林家 つる子(はやしや つるこ、1987年6月5日 - )は… 林家 つる子(はやしや つるこ、1987年6月5日 - )は、日本の女性落語家、タレント。本名は須藤 みなみ。落語協会所属の真打。出囃子は藤音頭。血液型はO型。 群馬県高崎市出身。群馬県立高崎女子高等学校、中央大学文学部人文社会学科卒業。 大学では落語研究会に所属。大学2年生の時に全日本学生落語選手権・策伝大賞で決勝進出、審査員特別賞を受賞し、4年次には全国女性落語大会(ちりとてちん杯)で優勝する。 大学卒業時に落語家になりたいと決意して両親の許可を得た上で、落語研究会の顧問でもある黒田絵美子(中央大学教授)に相談。柳家さん喬を紹介してもらって相談の上、2010年に九代林家正蔵に入門した。 2015年11月に二ツ目昇進。
立川 がじら(たてかわ がじら、1986年5月21日 - )… 立川 がじら(たてかわ がじら、1986年5月21日 - )は、日本の落語家である。落語立川流所属の二つ目。 1986年5月21日、群馬県前橋市生まれ。前橋市立第五中学校、前橋育英高等学校を経て、明治大学文学部ドイツ文学専攻を卒業。学生時代には明治大学落語研究会に所属。高座名を「和泉家綺麗な琳太郎(いずみやきれいなりんたろう)」→「うつみ琴々(きんきん)」→「駿河炎誌(するがえんし)」と変更している。在学中の2009年、駿河炎誌として第6回全日本学生落語選手権「策伝大賞」審査員特別賞受賞。 2011年2月、立川志らくに入門。2016年12月、二つ目に昇進。第9回前橋若手落語家選手権準優勝。 2015年より、大谷皿屋敷主宰の劇団「地蔵中毒」に不定期で参加。
三遊亭 ぐんま(さんゆうてい ぐんま、1985年10月25日… 三遊亭 ぐんま(さんゆうてい ぐんま、1985年10月25日 - )は、落語協会に所属する落語家。三遊亭白鳥門下の二ツ目。本名∶相原 祐也。群馬県渋川市(旧子持村)出身。出囃子は「傀儡師」、定紋は「三ツ組橘」。 2015年、三遊亭白鳥に入門。2016年9月21日、前座となる。前座名「ぐんま」。 2020年5月21日、林家彦三、柳家小はだと共に二ツ目昇進。師匠(にいがた→新型→新潟)や兄弟子(あおもり→青森)の昇進時と異なり改名せず。 2018年春、群馬県出身の若手落語家4名にて同県の全35市町村で公演を催す趣旨の落語家ユニット「上州事変」を結成する。メンバーはぐんまのほか、林家つる子・柳家小もん・立川がじら。
桂 夏丸(かつら なつまる、本名:阿倍 清彦、1984年8月… 桂 夏丸(かつら なつまる、本名:阿倍 清彦、1984年8月15日 - )は、群馬県吾妻郡吾妻町(現・東吾妻町)出身、落語芸術協会所属の噺家、俳人。出囃子は『あゝそれなのに』。 父は根付作家、母は声楽家。小学生の頃から落語と俳句に熱中して東京まで寄席通いを続け、群馬県立渋川青翠高等学校2年生の時に桂幸丸に弟子入りを許され、自宅で稽古を付けて貰うようになる。 2003年(平成15年)3月、卒業と同時に正式入門、桂夏丸の名で前座。2007年(平成19年)9月1日二ツ目昇進。四代目桂米丸一門伝統の新作落語で研鑚中。 実力派の若手俳人としても評価が高く、高校在学中の2002年度上毛新聞社主催『上毛ジュニア俳壇』にて最優秀賞。
古今亭 駒子(ここんてい こまこ、1972年12月2日 - … 古今亭 駒子(ここんてい こまこ、1972年12月2日 - )は、女流落語家。落語協会所属の真打。本名:高木 厚子。 群馬県甘楽郡甘楽町出身。群馬県立富岡東高等学校、駒澤短期大学卒業。社会人を経て2003年、古今亭菊千代に入門。2004年3月、前座となる。前座名「ちよりん」。 2007年5月、林家たこ平と共に二ツ目昇進。 2018年9月21日、真打昇進「古今亭駒子」と改名。 真打昇進同期5名の古今亭駒治、柳家小平太、柳家勧之助、林家たこ蔵(たこ平改め)、駒子のうち紅一点。古今亭菊千代が師匠で女性落語家の弟子として初の女性真打誕生、群馬県出身女性で初めて真打昇進となった。 中国、台湾、タイで日本人向けに公演を行っている。
