大花竜 勝磨(おおかりゅう かづま、2001年10月9日 -… 大花竜 勝磨(おおかりゅう かづま、2001年10月9日 - )は、青森県十和田市出身で立浪部屋所属の現役大相撲力士。本名は山崎 勝磨(やまざき かづま)。身長177.5cm、体重158.7kg。最高位は西幕下2枚目(2026年3月場所)。 祖父と父が共に学生相撲経験者であった影響を受け、小学校1年時に相撲を始めた。青森県立三本木農業高等学校(現:青森県立三本木農業恵拓高等学校)では2年時に国体ベスト8、3年時に全日本体重別選手権ジュニア重量級3位などの実績を残した。 近畿大学へ進学し、3年時に全国学生個人体重別選手権大会の決勝で中村泰輝に勝利して優勝。4年時の全国学生相撲選手権大会では同学年の三田大生らと共に団体優勝を果たし、国体ではベスト16入りした。
尊富士 弥輝也(たけるふじ みきや、1999年〈平成11年〉… 尊富士 弥輝也(たけるふじ みきや、1999年〈平成11年〉4月9日 - )は、青森県北津軽郡金木町(現:五所川原市)出身で、伊勢ヶ濱部屋所属の現役大相撲力士。本名は石岡 弥輝也(いしおか みきや)。身長184cm、体重151kg。最高位は東前頭4枚目(2025年5月場所)。血液型はA型。 いわゆる「花のイチイチ組」の1人。 2024年3月場所において、新入幕力士としては1914年5月場所の両國以来110年ぶりとなる幕内最高優勝を果たした。 祖父が草相撲の強豪だった縁で、保育園の頃から相撲を始めた。保育園児の頃は、稽古後のコンビニで買ってもらっていた唐揚げが楽しみで、そのために相撲の稽古を行った。
今 日和(こん ひより、1997年8月21日 - )は、日本… 今 日和(こん ひより、1997年8月21日 - )は、日本の女子相撲選手。 青森県西津軽郡鰺ヶ沢町出身。少年力士だった兄からの影響を受けて、小学校1年生のときに相撲を始めた。中学生のときは相撲部に所属していたが、高校生になると男女の実力差が大きくなるため、母校である中学校の男子相撲部員を相手に稽古した。2014年と2015年、世界女子ジュニア相撲選手権大会の重量級で優勝した。 小学生の頃から「相撲を世界に広めたい」と望んでおり、青森県立鰺ヶ沢高等学校から2016年に国際関係学部と相撲部の両方がある立命館大学に進学。2018年と2019年の相撲世界選手権では無差別級に出場し、準優勝した。 今日和を取材した短編ドキュメンタリー映画『Little Miss Sumo』は、2018年のロンドン映画祭などで上映されており、日本では2019年に『相撲人』という題名で公開された。
阿武咲 奎也(おうのしょう ふみや、1996年7月4日 - … 阿武咲 奎也(おうのしょう ふみや、1996年7月4日 - )は阿武松部屋に所属した元大相撲力士。青森県北津軽郡中泊町出身。本名・打越 奎也(うてつ ふみや)。身長176cm、体重165.0kg、血液型はO型。最高位は西小結(2017年11月場所、2018年1月場所)。 祖父の勧めで5歳から相撲を始め、地元の中里道場に通って力をつけた。阿武松部屋の子供向け相撲教室「キッズ阿武松」も5歳の頃から通い、まだ阿武松部屋に入門するかしないかの頃であった阿夢露は当時から打越を知っていた。宝富士は中里道場の10学年先輩で、打越の憧れ。NHK大相撲中継の新十両インタビューでは「力士がカッコいいと思いました」と当時から大相撲に憧れていたことを話している。
大成道 喜悌(だいせいどう よしとも、1992年12月30日… 大成道 喜悌(だいせいどう よしとも、1992年12月30日 - )は、青森県八戸市出身で木瀬部屋(入門時は北の湖部屋)に所属した元大相撲力士。本名は笹山 喜悌(ささやま よしとも)。身長179.0cm、体重148.7kg、最高位は西十両12枚目(2017年11月場所)。 好きなタレントは岡本玲。顔がメラニア・トランプに似ている。平成4年度生まれの関取を指す、いわゆる「花のヨン組」の1人。 実兄・笹山数馬も、木瀬部屋に所属した元力士である(四股名:笹山。2008年3月場所初土俵、2019年1月場所限りで引退。最高位は東幕下21枚目)。 相撲は八戸市立湊小学校1年次から部活で始めた。青森県立八戸水産高校相撲部の出身で、国体ではベスト8に入っている。
豪頂山 傑士(ごうちょうざん まさし、1987年8月26日 … 豪頂山 傑士(ごうちょうざん まさし、1987年8月26日 - )は、モンゴル国ウランバートル市出身で峰崎部屋に所属した元大相撲力士。身長175cm、体重116kg。本名はデルゲルサイハン・ウーガンバータル。最高位は東幕下7枚目(2015年9月場所)。 子供の時からモンゴル相撲を経験し、中学校ではレスリングを経験した。2003年8月に留学生として青森山田高校に進学し、相撲部に所属した。2006年3月場所、部屋初の外国人力士として初土俵を踏む。当初は四股名を透川豪志と名乗った。四股名の由来は郷里のトール川、下の名の「豪志」は峰崎の下の名に因んだ。四股名「透川」の由来には他にも諸説あり、高校時代の友人の下の名前「透」を拝借したとも、北欧神話にあやかったともされている。
