郡司 裕也(ぐんじ ゆうや、1997年12月27日 - )は… 郡司 裕也(ぐんじ ゆうや、1997年12月27日 - )は、千葉県市原市出身のプロ野球選手(捕手、内野手、外野手)。右投右打。北海道日本ハムファイターズ所属。 小学校1年から野球を始め(ちはら台ファイターズ)、3年の時に自ら志願し捕手となる。6年の時には津留﨑大成や網谷圭将らとともに千葉ロッテマリーンズジュニアに選ばれる。中学時代は千葉市リトルシニアに所属しキャプテンを務めた。中学3年の春には全国大会優勝を遂げた。同期には網谷圭将、1学年後輩に藤平尚真、齊藤伸治、中村亮太などがいた。 慶應義塾高校への進学を目指したが不合格となり、仙台育英高校に進学。2年秋には明治神宮大会で優勝した。3年春は第87回選抜高等学校野球大会に出場し、初戦の神村学園戦では3安打の活躍を見せたが、2回戦では平沼翔太擁する敦賀気比高校に敗れた。
鈴木 健矢(すずき けんや、1997年12月11日 - )は… 鈴木 健矢(すずき けんや、1997年12月11日 - )は、千葉県袖ケ浦市出身のプロ野球選手(投手)。右投左打。広島東洋カープ所属。 小学校2年から野球を始め、中学校は学校の軟式野球部に所属していた。中学校卒業後は木更津総合高校に進学し、第87回選抜高等学校野球大会に出場。同大会でチームは2回戦で敗退したが、鈴木は2試合ともに登板した。高校卒業後はJX-ENEOSに入社し、1年目より都市対抗野球の補強選手として選ばれる。2年目には侍ジャパンの社会人野球選手代表に選ばれ、3年目にはドラフト指名解禁の年であったが、指名はなかった。4年目は第45回社会人野球日本選手権大会に出場し、西部ガスとの1回戦で7回から登板し、3回無失点と好投した。
津留﨑 大成(つるさき たいせい、1997年10月10日 -… 津留﨑 大成(つるさき たいせい、1997年10月10日 - )は、千葉県鎌ケ谷市出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。東北楽天ゴールデンイーグルス所属。 鎌ケ谷市立中部小学校の1年時から中部ユニオンズで野球を始め、6年時には千葉ロッテマリーンズのジュニアチームに選出される。鎌ケ谷市立第二中学校時代は佐倉リトルシニアでプレーし、投手のほかに捕手や内野手も務めた。 慶應義塾高等学校では1年春から公式戦に登板し、2年秋からはエースを担ったが、3年時に右肘の内側側副靱帯を損傷。夏の神奈川県大会準々決勝では強行出場するもチームは敗退し、秋にトミー・ジョン手術を受けた。同期に柳町達、植田将太、1学年下に木澤尚文がいた。
網谷 圭将(あみや けいしょう、1997年10月3日 - )… 網谷 圭将(あみや けいしょう、1997年10月3日 - )は、千葉県市原市出身のプロ野球選手(捕手)。横浜DeNAベイスターズ。
福森 耀真(ふくもり ようま、1997年9月27日 - )は… 福森 耀真(ふくもり ようま、1997年9月27日 - )は、千葉県市川市出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。 柏市立豊小学校1年時に野球を始め、4年時に福岡県北九州市に転居し、北九州市立守恒中学校で野球を続けた。 福岡県立北九州高等学校では1年夏からベンチ入りし秋からエースとなるも、3年夏は県大会4回戦で敗退し甲子園出場はなかった。 九州産業大学では1年春からベンチ入りし、4年次は福岡六大学リーグ戦の春夏連覇に貢献。4年秋はMVPとベストナインを獲得した。リーグ戦の通算成績は、27試合に登板し、11勝1敗、防御率2.15。 2019年10月17日に行われたドラフト会議では、東北楽天ゴールデンイーグルスから5位指名を受け、11月18日に契約金3500万円、年俸700万円で仮契約した。
吉田 大就(よしだ たいしゅう、1997年6月19日 - )… 吉田 大就(よしだ たいしゅう、1997年6月19日 - )は、千葉県浦安市出身の元プロ野球選手(内野手)。 兄は東京ヤクルトスワローズに所属していた元プロ野球選手の吉田大成。 高校卒業後は関東学院大学に進学。大学4年次の2019年からはプロ野球独立リーグ・ベースボール・チャレンジ・リーグの埼玉武蔵ヒートベアーズに所属。1年目は途中加入ながら一塁手、三塁手、遊撃手、左翼手、右翼手の5つのポジションをこなし、守備の要として活躍。2020年は遊撃手をメインに出場し、監督の角晃多からは注目の選手の一人として名前を挙げられた。チームで唯一内野全ポジションでスタメン出場している。10月に退団を発表しその直後に有鈎骨骨折の手術を受けることも同時に発表した。
