金原亭 馬吉(きんげんてい うまきち、1995年8月7日 -… 金原亭 馬吉(きんげんてい うまきち、1995年8月7日 - )は、落語家。落語協会所属の二ツ目。本名∶石原 盛夏。端唄の名取は根岸 禮駒(ねぎし れいこま)。諸芸懇話会会員。 千葉県成田市出身。市川中学校・高等学校卒業、明治大学文学部演劇学専攻を経て、2020年に、同大の大学院文学研究科演劇学専攻修了。明治大学落語研究会に所属し、落語とともに三味線漫談も演じていた。当時の芸名は初代駿河亭悠語楼。 中学・高校時代に寄席通いをする中で邦楽の魅力を知り、三味線を習い始める。大学入学後の2014年9月に端唄根岸流に入門。また、早稲田大学長唄研究会にも所属していたほか、清元節も経験している。
桂 竹千代(かつら たけちよ、1987年3月17日 - )は… 桂 竹千代(かつら たけちよ、1987年3月17日 - )は、落語芸術協会所属の落語家。出囃子は『猩々』。 千葉県立匝瑳高等学校を経て、明治大学文学部史学地理学科卒業。同大学院文学研究科古代日本文学専攻修士課程修了。大学時代は落語研究会に所属。同じく大学在学中の2006年にワタナベコメディスクールに入学(4期生)。漫才コンビ・ゴーギャン職人やピン芸人・ヨコタカとして活動(当時はニュースタッフエージェンシー所属)するが、2010年に活動を一時休止。 2011年7月、歴史もの新作落語を得意とする桂竹丸に入門。同年10月より前座(竹のこ)。2015年9月、二つ目昇進、竹千代と改名。 同じ落語芸術協会に所属する10人(他のメンバーは、春風亭鯉づむ、春風亭昇吾、昔昔亭喜太郎、瀧川鯉白、三遊亭遊子、桂鷹治、古今亭今いち、立川幸之進、笑福亭希光)で「芸協カデンツァ」というユニットを組んでいる。
柳家 花飛(やなぎや かっとび、1985年1月31日 - )… 柳家 花飛(やなぎや かっとび、1985年1月31日 - )は、千葉県松戸市出身の落語家。出囃子は、きりぎりす。落語協会所属の真打。 2009年12月、柳家花緑に入門し、翌年7月に前座になる。前座名は「フラワー」。 2014年11月1日、柳家緑太、三遊亭天歌と共に二ツ目昇進。「花飛」と改名。 2025年3月21日、柳家緑太、林家けい木改め林家木久彦、柳亭市童改め四代目松柳亭鶴枝、柳家吉緑と共に真打昇進。
柳家 吉緑(やなぎや きちろく、1984年12月19日 - … 柳家 吉緑(やなぎや きちろく、1984年12月19日 - )は、落語協会所属、柳家花緑門下の落語家。本名∶櫻井 俊輔。 2010年6月、柳家花緑に入門。前座名は「花どん」で8月に初高座。演目は道灌。2011年2月より柳家さん坊、林家なな子と共に寄席に楽屋入り。 2015年5月21日より林家けい木、柳亭市童、柳家やなぎ、林家なな子と共に落語協会二ツ目に昇進。花どん改メ「吉緑」に改名。2017年10月1日より新潟県魚沼市特使に就任する。 2025年3月21日、柳家緑太、柳家花飛、林家けい木改め林家木久彦、柳亭市童改め四代目松柳亭鶴枝と共に真打昇進。 楽屋入り三日目にしてハヤリ目にかかり休席。タテ前座に迷惑をかける。
春風亭 昇々(しゅんぷうてい しょうしょう、本名:柴田 裕太… 春風亭 昇々(しゅんぷうてい しょうしょう、本名:柴田 裕太(しばた ゆうた)、1984年11月26日 - )は、日本の落語家。公益社団法人落語芸術協会所属[1]。出囃子は、だんじり。
七代目 古今亭 志ん橋(ここんてい しんきょう、1984年1… 七代目 古今亭 志ん橋(ここんてい しんきょう、1984年10月2日 - )は、落語協会に所属する落語家。本名∶深山 景介。 千葉県柏市出身。千葉県立我孫子高等学校を経て、法政大学文学部哲学科卒業。落語家になる前は日比谷図書館で司書を目指して働いていた。 2009年4月に六代目古今亭志ん橋に入門、11月に前座となる。前座名は「きょう介」を名乗る。 2014年6月11日に柳家花ごめ、春風亭朝之助、古今亭始と共に二ツ目昇進し、「志ん松」と改名。 2024年9月下席より、柳家花ごめ、春風亭朝之助改メ春風亭梅朝、古今亭始改メ古今亭伝輔と共に真打に昇進することが、2023年10月1日に発表された。その直後の同年10月8日、師匠の志ん橋が死去した。
