山本 泰弘(やまもと やすひろ、1986年8月1日 - )は… 山本 泰弘(やまもと やすひろ、1986年8月1日 - )は、日本の地方公務員で、公共政策研究者。国会議員政策担当秘書資格を持つ。 山形県東根市出身。筑波大学国際総合学類から京都大学大学院地球環境学舎修士課程に進む。筑波大学の「人間の安全保障」講座研究室のアシスタントを勤めた後、2015年より地方公務員として勤務。その傍らで自由民権運動で作成された私擬憲法(植木枝盛「東洋大日本国国憲按」、千葉卓三郎「五日市憲法」等)の研究と現代語訳をおこなっている。その理由を、軍医の身分で小説を執筆した森鷗外のスタイルの「リスペクト」と述べている。 大学院在籍時より各種公共政策課題への提言活動を行い、市民金融による低炭素社会化の推進、政経社会系教育重点校の設定、クラウドファンディング形式の政策選択投票制度、国内留学推進政策の提案について全国規模のコンテスト等で顕著な評価を得ている。
岡部 史(おかべ ふみ、1951年 - )は、日本の翻訳家、… 岡部 史(おかべ ふみ、1951年 - )は、日本の翻訳家、食文化研究者、児童文学作家、歌人。塔短歌会所属。 米沢興譲館高等学校を受験、入学するが、父の転勤により東京に移り、一年の二学期より都立雪谷高校へ編入学。1974年、日本女子大学文学部史学科卒業。 横浜市役所に10年間勤務後、夫の渡米に伴いアメリカのノースカロライナ大学で学ぶ。 1983年、塔短歌会入会。 帰国後は児童文学の翻訳に携わり、児童文学を中心に好きな本を翻訳。1989年に初の訳書『はだしのバレリーナ』(ポプラ社)を刊行。 1993年、翻訳作品『魔女図鑑』(マルカム・バード著)が、剣淵町絵本の館が主催する第3回剣淵絵本の里大賞を受賞。
杉原 志啓(すぎはら ゆきひろ、1951年 - )は、日本の… 杉原 志啓(すぎはら ゆきひろ、1951年 - )は、日本の音楽評論家、日本近代思想史研究者。 おもに音楽評論家として活動し、多くの編著書があるが、徳富蘇峰を中心とした日本近代思想史の研究者としての著作もあり、学習院女子大学、フェリス女学院大学、東京藝術大学のほか、出身地にある東北公益文科大学などで非常勤講師を務めた。 山形県酒田市出身。学習院大学で坂本多加雄に師事し、2002年に坂本が没した後は、坂本の選集などの編集・監修に当たった。1993年に『蘇峰と「近世日本国民史」 -大記者の「修史事業」』で、学習院大学より博士(政治学) を取得。
渋谷孝(しぶや たかし、1931年6月− 2019年11月2… 渋谷孝(しぶや たかし、1931年6月− 2019年11月25日)は、日本の文学研究者、国文学・日本語教育学者、宮城教育大学名誉教授。 山形県長井市生まれ。山形師範学校、東北大学文学部国文学科卒業、同大学院国文学国語学専修博士課程中退。新潟大学助教授、教授、79年宮城教育大学教授。1997年定年退官。この間附属小学校長、附属図書館長。東北地区国語教育研究協議会会長。2012年、瑞宝中綬章受章。2019年死去。叙正四位。 はじめ平安朝文学を専攻したが、国語科教育と文学の関係に疑問を抱き、多くの著作を著す。
芳賀 徹(はが とおる、1931年5月9日 - )は、日本の… 芳賀 徹(はが とおる、1931年5月9日 - )は、日本の文学研究者、比較文学者。国際日本文化研究センター・東京大学名誉教授、京都造形芸術大学名誉学長。
板垣 昭一(いたがき しょういち、1930年(昭和5年) -… 板垣 昭一(いたがき しょういち、1930年(昭和5年) - 2014年(平成26年)[要出典])は、日本の小説家、国語教育研究者。 元中学校国語教師、機関誌『教育国語』元編集員。山形県鶴岡市宝町在住。 1930年(昭和5年)、山形県鶴岡市生まれ。 1990年、余目町立余目中学校(現・庄内町立余目中学校)を最後に教員を定年退職。 2007年、小説「北のはざま」で、第23回「真壁仁・野の文化賞」受賞。 小説家としての代表作には、歴史小説の『北辰軸』と、その続編の『北のはざま』があり、ともに主人公は庄内藩藩士の松本十郎である。小説『北のはざま』では第23回「真壁仁・野の文化賞」を受賞した。 国語教育研究者としては、長く教育科学研究会・国語部会の会員として活動し、読み方教育における「2次読み」の研究を続けている。
