面した際に卒業後の弟子入りを認めてくれたため、高校卒業後の2008年4月に東京に移り住み、木久扇に弟子入りした。
柳家 やなぎ(やなぎややなぎ、1990年2月18日 - )は… 柳家 やなぎ(やなぎややなぎ、1990年2月18日 - )は、落語協会に所属する落語家。本名∶卯野 博幸。 過去には「春風やなぎ」を名乗る落語家がいた。 2008年3月、北海道中標津高等学校を卒業後、日本映画学校に進学。 2010年3月に卒業し、9月に柳家さん喬に入門、翌年2月に前座名「柳家さん坊」で前座となり、柳家花どん、林家なな子と共に楽屋入り。 2015年5月21日に林家けい木、柳亭市童、柳家吉緑、林家なな子と共に二ツ目昇進。「柳家やなぎ」と改名。 2025年9月21日より、林家なな子、吉原馬雀、入船亭遊京改め入船亭扇白、金原亭馬久改め六代目金原亭馬好と共に真打に昇進した。
林家 きよ彦(はやしや きよひこ、1988年4月10日 - … 林家 きよ彦(はやしや きよひこ、1988年4月10日 - )は、北海道出身の落語家。本名:早坂 清花。出囃子:『仲よし小道』。紋∶光琳蔦・でんでんこぶし。 入門前まで札幌で過ごす。市立札幌藻岩高校卒業。藤女子大学在学時に、第5回・第8回の全日本学生落語選手権『策伝大賞』決勝に進出する。当時の芸名は「でっ亭 悠」、「藤花亭 梅殊」。大学卒業後も単独で北海道で落語を続けていた。 社会福祉士として障がいのある人たちのアート活動に携わり、東日本大震災時には移動支援ボランティアとして赴いた宮城県石巻市の避難所の利用者からの依頼により落語も演じている。 2016年9月、林家彦いちに入門。翌年10月1日に楽屋入り前座となる。
桂 松福(かつら しょうふく、1983年7月30日 - )は… 桂 松福(かつら しょうふく、1983年7月30日 - )は、落語芸術協会に所属する落語家。桂米福門下の二ツ目。本名∶関 達郎。出囃子は「ちょんきな」。 北海道恵庭市出身。札幌学院大学卒業。 2019年2月に桂米福に入門。前座名「壱福」。同年9月に楽屋入り。 2023年9月下席より、桂伸ぴん改メ桂銀治とともに二ツ目に昇進。高座名を「松福」に改める。 この項目は、落語家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:舞台芸術/PJ:お笑い)。
立川 談寛(たてかわ だんかん、1981年(昭和56年)12… 立川 談寛(たてかわ だんかん、1981年(昭和56年)12月14日 - )は、北海道帯広市出身の落語家である。本名∶後藤 正寿。七代目立川談志の最後の弟子で、立川左談次、立川談修の預かり弟子を経て、落語立川流の真打となる。出囃子は『梅が枝の手水鉢』。 北海道芽室高等学校卒業後、札幌の専門学校を卒業する。インカレである北海道大学落語研究会に所属していた。 2008年3月、立川談志に入門し、4月に談吉となる。 2011年6月、二ツ目昇進するも11月21日、師匠・立川談志死去。弟子の中でただ一人師匠の最期を看取り、死装束・納棺を手伝う。談吉以外の弟子たちが談志の死を知ったのはすでに荼毘に付された11月23日のことだった。
ようへい(1979年〈昭和54年〉3月18日 - )は、日本… ようへい(1979年〈昭和54年〉3月18日 - )は、日本のお笑い芸人、ラジオパーソナリティ、元落語家 。本名、堀川 陽平。 北海道芦別市出身。江別市在住。2019年12月より、『星の降る里あしべつ応援大使』を任命。 芦別市立緑ヶ丘小学校、芦別市立芦別中学校、北海道立芦別高等学校卒業
桂 三段(かつら さんだん、1976年8月27日 - )は、… 桂 三段(かつら さんだん、1976年8月27日 - )は、日本の落語家。上方落語協会会員。 本名は小川洋二。北海道帯広市出身。札幌市清田区在住。上方落語協会では唯一の北海道出身者でもある。 趣味は映画鑑賞、スポーツ、カレーの食べ歩き、一人暮らしの超簡単レシピなど。歯科技工士の資格を持つ。 北海道芽室高等学校、札幌歯科学院専門学校卒業。歯科技工士、工場勤務、パチンコ店員などを経て、2005年6月13日、桂三枝(後の六代目桂文枝)に入門。 よしもとクリエイティブ・エージェンシー(現・吉本興業)の「あなたの街に住みますプロジェクト」により島根県に派遣され、2011年5月から「住みます芸人」として松江市に在住。