渡邉 大樹(わたなべ だいき、1997年6月7日 - )は、… 渡邉 大樹(わたなべ だいき、1997年6月7日 - )は、千葉県松戸市出身の元プロ野球選手(内野手、外野手)。右投右打。 小学生時代は千葉県松戸市の小金原ビクトリーで野球を始める。 中学生時代は千葉県の硬式クラブチームの松戸リトルシニアに所属。自らの代ではキャプテンを務める。 中学3年時に200メートル走で全国大会に出ている。 専修大学松戸高等学校では1年秋から遊撃手のレギュラーに定着。3年夏に第97回全国高等学校野球選手権大会に出場し、1回戦の花巻東戦では2安打を放つも、チームは敗退。自身が最後の打者だった。高校通算17本塁打。チームメイトに原嵩がいた。 2015年10月22日に行われた2015年ドラフト会議で、東京ヤクルトスワローズから6位指名を受け、11月19日に契約金2500万円、年俸500万円で合意し、12月11日に新入団選手発表が行われた。
岡本 直也(おかもと なおや、1996年10月30日 - )… 岡本 直也(おかもと なおや、1996年10月30日 - )は、千葉県千葉市稲毛区出身のプロ野球選手(投手)、野球指導者。左投左打。NPBでは育成選手であった。 千葉市立千草台小学校3年生の時に野球を始め、千葉市立千草台中学校では平日は部活動でバドミントン部に所属し、土日は千葉東シニアで硬式野球をプレー。 千葉経済大学附属高等学校では2年秋の千葉県大会で準優勝し、関東大会に出場。3年夏の千葉県大会はベスト16だった。 高校卒業後は、東京農業大学生物産業学部(キャンパスは北海道網走市)へ進学。1年生の春から北海道学生野球リーグの公式戦に出場し通算12勝。3年春には最優秀防御率などの活躍。全国大会には全日本大学野球選手権大会に3度出場を果たす。
重田 倫明(しげた ともあき、1996年5月30日 - )は… 重田 倫明(しげた ともあき、1996年5月30日 - )は、千葉県八千代市出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。NPBでは育成選手であった。 八千代市立村上東中学校の在学中に、校内の軟式野球部へ所属。中学校野球部3年次には主将を務め、チームを牽引した。3年時の夏の大会は主にポジションはセカンドだった。八千代市大会優勝、千葉県大会優勝、関東大会準優勝、全国大会出場を果たした。千葉県大会の決勝戦、対昭和中は先発投手として登板した。千葉英和高等学校への進学を機に、硬式野球へ転向した。 千葉英和高校では1年時の夏から公式戦に登板したものの、甲子園球場での全国大会とは無縁であった。このときバッテリーとして捕手を務めていたのが、後に演歌歌手となった新浜レオンである。
宮内 春輝(みやうち はるき、1996年5月25日 - )は… 宮内 春輝(みやうち はるき、1996年5月25日 - )は、千葉県匝瑳市出身のプロ野球選手(投手・育成選手)。右投右打。北海道日本ハムファイターズ所属。 匝瑳市立市立吉田小学校時代に吉田スポーツ少年団で野球を始め、匝瑳市立八日市場第二中学校時代は硬式野球(シニアリーグ)の九十九リトルシニアに所属。 千葉県立多古高等学校ではエースとなったが、3年夏の千葉県大会は2回戦で敗退し、甲子園出場経験はなかった。 明星大学経済学部経済学科に進学し、硬式野球部に所属する。2年生の時から投球スタイルを横手投げに変更。4年秋には首都大学野球リーグ2部の最優秀選手に選出されている。大学時代の2学年上に松原聖弥。 その後は社会人野球の日本製紙石巻に進み、1年目の2019年に七十七銀行の補強選手として第90回都市対抗野球大会に出場。
高橋 礼(たかはし れい、1995年11月2日 - )は、千… 高橋 礼(たかはし れい、1995年11月2日 - )は、千葉県松戸市出身のプロ野球選手 (投手・育成選手)。右投右打。埼玉西武ライオンズ所属。 母親の影響で小学1年時にソフトボールを始め、その後、松戸中央ボーイズで硬式野球を始める。中学3年時にチームのコーチに勧められ、上手投げから下手投げに転向。 専大松戸高では3年春に県大会準優勝で、関東大会ベスト8。夏は県大会準決勝で木更津総合高に延長13回サヨナラ負け。高校の2学年先輩に上沢直之、2学年後輩に原嵩と渡邉大樹がいた。 専修大へ進学し、当時身長187cmのアンダースローとして1年時から活躍。2年春には東都大学野球で52季ぶりの優勝に貢献、大学選手権初戦でも救援で5回を投げて勝利投手。
山﨑 真彰(やまざき まあき、1995年9月26日 - )は… 山﨑 真彰(やまざき まあき、1995年9月26日 - )は、東京都新宿区出身の元プロ野球選手(内野手)。右投左打。NPBでは育成選手であった。 2022年のみ、登録名をマーキとしていた。 ニューインターナショナルスクール1年時に目黒西リトルで野球を始めた。港区立三田中学校時代は大田シャークボーイズでプレー。高校は東京学館浦安高校に進学し、高校通算10本塁打を記録した。甲子園大会出場はないが、千葉県選抜としてアメリカ遠征を経験した。 大学は東京国際大学へ進学するが、1年生の夏に野球部を退部し渡米。東京国際大の姉妹校であるウィラメット大学へ留学し、一旦帰国後にハワイ大学へ編入学。単位認定の関係で1年間は米西海岸の大学リーグにあたる「オール・ビッグ・ウエスト」の試合に出場ができなかったが、翌年から遊撃手として定着。
