水野 俊平(みずの しゅんぺい、1968年(昭和43年)1月… 水野 俊平(みずの しゅんぺい、1968年(昭和43年)1月5日 - )は、日本の言語学者。北海商科大学教授。文学博士。研究テーマは朝鮮語教育(論文講読)、北東アジアにおける国家・民族間相互感情の分析と異文化コミュニケーションの展開可能性。野平 俊水(のひら しゅんすい)というペンネームで執筆することもある。野平名義の自著において「韓国で一番有名な日本人」と呼ばれたとする。 北海道室蘭市出身。登別南高等学校を経て、1990年(平成2年)に天理大学外国語学部朝鮮学科卒業。韓国の国立全南大学校国語学部国語学科大学院に留学し、1993年(平成5年)に修士学位をとり、1995年(平成7年)に博士課程を修了、同大学の日本語学科非常勤講師として働き始めた。
松本 曜(まつもと よう、1960年1月 - )は、日本の言… 松本 曜(まつもと よう、1960年1月 - )は、日本の言語学者。専門は意味論。福音派の教会に所属するクリスチャンでもある。 北海道札幌市生まれ。北海道札幌南高等学校、上智大学外国語学部英語学科卒業。スタンフォード大学大学院言語学哲学博士号取得。東京基督教大学講師、明治学院大学文学部助教授、神戸大学大学院人文学研究科教授、国立国語研究所理論・対照研究領域 教授等を経て、現在、名古屋外国語大学教授。
岡山 洋一(おかやま よういち、1959年(昭和34年)4月… 岡山 洋一(おかやま よういち、1959年(昭和34年)4月18日 - )は英語学者。北海道帯広市出身。 英語教育とディベート教育の両分野で活躍している。札幌ディベート研究所代表、ディベートアゴラ主宰。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
野間 秀樹(のま ひでき、1953年2月 - )は、日本の言… 野間 秀樹(のま ひでき、1953年2月 - )は、日本の言語学者。専門は、言語論・朝鮮語学・日朝対照言語学・朝鮮語教育。東京外国語大学大学院教授、ソウル大学校韓国学研究所特別研究員、明治学院大学客員教授などを歴任。美術家としての顔も持つ。韓国・朝鮮と日本、双方の血を嗣ぐ。 1953年、福岡県生まれ。1971年3月、北海道小樽潮陵高等学校卒業。1977年3月、東京教育大学教育学部芸術学科構成専攻中退。 美術家として活動していたが、1983年4月、30歳で東京外国語大学外国語学部朝鮮語学科に入学。1987年3月、同卒業。1989年3月、同大学大学院外国語学研究科アジア第一言語専攻修士課程修了。 1991年4月、東京外国語大学外国語学部講師。
佐藤 久美子(さとう くみこ、1952年5月25日 - )は… 佐藤 久美子(さとう くみこ、1952年5月25日 - )は、日本の言語学者、玉川大学教授。玉川大学大学院脳情報・文学研究科、リベラルアーツ学部教授、脳科学研究所言語情報研究センター主任。専門分野は言語心理学・応用言語学・英語教育。乳幼児の言語獲得・発達を研究し、その結果に基づく英語教育を提案している。趣味はピアノや料理、ショッピング。 北海道函館市出身。津田塾大学学芸学部を卒業し、1982年同大学大学院文学研究科博士課程修了。文学修士。玉川大学の教授で「認知とコミュニケーションの言語心理学・発達心理学的研究」をしている。日本英語学会、大学英語教育学会、JAAL -in- JACET、日本認知科学会、日本音声学会、日本心理学会、日本赤ちゃん学会、日本子ども学会といった多方面の学会に所属している。
金谷 武洋(かなや たけひろ、1951年 - )は、カナダ在… 金谷 武洋(かなや たけひろ、1951年 - )は、カナダ在住の日本人言語学者。専門は類型論、日本語教育。 北海道北見市生まれ。函館ラ・サール高等学校を経て、東京大学教養学部教養学科フランス分科卒業。1975年カナダ・ケベックに渡り、ラヴァル大学で修士号(言語学)、1995年「La notion de sujet en japonais : historique et état présent」でモントリオール大学で博士号(言語学)取得。カナダ放送協会国際局などを経て、2012年までモントリオール大学東アジア研究所日本語科科長を務めた。 専門は言語類型論。本人によれば、三上章の影響であるとしている、独特の「『主語』否定論」を広めている。
