新井 唯斗(あらい ゆいと、2007年11月11日 - )は… 新井 唯斗(あらい ゆいと、2007年11月11日 - )は、埼玉県所沢市出身のプロ野球選手(内野手・育成選手)。右投左打。埼玉西武ライオンズ所属。 小学校2年生から硬式野球を始め、柳瀬小(新座リトル)→柳瀬中(東京神宮シニア)と進む。高校では1年生の夏から中堅手(外野)として公式戦に出場。2年生の冬、チーム事情により遊撃手(ショート)へコンバート。春には遊撃としての守備もこなす。 2025年度のドラフト会議にて、埼玉西武ライオンズから育成ドラフト1位で指名された。
横田 蒼和(よこた そうわ、2007年10月24日 - )は… 横田 蒼和(よこた そうわ、2007年10月24日 - )は、埼玉県東松山市出身のプロ野球選手(内野手)。 埼玉県東松山市出身。市の川小学校6年生の時にライオンズジュニアに所属し、松山中学校では行田シニアでプレーした。 山村学園高等学校では1年春から公式戦に出場し、1年夏には3番打者を任されるなど早くから主力として活躍した。2年秋以降は遊撃手として定着し、強肩とスローイングを武器とした守備が評価された。3年夏は主将として背番号1をつけ、投手と遊撃を兼任。埼玉大会準決勝では延長11回169球を投げ抜く力投を見せた。高校通算本塁打は21本。 2025年10月23日に開催されたドラフト会議において、埼玉西武ライオンズから5位指名を受けた。
冨士 大和(ふじ やまと、2006年8月26日 - )は、埼… 冨士 大和(ふじ やまと、2006年8月26日 - )は、埼玉県さいたま市出身のプロ野球選手(投手)。左投左打。埼玉西武ライオンズ所属。兄は千葉ロッテマリーンズの冨士隼斗。 小学校1年生のときに『大宮パワーズ』で野球を始め、さいたま市立三橋中学校では軟式野球部に所属。3年時は『埼玉西武ライオンズジュニアユース』に選出された。 大宮東高校へ進学し、入学当初の最速は120km/hであったが、兄・隼斗(当時平成国際大学でプレー)が実家に帰ってきた際に、大和は自身の投球映像を見せて助言を求めると、「胸のしなりを使えていない」と教わった。隼斗は大学で故障を経験し、身体の使い方や練習法について勉強しており、大和は胸郭のトレーニングに励むと、球速が上昇。
林 大斗(はやし ひろと、2006年1月15日 - )は、埼… 林 大斗(はやし ひろと、2006年1月15日 - )は、埼玉県狭山市出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。ハヤテベンチャーズ静岡所属。 埼玉県の狭山市立山王小学校4年時に山王御狩場ヤンキースで野球を始めた。狭山市立山王中学校に進学後は、所沢南シニアに所属していた。 春日部共栄高等学校卒業後、東京六大学への進学を目指して浪人していたが、受験で思うような結果を得られず、2025年5月よりくふうハヤテベンチャーズ静岡に帯同を始めた。受験に専念していたため、チーム帯同からは体作りに励み、ウェートトレーニングに力を入れた。 2025年10月1日、くふうハヤテへの入団が発表され、秋のフェニックス・リーグよりチームの一員として実戦登板した。
吉川 悠斗(よしかわ ゆうと、2005年3月14日 - )は… 吉川 悠斗(よしかわ ゆうと、2005年3月14日 - )は、埼玉県吉川市出身のプロ野球選手(投手)。左投左打。千葉ロッテマリーンズ所属。 吉川市立中央中学校在学時は硬式野球のクラブチームである吉川美南ボーイズに所属していた。 浦和麗明高等学校では2年秋からエースを務め、埼玉県大会で学校史上初となるベスト8に進出した。3年春の県大会初戦では市浦和を相手に9回1失点、15奪三振と好投したが、援護がなく敗れた。同年夏の県大会では秩父農工科学との2回戦で20奪三振を記録して完投勝利し、注目を集めた。同大会は4回戦で敗退した。3年間で甲子園大会出場はなし。 2022年10月20日に開催されたドラフト会議にて、育成1位で千葉ロッテマリーンズから指名された。
金田 優太(かねだ ゆうた、2005年2月12日 - )は、… 金田 優太(かねだ ゆうた、2005年2月12日 - )は、埼玉県川口市出身のプロ野球選手(内野手・育成選手)。右投左打。千葉ロッテマリーンズ所属。 川口市立芝富士小学校3年生のときに野球を始め、芝富士ゴールデンイーグルスに所属。中学まで軟式でプレーし、中学3年時に川口市の選抜チーム川口クラブに選出され、第36回全日本少年軟式野球大会にエースとして出場。また、U-15アジア野球選手権大会の日本代表に選出された。チームメイトには浅野翔吾や上加世田頼希らがいた。 その後、浦和学院高等学校に進学するが、硬式出身の選手の活躍に押され、思うような結果が残せず1年時はBチームで過ごした。2年の春からベンチ入りすると、一塁手としてレギュラーを任され、投手も兼任。