桂 伸衛門(かつら しんえもん、1983年2月10日 - )… 桂 伸衛門(かつら しんえもん、1983年2月10日 - )は、落語家。本名∶宮尾 卓。落語芸術協会所属の真打。ユニット「成金」メンバー。出囃子は『玉桂』。 千葉県習志野市出身。千葉県立検見川高等学校、國學院大學文学部中退。國學院大學落語研究会出身。 2006年9月に春雨や雷蔵に入門、前座名は「雷太」。 2010年8月、瀧川鯉八と共に二ツ目に昇進。2014年、第13回さがみはら若手落語家選手権本選会出場。また、高円寺エトアール寄席二ツ目芸人グランプリで優勝する。2016年3月、桂伸治門下に移籍し「桂 伸三」となる。本人によれば、移籍は「破門」ではなく雷蔵の意向によるもの。2018年、第17回さがみはら若手落語家選手権優勝。
桂 小右治(かつら こうじ、1982年7月3日 - )は、落… 桂 小右治(かつら こうじ、1982年7月3日 - )は、落語芸術協会、三代目桂小文治門下の落語家。本名∶田中 晃二。 1982年、千葉県千葉市に生まれる。千葉県立磯辺高等学校を経て、日本大学生物資源科学部卒業。 2016年6月、三代目桂小文治に入門。「こう治」を名乗る。10月に楽屋入りし前座修行が始まる。 2020年9月、二ツ目昇進。「小右治」と改名。
春風亭 昇也(しゅんぷうてい しょうや、1982年6月18日… 春風亭 昇也(しゅんぷうてい しょうや、1982年6月18日 - )は、落語芸術協会所属の落語家。出囃子は東京節(パイのパイのパイ)。 本名及び漫才師時代の旧芸名∶松本 和也。 千葉県野田市出身。東京アナウンス学院卒業。
三代目 雷門 小助六(かみなりもん こすけろく、1982年1… 三代目 雷門 小助六(かみなりもん こすけろく、1982年1月19日 - )は、千葉県松戸市出身の落語家、落語芸術協会所属。本名∶山口 敦。出囃子は『並木駒形』、紋は『杏葉牡丹』。 松戸市立松戸高等学校在学中の1999年9月、九代目雷門助六に入門し、師匠の前座名でもある雷門花助を名乗る。翌年4月より落語芸術協会の前座になる。 2004年4月、二ツ目昇進。 2013年5月1日、三代目三笑亭世楽、春風亭笑好と共に真打昇進し、三代目雷門小助六を襲名。 松戸生まれの松戸育ち、松戸在住。余芸は『寄席の踊り』。 好きな動物は猫と熱帯魚。好きな食べ物はチョコレート、羊羹のはじっこ、ふ菓子などの甘いもの。好きな飲み物はポカリスエットと日本酒。
春風亭 吉好(しゅんぷうてい よしこう、1980年12月12… 春風亭 吉好(しゅんぷうてい よしこう、1980年12月12日 - )は、千葉県流山市出身の落語家。本名は吉見 元気。落語芸術協会所属の真打。 千葉大学中退。大学在学中は落語研究会に所属。 2009年6月、五代目春風亭柳好に入門。同年8月、楽屋入り。同年9月、新宿末広亭において初高座、演目は「たらちね」。2013年8月、中席より二ツ目に昇進。 2023年5月1日より桂翔丸、柳亭明楽と共に真打に昇進。 2024年11月、富士見ファンタジア文庫文庫よりライトノベル作家としてデビューする事が発表された。 趣味は料理と漫画・アニメ・特撮・ゲームと公言している。前者は料理人を目指していた両親に仕込まれ、後者は業界内で随一のマニアを自負しており、一番思い入れの強い作品に『機動戦艦ナデシコ』を挙げている。