春風亭 勢朝(しゅんぷうてい せいちょう、1962年8月8日… 春風亭 勢朝(しゅんぷうてい せいちょう、1962年8月8日 - )は、群馬県伊勢崎市出身の落語家。落語協会所属。本名は高橋 俊人(たかはし としひと)。出囃子は『野球拳』。
三遊亭 竜楽(さんゆうてい りゅうらく、1958年9月12日… 三遊亭 竜楽(さんゆうてい りゅうらく、1958年9月12日 - )は、群馬県前橋市出身の落語家。本名∶柳井 淳嘉。五代目円楽一門会所属。出囃子は『佃』。 中央大学法学部卒業後、故五代目円楽一門会の門をたたく。落語三遊派の正統的話芸を学び全国各地で独演会を開く一方、大学や講演会講師、ラジオの台本作家、エッセイ・コラム執筆など様々な分野に取り組む。 1986年(昭和61年)1月、三遊亭圓楽 (5代目)に入門。1989年(平成元年)3月、二つ目に昇進。1992年(平成4年)10月、真打ちに昇進。 2008年、フィレンツェのフェスティバルジャポネーゼ(フィレンツェの日伊交流協会LILACが1999年より開催する日本祭り)に出演した際、字幕の予算が無かったためイタリア語を丸暗記して口演を行ったが、会場では好評を博した。
立川 談之助(たてかわ だんのすけ、1953年6月22日 -… 立川 談之助(たてかわ だんのすけ、1953年6月22日 - )は、日本の落語家、元参議院議員秘書。本名∶山林 博。出囃子は『ぜんづと』。 群馬県前橋市出身。群馬大学教育学部附属中学校、群馬県立前橋高等学校、明治大学商学部卒業。 1974年7月に立川談志に入門し、立川談Qを名乗る。 1978年9月、柳家〆治、古今亭菊弥、林家正雀と共に二ツ目昇進。立川談之助を名乗る。 1992年9月、快楽亭ブラック(2代目)と共に真打昇進。
立川 談四楼(たてかわ だんしろう、1951年6月30日 -… 立川 談四楼(たてかわ だんしろう、1951年6月30日 - )は、日本の落語家、作家。本名∶高田 正一。出囃子は『喜撰』。落語立川流所属。群馬県邑楽郡邑楽町生まれ。 1970年3月群馬県立太田高等学校卒業と同時に、立川談志に入門。前座名は寸志。前座時代には林家種平、林家公平、柳家ほたるの4人で「少女ふれんど」というバンドを結成しレコードを出している。 1975年11月∶二ツ目昇進。談四楼と改名。1980年、NHK新人落語コンクール優秀賞受賞。 1983年、落語協会での真打昇進試験において、談四楼と兄弟子の小談志(後に談志門下を離れ喜久亭寿楽になる)が不合格になる。これをきっかけに談志は弟子をつれて落語協会を離れ、落語立川流を結成。
柳家 せん八(やなぎや せんぱち、1948年2月5日 - 2… 柳家 せん八(やなぎや せんぱち、1948年2月5日 - 2022年9月11日)は、落語協会所属の落語家。群馬県太田市出身。本名∶吉沢 博。出囃子は『かわいい魚屋さん』、定紋は『花菱』。 1968年4月に四代目柳家小せんに入門、前座名せん松を名乗る。1973年9月に春風亭一朝、三遊亭勝馬と共に二ツ目昇進、せん八に改名。 1982年12月に初代古今亭志ん五、七代目三遊亭圓好、四代目吉原朝馬、春風亭一朝、三代目三遊亭小金馬、六代目古今亭志ん橋、立川談生、立川左談次、六代目立川ぜん馬とともに真打に昇進。 生前最後の寄席への出演は2021年1月5日の浅草演芸ホールとなった。 2022年9月11日0時00分、腹膜炎のため、東京都内の自宅で死去。
