小池 滋(こいけ しげる、1931年7月15日- )は、日本… 小池 滋(こいけ しげる、1931年7月15日- )は、日本の英文学者、鉄道史研究家、東京都立大学名誉教授。
東京都:1,270人
小池 滋(こいけ しげる、1931年7月15日- )は、日本… 小池 滋(こいけ しげる、1931年7月15日- )は、日本の英文学者、鉄道史研究家、東京都立大学名誉教授。
坂口 昂吉(さかぐち こうきち、1931年7月8日 - 20… 坂口 昂吉(さかぐち こうきち、1931年7月8日 - 2021年4月6日)は、日本の西洋史学者。学位は博士(史学)(慶應義塾大学・2000年)。慶應義塾大学名誉教授。
秋元 律郎(あきもと りつお、1931年〈昭和6年〉7月8日… 秋元 律郎(あきもと りつお、1931年〈昭和6年〉7月8日 - 2004年〈平成16年〉6月28日 )は、日本の社会学者。早稲田大学名誉教授。 東京生まれ。旧制成蹊高等学校、成蹊大学政治経済学部卒業。早稲田大学大学院文学研究科社会学専攻単位取得退学、79年「日本社会学史 形成過程と思想構造」で文学博士の学位を取得。早稲田大学文学部助教授、教授、2002年定年退任、名誉教授、大妻女子大学人間関係学部教授、放送大学客員教授。早大時代の教え子には、犬飼裕一(社会学者)田中伯知(社会学者)などがいる。2004年6月28日午後10時25分、肺がんのため埼玉県入間市の病院で死去した。
酒巻 俊雄(さかまき としお、1931年6月22日 - )は… 酒巻 俊雄(さかまき としお、1931年6月22日 - )は、日本の法学者、法学博士。専門は商法、会社法。名古屋経済大学大学院法学研究科教授。弁護士(渡部喬一法律事務所所属)。
由井 常彦(ゆい つねひこ、1931年〈昭和6年〉6月14日… 由井 常彦(ゆい つねひこ、1931年〈昭和6年〉6月14日 - )は、日本の経営史学者。学位は、経済学博士。明治大学名誉教授。専門は日本経営史・日本経済史。 長野県南佐久郡青沼村(現・佐久穂町)生まれ。与志本代表・由井七郎右衛門の息子、由井定右衛門の甥。 旧制武蔵高等学校を経て、東京大学経済学部卒業。1960年、東京大学大学院社会科学研究科経済史学博士課程修了。明治大学経済学部講師。1963年、助教授。1965年、「中小工業政策の史的研究」で東京大学より経済学博士の学位を取得。1968年、明治大学経営学部教授、日本経営史研究所専務理事に就任し、文部省大学設置審議会委員を務める。1998年に退官、名誉教授。
鹽野 宏(しおの ひろし、1931年6月13日 - 2026… 鹽野 宏(しおの ひろし、1931年6月13日 - 2026年4月15日)は、日本の法学者(行政法)。勲等は文化勲章。東京大学名誉教授、日本学士院会員、文化功労者。姓の「鹽」は「塩」の旧字体のため、新字体で塩野 宏(しおの ひろし)とも表記される。 東京大学法学部教授、成蹊大学法学部教授、東亜大学大学院教授、公益財団法人放送文化基金理事長、日本学士院院長などを歴任した。 行政法を専攻する東京府出身の法学者である。東京大学法学部を卒業し、東京大学、成蹊大学、東亜大学で教鞭を執った。東京大学より名誉教授の称号を授与された。そのほか、放送文化基金では理事長に就任した。日本学士院会員に選任され、のちに院長に就任した。
