二本木 美唯貴(にほんぎ みゆき、1993年4月30日 - … 二本木 美唯貴(にほんぎ みゆき、1993年4月30日 - )は、日本のジャーナリスト。テレビ神奈川記者。 神奈川県横須賀市出身。神奈川県立神奈川総合高等学校、学習院女子大学国際文化交流学部国際コミュニケーション学科卒業。 神奈川総合高校時代は放送部に所属し、2010年度第8回関東地区高校放送コンクールにて優良賞を受賞している。 学習院女子大学3年次の時にミスキャンパスの『ミス和コンテスト2014』に出場し準グランプリに輝いた。 アナウンサーを目指すため、テレビ朝日アスクを受講した。 大学卒業後の2016年4月に鹿児島讀賣テレビのアナウンサー・記者として入社。同期は佐野純子、橋口秀一。 宮部みゆきの作品を好み、憧れの人は杏、吉田羊、「強く逞しい女性」。
安田 菜津紀(やすだ なつき、1987年3月30日 - )は… 安田 菜津紀(やすだ なつき、1987年3月30日 - )は、日本のフォトジャーナリスト。認定NPO法人Dialogue for People副代表。横須賀市出身、上智大学総合人間科学部教育学科卒業。夫はDialogue for People代表で、フォトジャーナリスト、ライターの佐藤慧。 神奈川県横須賀市生まれ。14歳の時、新橋で鰻屋を営んでいた在日コリアン2世の父を亡くしている。パスポート取得時に戸籍を取り寄せるまで自分がコリアンの系譜にあることを知らなかった。父方の祖父は関西で活躍した元プロボクシング選手の金命坤(キム・ミョンゴン、金明根とも)。16歳でNPO法人「国境なき子どもたち」友情のレポーターとしてカンボジアで子どもたちを取材。
秋山 理央(あきやま りお、1984年 - )は、日本の映像… 秋山 理央(あきやま りお、1984年 - )は、日本の映像ディレクター、ジャーナリスト、政治活動家。 神奈川県藤沢市出身。神奈川県立深沢高等学校を経て神奈川大学経済学部卒業。 インターネットのCM制作会社で勤務する。 2007年6月に第4回北海道大学学生映画祭「グランプリ」を受賞、2013年1月に第2回自由報道協会賞「FPAJファン投票大賞」を受賞、2020年6月に第8回日隅一雄・情報流通促進賞「奨励賞」を受賞。 2011年の東日本大震災での福島第一原子力発電所事故が起きたことをきっかけとしてデモ活動の動画を撮影して公開するようになった。2011年6月に鎌倉市で行われる反原発のデモ活動を知って初めて見に行って、ハードルが低いためみんなが参加すれば良いと思う。
細江 克弥(ほそえ かつや、1979年6月2日 - )は、神… 細江 克弥(ほそえ かつや、1979年6月2日 - )は、神奈川県藤沢市出身の雑誌編集者、サッカージャーナリスト、サッカー解説者。 主な担当分野は、セリエAやジェフユナイテッド市原・千葉、高校サッカーである。 小学校3年生でサッカーを始める。当初は野球をすることも考えていたが、練習見学で遠投をしているところを見た細江の父が肩を壊すことへの危惧を示したこと、そしてキャプテン翼の影響もあり、サッカーの道へ進むことになる。ポジションはセンターフォワードだった。 中学生になると、Jリーグ開幕もあり全国的に町クラブ創設の機運が高まると、藤沢市、茅ヶ崎市、鎌倉市から実力者を集めたクラブFC湘南Jr.Y が創設され、入団することとなる。
柴 那典(しば とものり、1976年7月19日 - )は、日… 柴 那典(しば とものり、1976年7月19日 - )は、日本の音楽ジャーナリスト。神奈川県出身。 栄光学園中学校・高等学校から京都大学総合人間学部に進学し、在学中は作曲サークル「吉田音楽製作所」に所属して音楽活動をしていた。1期上の先輩に神前暁がおり、吉田音楽製作所については「同人音楽グループの走りだった」と述懐している。大学卒業後、1999年株式会社ロッキング・オンに入社。『ROCKIN'ON JAPAN』、『BUZZ』、『rockin'on』の編集に携わった。2004年、同社を退社し独立。2014年4月、初の著書『初音ミクはなぜ世界を変えたのか?』が刊行され、同年5月ダイノジの大谷ノブ彦との対談連載「心のベストテン」を開始。
今野 忍(こんの しのぶ、1975年 - )は、日本の政治ジ… 今野 忍(こんの しのぶ、1975年 - )は、日本の政治ジャーナリスト、元朝日新聞社記者。株式会社ポリティカル・ブリッジ代表取締役。 神奈川県立横浜緑ケ丘高等学校、中央大学総合政策学部を卒業後、アンダーセン・コンサルティング(現アクセンチュア)に入社。2003年に朝日新聞社へ入社した。 同社では甲府、秋田総局を経て、2009年より政治部に配属。首相官邸、防衛省、自民党、公明党、民主党、日本維新の会など、与野党を問わず幅広く担当した。特に、菅義偉および岸田文雄の両首相に対しては、番記者として10年以上の取材経験を持つ。 2026年1月、朝日新聞社を退社。同年、株式会社ポリティカル・ブリッジを設立し、代表取締役に就任した。