藤田 大清(ふじた たいせい、2004年8月23日 - )は… 藤田 大清(ふじた たいせい、2004年8月23日 - )は、東京都練馬区出身のプロ野球選手(外野手・育成選手)。右投左打。北海道日本ハムファイターズ所属。 小学4年生から練馬区立関町北小学校を拠点とするエ-ス関北少年野球倶楽部で軟式野球を始める。中学では中野リトルシニアでプレー。東東京選抜(日台国際親善野球試合)にも参加。 強豪校の花咲徳栄高等学校に進学。2年秋に右翼手のレギュラーに定着し、主に3番打者として公式戦出場。3年次の春季県大会の東京農業大学第三高等学校戦で満塁本塁打を放ち、チームの勝利に貢献した。夏の初戦だった武蔵越生高等学校戦では僅差の試合であったところ、3番で4打数3安打の猛打賞を記録し、6-4で勝利に大きく貢献した。
相澤 白虎(あいざわ はくと、2004年5月28日 - )は… 相澤 白虎(あいざわ はくと、2004年5月28日 - )は、埼玉県所沢市出身のプロ野球選手(外野手・育成選手)。右投右打。読売ジャイアンツ所属。 小学校6年時には、埼玉西武ライオンズジュニアに選ばれ、中学時代は新座ボーイズでプレーし、日本代表にも選ばれた。その後、桐蔭学園高等学校に進学し、1年時から活躍。主将も務めた。3年夏の神奈川県大会では、右中間を破るランニング本塁打も記録している。 2022年10月20日に行われたプロ野球ドラフト会議において、読売ジャイアンツから育成ドラフト5巡目で指名を受けた。11月10日に支度金290万円、年俸360万円(金額は推定)で仮契約を結んだ。背番号は008。
羽田 慎之介(はだ しんのすけ、2003年12月25日 - … 羽田 慎之介(はだ しんのすけ、2003年12月25日 - )は、埼玉県所沢市出身のプロ野球選手(投手)。左投左打。埼玉西武ライオンズ所属。 荒幡小学校2年から荒幡ライオンズで野球を始め、小学校6年生の泉ホワイトイーグルス在籍時に埼玉西武ライオンズジュニアチーム入りを果たした。山口中学校時代に東練馬シニアでG杯準優勝。 八王子学園八王子高等学校では1年からベンチ入り。2年の秋季大会中に左肘の骨膜炎を発症、その年の冬をほぼ体力トレーニングに当て、2021年3月より投球を再開した。3年生の春季大会は「20球以内、変化球も制限」という条件で登板、149km/hを記録した。 3年の夏は左肘の骨髄浮腫によりマウンドに立つことなく終わる。
堀越 啓太(ほりこし けいた、2003年7月15日 - )は… 堀越 啓太(ほりこし けいた、2003年7月15日 - )は、埼玉県飯能市出身のプロ野球選手(投手)。 埼玉県飯能市出身。加治小学校2年生のときに飯能リトルで野球を始め、加治中学校では硬式野球チームの所沢南シニアでプレーした。 花咲徳栄高等学校では2年秋に背番号1を着け、エースとして期待された。3年夏は背番号10を背負い、埼玉大会5回戦で敗退。高校3年時にプロ志望届を提出したが、ドラフト会議では指名漏れとなった。 高校卒業後は東北福祉大学情報福祉マネジメント学科に進学。1年春から仙台六大学野球リーグ戦に登板し、全日本大学野球選手権で154キロを計測した。大学の同期には新保茉良、櫻井頼之介、1学年上に漁府輝羽、3学年上に入山海斗がいる。
平尾 柊翔(ひらお しゅうと、2003年2月18日 - )は… 平尾 柊翔(ひらお しゅうと、2003年2月18日 - )は、埼玉県上尾市出身のプロ野球選手(外野手)。ハヤテベンチャーズ静岡所属。右投左打。 元プロ野球選手の祖父を持ち、叔父は元社会人選手という野球一家に生まれ育つ。大石南小時代は軟式の大石南ミラクルズでプレー。大石南中学3年時に上尾市選抜・埼玉県選抜への選出を経て、第9回U-15アジア野球選手権大会の日本代表に追加招集される。追加招集ながら全5試合中4試合で4番を務め、優勝に貢献した。この時のチームメイトには根本悠楓、山城航太郎(北海道日本ハムファイターズ)、内山壮真(東京ヤクルトスワローズ)、寺西成騎(オリックスバファローズ)がいる。 春日部共栄高等学校では、1年秋から左翼のレギュラーを掴み、1学年上の村田賢一(福岡ソフトバンクホークス)とクリーンアップを務めた。
豆田 泰志(まめだ たいし、2003年1月15日 - )は、… 豆田 泰志(まめだ たいし、2003年1月15日 - )は、埼玉県越谷市出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。埼玉西武ライオンズ所属。 越谷市立大袋北小学校1年生のときに袋山ビクトリーで野球を始め、越谷市立千間台中学校では軟式野球部に所属。中学3年時には埼玉スーパースターズに選ばれた。本格的に投手を始めたのは中学3年時でありながら、最速は138km/hを計測しており、強豪校からの誘いもあったが、4つ上の兄が浦和実業高校の元エースであり、「兄がいたこともありますが、強豪校を倒して甲子園に行きたい気持ちもありました。当時、浦和実はベスト8くらいの実力があり、『簡単には甲子園には行けないけど、チャンスはある』といったチームでした」と浦和実業へ進学した。