大橋 秀雄(おおはし ひでお、1931年5月10日 - )は… 大橋 秀雄(おおはし ひでお、1931年5月10日 - )は、日本の工学者。東京大学名誉教授、工学院大学名誉教授。専門は流体工学、流体機械、環境システム工学、工学教育、技術者教育。 東京大学で33年間、工学院大学で19年間、教育と研究に従事するかたわら、技術者の地位向上を目指し、技術者教育認定制度など基盤作りに貢献した。2011年に学校法人工学院大学理事長を退任し、以降工学院大学、日本工学会、日本技術者教育認定機構 (JABEE) の顧問、公益団体の役員などを務めた。 東京都出身。新潟県立村松高等学校を経て1954年東京大学工学部機械工学科卒業。1954年石川島重工株式会社(現IHI)入社。1958年ブラウンシュヴァイク工科大学(ドイツ)にて、境界層理論で知られるヘルマン・シュリヒティンク(英語版)教授の指導で Dr.-Ing.(工学博士号)取得。
高木 教典(たかぎ のりつね、1931年5月8日 - 201… 高木 教典(たかぎ のりつね、1931年5月8日 - 2015年5月7日)は、日本のマスコミュニケーション研究者、東京大学名誉教授。 東京府北多摩郡小平村(後の東京都小平市)の天台宗の寺に生まれる。1950年、東京都立小石川高等学校を卒業し、東京大学教養学部文科1類に入学。1952年4月に経済学部へ進学するが、学生運動への関わりにより退学処分を受け、7月に退学、のち1954年5月に再入学し、1956年に経済学部を卒業して、新聞研究所研究生となった。1957年に大学院社会科学研究科社会学専攻新聞学専修に進学、1961年に博士課程を中途退学して、新聞研究所助手。以降、1965年に助教授、1981年に教授へ昇任し、1982年から1983年にかけてはロンドン大学、コロンビア大学の客員教授も務めた。
山口 静一(やまぐち せいいち、1931年5月5日 - )は… 山口 静一(やまぐち せいいち、1931年5月5日 - )は、美術史家、埼玉大学名誉教授。 1931年、東京生まれ。1954年東京大学文学部英文科を卒業。成城学園高校教諭、1965年、埼玉大学教養学部講師、1966年助教授、1973年教授。1997年に定年退官し、名誉教授となる。 日本フェノロサ学会会長、顧問。
中村 たかを(中村 俊亀智 なかむら たかお・しゅんきち 1… 中村 たかを(中村 俊亀智 なかむら たかお・しゅんきち 1931年4月26日 - 2012年10月2日)は、日本の民俗学者・文化人類学者。国立民族学博物館・明海大学名誉教授。 東京生まれ。武蔵高等学校(旧制)卒、1954年武蔵大学経済学部卒、1957年東京都立大学大学院社会学研究科経済政策修士課程修了。1957年民族学協会附属民族学博物館研究員、1962年文部省史料館文部事務官、1972年国文学研究資料館助手、1973年国立民族学博物館創設準備室助手を併任、1974年同助教授、1976年教授。1988年辞職し名誉教授、明海大学経済学部教授。2002年退職、名誉教授。
辻井 達一(つじい たついち、1931年4月22日 - 20… 辻井 達一(つじい たついち、1931年4月22日 - 2013年1月15日)は、日本の植物生態学者。学生の頃から湿原の調査に取り組んできた。北海道環境財団理事長、環境省ラムサール条約湿地検討会座長。 東京都生まれ。東京都立青山高等学校を経て、1954年北海道大学農学部卒業。理学博士。北海道大学農学部助教授、教授、同附属植物園長、北星学園大学教授を務めた。2012年瑞宝小綬章受章。同年、北海道新聞文化賞受賞。 2012年7月にルーマニアで開かれたラムサール条約締約国会議でラムサール賞を受賞、その帰国後に前立腺がんが見つかり入院。 2013年1月15日、死去。81歳没。
松平 頼暁(まつだいら よりあき、1931年3月27日 - … 松平 頼暁(まつだいら よりあき、1931年3月27日 - 2023年1月9日)は、日本の現代音楽作曲家、生物物理学者。理学博士。立教大学理学部教授。 東京府に作曲家の松平頼則の長男として生まれる。祖父の松平頼孝は子爵で鳥類標本収集家。水戸徳川家の連枝(分家)で常陸府中藩の藩主家であった府中松平家の直系の子孫で、同藩の最後の藩主・松平頼策は曾祖父にあたる。出版楽譜によっては、父・頼則との区別を明確にするため Yori-Aki Matsudaira と書き、さらに生年を併記しているものもある。 1953年、東京都立大学理学部を卒業し理学士号を得る。この間、作曲とピアノを独学で学ぶ。1950年代より活発な作曲活動を始める。