塚田 亮一(つかだ りょういち、1974年8月1日 - )は… 塚田 亮一(つかだ りょういち、1974年8月1日 - )は、神奈川県横浜市出身の餃子評論家、フードジャーナリスト。 マツコの知らない世界の餃子案内役や、お願い!ランキング GOLDでは餃子ランキングの審査員を務めるなどTVやラジオにも多数出演。餃子専門WEB東京餃子通信編集長。 「餃子は完全食」のスローガンのもと、美味しい餃子を求めてどこまでも日々食べ歩く。首都圏はもとより、宇都宮、浜松、福島などの餃子タウン、さらには世界中の餃子風料理までを網羅し、これまで食べ歩いた餃子店の数は3000店以上。 長年の研究からたどり着いた手作り餃子を披露する事もしばしば。 IT系企業に勤めるかたわら2010年に餃子専門WEB東京餃子通信を開設し編集長を務める。
島下 泰久(しました やすひさ、1972年6月4日 - )は… 島下 泰久(しました やすひさ、1972年6月4日 - )は、日本のモータージャーナリスト。AJAJ(日本自動車ジャーナリスト協会)会員。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。 神奈川県相模原市出身。立教大学法学部在学中から自動車雑誌の編集に携わるようになり、編集部契約スタッフを経て、1996年(平成8年)よりフリーランスの自動車評論家となる。現在は、雑誌やウェブサイトなどへ寄稿するほか、テレビ、ラジオへの出演や講演も行なっている。 2001年(平成13年)、史上最年少で日本自動車ジャーナリスト協会(AJAJ)会員となった。 2007年(平成19年)より毎年、日本カーオブザイヤー選考委員を務める。
八木澤 高明(やぎさわ たかあき、1972年〈昭和47年〉 … 八木澤 高明(やぎさわ たかあき、1972年〈昭和47年〉 - )は、日本のノンフィクション作家、フォトジャーナリスト、カメラマン。神奈川県横浜市出身。 帝京大学文学部史学科を中退後、1999年(平成11年)に講談社の写真週刊誌「フライデー」の専属カメラマンとなり、事件取材を多く担当する。2004年(平成16年)よりフリーランスとして活動している。2015年(平成27年)には三田誠広と関川夏央の推薦により、日本文藝家協会の会員となる。 世間から見えにくい人々への興味が深く、犯罪や娼婦といった裏社会や日陰者などを取材対象とすることが多い[出典無効]。2013年(平成25年)発行の著作『マオキッズ 毛沢東のこどもたちを巡る旅』は、西ネパールで知り合った18歳の女性兵士が政府軍との戦いで戦死したことをきっかけに、2001年(平成13年)から2011年(平成23年)にかけてネパール共産党毛沢東主義派(マオイスト)の取材を経て刊行したもので、第19回小学館ノンフィクション大賞の優秀賞を受賞した。
森田 洋之(もりた ひろゆき、1971年〈昭和46年〉10月… 森田 洋之(もりた ひろゆき、1971年〈昭和46年〉10月11日 - )は、日本の内科医、プライマリ・ケア医、医療経済ジャーナリスト。南日本ヘルスリサーチラボ代表。ひらやまのクリニック院長。元夕張市立診療所所長。元鹿児島県参与。医学ジャーナリスト協会優秀賞受賞。 神奈川県横浜市生まれ。駒場東邦中学校・高等学校卒業。1浪2留ののち、1997年一橋大学経済学部卒業。2003年宮崎医科大学(現・宮崎大学医学部)卒業。2012年夕張市立診療所所長。2013年鹿児島市の南日本ヘルスリサーチラボ代表。2017年鹿児島県参与(地方創生担当)。2020年南九州市でひらやまのクリニックを開業。『破綻からの奇蹟』で医学ジャーナリスト協会優秀賞受賞。
金子 哲雄(かねこ てつお、1971年4月30日 - 201… 金子 哲雄(かねこ てつお、1971年4月30日 - 2012年10月2日)は、日本の流通ジャーナリスト、プライスアナリスト、中小企業診断士(経済産業大臣登録)。各種メディアに登場する際には、肩書きを「流通ジャーナリスト」に統一していた。マネージメント事務所は株式会社オフィス・トゥー・ワン。独特の口調と親しみやすいキャラクターで人気を集めた。 千葉県生まれの神奈川県横浜市育ち。子供の頃より、スーパーマーケットのチラシを比較するのが好きだった。そのことが流通ジャーナリストになる理由になった。慶應義塾高等学校を経て、慶應義塾大学文学部へ進学。4人姉弟の長男で姉二人と弟一人がいたが、いずれも幼くして病死したため、姉弟のぶんも生きようと意識していたという。
石橋 学(いしばし がく、1971年 - )は、日本のジャー… 石橋 学(いしばし がく、1971年 - )は、日本のジャーナリスト。神奈川新聞記者、川崎総局編集委員。「時代の正体」取材班の一員であり、ヘイトスピーチ問題の取材で知られる。2010年代以降は、ヘイトスピーチを差別として正面から批判する報道姿勢を取ることを自ら打ち出している。 連載「時代の正体」や、川崎・桜本の人びとの反ヘイトの取り組みを描いた『ヘイトデモをとめた街 川崎・桜本の人びと』などの共著がある。 東京都練馬区で生まれ、小児喘息の療養も兼ねて小学4年時に神奈川県鎌倉市へ転居した。少年時代は野球に打ち込み、高校野球の大会でヒットを打った際に神奈川新聞にインタビュー記事が掲載された経験から、一つの記事が家族や恩師に喜びをもたらし、人びとを繋げる「新聞の力」を実感したという。
