板垣 克巳(いたがき かつみ、1961年(昭和36年)6月3… 板垣 克巳(いたがき かつみ、1961年(昭和36年)6月3日 - )は、日本の外交官。現在は駐パラグアイ特命全権大使を務める。秋田県秋田市出身。 1984年(昭和59年)3月に埼玉大学教養学部教養学科を卒業後、同年4月に外務省に就職。外務省では、紛争での難民対策や病院や道路等の、インフラ整備に関係する経済的な仕事を担当した 。海外での駐在はスペインやペルー、コロンビア、パナマ、グアテマラなどで通算22年の経験がある。中南米の6カ国で、大使館と総領事館勤務の経験がある上に、人脈も豊富なので一部からは「中南米の専門家」と呼ばれている 。現在のパラグアイは8カ国目の赴任地。 在ペルー日本国大使館で2等書記官だった1996年(平成8年)12月には、在ペルー日本大使公邸占拠事件に巻き込まれ人質になった。
皆川 一夫(みながわ かずお、1947年(昭和22年)-)は… 皆川 一夫(みながわ かずお、1947年(昭和22年)-)は、日本の外交官。ウガンダ駐箚特命全権大使。 秋田県湯沢市岩崎出身。東京外国語大学インドシナ語学科(ベトナム語専攻)を卒業後、1971年(昭和46年)外務省に入省。1972年から2年間、在外語学研修生としてサイゴンで語学研修(ベトナム語)を受ける。1974年から在南ベトナム日本国大使館で勤務。最初の妻を亡くした後、1994年に結婚した妻は、語学研修時代に下宿していた家の長女にあたる下宿当時8歳だったベトナム人女性。 1978年から経済協力開発機構日本政府代表部在勤、1980年から外務省アジア局難民問題対策室勤務、1984年から国際連合難民高等弁務官駐日事務所次長、1986年から在ベトナム日本国大使館在勤、1989年から国際連合日本政府代表部在勤、1993年から在ホーチミン日本総領事館首席領事。
阿部 信泰(あべ のぶやす、1945年〈昭和20年〉9月9日… 阿部 信泰(あべ のぶやす、1945年〈昭和20年〉9月9日 - )は、日本の外交官。2014年4月から2017年12月まで内閣府原子力委員会委員長代理(常勤)。 財団法人日本国際問題研究所軍縮・不拡散促進センター所長、外務省参与、核不拡散・核軍縮に関する国際委員会諮問委員、ウィーン国際機関日本国政府代表部大使、在サウジアラビア日本国大使、国際連合事務次長、在スイス日本国大使、在リヒテンシュタイン日本国大使などを歴任した。 秋田県大館市出身。秋田県立秋田高等学校を経て、東京大学法学部第2類(公法コース)にて学ぶ。東京大学在学中に外交官試験に合格。1967年外務省入省。英語研修としてアメリカ合衆国アマースト大学教養学部で政治学を専攻しを卒業。
加藤 良三(かとう りょうぞう、1941年9月13日 - )… 加藤 良三(かとう りょうぞう、1941年9月13日 - )は、日本の外交官、12代プロ野球コミッショナー、三菱商事特別顧問で2009年6月より社外取締役。埼玉県生まれ、秋田県由利郡由利町(のちの由利本荘市)出身。 成蹊高等学校を経て東京大学法学部第2類(公法コース)を卒業。東大法学部在学中に外務公務員試験に合格し、1965年(昭和40年)に外務省入省。イェール大学で英語研修。 アメリカンスクール(英語研修組)のエースとして早くから嘱望されていた。1995年(平成7年)、北朝鮮外交に対応するため、加藤がアジア局長に、同期でアメリカンスクールの折田正樹が北米局長に任命された。総合外交政策局長、外務審議官(政務担当)などを歴任し、2001年(平成13年)10月に駐米大使に任命される。
