大久保 世璃(おおくぼ せり、2007年8月23日 - )は… 大久保 世璃(おおくぼ せり、2007年8月23日 - )は、日本のキックボクサー。栃木県宇都宮市出身。K-1ジム・ウルフ TEAM ASTER所属。栃木県立宇都宮北高等学校在学。兄は初代Krushフライ級王者の大久保琉唯。 2007年、栃木県宇都宮市に生まれる。 2024年7月22日、K-1甲子園2024 東日本予選トーナメントに出場し、優勝した。 2024年9月1日、K-1甲子園2024へ出場し、-55kg王者となった。 2025年2月26日、『K-1 AWARDS 2024』において、アマチュア最優秀選手賞を受賞した。 2025年2月9日、国立代々木競技場第二体育館で行われたK-1 WORLD MAX 2025でプロデビュー。
大久保 琉唯(おおくぼ るい、2004年9月12日 - )は… 大久保 琉唯(おおくぼ るい、2004年9月12日 - )は、日本のキックボクサー。K-1ジム・ウルフ TEAM ASTER所属。2022年にKrushの初代フライ級王座決定トーナメントで優勝し、王座を獲得。栃木県宇都宮市出身。弟はキックボクサーの大久保世璃。 2004年、栃木県宇都宮市に生まれる。琉唯という名前は『琉』は個性的で宝石のように光輝く魅力のある子に育ってほしい、『唯』は世界に一つだけの、唯一無二の存在になってほしいという願いが込められてつけられた。小学1年生の時にプロボクサーであった父親の影響でキックボクシングを始めた。幼児期はロングヘアでメンタルが弱く、小学2年生の際にはグローブ空手の試合の時に「試合に出たくない」と言ってトイレに引きこもったこともあった。
漣 バル(さざなみ バル、英語: Balu Sazanami… 漣 バル(さざなみ バル、英語: Balu Sazanami、2003年11月21日 - )は、日本のプロボクサー。栃木県那須塩原市出身。第9代OPBF女子東洋太平洋ライトフライ級王者。第7代OPBF女子東洋太平洋フライ級王者。第7代日本女子ミニマム級王者。ワールドスポーツボクシングジム所属。 本名は岩井 リサ(いわい リサ)で、プロボクサーになる前はインフルエンサーとして活動しており、その時の芸名をリングネームにした。 日本人の父とフィリピン人の母の下で生まれた。 通信制高校2年の時に地元のアマチュアジムでボクシングを始め、同郷の先輩である高橋拓夢(角海老宝石)のデビュー戦を観戦したのがきっかけでDANGAN AOKI GYMに入門しプロに転向。
冨澤 大智(とみざわ だいち、1997年10月3日 - )は… 冨澤 大智(とみざわ だいち、1997年10月3日 - )は、日本の男性総合格闘家、キックボクサー。FIGHTER'S FLOW所属。栃木県宇都宮市出身。 父、兄に影響されて6歳から18歳まで野球を続ける。宇都宮市立鬼怒中学校から野球の特待生として文星芸大付属高校に入学し、プロ野球選手を目指していた。その後、消防署に消防士として務めていたが、2018年に強盗致傷の疑いで逮捕される。本人は冤罪を主張しており、揉め事を止めていただけであると話している。結果は不起訴となったが、実名報道されたことにより周囲からの目が厳しくなり、消防署を辞める。 21歳の時に格闘技を始め、2019年4月6日に『格闘代理戦争4thシーズン』(AbemaTV)に武尊率いる「TEAM武尊」の一員として出場。
中野 真由美(なかの まゆみ、1997年5月20日 - )は… 中野 真由美(なかの まゆみ、1997年5月20日 - )は、日本の元プロボクサー、元自衛官である。栃木県那須塩原市出身。中野サイトウボクシングジム所属。元WBO女子アジア太平洋ミニマム級王者。 2022年4月26日、後楽園ホールにて鵜川菜央戦でデビューするが、0-2判定負け。 2022年7月9日、エスフォルタアリーナ八王子にて長崎未久を4回1分12秒TKOで降し初勝利。 2022年11月28日、お笑い芸人でもあるかぎしっぽさちを3回TKOで降し後楽園ホール初勝利。 2023年3月16日、『Victorivaミニマム級2勝トーナメント』初戦としてハンバーグ・ヒロコを3-0判定で降す。 2023年6月20日、『Victorivaミニマム級2勝トーナメント』決勝戦で前原香那枝を4回TKOで降しトーナメント優勝。