十一代目 春風亭 柏枝(しゅんぷうてい はくし、1974年6… 十一代目 春風亭 柏枝(しゅんぷうてい はくし、1974年6月19日 - )は、落語家。落語芸術協会所属。出囃子は『筑摩祭』。本名∶菊池 貴紀。北海道札幌市出身。父はレークプラシッドオリンピックバイアスロン日本代表の菊地二久。 札幌市立清田中学校、北海道北広島高等学校、札幌学院大学卒業。フリーターを経て上京し、浅草演芸ホールで落語を見て関心を持つ。 2001年3月、七代目春風亭柳橋に入門し春風亭べん橋を名乗る。2004年 - 柳橋没後、兄弟子の十代目春風亭柏枝門下へ移籍。 2005年6月、二ツ目昇進。 2014年5月に五代目柳家小蝠、神田京子と共に真打昇進、十一代目春風亭柏枝を襲名。
三遊亭 金八(さんゆうてい きんぱち、1970年10月5日 … 三遊亭 金八(さんゆうてい きんぱち、1970年10月5日 - )は落語協会所属の噺家。本名∶木村 吉伸。 北海道に生まれる。父親は歯舞群島志発島・相泊(北方領土)出身。そのため、金八は元島民二世である。 1989年3月、 北海道根室高等学校を卒業する。 1990年4月、四代目三遊亭金馬に入門、三遊亭金八として内弟子の前座修行をした。5月に上野鈴本演芸場で初高座。 1993年11月、鈴々舎鈴之助、林家いっ平と共に二ツ目に昇進。 2002年3月 古今亭菊生、林家彦いち、入船亭扇辰、鈴々舎鈴之助と共に真打に昇進。 北海道根室市出身。腹話術を披露する時は「ター坊」を相方とし、「ぱちこく堂」を名乗る。
春風亭 鯉枝(しゅんぷうてい こいし、1969年1月1日 -… 春風亭 鯉枝(しゅんぷうてい こいし、1969年1月1日 - )は日本の落語家。本名:渡利 哲也、落語芸術協会所属。 北海道滝川市生まれ。趣味は競馬と麻雀。 北海道滝川西高等学校卒業後、社会人を経験したのち、1995年(平成7年)に春風亭鯉昇(現瀧川鯉昇)に入門した。同7月に前座入りし、前座名は「鯉枝」であった。 1999年(平成11年)7月に二ツ目に昇進した。出囃子は『月の巻(つきのまき)』。 2009年(平成21年)5月に真打に昇進したが、亭号は本人のこだわりによって「春風亭」のままとしている。なお、同期に真打に昇進した落語家に三遊亭遊喜、橘ノ杏奈、瀧川鯉太、3代目桂枝太郎がいる。 大師匠の春風亭柳昇を思わせる新作落語で注目されたが、2011年(平成23年)にアルコール依存症を発症。
金原亭 馬遊(きんげんてい ばゆう、1966年9月1日 - … 金原亭 馬遊(きんげんてい ばゆう、1966年9月1日 - 2024年10月9日)は、落語協会所属の落語家。本名は高満毅一。 北海道根室市出身。札幌大学経済学部卒。 1989年4月、金原亭伯楽に入門。前座名「桂太」として古今亭菊司と同時に楽屋入り。 1992年11月に古今亭菊翔(菊司改め)と共に二ツ目昇進。 2001年9月に柳家禽太夫、入船亭扇治、橘家文左衛門、三遊亭萬窓、三遊亭白鳥、柳家一琴、林家きく姫、古今亭駿菊(菊若改め)、柳家三太楼と共に真打昇進。「馬遊」と改名。 2024年10月9日、脳室内出血のため、東京都内の病院で死去した。58歳没。亡くなる数か月前から入院しており、三遊亭白鳥が8月に病院に見舞いに行っている。
三遊亭 道楽(さんゆうてい どうらく、1961年10月19日… 三遊亭 道楽(さんゆうてい どうらく、1961年10月19日 - )は、北海道釧路市出身の落語家。五代目円楽一門会所属。本名∶斎藤 稔哉。出囃子は『のっと』。 北海道釧路北陽高等学校を経て、1980年に北海道教育大学釧路分校(現・北海道教育大学釧路校)小学校教員養成課程に入学した。 1983年3月、五代目三遊亭圓楽に入門、命名「道楽」で初高座。北海道生まれのため「道楽」と名付けられたか、一門などによく「道楽好き」だからそう名付けられたとネタにされる。 1986年10月に二ツ目昇進。 1991年10月、三遊亭栄楽と共に真打に昇進した。