相原 雄太(あいはら ゆうた、2002年6月16日 - )は… 相原 雄太(あいはら ゆうた、2002年6月16日 - )は、埼玉県川口市出身のプロ野球選手(投手・育成選手)。右投右打。福岡ソフトバンクホークス所属。 小学校1年生から野球を始めた。 伊奈学園総合高校では1年時から内野手として公式戦に出場した。「4番・遊撃手」で臨んだ2年夏の埼玉大会は、正智深谷との初戦(2回戦)で敗退。新チームではエースナンバーを背負ったが、2年秋は地区予選で北本に敗れた。3年夏は新型コロナウイルスの影響で甲子園大会およびその出場権を懸けた地方大会が中止となり、独自代替大会(埼玉)にエース兼4番として臨んだが、本庄第一との初戦(2回戦)で敗退。2020年11月にはトミー・ジョン手術を受けた。
中村 柚葉(なかむら ゆずは、2001年11月27日 - )… 中村 柚葉(なかむら ゆずは、2001年11月27日 - )は、東京都杉並区出身の元女子プロ野球選手・代表選手、野球指導者。2023年から読売ジャイアンツ女子チームに所属(登録は内野手)。 杉並区出身で、学童野球の高円寺メイトに所属し区内の学童チームから女子選手のみを選抜した杉並キャッツでも活動していた。中学女子軟式野球の杉並サリーに入団後は、大会での活躍などから台湾で開催された交流試合の杉並代表選手に選出された。高校は女子硬式野球部がある花咲徳栄高等学校に進学。 2020年、レイアに入団。同年は選手削減により、試合開催時には埼玉アストライアの選手として活動した。同年シーズン限りで退団。 2023年から読売ジャイアンツ女子チームと契約を結び2期生として入団。
福島 圭音(ふくしま けいん、2001年10月6日 - )は… 福島 圭音(ふくしま けいん、2001年10月6日 - )は、埼玉県秩父市出身の外野手。阪神タイガース所属。 秩父市立尾田蒔小学校3年生から秩父ドリームズで野球を始める。当時のポジションは遊撃手だった。秩父市立秩父第一中学校時代は軟式野球部に所属。 聖望学園高等学校では2年時から外野手に転向。3年時からは投手も務め、同年夏の埼玉大会ではリリーフとして登板した。5回戦の昌平高等学校戦では7回から登板するも8回に5失点を喫し降板、チームも敗れた。甲子園出場はなし。秋にはプロ志望届を提出したが、同年のドラフト会議では指名されなかった。 白鷗大学では2年時からレギュラーに定着。2年秋にはベストナインを獲得した。
シンクレア ジョセフ 孝ノ助(シンクレア ジョセフ こうのす… シンクレア ジョセフ 孝ノ助(シンクレア ジョセフ こうのすけ、2001年6月12日 - )は、埼玉県吉川市生まれ、カナダ出身のプロ野球選手(投手・育成選手)。埼玉西武ライオンズ所属。 登録名はシンクレア。 日本人の母とカナダ人の父を持ち、母の故郷・埼玉県吉川市で生まれたが、生後6か月で父の母国・カナダへ戻った。MLB中継を見て、イチローや松坂大輔といった日本人選手も活躍していることを母から教えられ、これを機にソフトボールに触れる。小学校2年生のときに1年間だけ日本で生活し、その際に少年軟式野球チーム「吉川ストーム」で本格的に野球を始め、再びカナダへ戻ってからはリトルリーグでプレー。2014年のリトルリーグ世界選手権ではカナダ代表に選出されていた。
渡邉 勇太朗(わたなべ ゆうたろう、2000年9月21日 -… 渡邉 勇太朗(わたなべ ゆうたろう、2000年9月21日 - )は、埼玉県羽生市出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。埼玉西武ライオンズ所属。 小学校1年から野球を始め、5年から投手となる。羽生市立東中学校では軟式野球部に入部し、2年夏に関東大会に出場した。 浦和学院高等学校では1年秋からベンチ入り。3年春は右肘を痛めベンチ外となるが、5月の関東大会で復帰。夏には甲子園大会に出場したが、準々決勝で藤原恭大、根尾昂、横川凱、柿木蓮を擁した大阪桐蔭に敗れた。甲子園大会後はAAAアジア野球選手権大会の日本代表に選出された。2学年先輩に榊原翼、同学年に後に西武でチームメイトとなる蛭間拓哉がいる。 2018年10月25日に行われたドラフト会議では、埼玉西武ライオンズから2位指名を受け、11月15日に契約金7000万円、年俸650万円で契約した。
松岡 洸希(まつおか こうき、2000年8月31日 - )は… 松岡 洸希(まつおか こうき、2000年8月31日 - )は、埼玉県桶川市出身のプロ野球選手(投手・育成選手)。右投右打。北海道日本ハムファイターズ所属。 東京ヤクルトスワローズ対読売ジャイアンツの試合で、青木宣親の活躍を見たのを機に、さいたま市立浦和大里小学校1年生の時に野球を始める。少年野球チームの「浦和ビッグウェイブ」に所属していた。 家から近いという理由で桶川市立桶川中学校から地元の公立校、埼玉県立桶川西高等学校へ進学。進学当初は身長154cmと小柄で、守備位置は三塁手・遊撃手であったがチームの事情で3年春からは投手も兼任した。 投手に転向した当初は球速110km/h - 120km/hの間だったが、最終的には最速143km/hを記録するようになり、身長も179cmに達した。