松前 紀男(まつまえ のりお、1931年(昭和6年)2月11… 松前 紀男(まつまえ のりお、1931年(昭和6年)2月11日 - 2016年(平成28年)1月1日)は、日本の学者、実業家、作曲家。学位は社会科学博士(ストラスブール大学)。放送史、音楽史を専門とした。学校法人東海大学副理事長、東海大学平和戦略国際研究所所長、同松前記念館館長、同文明研究所長、同総合教育センター教授などをそれぞれ歴任した。東京都出身。 父は松前重義、妻澄子方の義父は池田清就。松前国際友好財団理事長や日本衛星放送取締役、エフエム東京取締役、札幌コンサートホールKitara館長なども務め、東海大学及び東海大学系列小・中・高等学校の校歌を作曲している。
山住 正己(やまずみ まさみ、1931年1月30日 - 20… 山住 正己(やまずみ まさみ、1931年1月30日 - 2003年2月1日)は、日本の教育学者、東京都立大学名誉教授。父は戦前期の大蔵官僚である山住克己。この記事には複数の問題があります。改善やノートページでの議論にご協力ください。ほとんどまたは完全に一つの出典に頼っています。(2014年1月)ウィキペディアの品質基準を満たしていないおそれがあります。(2014年1月)山住 正己(やまずみ まさみ、1931年1月30日 - 2003年2月1日)は、日本の教育学者、東京都立大学名誉教授。父は戦前期の大蔵官僚である山住克己。
後藤 英一(ごとう えいいち、1931年1月26日 - 20… 後藤 英一(ごとう えいいち、1931年1月26日 - 2005年6月12日)は、日本の物理学者・計算機科学者。東京大学名誉教授。 磁気による論理演算回路素子のパラメトロンを発明。数式処理の分野でも業績を上げる。紫綬褒章受章。 理化学研究所では特許を100近く出願したという。理研の物理学部門では特許収入が首位との事である。さまざまな原理は勉強したが、その原理がコンピュータにどう使われているかは勉強しなかったと語る。 これらの研究業績により1989年4月に紫綬褒章を受章した他、多数の受賞歴がある。ただし後藤自身は「半導体製造のための貢献で紫綬褒章をもらったが、半導体のために仕事をした事なんてない(笑)」と語る。
望月 礼二郎(もちづき れいじろう、1931年1月20日 -… 望月 礼二郎(もちづき れいじろう、1931年1月20日 - 2021年2月1日)は、日本の法学者(英米法・比較法・民法)。東北大学名誉教授、神奈川大学名誉教授。東京出身
緒方 博丸(おがた ひろまる、1931年1月17日 - 20… 緒方 博丸(おがた ひろまる、1931年1月17日 - 2023年3月18日)は、日本の医学者・麻酔科医。獨協医科大学名誉教授。学位は、医学博士(東京大学)。
田内 幸一(たのうち こういち、1931年1月3日 - 19… 田内 幸一(たのうち こういち、1931年1月3日 - 1996年11月18日)は、日本の経営学者。一橋大学名誉教授。 専攻はマーケティング論で、田島義博らと日本マーケティング学会の期成に関与したが発足時には早世、故人となった。 満洲国奉天市出身。桐朋高等学校を経て、1954年一橋大学商学部卒業、1959年一橋大学大学院商学研究科博士課程単位取得退学。深見義一ゼミ出身。経営学者の田島義博第24代学習院院長は大学時代からの友人。 1959年文部教官に採用され一橋大学商学部助手に就任。1960年一橋大学商学部専任講師。シカゴ大学経済学部留学を経て、1965年一橋大学商学部助教授、1971年同教授。1984年文部省短期在外研究員としてミラノ大学でファッション産業研究に従事。
