宮原 美穂(みやはら みほ、女性、1996年9月3日 - )… 宮原 美穂(みやはら みほ、女性、1996年9月3日 - )は、日本の空手家である。福岡市早良区出身。全日本空手道連盟組手50kg級の全日本強化選手。 兄の影響で7歳から空手を始める。剛柔流正剛館西福岡道場の明吉俊雄師範に師事。帝京高校、帝京大学医療技術学部卒業。帝京大学職員。 2017年1月にKARATE1プレミアリーグで銀メダルを獲得し、7月にはワールドゲームズでも銀メダルを獲得した。12月に行われた全日本空手道選手権大会の個人組手で準優勝した。 2018年1月には日本スポーツ賞競技団体別最優秀賞を受賞した。同年7月にはアジア選手権で優勝すると、神戸市で開催された世界大学選手権でも優勝し、世界ランキングが2位となった。
上田 幹雄(うえだ みきお、1995年5月1日 - )は、日… 上田 幹雄(うえだ みきお、1995年5月1日 - )は、日本の男性プロ総合格闘家、キックボクサー、空手家、YouTuber。東京都大田区出身。BRAVE所属。極真空手世界王者(2019) 5歳から極真空手を始める。また、空手と並行して13歳から15歳まで部活動で柔道と相撲を学んだ。 2019年11月22日-24日、武蔵野の森総合スポーツプラザで開催された第12回全世界空手道選手権大会(極真会館(松井館長)主催)に出場し、1日8試合を勝ち抜き優勝。日本人として16年振りに極真世界王者となった。 2021年4月25日、百人組手に挑戦するも、60人目でドクターストップにより失敗。同年8月31日を以って、極真会館(松井派)を退会することを総本部のホームページにて発表。
佐合 尚人 (さごう なおと、1992年6月19日 - ) … 佐合 尚人 (さごう なおと、1992年6月19日 - ) は、日本の空手家。2020年東京オリンピック空手代表。 東京都昭島市出身。7歳で空手を始める。御殿場西高校、帝京大学卒業。高栄警備保障所属。2018年、スペインのマドリードで開催された2018年世界空手道選手権で男子組手 -60kg級で銀メダル獲得した 。 2020年東京オリンピックでは日本代表に内定していたが、東京オリンピックが1年延期となったことから世界空手連盟が再選考を実施することを決定。代表内定の取り消し後の再選考で再度五輪出場権を獲得した。 2021年8月5日、東京オリンピック空手競技組手男子67キロ級に出場したが、予選A組で1勝3敗となり、準決勝には進めなかった。
岩澤 寿英(いわさわ としひで、1990年12月12日 - … 岩澤 寿英(いわさわ としひで、1990年12月12日 - )は、日本の空手家。東京都足立区出身。段位は極真空手弐段。身長165cm、体重70kg。得意技は突き、後ろ蹴り。 実姉も空手家。極真空手初段。日本人の父親とフィリピン人の母親を持つハーフ。 5歳の時に1つ年上の姉と近所にあった当時の極真会館(松井派)埼玉支部越谷道場に姉と共に入門。 極真会館松井派主催の全日本ジュニア大会で小学校4年生、小学校6年生で2度優勝するなど数々の大会で活躍した。その後、中学生時代はバスケットボール部、高校生時代はパワーリフティング部に所属しながらも極真空手の修行を両立させていた。高校生ながら一般部の大会に出場し実績を残している。
宇佐美 里香(うさみ りか、1986年2月20日 - )は、… 宇佐美 里香(うさみ りか、1986年2月20日 - )は、日本の空手家で、空手指導者である。東京都葛飾区出身。帝京高等学校、国士舘大学文学部卒業、同大学院スポーツ・システム研究科修士課程修了。 井上派糸東流慶心会宗主井上慶身に師事。身長は159cm。段位は三段。種目は形。帝京高等学校、国士舘大学文学部を経て、鳥取県教育委員会の職員として勤務していた。 2011年、「SUNRISE JAPAN(サンライズジャパン)」のメンバーに選ばれた。 2012年の世界空手道選手権大会優勝を花道として、2013年3月5日に現役引退を表明。その後は指導者の道を歩むべく国士舘大学大学院へ進学。 2015年3月、国士舘大学大学院を卒業。
清水 賢吾(しみず けんご、1983年11月17日 - )は… 清水 賢吾(しみず けんご、1983年11月17日 - )は、日本の男性空手家、キックボクサー。東京都板橋区出身。極真会館(松井派)所属。