別府 正一郎(べっぷ しょういちろう、1970年4月 - )… 別府 正一郎(べっぷ しょういちろう、1970年4月 - )は、日本のジャーナリスト、NHK国際部、政治部記者、ニュースキャスター、元解説委員。 大阪府出身。神奈川県立希望ヶ丘高等学校、京都大学法学部卒業。フランス社会科学高等研究院修了、1994年4月NHK入局。奈良放送局、1999年に国際部へ異動しヨーロッパ総局カイロ支局特派員。 2004年に「イラク国連バグダッド事務所爆破テロ――瞬間映像のスクープ」にて新聞協会賞(編集部門)、2007年に国連特派員協会金賞、ボーン・上田記念国際記者賞を受賞。 2007年よりアメリカ総局にて国連を2009年まで担当。帰国し、政治部へ異動。 2012年から国際部デスクとしてドバイ支局長。
竹内 明(たけうち めい、1969年2月23日 - )は、T… 竹内 明(たけうち めい、1969年2月23日 - )は、TBSテレビ執行役員、前報道局長、ジャーナリスト、作家。TBS(東京放送)→TBSテレビの元・記者およびニュースキャスターで、身長は182cm。血液型はB型。 神奈川県茅ヶ崎市出身。神奈川県立鶴嶺高等学校、慶應義塾大学法学部法律学科卒業後の1991年にTBS(当時)へ入社。同期入社組に、アナウンサーの秋沢淳子(現在はTBSテレビ事業局国際事業部員)と安東弘樹(現在はフリーアナウンサー)、映画事業部担当部長の平野隆、武田一顯(元・TBSラジオ国会担当記者)、制作局プロデューサーの大久保竜と高橋一晃らがいる。 TBSへの入社後に、ADなどを経て報道局に配属。
油井 秀樹(ゆい ひでき、1969年〈昭和44年〉生)は、日… 油井 秀樹(ゆい ひでき、1969年〈昭和44年〉生)は、日本のジャーナリスト。NHKメディア総局報道局国際部記者。 横浜市立庄戸中学校、神奈川県立柏陽高校、早稲田大学卒業後、1994年(平成6年) NHK入局。初任地NHK沖縄放送局を経て、報道局国際部に配属。 2003年(平成15年)のイラク戦争では アメリカ陸軍に従軍し現地から戦況を伝えた。その後、ワシントン支局、中国総局、イスラマバード支局などを経て、2016年(平成28年)から再びワシントン支局に勤務。2018年(平成30年)6月ワシントン支局長に昇格。通算5年間の勤務を経て、2021年(令和3年)3月29日報道局記者主幹・池畑修平の後任で『国際報道2022』のメインキャスターに就任。
高橋 浩祐(たかはし こうすけ、1968年 - )は、日本の… 高橋 浩祐(たかはし こうすけ、1968年 - )は、日本のジャーナリスト。米外交・安全保障専門オンライン誌「ディプロマット」東京特派員。英軍事週刊誌ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー 前東京特派員。日本国内閣府主催の令和元年(2019年)度「世界青年の船(SWY)」日本ナショナルリーダー。ハフィントン・ポスト・ジャパン元編集長。元ホリプロ所属。 神奈川県川崎市出身。幼少時に両親が離婚し、女手一つの家庭で妹と育つ。桜本幼稚園、川崎市立東桜本小学校、川崎市立桜本中学校、神奈川県立新城高校、1993年3月に慶應義塾大学経済学部(島田晴雄研究会所属)を卒業。2002年1月、コロンビア大学国際公共政策大学院(SIPA)に入学。
齋藤 海仁(さいとう かいじん、1968年 - )は、日本の… 齋藤 海仁(さいとう かいじん、1968年 - )は、日本のフリーランスライター、サイエンスライター、釣りジャーナリスト、ボートジャーナリスト。 神奈川県横須賀市出身。東京工業大学大学院生命理工学研究科バイオサイエンス専攻修士課程修了。 新潮社「シンラ」編集部、つり人社「ボート&リール」編集長を経て独立。つり人社時代は『ボート&リール』の編集長を務めた。 作家・椎名誠を隊長とする「第三次あやしい探検隊」の「怪しい雑魚釣り隊」では”エース”として活躍。好物は白湯。隊の中でほぼ唯一酒類を好まない。嫌いなものはニンニク。 椎名誠には「人生の何の役にも立たないウニ・ホヤ・ヒトデを大学院で研究した男」と紹介されることが多い。
國枝 すみれ(くにえだ すみれ、1967年11月24日 - … 國枝 すみれ(くにえだ すみれ、1967年11月24日 - )は、日本のジャーナリスト、毎日新聞社の記者。ロサンゼルス、メキシコ、ニューヨークの各支局を経て、デジタル報道グループに所属する。2005年度にボーン・上田記念国際記者賞を受賞した。 東京都目黒区生まれ。神奈川県藤沢市鵠沼で育ち、藤沢市立鵠洋小学校、藤沢市立鵠沼中学校、神奈川県立湘南高等学校を経て、慶應義塾大学法学部政治学科を卒業した。大学在学中にメリーランド大学へ交換留学し、アメリカで社会学を学んだ。 1991年に毎日新聞社に入社し、英字新聞「毎日デイリーニューズ」編集部に配属された。その後、西部本社福岡総局、ロサンゼルス支局、東京本社夕刊編集部、メキシコ支局、ニューヨーク支局などを経て、2019年からデジタル報道センターに所属する。