木村 翔(きむら しょう、1931年- )は、日本の建築音響… 木村 翔(きむら しょう、1931年- )は、日本の建築音響工学者。日本大学名誉教授。日本騒音制御工学会認定技士。日大では理工学部建築学科で建築音響工学の木村研究室を主宰。出身者に杉山知之など。日本建築学会では学術理事(1984~1985)学会評議員(9期)学会音環境運営委員、学会環境工学委員会委員長(1988~1989)関東支部長(1990~1991)副会長(1992~1993)を歴任。他、日本建築センター遮音構造評定委員会委員長、日本音響学会評議員(第4期)等も務めた。工学博士。東京都生まれ。 1954年3月 日本大学旧工学部建築学科卒業。1956年3月 東京大学大学院数物系研究科建築学専攻修士課程(現・東京大学大学院工学系研究科建築学専攻修士課程)修了。
石黒 ひで(いしぐろ ひで、Hidé Ishiguro、19… 石黒 ひで(いしぐろ ひで、Hidé Ishiguro、1931年 - 2026年2月18日)は、日本出身の女性哲学者。ロンドン大学Ph.D.。ロンドン大学名誉教授、慶應義塾大学名誉教授、上野学園大学名誉教授。夫は哲学者のデイヴィッド・ウィギンズ。 本名の石黒英子(Hideko Ishiguro)名義も使用することがある。 東京大学教養学部の卒業論文テーマはシャルル・ルヌーヴィエの認識論。同大学を卒業後、フランスとイギリスに留学。オックスフォード大学では、ギルバート・ライルが指導教官(スーパーヴァイザー)となり、ピーター・ストローソンに論文指導を受ける。併せて、毎週マイケル・ダメットの研究室で開かれていた数理哲学の少人数ゼミに参加し、エリザベス・アンスコムから個人教授(チューター)として指導を受けた。
宇都宮 芳明(うつのみや よしあき、1931年 - 2007… 宇都宮 芳明(うつのみや よしあき、1931年 - 2007年)は、日本の哲学者・倫理学者。北海道大学名誉教授。実存主義研究、カント研究を専門とし、多数の業績を残した。岩波書店から上梓した『カントと神 理性信仰・道徳・宗教』で第12回(1999年度)和辻哲郎文化賞を受賞する。
海野福寿(うんの ふくじゅ、1931年 - )は、日本史学者… 海野福寿(うんの ふくじゅ、1931年 - )は、日本史学者、明治大学名誉教授。専門は日本近代史。
中村 忠(なかむら ただし、1930年11月19日 - 20… 中村 忠(なかむら ただし、1930年11月19日 - 2008年10月26日)は、日本の会計学者。専門は財務会計。一橋大学名誉教授。正四位瑞宝中綬章。1988年から1994年まで日本会計研究学会理事。1990年から1993年まで日本簿記学会会長、1993年から同学会顧問。2007年まで社団法人如水会調布支部長。税理士試験・公認会計士試験委員も務めた。 この間1969年から1975年まで企業会計審議会幹事、1979年から1988年まで同委員、1984年法制審議会商法部会委員、1991年から財団法人産業経理協会評議員、1988年から1992年公認会計士第二次試験委員、1990年から1993年日本簿記学会会長等を歴任。