宝富士 大輔(たからふじ だいすけ、1987年2月18日 -… 宝富士 大輔(たからふじ だいすけ、1987年2月18日 - )は、青森県北津軽郡中里町(現在の中泊町)出身で伊勢ヶ濱部屋所属の現役大相撲力士。本名は杉山 大輔(すぎやま だいすけ)。愛称は、パンダ、角界のマツコ(・デラックス)、たーたん。身長186cm、体重165kg、血液型はAB型。得意手は左四つ、寄り。最高位は西関脇(2016年9月場所)。趣味は音楽鑑賞。好物はオムライスとハンバーグ。嫌いなものは納豆。
誉富士 歓之(ほまれふじ よしゆき、1985年5月6日 - … 誉富士 歓之(ほまれふじ よしゆき、1985年5月6日 - )は、青森県西津軽郡鰺ヶ沢町出身で伊勢ヶ濱部屋に所属していた元大相撲力士。現在は年寄・楯山。本名は三浦 歓之(みうら よしゆき)。血液型はB型。愛称は、ミッちゃん。身長は180cm、体重は163kg。得意手は突き・押し。最高位は西前頭6枚目(2015年11月場所)。 好きな食べ物は寿司。趣味はコレクション(ガンプラなど)、天体観測、海釣り。憧れの力士は武双山で、武双山に倣って銀ねずの締め込みをしていたこともある。 小学3年生の時から相撲を始めた。始めた理由は「好きな女の子を守れるような強い男になりたい!」というものだった。鰺ヶ沢町立鰺ヶ沢第一中学校では3年の時に全国中学校相撲選手権大会で準優勝するなど頭角を見せた。
将司 昂親(まさつかさ こうしん、1984年6月7日 - )… 将司 昂親(まさつかさ こうしん、1984年6月7日 - )は、青森県西津軽郡深浦町出身で入間川部屋に所属した元大相撲力士。本名は小野 正仁(おの まさひと)、愛称はマサ。身長183cm、体重143kg、血液型はA型。得意手は、突き、押し。最高位は西前頭8枚目(2008年9月場所、2010年9月場所)。2011年の大相撲八百長問題にて引退勧告処分を受け、引退した。 海鵬・安壮富士・安美錦を輩出した相撲道場「天心館」で幼い頃から相撲を始める。深浦町立大戸瀬中学校では相撲部に所属し、青森県立五所川原農林高等学校時代には全国大会に出場するなど活躍した。一時は就職を考えたが相撲部監督から入間川親方(元関脇・栃司)を紹介され、卒業と同時に入間川部屋に入門。
寶智山 幸観(ほうちやま こうかん、1982年1月18日 -… 寶智山 幸観(ほうちやま こうかん、1982年1月18日 - )は、青森県弘前市出身で境川部屋(入門時は中立部屋)所属の元大相撲力士。本名は棟方幸観(むなかた ゆきみ)。身長188cm、体重155kg、血液型はO型。得意手は突き、右四つ、寄り。最高位は西前頭14枚目(2006年9月場所、2007年5月場所)。現在は年寄・君ヶ濱。なお、「寶」という文字は常用漢字外であるため新聞・雑誌などでは宝智山(のちの四股名の時は宝千山)と表記されることが多い。関取として在位した場所はすべて寶智山の四股名で在位。
栃翼 祐一(とちつばさ ゆういち、1980年10月3日 - … 栃翼 祐一(とちつばさ ゆういち、1980年10月3日 - )は、青森県北津軽郡鶴田町出身で春日野部屋に所属していた元大相撲力士。本名は加賀谷 祐一(かがや ゆういち)、身長167cm、体重99.8kg。最高位は東幕下4枚目(2012年1月場所)。 青森県立木造高等学校から法政大学経営学部に進学。高校の先輩舞の海から「小さくても成長する」と言われ、入門を決意し、郷里の教員採用試験に不合格となったこともあり、第二新弟子検査を受験、合格を果たした。 2003年3月に前相撲でデビューし、翌5月には全勝で序ノ口優勝、7月では全勝で序二段優勝と順調に昇進したが、その後、三段目は5場所で通過し、2004年7月には初の幕下で2勝5敗と負け越した。
安美錦 竜児(あみにしき りゅうじ、1978年10月3日 -… 安美錦 竜児(あみにしき りゅうじ、1978年10月3日 - )は、青森県西津軽郡深浦町出身で伊勢ヶ濱部屋(入門時は安治川部屋)所属の現役大相撲力士。本名は杉野森 竜児(すぎのもり りゅうじ)、愛称は「リュウジ」。インターネット上では「あみたん」とも呼ばれる。身長184cm、体重145kg、血液型はA型、星座は天秤座。得意手は、右四つからの寄り、出し投げ、力も強く独特の間合いをとり変化も使う。四股名は、「故郷に錦を飾る」との意味を込めて師匠の伊勢ヶ濱親方(当時の安治川親方)が命名した。趣味はテレビゲーム。好物はワイン、甘口のカレーライス。嫌いなものは梅全般。最高位は東関脇(2007年9月場所 - 2008年1月場所)。いつも微妙な取り組みにより行司が軍配を上げにくい相撲をとるため「行司泣かせ」の異名を持つ[4]。