久高正光(くだか まさみつ、1978年7月20日 - )は日… 久高正光(くだか まさみつ、1978年7月20日 - )は日本の空手家。175 cm、70 kg、A型。世界硬式空手道連盟 理事長 公認 範士八段。少林寺流拳行館空手道 主席師範 教士七段 リーダーシップ哲学修士号 開祖・久高政祺の孫として3歳よりより空手を教わる。父久高正之に師事。カリフォルニア州・アーバインで開かれた当時・過去最高 5,000人規模の大会 世界硬式空手道ジュニア選権大会で初優勝。1991年 カナダ・モントリオールの同大会でも連続優勝。 安田学園高等学校時代に柔道初段を取得。 日本大学生物資源科学部森林資源科学科在中にスイス・バーゼル、香港、インドネシアで空手道指導。 大学卒業後 、一般企業に就職し、2004年より空手道指導員として千葉県浦安市、東京都江東区に教室を開設。
足立 慎史(あだち しんじ、1970年6月26日 - )は、… 足立 慎史(あだち しんじ、1970年6月26日 - )は、東京都江戸川区出身の空手家(五段)。極真会館(松井派)城東小岩支部・千葉県北西支部の支部長。 空手歴は31年(入門は1989年1月)。初めは城西支部吉祥寺道場であった。入門動機は「友人が極真空手を習っていた」からだと語る。 会社員を続けながら空手をしていたが、空手に専念するために退職。現役選手時代は、前蹴りで相手を近付けさせず、下突きや膝蹴りでの圧力をかける試合運びをしていた。スポーツ新聞で「日本のフィリォ」、「フィリォと戦える日本人」と紹介された事もある。 現在は、道場師範として後進の指導に当たっている。
中川 達彦(なかがわ たつひこ、1969年7月29日 -)は… 中川 達彦(なかがわ たつひこ、1969年7月29日 -)は、日本の空手家、プロレスラー。東京都出身。空手家としては打撃武道我円所属。プロレスラーとしては王子キツネ空手軍所属。 2008年8月31日、喧嘩イベント・Shibuya CLUB ATOM「KRUNCH」に出場しプロデビュー(ハンマー・ミノル戦)。40歳でデビューしたため、異名は“史上最強中年”であった。2009年8月23日、東京・多摩永山情報教育センター多目的ホールにて行われた「山本喧一プロデュース TFC タイタン・ファイティング・チャンピオンシップ5〜無差別級オープントーナメント〜」にうなぎ拳法使いとして参戦。この時点での競技歴は「キックボクシング1年、柔道6年、KRUNCH4回、ナイトキング1回、空手2回」というものであった。
成嶋 竜(なるしま りゅう、1968年9月5日 - )は、日… 成嶋 竜(なるしま りゅう、1968年9月5日 - )は、日本の空手家。東京都西多摩郡瑞穂町出身。葉隠塾継代 空手道 成嶋道場の代表。 幼少の頃から父親で日本空手道葉隠塾塾長の成嶋弘毅(現竜の子プロダクション顧問。子供の頃に大山倍達に出会い、弟子入りを申し出た事があるという。)に空手の英才教育を受けて育った。 その後、極真会館に入門。第8回全日本ウェイト制空手道選手権大会(軽量級)でのデビューを皮切りに、左上段廻し蹴りをはじめとする華麗な蹴り技と強烈な突き技で一本勝ちを連発。 そして1995年の第12回全日本ウェイト制空手道選手権大会(軽量級)で優勝を果たし、翌年の第13回全日本ウェイト制空手道選手権大会は階級を上げ、中量級に挑み優勝。
中 達也(なか たつや、1964年5月29日 - )は、日本… 中 達也(なか たつや、1964年5月29日 - )は、日本の空手家(日本空手協会七段)。東京都小石川出身。日本空手協会(JKA)総本部師範、同協会総務部次長を務める。 弟が空手をやっていた事をきっかけに、13歳から全日本空手道連盟和道会に入門し空手を開始。高校時代には目黒高校空手道部、大学時代には拓殖大学空手道部に所属。その後、日本空手協会の研修生(第28期卒業)となる。現在は、日本空手協会大志塾(NPO法人伝統空手道協会大志塾)や拓殖大学空手部総監督として、後進の指導に当たっている。 バンダイナムコエンターテインメントのゲームソフト『鉄拳7』に登場するリディア・ソビエスカのモーションキャプチャを務めた。
