里 謙二郎(さと けんじろう、1976年 - )は、映画予告… 里 謙二郎(さと けんじろう、1976年 - )は、映画予告篇ディレクター・監督・映像クリエイター・プロデューサー。 大学卒業後、2000年にTV番組制作会社テレビアルファに入社。2001年にTV-CM制作会社プロシード入社。 その後、TV番組制作会社バースト、TV-CM制作会社ニビック、ムーイースト、ニッポンムービー大阪、CG制作会社リンクス・デジワークスなど多岐にわたって、映像制作に携わる。そのジャンルは、バラエティ番組からスポーツ中継、TV-CMからプロモーション映像、ミュージックビデオ、映画、ゲームなど、あらゆる映像のジャンルで活動。 2006年に映画予告篇制作会社ガル・エンタープライズ入社。
芥川 貴之志(あくたがわ たかとし、1972年9月10日 -… 芥川 貴之志(あくたがわ たかとし、1972年9月10日 - )は、東京都世田谷区出身のフリーエディター、クリエイター、グラフィックデザイナー。クラシック・ナイキのコレクターとしても知られる。 小説家芥川龍之介の三男である作曲家芥川也寸志の末子で、長男にあたる。母親は也寸志の3番目の妻・江川真澄。祖母に芥川文、伯父に芥川比呂志、伯母に芥川瑠璃子、異母姉に芥川麻実子、従姉に芥川耿子がいる。東京都世田谷区成城に育つ。 中学生時代からのARBファン。ARBとの出会いがきっかけでルースターズやアナーキーを聴くようになったという。当時好きだったバンドやミュージシャンとしてTHE MODS やジュンスカイウォーカーズ、ジグ・ジグ・スパトニック やジョー・ジャクソン の名も挙げている。
クーロン黒沢(クーロンくろさわ、1971年12月9日 - )… クーロン黒沢(クーロンくろさわ、1971年12月9日 - )は、日本の作家、ライター、YouTuber、ゲームクリエイター。東京都新宿区生まれ、豊島区出身である。本名は黒沢 喜久(くろさわ よしひさ)である。カルト的人気を誇るアングラゲームソフト『香港97』の開発者であり、作家デビュー作は1994年「電脳アジアコピー天国」である。 現在は、ネットメディアでアジアを舞台としたアンダーグラウンド旅行記や、コンピュータ関係の執筆、YouTube、自身が編集長を務める電子雑誌「シックスサマナ」を不定期に発行している。 2018年ごろまでカンボジアのプノンペン在住であったが、親族から引き継いだ賃貸物件管理の為、地元である豊島区に拠点を戻している。
桜井 政博(さくらい まさひろ、1970年〈昭和45年〉8月… 桜井 政博(さくらい まさひろ、1970年〈昭和45年〉8月3日 - )は、日本のゲームクリエイター、実業家。ゲームソフトの開発を行う有限会社ソラの設立者で代表取締役。 『星のカービィ』シリーズおよび『大乱闘スマッシュブラザーズ(スマブラ)』シリーズのディレクターを務めており、俗にそれらの「生みの親」とも称されている。 6歳の頃より東京都武蔵村山市で過ごす。幼少期からコンピュータゲームを嗜んでいた。5歳ごろ、パドルコントローラでボールを跳ね返すテニスゲームをプレイした際、その物理法則を無視した世界に「すごい!」と感動したエピソードを雑誌のインタビューで述懐した。 中学生となり貯金をして『ファミリーベーシック』を購入。
飯野 賢治(いいの けんじ、1970年〈昭和45年〉5月5日… 飯野 賢治(いいの けんじ、1970年〈昭和45年〉5月5日 - 2013年〈平成25年〉2月20日)は、日本のゲームクリエイター、実業家。 有限会社EIM、株式会社ワープ、株式会社スーパーワープ、株式会社フロムイエロートゥオレンジなどで代表取締役社長を務めた。 1970年、東京都荒川区出身。「賢治」という名前は『宮沢賢治』からとったと父親が語っていたという。英才教育の幼稚園に入るが、小学校2年で母親が失踪し、その後父親と2人暮らしとなる。 小学校3年の頃初めてパソコンを購入。音楽が好きだった為、自動演奏させる為、PC-6001を買ったが、当時好きだったアーケードゲームを移植する為にすぐまたPC-8801を買い、プログラムを覚えていったという。