鎌田 光津希(かまた みずき、1995年9月6日 - )は、… 鎌田 光津希(かまた みずき、1995年9月6日 - )は、千葉県匝瑳郡野栄町(現:匝瑳市)出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。NPB在籍時は育成選手だった。 匝瑳市立野田小学校3年次から軟式野球を始め、匝瑳市立野栄中学校では軟式野球部に所属した。 横芝敬愛高に進学し硬式野球を始める。当初は120km/h台中盤しか出せなかった球速を、冬場の徹底したトレーニングで145km/hまで伸ばした。プロ志望届を提出すると、NPB球団からの指名はなかったが、独立リーグ・四国アイランドリーグplusの徳島インディゴソックスから1位指名を受けた。しかし、高校の系列である敬愛大学へ進学するため入団を辞退した。
奥村 奈未(おくむら なみ、1995年7月19日 - )は、… 奥村 奈未(おくむら なみ、1995年7月19日 - )は、千葉県香取市出身の元女子プロ野球選手。 小学校2年生の時、高校野球の球児だった父と一緒に高校野球の千葉県大会へ観戦した時、父から「チアリーダーか選手かどちらがいい」と聞かれたれ、「選手」と選びきっかけとなった。 小学校時代は「佐原ヴィーナス」に所属。女子選手は2人で4年生から投手となった。 中学時代は軟式野球チーム「香取リトルシニア」に所属。埼玉県にある埼玉栄高等学校時代はショート・サードで活躍。第17回全国高等学校女子硬式野球選手権大会で全国制覇となった。 2013年度のトライアウトでは、67名が受験、13名が合格者の一人となった。千葉県出身の女子プロ野球選手第1号となり、兵庫ディオーネ(現・愛知ディオーネ)に入団。
郡司 真里(ぐんじ まさと、1995年7月18日 - )は、… 郡司 真里(ぐんじ まさと、1995年7月18日 - )は、千葉県成田市出身のプロ野球審判員。袖番号は8。 小学2年から橋賀台サンダーズで野球を始め、千葉ロッテマリーンズの選抜メンバーとしてNPB12球団ジュニアトーナメントに出場。成田市立西中学校時代には佐倉リトルシニアで全国大会に出場。 習志野高校に進学し、外野手としてプレーしていたが、3年夏の千葉大会で、一塁へのヘッドスライディングの際に右肩を脱臼。決勝で木更津総合に敗れたあとも痛みが引かず、硬式野球の引退を決断した。しかし、高校時代に紅白戦で審判を経験し、選手として見てきたものとは異なる野球の見え方があることに気づき審判員に興味を抱くようになる。
濱村 ゆかり(はまむら ゆかり、1995年6月23日 - )… 濱村 ゆかり(はまむら ゆかり、1995年6月23日 - )は、千葉県船橋市出身の女子ソフトボール選手(投手)。元ソフトボール日本代表。2022年JDリーグ東地区・最高殊勲選手(MVP)。 13歳の時にソフトボールを始める。中学3年生(2010年)の時に関東大会に出場し、全国女子ジュニア育成研修会(NTS U-16)では最優秀選手に選ばれた。多くのオファーの中から木更津総合高等学校に進学し、高校3年生(2013年)の全国選抜大会では全国優勝を遂げた。 2014年に日本リーグ1部のルネサス高崎に入団。2年目の2015年には6勝1敗・防御率2.70の成績を残し、新人賞を受賞。翌2016年はエースの上野由岐子が長期離脱をする中、8勝3敗・防御率0.54の活躍を見せ、最優秀投手賞とベストナイン賞を受賞した。
吉田 大成(よしだ たいせい、1995年3月7日 - )は、… 吉田 大成(よしだ たいせい、1995年3月7日 - )は、千葉県浦安市出身の元プロ野球選手(内野手)。右投左打。 実弟の吉田大就も元プロ野球選手(内野手)で、ベースボール・チャレンジ・リーグ・埼玉武蔵ヒートベアーズや関西独立リーグ・堺シュライクスに所属していた。 浦安市立日の出小学校1年時から軟式野球を始めると、浦安市立日の出中学校在学中に浦安シニアへ所属。中学校からの卒業を機に、東京都の佼成学園高校に進学した。 佼成学園高校時代には甲子園球場の全国大会と無縁であったが、全国高等学校野球選手権西東京大会では、「3番・遊撃手」として臨んだ2年時に準決勝、主将として臨んだ3年時に決勝まで進出。日大三高校と対戦した3年時の決勝では、9回表の二死まで1-0と勝ち越していながら逆転負けを喫した。
髙橋 慎之介(たかはし しんのすけ、1994年7月25日 -… 髙橋 慎之介(たかはし しんのすけ、1994年7月25日 - )は、千葉県千葉市出身の元プロ野球選手(投手)。右投左打。プロでは育成選手であった。 高校時代は二塁手。木更津総合高等学校3年時には第94回全国高等学校野球選手権大会に出場し、初戦で敗退したものの相手の大阪桐蔭高校・藤浪晋太郎からヒットを打っている。 高校卒業後はアメリカのハーキマー・カウンティー・コミュニティー大学に入学し、二塁手兼投手として活躍した。 2014年9月、巨人の入団テストに合格し、同年の育成ドラフトで指名されて入団。 2016年10月2日、球団より戦力外通告を受けた。10月31日、自由契約公示された。 最速149km/hのストレートが武器。