緑 健児(みどり けんじ、男性、1962年(昭和37年)4月… 緑 健児(みどり けんじ、男性、1962年(昭和37年)4月18日 - )は、日本の空手家、空手指導者である。段位は新極真会空手八段。鹿児島県奄美大島出身。NPO法人全世界空手道連盟新極真会代表理事。公益社団法人全日本フルコンタクト空手道連盟理事長。 鹿児島県大島郡瀬戸内町(奄美大島)に生まれる。梶原一騎原作の極真空手を題材とした『空手バカ一代』に感銘を受け1978年に上京、高校進学と同時に当時の極真会館東京城南川崎支部(廣重毅支部長)に入門する。 1985年、1987年の全日本ウェイト制空手道選手権大会にて軽量級の部で優勝。また、無差別級のみで行われる全日本空手道選手権大会(1985年開催)において、5位入賞(敢闘賞受賞)という成績を挙げる。
山田 雅稔(やまだ まさとし、本名:雅俊、男性、1953年(… 山田 雅稔(やまだ まさとし、本名:雅俊、男性、1953年(昭和28年)12月27日 - )は、日本の空手家・公認会計士。東京都出身。極真会館(松井章奎館長)総本部長・東京城西支部長。極真空手八段。東京都立戸山高校を経て中央大学商学部卒業。松井章圭は同大学同学部の後輩。
中村 忠 (なかむら ただし、1942年2月22日 - ) … 中村 忠 (なかむら ただし、1942年2月22日 - ) は、日本の空手家で、世界誠道空手道連盟誠道塾の会長。段位は十段。樺太真岡郡真岡町(現在のロシア極東連邦管区サハリン州ホルムスク)出身。駒場東邦高校一期生。日本大学理工学部建築学科卒業。極真会館の発展に貢献し、大山倍達を支えた高弟で、大山の後継者とも云われた、初代首席師範である。 東京の椎名町に移住してから宮城敬のもとで空手道を習い始める。高校1年生の時に大山道場へ入門。大山倍達以下、師範代である安田英治・石橋雅史・黒崎健時らの指導を受ける。先輩の岡田博文・大山茂・渡辺一久・大山泰彦・千葉真一・郷田勇三らと稽古を重ね、1962年5月6日に黒帯 (初段) を允許された。
田中 昌彦(たなか まさひこ、1941年2月24日 - )は… 田中 昌彦(たなか まさひこ、1941年2月24日 - )は、東京都出身の空手家。日本空手協会八段・前副首席師範・現技術局顧問IAKF世界大会の第一回、二回の優勝者。 東京都出身。父親の仕事の都合で小学生、中学生時代は日本各地へ転校を繰り返す。中学時代は柔道に明け暮れ、高校一年を京都の立命館高等学校で過ごした後、二年生から東京の日本大学鶴ヶ丘高等学校へ転校、ラグビー部を創設し右のロックで活躍する。 日本大学経済学部にラグビー推薦で入学、大学一年生の時に父親を亡くし、林業を専門に勉強するため二年生の時に農獣医学部に転部、在学中に日本空手協会本部の四谷道場に通う。日本大学空手部にも入部。 大学卒業後会社員となり、その後、31歳の時、空手の指導員としてデンマークに渡った。
真樹 日佐夫(まき ひさお、1940年〈昭和15年〉6月16… 真樹 日佐夫(まき ひさお、1940年〈昭和15年〉6月16日 - 2012年〈平成24年〉1月2日)は、日本の漫画原作者・小説家・空手家。本名:高森 真土(たかもり まつち)。 世界空手道連盟真樹道場宗師 キックボクシング真樹ジム会長。株式会社真樹プロダクション代表取締役、元極真会館本部道場師範代、元マス大山カラテスクール責任者。元ビッグマウス・ラウド特別顧問。NPO・アジア地域戦没者慰霊協会名誉顧問。映画・Vシネマの企画プロデュースや、格闘技のイベント興行・マッチメイクも不定期に手がけていた。 ペンネームは、高森3兄弟の本名の構成漢字を組み合わせる案を梶原が出し、これに従ったという。すなわち、梶原の「朝樹」と「真土」から1字ずつとって姓を「真樹」とし、下の名は三男の名「日佐志」を基に「志」を語呂良く「夫」に置き換えたものである。
郷田 勇三(ごうだ ゆうぞう、1940年(昭和15年)3月1… 郷田 勇三(ごうだ ゆうぞう、1940年(昭和15年)3月17日 - )は、日本の空手家で、極真会館(松井派)最高顧問である。東京都出身。極真空手九段。 東京都豊島区雑司が谷生まれ。高校時代に「牛と戦う空手家の大山倍達」の噂を耳にするも、道場移転の関係で入門できず、高校卒業直後の1959年(昭和34年)4月、大山道場へ入門した。ボクシングか空手かで迷った結果、月謝の安かった大山空手を選択したという。これが空手家として生きていく運命のきっかけとなる。 入門後は大山以下、石橋雅史・安田英治・黒崎健時らの指導を受けながら修行し、黒帯を取得をする。一時空手から離れるが、芦原英幸に中村忠の渡米の見送りに誘われ、羽田空港で大山と再会、これが縁で道場に復帰する。