春風亭 昇輔(しゅんぷうてい しょうすけ、1992年2月6日… 春風亭 昇輔(しゅんぷうてい しょうすけ、1992年2月6日 - )は、落語家。落語芸術協会所属。本名∶谷口 直。 埼玉県本庄市出身。本庄東高等学校、駒澤大学経済学部卒業。大学時代は落語研究会に所属し「努三亭ぎざ獣」という名で活動。関東落研連合の10代目総長を務めた。落研の先輩に柳家あお馬などがいる。 2015年3月、瀧川鯉朝に入門。同年8月に楽屋入り。前座名「あまぐ鯉」。初高座は浅草演芸ホールにて「薬缶(やかん)」。 2019年(令和元年)9月、二ツ目昇進「春風亭 昇輔」に改名。
林家 木久彦(はやしや きくひこ、1991年4月25日 - … 林家 木久彦(はやしや きくひこ、1991年4月25日 - )は、日本の落語家、YouTuberである。オフィス適材適所合同会社、落語協会所属の真打。出囃子は『タフワフワイ』。本名∶草野 慧介。 1991年4月、埼玉県比企郡小川町出身。実家は同町の「平井商店」(居酒屋)。埼玉県立松山高等学校卒業。 2010年2月、林家木久扇に入門。9番弟子。2010年8月、前座となる。前座名は「けい木」。 2015年5月、柳亭市童、柳家吉緑、柳家やなぎ、林家なな子と共に二ツ目に昇進する。 2018年6月、出身地である埼玉県小川町の観光大使に就任した。 2019年1月、母校の松山高校がある東松山市の應援團員に就任した。
二代目 柳家 平和(やなぎや へいわ、1990年6月13日 … 二代目 柳家 平和(やなぎや へいわ、1990年6月13日 - )は、埼玉県鳩ヶ谷市(現在の川口市)出身の落語家。本名∶菅野 兆司。落語協会所属の真打。紋は、鈴、八つ矢車。出囃子は『啼くな小鳩よ』。 2007年4月、柳家獅堂に高校在学中に入門。2009年3月、埼玉県立川口高等学校を卒業し、7月上席より前座となる。前座名は「柳家いっぽん」。 2013年11月上席より二ツ目昇進し、大師匠十代目鈴々舎馬風の前名二代「柳家かゑる」を襲名。2015年2月、川口市観光大使に任命。2019年7月下席より、六代目柳家小さん門下に移籍。 2023年9月下席より、林家まめ平、柳家さん光改メ柳家福多楼、林家木りん改メ林家希林と共に真打に昇進、同時に二代目柳家平和を襲名。
2代目柳家 かゑる(やなぎや かえる、1990年6月13日 … 2代目柳家 かゑる(やなぎや かえる、1990年6月13日 - )は、落語家。埼玉県鳩ヶ谷市(現在の川口市)出身。本名は菅野 兆司(かんの ちょうじ)。落語協会所属の二ツ目。
入船亭 扇七(いりふねてい せんしち、1989年8月16日 … 入船亭 扇七(いりふねてい せんしち、1989年8月16日 - )は、落語家、元NHKアナウンサー。入船亭扇遊門下の二ツ目。落語協会所属。 埼玉県朝霞市出身。2008年に埼玉県立和光国際高等学校を卒業し、2012年に法政大学法学部を卒業後、NHK福井放送局に入局する。2016年に同局を退職し、同年4月に圭三プロダクションへと所属。 2018年4月に入船亭扇遊に入門。2019年10月1日に入船亭はい辰、三遊亭まんと、金原亭駒平と共に前座となる。前座名は「入船亭扇ぱい」。 2024年5月下席より、三遊亭まんと改メ三遊亭萬都、金原亭駒平と共に二ツ目に昇進。二ツ目昇進時に師匠・扇遊の年齢が70歳だったことから「扇七」に改名した。