小野 茂(おの しげる、1930年11月15日 - 2014… 小野 茂(おの しげる、1930年11月15日 - 2014年9月10日)は、日本の英語学者、東京都立大学名誉教授。 東京府生まれ。父は官僚・政治家の小野哲。旧制武蔵高等学校卒、1953年東京大学文学部英文科卒業。同年学習院大学助手、1955年専任講師、1959年一橋大学専任講師、1962年東京都立大学助教授、1974年教授。1969年から1970年までペンシルヴェニア大学留学。1971年「英語法助動詞の発達」で文学博士(東京大学)。東京都立大学名誉教授、1988年昭和女子大学教授。2000年退職。中世英語英文学会会長、国際アングロサクソニスト学会(ISAS)名誉会員。妻は小野恭子(1930年 - )津田塾大学名誉教授[要出典](ジョイス研究)。
水島 一也(みずしま かずや、1930年11月12日 - 2… 水島 一也(みずしま かずや、1930年11月12日 - 2017年10月31日)は、日本の経営学者。保険・リスクマネジメントの研究者。学位は、商学博士(神戸大学・1965年)。神戸大学名誉教授。元保険審議会会長。作家で精神科医の加賀乙彦は、名古屋陸軍幼年学校時代の1年先輩。旧東京府(現東京都)生まれ。 大学院門下生として、高尾厚、岡田太志、李潤浩、許碩芬、金基辰がいる。
湯沢 雍彦(ゆざわ やすひこ、1930年8月25日 - )は… 湯沢 雍彦(ゆざわ やすひこ、1930年8月25日 - )は、日本の社会学者、お茶の水女子大学名誉教授。専門は家族社会学。
森岡 恭彦(もりおか やすひこ、1930年8月25日 - )… 森岡 恭彦(もりおか やすひこ、1930年8月25日 - )は日本の医学者、医学博士。専門は外科学。
椎名 素夫(しいな もとお、1930年8月19日 - 200… 椎名 素夫(しいな もとお、1930年8月19日 - 2007年3月16日)は、日本の政治家、実業家、物理学者。衆議院議員(4期)、参議院議員(2期)、自由の会代表、無所属の会代表などを務めた。 自由民主党副総裁、外務大臣、通商産業大臣を歴任した椎名悦三郎の次男。 東京府東京市(現・東京都文京区)出身。旧制府立高等学校を経て1953年名古屋大学理学部物理学科を卒業。電源開発に入った後、アメリカアルゴンヌ国立研究所に入所する。帰国後、精密機械メーカーサムタクを設立し、自ら取締役に就任した。1979年、父・椎名悦三郎の引退に伴い、第35回衆議院議員総選挙に旧岩手2区から自由民主党公認で立候補し、初当選する。
國弘 正雄(くにひろ まさお、1930年8月18日 - 20… 國弘 正雄(くにひろ まさお、1930年8月18日 - 2014年11月25日)は、日本の同時通訳者、翻訳家、文化人類学者、ニュースキャスター、政治家。「同時通訳の神様」と呼ばれ、外務大臣・首相を務めた三木武夫のブレーンとしても知られた。参議院議員を1期務め、護憲派として活動した。 現在の東京都北区に生まれる。東京府立六中(現・東京都立新宿高等学校)に入学するが、父親の転勤により、神戸一中(現・兵庫県立神戸高等学校)に転校する。同級生に小松左京と高島忠夫がいた。神戸空襲に遭い、親しくしていた知人の最期を看取った経験から、強い反戦思想を持つようになる。 中学時代、新渡戸稲造の伝記に感銘を受け、英語の猛勉強を開始した。
矢島 稔(やじま みのる、1930年7月18日 - 2022… 矢島 稔(やじま みのる、1930年7月18日 - 2022年4月26日)は、日本の昆虫学者。群馬県立ぐんま昆虫の森名誉園長。 東京府豊多摩郡野方町[要出典](現東京都中野区)出身。1949年、日本昆虫学会主催のコンクールで論文が入賞、昆虫学者の道に進むことを決意する。旧制市立東京第三中学校(東京都立文京高等学校)を経て、1957年、東京学芸大学学芸学部1部乙類理科を卒業、同年豊島園昆虫館の創設に携わる。 上野動物園水族館館長を経て、1987年より多摩動物公園園長。園長を1990年に定年退職した翌年、長年の動物園事業に対する功労として文部大臣表彰を受ける。1997年、財団法人東京動物園協会理事長。
