陳岡 流羽(じんがおか るう、2003年2月1日 - )は、… 陳岡 流羽(じんがおか るう、2003年2月1日 - )は、日本の男子プロバスケットボール選手である。ポジションはポイントガード兼シューティングガード。B.LEAGUEの茨城ロボッツ所属。 茨城県つくば市出身。 両親はともにバスケットボール経験者である。さらには4つ上の姉と1つ上の兄(陳岡燈生)もバスケットボール経験者である。 高校は土浦日本大学高校へ進学。 大学は白鷗大学へ進学。およそ2年かけてスリーポイントシュートを徹底的に鍛え上げ、コンボガードの役割を担った。4年次には、第47回李相佰杯争奪日韓学生バスケットボール競技大会日本代表に選出された。 2025年1月28日、茨城ロボッツに練習生として加入。
桐原 麻尋(きりはら まひろ、2001年11月17日 - )… 桐原 麻尋(きりはら まひろ、2001年11月17日 - )は、日本の元女子バスケットボール選手である。ポジションはポイントガード。 明秀学園日立高校から白鷗大学に進みインカレ優勝を経験。 2024年、富士通レッドウェーブにアーリーエントリーを経て加入。 2025年オフ、現役引退。
山崎 凜(やまざき りん、2001年〈平成13年〉3月24日… 山崎 凜(やまざき りん、2001年〈平成13年〉3月24日 - )は、日本のバスケットボール選手。愛知県出身。ポジションはスモールフォワード/シューティングガード。B.LEAGUE・岩手ビッグブルズに所属している。 土浦日本大学高校から青山学院大学に進学。在学中の2021年10月広島ドラゴンフライズに練習生として加入、同12月に活動終了。 2022年3月、長崎ヴェルカへの特別指定選手登録が発表された。 リーグ戦初出場は同3月19日のしながわシティ戦の4Qで、残り10秒のところで初得点を上げた。 同5月13日、長崎での特別指定選手としての活動終了が発表されたがそのままチームに帯同を続け、2022-23シーズンも再び特別指定選手登録された。
岡田 英里(おかだ えり、1997年12月18日 - )は、… 岡田 英里(おかだ えり、1997年12月18日 - )は、日本の元女子バスケットボール選手である。茨城県出身。ポジションはガード。ニックネームは「セイ」。 明秀学園日立高校から東京医療保健大学に進み、4年時にはユニバーシアード日本代表に選ばれ4位。 卒業後の2020年、富士通レッドウェーブに加入。2022−2023シーズンには21試合に出場し平均7.7得点を記録していたが、同年のプレーオフにはコンディション不良を理由に出場しなかった。 22-23シーズン限りで現役引退した。
平岩 玄(ひらいわ げん、1997年12月5日 - )は、日… 平岩 玄(ひらいわ げん、1997年12月5日 - )は、日本の男子プロバスケットボール選手である。ポジションはセンター。愛知県出身。B.LEAGUEのアルバルク東京所属。 土浦日本大学高校から東海大学に進学し、2年次には琉球ゴールデンキングス、3年次にはアルバルク東京とそれぞれ特別指定選手契約。 2016年に日本代表候補重点強化選手メンバーに選出され、2019年にはウィリアム・ジョーンズカップに出場した。 2019年、アルバルク東京とプロ契約を結び、インカレ終了後に合流。
鶴巻 啓太(つるまき けいた、1996年4月24日 - )は… 鶴巻 啓太(つるまき けいた、1996年4月24日 - )は、日本の男子プロバスケットボール選手である。ポジションはシューティングガード・スモールフォワード。B.LEAGUEの茨城ロボッツ所属。 幕張総合高校でインターハイ出場。U-18日本代表にも選出。[要出典] 中央大学ではインカレベスト16。[要出典] 2019年2月、茨城ロボッツに特別指定選手登録。卒業後プロ契約。