野村 佑希(のむら ゆうき、本名:野村 ジェームス 佑希〈の… 野村 佑希(のむら ゆうき、本名:野村 ジェームス 佑希〈のむら ジェームス ゆうき〉、2000年6月26日 - )は、アメリカ合衆国ミシガン州ハウエル(英語版)出身のプロ野球選手(内野手、外野手)。右投右打。北海道日本ハムファイターズ所属。 日本人の両親の間にアメリカ合衆国ミシガン州ハウエル(英語版)で出生した後、1歳半で日本へ帰国(詳細後述)。伊勢崎市立境剛志小学校2年時に、投手兼三塁手として、剛志ジュニアーズで軟式野球を始めた。伊勢崎市立境西中学校時代は、近隣の太田市に拠点を置く太田市リトルシニアに所属。3年時には、身長184cm・体重80kgという大柄な体格の投手として、ストレートで135km/hを計測していた。
宮﨑 颯(みやざき はやと、2000年6月14日 - )は、… 宮﨑 颯(みやざき はやと、2000年6月14日 - )は、埼玉県上尾市出身のプロ野球選手(投手)。左投左打。千葉ロッテマリーンズ所属。 上尾市立原市南小学校時代に「みなみエンゼルス」で軟式野球を始め、上尾市立原市中学校では「大宮リトルシニア」に在籍する。 高校は同県さいたま市の埼玉栄高等学校に進学。1年生の春からベンチ入りしたものの、その年の冬に肘を痛めたために高校時代は外野手に転向する。甲子園の出場はなく、3年生の夏は第100回全国高等学校野球選手権南埼玉大会4回戦において、代打で出場するも川口市立高校に敗れた。 大学は東京農業大学に進学。大学では投手に再転向し、1年生の春に東都大学野球リーグに出場。
永井 敦士(ながい あつし、2000年1月10日 - )は、… 永井 敦士(ながい あつし、2000年1月10日 - )は、埼玉県草加市出身の元プロ野球選手(外野手)。右投右打。 小学校2年時にあおぞらベースボールクラブで野球を始める。草加市立花栗中学校時代は草加ボーイズに所属し、3年時には世界大会に日本代表として出場。 二松學舍大学附属高校へ進学してからは1年時から主砲を任され、3年夏には第99回全国高等学校野球選手権大会に「4番・左翼」で出場。初戦(2回戦)の明桜戦で5打数5安打1打点の活躍。3回戦の三本松戦は本人も1安打に終わり、チームも敗れた。高校通算47本塁打。 2017年のNPBドラフト会議にて広島から4巡目で指名され、11月9日に契約金3500万円、年俸500万円(いずれも推定)で仮契約を結ぶ。
清水 達也(しみず たつや、1999年11月3日 - )は、… 清水 達也(しみず たつや、1999年11月3日 - )は、埼玉県深谷市出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。中日ドラゴンズ所属。 深谷市立藤沢小学校出身。小学1年生の時に深谷ボーイズで遊撃手として野球を始める。深谷市立藤沢中学校では軟式野球部に所属し、中学2年生から本格的に投手に転向した。翌年2月、第1回埼玉県中体連野球強化指定選手練習会に北部選抜に選ばれ参加した。その際のブルペン投球を見た花咲徳栄高校のコーチ福本真史が清水に興味を覚え、「面白い投球をしている」というコメントを人伝に聞き、それまで公立高校への進学を考えていた清水は、幼少期の夢だった花咲徳栄高校への入学を思い直すようになった。実際に、中学3年の夏には、花咲徳栄高校の練習会に参加した。
坂田 怜(さかた れい、1999年9月13日 - )は、埼玉… 坂田 怜(さかた れい、1999年9月13日 - )は、埼玉県熊谷市出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。NPBでは育成選手であった。 小学1年生からソフトボールを始め、熊谷市立奈良中学校入学後は熊谷リトルシニアに所属し硬式野球を始める。 正智深谷高等学校に入学後、同校の野球部に入学。高校2年秋の予選(県2回戦)で主戦の座を掴み、地区2戦目・滑川総合高等学校戦で7-2の完投勝利を挙げた。高校3年夏の県大会では初戦で狭山ヶ丘高等学校に7-8で敗れ、敗退。その後の体作りで体重を9kg増やし、大学卒業後のプロを目指して中部学院大学に進学した。 2018年4月、中部学院大学人間福祉学部人間福祉学科に入学。
長谷川 威展(はせがわ たけひろ、1999年8月9日 - )… 長谷川 威展(はせがわ たけひろ、1999年8月9日 - )は、埼玉県大宮市(現:さいたま市大宮区)出身のプロ野球選手(投手・育成選手)。左投左打。福岡ソフトバンクホークス所属。 さいたま市立植水小学校では加茂川ワイルドダックス、さいたま市立桜木中学校では硬式野球(リトルシニア)の和光リトルシニアでプレーした。 花咲徳栄高等学校では外野手を務めていたが、2年時に投手へ転向。3年夏の県大会では背番号19でベンチ入りしていたが、チームが全国制覇を達成した第99回全国高等学校野球選手権大会ではベンチ外であった。高校の2学年先輩に大瀧(旧姓) 愛斗、1学年先輩に岡崎大輔と高橋昂也、同級生に清水達也と西川愛也、1学年後輩に野村佑希と松井颯、2学年後輩に韮澤雄也がいた。