足立原 貫(あだちはら とおる、1930年7月15日 - 2… 足立原 貫(あだちはら とおる、1930年7月15日 - 2025年6月30日)は、日本の哲学者。地べたの哲学者、土に根ざした思想―農哲学者・農学者(農業原論、農作業研究、農村地域研究)。詩人(筆名 光原邦夫)。東京市本所区(現在の墨田区)で生まれ。富山県富山市大沢野町小羽在住。 社会における“農”の機能の一端を担いつづけていこうとする“やる者”によって、開かれた営農体の確立と高度成長の時流への問題提起をねらい、“地球を耕そう”を合言葉に「農業技術者協会」結成。その実践の場を廃村に求めた。また廃村を拠点とした運動を基軸に「人と土の大学」「草刈り十字軍」「『山崎賞』の創設」「中国への技術協力」など幅広い実践を続けた。
石原 守一(いしはら もりかず、1930年6月29日 - 2… 石原 守一(いしはら もりかず、1930年6月29日 - 2012年9月18日)は、日本の科学者、歴史情報研究者。専門は理論生物学など。統計遺伝学においての数少ない理論家。理系文系にまたがる幅広い研究領域を持つ研究者。理学博士・農学博士・工学博士。東京生まれ。1984年6月19日より母方の石原姓を名乗る。出生名は志方 守一(しかた もりかず)。 母方の祖父:石原正治(1873 - 1945)は、工科大学(現東京大学工学部)機械科卒。新橋起点の蒸気機関鉄道山陽鉄道等の発展に寄与し、鉄道高速化により日露戦争勝利にも貢献した。旅順工科学堂(旅順工科大学の前身)創設機械科科長教授。偉大な実践的学究といわれ、南満州鉄道超特急アジア号開発に注力し、世界初の冷房設備搭載客車を創設した。
丸山 工作(まるやま こうさく、1930年6月16日 - 2… 丸山 工作(まるやま こうさく、1930年6月16日 - 2003年11月19日)は、日本の生化学者。千葉大学名誉教授。 東京府生まれ。父は作家の丸山義二、弟にドイツ文学者の丸山匠がいる。東京府立第四中学校(現・東京都立戸山高等学校)から武蔵高等学校 (旧制)を経て、1953年東京大学理学部動物学科卒業、1956年同大学院博士課程中退。 東京大学教養学部助手、1962年理学部助手、1965年教養学部助教授、1972年京都大学理学部教授、1977年千葉大学理学部教授、1994 - 1998年学長。1998年千葉大学で全国で初めて高校からの「飛び入学」制度を導入した。1999年大学入試センター所長、2001年理事長。
宮澤 浩一(みやざわ こういち、1930年5月23日 - 2… 宮澤 浩一(みやざわ こういち、1930年5月23日 - 2010年7月23日)は、日本の法学者。専門は刑法・刑事政策・ドイツ刑法。被害者学の大家。東京出身。「宮沢浩一」とも表記される。 1948年3月旧制鎌倉中学校(現鎌倉学園)卒業。1953年3月慶應義塾大学法学部法律学科卒業。1955年3月同大学院法学研究科修士課程修了(指導教授:宮崎澄夫)。1955年4月同法学部助手。1960年10月同法学部助教授。1966年4月慶應義塾大学法学博士、論題は「被害者学の基礎理論」。1966年4月同法学部教授に就任。1977年に西独・テュービンゲン大学、1988年ザールブリュッケン大学から、それぞれ名誉博士号を授与される。
俵 浩三(たわら ひろみ、1930年5月11日 -2020年… 俵 浩三(たわら ひろみ、1930年5月11日 -2020年11月30日)は、日本の景観学者、林学者、専修大学北海道短期大学名誉教授、学術博士(北海道大学)。東京都台東区生まれ。