弘行(ひろゆき、1978年(昭和53年)3月14日 - )は… 弘行(ひろゆき、1978年(昭和53年)3月14日 - )は、大相撲の十両呼出である。本名は今 弘行(こん ひろゆき)。青森県青森市出身。峰崎部屋→西岩部屋所属。血液型はA型。
舞風 昌宏(まいかぜ まさひろ、1976年9月21日 - )… 舞風 昌宏(まいかぜ まさひろ、1976年9月21日 - )は、青森県十和田市出身で尾車部屋に所属した元大相撲力士。本名は佐藤 昌宏(さとう まさひろ)。身長179cm、体重135kg。得意手は突き、押し。最高位は西十両10枚目(2005年1月場所)。愛称は「舞ちゃん」 十和田市立北園小学校5年から相撲を始め、十和田市立三本木中学校でも相撲部に所属した。中学1年生の時に巡業の先発として訪ねて来た尾車親方(元大関・琴風)が相撲部の稽古を見に来たので、道場の関係者を通じて勧誘され、3年生の夏に尾車部屋を見学に行った。中学校を卒業する前に進路を考えた時、勉強は好きではなかったのと相撲が好きだったことと、尾車親方が馴染み深い十和田市の喫茶店で出会った事も1つのきっかけとなり入門を決意した。
一の谷 崇帥(いちのたに そうし、1976年6月10日 - … 一の谷 崇帥(いちのたに そうし、1976年6月10日 - )は、青森県南津軽郡大鰐町出身で中村部屋所属の元大相撲力士。本名は木田 崇帥(きだ そうし 以前は木田 崇師(読み方は同じ))。現役時は身長182cm、体重128kg。最高位は東十両12枚目(2004年7月場所)。得意技はもろ差し、寄り。 大鰐町立大鰐中学校在籍中は野球部に所属していたため、相撲経験は無かった。しかし相撲が盛んな地域であったため、父の勧めにより中学卒業と同時に中村部屋に入門。1992年3月場所に初土俵を踏んだ。初土俵から4年で幕下まで番付を上げたが、定着するまでに時間が掛かったため幕下と三段目を往復する生活が続いた。2002年頃から幕下に定着。
十文字 友和(じゅうもんじ ともかず、1976年6月9日 -… 十文字 友和(じゅうもんじ ともかず、1976年6月9日 - )は、青森県三戸郡階上町出身で陸奥部屋(入門当時は立田川部屋)に所属した元大相撲力士。本名同じ、愛称はモン。身長185cm、体重160kg、血液型はB型。得意手は右四つ、寄り。最高位は東前頭6枚目(2003年7月場所、2004年3月場所)。2011年の大相撲八百長問題にて引退勧告処分を受け、引退した。 漁師の長男で、小学校時代は野球部に所属しており、相撲は階上町立道仏中学校に入ってから始めた。本人と親族の希望で高校進学を入門の条件として上京し、師匠が同郷である立田川部屋へ入門し、部屋から関東第一高等学校へと通った。しかし、ちゃんこ番免除等の特別扱いが兄弟子の不評を買ってしまい、結局、高校は中退に追い込まれた。
武州山 隆士(ぶしゅうやま たかし、1976年5月21日 -… 武州山 隆士(ぶしゅうやま たかし、1976年5月21日 - )は、青森県南津軽郡浪岡町(現在の青森市)出身で藤島部屋所属(入門時は武蔵川部屋)の元大相撲力士。本名は山内 隆志(やまうち たかし)。身長191cm、体重174kg、血液型はO型。最高位は西前頭3枚目(2009年11月場所)。現在は年寄清見潟として、藤島部屋で後進の指導に当たっている。
高見盛 精彦(たかみさかり せいけん、1976年5月12日 … 高見盛 精彦(たかみさかり せいけん、1976年5月12日 - )は、青森県北津軽郡板柳町福野田常盤出身で東関部屋所属の元大相撲力士。アマチュア相撲出身。本名は加藤精彦(かとう せいけん)、愛称はカトちゃん、たかみー、角界のロボコップ。身長188cm、体重145kg、血液型はO型。得意手は右四つ、寄り。最高位は東小結(2002年9月場所、2003年11月場所)。現在は年寄・振分として同部屋で後進の指導に当たっている。
岩木山 竜太(いわきやま りゅうた、1976年3月2日 - … 岩木山 竜太(いわきやま りゅうた、1976年3月2日 - )は、青森県中津軽郡岩木町(現弘前市)出身で境川部屋(入門時は中立部屋)所属の元大相撲力士。本名は對馬 竜太(つしま りゅうた)、愛称はツシマ。身長184cm、体重177kg、血液型はO型、趣味は音楽鑑賞と競馬研究。最高位は東小結(2005年3月場所)。現在は、年寄・関ノ戸。