野口 アヤ(のぐち アヤ、1969年5月29日 - )は、日… 野口 アヤ(のぐち アヤ、1969年5月29日 - )は、日本のファッションデザイナー、クリエイター。東京都練馬区出身。 東京都杉並区生まれ。20代まで練馬区に住む。 1988年、東京都立井草高等学校卒業後、武蔵野美術大学(空間演出デザイン学科ファッションデザインコース)に入学。小池一子に師事する。画文家の大田垣晴子は同級生。 1992年、武蔵野美術大学卒業後、アシスタントデザイナーとして中野裕通、大西厚樹の元で勤務後、「ATSUKI ONISHI」チーフデザイナーを経て、2000年に独立。夫のチダコウイチと共に株式会社フレーバを設立、「FiLLY O’ LYNX(フィリーオーリンクス)」を立ち上げる。
長谷川 亮一(はせがわ りょういち、1969年1月28日 -… 長谷川 亮一(はせがわ りょういち、1969年1月28日 - )は、日本のゲームクリエイター、ローカライザー。 元SIEローカライズ責任者、ハチノヨンシニアローカライズマネージャー。別名義として『Talking Moon』を用いることもある。 東京都町田市生まれ。東京都立成瀬高等学校を経てウェストバージニア大学卒業。子供の頃からゲームが好きで、ゲームセンターのアーケードゲームに熱中していたという。 1992年9月に帰国し、アルバイト誌で『ソニック・ザ・ヘッジホッグ2』(以下、ソニック2)のテスター募集に応募したところ採用され、同年、セガ入社。ところが、ソニック2の開発元がアメリカのSEGAテクニカル・インスティテュート(STI)であったため報告書を英語で送る必要があり、デバッグチーム内で唯一バイリンガルだった長谷川はテスター兼翻訳者としての役割を果たしていた。
田中 謙介(たなか けんすけ、1969年 - )は、日本のゲ… 田中 謙介(たなか けんすけ、1969年 - )は、日本のゲームクリエイター、作詞家、実業家、脚本家。株式会社C2プレパラート代表取締役社長、コンテンツクラッカー株式会社代表取締役社長、株式会社C2マニュファクチュア代表取締役社長、株式会社角川アーキテクチャ代表取締役、合同会社DeviceDock代表社員、同人サークル「C2機関」主宰。 メディア上では『「艦これ」運営鎮守府』所属と表記されることが多い。作詞家としてはminatoku、同人サークルC2機関の主宰としてはkanata名義で活動している。 東京都三鷹市出身、港区東新橋在住。神奈川県立柏陽高等学校、慶應義塾大学理工学部機械工学科卒業。 大学在籍時にファミリーソフトの開発に関わる。
西谷 亮(にしたに あきら、NIN、1967年9月10日 -… 西谷 亮(にしたに あきら、NIN、1967年9月10日 - )は、日本のゲームクリエイター。『ファイナルファイト』・『ストリートファイターII』の生みの親。1995年より株式会社アリカ代表取締役社長。 アマチュア時代はゲームサークル「闘幻狂」に所属しており、高校生の頃から日本ソフトバンクのゲーム誌『Beep』でビデオゲームの攻略記事を執筆していた。 1986年春、岡本吉起からカプコンへの誘いの電話を受け即決、すぐに荷物をまとめて大阪へと向かった。『Beep』執筆当時のペンネームは「CPM闘幻狂 NIN」であったが、カプコン入社後もスタッフクレジットには変わらず「NIN」を用いていた。同じカプコン出身である竹中善則は高校時代のゲーマー仲間であり、西谷がライター業を始めたきっかけを作り、岡本に西谷を紹介しカプコン入社へ導いた人物でもある。