吉野 修一郎(よしの しゅういちろう、1991年9月28日 … 吉野 修一郎(よしの しゅういちろう、1991年9月28日 - )は、日本の元プロボクサー。栃木県鹿沼市出身。三迫ボクシングジムに所属していた。第62代日本ライト級王者。第47代OPBF東洋太平洋ライト級王者。元WBOアジア太平洋ライト級王者。 入場曲はウルフルズの『ガッツだぜ!!』。 母はフィリピン人。父と叔父の影響でボクシングを始める。 作新学院高校時代は、インターハイ、国体、選抜(2度)で優勝し高校4冠を果たした。東京農業大学時代は、国体と国際大会で2度準優勝し、ボクシング部の後輩に中澤奨がいる。 大学卒業後はサラリーマンになるが、1年のブランクを経てプロ入りを決断した。 2015年12月14日、後楽園ホールでペッジャー・シットパーセーンとウェルター級4回戦を行い、3回2分40秒TKO勝ちを収めデビュー戦を白星で飾った。
後藤 あゆみ(ごとう あゆみ、1988年5月19日 - )は… 後藤 あゆみ(ごとう あゆみ、1988年5月19日 - )は、日本のプロボクサー、元モデル。栃木県大田原市出身。ワタナベボクシングジム所属。第3代OPBF東洋太平洋女子スーパーバンタム級王者。WBO女子アジア太平洋スーパーバンタム級王者。血液型B型。 栃木県立宇都宮中央女子高等学校、法政大学在学中はバスケットボール部所属。 2011年より外壁塗装「プロタイムズ総研」に入社し、その傍らモデルも兼業、同年8月にはミス府中に選ばれた。また端役ながらミキプルーンのCMにも出演経験あり。 ボクシングを始めたきっかけは2012年始の交流会でプロレスラーのボディーにパンチを入れる機会があり、それがたまたま居合わせたボクシング関係者の目に留まり、社長からも勧められたことであった。
チャオズ 箕輪(チャオズ みのわ、1987年11月4日 - … チャオズ 箕輪(チャオズ みのわ、1987年11月4日 - )は、日本の女子プロボクサー。本名、箕輪 綾子(みのわ あやこ)。栃木県宇都宮市出身。階級は元バンタム級で現在はフライ級。第5・6代OPBF女子東洋太平洋フライ級王者。現WBO女子アジア太平洋スーパーフライ級王者。日本体育大学体育学部卒業。ワタナベボクシングジム所属。 中学2年のときに地元のジムでボクシングを始めるが、宇都宮文星女子高校では「ボクシングのためになるから」と護身道部に所属し、インターハイ空手道では蹴りを封印して団体優勝に貢献。 日体大進学後、横浜さくらボクシングジムに所属するとともに、関東1部リーグ所属の日本体育大学ボクシング部にも入部し、男子に混じって練習を行う。
日向野 知恵(ひがの ちえ、1984年7月28日 - )は、… 日向野 知恵(ひがの ちえ、1984年7月28日 - )は、日本の女子ブラジリアン柔術家、元プロボクサー。栃木県小山市出身。トライフォース柔術アカデミー新宿所属、プロボクサー時代はスパイダー根本ボクシングジム所属。第2代日本女子ミニマム級王者。日本人女子プロボクサー第1号である高築正子がトレーニングパートナーを務めた。 栃木県立栃木女子高等学校から茨城大学に進み、卒業後に都内のデザイン会社に就職を機にキックボクシングを始め、その後地元小山のジムでボクシングに転向し、プロを目指すため埼玉県川口市のスパイダー根本(当時スパイダー蓮乗院)に移籍し、2014年3月3日プロデビュー。 デビュー3戦3連勝も、敵地大阪で山岸愛子にTKO負けを喫すると3連敗。