柳家 さん花(やなぎや さんか、1979年8月1日 - )は… 柳家 さん花(やなぎや さんか、1979年8月1日 - )は、落語協会に所属する落語家。本名∶早川 亘。出囃子は『海女』。 1998年に千葉県立国分高等学校を卒業し、2002年に東京農業大学を中退。国分高校の先輩には古今亭菊之丞がいる。 当初は初代三遊亭圓丈に入門を志願するが、圓丈の勧めにより2006年9月に柳家さん喬に入門。翌年の4月1日、前座名「小んぶ」で楽屋入り。 2010年9月1日に二ツ目昇進。 2021年9月下席から古今亭志ん雀、柳家緑也、柳家花いちと共に真打昇進、「さん花」に改名。
春風亭 一之輔(しゅんぷうてい いちのすけ、1978年〈昭和… 春風亭 一之輔(しゅんぷうてい いちのすけ、1978年〈昭和53年〉1月28日 - )は、日本の落語家。落語協会所属。千葉県野田市出身。出囃子は『さつまさ』。紋は『中陰光琳蔦』。血液型A型。日本テレビ系列『笑点』大喜利メンバー。身長171.5 cm。 同じ『笑点』メンバーの桂宮治とは という共通点があり、桂歌丸と三遊亭小圓遊(小圓遊逝去後は六代目三遊亭円楽)のやりとりを彷彿とさせる罵倒合戦を展開することもしばしばある。 『がまの油』『青菜』『文七元結』『時そば』『笠碁』『三軒長屋』『堀の内』『短命』『百年目』『加賀の千代』『茶の湯』『三井の大黒』『かぼちゃ屋』『あくび指南』『睨み返し』『新聞記事』『お見立て』『柳田格之進』『代書屋』『子別れ』『猫の災難』『浮世床』『鼠穴』『文違い』『普段の袴』『藪入り』『心眼』『鈴ヶ森』『千早ふる』『二番煎じ』『寄合酒』『百川』『ねずみ』『徳ちゃん』『五人廻し』『付き馬』『鮑のし』『夢見の八兵衛』『帯久』『初天神』『花見の仇討』『意地くらべ』『代脈』『粗忽の釘』『中村仲蔵』
立川 こしら(たてかわ こしら、1975年(昭和50年)11… 立川 こしら(たてかわ こしら、1975年(昭和50年)11月14日 - )は、落語立川流の落語家。 本名、若林 大輔(わかばやし だいすけ)。立川志らく門下総領弟子、真打。一般社団法人うみ落語協会代表理事。 無印は落語家、※は落語作家、〇は記録カメラマン。
立川 志ら玉(たてかわ しらたま、1975年7月9日 - )… 立川 志ら玉(たてかわ しらたま、1975年7月9日 - )は、落語家。落語立川流所属の真打。出囃子は「深川くずし」。本名:村上 大介。 1975年7月9日生まれ。鎌ケ谷市立東部小学校、鎌ケ谷市立第二中学校、千葉県立薬園台高等学校を経て、茨城大学人文学部を卒業した。大学では落語研究会に所属。 2000年2月、快楽亭ブラックに入門し、前座名は「ブラ汁」。2005年8月、快楽亭ブラックの落語立川流からの除名に伴い、立川志らく門下に移り、「立川らくB」に改名。 2007年7月に立川キウイ、立川談大、泉水亭錦魚、立川平林、立川吉幸、立川談奈、立川志らべ、立川らく次と共に二ツ目に昇進し「らく里」と改める。
二代目 月の家 小圓鏡(つきのや こえんきょう、1973年9… 二代目 月の家 小圓鏡(つきのや こえんきょう、1973年9月19日 - )は千葉県出身の落語家。本名∶川上 政志。落語協会所属。出囃子は「DO ME」(ヒゲのテーマで有名)。身長:175cm、体重:75kg。血液型:O。 1973年9月19日、千葉県松戸市に生まれる。松戸市立常盤平中学校を経て東京学館浦安高等学校に入学。卒業後は芸能界に進み、舞台・CM・Vシネマ等に出演。 2001年6月に六代目月の家圓鏡に入門。「月の家かがみ」として前座に就く。初高座は2001年9月1日深川江戸資料館。演目は「狸札」。 2004年11月に春風亭一之輔、三遊亭ぬう生、林家彦丸と共に二ツ目昇進、「鏡太」を名乗る。