小島 三郎(こじま さぶろう、1930年5月4日 - 198… 小島 三郎(こじま さぶろう、1930年5月4日 - 1984年7月8日)は、日本の経営学者。 東京市本郷区(現・文京区)白山生まれ。都立小石川高校(現都立小石川中等教育学校)卒業後、1953年慶應義塾大学経済学部卒業、1958年同大学院博士課程満期退学、同商学部助手となり、1962年助教授、1968年経済学博士。1969年教授、1979年商学部長となるが53歳で死去した。
髙窪 利一(たかくぼ としかず、1930年4月24日 - 2… 髙窪 利一(たかくぼ としかず、1930年4月24日 - 2003年3月17日)は、日本の法学者。商法専攻。正五位勲三等瑞宝章。弁護士。
福島 和夫(ふくしま かずお、1930年4月11日 - 20… 福島 和夫(ふくしま かずお、1930年4月11日 - 2023年8月19日)は、日本の作曲家・音楽学者。上野学園大学日本音楽史研究所所長、同研究所特任教授。本名は石橋 和夫(いしばし かずお)。 東京市麻布区霞町(現在の東京都港区)生まれ。玉川学園中学部中退後、独学で作曲を勉強。その後、鈴木博義や武満徹らと知り合い、芸術家グループ「実験工房」に参加。これには姉の福島秀子も参加している。 東洋的な響きに近いフルートのための作品を多数発表、代表作の『冥』などが生まれる。また『エカーグラ』は1959年に来日したストラヴィンスキーによって武満徹の『弦楽のためのレクイエム』などと共に絶賛されたうちの1曲である。
伊藤 嘉昭(いとう よしあき、1930年3月30日 - 20… 伊藤 嘉昭(いとう よしあき、1930年3月30日 - 2015年5月15日)は日本の生物学者。専門は昆虫学、進化生物学、生態学。寺本英と共に日本に社会生物学/行動生態学を導入し、日本の生態学と動物学を発展させた。
野口 正一(のぐち しょういち、1930年3月5日 - )は… 野口 正一(のぐち しょういち、1930年3月5日 - )は、日本の情報工学者。東北大学名誉教授。元会津大学学長。元情報処理学会会長。 東京都八王子市生まれ。東京府立第二商業学校(現東京都立第二商業高等学校)を経て、1948年横浜工業専門学校(現横浜国立大学理工学部)入学。編入制度のあった東北大学工学部に編入し、1954年に卒業後、同大学院の大泉充郎研究室に所属したが、本多波雄から大きな影響を受けたという。1960年東北大学大学院博士課程修了、工学博士。 1962年東北大学電気通信研究所助教授。1971年東北大学電気通信研究所教授。1984年東北大学大型計算機センター長。1990年東北大学応用情報学研究センター長。
三浦 公亮(みうら こうりょう、1930年2月23日 - )… 三浦 公亮(みうら こうりょう、1930年2月23日 - )は、日本の航空宇宙工学者。専門は宇宙構造物の設計。東京大学名誉教授。東京大学宇宙航空研究所助教授、文部省宇宙科学研究所教授を歴任。
花見 忠(はなみ ただし、1930年2月15日 - )は、労… 花見 忠(はなみ ただし、1930年2月15日 - )は、労働法学者、弁護士。上智大学名誉教授。法学博士(東京大学)。名誉法学博士(ルーヴァン大学)。専門は、労働法及び労使関係。特に、使用者の懲戒権、雇用平等の研究、ILO条約と日本の団結権に関する研究など。東京都出身。
大塚 恭男(おおつか やすお、1930年(昭和5年)1月29… 大塚 恭男(おおつか やすお、1930年(昭和5年)1月29日 – 2009年(平成21年)3月8日))は、日本の医師、医史学者。学位は医学博士(東京大学)。大塚敬節の長男。北里研究所東洋医学総合研究所第3代所長を務め、医史学、特に東西の薬史学に秀でた業績を残した。 1930年(昭和5年)1 月 29 日 高知県香美郡日章村田村に大塚敬節の長男として出生。父大塚敬節は漢方の勉学に駆り立てられて妻と生後間もない恭男を高知において上京し、湯本求真のもとで漢方の勉強をした。1年後の1931年(昭和6年)5月に大塚敬節が妻子を東京に呼び寄せ、牛込区船河原町に転居した。船河原町で育ち、地元の津久戸国民小学校に入学。