春雨や 晴太(はるさめや はれた、1987年2月15日 - … 春雨や 晴太(はるさめや はれた、1987年2月15日 - )は、落語芸術協会所属の落語家。本名∶橋本 裕介。出囃子は『新鍛冶屋』。 2021年、落語芸術協会若手ユニットルート9を落語家・講談師全9名で発足。ルート9内ユニットメガネちーむを、晴太、三遊亭花金、春風亭昇りんの3人で組んでいる。 2025年8月11日、落語芸術協会・日本講談協会所属の講談師・神田鯉花と結婚。同年9月2日に落語芸術協会および両者のSNSを通じて公表した。 この項目は、落語家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:舞台芸術/PJ:お笑い)。
立川 志の太郎(たてかわ しのたろう、1985年(昭和60年… 立川 志の太郎(たてかわ しのたろう、1985年(昭和60年)6月15日 - )は、埼玉県ふじみ野市(旧・上福岡市)出身の落語家。本名は小川 輝(おがわ あきら)。血液型:B型。落語立川流・立川志の輔門下6番弟子の二ツ目。出囃子は「末廣狩」、紋は丸に左三階松。 1985年生まれ。埼玉県ふじみ野市出身。日本大学経済学部を卒業。 22歳の時に立川志の輔の落語に出会い、落語の面白さ・凄さに気づく。以来、都内近郊での志の輔の独演会に足しげく通う中、「志の輔らくご in PARCO」での「中村仲蔵」を見て入門を決意。 2010年4月、志の輔に入門。前座名「志の太郎」。志の輔門下6番弟子。 同年10月、てるてる亭(富山県富山市)での「志の輔のこころみ」にて初高座「つる」。
古今亭 伝輔(ここんてい でんすけ、1984年7月2日 - … 古今亭 伝輔(ここんてい でんすけ、1984年7月2日 - )は、落語協会に所属する落語家。埼玉県鶴ヶ島市出身。古今亭志ん輔門下の真打。本名∶和田 洋一。 埼玉県立志木高等学校卒業後、専門学校にて介護福祉士資格を取得。介護職を経て2009年7月に古今亭志ん輔に入門。2010年1月21日に楽屋入り、前座名「半輔」。 2014年6月11日に柳家花ごめ、古今亭志ん松、春風亭朝之助とともに二ツ目昇進、「始」と改名。2017年、第28回北とぴあ若手落語家競演会奨励賞を受賞。 2024年9月下席より、柳家花ごめ、古今亭志ん松改メ七代目古今亭志ん橋、春風亭朝之助改メ春風亭梅朝とともに真打昇進し、古今亭伝輔に改名した。
三遊亭 楽大(さんゆうてい らくだい、1981年1月19日 … 三遊亭 楽大(さんゆうてい らくだい、1981年1月19日 - )は、落語家。円楽一門会所属(マネジメント会社は株式会社オフィスまめかな)。本名は天野 吉秀。出囃子は『ちょんきな』。身長173センチ、体重110キロ。 埼玉県草加市出身。埼玉県立草加西高等学校、華調理師専門学校卒業。 2007年4月、三遊亭楽太郎に入門し、三遊亭楽大を命名される。命名については、先代の伊集院光に楽太郎自ら数十年ぶりに電話をかけ、事後報告ながらも承諾を得ている。楽大自身も、学生時代は伊集院のラジオ番組リスナーであり、楽太郎門下に入ったのも伊集院の師匠だったことに依る。 2011年4月に二ツ目に昇進。 2020年4月、三遊亭鳳笑と共に真打に昇進した。
四代目 山遊亭 金太郎(さんゆうてい きんたろう、1979年… 四代目 山遊亭 金太郎(さんゆうてい きんたろう、1979年7月8日 - )は、落語芸術協会所属の落語家。本名∶藤田 賢治。 1979年、埼玉県に生まれる。父親は画家。埼玉県立川越南高等学校を経て、2004年に東京造形大学研究課程を卒業する。卒業後は樹脂会社に勤務し、2007年に退社。 2007年6月に二代目快楽亭ブラックに入門、9月に「快楽亭正日(ジョンイル)」と命名される。2008年9月に「ブラ淋」に改名。2009年8月にブラック門下を離れる。 2009年9月、三代目山遊亭金太郎に再入門する。前座名「くま八」。 2013年10月10日、二ツ目昇進。2019年9月17日に師匠・三代目金太郎が死去し、金太郎の兄弟子桂南なん門下に移籍。