早瀬 史麻(はやせ しま、1967年 - )は、日本のフリー… 早瀬 史麻(はやせ しま、1967年 - )は、日本のフリージャーナリスト、フォトジャーナリスト。 東京都生まれ、横須賀市育ち。アメリカミズーリ州立大学ジャーナリズム学科卒業。1992年にカリフォルニア州ロサンゼルスの地方紙で報道記者として勤務した後、1993年から2000年まで読売新聞の写真部記者として活動した。 2000年に読売新聞を退社し、以後はフリーとして活動している。2005年に立教大学大学院でMBAを取得した。 日本文化チャンネル桜(スカイパーフェクTV!767ch)内番組、「アジアの息吹」及び「報道ワイド日本「暴走246 Part2」」、「防人の道 今日の自衛隊」ではキャスターを務めていた。
小林一人(こばやし かずと、本名読み:こばやし かずひと、1… 小林一人(こばやし かずと、本名読み:こばやし かずひと、1966年(昭和41年)5月7日 - )は、日本のゴルフジャーナリスト、編集者、劇画原作者。神奈川県小田原市出身。 神奈川県小田原市出身。目黒区立中根小学校卒業後、麻布中学校・高等学校を経て、東京大学経済学部卒業。 1989年(平成元年)に株式会社電通入社。雑誌局で集英社、角川書店などを担当。退社後は父親の事業(建材商社)を手伝いながら、雑誌製作プロデューサーとして活動。その実績が認められ日本ヴォーグ社発行の『GOLF TODAY』編集長に就任。部数を飛躍的に伸ばし事業のV字回復に貢献。『GOLF TODAY』誌では編集長職のほか劇画原作者として漫画家大島やすいち氏とのコンビでゴルフ劇画「あるがまま」を連載。
古谷 浩一(ふるや こういち、1966年(昭和41年)- )… 古谷 浩一(ふるや こういち、1966年(昭和41年)- ) は、日本のジャーナリスト。朝日新聞論説委員。 神奈川県生まれ、神奈川県立湘南高等学校(60回生)、上智大学理工学部を卒業。 1990年(平成2年)朝日新聞社入社。前橋支局、大阪本社社会部を経て、中国・南京大学、韓国・延世大学で研修。 2006年(平成18年)3月、瀋陽支局長、2012年(平成24年)から翌年まで東京本社国際報道部次長。 2013年(平成25年)から18年まで中国総局長。 2022年(令和4年)10月から、郷富佐子、谷津憲郎ともに天声人語を担当する。
臼井 賢一郎(うすい けんいちろう、1964年9月4日- )… 臼井 賢一郎(うすい けんいちろう、1964年9月4日- )は、KBC九州朝日放送の解説委員長、ジャーナリスト、プロデューサー、コメンテーター。 神奈川県藤沢市生まれ、福岡県中間市育ち。中間市立中間東中学校、福岡県立東筑高等学校、九州大学農学部卒業。 趣味は、クラシック音楽鑑賞、ミュージカル鑑賞、バレエ鑑賞、読書、映画、ゴルフ、スポーツ観戦(ラグビー)など。
増田 ユリヤ(ますだ ユリヤ、1964年7月27日 - )は… 増田 ユリヤ(ますだ ユリヤ、1964年7月27日 - )は、日本のジャーナリスト、YouTuber。 神奈川県横浜市で生まれ、横浜学院女子高校、國學院大學文学部史学科を卒業する。 明治学院高等学校で世界史、日本史、現代社会の非常勤講師として勤めつつ、NHK横浜放送局でリポーターを兼業した。 日本テレビ『世界一受けたい授業』に歴史や地理の分野で出演し、テレビ朝日系列『グッド!モーニング』でコメンテーターを務め、日本と世界で広く取材・執筆している。 キリスト教徒(正教会・ギリシャ正教)で、キリスト教徒の両親が、本人の洗礼名「ユリヤ」をそのまま戸籍名とした。 2026年1月5日、月曜レギュラーだったワイド!スクランブル内において、既婚であることと、夫がかつてメキシコでプロレスラーだったことを公表。
反町 理(そりまち おさむ、1964年4月26日 - )は、… 反町 理(そりまち おさむ、1964年4月26日 - )は、日本のジャーナリスト、ニュースキャスター、YouTuber。元・株式会社フジテレビジョン取締役解説委員長。 神奈川県横浜市出身。栄光学園中学校・高等学校、早稲田大学政治経済学部政治学科卒業。 小学5年時に自宅書棚に父親が所持していた、『青春国会劇場 早稲田大学雄弁会が産んだ7人のサムライ』(豊田行二著作)に興味を持ち熟読した結果、雄弁会がどんな組織が非常に興味を持ち、大学受験は早稲田大学のみを受験、大学在学中は、早稲田大学雄弁会に所属した。同会に所属したため、第37回衆議院議員総選挙にて活動の一環で当時衆議院議員であった元東京都知事の石原慎太郎の選挙活動を手伝っていたので、選挙の裏事情の現場にも居たと回想している。