三遊亭 洋楽(さんゆうてい ようらく、1958年6月24日 … 三遊亭 洋楽(さんゆうてい ようらく、1958年6月24日 - 2017年12月28日)は、日本の落語家、政治家。円楽一門会所属。函館市議会議員(1期)。 北海道函館市生まれ。北海道北斗市育ち。北海道函館西高等学校で2年間学び転校、札幌大学経済学部卒業。
橘家 富蔵(たちばなや とみぞう、1955年12月27日 -… 橘家 富蔵(たちばなや とみぞう、1955年12月27日 - )は、北海道常呂郡常呂町(現:北見市)出身の落語家。落語協会所属。出囃子は『富蔵』。本名∶高橋 英義。 札幌旭丘高等学校、札幌大学経営学部経営学科卒業。大学1年生のときに怪我で野球部を退部し、ちょうど発足したばかりだった落語研究会に入部。2年生でプロの落語家を目指し、卒業後に上京する。1979年4月に五代目月の家圓鏡に入門。翌年6月に前座になる。名は月の家杵助。 1983年3月に二ツ目昇進、橘家舛蔵に改名。 1995年3月に柳家小三太、三遊亭圓王、初音家左橋、古今亭菊輔、三遊亭吉窓、金原亭生駒、柳家一九、林家うん平、桂扇生と共に真打昇進。
五代目 柳亭 痴楽(りゅうてい ちらく、1951年11月30… 五代目 柳亭 痴楽(りゅうてい ちらく、1951年11月30日 - 2009年9月7日)は、北海道石狩郡当別町生まれの落語家。落語芸術協会所属、同協会常任理事を務めたが、病臥後は相談役に退いていた。出囃子は『将門』、定紋は「蔓結びかたばみ」、本名:澤邊 幸三。 札幌商業高校中退後、1968年1月に四代目柳亭痴楽に入門。前座名は「痴太郎」。 1972年5月に二ツ目昇進、「小痴楽」と改名。1976年にNHK新人落語コンクール優秀賞を、1979年に文化庁芸術祭優秀賞を受賞。 1983年5月に四代目春雨や雷蔵、古今亭寿輔、三笑亭夢之助、桂京丸、五代目春風亭柳條、三遊亭春馬と共に真打昇進。 1989年、国立演芸場花形新人大賞受賞。
三笑亭 夢之助(さんしょうてい ゆめのすけ、1949年〈昭和… 三笑亭 夢之助(さんしょうてい ゆめのすけ、1949年〈昭和24年〉6月5日 - )は、元落語家、元タレント。北海道札幌市出身(南富良野町生まれ)。本名∶佐藤 信夫。出囃子∶『奴の行列』。 1968年に三笑亭夢楽に入門、前座名「夢九」。 1972年、二ツ目昇進し「夢之助」に改名。 1983年に四代目春雨や雷蔵、二代目柳亭小痴楽、古今亭寿輔、桂京丸、五代目春風亭柳條、三遊亭春馬と共に真打昇進。 タレントとしてはアートプロモーションに所属し、2015年頃までは落語芸術協会の理事も務めていたが、2019年頃に同協会を退会して引退した。若手時代から親交のあった桂米助と三遊亭小遊三がYouTubeの対談で明かしたところによると、夢之助は肺気腫を患って次第に寄席へ出演しなくなり、講演程度の活動は続けるとしていたものの、最終的に同協会へ名跡返上の手紙を出し、完全に廃業したという。
芝垣 美男(しばがき よしお、1945年 - )は、日本の弁… 芝垣 美男(しばがき よしお、1945年 - )は、日本の弁護士・アマチュア落語家。高座名は「山笑亭小粒」。芝垣美男法律事務所所長。札幌弁護士会所属。北海道室蘭市生まれ。 1969年北海道大学法学部卒業。在学中に司法試験合格。また、在学中に北海道大学落語研究会初代会長を務めた。1974年弁護士登録。芝垣美男法律事務所所長。1984年室蘭落語長屋に参加し、本格的に落語家活動も始める。1994年(平成6年)全日本社会人落語選手権大会で準優勝。2010年現在、北海道素人落語協会会長。 この他、1985年に札幌弁護士会副会長。 『北海道人物・人材情報リスト2004 か-と』(日外アソシエーツ編集・発行、2003年)p966 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。