櫻井 周斗(さくらい しゅうと、1999年6月25日 - )… 櫻井 周斗(さくらい しゅうと、1999年6月25日 - )は、埼玉県所沢市出身のプロ野球選手(投手)。左投左打。CPBLの台鋼ホークス所属。 2人の実兄の影響で、所沢リトルライオンズで軟式野球をスタート。当初は投手一本で、チーム内に同級生が居なかったことから、小学4年時に所沢ニュータウンヤンキースへ移った。小学校6年時のNPB12球団ジュニアトーナメントで、東京ヤクルトスワローズのジュニアチームのメンバーに選ばれたが、左肘を故障したため実際には出場しなかった。 東中学校への入学と同時に、新座シニアに入団。途中で左肘を再び故障したため、野手に転向する。3年時に参加したリトルシニア関東選抜では、投手としての素質に目を付けた関東選抜監督(海老名リトルシニア監督)の方針で、投手として東京ドームの日本リトルシニア全国選抜野球大会に出場。
桐敷 拓馬(きりしき たくま、1999年6月20日 - )は… 桐敷 拓馬(きりしき たくま、1999年6月20日 - )は、埼玉県北埼玉郡川里町(現:鴻巣市)出身のプロ野球選手(投手)。左投左打。阪神タイガース所属。 鴻巣市立屈巣小学校1年生から屈巣ニュースターズで野球を始める。鴻巣市立川里中学校時代は行田リトルシニアに所属。 本庄東高校では1年夏からベンチ入りし、同年秋からエースとなる。3年夏の埼玉県大会では2回戦の埼玉栄高校戦で1失点完投勝利を挙げた。4回戦の市立川口高校戦では、1点リードの11回裏二死二塁で相手打者の投ゴロを捕球するが、ボールがグラブの編み目に挟まって抜き出せなくなった為に咄嗟にグラブごと一塁へ送球するも内野安打となり、その間に二塁走者が生還して同点とされる一幕があった(試合は本庄東が延長12回に勝ち越し、桐敷がその裏を無失点に抑えて勝利)。
山口 千沙季(やまぐち ちさき、1999年5月20日 - )… 山口 千沙季(やまぐち ちさき、1999年5月20日 - )は、埼玉県所沢市出身の元女子プロ野球選手(投手)、野球指導者、監督。 兄の影響で幼稚園の頃には将来野球選手になりたいと思っていた。小学2年時に所沢リトルリーグに所属し、中学時代はソフトボール部に所属、開志学園高等学校へ進学する(開志学園高初の女子プロ野球選手)。2018年、育成チームのレイアに入団し育成期間を1年で終える。 2019年埼玉アストライアへ移籍し、同年11月1日、今季限りで女子プロ野球リーグを退団することが発表された。 2020年1月には、三原遥とともに名鉄西部交通初のアスリート社員として入社した。2月16日には、東海NEXUSの初代メンバーとして活動することが発表されたが、同年をもって退団。
並木 秀尊(なみき ひでたか、1999年3月23日 - )は… 並木 秀尊(なみき ひでたか、1999年3月23日 - )は、埼玉県草加市出身のプロ野球選手(外野手)。右投右打。東京ヤクルトスワローズ所属。 草加市立八幡小学校2年の時に野球を始め、草加市立川柳中学校時代は軟式野球部で捕手であった。 市立川口高等学校では2年夏に中堅手にコンバートし、3年夏は埼玉県大会3回戦で敗れ甲子園出場はなかった。 首都大学野球リーグに所属する獨協大学硬式野球部では2年からレギュラーを獲得。在学中の4年間全て二部リーグでプレーし、通算24盗塁を記録した(二盗失敗は0)。また3年春、3年秋、4年秋に首都大学二部のベストナインを受賞した。 2020年10月26日に行われたプロ野球ドラフト会議にて東京ヤクルトスワローズから5巡目で指名され、11月27日に契約金3300万円、年俸750万円(金額は推定)で仮契約を結んだ。
三森 大貴(みもり まさき、1999年2月21日 - )は、… 三森 大貴(みもり まさき、1999年2月21日 - )は、埼玉県越谷市出身のプロ野球選手(内野手、外野手)。右投左打。横浜DeNAベイスターズ所属。 野球を始めたのは幼稚園の頃からで、越谷市登戸町内の少年野球チーム「登戸ファイターズ」に加入、小学3年生にして上級生の試合に同行するようになり、この時背番号13を与えられた。 中学は埼玉を離れ、青森県青森市の青森山田中学校に進学。中学生時代は、「青森山田リトルシニア」で全国大会上位進出などの活躍をする。 高校は青森山田高等学校に進学、1年生の秋からレギュラーで出場。2年生の秋には、堀岡隼人とともに、秋季東北地区大会を同校として初優勝し、第46回明治神宮野球大会に「4番・遊撃手」として初出場を果たす。
大道 温貴(おおみち はるき、1999年1月20日 - )は… 大道 温貴(おおみち はるき、1999年1月20日 - )は、埼玉県川口市出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。東京ヤクルトスワローズ所属。 小学校2年生の時に父の仕事の関係で暮らしていたシンガポールで野球を始め、6年生の時に帰国。川口市立八幡木中学校では軟式野球部に所属し捕手から投手に転向した。 春日部共栄高等学校では、2年春よりベンチ入りし秋からエース。3年夏は県ベスト4に終わり、甲子園出場経験はなかった。 進学した八戸学院大学では、1年春よりベンチ入りを果たし、4年秋季リーグの対富士大学戦では18奪三振を記録し、最終的には奪三振率13.0を記録した。北東北大学野球連盟での通算成績は22勝7敗、防御率1.75。