五代目 柳家 小志ん(ごだいめ やなぎや こしん、1978年… 五代目 柳家 小志ん(ごだいめ やなぎや こしん、1978年3月14日 - )は、埼玉県岩槻市(現さいたま市岩槻区)出身の落語家。 埼玉県岩槻市(現さいたま市)出身。現在は東京都江東区在住。埼玉県立大宮東高等学校卒業後、福祉施設にて8年間勤務。在勤中に東京福祉大学通信教育学部社会福祉学科に入学・卒業。 2004年に柳家さん喬に入門し、翌年1月21日、前座名「柳家小きち」として前座になる。 2008年3月1日、二ツ目昇進し「柳家喬の字」と改名。 2019年9月21日、柳家わさび、古今亭ぎん志、柳家権之助と共にを共に真打昇進し、同時に「五代目柳家小志ん」を襲名。 故郷岩槻では、「岩槻ねぎわい親善大使」や「岩槻人形大使」を務める。
三遊亭 楽生(さんゆうてい らくしょう、1977年7月15日… 三遊亭 楽生(さんゆうてい らくしょう、1977年7月15日 - )は、五代目円楽一門会所属の落語家。埼玉県さいたま市岩槻区出身。本名∶坪山 隆行。出囃子は『元禄花見踊前弾き』。 1996年3月に埼玉県立春日部高等学校(生徒会長を務める)を卒業したが、受験に失敗し、4月に駿台予備学校アカデミー校(早慶上智文系コース)に入学する。翌1997年3月、日本大学芸術学部を受験し、倍率20倍の筆記試験には合格するも、倍率2倍の面接試験は不合格となる。不合格にした面接官を「いつか見返してやる」と周囲の反対を押し切り、落語界への入門を決意した。同年4月、 三遊亭楽太郎(当時。後の六代目三遊亭円楽)に入門し、「楽花生」を名乗る。
二代目 古今亭 志ん五(ここんてい しんご、1975年6月1… 二代目 古今亭 志ん五(ここんてい しんご、1975年6月16日 - )は、落語家。落語協会所属の真打。紋は『鬼蔦』。出囃子は『ゲイシャワルツ』。本名:内野 喜章。 1975年6月16日生まれ。O型。ふたご座。埼玉県川越市出身。 1998年、立正大学法学部卒業。その後職を転々とし2003年に初代古今亭志ん五に入門し、前座名章五となる。 2006年、二ツ目昇進し古今亭志ん八を襲名。2003年入門の同期、古今亭文菊・柳家小八・三遊亭ときん・鈴々舎馬るこ・五代目桂三木助・柳亭こみち・古今亭駒治・柳家小平太・柳家勧之助との10人で、「TEN」というユニットを組んでいた。2010年に師匠志ん五が死去したため、六代目古今亭志ん橋門下に移る。
春風亭 柳城(しゅんぷうてい りゅうじょう、1973年6月1… 春風亭 柳城(しゅんぷうてい りゅうじょう、1973年6月15日 - )は、落語芸術協会所属の落語家。本名∶鈴木 一正。
三代目 蜃気楼 龍玉(しんきろう りゅうぎょく、1972年1… 三代目 蜃気楼 龍玉(しんきろう りゅうぎょく、1972年11月10日 - )は、埼玉県秩父市出身の落語家。本名∶加藤 暢彦。出囃子は『川風』。 秩父市立南小学校、秩父市立第二中学校、埼玉県立小鹿野高等学校中退。落語家になる前は大工をしていた。 1997年2月、五街道雲助に入門。前座名は「のぼり」。 2000年5月に第5回岡本マキ賞を受賞。6月に二ツ目昇進、「金原亭駒七」に改名。2005年2月に「五街道弥助」と改名した。2008年2月、第18回北とぴあ若手落語家競演会北とぴあ大賞を受賞。 2010年9月に入船亭扇里、林家きく麿、三遊亭鬼丸、五代目柳家小せんと共に真打昇進、三代目蜃気楼龍玉を襲名。