渡辺 久江(わたなべ ひさえ、1980年10月21日 - )… 渡辺 久江(わたなべ ひさえ、1980年10月21日 - )は、日本の女性総合格闘家、キックボクサー。栃木県鹿沼市出身。元DEEP女子ライト級王者。 2002年4月7日、SMACKGIRLの大門まい子戦で総合格闘技デビュー。同年12月月29日、SMACKGIRL JAPAN CUP 2002ライト級(52kg)トーナメントで決勝まで勝ち上がるがしなしさとこに敗れ準優勝となった。 2003年11月11日、キックボクシングルールでグレイシャアAkiと対戦し、1-2の判定負け。 2003年12月26日、初の海外遠征を行い、タイのフューチャーパークにあるランシット屋外特設リングで行われたテレビマッチで、インターナショナル女子ムエタイライトフライ級王座決定戦に出場。
小口 雅之(こぐち まさゆき、男性、1977年8月27日 -… 小口 雅之(こぐち まさゆき、男性、1977年8月27日 - )は、日本のプロボクサー。栃木県上三川町出身。草加有沢ボクシングジム所属。 作新学院高校1年時にボクシングを始める。2000年10月11日、横浜アリーナでWBA世界ライト級タイトルマッチ(畑山隆則 vs 坂本博之)のアンダーとして行われたプロデビュー戦に初回KO勝利を収めた。2002年には新人王トーナメントにエントリーし、スーパーフェザー級で3勝を収めたが、9月27日に行われた東日本準決勝で熊野和義(宮田)に4R判定で敗れた。 2005年12月13日、ジムの先輩コウジ有沢の引退興行のセミファイナルで密かに引退を決意して、柴田大地(ファイティング原田)と対戦。
諏訪 尚(すわ たかし、1971年8月7日 - )は、日本の… 諏訪 尚(すわ たかし、1971年8月7日 - )は、日本の元プロボクサー。栃木県小山市出身。 足利学園高等学校3年時の1989年12月3日にプロデビューし、西村基之に1R1分39秒KO勝ちを収めた。このあと4連続1ラウンドKOを記録した。翌1990年2月11日には、東京ドームでの世界ヘビー級タイトルマッチ(マイク・タイソン 対 ジェームス・ダグラス戦)の前座にも出場し、ここでも1RKO勝ちを収めている。その後も1RKOを重ねていたが引退。
古口 哲(こぐち さとし、男性、1957年11月28日 - … 古口 哲(こぐち さとし、男性、1957年11月28日 - 2021年11月(または10月末)は、日本の元プロボクサー、トレーナーである。古口・協栄ボクシングジム会長。栃木県今市市出身。 作新学院高等学校時代には3年次の1975年と4年次の1976年に全日本高校フライ級王者となり、日本大学進学後までにアマチュア61連勝を記録。2013年に李健太に更新されるまで日本記録であった。1978年世界ボクシング選手権大会にもバンタム級日本代表選手として出場。 モスクワオリンピック出場も期待されながら1979年にプロ転向を宣言。ジムの間では争奪戦となったが、一時国際ジムと契約も、高校時代に笹崎ジムと契約し
亀田 昭雄(かめだ あきお、1956年11月19日 - 20… 亀田 昭雄(かめだ あきお、1956年11月19日 - 2022年4月16日)は、栃木県出身の元プロボクサーである。ミカドジム→協栄→バトルホーク風間ジム所属。日本王座2階級を制したが、東洋太平洋王座と世界王座獲得には失敗した。協栄ジム所属時は「具志堅用高を超える逸材。200年に一人の天才」と称された。 1975年に全日本アマチュアボクシング選手権大会優勝。 1977年3月15日、エドモンド・ゴーベイアを2RTKOで沈め、プロデビューを飾る。 1978年4月28日、辻本章次を5RKOで下し、日本ウェルター級王座獲得。この試合まで7戦連続KO勝利。 8度の防衛を重ねた後、1981年日本王座返上。 1982年7月4日、一階級下のジュニアウェルター級でWBA王座に挑むが、アーロン・プライヤーに6RTKO負け。