正力 源一郎(しょうりき げんいちろう、1963年(昭和38… 正力 源一郎(しょうりき げんいちろう、1963年(昭和38年)11月23日 - )は、日本のジャーナリスト、実業家。テレビ新潟放送網代表取締役社長、読売新聞グループ本社個人株主。
藤崎 圭一郎(ふじさき けいいちろう、1963年 - )は、… 藤崎 圭一郎(ふじさき けいいちろう、1963年 - )は、日本のデザインジャーナリスト。エディター。東京芸術大学美術学部デザイン科教授。雑誌や新聞にデザイン、建築に関する記事を執筆。神奈川県横浜市出身。
清水 草一(しみず そういち、1962年1月29日 - )は… 清水 草一(しみず そういち、1962年1月29日 - )は、東京都新宿区出身杉並区在住の自動車評論家、交通ジャーナリスト、フリーライター、エッセイスト、書籍編集者。 日本文藝家協会会員、元日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。 ペンネームの清水草一名義のほか、(2017年まで)MJブロンディ、永福ランプ、シミズソーイチ、CARトップの「デートカー大復古計画」では、フルムーンの鬼という名義も用いた。 小説家の清水一行の長男として東京都新宿区の聖母病院にて生まれる。慶應義塾高校から慶應義塾大学法学部卒業後、1984年に集英社に入社、「週刊プレイボーイ」編集部グラビア班から活版班、自動車担当を務めるが、野球、ファミコン、オカルト、社会風俗、戦史などの担当も務め、記事の執筆も行い、1989年から1993年には筑波サーキットを中心にレースにも参戦した。
松浦 晋也(まつうら しんや、1962年1月1日 - )は、… 松浦 晋也(まつうら しんや、1962年1月1日 - )は、日本のノンフィクション作家、ジャーナリスト。宇宙作家クラブ会員。 東京都出身。慶應義塾大学理工学部機械工学科卒業、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修了。日経BP社にて、機械工学、宇宙開発、パソコン、通信、放送などの分野の取材と執筆を経験。2000年にフリーランスのジャーナリストとして独立。主に航空宇宙工学分野での取材・執筆活動を手がける。
増島 みどり(ますじま みどり、1961年5月21日 - )… 増島 みどり(ますじま みどり、1961年5月21日 - )は、日本のスポーツジャーナリスト。 神奈川県鎌倉市出身。学習院大学法学部政治学科卒業後、1984年に日刊スポーツ新聞社に入社。日刊スポーツ時代はアマチュア野球、プロ野球(読売ジャイアンツ担当)、アマチュアスポーツ全般、サッカーなど幅広い分野でのスポーツ取材を経験する。 1997年に日刊スポーツを退職してフリーランスのスポーツジャーナリストに転身してからは、多くのアスリートたちと取材を通して関係を深める傍ら、自らが主宰するウェブサイトからも情報発信をおこなっている。
鈴木 款(すずき まこと、1961年 - )は、フジテレビ「… 鈴木 款(すずき まこと、1961年 - )は、フジテレビ「報道2001」ディレクター、ニューヨーク支局長、経済部長を経て現在解説委員であるジャーナリスト。iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授 1961年北海道函館市生まれ。神奈川県立小田原高校、早稲田大学政治経済学部卒業後、農林中央金庫で外国為替ディーラーなどを経て、1992年フジテレビに入社。2020年早稲田大学大学院スポーツ科学研究科卒業。著書に「小泉進次郎 日本の未来をつくる言葉」、「日本のパラリンピックを創った男 中村裕」、「日経電子版の読みかた」、編書に「2020教育改革のキモ」。映倫の年少者映画審議会委員。はこだて観光大使。
牧嶋 博子(まきしま ひろこ、1960年7月11日 - )は… 牧嶋 博子(まきしま ひろこ、1960年7月11日 - )は、日本の放送ジャーナリスト。TBS報道局解説・専門記者室長。社会部スペシャリスト部長、同報道局解説委員を歴任。元アナウンサー。本名、高橋 博子(たかはし ひろこ)。旧姓、牧嶋(まきしま)。 神奈川県出身。神奈川県立湘南高等学校を経て、上智大学文学部新聞学科卒業。大学生時代、スポーツはバドミントンをやっていた。就職活動の時、最初は出版社希望で、希望する企業が少なかったという中でTBSも受けたら合格したという。 1983年4月、TBSに第20期生アナウンサーとして入社(同期は浦口直樹、有村かおり、野口雅子)。 1986年に放送作家の高橋秀樹と結婚。