立川 吉幸(たてかわ きっこう、1973年8月31日 - )… 立川 吉幸(たてかわ きっこう、1973年8月31日 - )は、落語芸術協会所属の落語家。本名∶渡邉 正美。千葉県勝浦市出身、東京都足立区在住。 1997年10月、二代目快楽亭ブラックに入門。前座名「ブラ房」。11月1日に初高座。 2005年8月、ブラックの立川流自主退会に伴い立川談幸門下となる。「吉幸」と改名。 2007年7月1日に立川キウイ、立川談大、泉水亭錦魚、立川平林、立川談奈、立川らく里、立川志らべ、立川らく次と共に立川流二ツ目昇進。11月16日に東京・ムーブ町屋ホールで二ツ目昇進披露を行う。 2014年末、師匠立川談幸、弟弟子立川幸之進と共に落語立川流を退会し、2015年4月、落語芸術協会に入会。
三遊亭 遊かり(さんゆうてい ゆうかり、1973年8月5日 … 三遊亭 遊かり(さんゆうてい ゆうかり、1973年8月5日 - )は、落語芸術協会に所属する女性落語家。 玉川大学文学部芸術学科演劇専攻中退後、社会人として様々な職場で働く。日本酒バー、日本酒の問屋で足掛け10年勤務した後、2011年に落語に出会う。 2012年6月、三遊亭遊雀に入門。2016年7月下席より、二ツ目に昇進した。 師匠の三遊亭遊雀は元々3代目柳家権太楼の弟子であり、権太楼は5代目柳家つばめの死後に大師匠にあたる5代目柳家小さんの直弟子(預かり弟子)となったため、系譜を当初の入門者毎に遡った場合、遊雀の弟子である遊かりが5代目柳家小さん初の玄孫弟子となる。(5代目柳家小さん - 5代目柳家つばめ - 3代目柳家権太楼 - 三遊亭遊雀(元・柳家三太楼) - 三遊亭遊かり)となる。
柳家 三之助(やなぎや さんのすけ、1973年5月1日 - … 柳家 三之助(やなぎや さんのすけ、1973年5月1日 - )は、落語協会所属の落語家。十代目柳家小三治の9番目の弟子。千葉県銚子市出身。本名∶溝口 博之。出囃子は『都鳥』。紋は『変わり羽団扇』又は『五瓜に雲上機』(オリジナル)。 1973年5月、東京都に生まれ千葉県銚子市で育つ。1986年3月、銚子市立清水小学校卒業。1989年3月、波崎町立波崎第四中学校卒業。1992年3月、銚子市立銚子高等学校卒業。一貫して帰宅部・文化部畑を歩む。小学校では器楽部、中学校では吹奏楽部、高校時代には吹奏楽部を掛け持ちしながら演劇部に所属し、長く休眠状態だった同部を二年連続県大会出場へと導いたが、県大会にてそのレベルの違いに愕然とした。
十一代目 柳亭 芝樂(りゅうてい しばらく、1973年4月7… 十一代目 柳亭 芝樂(りゅうてい しばらく、1973年4月7日 - )は、日本の落語家。千葉県木更津市出身。本名∶田仲 利和。出囃子は『たこおどり』。落語芸術協会所属。 千葉県立市原高等学校卒業。噺家になる前はクラウン(道化師)やバルーンアートをやっていた。 1998年4月、五代目春風亭柳昇に入門し「昇七」を名乗る。 2002年6月に瀧川鯉橋と共に二ツ目に昇進、昔昔亭桃太郎の前名「三代目春風亭笑橋」を襲名。2003年6月に柳昇が死去し兄弟子の昔昔亭桃太郎門下に移籍。「昔昔亭笑橋」と亭号を改名。2005年8月に「昔昔亭笑海」と改名。 2012年5月に四代目春風亭愛橋、瀧川鯉橋、笑福亭里光、春風亭柳城と共に真打昇進。
立川談修(たてかわ だんしゅう、1973年1月20日 - )… 立川談修(たてかわ だんしゅう、1973年1月20日 - )は、千葉県船橋市出身の落語家である。落語立川流所属。本名∶占部 直昭。 家元立川談志が真打昇進を認める制度であった談志生前の立川流において家元談志がその昇進を認めた最後の真打である。 専修大学松戸高校、専修大学時代は落語研究会に所属していた。大学時代の芸名は前座〜二つ目 松風亭タコ三郎、真打〜初代 松風亭麗枝。立川志らくの弟子の立川志ららの2年先輩にあたる。 大学卒業後の1995年3月、七代目立川談志に弟子入り。出身大学から一文字とり「談修」となる。過去に談志一門には「談秋」という弟子が居たが、別人であり、「談修」としては初代である。2002年5月、談志より「二ツ目への昇進意欲が感じられない」として他の前座(キウイ、志加吾、談号、談大、談吉)とまとめて破門される。