安壮富士 清也(あそうふじ せいや、1976年1月17日 -… 安壮富士 清也(あそうふじ せいや、1976年1月17日 - )は、青森県西津軽郡深浦町出身で伊勢ヶ濱部屋(入門時は安治川部屋)所属の元大相撲力士。本名は杉野森清寿(すぎのもり きよとし)、愛称はキヨ。身長181cm、体重126kg、血液型はO型、趣味はカラオケ、格闘技観戦。得意手は右四つ、投げ、突き。最高位は東前頭13枚目(2006年11月場所)。2011年の大相撲八百長問題にて引退勧告処分を受け、引退した。
追風海 直飛人(はやてうみ なおひと、1975年7月5日 -… 追風海 直飛人(はやてうみ なおひと、1975年7月5日 - )は、日本の元大相撲力士、政治家。元日本オリンピック委員会委員。本名は齊藤 直飛人(さいとう なおひと)、愛称はサイトー。力士としては追手風部屋(入門時は友綱部屋)に所属し、現役時代の体格は身長184cm、体重129kg、得意手は右四つ、寄り。最高位は西関脇(2000年11月場所)。政治家としては自由民主党に所属し、青森県議会議員(3期)、青森県板柳町議会議員(1期)を務めた。血液型はO型。趣味は読書。 前廻しを取っての寄りや投げを得意とし、玄人受けする力士だった。 青森県北津軽郡板柳町出身。板柳町立板柳中学校から埼玉栄高校に進学し相撲部へ入部。
床鳴(とこなる、1975年2月25日 - )は、大相撲の床山… 床鳴(とこなる、1975年2月25日 - )は、大相撲の床山。本名は相馬大岳。青森県青森市出身。現在田子ノ浦部屋所属(所属部屋履歴は鳴戸部屋→田子ノ浦部屋)。現在一等床山を務めている。 稀勢の里の初土俵から断髪式まで17年半にわたって稀勢の里を担当してきた床山である。
北勝岩 治(ほくといわ おさむ、1974年6月1日- )は、… 北勝岩 治(ほくといわ おさむ、1974年6月1日- )は、青森県北津軽郡金木町(現在の五所川原市)出身で八角部屋に所属した元大相撲力士。本名は原田 治(はらだ おさむ)。身長177cm、体重167kg。得意手は突き、押し。最高位は東十両10枚目(2002年5月場所)、血液型はB型。 「原田酒店」の長男として生まれ、幼い頃から村祭りの相撲大会等に参加したが、本格的に始めたのは五所川原市立嘉瀬小学校2年生の頃で、体格の大きさを見出した担任から勧められたことがきっかけだった。嘉瀬小学校では通常は部活動に参加できるのは4年生からだったが、特別に認めてもらい、毎日の相撲の稽古に明け暮れた。五所川原市立金木南中学校、五所川原農林高校に進学しても相撲部に所属した。
海鵬 涼至(かいほう りょうじ 1973年4月17日 - )… 海鵬 涼至(かいほう りょうじ 1973年4月17日 - )は、青森県西津軽郡深浦町出身で八角部屋に所属した元大相撲力士。本名は熊谷涼至(くまがい りょうじ)、愛称はクマ。現役時は身長177cm、体重125kg、血液型はO型、趣味はスポーツ観戦。得意手は左四つ、下手投げ。左を差して食いついての芸が持ち味で、小兵ならではの動きの良さが身上であった。最高位は西小結(2001年11月場所)。なお海鵬の四股名は、父が所有する漁船「海鵬丸」に由来する。
峰桜 健士(みねざくら けんじ、1972年10月5日 - )… 峰桜 健士(みねざくら けんじ、1972年10月5日 - )は、青森県八戸市出身で峰崎部屋(入門時は放駒部屋)所属の元大相撲力士。本名は工藤 憲一(くどう けんいち)。身長173cm、体重は135kg。得意技は押し、すくい投げ。最高位は東三段目74枚目(2005年5月場所)。 この項目は、スポーツ関係者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ポータル スポーツ/プロジェクト スポーツ人物伝)。
貴ノ浪 貞博(たかのなみ さだひろ、1971年10月27日 … 貴ノ浪 貞博(たかのなみ さだひろ、1971年10月27日 - 2015年6月20日)は、青森県三沢市出身で藤島部屋、二子山部屋、貴乃花部屋に所属した大相撲力士。本名は浪岡 貞博(なみおか ただひろ)。最高位は東大関。 1971年10月27日に青森県三沢市で生まれる。年の離れた兄と姉を持つ3人兄弟の末っ子であったため幼少期は甘えん坊で泣き虫であった。相撲好きの祖母の影響で小学2年生から相撲を始めた。三沢市立第二中学校時代には身長195cm、体重120kg以上の巨漢に育ったが、稽古熱心ではなかった。当時の指導者たちからは「脇を締めて腰を低くして当たれ」と教わっていたが、自分より大きな対戦相手がいなかったため、どうしても引っ張り込んで抱える取り口に終始することになり、これが大相撲入門後の取り口の原点となった。