三代目 古今亭 志ん丸(ここんてい しんまる、1972年2月… 三代目 古今亭 志ん丸(ここんてい しんまる、1972年2月7日 - )は、埼玉県深谷市深谷町出身の落語家。本名∶永井 隆之。落語協会所属。出囃子は『四季の山姥』、紋は『鬼づた』。 城西大学落語研究会出身。 1994年4月、六代目古今亭志ん橋に入門し前座名「きょう助」を名乗る。。 1999年11月、二ツ目昇進し「古今亭志ん太」に改名。2005年に、にっかん飛切落語会奨励賞を、2006年に、にっかん飛切落語会努力賞を受賞。 2008年9月、三代目三遊亭歌橘、四代目三遊亭歌奴、春風亭百栄、古今亭菊太楼と共に真打昇進し、「三代目古今亭志ん丸」を襲名。
三遊亭 彩大(さんゆうてい さいだい、1971年8月7日 -… 三遊亭 彩大(さんゆうてい さいだい、1971年8月7日 - )は、落語家。埼玉県さいたま市(旧大宮市)出身。落語協会所属の真打。本名∶三上 尽。 埼玉県立浦和高等学校を経て、1994年に埼玉大学経済学部を卒業した。 2001年3月、初代三遊亭圓丈に入門。「三遊亭かぬう」となる。2004年11月に春風亭一之輔、林家彦丸、月の家鏡太と共に二ツ目に昇進し、師匠圓丈の前名「三遊亭ぬう生」に改名。 2015年3月21日に三遊亭司、柳家小傳次、四代目桂右女助、柳家海舟、四代目入船亭扇蔵、二代金原亭馬治、二代目金原亭馬玉、三代目柳家さん助、柳家燕弥、三遊亭彩大で真打昇進。彩の国の大宮市出身であることから「三遊亭彩大」と改名。
桂 文ぶん(かつら ぶんぶん、1969年12月25日 - )… 桂 文ぶん(かつら ぶんぶん、1969年12月25日 - )は、東京の落語家。本名∶蓮見 英俊。埼玉県志木市出身。出囃子は『さいごどん』。 西武台高等学校卒業。 1995年10月、三代目桂文生に入門し、「文々」となる。 1999年9月に二ツ目昇進、「文ぶん」と改名。 2010年3月に三遊亭窓輝、柳家三之助、三代目桂文雀と共に真打昇進。
三代目 柳家 甚語楼(やなぎや じんごろう、1968年10月… 三代目 柳家 甚語楼(やなぎや じんごろう、1968年10月15日 - )は、埼玉県上尾市出身の落語家。落語協会所属。本名∶小柏 一。出囃子は『独楽』、『證誠寺の狸囃子』。 1992年3月、早稲田大学法学部卒業。 1993年5月に三代目柳家権太楼に入門、前座名「太一」を名乗る。当初は体形から「太め(ふとめ)」となりそうだったが、大師匠柳家小さんに訂正された。 1997年5月、二ツ目に昇進し、「さん光」に改名。 2006年3月に柳家獅堂、林家久蔵、柳家三三、六代目柳亭左龍と共に真打に昇進し、「三代目柳家甚語楼」を襲名。 落語協会所属の若手7人の落語家ユニット「大江戸台風族」メンバー。甚語楼は「台風2号」。
六代目 三遊亭 圓雀(さんゆうてい えんじゃく、1966年1… 六代目 三遊亭 圓雀(さんゆうてい えんじゃく、1966年12月12日 - )は、埼玉県草加市出身・在住の落語家。本名:葛城 竜太。出囃子は『宮さん宮さん』。 落語芸術協会会員、三遊亭圓雀の当代。陸上自衛官として勤務した経験を持つ。 1985年(昭和60年)に東和大学附属昌平高等学校(現:昌平高等学校)卒業後、陸上自衛隊に入隊。 第31普通科連隊重迫撃砲中隊(朝霞駐屯地)に配属される。自衛隊体育学校の近代五種班・体育班に所属していたことがある。 1987年(昭和62年)12月、三遊亭小遊三に入門。 1988年(昭和63年)3月、三遊亭あん太の高座名で前座となり、浅草演芸ホールで初高座。 1992年(平成4年)2月1日、二つ目に昇進し、デキシーバンド「にゅうおいらんず」での小遊三の同僚(ほぼ同期で年齢は2つ下だが叔父弟子でもある)にあたる5代目三遊亭圓雀が二つ目時代に名乗っていた三遊亭春馬を襲名する。