光岡 知足(みつおか ともたり、1930年(昭和5年)1月4… 光岡 知足(みつおか ともたり、1930年(昭和5年)1月4日 - 2020年(令和2年) 12月29日)は、日本の農学博士・微生物学者である。 腸内フローラの系統的研究により「腸内細菌学」という新しい学問を世界に先駆けて樹立した同分野のパイオニアである。腸内フローラと宿主とのかかわりを提唱し、腸内環境のバランスがヒトの健康・病態を左右すると指摘した。また腸内フローラの研究から生まれた機能性食品の開発・評価に関する分野の業績も高く評価されている。 2007年5月17日、発酵乳、乳酸菌、腸内細菌などの研究で優れた研究業績を挙げた科学者に贈られる世界最高峰の国際賞のメチニコフ賞を受賞した。 東京大学農学部獣医学科卒業。
増田 正造(ますだ しょうぞう、1930年1月3日- )は日… 増田 正造(ますだ しょうぞう、1930年1月3日- )は日本の能楽研究者、武蔵野大学名誉教授。
西山 茂夫(にしやま しげお、1930年1月1日 - )は、… 西山 茂夫(にしやま しげお、1930年1月1日 - )は、日本の医学者、皮膚科医。専門は血管炎、膠原病、全身疾患と皮膚。東京生まれ。
森野 宗明(もりの むねあき、1930年(昭和5年) - 2… 森野 宗明(もりの むねあき、1930年(昭和5年) - 2022年(令和4年)[要出典])は、日本の国語学者、筑波大学名誉教授。 東京生まれ。1953年東京教育大学国文科卒、同大学院博士課程単位取得退学。金沢大学教養部助教授、1968年青山学院女子短期大学助教授、筑波大学教授、1994年定年退官、名誉教授。旺文社の大学受験ラジオ講座を担当した。
上田 誠也(うえだ せいや、1929年11月28日 - 20… 上田 誠也(うえだ せいや、1929年11月28日 - 2023年1月19日)は、日本の地球科学者。専門は地球物理学。東京大学名誉教授。理学博士。 東京府(現・東京都)出身。父の上田誠一は青森、山口両県の官選知事や警視庁特別高等警察部長等を歴任した内務官僚で、兄の上田誠吉は自由法曹団等で活動していた弁護士。 麹町小学校などを経て、旧制武蔵高等学校尋常科・高等科を卒業。1952年、東京大学理学部地球物理学科を卒業。1953年、東京大学地震研究所助手。1958年 東京大学理学博士「古地磁気学の手段としての熱残留磁気、特に反転熱残留磁気について」。 1963年、東京大学理学部助教授。1969年、東京大学地震研究所教授。
越智 治雄(おち はるお、1929年10月27日 - 198… 越智 治雄(おち はるお、1929年10月27日 - 1983年6月24日)は、日本近代文学研究者、元東京大学教養学部教授。
牧 柾名(まき まさな、1929年10月11日 - 2022… 牧 柾名(まき まさな、1929年10月11日 - 2022年1月12日)は、日本の教育学者。駿河台大学名誉教授。元東京大学教授。専門は、教育行政学・教育権。 1929年に東京都で生まれる。 東京府立第五中学校、静岡高等学校を経て、東京大学へ進学した。その後、東京大学大学院人文科学研究科を中退する。 東京大学教育学部教授として教育行政学研究室で教育・研究に従事した。東京大学退職後は、駿河台大学経済学部教授を歴任した。 その他に、川崎市子ども権利条例検討連絡会議副座長、子どもの人権埼玉ネット代表委員などを務めた。 子どもの権利条約など教育権に関する研究で多数の著作を執筆した。1998年に『牧柾名教育学著作集』(エムティ出版)が発表されている。