高野 繁男(たかの しげお、1934年6月29日 - )は、… 高野 繁男(たかの しげお、1934年6月29日 - )は、日本語学者、神奈川大学名誉教授。 北海道深川市生まれ。上智大学大学院博士課程満期退学。1976年神奈川大学外国語学部助教授、教授、2005年定年、名誉教授。
田辺 洋二(たなべ ようじ、1933年4月1日 -2004年… 田辺 洋二(たなべ ようじ、1933年4月1日 -2004年12月19日 )は、日本の言語学者。大学英語教育学会会長、早稲田大学教育学部英語英文学科教授、東京国際大学言語コミュニケーション学部長。専門は英語教育。北海道函館市出身。
岩城 禮三(いわき れいぞう、1930年 – 2017年)は… 岩城 禮三(いわき れいぞう、1930年 – 2017年)は、日本の言語学者・教育者。専門は英語教育。札幌医科大学名誉教授。北海道岩内郡岩内町生まれ 1946年北海道庁立岩内中学校卒。1949年小樽経済専門学校卒。岩内町立岩内第二中学校英語教諭。1950年北海道岩内高等学校英語教諭。1956年日本大学文学部英文学科卒。1961年北海道札幌旭丘高等学校英語教諭。1966年ジョージタウン大学大学院外国語教育学課程修了。1969年札幌香蘭女子短期大学英文科専任講師。1969年北海道立教育研究所語学教育研究室長。1969年通訳案内士取得。1970年小樽商科大学短期大学部助教授。1980年札幌医科大学医学部教授。
北村 正司(きたむら しょうじ、1910年(明治43年) -… 北村 正司(きたむら しょうじ、1910年(明治43年) - 1989年(平成元年))は、日本の英語学者。専門は英語教育。英米文化。
知里 真志保(ちり ましほ、1909年〈明治42年〉2月24… 知里 真志保(ちり ましほ、1909年〈明治42年〉2月24日 - 1961年〈昭和36年〉6月9日)は、アイヌの言語学者。文学博士。北海道大学名誉教授。専攻はアイヌ語学。姉は『アイヌ神謡集』著者の知里幸恵、伯母は口承文芸伝承者の金成マツ。 1909年2月24日、北海道幌別郡登別村(現在の登別市登別本町)で生まれた。。1929年3月、北海道庁立室蘭中学校(現在の北海道室蘭栄高等学校)を卒業し、地元の幌別役場に勤務する。その後、喜田貞吉と金田一京助が両親に大学進学を勧め、進学を決意した。 1930年、上京して東京・杉並の金田一家に逗留し、第一高等学校に150人中12番の成績で合格し入学。1933年3月に卒業。
木曽 栄作(きそ えいさく、1905年1月19日 - 198… 木曽 栄作(きそ えいさく、1905年1月19日 - 1984年)は、日本の英語学者。専門は商業英語。 北海道小樽市出身。1927年(昭和2年)小樽高等商業学校卒業。1931年(昭和6年)小樽高等商業学校助教授。1937年、アメリカペンシルベニア大学経営学部大学院に入学し、商業英語と国際貿易の研究のため、文部省在外研究員として在留。1939年、同大学修士課程修了。1943年、正六位に叙される。1944年、小樽経済専門学校教授。翌年、勲六等に叙せられ瑞宝章を授与される。1950年、小樽商科大学教授と小樽経済専門学校教授を兼務。1960年、再びアメリカへの出張を命じられ、ミシガン大学大学院言語学科において、英語学と外国語教授法を学ぶ。
田中 菊雄(たなか きくお、1893年11月19日 - 19… 田中 菊雄(たなか きくお、1893年11月19日 - 1975年3月29日)は、日本の英語学者、英和辞典編纂者である。 北海道小樽市生まれ。父の事業の失敗が元で、貧窮に耐えて暮らした。旭川市の高等小学校に通学したのち、旭川駅所属の列車ボーイとなる。文学青年だった車掌から小説を借りては、乱読していたという。 列車ボーイを辞め、18歳のときに上川郡鷹栖村近文第一高等尋常小学校の代用教員に採用され、翌年、検定試験に合格し正教員となった。このころ英文学研究を志し、独学に没頭するかたわら、遠距離に住んでいたアメリカ人教師に学ぶ。田中の学習法は「睡眠時間節約のために、一切室に火をおかず、床をとらず、端然として机に向って、いよいよ眠くなってたまらなくなると、そのまま外套をかぶってゴロリと畳の上にねる」「やや眠りが浅くなってだんだんと寒くなって目をさますと、すぐまた机に向うという極端な手段」といったような壮絶なものであった。