阿曾村 邦昭(あそむら くにあき、1935年‐)は、日本の外… 阿曾村 邦昭(あそむら くにあき、1935年‐)は、日本の外交官 。書籍等の著者名では「阿曽村 邦昭」と表記されている。 1935年、秋田県秋田市生まれ。東京大学農業経済学科及び米国アマースト大学政治学科各卒業。 外務省に入り、1988年に在ベトナム、1991年に在チェコスロバキア(1993年チェコに改称)、1994年に在ベネズエラ各特命全権大使を歴任した。 その後、富士銀行顧問、麗澤大学外国語学部客員教授、吉備国際大学大学院国際協力研究科科長(主任教授)、ノースアジア大学法学部教授、日本紛争予防センター所長、ジャパン・プラットフォームNGOユニット理事、(社)ラテンアメリカ協会理事、(株)インターナショナル映画社取締役会長を経て、(岡山県)公設国際貢献大学校教授、日本教育再生機構代表委員、認定NPO法人「難民を助ける会」顧問、「メコン地域研究会」会長を務めた。
明石 康(あかし やすし、1931年〈昭和6年〉1月19日 … 明石 康(あかし やすし、1931年〈昭和6年〉1月19日 - )は、日本の外交官、国際公務員、政治家。特定非営利活動法人 Reach Alternatives(REALs)顧問、国際教養大学名誉教授、同大学トップ諮問会議委員、名城大学アジア研究所名誉所長、群馬県立女子大学外国語教育研究所所長、京都文教学園学術顧問、神戸大学特別顧問・特別教授。国際連合事務次長や国際連合事務総長特別代表を歴任。 戦国時代のキリシタン武将の明石全登の子孫であるといわれている。母親の実家は、忠犬ハチ公の生家であった。 秋田県北秋田郡扇田町(現在の大館市比内町扇田)出身。築山小学校在学時に秋田市に移住。県立秋田中学校(現在の秋田県立秋田高等学校)から旧制山形高校(現在の山形大学人文学部および理学部)を経て、東京大学に進学。
須磨 弥吉郎(すま やきちろう、1892年〈明治25年〉9月… 須磨 弥吉郎(すま やきちろう、1892年〈明治25年〉9月9日 - 1970年〈昭和45年〉4月30日)は、日本の外交官、政治家。スペイン特命全権公使・衆議院議員。 秋田県南秋田郡土崎新城町(現秋田市)生まれ。旧制秋田中学校卒業後広島師範学校に進学するも、一転して法律家を志し中央大学法学部に転学。卒業後、1919年に外務省入省。 外国語6カ国語に堪能でイギリス、ドイツ等の在外公館に勤務を経て、1927年、在中国大使館二等書記官として赴任。在広東領事館領事等を経て、1932年、在上海日本公使館情報部長となり、対蔣介石政権の情報収集に努める。その後、南京総領事に転じる。 この中国での諜報活動の経験から、情報の一元管理と総合判断の必要性を痛感、帰国後、同じ考えを抱いていた山本五十六海軍次官とともに奔走し、1937年、対外情報収集と対外広報を目的にした内閣情報部を設立する。
高橋 正太郎(たかはし しょうたろう)は、日本の外交官。ニュ… 高橋 正太郎(たかはし しょうたろう)は、日本の外交官。ニューヨーク総領事や、駐イラン特命全権大使、駐フィンランド特命全権大使を務めた。 秋田県北秋田郡鷹巣町(現北秋田市)出身。旧制秋田県立能代中学校(現秋田県立能代高等学校)、旧制東京商科大学(現一橋大学)を経て、1943年外務省入省。 バンコク、ワシントンでの大使館勤務を経て、科学技術庁原子力局国際協力課長や、外務省アメリカ局安全保障課長、駐連合王国大使館公使、駐クウェート特命全権大使、1977年ニューヨーク総領事、1981年駐イラン特命全権大使、1983年北海道担当特命全権大使(駐道大使)を歴任し、1984年から1987年まで駐フィンランド特命全権大使を務め、マウノ・コイヴィスト第9代フィンランド大統領の来日の際には、昭和天皇への進講を行うなどした。