浅野 豊美(あさの とよみ、男性、1964年 - )は、日本… 浅野 豊美(あさの とよみ、男性、1964年 - )は、日本の国際政治学者・歴史学者。早稲田大学政治経済学術院教授(日本政治史)。 浅野清治の玄孫。福島県伊達郡桑折町(旧睦合村)生まれ。 専門は日本政治外交史・東アジア国際関係史。「日本帝国史」や「冷戦史」と通称される日本周辺地域をめぐる国際政治史を、東アジアの地域形成の試みと挫折、変質、アメリカによる再編成過程としてとらえることを提唱する、東アジア地域史のパイオニア。親米家である。 台湾、満洲における統治国家が、どのような法制度を構築していたのかを材料として、帝国の起源、変質、解体をまとめた研究を、名古屋大学出版会から刊行。近年は、在外財産という帝国法制上の「権利」についての法的性格を巡る議論を中心に、戦後日本と周辺地域諸国との国交正常化問題を占領や講和条約にさかのぼって包括的に把握することを目指し研究を展開している。
中野目 徹(なかのめ とおる、1960年4月 - )は、日本… 中野目 徹(なかのめ とおる、1960年4月 - )は、日本の歴史学者。専門は日本近代史。筑波大学人文社会系教授。筑波大学アーカイブズ元館長。 福島県出身。1979年福島県立福島高等学校卒業。1983年筑波大学第一学群人文学類(現、筑波大学人文・文化学群人文学類)卒業後、1986年筑波大学大学院歴史・人類学研究科史学専攻(日本史)博士課程単位取得満期退学。1992年「政教社の研究」で筑波大学より博士(文学)の学位を取得。 1986年から国立公文書館公文書研究職を経て1992年から筑波大学講師、1998年から筑波大学助教授、2008年から筑波大学人文社会系教授。2016年から筑波大学アーカイブズ館長。
甚野 尚志(じんの たかし、1958年 - )は、日本の歴史… 甚野 尚志(じんの たかし、1958年 - )は、日本の歴史学者。早稲田大学文学学術院教授。専攻は中世ヨーロッパ史。学位は、博士(文学)(早稲田大学)。 福島県福島市生まれ。福島県立福島高等学校を経て、1980年、東京大学文学部(西洋史)卒業。1983年、同大学院人文科学研究科修士課程修了。 1983年、京都大学人文科学研究所助手。1986-1987年ハーバード大学エンチン研究所客員研究員、1988-1989年マックス・プランク歴史研究所客員研究員。1990年、東京大学教養学部助教授。1996年、同大学院総合文化研究科助教授。2007年、同教授。2008年より早稲田大学文学学術院教授。
柳田 和久(やなぎだ かずひさ、1950年〈昭和25年〉1月… 柳田 和久(やなぎだ かずひさ、1950年〈昭和25年〉1月19日 - )は、日本の歴史学者、郷土史家。 福島県郡山市に生まれる。郡山商業高等学校を卒業、法政大学大学院博士課程を修了。財団法人郡山市埋蔵文化財発掘調査事業団(現・公益財団法人郡山市文化・学び振興公社文化財調査研究センター)職員として、郡山市史および福島県内の各市町村の歴史を中心に郷土史の研究に当たる。郡山市に伝わる歴史上の課題に果敢に挑戦してその解明に努力している。郡山市文化・学び振興公社文化財調査研究センター長を経て、郡山市文化財保護審議会副会長を歴任した。 中世16世紀における郡山城 (陸奥国安積郡)の城跡比定については、これまで長い間その位置は未詳であるとされてきた。
佐藤 公彦(さとう きみひこ、1949年9月20日 - )は… 佐藤 公彦(さとう きみひこ、1949年9月20日 - )は、日本の歴史学者、東京外国語大学名誉教授。専門は東アジア近代史、中国近現代史。 1949年、福島県岩瀬郡で生まれた。1968年、福島県立白河高等学校を卒業。横浜市立大学文理学部に入学して東洋史を専攻し、小島晋治に師事。1973年に卒業し、大学院は一橋大学大学院社会学研究科に進んだ。大学院時代は西順蔵に師事。1979年に博士課程を単位取得退学。 卒業後は女子美術大学付属高等学校教諭となった。1985年、東京外国語大学外国語学部専任講師に着任。1989年に同大学助教授、1995年に同大学教授に昇進。2000年、学位論文『義和団の起源とその運動:中国民衆ナショナリズムの誕生』を一橋大学に提出して社会学博士号を取得。
小川 幸代(おがわ さちよ、1949年4月 - )は、日本の… 小川 幸代(おがわ さちよ、1949年4月 - )は、日本の国文学者、歴史学者。長岡大学教授。専門は古事記研究、および近世の南山城、女性史の研究など。 福島県会津若松市出身。1975年に國學院大學文学部文学科を卒業の後、國學院大學日本文化研究所勤務を経て、1975年から船橋女子高等学校、1976年から潤徳女子高等学校で非常勤講師をつとめるかたわら、國學院大學で書道科の教員免許を取得し、また朝日カルチャーセンターで古文書を学ぶ。1980年、東京大学経済学部文書室に勤務して近世文書の整理研究を行い、1999年から長岡短期大学助教授、2001年から長岡大学助教授(2007年、准教授)、2008年から教授。