朝乃涛 誠(あさのなみ まこと、1971年6月19日 - )… 朝乃涛 誠(あさのなみ まこと、1971年6月19日 - )は、青森県北津軽郡中泊町出身で若松部屋所属の元大相撲力士。本名は太田 誠(おおた まこと)、身長187cm、体重140kg。最高位は東十両3枚目(1993年3月場所)。得意技は左四つ、寄り。血液型はB型。 小学校時代から相撲を始め、五所川原農林高校時代は全国大会に出場するなど活躍した。相撲部監督から、部屋を継承することが決したばかりの若松親方(現・高砂親方、元大関・朝潮)を紹介され、卒業と同時に若松部屋に入門した。1990年3月場所に初土俵を踏んだ。翌7月場所にいきなり序ノ口優勝を果たすと、勝ち越しを続け一気に幕下まで番付を上げた。幕下上位でやや苦労したが、1993年1月場所には同部屋の朝乃若(現・若松親方)と共に十両に昇進した。
大殿 英武(だいでん えいぶ、1970年9月8日 - )は、… 大殿 英武(だいでん えいぶ、1970年9月8日 - )は、青森県青森市出身で大鵬部屋に所属した元大相撲力士。本名は伊藤 英武(いとう えいぶ)。身長175cm、体重127kg。得意手は左四つ、下手投げ。趣味は音楽鑑賞。最高位は西十両13枚目(1994年3月場所)。 青森市立甲田中学校時代は柔道部に所属し、全国大会に出場するなど活躍した。中学卒業時に角界入りを希望していたが、身長が足らずに一旦は断念し、青森県立青森北高等学校に進学した。しかし、大鵬親方(元横綱・大鵬)から「身長が伸びたら来なさい」と言われたことで、身長が規定に達したため高校を中退して上京し、大鵬部屋に入門した。1986年9月場所に初土俵を踏んだ。
浪乃花 教天(なみのはな かずたか、1969年3月19日 -… 浪乃花 教天(なみのはな かずたか、1969年3月19日 - )は、青森県南津軽郡浪岡町(現:青森市)出身で二子山部屋に所属した元大相撲力士。本名は工藤 和博(くどう かずひろ)。現役時代の体格は178cm、135kg。最高位は東小結(1995年3月場所)。得意手は突き、押し。血液型はO型。 農家の三男として生まれ、浪岡町立野沢小学校時代は相撲大会で常に優勝し、3年生の時には4年生の部で優勝するなど活躍した。浪岡中学校時代は相撲から離れて陸上部で活躍し、将来は体育教員を志していた。しかし、中学校3年の時に家へ訪ねて来た10代二子山(元横綱・初代若乃花)から勧誘され、中学校卒業後に二子山部屋へ入門。
照喜(てるき、1968年(昭和43年)8月10日 - )は、… 照喜(てるき、1968年(昭和43年)8月10日 - )は、大相撲の幕内呼出である。本名は工藤 隆久(くどう たかひさ)。青森県南津軽郡田舎館村出身。安治川部屋→伊勢ヶ濱部屋所属。血液型はB型。 呼出になる前は安治川部屋の力士で四股名は「陸奥龍」を名乗った。1984年5月場所で初土俵を踏む。1987年1月場所で力士を廃業。最高位は序二段103枚目だった(1986年9月場所)。その後、呼出に転じて安治川部屋所属の「陸奥夫」となった。安治川部屋の師匠が陸奥嵐から旭富士に代わり、呼出名を「安喜夫」に変えた。所属する安治川部屋は伊勢ヶ濱部屋に変わり、これに伴い呼出名も「安喜夫」から「照喜」に変えた。
舞の海 秀平(まいのうみ しゅうへい、1968年2月17日 … 舞の海 秀平(まいのうみ しゅうへい、1968年2月17日 - )は、日本のスポーツキャスター、タレント、NHK大相撲解説者、出羽海部屋所属の元大相撲力士。現在は境川部屋の師範代もつとめている。有限会社舞の海カンパニー(本人の個人事務所)所属。本名は長尾 秀平(ながお しゅうへい)、愛称はまいちゃん、シュウヘイ。現在の体格は身長169cm、体重85kg。血液型B型、左利き。
盛風力 秀彦(せいふうりき ひでひこ、1967年3月11日 … 盛風力 秀彦(せいふうりき ひでひこ、1967年3月11日 - )は、青森県西津軽郡稲垣村(現・つがる市)出身で押尾川部屋に所属した元大相撲力士。本名は佐藤 秀彦(さとう ひでひこ)。身長184cm、体重131kg、得意手は左四つ、寄り、上手投げ。最高位は西十両12枚目(1992年3月場所)。 相撲を始めた小学校4年生時点ですでに身長170センチあり地元の相撲大会で次々と優勝し、稲垣村立稲垣中学校では全国大会に出場した。中学時代は山中勝巳(のちの関脇・安芸乃島)が佐藤のライバルと目されていた。高校や複数の相撲部屋からのスカウトの中から親方自らが真っ先に佐藤家を訪れた押尾川部屋を選び、中学卒業と同時に入門した。