相内 誠(あいうち まこと、1994年7月23日 - )は、… 相内 誠(あいうち まこと、1994年7月23日 - )は、千葉県富津市出身(柏市生まれ)の元プロ野球選手。キックボクサー。2014年から2017年の登録名は「誠」(まこと)。現在は主に格闘家として活動。 小学校4年生の時に野球を始め、富津市立天羽中学校は軟式野球部に所属。家庭の事情で中学生時代を児童養護施設で過ごした。 千葉国際高等学校(現:翔凜高等学校)時代は1年生時の夏にベンチ入り。2年生時の夏の甲子園・千葉大会の対千葉県立松戸馬橋高等学校戦では、先頭打者から9連続奪三振を記録。3年生時の春季県大会では5試合40回を投げ47奪三振、防御率0.00だった。同年の第94回全国高等学校野球選手権大会・千葉大会では2試合に救援登板し、1イニングずつを投げ無失点だったが、チームは3回戦で敗退。
上沢 直之(うわさわ なおゆき、1994年2月6日 - )は… 上沢 直之(うわさわ なおゆき、1994年2月6日 - )は、千葉県松戸市出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。福岡ソフトバンクホークス所属。 幼少期はサッカーに興じていた。松戸市立第一中学校に入学すると野球部に入部したが、それほど強いチームではなく、全国的にも無名な選手だった。 専大松戸高校進学後は1年からベンチ入りを果たし、エースとなった2年春の千葉県大会では2回戦で春の選抜に出場した東海大望洋と激突。先発した上沢は7回12奪三振の好投、打線も爆発してコールド勝ちを収め、その後チームはベスト8に進出し、投打ともに総合力が高い専大松戸ナインに注目が集まるようになった。2年夏は甲子園出場こそ逃すも県ベスト4入り、2年秋の千葉県大会でもベスト4に入った。
鈴木 康平(すずき こうへい、1994年1月21日 - )は… 鈴木 康平(すずき こうへい、1994年1月21日 - )は、千葉県鎌ケ谷市出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。 オリックス・バファローズ時代の2018年から2022年までの登録名はK-鈴木(ケイすずき)。 小学生時代に鎌ヶ谷ライオンズへ所属、6年時に主将を務めた。中学生時代には陸上部で活動するかたわら、鎌ヶ谷シニアで野球を続けた。 千葉明徳高校への進学後は、2年の春からベンチ入りを果たした。3年夏の千葉県大会では2回戦で強豪・専大松戸と対戦。上沢直之と投げ合い、延長11回を終えても6-6と決着がつかず、大会規定により引き分け再試合になった。翌日の再試合にも2番手で登板するが、2-5で敗北した。
齋藤 俊介(さいとう しゅんすけ、1994年1月7日 - )… 齋藤 俊介(さいとう しゅんすけ、1994年1月7日 - )は、千葉県佐倉市出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。 佐倉市立千代田小学校時代から軟式野球を始めると、佐倉市立臼井南中学校時代には佐倉ボーイズに所属。 成田高等学校2年の夏に全国高等学校野球選手権千葉大会でのチーム20年ぶりの優勝を経て、第92回全国高等学校野球選手権大会にも控え投手としてベンチ入りを果たした。チームは58年ぶりに準決勝へ進出したが、自身の登板機会はなかった。翌年はエースとして夏の千葉県大会に臨んだが、4回戦で館山総合に延長15回サヨナラ負けを喫した。 立教大学では、1年時の東京六大学春季リーグ戦から中継ぎで登板。1年の秋季リーグ戦から先発へ転向すると、東京大学とのリーグ最終戦で初勝利を挙げた。
船越 涼太(ふなこし りょうた、1993年11月26日 - … 船越 涼太(ふなこし りょうた、1993年11月26日 - )は、千葉県流山市出身の元プロ野球選手(捕手)。右投右打。妹は女子野球日本代表でプレー経験のある船越千紘。 流山市立江戸川台小学校時代は地元の少年野球チーム(初石クーガーズ)に所属。小学校6年生のときにはエースで4番でキャプテンとして臨んだ第2回CUP選抜学童軟式野球大会(関東大会)にて優勝の経験がある。さらに同年にはマリーンズJrに選出され、第1回NPB12球団ジュニアトーナメント準優勝に貢献。この時のチームメートに髙山俊、近藤健介らがいる。流山市立北部中学校では軟式野球部に所属。 柏市立柏高校野球部では遊撃手として1年次からレギュラーとして活躍し、2年夏の大会は5番打者として全試合に出場し、8強入り。
近藤 健介(こんどう けんすけ、1993年8月9日 - )は… 近藤 健介(こんどう けんすけ、1993年8月9日 - )は、千葉県千葉市緑区出身のプロ野球選手(外野手、捕手、内野手)。右投左打。福岡ソフトバンクホークス所属。 2021年開催の東京五輪・野球競技 金メダリスト。 千葉県の軟式野球クラブの泉谷メッツで野球を始めた。千葉市立泉谷小学校6年時に千葉ロッテマリーンズジュニアに選出されると、第1回NPB12球団ジュニアトーナメントで髙山俊、船越涼太らと共に準優勝を経験した。 中学野球界の強豪である修徳中学校に進学し、軟式野球部に入部。2年時には「1番・遊撃手」として第29回全国中学校軟式野球大会へ出場(初戦敗退)するとともに、捕手としてマスクを被った。