合田 直弘(ごうだ なおひろ、1959年12月27日 - )… 合田 直弘(ごうだ なおひろ、1959年12月27日 - )は、日本の海外競馬評論家、解説者、レーシングジャーナリスト。東京都出身。 父親が競馬好きだったため、小さいころから週末に競馬中継をよく見ていた。中学受験を経て慶應義塾普通部(中学校)に進学すると馬術部に入部し、乗馬を始める。そのころに行った千葉新田牧場(閉鎖)や那須野牧場などにいた競走馬、雑誌『優駿』の記事、FENの放送などによって日本国外の競馬に興味を持ち始める(なお、千葉新田牧場の代表を務めた新田幸次郎は馬術部の同級生)。 慶應義塾高等学校を経て、1982年に慶應義塾大学経済学部を卒業し、テレビ東京に入社。『土曜競馬中継』などの制作を担当した。
渋谷 和宏(しぶや かずひろ、1959年12月8日 - )は… 渋谷 和宏(しぶや かずひろ、1959年12月8日 - )は、日本の作家、経済ジャーナリスト。大正大学表現学部客員教授。『日経ビジネスアソシエ』 創刊編集長。日経BP社 ビジネス局長などを経て、勤続30年となる節目の2014年3月末で同社を退社・独立した。 神奈川県横浜市西区出身。埼玉県在住。神奈川県立希望ヶ丘高等学校、法政大学経済学部卒業後、1984年4月日経BP(当時は日経マグロウヒル)入社。日経ビジネス編集部に配属され、経済記者として7年間にわたり取材・執筆活動を行い、おもにマクロ経済、企業戦略、環境問題を担当。その後、週刊で発行していた時代の日経エンタテインメント!編集部や、書籍を編集・発行する出版局などに所属した。
日下部 正樹(くさかべ まさき、1959年11月18日 - … 日下部 正樹(くさかべ まさき、1959年11月18日 - )は、TBSテレビに所属する日本のジャーナリスト、ニュースキャスター、報道局記者。元アナウンサー。 神奈川県小田原市出身。早稲田大学法学部卒業。 1983年、大学時代に映画『戦場のメリークリスマス』に出演。1985年4月、TBSに入社。一般職で採用されアナウンサーに配属(同期は下村健一)、ニュース・報道系アナウンサーとして活動。アナウンサー時代にはクイズ番組の司会、『ザ・ベストテン』も希望していた。1989年より、報道局に異動。報道局政治部記者を経て海外特派員としてJNN香港支局およびJNN北京支局の支局長を歴任し、帰国後は報道局外信部デスクなどを担当したのち、JNNソウル支局長に就任した。
石川 一郎(いしかわ いちろう、1957年9月8日 - )は… 石川 一郎(いしかわ いちろう、1957年9月8日 - )は、日本のジャーナリスト、実業家である。テレビ東京ホールディングス代表取締役会長。 神奈川県横浜市生まれ。聖光学院高等学校を経て、1980年3月一橋大学社会学部卒業後、同年4月に日本経済新聞社に入社。 日本経済新聞入社後は経済・政治畑で新聞記者として活動。2003年3月から3年間、日本経済新聞名古屋支社編集部長を務める。 2006年3月に日本経済新聞東京本社編集局次長兼政治部長に就く。 2007年3月から日本経済新聞東京本社編集局次長在職のまま、東京本社版夕刊編集長と論説委員に就任。その後、2011年3月に日本経済新聞社執行役員となり、2012年3月に常務取締役、2015年3月に専務取締役にそれぞれ昇任。
石原 伸晃(いしはら のぶてる、1957年〈昭和32年〉4月… 石原 伸晃(いしはら のぶてる、1957年〈昭和32年〉4月19日 - )は、日本の政治家、ジャーナリスト、コラムニスト、タレント。 衆議院議員(10期)、近未来政治研究会(石原派)会長、自民党外交調査会長代行、規制改革担当大臣(第1次小泉内閣・第1次小泉第1次改造内閣)、国土交通大臣(第3・4代)、自民党金融調査会長、衆議院法務委員長、自民党政務調査会長(第49代)、自民党幹事長(第45代)、環境大臣(第19代)、内閣府特命担当大臣(原子力防災・経済財政政策)、自民党たばこ議員連盟副会長、自民党外交再生戦略会議議長、内閣官房参与(観光立国その他特命担当)、自由民主党東京都支部連合会最高顧問等を歴任。
迫田 朋子(さこた ともこ、旧姓:丸山(まるやま)、1956… 迫田 朋子(さこた ともこ、旧姓:丸山(まるやま)、1956年6月16日 - )は、日本のジャーナリスト。ビデオニュース・ドットコム所属。元NHK放送総局番組制作局教育番組センター・チーフディレクター、解説委員、アナウンサー。 神奈川県横浜市出身。中学・高校時代は卓球の選手だった。東京学芸大学附属高等学校、東京大学医学部保健学科卒業。大学卒業後、1980年にアナウンサーとしてNHKに入局。報道番組のキャスターなどを務めた。 その後人事異動により解説委員室に移籍。『あすを読む』、『NHKニュースおはよう日本』など、解説委員室が制作にかかわる番組で医療や社会福祉、教育問題に鋭いメスを入れた解説を行っていた。