清乃洋 文幸(きよのなだ ふみゆき、1964年7月24日 -… 清乃洋 文幸(きよのなだ ふみゆき、1964年7月24日 - )は、青森県八戸市出身で伊勢ヶ濱部屋に所属していた元大相撲力士。本名は坂本 文幸(さかもと ふみゆき)。現役時代の体格は身長177cm、体重119kg。得意手は左四つ、寄り。最高位は西十両13枚目(1988年3月場所)。 同級生だった自衛隊員から勧誘され入門し、1980年3月場所に初土俵を踏んだ。1988年3月場所に十両まで上がったが、その場所を6勝9敗と負け越し、1場所で幕下陥落。その後も勝ち越すことができず、同年11月場所は休場し、24歳の若さで廃業した。
旭富士 正也(あさひふじ せいや、1960年〈昭和35年〉7… 旭富士 正也(あさひふじ せいや、1960年〈昭和35年〉7月6日 - )は、青森県西津軽郡木造町(現在のつがる市)出身で大島部屋に所属した元大相撲力士、第63代横綱(平成最初の横綱)。本名は杉野森 正也(すぎのもり せいや)。現役時代の体格は身長189cm、体重143kg。得意技は右四つ、寄り、掬い投げ。現在は年寄・宮城野。 血液型はB型、趣味は音楽鑑賞、映画鑑賞。特技は手品。近畿大学を中途退学して大相撲入門後、現役中に同大学通信教育課程に再度入学し卒業(学位は学士)。 木造町立木造中学校、私立五所川原商業高等学校(現在の下山学園高等学校)在学中は相撲部に所属。高校生時代に長野県で行われた第33回国民体育大会では、少年の部の団体優勝に貢献した。
市ノ渡 三四四(いちのわたり みつよし、1959年4月2日 … 市ノ渡 三四四(いちのわたり みつよし、1959年4月2日 - )は、青森県上北郡七戸町(旧・天間林村)出身で時津風部屋に所属した元大相撲力士。本名は四股名と同じ市ノ渡 三四四。現役時代の体格は身長184cm、体重145kg。最高位は東十両5枚目(1985年5月場所)。得意技は左四つ、寄り、掬い投げ。 本名と同じ天間林村市ノ渡地区出身。名前「三四四」は、1959年(昭和34年)4月生まれであることに由来する。三本木農業高校時代から本格的に相撲を初め、東京農業大学時代には全国大会に出場するなど活躍した。農大と縁のある時津風部屋に入門し、1982年3月場所に幕下付出で初土俵を踏んだ。左四つが得意でありながら、突き押しでも力を発揮し、初土俵から勝ち越しを続けた。
三杉磯 拓也(みすぎいそ たくや、1956年(昭和31年)5… 三杉磯 拓也(みすぎいそ たくや、1956年(昭和31年)5月11日 - )は、青森県八戸市出身で放駒部屋(入門時は花籠部屋)に所属した元大相撲力士。本名は上沢 秀則(かみさわ ひでのり)。最高位は西前頭2枚目(1979年1月場所、1982年3月場所)。現役時代の体格は187cm、121.5kg。得意手は左四つ、突っ張り、寄り、上手投げ、突き落とし。現役引退後は、1988年から2021年まで峰崎部屋の師匠を務めた。7代峰崎。 14歳で弟ができるまで1人っ子として育ち、幼少期は大人しい性格からいじめられていた。とはいえ187cmの長身は当時から目を引き、中学生の相撲大会に出場し、何人ものスカウトが来た。
綾の海 金太郎(あやのうみ きんたろう、1955年8月17日… 綾の海 金太郎(あやのうみ きんたろう、1955年8月17日 - )は、現在の青森県つがる市出身で大鵬部屋に所属した元大相撲力士。本名は黒滝 隆男(くろたき たかお)。現役時代の体格は177cm、107kg。最高位は東十両13枚目(1980年7月場所)。得意手は左四つ、寄り、下手投げ。 小学校から相撲部に所属し、青森県大会でも動きの良さを活かした相撲で大活躍し、この頃から力士を志していた。高校を中退し、家族に無断で上京。寿司屋でアルバイトしていたところを常連客の紹介により、大鵬部屋へ入門した。1973年9月場所にて初土俵を踏み、翌11月場所は序ノ口優勝を果たした。1980年7月場所で十両に昇進するも、5勝10敗と大きく負け越し、十両はこの1場所のみとなった。
大觥 吉男(たいこう よしお、1953年10月30日 - )… 大觥 吉男(たいこう よしお、1953年10月30日 - )は、青森県青森市出身で二子山部屋に所属した元大相撲力士。本名は横山 吉男(よこやま よしお)。最高位は西前頭8枚目(1978年7月場所)。現役時代の体格は174cm、133kg。得意手は左四つ、寄り。 建築業の家庭に、8人兄弟の末っ子として生まれた。もともと本人は力士になる気がなかったが、長兄は青森県下のアマチュア相撲の強豪で東奥日報杯の一般の部でも優勝しており、この長兄が熱心に角界入りを勧めた。最終的には両親の反対も押し切って、中学校在学中に二子山部屋へ入門した。 初土俵は、1968年11月場所。初土俵の同期生には、後の小結・青葉山と前頭・影虎がいる。