三遊亭 多歌介(さんゆうてい たかすけ、1966年〈昭和41… 三遊亭 多歌介(さんゆうてい たかすけ、1966年〈昭和41年〉11月26日 - 2021年〈令和3年〉8月27日)は、落語家。落語協会に所属していた真打。 東京都で生まれ、鹿児島県を経て中1で埼玉県越谷市に転入。越谷市立富士中学校で落語研究会に入部。春日部共栄高等学校在学中、1983年三代目三遊亭圓歌に入門。前座名「歌ちわり」。内弟子として4年半修行に励んだ。1989年に二ツ目昇進、「三遊亭歌風」を襲名。 1998年に三代目三遊亭歌雀、林家しゅう平、三遊亭歌武蔵と共に真打昇進、「多歌介」と改名。全国の講演会に出演していた。 2021年8月27日14時40分、新型コロナウイルス感染症のため、死去。
立川 談春(たてかわ だんしゅん、1966年6月27日 - … 立川 談春(たてかわ だんしゅん、1966年6月27日 - )は、落語立川流所属の落語家、俳優。一般社団法人落語立川流副代表。かつての代名詞「今、最もチケットが取れない落語家」は談春自身がつけたキャッチフレーズ。入門した弟子が15名以上辞めている。株式会社フラジール・ルミエール所属。出囃子は『鞍馬』。 2014年に二ツ目の小春志(当時こはる)、春吾と絶縁状態になったと独演会で発言している。同時期に前座が立て続けて廃業したため弟子が一人もいなくなったが、後に小春志のみ復縁したため、女流真打ちの小春志が唯一の弟子である。噺家が闇夜にコソコソの配信企画では誕生日プレゼントを手渡した弟子に対して「ふざけてんのかテメェ」と怒鳴りながら受け取ったプレゼントを投げつける動画が配信されていた[要出典](現在は配信されていない)。
林家 たい平(はやしや たいへい、1964年〈昭和39年〉1… 林家 たい平(はやしや たいへい、1964年〈昭和39年〉12月6日 - )は、日本の落語家、タレント、YouTuber。埼玉県秩父市出身。落語協会所属、所属事務所は株式会社オフィスビーワン。武蔵野美術大学客員教授。本名は田鹿 明(たじか あきら)。演芸番組『笑点』(日本テレビ系列)の大喜利メンバー。出囃子は『ぎっちょ』(「ドラ落語」の際は『夢をかなえてドラえもん』)。定紋は「花菱」(「ドラ落語」の際は「鈴」)。趣味はゴルフ。 埼玉県秩父市出身。姉と兄が居る末っ子。実家はかつてテイラーメイドの洋服店を営んでおり、かつては実母が駄菓子店「駄菓子屋たい平」を、実兄がうどん店「うどん亭たじか」を経営していた。
3代目 桂 小南(かつら こなん、1961年10月20日 -… 3代目 桂 小南(かつら こなん、1961年10月20日 - )は、埼玉県春日部市出身の落語家。本名∶山崎 徳美。落語芸術協会理事。出囃子は『野崎』。父は紙切師の2代目林家正楽、弟は同じく紙切師の林家二楽。 弟で紙切り芸人の林家二楽によると、2代目林家正楽の長男である小南は、元々は紙切り芸人の跡継ぎとしてその技を教わっていた。また、正楽の指示で寄席の空気感に慣れるために、幼い頃から寄席に出入りしていた。ところが、寄席に出入りするうちに落語に傾倒するようになり、父の期待とは裏腹に落語家を目指すようになった。 1980年4月、2代目桂小南に入門。前座名は南らく。1984年8月、二ツ目に昇進し南楽に改名。
三遊亭 五九楽(さんゆうてい ごくらく、1961年7月20日… 三遊亭 五九楽(さんゆうてい ごくらく、1961年7月20日 - )は、埼玉県越谷市出身の落語家、五代目円楽一門会所属。本名∶藤原 亮。出囃子は『清正の虎退治』。 父は警察官(警視庁警視)だった。春日部市立谷原中学校では、落語研究部に所属。1979年3月に埼玉県立越ヶ谷高等学校を卒業した。 1981年10月、五代目三遊亭圓楽に入門。入門後は三遊亭楽太郎付きとなり、実質的に楽太郎一門の教育係として総領弟子のポジションを担っていた。『ちょび安』の名で初高座。 1984年10月、二ツ目に昇進。昭和59年に昇進したということで「五九楽」に改名した。 1992年3月に真打に昇進する。 入門の際、父から猛反対を受け、説得するのに2年かかった。