和田 康士朗(わだ こうしろう、1999年1月14日 - )… 和田 康士朗(わだ こうしろう、1999年1月14日 - )は、埼玉県東松山市出身のプロ野球選手(外野手)。左投左打。千葉ロッテマリーンズ所属。 高校野球未経験ながらNPBで盗塁王を獲得した異色の経歴の持ち主。 東松山市立市の川小学校1年生のころからドッジボールチームに入っていたが、そのチームの友達に誘われて野球の練習に行ったことを切っ掛けに、4年生のときに「市の川小スポーツ少年団」で軟式野球を始める。当初は投手だったもののコントロールが悪かったため、外野や一塁を守った。東松山市立北中学校在学時は軟式野球部でプレー。しかし、中学2年で股関節を負傷し、復帰後、地区選抜「比企フェニックス」に選出された際にも再度股関節の故障。
五十幡 亮汰(いそばた りょうた、1998年11月27日 -… 五十幡 亮汰(いそばた りょうた、1998年11月27日 - )は、埼玉県行田市出身のプロ野球選手(外野手)。右投左打。北海道日本ハムファイターズ所属。 父親の影響で行田市立東小学校1年時に軟式野球を始め、6年時には東京ヤクルトスワローズジュニアでプレー。行田市立長野中学校在学中は、硬式野球のクラブチームである東京神宮リトルシニアに所属した。3年時には、藤平尚真・石原彪などと共に日本代表としてWBSC U-15ワールドカップに出場している。 その一方で、中学生時代には陸上短距離走の選手としても活躍。全国大会での優勝も経験していた(後述)ため、陸上競技部の顧問からは、陸上競技の強豪に当たる高校への入学を勧められていた。
樋口 正修(ひぐち せいしゅう、1998年11月17日 - … 樋口 正修(ひぐち せいしゅう、1998年11月17日 - )は、埼玉県北本市出身のプロ野球選手(内野手、外野手)。右投左打。中日ドラゴンズ所属。 北本市立東小学校1年時に北本マリナーズ(現:北本Mセブンズ)で野球を始め、北本市立東中学校では行田リトルシニアに所属した。行田リトルシニアの2学年上の先輩に小島和哉がいる。 埼玉県立北本高等学校を経て駿河台大学経済経営学部へ進学。2020年11月に開催されたBCリーグの合同トライアウトを受け、埼玉武蔵ヒートベアーズへ特別合格選手として入団した。 2021年は、チーム公式戦全60試合に出場。1シーズンで内野全ポジションの守備につき、打率.286、40盗塁を記録した。
宇田川 優希(うだがわ ゆうき、1998年11月10日 - … 宇田川 優希(うだがわ ゆうき、1998年11月10日 - )は、埼玉県越谷市出身のプロ野球選手(投手・育成選手)。右投右打。オリックス・バファローズ所属。 日本人の父親とフィリピン人の母親の間に生まれ、越谷市立宮本小学校2年生のときに兄の影響で少年野球チームの宮本ジャイアンツに加入し、野球を始める。越谷市立西中学校では軟式野球部に所属。中学時代は投手として起用されることもあったが、制球難から試合を作れないことが多く、主に捕手を務めていた。 八潮南高校へ進学し、硬式野球部の新入生挨拶では「自分はこの八潮南でエースになりたいです」と話したが、齋藤監督は宇田川を投手としては意識していなかった。ただ、2014年6月のBチームの練習試合にて、チームを指揮した市川部長が宇田川を先発投手に抜擢すると、2失点完投と好投し、本格的に投手を務めるようになった。
高橋 昂也(たかはし こうや、1998年9月27日 - )は… 高橋 昂也(たかはし こうや、1998年9月27日 - )は、埼玉県久喜市出身のプロ野球選手(投手)。左投左打。広島東洋カープ所属。 小学校3年次より野球を始めると、久喜市立栗橋東中学校時代に久喜シニアへ所属。中学3年時の春に、関東大会へ出場した。 花咲徳栄高等学校への進学後は、1年秋からのベンチ入りを経て、2年時から2年連続で夏の全国高等学校野球選手権本大会に出場。2年時の秋季埼玉県大会では3回戦で早大本庄高校打線から19奪三振、3年夏の選手権埼玉大会では決勝までの6試合で52奪三振を記録した。さらに、3年夏の選手権本大会終了後には、第11回 BFA U-18アジア選手権大会の日本代表に選出。
岡﨑 大輔(おかざき だいすけ、1998年9月17日 - )… 岡﨑 大輔(おかざき だいすけ、1998年9月17日 - )は、埼玉県幸手市出身の元プロ野球選手(内野手)。右投左打。 幸手市立東中学校時代に久喜シニアへ所属すると、チームメイトの高橋昂也と揃って花咲徳栄高等学校へ進学。1年時の秋から、二塁手のレギュラーに定着した。2年夏の選手権本大会には、「3番・遊撃手」として、4番打者の大瀧愛斗などとのクリーンナップで出場。優勝した東海大相模高校に準々決勝で敗れたものの、吉田凌から2安打、小笠原慎之介から1安打を記録した。2年秋からは主将に就いた。3年春の選抜大会で、前年の夏に続いて甲子園球場に登場したが、1回戦で秀岳館高校に敗退。3年夏の選手権本大会では、今井達也を擁して優勝した作新学院の前に3回戦で敗れた。