2代目 若乃花 幹士(わかのはな かんじ、1953年4月3日… 2代目 若乃花 幹士(わかのはな かんじ、1953年4月3日 - 2022年7月16日)は、青森県南津軽郡大鰐町出身で二子山部屋に所属した大相撲力士、第56代横綱。本名は下山 勝則(しもやま かつのり)。引退後は年寄・間垣。 大関時代までの四股名は「若三杉」だったが、横綱昇進を機に師匠の四股名「若乃花」を継承した(大関まで名乗った若三杉も当時部屋付き年寄だった11代荒磯の元関脇若三杉彰晃の四股名を継承したものである。)身長186cm、体重133kg。血液型はA型。現役時代の愛称は下の名前の勝則から「カンボ」と呼ばれていた。師匠であった初代若乃花の娘婿となったが、後に離婚。 小学校二年から青森県下の相撲大会に出場、大鰐地区の小学生相撲大会で4年連続優勝、中学2年の夏休みの作文には「将来は横綱か大関になりたい」と書いた。
隆の里 俊英(たかのさと としひで、1952年(昭和27年)… 隆の里 俊英(たかのさと としひで、1952年(昭和27年)9月29日 - 2011年(平成23年)11月7日)は、青森県南津軽郡浪岡町(現・青森市)出身で二子山部屋に所属した大相撲力士。第59代横綱。本名は高谷 俊英(たかや としひで)。 現役時代は身長181cm、体重158㎏。得意手は、右四つ、寄り、吊り、上手投げ。引退後は年寄・鳴戸を襲名。鳴戸部屋師匠として稀勢の里、髙安、若の里、隆乃若ら7人の関取を育成した。 浪岡町の農家の次男に生まれる。春は雪囲いの片づけをして、苗代作り、リンゴの授粉、秋は「身体が大きいから人より持たないとバカにされる。」と思いながら稲刈りを手伝い、ヤギの乳をビール瓶に詰めて学校に持っていって育った。
晃山 昌士(こうざん まさし、1951年6月14日 - )は… 晃山 昌士(こうざん まさし、1951年6月14日 - )は、青森県五所川原市出身で高島部屋に所属した元大相撲力士。本名は高橋 力雄(旧姓・蒔田)。184cm、115kg。最高位は西十両筆頭。得意技は突き、押し。 1965年7月場所初土俵、1974年5月場所十両昇進、以後8場所連続で十両在位したが入幕ならず、1975年9月場所に幕下陥落、1980年9月場所限りで廃業。
出羽の花 義貴(でわのはな よしたか、1951年5月13日 … 出羽の花 義貴(でわのはな よしたか、1951年5月13日 - )は、青森県北津軽郡中泊町(旧・同郡中里町)出身で出羽海部屋に所属した元大相撲力士。本名は野村 双一(のむら そういち)。現役当時の体格は185cm、125kg、最高位は、東関脇。得意手は右四つ、寄り、出し投げ、小股掬い。 引退後は年寄・出来山を襲名し、出羽海部屋付きの親方として後進を指導する傍ら、日本相撲協会では理事を1期務めた。 青森県立五所川原農林高等学校を卒業後、日本大学に進学し、相撲部では学生横綱の栄位を獲得するなど活躍した。 日大出身ということで花籠部屋入りも噂されていたが、大学卒業直前に、元力士であった従兄(小山内清三、元前頭13・出羽ノ花好秀)の紹介で、出羽海部屋への入門を決意。
北ノ花 吉保(きたのはな よしやす、1950年6月13日 -… 北ノ花 吉保(きたのはな よしやす、1950年6月13日 - )は、青森県むつ市(当時は下北郡田名部町)出身で二子山部屋に所属した元大相撲力士。本名は藤井 光雄(ふじい みつお)。身長181cm、体重107kg。最高位は西十両4枚目。得意技は右四つ、投げ、突き。 初土俵は1969年5月場所、1978年3月場所に新十両。新十両の場所では11勝4敗の好成績を挙げ、優勝決定戦まで進んだが、優勝決定戦では同じ青森県出身で同じ二子山部屋の大觥に吊り出しで敗れ、優勝はならなかった。1980年5月場所をもって廃業。 引退後は地元むつ市に戻ってちゃんこ屋を開いたが、のちに転向して藤井カイロ整体を開いた。
貴ノ花 利彰(たかのはな としあき、1950年2月19日 -… 貴ノ花 利彰(たかのはな としあき、1950年2月19日 - 2005年5月30日)は、北海道室蘭市出身(番付上は青森県)で二子山部屋に所属した大相撲力士。本名は花田 満(はなだ みつる)。最高位は東大関。身長183センチメートル (cm)、体重114キログラム (kg)、血液型はB型。得意技は左四つ、寄り、吊り、上手投げ。「土俵の鬼」と謳われた第45代元横綱で初代若乃花の弟である血統と、細身で均整に優れる体格と甘いマスクから「角界のプリンス」と称され、大相撲と日本のスポーツで人気を博す。位階は従五位、旭日小綬章受章。 1993年に次男の花田光司が四股名を「貴花田」から「貴ノ花」へ改名後は「初代貴ノ花」や「先代貴ノ花」など称される。