中川 仁士(なかがわ ひとし、1949年5月15日 - )は… 中川 仁士(なかがわ ひとし、1949年5月15日 - )は、日本の元プロボクサー。栃木県真岡市出身。元日本ジュニアミドル級王者。帝拳宇都宮ジム所属。 サッカーからボクシングへ転向。1969年プロデビュー。 1970年12月、東日本ウェルター級新人王を獲得。全日本では後の東洋王者羽草勉に敗れたが、堀畑道弘、龍反町ら強豪と対戦した。1973年9月26日、加島雷三を4回KO勝ちし、日本ジュニアミドル級王座を獲得した。 1974年5月10日、初防衛戦で技巧派柴田賢治に判定負けを喫し、王座から陥落した。同年6月23日、東洋ミドル級王座を狙って王者柳済斗に挑んだが失敗に終わった。 1974年9月5日の試合を最後に引退した。
中村 剛(なかむら たけし、1943年3月18日 - )は、… 中村 剛(なかむら たけし、1943年3月18日 - )は、日本の元プロボクサー、実業家。栃木県真岡市出身。元OBF東洋フライ級チャンピオン。 1959年にデビュー。 1963年6月7日、ノンタイトルでOBF東洋フライ級王者チャチャイ・ラエムファバー(チャチャイ・チオノイ)を破る金星を挙げる。同年7月7日、チャチャイのOBF東洋王座に挑み、体格に勝るチャチャイにインファイトを仕掛けて巧みに左右フックをヒット、僅差の判定勝ちでタイトルを獲得した。弱冠20歳であった。 その後は粘り強いファイトを身上に、約6年の在位期間で10度の防衛に成功した。その中には後に世界チャンピオンとなるエルビト・サラバリア、バーナベ・ビラカンポら強豪も含まれる。
堀口 宏(ほりぐち ひろし、1928年5月30日 - 没年不… 堀口 宏(ほりぐち ひろし、1928年5月30日 - 没年不明)は、日本のプロボクサー。栃木県真岡市出身。元日本バンタム級王者。 ピストン堀口は実兄。 通算戦績 101戦82勝(24KO)11敗6分2無効試合 この項目は、ボクシング関係者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJボクシング/PJキックボクシング)。
ピストン堀口(ピストンほりぐち、1914年(大正3年)10月… ピストン堀口(ピストンほりぐち、1914年(大正3年)10月7日 - 1950年(昭和25年)10月24日)は、日本のプロボクサー。本名:堀口 恒男(ほりぐち つねお)。栃木県真岡市出身。昭和初期における日本ボクシング界の象徴的存在で「拳聖」と呼ばれた。元日本フェザー級・東洋フェザー級および日本ミドル級王者。次兄から順に、基治、宏(元日本バンタム級チャンピオンの堀口宏)、喬久という堀口4兄弟(いずれもプロボクサー)の長兄。孫は元ボクサーの堀口昌彰で、日本ライト級2位に格付けされていた。現在はピストン堀口道場の指導者を務める。 「ピストン堀口」の呼称は正式なリングネームではなく、あくまで本名の堀口恒男が正式なリングネームなのだが、いつの頃からか「ピストン・堀口恒男」との異名が新聞記事などで使われるようになり、一般に「ピストン堀口」の呼称が定着してしまった。
渡辺 勇次郎 は、日本のプロボクサー。栃木県矢板市出身。日本… 渡辺 勇次郎 は、日本のプロボクサー。栃木県矢板市出身。日本最初の本格的ボクシングジムを創設、ピストン堀口、笹崎僙、荻野貞行、岡本不二など幾多の名選手を育て日本における「ボクシングの父」と呼ばれる。
尾下 正伸(おした まさのぶ)は、日本の元プロボクサー。栃木… 尾下 正伸(おした まさのぶ)は、日本の元プロボクサー。栃木県宇都宮市出身。現在は東京都豊島区でキックボクシングジム「尾下塾」を経営。会長兼トレーナーを務めている。また、多くのプロ格闘家の試合のセコンドとしても活動している。 1984年当時は栃木県立宇都宮高校サッカー部で主将を務める。 1987年当時は中央大学キックボクシング部で主将を務める。 1989年に大学卒業後、証券会社に18ヵ月勤務。優秀な営業マンに贈られる社長賞を2回獲得するなど、持ち前の人懐こさとフットワークで、優秀な成績を収める[要出典]。 1994年、プロボクサーに転身。幼い頃からの夢を実現し、B級ランキング1位に登りつめる。 1996年、スパーリング中の目の怪我(網膜裂孔)により、3年間のプロボクサー生活にピリオドをうつ。