星田 美歩(ほしだ みほ、1994年4月28日 - )は、日… 星田 美歩(ほしだ みほ、1994年4月28日 - )は、日本の元女子バスケットボール選手である。茨城県出身。ポジションはガード。ニックネームは「ミホ」。2022年ミスユニバ。後輩から慕われるタイプ。特技は鋭い人間観察。 土浦日大高校から江戸川大学を経て、2017年山梨クィーンビーズに加入。 2020年、富士通レッドウェーブに移籍。 2022年、現役引退。
小島 元基(こじま げんき、男性、1994年2月19日 - … 小島 元基(こじま げんき、男性、1994年2月19日 - )は、茨城県出身のバスケットボール選手である。ポジションはポイントガード。身長181cm、体重84kg。茨城ロボッツ所属。つくば秀英高校卒業。東海大学卒業。 つくば秀英高校に所属。2009年には1年生でありながら出場メンバーに名を連ねて、創部初となるウィンターカップ出場を果たしている(3回戦で北陸高校に敗退)。 2年生となった2010年にもウィンターカップ出場を果たし、3回戦では前年敗北した北陸高校と再び相まみえたが敗退している。 高校卒業後に東海大学に進学した。特に4年生となった2015年は、チームだけではなく自身にとっても大きく飛躍した年となっている。
磯野 眞(いその まこと、1994年1月17日 - )は、日… 磯野 眞(いその まこと、1994年1月17日 - )は、日本のプロバスケットボール指導者。茨城県常陸太田市出身。 2021-22シーズンよりBリーグ・長崎ヴェルカのアナライジング・コーチ 兼 オンザコート通訳を務める。 東京大学在学時、自分と同じ教員志望だった先輩森高大(2022年現在アルバルク東京AC)を参考に渡米。高校、大学のバスケットボールチームのマネージャー職を務める中、三年目にビデオコーディネーター担当となり、スカウティングの技術を身につけていく。 一時帰国時には自分の経験を伝えるべく、講演会・勉強会などを積極的に開催するなどしていた。 2019年帰国し茨城ロボッツにAC兼通訳として加入。
木村 蓮(きむら れん、1992年2月4日 - )は、茨城県… 木村 蓮(きむら れん、1992年2月4日 - )は、茨城県出身のバスケットボール選手である。ポジションはガード。つくばロボッツに所属していた。 下妻第二高に進学し、高卒でデイトリックつくばに入団。 2013-14シーズンよりつくばロボッツに所属。2014年11月末で退団したものの、復帰。 2015年1月、退団。
小沼 めぐみ(おぬま めぐみ、1991年3月29日 - )は… 小沼 めぐみ(おぬま めぐみ、1991年3月29日 - )は、日本の女子バスケットボール選手である。コートネームは「頭脳の働きや感覚が鋭い(冴える)」から「サエ」。茨城県出身でバスケットボール女子日本リーグの富士通レッドウェーブに所属していた。ポジションはガードフォワード。背番号21。土浦日本大学高等学校、江戸川大学卒業。 那珂湊第二小学校でバスケを始め、那珂湊中学校を経て土浦日大高に進み、インターハイ3位。 江戸川大進学後もインカレに出場。 2013年、富士通に入社。 2017年、5人制引退。3×3に転向し湘南サンズに入団。
君山 舞夕奈(きみやま まゆな、1990年4月2日 - )は… 君山 舞夕奈(きみやま まゆな、1990年4月2日 - )は、茨城県出身のバスケットボール選手である。ニックネームは「シュウ」。ポジションはフォワード。 土浦日大高から日本航空に入社。 日本航空廃部とともに、チーム譲渡先である新潟アルビレックスBBラビッツに移籍。2016年引退。
大金 広弥(おおがね ひろや、1989年12月21日 - )… 大金 広弥(おおがね ひろや、1989年12月21日 - )は、茨城県常陸太田市出身のバスケットボール選手である。ポジションはガード。身長180cm、体重74kg。 常陸太田市立太田小学校、常陸太田市立太田中学校、水戸商業高を経て、2008年に国際武道大学に入学、同大学では関東3部リーグ得点王となったこともあった。大学卒業後、2012年にトライアウトでデイトリックつくばに入団した。 その後、つくばロボッツに移籍した。同チームが経営難からリーグ管理となった際、2014年11月30日に自由契約となった。 2015年1月、つくばロボッツのチームメートとともに、和歌山トライアンズに入団した。兵庫ストークスとのシーズン最終戦では、ポール・ビュートラックとともに活躍し、勝利に貢献した。
