保園 翔也(ほぞの しょうや、1995年(平成7年)12月1… 保園 翔也(ほぞの しょうや、1995年(平成7年)12月11日 - )は、地方競馬の浦和競馬場埼玉県騎手会所属の騎手である。地方競馬教養センター騎手課程第94期生。 栃木県芳賀郡益子町出身。矢板中央高等学校時代はサッカー部に所属していた。 2016年4月1日付で地方競馬騎手免許を取得。同年4月25日第1回浦和競馬1日目第1競走3歳三組(186.3万円以上310.2万円未満条件戦)をケイティーテンリウで初騎乗(10頭立て2番人気5着)。同年5月2日第2回船橋競馬1日目第6競走(C2選抜馬イ条件戦)をプレジャーリーフで優勝(10頭立て8番人気)し、通算30戦目で初勝利。同年6月27日第5回大井競馬1日目第4競走(3歳50万円未満条件戦)をタマノシルエットで優勝(14頭立て4番人気)し、南関東4場での勝利を達成。
山崎 真(やまざき しん、1987年5月20日 -)は、地方… 山崎 真(やまざき しん、1987年5月20日 -)は、地方競馬の浦和競馬場柘榴浩樹厩舎に所属していた元騎手である。地方競馬教養センター騎手課程第82期生。 2005年9月29日付けで地方競馬騎手免許を取得。同年10月19日、浦和競馬第9競走の紅葉特別(C3七組)ウイニングマミーでレース初騎乗(10頭立て8番人気6着)。翌10月20日、浦和競馬第1競走(3歳九組十組十一組条件戦)でアネスリード(12頭立て6番人気)に騎乗し、2戦目で初勝利を挙げる。 2007年3月21日、高知競馬場で行われた第21回全日本新人王争覇戦に出場(12人中9位)。 2014年9月1日~2015年2月28日の間、高知競馬場の田中譲二厩舎に所属し期間限定騎乗をした。
柴田 大知(しばた だいち、1977年6月18日 - )は日… 柴田 大知(しばた だいち、1977年6月18日 - )は日本中央競馬会(JRA)美浦トレーニングセンター所属の騎手。双子の弟・柴田未崎もJRAの元騎手。同期には福永祐一・和田竜二らがおり、競馬学校花の12期生のひとりである。 小学5年生の時、弟の未崎と共にJRA宇都宮育成牧場で乗馬を開始。当初から騎手という職業には惹かれていたが競馬そのものにさほどの関心はなく、ともに宇都宮育成牧場に所属していた4歳年上の小林淳一が競馬学校に合格したことで、初めて競馬学校の存在を知ったほどだった。そして小林がJRA騎手としてデビューを果たしたのを契機に、自身も騎手になろうという決意を固める。また弟の未崎も同じ進路を歩むが2人して相談するでなく、自然と同じ志を抱くようになっていたという。
柴田 未崎(しばた みさき、1977年6月18日 - )は、… 柴田 未崎(しばた みさき、1977年6月18日 - )は、日本中央競馬会 (JRA) の調教助手、元騎手である。 1996年にJRAの騎手となり、2011年3月31日に引退するまで、通算82勝を挙げた。その後調教助手に転身し、美浦トレーニングセンターの斎藤誠厩舎に所属したが、2013年より再び騎手試験を受験し合格、騎手に復帰することとなった。 双子の兄・柴田大知もJRAの騎手であり、双子の騎手はJRA史上初めての事であった。同期に他に福永祐一・和田竜二らがおり、いわゆる競馬学校花の12期生のひとりである。 栃木県宇都宮市出身。1996年、高木嘉夫厩舎所属の騎手としてデビューし、同年6月マイネルダンケに騎乗して初勝利を達成。
原村 正紀(はらむら まさとし、別名:原村 昌利(読み同じ)… 原村 正紀(はらむら まさとし、別名:原村 昌利(読み同じ)、1966年12月6日 - )は、日本の実業家、作家、馬主。 システム開発・販売、化粧品、水素、アミノ酸商品などの製造・販売を手がける株式会社エコロ・インターナショナルの代表取締役社長を務める。 1966年、栃木県出身。当初は会社員であったが思うようにいかなかったといい、メンターとの出会いを経て仕事の調子が上がると、メンタルトレーナーとしてセミナーなどを開催するようになった。1999年、栃木県真岡市並木町に株式会社エコロ・インターナショナルを創業(2002年2月設立)。 趣味はゴルフ、読書。座右の銘は「成功とは、最後の失敗の後に訪れる」。
山口 竜一(やまぐち りゅういち、1964年1月26日 - … 山口 竜一(やまぐち りゅういち、1964年1月26日 - )は、ホッカイドウ競馬所属の元調教師、元騎手。 1981年、宇都宮競馬場所属騎手としてデビュー。4月25日に初騎乗、5月10日に初勝利を挙げる。 1995年、4月29日に東京競馬場で行われた青葉賞で、13番人気だったロードミライに騎乗。これが中央競馬(JRA)初騎乗でありJRA重賞初騎乗でもあったが、結果は14着に終わる。 2005年、3月で宇都宮競馬が廃止となり、6月にホッカイドウ競馬に移籍する。 2006年には中央から移籍してきたジンクライシスの主戦を務め、転厩初戦の赤レンガ記念を道中好位追走から直線楽に抜け出して圧倒的人気に応え、1年半ぶりの勝利を飾る。
熊久保 勅夫(くまくぼ ときお、1931年8月7日 - 20… 熊久保 勅夫(くまくぼ ときお、1931年8月7日 - 2012年12月30日)は、日本の実業家、馬主。東北サファリパーク、那須サファリパーク、エビスサーキット、那須ワールドモンキーパーク、岩手サファリパーク創業者。息子は熊久保信重。 勅夫は、満州事変がはじまる前月の1931年8月7日、栃木県黒磯市(現在の那須塩原市)高林にて、酒造業や木材・木炭の取引業などを営む熊久保家の次男として生まれた。学校の勉強よりも自然から学ぶことを好んで山を駆け回り、「普通の悪ガキ」に育った少年時代を過ごした勅夫は、戦後の混乱期の中で高校を出ると同時に、東京都江東区深川の材木問屋へ丁稚奉公に行き、そこで3年間の修行を積んだ。