森 和樹(もり かずき、1993年6月23日 - )は、千葉… 森 和樹(もり かずき、1993年6月23日 - )は、千葉県野田市出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。プロでは育成選手であった。 野田市立二川小学校2年時から、「関宿メッツ」に所属し軟式野球を始める。野田市立二川中学校時代は、軟式野球部に所属し、遊撃手と一塁手兼控え投手としてプレー。 市立柏高に進学すると、投手として頭角を現し、2年秋からエースとなる。3年夏は、千葉県予選4回戦で一宮商業高にリリーフで登板するも4-6で敗れる。甲子園出場経験は無し。チームメイトに宇佐見真吾と船越涼太がいた。 2011年10月27日、プロ野球ドラフト会議で読売ジャイアンツから育成1位指名を受け、年俸240万円、支度金200万円(推定)で入団した。
宇佐見 真吾(うさみ しんご、1993年6月4日 - )は、… 宇佐見 真吾(うさみ しんご、1993年6月4日 - )は、千葉県松戸市出身のプロ野球選手(捕手、内野手)。右投左打。中日ドラゴンズ所属。 幸谷小学校在籍時に二ツ木ソフトボールクラブ(現:二ツ木・幸谷ツインズ)でソフトボールを始め、他にもサッカーや少林寺拳法も小学生時代に経験。小金南中学校では軟式野球部に所属した。 柏市立柏高等学校では2年夏にベスト8。2年秋から正捕手になり、森和樹とバッテリーを組む。3年夏は5番打者として出場するも、4回戦敗退。甲子園に出場することはなかった。その他のチームメイトに船越涼太がいた。 城西国際大学に進学し、1年春からリーグ戦に出場。1年秋と2年春にベストナインを受賞。
新井 勝也(あらい かつや、1993年5月6日 - )は、千… 新井 勝也(あらい かつや、1993年5月6日 - )は、千葉県船橋市出身の日本のプロ野球選手(内野手)。 小学1年生のときから少年野球チームで野球を始める。6年生時にはキャプテンを務め、千葉県大会で準優勝。当時のポジションは遊撃手。中学時代は硬式野球の船橋シニアでプレー。 高校は野球の推薦で千葉県立千葉商業高等学校に進学。クリーンナップを任され、この頃から二塁を守るようになる。3年間で甲子園大会には出場できず、最高は県大会ベスト16。 大学も野球の推薦で千葉県大学野球連盟の清和大学法学部に進学。大学では、遊撃、二塁のほか、三塁も守った。大学卒業後には独立リーグを経由してのNPB入りを目指したが、4年生の春に右肩を脱臼。
髙山 俊(たかやま しゅん、1993年4月18日 - )は、… 髙山 俊(たかやま しゅん、1993年4月18日 - )は、千葉県船橋市出身のプロ野球選手(外野手)。右投左打。オイシックス新潟アルビレックス・ベースボール・クラブ所属。東京六大学野球通算最多安打(131安打)のリーグ記録保持者。 長野県で出生した後に、船橋市出身で大手証券会社に勤務する実父の転勤に伴って、和歌山県・東京都など複数の都県に居住。小学1年生の時に、実父が船橋市内に自宅を新築したため、和歌山県から同市へ転入した。 船橋市立飯山満小学校1年生の時に、実父とのキャッチボールを地元の少年野球チーム「ホワイトビーストロング」のコーチが見たことをきっかけに、同チームにスカウト。「ホワイトビーストロング」で本格的に野球を始めると、6年生の時に、遊撃手・投手・捕手をこなしながら全国学童大会に出場した。
髙山 俊(たかやま しゅん、1993年4月18日 - )は、… 髙山 俊(たかやま しゅん、1993年4月18日 - )は、阪神タイガースに所属する千葉県船橋市出身のプロ野球選手(外野手)。右投左打。
重信 慎之介(しげのぶ しんのすけ、1993年4月17日 -… 重信 慎之介(しげのぶ しんのすけ、1993年4月17日 - )は、千葉県佐倉市出身の読売ジャイアンツに所属するプロ野球選手(外野手)。
山下 幸輝(やました こうき、1993年1月31日 - )は… 山下 幸輝(やました こうき、1993年1月31日 - )は、千葉県君津市出身の元プロ野球選手(内野手)・コーチ。右投左打。 小学生時代に野球を始め、中学校在学中にシニアリーグでプレー。シニアリーグ時代のチームメイトには眞下貴之がいた。 関東第一高等学校進学後は1年秋から1番セカンドでレギュラーに定着。3年時の夏に東東京大会で準決勝で板山祐太郎ら擁する成立学園高校、決勝で三ツ俣大樹擁する修徳高校に勝利し、第92回全国高等学校野球選手権大会へ出場。初戦の佐野日大高校戦では4打数3安打、2回戦の遊学館高校には1本塁打含む5打数2安打2打点、重信慎之介ら擁する早稲田実業高校との試合でも2試合連続本塁打を放ち、ベスト8進出に大きく貢献した。