日下部 知恵(くさかべ ちえ、1987年11月29日 - )… 日下部 知恵(くさかべ ちえ、1987年11月29日 - )は、茨城県出身の女子バスケットボール選手である。ポジションはガード。 昭和学院高校卒業後、シャンソン化粧品に入社。 現在は君津クラブに所属し、国体にも出場している。また昭和学院の教員であり、強豪である高校女子バスケットボール部の副顧問をしている。(教科は家庭科)
一色 翔太(いっしき しょうた、1987年8月9日 - )は… 一色 翔太(いっしき しょうた、1987年8月9日 - )は、茨城県出身の元男子バスケットボール選手である。ポジションはガード。背番号20。177cm、74kg。地域リーグの東京海上日動ビッグブルーに所属していた。 市立柏高校から日本大学に進学。 卒業後は千葉エクスドリームスを経て、2011年に千葉ジェッツから育成ドラフト10位で指名を受け入団。 プレースタイルはディフェンス・オフェンスともにバランスのいいプレーをする。 自身の公式ブログで取り上げてから、彼がシュートを決めた際に座席からジャンプして応援するファンが多い。 ホームゲームでは彼がシュートを決めるとMCが名前をもじり「it's a show time!!(翔太イム)」と絶叫する。
菅澤 紀行(すがさわ のりゆき、1987年〈昭和62年〉2月… 菅澤 紀行(すがさわ のりゆき、1987年〈昭和62年〉2月3日 - )は、日本のプロバスケットボール選手。茨城県出身。ポジションはスモールフォワード、パワーフォワード。B.LEAGUE・長崎ヴェルカに所属している。 茨城県出身。土浦第二小学校でバスケを始め、土浦第一中学校から家庭の都合で沖縄県恩納村に移住し、仲泊中学校(現・うんな中学校)に転校。石川高校では全国大会での実績を残せなかったものの、1年間の浪人生活を経て鹿屋体育大学に進学。3年次に手首を骨折しインカレなどの欠場を余儀なくされるも、4年次の2009年インカレでは信平優希、神津祥平、落合知也らを擁する法政大学を破り、チーム史上初めてのベスト8進出に貢献した。
鈴木 成津子(すずき せつこ、1986年7月26日 - )は… 鈴木 成津子(すずき せつこ、1986年7月26日 - )は茨城県出身の元バスケットボール選手である。ポジションはガード。 桜花学園高校卒業後の2005年、アイシン・エィ・ダブリュに入社。 1年目より先発に定着し、Wリーグ昇格に貢献。2010年は主将を務めた。2011年引退。
宇田 康利(うだ やすとし、1986年3月8日 - )は、茨… 宇田 康利(うだ やすとし、1986年3月8日 - )は、茨城県土浦市出身の元バスケットボール選手である。190cm、70kg。東芝ブレイブサンダース神奈川に所属した。 取手松陽高校から拓殖大学に進学。在学中第2回スタンコビッチカップ代表候補に選ばれるが、大会が中止になった。 卒業後、東芝に入社。 2013年日本代表選手に選出 ジョーンズカップ出場。 2015年オフ引退。 引退後、岡山商科大学バスケットボール部監督に就任。
石川 麻衣(いしかわ まい、1985年4月11日 - )は、… 石川 麻衣(いしかわ まい、1985年4月11日 - )は、茨城県出身の女子バスケットボール選手である。ポジションはセンター。 大久保中学校でバスケを始め、明秀日立高校を経て日本体育大学に進学し、インカレでは3年時に優勝を経験する。ユニバーシアードにも2大会連続で出場した。 2008年、富士通に入社する。 2009年のウィリアム・ジョーンズカップ日本代表に招集されるが、故障のため離脱。同年の東アジア大会で初代表。 2018現在3×3で活躍 BEEFMAN.EXEでプレーした後、2021年から焼津GRユナイテッドに所属 2024年から東濃ヴァルキリーズに所属