福田 ますみ(ふくだ ますみ、1956年5月5日 - )は、… 福田 ますみ(ふくだ ますみ、1956年5月5日 - )は、日本のジャーナリスト。 神奈川県横浜市生まれ。立教大学社会学部卒業後、専門誌業界、編集プロダクションを経て、フリーライターとなる。 犯罪、ロシアをはじめとしてさまざまな分野で取材をおこなう。『正論』や『新潮45』や『Hanada』などの雑誌記事を多く手がけ、単行本も執筆している。 全国報道された「教師によるいじめ」の事例での福岡で起きたモンスターペアレントによるでっち上げ疑惑を取り上げた、『でっちあげ 福岡「殺人教師」事件の真相』で、2007年に第6回「新潮ドキュメント賞」を受賞する。2016年には、「新潮45」で連載した「モンスターマザー 長野・丸子実業高校『いじめ自殺』でっちあげ事件」で、「編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞」作品賞を受賞した。
広岡 裕児(ひろおか ゆうじ、1954年 - )はフランス在… 広岡 裕児(ひろおか ゆうじ、1954年 - )はフランス在住のジャーナリスト。 神奈川県川崎市出身。大阪外国語大学フランス語科卒。卒業後はパリ第三大学映画科に留学する。その後、フランスに留まりジャーナリストとして活動する。パリ郊外の自治体プロジェクトに参加し、この他、さまざまな業務・研究報告・通訳・翻訳に携わる。
小倉 正行(おぐら まさゆき、1952年 - )は、日本のジ… 小倉 正行(おぐら まさゆき、1952年 - )は、日本のジャーナリスト。 神奈川県鎌倉市出身。京都大学法学部卒業。日本農業市場学会、日本科学者会議に所属。国会議員秘書を経てジャーナリストになる。 2011年に日本が環太平洋パートナーシップ協定に加わることに反対する。このことで日本の農業は壊滅し、国土は荒廃し、有害食品が国内に入ってきて、医療が受けられなくなると主張していた。食料自給率は13%に下がると試算していた。 中国から輸入されている食品については、見た目を綺麗にするために用いられている漂白剤が用いられており、これを基準値を超えて摂取すると気管支の障害やアレルギーを引き起こす危険性があるとする。
大住 良之(おおすみ よしゆき、1951年7月17日 - )… 大住 良之(おおすみ よしゆき、1951年7月17日 - )は、日本のサッカージャーナリスト、サッカー指導者。サッカーマガジン編集長、FC PAF監督、日本スポーツプレス協会副会長、日本サッカー協会審判委員等を歴任。アジアサッカー連盟フットボール・ライター・オブ・ザ・イヤー受賞。 神奈川県横須賀市久里浜出身。日本のサッカージャーナリストの先駆者的な存在で知られる。 栄光学園中学校・高等学校、一橋大学法学部卒業後、大学時代にアルバイトをしていたベースボール・マガジン社に1974年に入社、サッカーマガジン編集部に在籍。1978年以降は編集長を務めた。 1982年にベースボール・マガジン社退社。 その後はアンサーを経て1988年からはフリーとなる。
今宮 純(いまみや じゅん、1949年3月18日 - 202… 今宮 純(いまみや じゅん、1949年3月18日 - 2020年1月4日)は、日本のモータースポーツ・ジャーナリスト。日本モータースポーツ記者会(JMS)会員。 妻は翻訳家・ジャーナリストの今宮雅子。 神奈川県小田原市出身。神奈川県立平塚江南高等学校、慶應義塾大学文学部図書館学科卒業。 大学時代から自動車研究会に所属するかたわら、アルバイトを兼ねて「カーグラフィック」などの自動車専門誌にレース関連の記事を寄稿していた。1973年にはヨーロッパへ取材を兼ねたレース観戦旅行に出かけ、F1オランダGPを観戦した。大学卒業後もフリーのジャーナリストとしてレース雑誌を中心に執筆活動を続けたが、当時は第一次オイルショック直後で日本の自動車メーカーが一斉にワークス活動から手を引いた時期であり、フリーの今宮もジャーナリストとしての仕事がほとんどもらえない状態だったため、一時パチプロとして生計を立てていた時期もあったという。
蒲谷 茂(かばや しげる、1949年1月25日 - 2019… 蒲谷 茂(かばや しげる、1949年1月25日 - 2019年6月2日)は、日本の医療ジャーナリスト。 神奈川県横浜市生まれ。立教大学経済学部卒業後、3年間の銀行勤務の後、1974年『壮快』の創刊に編集部員として参加。 その経歴から、健康関連を題材とした出版が多い。 かつては八ヶ岳南麓に住み、エフエム八ヶ岳のパーソナリティもつとめていた。 2019年6月2日、Facebookにて蒲谷の妻が死去したことを報告した。70歳没。
伊藤 惇夫(いとう あつお、1948年(昭和23年)8月28… 伊藤 惇夫(いとう あつお、1948年(昭和23年)8月28日 - )は、日本のジャーナリスト、政治評論家(政治アナリスト)。 神奈川県出身。学習院大学法学部を卒業後、出版社勤務を経て、1973年に自由民主党本部事務局へ入職。自民党では広報を担当し、1989年から1992年まで自民党政治改革事務局主査補として政治改革大綱を取りまとめる。その後、羽田孜らと行動を共にして1994年に自民党を退職、1995年から新進党総務局、1996年から太陽党、1998年に民政党および民主党の事務局に勤務。太陽党以後は、いずれも事務局長を務めた。 新党の結成に次々と立ち会ったことから「新党請負人」の異名を持つ。2001年、民主党を退職し、政治アナリストとして独立。