小林 慶祐(こばやし けいすけ、1992年11月2日 - )… 小林 慶祐(こばやし けいすけ、1992年11月2日 - )は、ベルギー・ブリュッセル市出生、千葉県佐倉市出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。オイシックス新潟アルビレックス・ベースボール・クラブ所属。 両親は日本出身だが、実父が勤務先の仕事で赴任していたベルギーのブリュッセル市で出生。同国では出生から2年間育ったに過ぎず、当時の記憶は皆無という。 帰国後に佐倉市立青菅小学校で軟式野球を始めると、八千代松陰高校で硬式野球部に所属。同部では控え投手で、公式戦には3年夏の全国高等学校野球選手権千葉大会に救援で1試合に登板しただけであった。対外試合への登板機会が限られていたことへの悔しさから、3年時の秋に東京情報大学硬式野球部のセレクションへ参加。
福田 将儀(ふくだ まさよし、1992年4月17日 - )は… 福田 将儀(ふくだ まさよし、1992年4月17日 - )は、千葉県山武郡松尾町(現・山武市)出身の元プロ野球選手(外野手)。右投右打。 小学校2年生の時に「松尾キングスターズ」で野球を始め、当時は投手と遊撃手。松尾中学校時代は「九十九シニア」で投手としてプレーした。習志野高校では1年生で主に中堅手のレギュラーになった。2年生時の春の選抜大会の1回戦で「7番・中堅手」、2回戦では「4番・中堅手」で先発出場し、計8打数3安打1本塁打1打点、打率.375の成績だった(チームは2回戦敗退)。3年生時の夏の甲子園・千葉大会では準決勝で成田高校に3-4で敗れた。野球部の同期には山下斐紹がいる。 中央大学では1年生時の春に中堅手のレギュラーを獲得し、2年生時の秋季リーグで東都大学野球リーグのベストナイン(外野手)を獲得した。
木南 了(きなみ りょう、1992年4月10日 - )は、東… 木南 了(きなみ りょう、1992年4月10日 - )は、東京都出身の元社会人野球選手(捕手)。右投右打。日本通運硬式野球部に所属していた。 中野区立江古田小学校時代に軟式野球を始め、中野区立北中野中学校では東京和泉シニアに所属。 千葉経済大学附属高校時代、正捕手としてチームを引っ張り、3年夏に2年ぶりの県ベスト8進出を達成した。 帝京大学時代は、1年時からリーグ戦に出場。2年春から正捕手、4年春からキャプテンを務め、2年秋、4年春の2度十傑入りの実績を残した。また、大学4年時リーグ選抜に選ばれオーストラリア遠征にも参加している。 大学卒業後は、日本通運に入社。1年目から公式戦に出場し、同年夏の都市対抗を予選1打席の出場で終え、秋の日本選手権で2大大会デビューを果たした。
大木 貴将(おおき たかまさ、1991年11月22日 - )… 大木 貴将(おおき たかまさ、1991年11月22日 - )は、千葉県君津市出身の元プロ野球選手(内野手)。右投左打。 拓殖大学紅陵高等学校では3年生の夏の第91回選手権大会・千葉大会での準優勝が最高成績で、全国大会出場経験はない。1歳下の後輩に加藤貴之がいる。 高校卒業後は日本大学に進学し、硬式野球部に入部したが、2年時に当時の監督と折り合わなかったことを理由に退部し大学も中退した。 1年のブランクを経て、2012年12月9日に行われた四国アイランドリーグplusの2013年度ドラフト会議により香川オリーブガイナーズに入団した。 2013年には32試合に出場し、打率.200、2打点だった。。 2014年は主に外野手として公式戦に出場し、シーズン終盤は1番・中堅手に定着した。
小川 龍也(おがわ りゅうや、1991年9月3日 - )は、… 小川 龍也(おがわ りゅうや、1991年9月3日 - )は、中日ドラゴンズに所属するプロ野球選手(投手)。
吉田 裕太(よしだ ゆうた、1991年7月21日 - )は、… 吉田 裕太(よしだ ゆうた、1991年7月21日 - )は、千葉県流山市出身の元プロ野球選手(捕手)。右投右打。 野球を始めたのは小学3年生から。小学2年までは地元のサッカークラブに所属していたが、同学年の子どもたちより体格に恵まれていたという理由でやらされていたゴールキーパーというポジションに不満を持ち、3年生に進級したタイミングで地元にあるボーイズリーグの強豪「流山クラブ」へ入ることに。流山クラブでは全国制覇を経験。千葉県に在住していたことから、初めてのプロ野球観戦は千葉マリンスタジアムでの千葉ロッテマリーンズ対西武ライオンズ戦だった。その後、東深井中学時代は柏リトルシニアでプレー。当時一番の思い出は「練習」だという。
高梨 裕稔(たかなし ひろとし、1991年6月5日 - )は… 高梨 裕稔(たかなし ひろとし、1991年6月5日 - )は、千葉県茂原市出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。東京ヤクルトスワローズ所属。 野球を始めたのは小学2年生の時。内野手だった中学生時代には、公式戦で安打を1本しか放てなかった影響で、下級生にレギュラーの座を奪われかけた時期があった。 千葉県立土気高等学校への進学直後には、友人からの誘いでサッカーへの挑戦を考えたものの、結局野球部へ入部。1年時の夏までは三塁手だったが、監督の勧めで、1年時の秋から投手へ転向した。投手転向の直後は122km/hだったストレートの最高球速が、3年時には142km/hを計測。甲子園出場はできなかったが、3年夏に自身の投球を見た高橋一三からの誘いで、当時高橋が硬式野球部の監督を務めていた山梨学院大学へ進学した。