栃勇 義治(とちいさみ よしはる、1947年10月2日 - … 栃勇 義治(とちいさみ よしはる、1947年10月2日 - )は、青森県南津軽郡田舎館村出身で春日野部屋に所属した元大相撲力士。本名は阿保 鉄雄(あぼ てつお)。身長177cm、体重115kg。得意手は左四つ、押し、吊り。最高位は東前頭7枚目(1971年1月場所) 中学生の時から相撲を始めて同郷の栃ノ海に憧れ、中学校卒業後に栃ノ海の姉の紹介で春日野部屋へ入門し、1963年(昭和38年)3月場所に於いて初土俵を踏んだ。 入門後は押し相撲の指導を受け、1969年(昭和44年)7月場所で新入幕を果たした。しかし立合いの鋭さに欠けたために幕内では苦戦し、さらに1972年(昭和47年)9月場所で右肩を負傷してからは不振で、翌年9月場所では幕下まで落ちた。
二子岳 武(ふたごだけ たけし、1943年11月15日 - … 二子岳 武(ふたごだけ たけし、1943年11月15日 - )は、青森県北津軽郡金木町(現在の五所川原市)出身で、二子山部屋(入門時は花籠部屋)に所属した大相撲力士。本名は山中 武(やまなか たけし)。現役時代の体格は178cm、113kg。最高位は西小結(1967年11月場所、1968年3月場所、同年5月場所)。得意手は左四つ、内無双、下手投げなど。 中学から相撲部に所属し、中学卒業後に相撲部の先生と再会した時、先生が横綱・初代若乃花から弟子探しを頼まれていたので勧誘され、1961年1月場所で花籠部屋から初土俵を踏んだ。 1962年5月場所をもって若乃花が引退して年寄・二子山を襲名し、間もなく二子山部屋を創設するとそれに同行し、1964年11月場所で十両に昇進。
魁罡 功(かいごう いさお、1941年11月16日 - 没年… 魁罡 功(かいごう いさお、1941年11月16日 - 没年不明 )は、青森県青森市金沢出身で二子山部屋(入門時は花籠部屋)に所属した大相撲力士。本名は大村 功(おおむら いさお)。現役当時の体格は182cm、111kg。得意手は右四つ、投げ。最高位は西前頭5枚目(1969年5月場所、同年11月場所)。 数ある四股名の中でも、最も読めない名の一つに挙げられる。1967年7月場所より名乗っていた魁罡とは、「星の王様」を意味するという。 中学生時代は自動車部に所属し、運転手を志していた。しかし、自動車以上に相撲が好きであったこともあり、巡業で横綱・初代若乃花が青森を訪れた際には、自ら若乃花に入門の意志を伝えそのまま上京してしまった。
響矢 影男(ひびきや かげお、1939年1月20日 - 没年… 響矢 影男(ひびきや かげお、1939年1月20日 - 没年不明 )は、青森県八戸市出身で高砂部屋に所属した元大相撲力士。本名は新山 影男(しんやま かげお)。176cm、109kg。最高位は東十両10枚目。得意技は突っ張り、左四つ、寄り。 1955年3月場所に本名の「新山」で初土俵を踏む。翌場所序ノ口で「響矢」を名乗る。1960年7月場所に幕下で青錦大太郎と改名。改名の効果があったためか勝ち越しが続き、1961年1月場所に十両昇進。この場所は3勝12敗と大きく負け越し1場所で幕下へ陥落した。その後も負け越しが続いたが、1961年11月場所で四股名を「響矢」に戻し、1962年に入ってからは調子を取り戻し、1962年9月場所に十両に復帰した。
追風山 裕邦(おいてやま ひろくに、1938年6月16日 -… 追風山 裕邦(おいてやま ひろくに、1938年6月16日 - 2014年1月2日)は、青森県北津軽郡嘉瀬村(現・同県五所川原市)出身で立浪部屋(入門時は追手風部屋)に所属した大相撲力士。本名は山口 貢(やまぐち みつぐ)。最高位は東前頭6枚目(1962年11月場所)。現役時代の体格は181cm、 131kg。得意手は左四つ、寄り、上手投げ。現在の追手風親方(元前頭2・大翔山直樹)の岳父。 なお、夫人は最初の師匠・8代追手風(元大関・清水川)の義理の姪(夫人の叔母が、師匠の後妻に当たる)である。 5人兄弟の末っ子として生まれ、子供の時から体格が大きく多くの相撲大会に出て活躍していた。その活躍ぶりが、同郷で追手風部屋に所属した元幕下力士・清水岩の目に止まり、中学校在学中に同部屋へ入門する事となった。
栃ノ海 晃嘉(とちのうみ てるよし、1938年(昭和13年)… 栃ノ海 晃嘉(とちのうみ てるよし、1938年(昭和13年)3月13日 - )は、青森県南津軽郡光田寺村(現在の田舎館村)出身で春日野部屋所属の元大相撲力士、第49代横綱。身長177cm、体重110kg。得意技は左四つ、寄り、上手出し投げ、両前褌、足癖。本名は花田 茂廣(はなだ しげひろ)。花田という苗字で同じ青森津軽地方出身であるが、初代若乃花、貴ノ花との血縁はない。年寄・春日野時代、姓を『宮古』とするが停年(定年)退職後は再び花田に戻した。現在存命中の歴代横綱の中では最も古い代の横綱である。