高島 一貴(たかしま かずたか、1984年2月25日 - )… 高島 一貴(たかしま かずたか、1984年2月25日 - )は、日本の男子バスケットボール選手である。ポジションはG(ガード)およびF(フォーワード)。茨城県出身。 土浦日本大学高、早稲田大学を経て、2006年にアイシンシーホースへ。2014年、つくばロボッツに移籍。11月30日に退団。2015年1月に和歌山トライアンズへ入団するも、シーズン終了後に自由契約となる。 2015年6月29日、熊本ヴォルターズへ移籍した。2016年、横浜ビー・コルセアーズに移籍。 2016-17, 2017-18シーズンは、チームは毎年残留争いに巻き込まれる厳しい状況で、ヘッドコーチの入れ替わりも激しかったが、いずれのコーチにも守備能力が高く評価され、レギュラーとして活躍した。
劉生 琢行(りゅうせい たく、1983年〈昭和58年〉7月2… 劉生 琢行(りゅうせい たく、1983年〈昭和58年〉7月27日 - )は、日本の元プロバスケットボール選手。中華人民共和国河北省出身。現役時代のポジションはセンターフォワード。中国名は劉 衝(リュウ・ハン)。 霞ヶ浦高校にバスケ留学のため来日。 その後白鷗大学を経て、2007年に栃木ブレックスに入団するが、シーズン途中で選手登録を外れ育成枠契約となる。 2008年、新潟アルビレックスBBと練習生契約を結ぶも選手契約には至らず、千葉ピアスアローバジャーズに入団。 2009年、リンク栃木ブレックスのD-TEAMブレックスバスケットボールクラブに入団。 2010年、D-RISEとしてJBL2へ参戦し、リバウンド王とベスト5に選ばれた。
石田 剛規(いしだ たかき、1982年9月25日 - )は、… 石田 剛規(いしだ たかき、1982年9月25日 - )は、茨城県出身のバスケットボール選手・指導者、俳優である。ポジションはSG。 2005年にトヨタ自動車アルバルクに加入。 2009年に退団し現役を引退。同年7月クールの月9ドラマ『ブザー・ビート〜崖っぷちのヒーロー〜』で俳優に転身。「役者の仕事をしていた」と出演番組で話していた。 2010年にクラブチーム「エクセレンス」に所属し競技復帰を目指す。 2011年、bjリーグドラフトにて全体4位で千葉ジェッツに指名される。さらに2012bjリーグオールスターゲームinさいたまにもfacebookブースター投票枠で選出された。石田にとっては2010年宮城グランディ21セキスイハイムアリーナで行われたbjリーグオールスターで先のドラマ、ブザー・ビート出演に伴うスリーポイントコンテストゲスト出場に次ぐ実質2回目の出場になる。
成井 千夏(なるい ちなつ、1982年6月20日 - )は、… 成井 千夏(なるい ちなつ、1982年6月20日 - )は、茨城県出身のバスケットボール選手である。ニックネームは「ユウ」。ポジションはガードフォワード。JOMO(現・ENEOS)サンフラワーズ元選手でマネージャーも務めた。 長崎女子高校からジャパンエナジーに入社。同期入社に大神雄子、田中利佳がいる。 ヤングウーメン日本代表にも選出され、アジア選手権に出場。 しかし、シックスウーメン要員で出場機会も少なかった。 2004年、怪我の影響もあり引退。マネージャーに転じて2013年までチームを支えた。また、女子日本代表にもサブマネジャーとして2010年世界選手権などに同行している。 2017年、女子日本代表チーフマネージャーに就任。