内藤 寛(ないとう かん、1967年3月23日 - )は、東… 内藤 寛(ないとう かん、1967年3月23日 - )は、東京都武蔵野市出身のプログラマー、ゲームクリエイター。元・株式会社クライマックス代表取締役。本名内藤寬(寛に「,」が入る)。 高校生の頃からアンプルソフトウェアやZAPなどでアルバイトとして働くようになり、『カーレース』『ミッドナイトブラザーズ』などを手掛けた。のちにドラゴンクエストシリーズをともに手掛けることになる山名学とはこの会社で出会うこととなる。 専門学校在学時にはチュンソフトでアルバイトとして働くようになり、『ドラゴンクエストIII そして伝説へ…』『ドラゴンクエストIV 導かれし者たち』ではチーフプログラマーを務めた。 1989年1月に『ドラゴンクエストシリーズ』の内幕を明かした著書『ドラゴンクエストIVの秘密』を飛鳥新社から出すことになっていた。
坂本慎一(さかもと しんいち、1966年1月7日 - )は日… 坂本慎一(さかもと しんいち、1966年1月7日 - )は日本の作曲家、ゲームクリエイター。主にコンピュータゲームの音楽を手がける。ラクシスエンタテインメント所属(2026年5月時点)。 代表作に『ワンダーボーイ』シリーズ、『モンスターワールド』シリーズがある。 東京都墨田区出身。1982年、テーカンに16歳でプログラマーとして入社し、ゲーム開発者としての活動を始めた。テーカンでは、主に同社製品に実装するサウンドドライバーの開発やゲーム内の音楽などを担当し、『SENJYO』や『ボンジャック』の試作品などの開発に関与した。 その後、テーカンの開発部長であった琴寄幸雄の誘いを受けて、1985年に設立まもない日本マイコン開発に入社した。
田尻 智(たじり さとし、1965年8月28日 - )は、ゲ… 田尻 智(たじり さとし、1965年8月28日 - )は、ゲームクリエイター。株式会社ゲームフリークの代表取締役社長であり、『ポケットモンスター』の生みの親として知られる。血液型はA型。 東京都世田谷区に生まれ、少年時代を町田市で過ごす。当時はまだ自然が残っていた町田市で、野山や小川、時には防空壕跡、廃墟にまで足を伸ばし、昆虫をはじめとした生物の観察や採取を楽しみ、図鑑から知識を得ることだけに留まらず、収集や飼育に独自の工夫を凝らした。この経験によってクラスで一番の「昆虫博士」となった。この時友達同士で昆虫での交換がヒントとなりポケモンの製作に活かされる。 中学生になった頃には町田市にも開発の波が押し寄せて自然が失われていき、宅地やゲームセンターが建てられていった。
眞島 真太郎(まじま しんたろう、1965年 - )は、日本… 眞島 真太郎(まじま しんたろう、1965年 - )は、日本のゲームクリエイター。 アルテピアッツァ代表取締役社長。デジタルエンタテインメントアカデミー他、特別講師。東京都出身。 幼少から絵を描くのが好きで、埼玉県立川越高等学校卒業後は東京デザイナー学院にて商業デザインを専攻。 1985年パソコンゲームソフトのパッケージイラストやメカデザインを依頼されたことをきっかけにCGデザイナーとしてデビュー。 「ドラゴンクエストシリーズ」(以下参照)のグラフィックデザインを担当。また、同シリーズのタイトルロゴデザインや、公式ガイドブック内で使われているイラストなどにも携わっている。 また、『ドラゴンクエストV 天空の花嫁』(PS2)以降は下記の全ての作品において企画・開発も手がけている。
時園 勇 ( 1965年 - ) は、東京生まれの家具デザイ… 時園 勇 ( 1965年 - ) は、東京生まれの家具デザイナーおよび空間クリエイター。 NYをベースとしたワールドワイドで活躍している建築家トニーチから声が掛かりヒルトン系国内ブランチの照明部門として協力するなど活躍する。 近年では株式会社atmosmithを設立しプロダクトに定まらず店舗オフィス住宅の内外装空間プロデュースを手掛けている。 東京藝術大学工芸科彫金科修了 ロンドンに渡りinterior designの視野を広げ海外の展示会に参加 NYICFFにて発表したスツール(swingegg)のデザインの斬新さが注目され様々な媒体に掲載される 以降数年にわたりユニークな作品を発表し続けて照明プロダクトに特化して行く。