有吉 優樹(ありよし ゆうき、1991年3月12日 - )は… 有吉 優樹(ありよし ゆうき、1991年3月12日 - )は、千葉県山武郡大網白里町(現:大網白里市)出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。 大網東小学校、大網中学校を卒業後、東金高等学校へ進学。高校時代は投手兼遊撃手としてプレーしていた。3年夏は3回戦でその年の準優勝校である東海大望洋に敗れた。東京情報大学へ進むと2年秋からリーグ戦に出場。3年春には大学選手権2回戦に先発して無失点の好投もチームは延長タイブレークで敗れる。4年秋にはリーグ最多勝、奪三振王を獲得、関東地区大学野球選手権大会では初戦で先発し、高梨裕稔(山梨学院大)と投げ合って敗れた。 卒業後は九州三菱自動車に入社。営業回りをする傍ら、野球部の練習に打ち込む毎日だった。
杉山 翔大(すぎやま しょうた、1991年2月10日 - )… 杉山 翔大(すぎやま しょうた、1991年2月10日 - )は、千葉県旭市出身の元プロ野球選手(捕手)。右投右打。 千葉県旭市立中央小学校3年時に、強豪少年野球チームとして地元では知られた「旭中央サンチャイルド」に入り、内野手として野球を始める。 旭市立第二中学校では軟式野球部に所属し、2年時に三塁手として関東大会出場。3年時は投手兼遊撃手で副将。 東総工業高等学校に進学し、捕手に転向。1年時の夏からレギュラーとなり、2年時の秋から主将を務め県ベスト4に導く。この時、打率.762の好成績を残している。3年時の夏は、東千葉大会ベスト8で成田国際高に1-2で敗れた。甲子園出場経験はなし。 高校卒業後は、早稲田大学進学、野球部に入部する。
齋藤 圭祐(さいとう けいすけ、1990年9月24日 - )… 齋藤 圭祐(さいとう けいすけ、1990年9月24日 - )は、千葉県夷隅郡大原町(現:いすみ市)出身の元プロ野球選手(投手)。 いすみ市立浪花小学校2年の時から地元の子供会でソフトボールを始め、小学5年の時に地元のソフトボールクラブ・大原マリーンズに入団。大原中では軟式野球部に入部し、3年時に千葉県ベスト8入り。 千葉経大附高に進学後は、2年春に一塁手兼投手として第79回選抜高等学校野球大会に出場。エースとなった3年時は春夏連続で甲子園に出場し、春の第80回選抜高等学校野球大会ではベスト4進出、夏の第90回全国高等学校野球選手権記念大会では浦添商業高に9-12で2回戦敗退。甲子園後は高校日本選抜の一員としてブラジル遠征に参加した。
井領 雅貴(いりょう まさたか、1989年11月4日 - )… 井領 雅貴(いりょう まさたか、1989年11月4日 - )は、千葉県四街道市出身のプロ野球選手(外野手)。右投左打。現在は中日ドラゴンズに所属。
岩嵜 翔(いわさき しょう、1989年10月21日 - )は… 岩嵜 翔(いわさき しょう、1989年10月21日 - )は、千葉県船橋市出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。オリックス・バファローズ所属。 「嵜」の字は「崎」の異体字であるため、常用漢字体で統一している報道機関では「岩崎」とも表記される。 船橋市立高根小学校2年のとき「ホワイトビーストロング」で投手兼遊撃手として野球を始める。5年生で「宮本ビーバース」に、そして6年生で「海神スパローズ」に所属した。船橋市立高根中学校1年からは投手に専念。 船橋市立船橋高等学校では1年秋からベンチ入り。2年の夏は千葉大会準々決勝で千葉市立稲毛高等学校と対戦。2番手で登板も途中で降板し、チームも延長サヨナラ負け。
唐川 侑己(からかわ ゆうき、1989年7月5日 - )は、… 唐川 侑己(からかわ ゆうき、1989年7月5日 - )は、千葉県成田市出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。千葉ロッテマリーンズ所属。 父親の方針で小学校入学当時は空手(緑帯)を始め、成田市立成田小学校3年から成少フォックスに入団し野球を始める。以来一貫して投手を務めている。小学校6年で千葉県大会ベスト8。成田小学校の2学年上に、女子マラソン選手の田中智美がいた。 中学では熱心な誘いを受けていた強豪シニアリーグのチームには入らず、成田市立西中学校の軟式野球部に入部。これも身体が出来ていないうちから硬球での野球をさせることに反対していた父親の方針からだった。中学3年時にはKボール成田市選抜のエースとして全国大会準優勝を果たした。