今道 友信(いまみち とものぶ、1922年11月19日 - … 今道 友信(いまみち とものぶ、1922年11月19日 - 2012年10月13日)は、日本の美学者および中世哲学研究者である。「エコエティカ」(生命倫理による人間学・倫理学)を提唱したことで知られる。東京大学名誉教授、聖トマス大学名誉教授、国際形而上学会会長、国際美学会終身委員兼名誉会長、国際エコエティカ学会名誉会長といった多くの要職を歴任した。かつては哲学美学比較研究国際センター所長、日本美容専門学校校長を務め、日本アスペン研究所特別顧問でもあった。 今道は離婚歴があり、実子としてギタリストで元BARBEE BOYSのメンバーであるいまみちともたか、ピアニストの川口信子がいる。再婚したドイツ人のクリスティネとの間には、ドイツ在住の今道友紀子と、心理学者でニューヨーク市立大学教員である今道友昭がいる。
斎藤 信治(齋藤 信治さいとう しんじ、1907年9月29日… 斎藤 信治(齋藤 信治さいとう しんじ、1907年9月29日 - 1977年1月1日)は、西洋哲学研究者。山形県酒田市出身。 1925年酒田市甲種商業学校卒、山口銀行東京支店勤務、1931年早稲田大学文学部西洋哲学科卒、1934年東北帝国大学法文学部哲学科卒、1935年同副手、1936年同法学部助手、1939年大東協会調査員嘱託、1940-1942年イスラム研究のためエジプト大学に学ぶ。1947年北海道帝国大学法文学部助教授、1951年7月北海道大学文学部教授、12月神戸大学文理学部教授、1954年中央大学文学部教授。 1957年「イロニーの研究」で北海道大学文学博士。1961-1962年渡欧しマルティン・ハイデッガーに面会している。
塩谷 信男(しおや のぶお、1902年3月24日 - 200… 塩谷 信男(しおや のぶお、1902年3月24日 - 2008年3月14日)は、日本の医師、心霊研究者。
新関 良三(にいぜき りょうぞう、1889年8月4日 - 1… 新関 良三(にいぜき りょうぞう、1889年8月4日 - 1979年4月27日)は、ドイツ文学者、演劇研究者。1943年恩賜賞受賞。1963年日本学士院会員。1967年文化功労者。文学博士。学習院教授、埼玉大学学長。河北町名誉町民。息子の新関欽哉は外交官、オーストリア、ソ連大使などを務めた。 山形県西村山郡谷地村横町(現・河北町谷地)生まれ。旧姓・平泉。谷地尋常高等小学校から西村山郡立西村山中学校(現・山形県立寒河江高等学校)に入学後、山形中学校(現・山形県立山形東高等学校)に転じる。東京高等商業学校(現・一橋大学)に進む。1912年、山形市の伯母新関せいの養子となる。第一高等学校文科を経て、1915年東京帝国大学文科大学独文科卒。
土佐林 義雄(とさばやし よしお、1887年〈明治20年〉8… 土佐林 義雄(とさばやし よしお、1887年〈明治20年〉8月 - 1957年〈昭和32年〉11月28日)は、 日本のアイヌ民族研究者。北海道大学教授。 1887年8月、山形県米沢市に生まれる。 米沢中学校を経て、1909年4月に早稲田大学理工科予科入学。1911年9月に家事都合で中退後、1912年6月から同大理工科建築学研究室の佐藤功一の助手となり工芸美術を専攻。1915年1月から建築学会の書記となり、『建築雑誌』の編輯にあたる。 1922年4月から北海道大学予科の講師となり、図画を担当する。1940年9月から教授となり、高等官六等に叙される。1943年に従六位に叙される。1949年5月に同大教授を退官。