星川 あかり(ほしかわ あかり、1998年6月28日 - )… 星川 あかり(ほしかわ あかり、1998年6月28日 - )は、埼玉県朝霞市出身の元女子プロ野球選手。京都外大西高等学校卒。ポジションは内野手。血液型A型。 この項目は、野球に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ野球/P野球)。
太田 賢吾(おおた けんご、1997年1月19日 - )は、… 太田 賢吾(おおた けんご、1997年1月19日 - )は、埼玉県川越市出身の元プロ野球選手(外野手、内野手)。右投左打。 1歳上の兄の影響で小学校2年生時、南古谷レーダースで野球を始め、川越東中学校時代は所沢中央シニアに所属し遊撃手としてプレーした。 川越工業高校では1年生の秋に遊撃手でレギュラーを獲得。投手を兼任し、通算で2試合に登板した。3年夏の埼玉大会では17打数9安打、打率.529、6打点を記録した(チームは5回戦敗退)。2学年先輩に狩野行寿がいる。 2014年10月23日に行われたドラフト会議では、北海道日本ハムファイターズから8位指名を受け、契約金1500万円、年俸470万円(金額は推定)で仮契約した。
アブドラ・バラ (Abdullah Bara , 1996年… アブドラ・バラ (Abdullah Bara , 1996年10月11日 - )は、パキスタン出身の野球選手(投手)。 8歳の時に来日し、小学4年から野球を始める。 八潮高校時代には、ネパール野球ラリグラスの会主催の東大阪・パキスタンU16野球友好試合に参加し、3年時には左のエースとして活躍。 2015年、独立リーグ・BASEBALL FIRST LEAGUEの06BULLSに入団するとともに、ネパール野球ラリグラスの会の公認パートナーとなる。シーズン中には第27回アジア野球選手権大会のパキスタン代表に選出された。また、同大会では対インドネシア戦で勝利投手となった。シーズン終了後の11月14日、四国アイランドリーグplusのトライアウトに参加し、特別合格。
堀内 汰門(ほりうち たもん、1996年9月16日 - )は… 堀内 汰門(ほりうち たもん、1996年9月16日 - )は、福岡ソフトバンクホークスに所属するプロ野球選手(捕手・育成選手)。
中村 美樹(なかむら みき、1996年7月31日 - )は、… 中村 美樹(なかむら みき、1996年7月31日 - )は、埼玉県川口市出身の女子ソフトボール選手(投手)。 父の影響で6歳の時にソフトボールを始めた。高校生のときに日本代表ジュニアの選出経験がある。2018年前半に日本代表メンバーとして東アジアカップに出場した。 独特なフォームから繰り出される100km/hを超える速球や、緩急を用いたピッチングが特徴。多彩な変化球で打者を打ち取っていた元太陽誘電の坂井寛子を目標としている。 三姉妹の末っ子で、3人ともソフトボール選手。上2人はトヨタ自動車所属で、特に次姉の中村友佳(元日本代表)は逸材と期待されていたが、同僚にモニカ・アボットや山根佐由里がいたため登板機会が少ないまま引退した。
田島 洸成(たじま こうせい、1996年7月13日 - )は… 田島 洸成(たじま こうせい、1996年7月13日 - )は、埼玉県大里郡寄居町出身の元プロ野球選手(内野手)。右投左打。NPBでは育成選手であった。 帝京高等学校では2年生から遊撃手のレギュラーのつかみ、夏の東東京大会ではベスト4まで進む。しかし、同年秋に肉離れを起こし、3年春はベンチ外、夏も控えにとどまった。 大学進学を予定していたが、地元埼玉県にベースボール・チャレンジ・リーグの新球団・武蔵ヒートベアーズができることを知り、同球団へ入団。2015年、高卒1年目にして、遊撃手としての定位置を確保。打率は1割台に終わったが、63試合に出場した。 2015年度育成選手ドラフト会議で読売ジャイアンツで4巡目指名を受け、入団。
小島 和哉(おじま かずや、1996年7月7日 - )は、埼… 小島 和哉(おじま かずや、1996年7月7日 - )は、埼玉県鴻巣市出身のプロ野球選手(投手)。左投左打。千葉ロッテマリーンズ所属。 りんどうスポーツ少年団から野球をはじめ、鴻巣市立赤見台中学校では行田シニアでプレーをした。シニアチームの2学年下の後輩に樋口正修がいる。 浦和学院高校へ進学すると1年夏からベンチ入りを果たし、甲子園では3回戦の天理戦で登板し、3回3失点(自責点1)だった。1年秋からエースを務め、髙橋光成擁する前橋育英や若月健矢擁する花咲徳栄などを破り秋季関東大会を制覇。2年春の甲子園では初戦の土佐戦を6安打完封で突破すると、吉田雄人擁する北照との準々決勝では7回1安打無失点の好投。