太田 公子(おおた きみこ、1948年8月 - )は、日本の… 太田 公子(おおた きみこ、1948年8月 - )は、日本のアナウンサー、福祉ジャーナリスト、政治家。旧姓、中川(なかがわ)。 東京都出身、神奈川県川崎市育ち。東京都立新宿高等学校を経て共立女子短期大学英語学科卒業。福島中央テレビ、テレビ神奈川にて初代アナウンサーとして在職後にフリーアナウンサーに。その後、川崎市議会議員(1期)を歴任した。 高校での現代国語の授業での朗読でのセンスを買われ担当教師からアナウンサーへの道を勧められる。短大に通いながらアナウンスアカデミーにて勉強の末、1970年4月1日、福島中央テレビにアナウンサーとして入社、放送界入り。1972年、テレビ神奈川初代アナウンサーを経てフリーアナウンサーとして活動。
梅津 時比古(うめづ ときひこ、1948年 - )は、日本の… 梅津 時比古(うめづ ときひこ、1948年 - )は、日本のジャーナリスト、毎日新聞記者、音楽評論家、桐朋学園大学学長(2013年4月ー2022年3月任期満了退任)。専門は、西洋音楽史。 神奈川県鎌倉市生まれ。1971年早稲田大学第一文学部西洋哲学科卒業。毎日新聞社東京本社編集局に入社。ケルン音楽大学留学を経て、2002年から毎日新聞社東京本社学芸部専門編集委員となる。2013年から毎日新聞社客員特別編集委員として音楽コラムを執筆。 2004年から母校の早稲田大学商学部非常勤講師、2010年から桐朋学園大学音楽部特任教授。2013年4月から桐朋学園大学学長に就任(2022年3月までで任期満了退任)。
戸谷 真人(とや まこと、1946年7月6日 - 2024年… 戸谷 真人(とや まこと、1946年7月6日 - 2024年12月27日)は、文化放送の元アナウンサーでフリージャーナリスト。 神奈川県鎌倉市出身、栄光学園高等学校を経て、早稲田大学第一政治経済学部経済学科へ進学。早稲田大学では、数多くのアナウンサーを輩出している放送研究会で活動していた。 大学卒業後の1969年に、アナウンサーとして文化放送に入社した。入社後は、プロ野球や大相撲を中心に、スポーツ中継の実況で活躍。モスクワ・ロサンゼルス・バルセロナの各オリンピックでも実況を担当した。ロサンゼルスオリンピックで実況を任された柔道無差別級決勝のラジオ中継では、山下泰裕による金メダル獲得の瞬間を伝えている。
ピーコ(1945年〈昭和20年〉1月18日 - 2024年〈… ピーコ(1945年〈昭和20年〉1月18日 - 2024年〈令和6年〉9月3日)は、日本のタレント、ファッション評論家・ジャーナリスト、シャンソン歌手である。本名は杉浦 克昭(すぎうら かつあき)。映画評論家のおすぎは一卵性双生児の弟で、ともにデビュー時から同性愛者であることを公表し、そのキャラクターを活かしてタレント、コメンテーターとして活躍していた。兄弟姉妹は双子の弟のおすぎの他に姉が2人いる。ピーコの名付け親は永六輔。 横浜市立桜丘高等学校を経て、文化服装学院研究専門部卒業。 主にタレント及びファッション評論家として活動するが、シャンソン歌手としても活動。活動は多くはないがCDを出したり、コンサートも行っていた。
今井 義典(いまい よしのり、1944年〈昭和19年〉12月… 今井 義典(いまい よしのり、1944年〈昭和19年〉12月3日 - )は、日本のジャーナリスト。元日本放送協会(NHK)副会長。慶應義塾評議員。 神奈川県鎌倉市出身。 栄光学園高校を経て慶應義塾大学経済学部卒業。大学時代に1年間米国に留学。 1968年、NHK入局(同期に第18代NHK会長の橋本元一)。『NHK高松放送局』放送部記者。地方記者として行政や香川県警の取材やレポート等を担当。4年間在籍。1973年8月より、報道局に配属。報道局外信部(現・報道局国際部)記者として東京での勤務となり、5年間 外務省や国防・軍事関連等の取材やレポートを担当。1978年8月に渡米し、海外特派員として『NHKニューヨーク支局(現・NHKアメリカ総局)』に赴任。
岡島 成行(おかじま しげゆき、1944年1月18日 - )… 岡島 成行(おかじま しげゆき、1944年1月18日 - )は、日本の科学ジャーナリスト。日本環境教育フォーラム専務理事、NPO法人自然体験活動推進協議会代表理事。学校法人青森山田学園理事長。 神奈川県横浜市生まれ。浅野高校卒業後、上智大学文学部ドイツ文学科卒業。1969年、読売新聞社入社後、前橋支局、東京本社社会部、江東支局を経て、1980年から環境問題専門記者となる。1983年~1984年、米国ワシントン大学客員研究員。1988年、チョモランマ登山取材団長として参加。同年、国連環境計画「グローバル500賞」受賞。1992年、地球サミット(ブラジル)に同社取材団長として参加。1999年、読売新聞社退社後、大妻女子大学教授(環境メディア論)。