三遊亭 窓里(さんゆうてい そうり、本名:小林 薫(こばやし… 三遊亭 窓里(さんゆうてい そうり、本名:小林 薫(こばやし かおる)、1959年12月23日 - )は、落語家、政治家。川越市議会議員。落語協会所属。埼玉県川越市出身。埼玉県立志木高等学校卒業。
三遊亭 吉窓(さんゆうてい きっそう、1957年11月21日… 三遊亭 吉窓(さんゆうてい きっそう、1957年11月21日 - )は、埼玉県春日部市出身の落語家。落語協会所属、同協会理事。本名∶泉元 將男。出囃子は『おやおやかっぽれ』。 埼玉県立越ヶ谷高等学校卒業後、陸上自衛隊に入隊。 1978年5月、六代目三遊亭圓窓に入門。前座名窓次。1983年3月に二ツ目昇進、吉窓に改名。 1995年3月に柳家小三太、三遊亭圓王、橘家富蔵、三遊亭吉窓、初音家左橋、古今亭菊輔、金原亭生駒、柳家一九、林家うん平、桂扇生で真打昇進。 2000年、第5回 林家彦六賞を受賞。2010年に落語協会常任理事に就任。2014年に落語協会理事に就任。 池袋演芸場の落語協会特選会で柳家福治、いなせ家半七と共にはなし武芸長という会を開いている。
古今亭 志ん彌(ここんてい しんや、1950年8月6日 - … 古今亭 志ん彌(ここんてい しんや、1950年8月6日 - )は、落語協会所属の落語家。東京都荒川区日暮里出身。本名∶成島 寛。出囃子は『元禄花見踊り』、紋は『裏梅』。 浦和南高校、拓殖大学商学部卒業後1974年2月、二代目古今亭圓菊に入門。菊弥と名乗り5月に楽屋入り、前座となる。 1978年9月、柳家〆治、林家正雀、立川談之助と共に二ツ目昇進。 1987年3月、金原亭馬治、古今亭菊龍、柳家〆治と共に真打昇進。志ん彌と改名。 高校生時代は浦和南高校でサッカー選手として国体・インターハイなどで活躍。現在でもサッカーが得意で、春風亭正朝、ホームラン・勘太郎らと共にプレーしている。 浅草演芸ホール8月中席で毎年行われる住吉踊り連の主任・頭取りをしている。
十代目 土橋亭 里う馬(どきょうてい りゅうば、1948年9… 十代目 土橋亭 里う馬(どきょうてい りゅうば、1948年9月16日 - )は、埼玉県岩槻市出身の落語家。本名∶帯津 和夫。落語立川流所属。出囃子は『都囃子』。立川談志没後に落語立川流の代表を務めた。 1967年3月、七代目立川談志に入門。前座名は「談十」。立川談志に初めて入門した直弟子であり、談志一門における事実上の総領弟子。 1972年11月に柳家さん喬、五街道雲助、柳家さん治、金原亭駒三、三遊亭梅生、三遊亭楽松と共に二ツ目に昇進、「立川談十郎」と改名。 1981年9月に林家九蔵、柳家さん八、柳家小袁治と共に真打昇進。十代目土橋亭里う馬を襲名。談志直系の弟子の真打昇進者1号となった。1983年、師匠と共に落語協会を脱退。
三遊亭 鳳楽(さんゆうてい ほうらく、1947年3月1日 -… 三遊亭 鳳楽(さんゆうてい ほうらく、1947年3月1日 - )は、埼玉県川越市出身の落語家。五代目圓楽一門会顧問。出囃子は『松の太夫』または『正札付』。本名:内田 啓次。 1965年10月、五代目三遊亭圓楽に入門。五代目圓楽の総領弟子であり、圓楽の師匠・六代目三遊亭圓生にとって初の孫弟子であった。前座名は圓生の本名「山崎松尾」から一字をとり「楽松」と名付けられた。入門時に師匠の圓楽は自身の活動が忙しく、また当時は大師匠・圓生の身の回りの世話をする前座がいなかったため、圓生のもとに預けられて修行する。圓生は「初孫」として可愛がってくれたが、稽古の時だけは怖ろしかったという。 1972年11月に柳家さん喬、五街道雲助、柳家さん治、金原亭駒三、三遊亭梅生、立川談十郎とともに二ツ目昇進。