古谷 恵菜(ふるや めぐな、1996年5月13日 - )は、… 古谷 恵菜(ふるや めぐな、1996年5月13日 - )は、日本の女子野球選手。長身から投げおろす角度のあるストレートが武器。身長177cm。ポジションは投手。埼玉県朝霞市出身。 2015年から2020年までは日本女子プロ野球機構(JWBL)に所属する女子プロ野球選手としてもプレーしていた。 朝霞市立朝霞第七小学校時代に兄の影響で野球を始め、1年生の時は軟式だったが、3年生の時に硬式に転向。身長が高かったためバレーボールの誘いもあった。朝霞市立朝霞第二中学校時代は富士見リトルシニアでプレーとして活躍した。 高校は地元を離れ、女子野球部のある福知山成美高等学校へ進学。 2014年7月、日本女子プロ野球機構の関西地区入団テストに合格。
谷岡 竜平(たにおか たっぺい、1996年3月21日 - )… 谷岡 竜平(たにおか たっぺい、1996年3月21日 - )は、埼玉県和光市出身の元プロ野球選手(投手、右投右打)。 父の影響で8歳から白小クラブ(和光市)で野球を始める。中学時代は和光リトルシニアに所属していた。 成立学園高等学校に進学した。同校の2年生となった2012年の第94回全国高等学校野球選手権大会に出場した。 高校卒業後は東芝に入社。2年目の都市対抗野球大会で白星を挙げ、3年目の西関東予選でも主戦でチームの8年連続出場に貢献。東芝には3年間在籍した。背番号は29だった。 2016年10月20日に行われたドラフト会議では、読売ジャイアンツから3位指名を受け、契約金6000万円、年俸1000万円で入団に合意した。
御山 真悠(みやま まゆ、1996年3月19日 - )は、千… 御山 真悠(みやま まゆ、1996年3月19日 - )は、千葉県出身の女子プロ野球選手。平成国際大学卒。ポジションは外野手。 2018年愛知ディオーネに入団。 2019年埼玉アストライアへ移籍。同年11月1日、今季限りで女子プロ野球リーグを退団することが発表された。 2020年からは新創設されるGOODJOB女子公式野球部に所属する。
若月 健矢(わかつき けんや、1995年10月4日 - )は… 若月 健矢(わかつき けんや、1995年10月4日 - )は、埼玉県加須市出身のプロ野球選手(捕手)。右投右打。オリックス・バファローズ所属。 オリックスでは正捕手として2度のリーグ優勝、1度の日本シリーズ優勝に貢献。個人ではベストナインを1回、ゴールデングラブ賞を2回獲得している。2026年のWBCでは、正捕手として日本代表に貢献した。 妻は声優の立花理香。 小学1年から大桑ジャイアンツで野球を始める。捕手となったきっかけは、入部時に空いていたポジションが捕手だったことにあるという。加須平成中時代に加須シニアで全国8強入り。 花咲徳栄高では1年秋から捕手でレギュラーを獲得。2年生時に監督の助
上林 誠知(うえばやし せいじ、1995年8月1日 - )は… 上林 誠知(うえばやし せいじ、1995年8月1日 - )は、埼玉県浦和市(現:さいたま市桜区)出身のプロ野球選手(外野手)。右投左打。中日ドラゴンズ所属。 日本人の父親と韓国人の母親の間に生まれた日韓ハーフ。 小学校1年生の時に「西堀A-1」で野球を始め、矢作公一の設立した野球塾にも在籍。さいたま市立土合中学校時代は「浦和シニア」に所属し、3年生の春に全国制覇を経験した。 仙台育英高校では1年生の秋から4番を務めた。同校には、1学年上に松原聖弥、同学年に熊谷敬宥、馬場皐輔、1学年下に梅津晃大、2学年下に平沢大河、佐藤世那、郡司裕也がいた。2年生時の夏の甲子園・全国大会では3試合に「4番・中堅手」として先発出場し、計11打数5安打2打点1盗塁、打率.455だった。
中田 友実(なかだ ともみ、1995年5月15日 - )は、… 中田 友実(なかだ ともみ、1995年5月15日 - )は、東京都出身の元女子プロ野球選手(外野手)。 小学生時代は東京都知事杯女子軟式野球大会「チーム葛飾」のメンバーとして活躍。2007年の第3回大会で、優秀選手賞を受賞。葛飾区立上平井中学時代は上小松パンダースのリトルジャイアンツ中学部の選手として活躍。埼玉栄高校時代は2012年11月にヴィーナスリーグ関東女子硬式野球大会に出場、ベストナインの二塁手部門を受賞、2013年に日本女子プロ野球リーグのトライアウトを受験し、合格した。 2014年に東北レイアに入団。2016年には兵庫ディオーネに移籍、同年には「コンベンション2016」でリーグ部門は最優秀新人賞、ベストナインの外野手部門、ゴールデングラブ賞の外野手部門を受賞した。
我妻 悠香(あがつま はるか、1994年12月18日 - )… 我妻 悠香(あがつま はるか、1994年12月18日 - )は、埼玉県川口市出身の女子ソフトボール選手(捕手)。ソフトボール日本代表。2021年開催の東京オリンピック金メダリスト。 友達に誘われたのがきっかけで11歳からソフトボールを始めた。2010年、星野高等学校1年生でインターハイ優勝を経験。高校卒業後、2013年に日本リーグの強豪ルネサスエレクトロニクス高崎に入団。同年、世界ジュニア選手権メンバーに選ばれ金メダルを獲得した。 ルネサスエレクトロニクス高崎では北京オリンピック金メダリストの峰幸代が正捕手を務めていたが、峰が現役を退いた2015年以降は出場機会が増えた。2015年には打率.414を記録してベストナイン(捕手)を受賞した。