中津川 昴(なかつがわ すばる、1967年10月19日 - … 中津川 昴(なかつがわ すばる、1967年10月19日 - )は、日本の超常現象研究家である。シリウス系のアカシックレコーダーであり、フリーライターである。別名は昴流(すばる)と名のる。 岩手県二戸市出身。 アカシックレコード(宇宙の巨大仮想図書館)を駆使し、日時に至るまで具体的に細かく言及するという予言方法で話題となる。 テレビ番組やスピリチュアル系雑誌、イベントなどで様々な予言活動を行っている。 中学時代に「科学研究部」という部活動に入部。 1986年4月 - 1991年3月、新潟県長岡市の長岡技術科学大学に在籍し、「SF研究会」にも所属。 1992年4月 - 1996年12月、神奈川県の外資系研究所に勤務しながら、パソコン通信仲間とUFO観望会を行ったり、休みを利用して日本各地を一人旅する。
菊池 清麿(きくち きよまろ、1960年 - )は、日本の伝… 菊池 清麿(きくち きよまろ、1960年 - )は、日本の伝記作家、音楽メディア史研究家。日本政治思想史専攻。音楽では声楽を学び一時期、演奏家としても活動した。 岩手県宮古市出身。明治大学政治経済学部政治学科卒業、同大学大学院政治経済学研究科修了(修士)。学部時代は古賀政男の明治大学マンドリン倶楽部で音楽を、橋川文三に日本政治思想史を学ぶ。当初、橋川文三のゼミ(日本政治思想史)だったが、橋川死去のため後藤総一郎の第2ゼミとなる。大学院で後藤総一郎に柳田国男の思想を学び、柳田國男の農政学を中心に民俗学への思想研究をおこなった。 1994年から1998年2月まで、シオン短期大学兼任講師として日本思想史、歴史学概論を講義した。
岸田 袈裟(きしだ けさ、1943年4月5日 - 2010年… 岸田 袈裟(きしだ けさ、1943年4月5日 - 2010年2月23日、旧姓・菊池)は、日本の食物栄養研究家、ボランティア活動家。岩手県上郷村(現遠野市)出身。 岸田は1991年にJICAのボランティアとして人口抑制教育のためにケニヤ西部、ヴィクトリア湖畔のエンザロ(Enzaro)村に赴く。1年半の調査の結果、人口抑制教育を村に浸透させるためには乳児死亡率の減少が先だと考えた岸田は1993年、自らが遠野市で生活していた頃の経験をもとに、エンザロ村の主婦たちに現地の材料で日本式の竈(かまど)を作って調理することを教えた。この竈は、現地で従来行われていた裸火での調理に比べて熱効率に優れることや、鍋をかける口を3つ備えているため複数の調理を同時に行えるほか、薪も従来の4分の1で済むなどの利点もある。
遠藤 公男(えんどう きみお、1933年 - )は、日本の作… 遠藤 公男(えんどう きみお、1933年 - )は、日本の作家、動物研究家。日本野鳥の会名誉会員。 岩手県一関市生まれ。岩手県立一関第一高等学校卒業。小学校の教師として働きながら活動を続ける。 1974年、教師を退職して作家生活に入る。岩手県宮古市在住。 著書『野鳥売買 メジロたちの悲劇』では、中国での野鳥売買の現場を調査している(「中国の環境問題」を参照)。
斎藤 文一(さいとう ぶんいち、1925年8月13日- 20… 斎藤 文一(さいとう ぶんいち、1925年8月13日- 2017年10月20日)は、日本の宇宙物理学者、宮沢賢治研究家。新潟大学名誉教授。岩手県北上市出身。 岩手県立黒沢尻中学校を経て、東北大学理学部卒業、同大学院で1962年、理学博士の学位を取得。博士論文は「夜光発光機構の研究」。オーロラの研究者として南極観測隊(第5次夏隊、1960年 - 1961年)に加わったのち、新潟大学理学部教授を務める[要出典]。 詩人でもあり、詩誌『歴程』同人。宮沢賢治の研究家としても知られ、宮沢賢治学会イーハトーブセンターの設立発起人(1990年)や宮沢賢治イーハトーブ館の初代館長(1992年-1994年)も務めた。
山下 文男(やました ふみお、1924年〈大正13年〉1月1… 山下 文男(やました ふみお、1924年〈大正13年〉1月16日 - 2011年〈平成23年〉12月13日)は、いわゆる「津波てんでんこ」を広めた日本の津波災害史研究家。元日本共産党中央委員会文化部長。『津波ものがたり』で「日本自然災害学会賞」功績賞、「平成15年度防災功労者表彰」などを受賞。 1924年1月16日生まれ。岩手県気仙郡綾里村(現大船渡市三陸町綾里)出身。1896年の明治三陸津波では、山下の祖母ら親族3人を含む一族9人が溺死した。1933年の9歳の時にも昭和三陸津波に遭い、高台に登って難を逃れた。この時期の昭和東北大凶作も体験している。 1967年の善隣学生会館事件について、「井上清の中傷に答える 厳然たる事実にもとづいて」を著し、歴史学者井上清による日本共産党と日中友好協会への批判に反論した。
高橋 喜平(たかはし きへい、1910年4月25日 - 20… 高橋 喜平(たかはし きへい、1910年4月25日 - 2006年2月1日)は、日本の雪崩研究家、エッセイスト。 独学で長年、雪崩の研究に従事。雪氷学・氷雪研究の権威であり、日本雪氷学会賞受賞、吉川英治文化賞を受賞。また、日本エッセイスト・クラブ賞を受賞した、エッセイストでもある。日本雪氷学会名誉会員で、岩手県在住。 東京大学名誉教授の高橋延清は弟、直木賞作家の高橋克彦は甥にあたる。 1910年、秋田県六郷町(現・美郷町)に生まれる。7歳で、母の郷里である岩手県沢内村(現・西和賀町)に移る。1929年、岩手県立黒沢尻中学校(現・岩手県立黒沢尻北高等学校)卒業後、卯根倉(うねくら)鉱山で代用教員をしながら独学。
佐々木 喜善(ささき きぜん、1886年〈明治19年〉10月… 佐々木 喜善(ささき きぜん、1886年〈明治19年〉10月5日 - 1933年〈昭和8年〉9月29日)は、日本の民俗学者、作家、文学者、文学研究者、民話・伝説・習俗・口承文学の収集家、研究家。一般には学者として扱われるが、佐々木自身は資料収集者であり学者ではないと称している。 オシラサマやザシキワラシなどの研究と、400編以上に上る昔話の収集は、日本の民俗学、口承文学研究の大きな功績で、「日本のグリム」と称される。 岩手県土淵村(現在の岩手県遠野市土淵)の裕福な農家に育つ。母方の祖父である万蔵は近所でも名うての語り部で、喜善はその祖父から様々な民話や妖怪譚を吸収して育つ。その後、祖父の医者になる期待を背負い、明治35年、岩手県医科学校(現在の岩手医科大学)に入学するも、医師としての将来を思い描くことができず、2年後に中退する。