安在 邦夫(あんざい くにお、1939年9月12日 - )は… 安在 邦夫(あんざい くにお、1939年9月12日 - )は、日本の歴史学者。早稲田大学名誉教授。専門は日本近現代史(特に自由民権運動史)。 1939年、三重県宇治山田市(現伊勢市)に生まれる。1944年福島県安達郡に転居する。1958年福島県立福島高等学校卒業。1962年早稲田大学教育学部卒業。1966年早稲田大学大学院文学研究科史学専攻修士課程修了、文学修士。1968年、同博士課程入学。1978年早稲田大学第一文学部・第二文学部専任講師、1981年同助教授、1986年同教授。1996年早稲田大学第二文学部長。2010年定年退職、早稲田大学名誉教授。神奈川大学大学院歴史民俗資料学研究科非常勤講師(-2012年)。
角田 文衞(つのだ ぶんえい、1913年4月9日 - 200… 角田 文衞(つのだ ぶんえい、1913年4月9日 - 2008年5月14日)は、日本の歴史学者(古代学専攻)。学位は、文学博士。従四位勲三等瑞宝章。大阪市立大学教授、平安博物館館長兼教授、古代学研究所所長兼教授、財団法人古代学協会理事長を歴任。 1913年、福島県伊達郡桑折町生まれ。成城高等学校在学中から濱田耕作の学問を慕い、京都帝国大学に進学し濱田の指導により考古学を学んだ。 濱田の在職中での病没と、梅原末治との確執がなければ、濱田の後継者となっていたとの説もあるほど将来を期待された学徒であった。 世界史的な視座に立って考古学と文献史学を統合した「古代学」を提唱。したがって、研究分野は文献史学と考古学の両分野におよんだ。
新城 常三(しんじょう つねぞう、1911年4月21日 - … 新城 常三(しんじょう つねぞう、1911年4月21日 - 1996年8月6日)は、日本の歴史学者。日本中世の交通史を専門とした。 福島県若松市生まれ。1933年に水戸高等学校卒業。1936年に東京帝国大学国史学科卒業。同期に奥田眞啓らがいる。同史料編纂所員を経て、1949年に北海道大学助教授、同大学教授を経て、1959年に九州大学教授、1976年定年。同年、成城大学教授、1982年退職。 1961年、「社寺参詣の社会経済史的研究」により、東京大学から文学博士の学位を授与される。1983年、『新稿社寺参詣の社会経済史的研究』で角川源義賞受賞。没後従四位勲四等旭日小綬章。
丸山 二郎(まるやま じろう、1899年12月15日 - 1… 丸山 二郎(まるやま じろう、1899年12月15日 - 1972年6月30日)は、日本の歴史学者。千葉大学教授。専門は日本古代史。 1899年(明治32年)12月、福島県耶麻郡千里村(現在の耶麻郡猪苗代町)に生まれる。福島県立会津中学校、第三高等学校を経て、1924年(大正13年)、東京帝国大学文学部国史学科を卒業。同時に東京帝国大学文学部副手となる。 1926年(大正15年)、姫路高等学校教授となるが、1929年(昭和4年)に辞職し、黒板勝美の要請によって『新訂増補国史大系』(以下国史大系と略記)編纂の事務局長となった。以後、黒板をたすけて国史大系の編纂に従事し、1936年(昭和11年)11月に黒板が病で倒れたのちは、同書編纂の中心的役割を果たした。
花見 朔巳(はなみ さくみ、1881年9月23日 - 194… 花見 朔巳(はなみ さくみ、1881年9月23日 - 1946年4月27日)は、日本の歴史学者。東京帝国大学史料編纂官、大学講師などを務める。主な研究対象は会津、名古屋、安土桃山時代の三分野で、安土桃山史の権威であった。歴史地理学会幹事。 海軍中佐(海兵57期)で天霧駆逐艦長としてJ.F.ケネディー海軍中尉指揮する魚雷艇を撃沈し、戦後に塩川町長を務めた花見弘平、陸軍少佐の花見侃(第36師団参謀、陸士47期、陸大57期)は甥である。 現在の福島県喜多方市に地主の次男として生まれる。会津中学に学び、植村恒三郎、陸軍少将佐藤美千代と同期であった。1903年に第二高等学校を卒業し、1906年に東京帝国大学文科大学を卒業。
朝河 貫一(あさかわ かんいち、1873年(明治6年)12月… 朝河 貫一(あさかわ かんいち、1873年(明治6年)12月20日 - 1948年(昭和23年)8月10日)は、日本の歴史学者。日本人初のイェール大学教授。 福島県二本松市出身。父は旧二本松藩士朝河正澄、母は旧田野口藩士の長女杉浦ウタ(ウタは貫一が2歳の時に亡くなったため、その後は父正澄と継母エヒに育てられる)。 1874年(明治7年)、父正澄が「伊達郡立子山村小学校」(現福島市立立子山小学校)の校長格として赴任するため、現在の福島県福島市立子山にある天正寺に移住した後、新校舎とともに建設された校長住宅へ移る。天正寺には朝河が4歳の時に描いた馬の絵が現存する。 1878年(明治11年)、立子山小学校初等科に入学後、初等科首席卒業し、飛び級により同校普通科・高等科(3級まで)を修了する。
小澤 弘明(おざわ ひろあき、1958年 - )は、日本の歴… 小澤 弘明(おざわ ひろあき、1958年 - )は、日本の歴史学者。現在、千葉大学副学長(2014年-)および同理事(教育)(2023年-)。専門はハプスブルク帝国史、近代ドイツ・オーストリア史、中東欧現代史。 福島県会津若松市出身。福島県立会津高等学校を経て、1980年3月に 東京大学文学部西洋史学科卒業。1982年3月、同大学院社会学研究科修士課程修了。国際学(修士)の学位を得る。 1987年、東京大学大学院社会学研究科国際関係論専門課程を単位取得退学。日本学術振興会特別研究員を経て、1989年10月~東京外国語大学外国語学部助手。1996年4月~千葉大学文学部助教授。2003年2月、同教授。