三代目 桂 文雀(かつら ぶんじゃく、1972年12月11日… 三代目 桂 文雀(かつら ぶんじゃく、1972年12月11日 - )は、落語協会所属の落語家。千葉県四街道市出身。本名∶斎藤 匡彦。出囃子は『早木魚』。 横浜市生まれ、千葉県四街道市育ち。千葉県立佐倉高等学校、1996年3月駒澤大学法学部政治学科卒業。大学時代に落語研究会所属、芸名は「努三亭松司」。落研の先輩に桂竹丸・三遊亭遊馬がいる。第2回SOMIDO杯大学生落語選手権優勝。 1996年5月、 春風亭小朝に入門、前座名「あーちゃん」。1999年11月、柳家三之助、三遊亭窓輝と共に二ツ目昇進し「あ太郎」と改名。2000年12月、桂文生門下となり「桂笑生」と改名した。その際に約1年間半の前座再修業を課されており、2002年5月に二ツ目に復帰した。
古今亭 菊之丞(ここんてい きくのじょう、1972年10月7… 古今亭 菊之丞(ここんてい きくのじょう、1972年10月7日 - )は、東京都渋谷区出身の落語家。落語協会在籍。本名∶小川 亮太郎。出囃子は『元禄花見踊(追い回し)』、紋は『裏梅』。2022年7月までは三木プロダクションに所属していたが、同年10月よりラルテに所属。 1991年3月に千葉県立国分高等学校を卒業。国分高校の後輩には柳家さん花がいる。5月に二代目古今亭圓菊に入門。7月に前座となり楽屋入り。前座名は菊之丞。 1994年11月、二ツ目に昇進。 2003年8月、真打昇進披露興行を前に、新宿末廣亭から花園神社までお練りを挙行。落語界では初のお練りとなる。同年9月 鈴本演芸場下席(21日 - 30日)より、単独で真打昇進。
六代目 柳亭 左龍(りゅうてい さりゅう、 1970年2月1… 六代目 柳亭 左龍(りゅうてい さりゅう、 1970年2月15日 - )は、落語家。千葉県柏市出身。落語協会所属。本名:中村 進。出囃子は「俄獅子」。 1993年3月、柳家さん喬に入門し、5月に前座名「小太郎」として楽屋入り。1996年5月、二ツ目昇進。 2006年3月、柳家獅堂、林家久蔵、柳家三三、三代目柳家甚語楼とともに真打昇進。六代目「柳亭左龍」を襲名。 2009年に第14回林家彦六賞を、2010年 花形演芸大賞銀賞、2011年花形演芸大賞金賞、2012年花形演芸大賞金賞をそれぞれ受賞している。 東京女子大学非常勤講師(日本の古典芸能)を勤めている。同期である柳家三三との勉強会を年四回行っている。
川柳 つくし(かわやなぎ つくし、1968年9月7日 - )… 川柳 つくし(かわやなぎ つくし、1968年9月7日 - )は 千葉県市川市出身の落語協会所属の女流落語家。本名∶熊井 佳奈子。出囃子はビートルズの「イエロー・サブマリン」。 早稲田大学教育学部国語国文学科近世文学専修卒業。興津要のゼミに所属し、毎回寄席へ連れて行かれる。卒業後は出版社で主に辞書の編集の業務に就いていた。その後、寄席通いを始め、通い続けるうちに自分も落語をやりたいと思うようになる。 1997年3月、川柳川柳に入門。前座名「つくし」で5月に楽屋入りし、15日には上野鈴本演芸場で初高座を踏む。演目は「八九升」。 2000年11月、金原亭小駒、林家謙信平と共に二ツ目昇進。 2013年9月、金原亭龍馬、三遊亭天どん、四代目三遊亭金朝、柳家喬志郎と共に真打昇進。
三遊亭 楽麻呂(さんゆうてい らくまろ、1963年11月21… 三遊亭 楽麻呂(さんゆうてい らくまろ、1963年11月21日 - )は、日本の落語家。千葉県船橋市出身。五代目円楽一門会(事務局長)、太田プロダクション所属。出囃子は「推量節」または「春はうれしや」。 私立市川高等学校卒業後1982年3月、五代目三遊亭圓楽に入門。前座名は「青楽」。 1985年3月、二ツ目昇進し「三遊亭エンゼル」に改名。1986年、三遊亭楽麻呂に改名。 1991年3月、三遊亭圓左衛門と共に真打に昇進した。