山崎 正貴(やまざき まさたか、1989年5月9日 - )は… 山崎 正貴(やまざき まさたか、1989年5月9日 - )は、千葉県船橋市出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。 市立船橋高校では当初は内野手であり、1年秋には内野手としてベンチ入りしていたが、2年春に地肩の強さを活かして投手へ転向、最速147キロをマークし、岩嵜翔との2枚看板として活躍する。3年夏には背番号10番で第89回全国高等学校野球選手権大会に出場。文星芸大附属高校戦では4番に座り先発のマウンドに上るも、佐藤祥万の前に0-5で初戦敗退。 秋に行われた2007年の高校生ドラフトでオリックス・バファローズから4巡目指名を受け入団。この際、チームメイトの岩嵜は外れ1巡目指名で福岡ソフトバンクホークスに入団している。
丸 佳浩(まる よしひろ、1989年4月11日 - )は、千… 丸 佳浩(まる よしひろ、1989年4月11日 - )は、千葉県勝浦市出身のプロ野球選手(外野手)。右投左打。読売ジャイアンツ所属。 小学3年からソフトボールを始める。勝浦市立勝浦中学校時代は軟式野球で投手と遊撃手を兼任した。子供の頃は巨人ファン(父親が長嶋茂雄のファンでもあった)であり、東京ドームで見た川相昌弘の本塁打が印象に残ったという。 高校は千葉経済大学附属高等学校に進学。2年時の2006年夏に千葉大会を優勝。第88回夏の甲子園では、1回戦で八重山商工(沖縄)と対戦し、「3番・右翼手」で出場。延長戦で敗れたが、相手エースの大嶺祐太から安打を記録している。 その後は肩と精神面の強さを買われて投手に転向し、エースとしてチームを牽引。
松田 光(まつだ ひかる、1986年12月17日 - )は、… 松田 光(まつだ ひかる、1986年12月17日 - )は、千葉県四街道市出身の男子ソフトボール選手(投手)。二刀流選手。背番号20。右投右打。男子ソフトボール日本代表。 第16回世界男子ソフトボール選手権銀メダリスト。京都産業大学出身。現役時代は平林金属所属(主将)。 近所に住む従兄弟の影響で1年生からソフトボールを始めた。チームの桜ヶ丘ファイターズでは後にルネサスエレクトロニクス高崎でプレーする大久保美紗がいた。5年生の時に関東大会に出場した。しかし、セカンドを守っていた松田は小フライを落球し、チームは敗れた。助っ人で全国大会に出場したが、チームは敗れている。 中学校では男子部にソフトボール部がなく、軟式野球部に入部する。
吉岡 興志(よしおか こうじ、1986年10月17日 - )… 吉岡 興志(よしおか こうじ、1986年10月17日 - )は、千葉県佐倉市出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。プロでは育成選手であった。 小学校2年生の時に野球を始める。当時は外野手だったが、4年生の時に投手に転向する。 千葉日大第一高から関甲新学生野球連盟の常磐大学に進み、1年時からベンチ入り。 4年時の2008年にはエースとして、関東地区大学野球選手権大会での準優勝に貢献、明治神宮野球大会ではベスト8に進出した。同年のドラフト会議で阪神タイガースより育成枠2位で指名され、11月18日に仮契約。 2009年は、二軍で10試合に登板し1勝を挙げたが、防御率6.30と振るわなかった。翌2010年も二軍で7試合の登板で防御率4.15であった。
井上 雄介(いのうえ ゆうすけ、1986年9月5日 - )は… 井上 雄介(いのうえ ゆうすけ、1986年9月5日 - )は、千葉県茂原市出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。 千葉経大附属高校では、シニア時代からのチームメイトである松本啓二朗と左右の投手の二枚看板を形成し、打線の中軸を担った。3年夏に甲子園に出場。3回戦ではダルビッシュ有を擁する東北高校を下し、その後ベスト4まで勝ち上がった。 進学した青山学院大学では野手転向を考えていたが、大学側は投手として評価しており、転向せず投手として活躍した。同期に高島毅、久古健太郎がいる。文学部史学科に在籍し、卒業論文のテーマは「承久の乱」だった。東都大学リーグ通算39試合登板、8勝11敗、防御率2.61、159奪三振。
松本 啓二朗(まつもと けいじろう、1986年6月24日 -… 松本 啓二朗(まつもと けいじろう、1986年6月24日 - )は、千葉県大網白里市出身の元プロ野球選手、元社会人野球選手(外野手)。 小学4年時からリトルリーグの大宮ライオンズに所属すると、後に全国大会へ出場。中学1年時に所属した大宮シニアでも全国大会に出場した。 千葉経大付高校への進学後は当時監督だった実父・吉啓の下で、3年時は井上雄介との二枚看板、打者としても4番打者として活躍。夏の千葉大会を同校初の優勝に導き、第86回全国選手権に出場。3回戦ではダルビッシュ有擁する東北高校に延長戦で勝ち、その後ベスト4まで進出した。 早稲田大学への進学後に、当時の監督・應武篤良の勧めで外野手に転向すると、1年時の東京六大学野球秋季リーグ戦から正右翼手に定着した。