桂 南八(かつら なんぱち、1946年11月14日 - 20… 桂 南八(かつら なんぱち、1946年11月14日 - 2007年11月15日)は、落語芸術協会に所属していた落語家。本名∶楡井 勇。 1947年、群馬県新田郡に生まれる。地元の高学を卒業後三洋電機に入社。サラリーマンとなる。 1967年、二代目桂小南に入門。1970年、二ツ目昇進。 1981年に三笑亭夢太朗、三遊亭栄馬と共に真打昇進。1984年、国立演芸場にて金賞受賞。 2007年、消化管出血のため死去。61歳没。 この項目は、落語家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:舞台芸術/PJ:お笑い)。
三遊亭 左圓馬(さんゆうてい さえんば、1944年4月10日… 三遊亭 左圓馬(さんゆうてい さえんば、1944年4月10日 - 2023年10月27日)は、群馬県吾妻郡中之条町出身の落語家。落語芸術協会所属。本名∶横手 基彦。出囃子は『鉄道唱歌』。 1969年1月、四代目三遊亭圓馬に入門。前座名「喜久馬」を名乗る。 1973年4月、二ツ目に昇進し「三遊亭桂馬」に改名。二ツ目時代は「落語水心倶楽部」を結成し全国で落語会を開催した。 1984年4月、四代目三遊亭圓左、三代目三遊亭小圓右、三遊亭左遊、桂南治と共に真打昇進し「三遊亭左圓馬」に改名。 2023年10月27日、死去。79歳没。 訃報は所属されている落語芸術協会からは会員や公には告知されず、11月頃にプロフィールに忌日が追記され掲載欄が「故人」の項に変更されていた。
春風亭 扇枝(しゅんぷうてい せんし、1934年〈昭和9年〉… 春風亭 扇枝(しゅんぷうてい せんし、1934年〈昭和9年〉8月26日 - 2002年〈平成14年〉7月13日)は、群馬県吾妻郡中之条町出身の落語家。生前は落語芸術協会所属。本名∶本多 五夫、出囃子∶『三下がり鞨鼓』。 1934年、群馬県吾妻郡中之条町五反田に生まれる。伊参中学校を卒業後、生家の農業を手伝う。 1952年6月 - 二十四代目昔々亭桃太郎に入門、「昔々亭桃吾」を名乗る。 1957年 - 二ツ目昇進、「笑亭桃朗」と改名。 1964年9月 - 六代目春風亭柳橋門下に移籍、「春風亭扇枝」に改名。 1972年4月 - 真打昇進。 2002年7月 - 死去。 この項目は、落語家に関連した書きかけの項目です。
5代目 古今亭 今輔(ここんてい いますけ、1898年〈明治… 5代目 古今亭 今輔(ここんてい いますけ、1898年〈明治31年〉6月12日 - 1976年〈昭和51年〉12月10日)は、群馬県佐波郡境町(現:伊勢崎市)出身の落語家。本名:鈴木 梧郎(旧姓:斎藤、旧名:五郎)。日本芸術協会会長を務めた。出囃子は『野毛山』。実子は曲芸師の鏡味健二郎。俗にいう「お婆さん落語」で売り出し、「お婆さんの今輔」と呼ばれた。 群馬県佐波郡境町の銘仙織元「藤本屋」の斎藤松右太・かんの三男として生まれる。第5子であったことから五郎と名付けられる。母は1904年(明治37年)に死去。自身は太田中学校、陸軍士官学校と進学し、軍人になることを望んでいたが、父が米相場に手を出して失敗したことにより、進学の道は諦めることとなった。
三代目 柳家つばめ(やなぎや つばめ、1884年〈明治17年… 三代目 柳家つばめ(やなぎや つばめ、1884年〈明治17年〉9月17日 - 1942年〈昭和17年〉2月15日)は落語家。本名∶宮尾 正造。息子は漫談家の宮尾たか志(宮尾すすむの師匠)。 生まれは群馬県伊勢崎の機織業「宮商」の若旦那。 30歳の時に一念発起で上京し、1913年1月に三代目柳家小さんに入門、前座名「小三太」。同年に人形町末広亭で初高座。さん三から1916年ころに歌太郎を名乗り旅回りに行く。1918年に「睦会」発足と共に帰京し五代目柳亭左楽門下に移籍。同年11月に東橋亭で柳家さくらで真打昇進披露を行った。 1928年7月に研成会で三代目柳家つばめ襲名。1940年に中風にかかり、2年後死去。