古今亭 菊輔(ここんてい きくすけ、1960年11月2日 -… 古今亭 菊輔(ここんてい きくすけ、1960年11月2日 - )は、落語協会に所属する落語家。本名∶篠崎 英範。出囃子は『だんじり』。 1979年、千葉県立成東高等学校卒業後、二代目古今亭圓菊に入門。前座名は古今亭菊坊。 1983年に二ツ目昇進、古今亭菊正と改名。 1995年に柳家小三太、三遊亭圓王、橘家富蔵、三遊亭吉窓、初音家左橋、天乃家白馬、柳家一九、林家うん平、桂扇生と共に真打昇進、菊輔に改名。千葉市出身の初の真打となった。 2013年より脳幹出血のため活動休止、左半身まひとなる。2025年12月に開催の円菊一門会のチラシの「ご挨拶」に、倒れて以来の経緯と高座復帰を願う思いが菊輔本人の文章として掲載された。
三遊亭 佑行(さんゆうてい ゆうこう 、1958年10月21… 三遊亭 佑行(さんゆうてい ゆうこう 、1958年10月21日 - )は、五代目円楽一門会所属の落語家を経て現在はフリー。千葉県我孫子市出身。本名∶山﨑 博司。出囃子∶「さいこどんどん」、定紋∶三ツ組橘。 2024年の時点で円楽一門会のサイトに名前はあったが、一旦、東京かわら版『東都寄席演芸家名鑑2』(2023年発行)ではプロフィール・系図に掲載されなくなり、リニューアルされた円楽一門会のサイトには記載されていない。その後2026年に刊行された『東西寄席演芸家名鑑3』では、フリーの落語家としてプロフィールおよび系図(五代目円楽門下としてフリーの但し書きあり)に再掲載された。同名鑑プロフィールにおいては「全国の公演活動」がメインで落語は「余芸」と記載されている。
三遊亭 とん楽(さんゆうてい とんらく、本名:海老原 守、1… 三遊亭 とん楽(さんゆうてい とんらく、本名:海老原 守、1957年8月20日 - 2024年9月)は、千葉県柏市出身、我孫子市在住の落語家、ミュージカルアクター。円楽一門会所属。出囃子は『檄!帝国華撃団』(著作権者公認)、以前は『三匹の子豚』。円楽一門会の会計責任者。 1976年(昭和51年)3月、千葉県立東葛飾高等学校卒業。フリーターを経験したのち落語家に転進。高校の時に聞いた五代目圓楽の「中村仲蔵」に感動して落語家を志した。 1990年(平成2年)、落語家として芝浦工業大学柏高等学校の総合学習「落語を通じて学ぶ江戸文化」講座特別講師(1993年まで)。 2024年9月末頃、千葉県我孫子市の自宅で死去した。
おきらく亭 はち好(おきらくてい はちこう、本名:中川 功、… おきらく亭 はち好(おきらくてい はちこう、本名:中川 功、1950年1月22日 - 2021年4月7日)は、千葉県・市川市出身の落語家。フリーの落語家として沖縄を中心に活躍した。 生家は豆腐店を営んでいた。 亡くなって一年後の2022年4月9日、那覇市の達磨院で、おきらく亭一門による一周忌一門会が催された。 一門の「おきらく亭すい好(本名:宜野座 一)」は、大阪府池田市で開催されている社会人落語日本一決定戦に第1回から出場、2022年12月に開催された第14回大会で池田市長賞を受賞、沖縄からの出場者として初入賞。2024年の第16回大会では準優勝となった。