矢代 直美(やしろ なおみ、1977年12月30日 - )は… 矢代 直美(やしろ なおみ、1977年12月30日 - )は、茨城県出身の元バスケットボール選手である。ポジションはセンター。 高萩市立高萩中学校、日立女子高校(現:明秀学園日立高校)から日本体育大学に進み、ユニバーシアード代表に選ばれる。 卒業後、日本航空にフライトアテンダント(客室乗務員)として入社し、バスケットボール部に所属する。1シーズン目より活躍し、新人王を獲得。02-03フリースロー王など個人タイトルも獲得。 全日本のメンバーにも選ばれ、2002年世界選手権やアテネオリンピックにも参加。アテネ五輪代表では唯一の4年制大学卒であった。(短大卒も含めるとJALのチームメイトだった薮内夏美(現ENEOSサンフラワーズAC)もいた。
岡里 明美(おかざと あけみ、1974年7月24日 - )は… 岡里 明美(おかざと あけみ、1974年7月24日 - )は、茨城県出身の元バスケットボール選手である。ポジションはG/F。現役時代はシャンソンVマジックに所属。現役時代は3Pシュートの名手として全日本で活躍した。 名古屋短期大学附属高等学校(現・桜花学園高等学校)では1、3年時に高校三冠を獲得。 卒業後、シャンソン化粧品入社。日本リーグ〜Wリーグ10連覇などのシャンソン黄金時代を支えた。 また、1年目より全日本に選出され、ジュニア世界選手権を経験後、1996年にはアトランタ五輪に出場し7位入賞に貢献。1998年のバンコクアジア大会では金メダルを獲得した。 2003年、アテネ五輪予選を兼ねるアジア選手権の選考合宿で代表から落選。
平岡 富士貴(ひらおか ふじたか、1974年4月26日 - … 平岡 富士貴(ひらおか ふじたか、1974年4月26日 - )は、日本の元バスケットボール選手である。 茨城県つくば市出身。日本大学卒業。 現役時代からの愛称は”ボンバー”。現役引退後はアシスタントコーチとしてアルビレックスBBを、新潟県国体成年男子のアシスタントコーチ、アップルスポーツカレッジ(専門学校)でもコーチとして指導している。 筑波西中学校、土浦日大高校、日本大学ではいずれも全国優勝を経験。
川﨑 真由美(かわさき まゆみ、1972年10月1日 - )… 川﨑 真由美(かわさき まゆみ、1972年10月1日 - )は、茨城県出身の元バスケットボール選手。コートネームは「マイ」。ポジションはセンター。183cm、69kg。A型。キャッチフレーズは「波瀾万丈なラッキーガール」。現役時代はJOMOサンフラワーズに所属していた。 小学校でバスケを始め、水海道二高卒業後、共同石油(現・ENEOS)に入社。 ミドルレンジからシュート力とリバウンド力を持ち、JOMOでは濱口典子とともにツインタワーとして活躍。 実績を認められ1996年、アトランタオリンピックに出場する全日本のメンバーに選ばれ、7位入賞に貢献。全日本でのキャリアはオリンピック1大会のみである。 オリンピック後のシーズンを最後に「やり切った」の言葉を残して25歳で現役引退。
川崎 真由美(かわさき まゆみ、1972年10月1日 - )… 川崎 真由美(かわさき まゆみ、1972年10月1日 - )は、茨城県出身の元バスケットボール選手。名字は正確には「川﨑」。コートネームは「マイ」。ポジションはセンター。183cm、69kg。A型。キャッチフレーズは「波瀾万丈なラッキーガール」。現役時代はJOMOサンフラワーズに所属していた。
平山 輝武(ひらやま てるたけ、1944年3月27日 - )… 平山 輝武(ひらやま てるたけ、1944年3月27日 - )は、茨城県出身の元バスケットボール選手・指導者。身長175cm。ポジションはガード。「シュートマシン」の異名を持つ。現役当時は3点シュートがなかった。ミスターバスケットの諸山文彦とは日本大学時代および日本鋼管時代コンビを組んでいた。 茨城県立日立第一高等学校入学後はバスケット部に入部 日本大学進学後、大学バスケ界の名監督と謳われた細島繁の指導を受ける。 卒業後は日本鋼管に入社。日本リーグ4連覇に貢献。 全日本でも東京五輪候補、アジア選手権などに出場。 現役引退後は母校・日本大学の助監督等を行う。 また、明星学園女子バスケットボール部の監督、椎名真一を義理の弟に持つ。