二代目 柳家 さん助(やなぎや さんすけ、1926年8月6日… 二代目 柳家 さん助(やなぎや さんすけ、1926年8月6日 - 2011年9月9日)は、埼玉県大里郡寄居町出身の落語家。本名:松本 光春。落語協会所属。出囃子は『春藤』。 昭和50年代まで、頭に丁髷を結っていたことで知られている。二ツ目時代に探偵のアルバイトをしていたが、丁髷が目立って仕事にならなかったため、すぐに辞めている。 将棋は三段の腕前。テレビで米長邦雄と対局したこともある。 晩年はほとんど活動しなくなったが協会に籍を置き続け、まれに高座に上がってファンや同僚を喜ばせた。 真打昇進は兄弟子四代目柳家小せんと同時。 この項目は、落語家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:舞台芸術/PJ:お笑い)。
三遊亭 圓鶴(さんゆうてい えんかく、1850年 - 190… 三遊亭 圓鶴(さんゆうてい えんかく、1850年 - 1901年9月21日)は、武州所沢(現:埼玉県所沢市)出身の落語家。本名は倉片順六。兄は同じ落語家の三遊一朝。 明治初期に兄と同じ三遊亭圓朝の下に入門して、兄が名乗った三遊亭勢朝を名乗り、1877年ころに圓鶴と改名する。 1901年9月21日盲腸で死去。享年51。亡くなる直前『噺家は自分一代で沢山、子孫は落語家になってはいけない』と遺言と『亡き父の月と変らぬ死出の旅』と言う辞世の句を残した。 なお、一朝は圓鶴よりも長寿であり、圓鶴が死去してから29年後の1930年に亡くなった。一朝は圓朝一門でも最も長寿であった。 長男助次郎は父の遺言に背向き4代目橘家圓蔵門下で落語家になり、鶴蔵を名乗ったが、前座で廃業した。
柳家 喬之助(やなぎや きょうのすけ)は、落語家の名。
三遊亭 遊之介(さんゆうてい ゆうのすけ)は、埼玉県三郷市出… 三遊亭 遊之介(さんゆうてい ゆうのすけ)は、埼玉県三郷市出身の落語家である。本名∶鈴木 光浩。出囃子は『越後獅子』。
参遊亭 英遊(さんゆうてい えいゆう、本名:石倉 英樹(いし… 参遊亭 英遊(さんゆうてい えいゆう、本名:石倉 英樹(いしくら ひでき)、9月9日 - )は、埼玉県さいたま市出身の相続を専門とする税理士、公認会計士であり、社会人落語家。専修大学経営学部出身。相続を専門とした石倉公認会計士事務所を主宰している。講演や取材などにおけるマネジメント窓口はYeahGo!(ヤゴー)が担当。 創作落語を演じており、相続専門の税理士であることを生かした落語で相続、落語で防犯、落語で振り込め詐欺対策などの落語などを演じる。 2014年に会計事務所を立ち上げた事をきっかけに、もともとファンだった漫談家の綾小路きみまろに憧れ、話を演じることを学びたいと三代目三遊亭遊三主催の落語教室にて落語を習い始めた。
古今亭 志ん駒(ここんてい しんこま)は、落語家の名。 古今… 古今亭 志ん駒(ここんてい しんこま)は、落語家の名。 古今亭 志ん駒(ここんてい しんこま、1937年1月2日 - 2018年1月18日)は、埼玉県川口市出身の落語家。本名∶徳永 一夫。落語協会所属。出囃子は『越後獅子』。 海上自衛隊から1963年7月に五代目古今亭志ん生に入門。前座名は「志ん駒」。 1967年3月、柳家小ゑんと共に二ツ目に昇進。1973年9月に師匠志ん生死去に伴い、十代目金原亭馬生一門に移籍する。 1976年3月に真打昇進。1978年5月に、六代目三遊亭圓生主導による落語協会分裂騒動において、師・馬生でなく、馬生の実弟である三代目古今亭志ん朝について落語三遊協会に参加。しかし移籍が頓挫し、協会に戻った後は志ん朝一門となった。