岡田 耕始(おかだ こうじ、1964年2月22日 - )は、… 岡田 耕始(おかだ こうじ、1964年2月22日 - )は、日本のゲームクリエイター、株式会社ガイア代表取締役社長。東京都台東区元浅草生まれ。テーカン、アトラスにも在籍した。代表作は「女神転生シリーズ」(アトラス、ディレクター・プロデューサー)。 1964年2月、東京都台東区の元浅草に生まれる。大正生まれの父は、食品関係の工場長として、自営業が主流のこの当時に珍しいサラリーマンであった。 小学生時代は、アメリカンフットボール選手のO・J・シンプソンに憧れ、自作のボールで見様見真似のごっこ遊びをしたと振り返る。この一方で、小遣いの殆どは戦車などのプラモデルへと費やし、ドイツのタイガー戦車からデザインやメカニック、ひいては自動車に興味を持ち、「レーサーになりたい」旨も作文に書いたのだという。
斎藤 由多加(さいとう ゆたか、1962年10月15日 - … 斎藤 由多加(さいとう ゆたか、1962年10月15日 - )は、東京都出身のゲームクリエイター、作家。オープンブック株式会社社長。株式会社シーマン人工知能研究所所長。自称・文明生物考古学者。青山学院大学シンギュラリティ研究所客員研究員。『The Tower』、『シーマン ~禁断のペット~』、『大玉』などの作品を開発したことで知られる。また「Apple Computerの研究家」でもあり、Macintosh に関する著書、ビジネス書等を多数執筆。 2018年4月、55歳にして『生涯ー研究開発者』を宣言し、突如として慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科後期博士課程に入学。 駒場東邦中学校・高等学校、早稲田大学理工学部建築学科卒業。
岩谷 徹(いわたに とおる、1955年〈昭和30年〉1月25… 岩谷 徹(いわたに とおる、1955年〈昭和30年〉1月25日 - )は日本のゲームクリエイター。『パックマン』の生みの親として知られる。東京都目黒区出身。大阪芸術大学客員教授、東京大学大学院特任教授、東京工芸大学名誉教授。 1955年、3人兄弟の末っ子として東京都目黒区に生まれる。NHK勤務の父親の転勤で、目黒サレジオ幼稚園から秋田市の秋田経済大学付属幼稚園に移り、野山を駆け回る遊びを経験する。肥溜めに落ちたり、かまくらを作ったりといったこの頃の実体験がのちのゲーム作りの原点になったという。父親の転勤に伴い、岩手県盛岡市、宮城県仙台市で小学生時代を送り、中学から目黒に戻り、目黒区立第九中学校時代にピンボールと出合い、東京都立大学附属高等学校を経て東海大学工学部通信工学科を卒業。
広井 王子(ひろい おうじ、本名:廣井 照久〈ひろい てるひ… 広井 王子(ひろい おうじ、本名:廣井 照久〈ひろい てるひさ〉、1954年2月8日 - )は、日本の漫画・アニメ・テレビゲームなどの原作を手掛けるマルチクリエイター、舞台演出家。レッド・エンタテインメント顧問、ゲオネットワークス顧問、金沢工業大学客員教授、情報経営イノベーション専門職大学情報経営イノベーション学部超客員教授。元アミューズ所属。 著名な作品は、『サクラ大戦シリーズ』『天外魔境シリーズ』『魔神英雄伝ワタルシリーズ』。 東京都出身、立教中学校、立教高等学校卒業、立教大学法学部3年次中退。
茂呂 真由美(もろ まゆみ、2月4日 - )は、日本のゲーム… 茂呂 真由美(もろ まゆみ、2月4日 - )は、日本のゲームクリエイター、キャラクターデザイナー。株式会社セガ、セガサミーホールディングス株式会社所属。CEDEC2023、2024、2025企画委員。 東京都荒川区出身。私立女子聖学院中学校・高等学校、御茶ノ水美術学院、すいどーばた美術学院、桑沢デザイン研究所グラフィックデザイン研究科卒。実家は呉服屋。 株式会社セガ・エンタープライゼスに家庭用ゲームソフトのデザイナーとして入社。『スペースチャンネル5』に出てくる宇宙人「モロ星人」の産みの親で、名前の由来にもなっている。 ゲーム業界での女性の働き方や、ゲーム業界で長く働き続けるための体験談のセミナー、ミートアップの登壇や、ワーキングペアレントの働き方と悩みについての講演、ラウンドテーブルの主催を数多く行っている。