四代目 吉原 朝馬(よしわら ちょうば、1949年5月18日… 四代目 吉原 朝馬(よしわら ちょうば、1949年5月18日 - )は、千葉県多古町出身の落語家、俳優。出囃子は『吉原雀』。落語協会、VALQANプロモーション所属。本名:佐藤 武。 千葉県立佐原高等学校卒業後1968年5月、十代目金原亭馬生に入門。翌年1月、前座となる。前座名は「駒八」。 1973年4月に柳家さん枝、林家辰平と共に二ツ目昇進。 1982年12月に初代古今亭志ん五、六代目古今亭志ん橋、七代目三遊亭圓好、春風亭一朝、三代目三遊亭小金馬、柳家せん八、立川談生、立川左談次、六代目立川ぜん馬と共に真打昇進、四代目吉原朝馬を襲名。 2021年、「ストップ・オレオレ詐欺47~家族の絆作戦~」プロジェクトチームの特別防犯支援官に任官。
ヨネスケ(1948年4月15日 - )は、千葉県市原市出身の… ヨネスケ(1948年4月15日 - )は、千葉県市原市出身の落語家、タレント。
七代目 むかし家 今松(むかしや いままつ、1945年10月… 七代目 むかし家 今松(むかしや いままつ、1945年10月30日 - )は、千葉県松戸市出身の落語家。本名:鵜殿 真克。落語協会所属。出囃子は『舌出し三番叟』。紋は『裏梅』。 1965年1月、十代目金原亭馬生に入門、前座名は「駒次」で、3月14日に新宿末廣亭で「道灌」を演じ初高座。 1970年4月に六代目柳家小団治、柳家小三太、三遊亭旭生と共に二ツ目昇進、七代目むかし家今松を名乗る。 1981年3月に柳家さん喬、五街道雲助、三遊亭圓龍、三遊亭歌司、二代目金原亭馬の助、橘家竹蔵と共に真打昇進。 1987年12月、第33回 国立演芸場 花形若手演芸会新人賞金賞受賞、演目は「笠碁」。 口癖は「そんなに売れたくない」。
七代目 春風亭 小柳枝(しゅんぷうてい こりゅうし、1921… 七代目 春風亭 小柳枝(しゅんぷうてい こりゅうし、1921年1月2日 - 1962年9月27日)は、落語家。本名∶染谷 晴三郎。出囃子は『喜撰』。生前は日本芸術協会(現:落語芸術協会)、一時TBSの専属だった時期もある。俗に『染谷の小柳枝』。 軽く飄々とした芸風で「甲府い」「野ざらし」などを得意とした。大食漢であったが、それがもとで晩年は糖尿病と結核に悩まされたため、若くして没した。「医者から結核なので栄養をつけなきゃいけないってんですがね。そしたら糖尿がひどくなっちまうンで、あたしゃどうしたらいいんだ。」とこぼしていた。 性格は大変粗忽で物忘れ勘違いが多かったという。 この項目は、落語家に関連した書きかけの項目です。
5代目 三遊亭 圓生(さんゆうてい えんしょう、1884年1… 5代目 三遊亭 圓生(さんゆうてい えんしょう、1884年10月1日 - 1940年1月23日)は、東京の落語家。本名∶村田 源治。弟は5代目三遊亭圓窓。また一時兵役逃れで三遊亭桃生の養子になっていた。 下総国八街(現・千葉県八街市)の宿屋「梅屋」の家に生まれ、父は入婿で東京市の芝愛宕下で大工をしていた。6歳で実父は出奔、親戚に預けられ14歳で日本橋蛎殻町の足袋店に奉公するなど、波瀾に満ちた少年時代を送る。 1902年、19歳で奉公先を飛び出す。剣舞の日比野雷風一座(日比野雷風正吉)に1、2年程加わったり、旅回りの一座に加わるなどの苦労を重ねる、1905年に旅回りの一座で知り合った4代目橘家圓蔵一門に入り、橘家二三蔵となる。
林家 時蔵(はやしや ときぞう)は、落語家の名。代数をつけて… 林家 時蔵(はやしや ときぞう)は、落語家の名。代数をつけて呼ぶことはない。 林家 時蔵(1948年3月2日 - )は、日本の落語家。落語協会所属。本名:中川 義隆。出囃子は『外記猿』。千葉県千葉市出身。 両国小学校、両国中学校、東洋高等学校、1972年3月に東洋大学文学部国文学科卒業。 1973年2月、八代目林家正蔵に入門。4月より前座になる、前座名は本名より「林家よし蔵」。 1977年3月、橘家六蔵、桂文太、入船亭扇好と共に二ツ目に昇進、「時蔵」に改名。1982年3月に師匠彦六が死去したことより、一門の総領弟子であった五代目春風亭柳朝門下に移籍するが12月に師匠柳朝が脳梗塞に倒れたため、兄弟子の初代林家木久蔵一門に再度移籍。