濱岡 蒼太 (はまおか そうた、2007年10月10日 -… 濱岡 蒼太 (はまおか そうた、2007年10月10日 - )は、神奈川県横浜市出身のプロ野球選手(投手・育成選手)。左投左打。埼玉西武ライオンズ所属。 長津田小学校3年生のときに南長津田ジュニアジャイアンツで野球を始め、横浜市立田奈中学校では同校の軟式野球部に所属していた。 中学卒業後は、神奈川県立川和高等学校に進学。1年の夏からベンチ入りを果たし、秋からエースに。3年春の神奈川大会では同校初のベスト8進出に貢献した。3年夏は5回戦で平塚学園高校に敗れ、3年間での甲子園出場経験はない。その後、埼玉西武ライオンズの入団テストを受験して合格を果たし、2025年10月23日に行われたドラフト会議にて、埼玉西武ライオンズから育成4位で指名を受けた。
佐藤 龍月(さとう りゅうが、2007年7月13日 - )は… 佐藤 龍月(さとう りゅうが、2007年7月13日 - )は、神奈川県川崎市出身のプロ野球選手(投手)。左投左打。オリックス・バファローズ所属。 川崎市立大戸小学校で6年生の時に読売ジャイアンツジュニアに選出された。 川崎市立西中原中学校在学時は硬式野球のクラブチームである東京城南ボーイズでプレーし、2022年にはWBSC U-15ワールドカップの日本代表に選出された。 約50校から勧誘を受けた中で高崎健康福祉大学高崎高等学校に進学し、1年秋からエースを務めた。2年春の第96回選抜高等学校野球大会では左手中指の血豆に悩まされながらも、5試合で計22回無失点の好投で優勝に貢献。報徳学園との決勝で1点リードの9回に登板して無失点に抑え、優勝投手となった。
半田 南十(はんだ みなと、2007年5月10日 - )は、… 半田 南十(はんだ みなと、2007年5月10日 - )は、神奈川県横浜市緑区出身のプロ野球選手(内野手)。右投左打。北海道日本ハムファイターズ所属。 小学校時代は横浜DeNAベイスターズジュニアでプレーした。中学校時代はクラブチームに所属。 日本大学藤沢高等学校では入学直後の練習試合から本塁打を量産したことが相まって、1年生から一桁の背番号をもらった。もともとはスイッチヒッターであったが、高校より左打に専念した。監督の山本秀明は、高校に入ってから守備が格段にうまくなったと評している。高校通算24本塁打。 2025年のドラフト会議で、北海道日本ハムファイターズからドラフト4位で指名を受けた。11月10日に入団交渉に臨み、契約金3500万円、年俸530万円で入団に合意した(金額はいずれも推定)。
小船 翼(こぶね つばさ、2006年6月20日 - )は、神… 小船 翼(こぶね つばさ、2006年6月20日 - )は、神奈川県海老名市出身のプロ野球選手(投手・育成選手)。右投右打。広島東洋カープ所属。 5歳から地元神奈川県海老名市の海老名サンダースで投手として野球を始め、海老名市立柏ケ谷小学校を通じて在籍、小学5年時には既に身長が170cmあったという。海老名市立柏ケ谷中学校在学時には海老名シニアでプレーし、中学卒業時に身長は192cmに達していたが、右肘の剥離骨折などの影響もあり四番手投手に甘んじ、中学時代は目立った成績は無かった。 高校は静岡県の知徳高等学校に進学し硬式野球部に所属。1年夏からベンチ入りし、1年秋からエースピッチャーとして登板、チームは静岡県大会で4位。
杉山 遙希(すぎやま はるき、2005年9月23日 - )は… 杉山 遙希(すぎやま はるき、2005年9月23日 - )は、東京都江戸川区出身のプロ野球選手(投手)。左投左打。埼玉西武ライオンズ所属。 小学校1年生のときに篠崎アトムズで野球を始め、主に投手。6年生時には読売ジャイアンツジュニアに選出された。江戸川区立篠崎中学校時代は硬式野球の東京城南ボーイズでプレーした。 横浜高校に進学し、1年春からベンチ入り。1年夏の神奈川大会では背番号15で横浜創学館との決勝に先発し、勝利投手となった。第103回全国高等学校野球選手権大会では背番号1を背負い、広島新庄との1回戦では1イニングを投げ、智辯学園との2回戦で初先発となったが、前川右京に適時打を許すなど4回6安打5四死球3失点で降板し、チームも敗れた。
飛田 悠成(とびた ゆうせい、2005年3月13日 - )は… 飛田 悠成(とびた ゆうせい、2005年3月13日 - )は、神奈川県横浜市出身の日本のプロ野球選手(投手・育成選手)。右投左打。福岡ソフトバンクホークス所属。 幼少期に父親とのキャッチボールで野球に触れる。小学校3年生の時に地元の野球教室に入り、4年生から少年野球チームの「寺尾ジャイアンツ」に所属した。 中学校時代は渋井敬一が監督を務める「緑シニア」で控えの遊撃手だった。 「勉強もしながら野球もする」ことを前提に進学した横浜市立金沢高等学校でも遊撃手だったが、2年生の冬に野球部の監督がキャッチボールを見て素質に気づき、投手に挑戦した。球速が133 km/hから141 km/hに上がった。しかし、公式戦の登板は先発が春季神奈川大会の1試合のみで、夏の県大会も救援登板2試合にとどまった。
ブライアン・ジョセフ・バルザー(Bryan Joseph B… ブライアン・ジョセフ・バルザー(Bryan Joseph Balzer, 2004年10月27日 - )は、神奈川県横須賀市出身のプロ野球選手(投手)。右投左打。MLBのサンディエゴ・パドレス傘下所属。 日本メディアではバルザー・ブライアンの表記もみられる。 神奈川県横須賀市生まれ。父親が米国人、母親が日本人のハーフである。父親の仕事の都合で5歳から小学校3年生まで米国ニュージャージー州で過ごし、この間の小学1年時に現地で野球を始めた。 常総学院高等学校では当初内野手としてプレーしていたが、2年秋に監督の島田直也に強肩を見込まれ投手へ転向。3年夏時には練習試合で最速154km/hを計測しNPBやMLBのスカウトにも注目されていたが、度重なる故障もあり公式戦の登板は1イニングのみに留まった。
辻 大雅(つじ たいが、2004年8月29日 - )は、神奈… 辻 大雅(つじ たいが、2004年8月29日 - )は、神奈川県藤沢市出身のプロ野球選手(投手)。左投左打。広島東洋カープ所属。 小学校時代は軟式野球の村岡フェニックス、藤沢市立藤ヶ岡中学校時代は硬式野球(ボーイズリーグ)の湘南ボーイズに所属。 高校は東京都の二松學舍大学附属高等学校に進学。1年の3月に左肘を疲労骨折し、2年の1月に投球練習を再開。2月にはチーム内の紅白戦に登板し、3月の第94回選抜高等学校野球大会には背番号11でベンチ入りを果たした。初戦の聖光学院戦でリリーフで登板したが、チームは初戦敗退した。初夏には球速を10km/h以上アップさせ、夏の東東京大会では背番号1を勝ち取り、4試合に先発して第104回全国高等学校野球選手権大会出場に貢献した。
永島田 輝斗(ながしまだ きらと、2003年11月30日 -… 永島田 輝斗(ながしまだ きらと、2003年11月30日 - )は、神奈川県相模原市出身のプロ野球選手(投手・育成選手)。右投右打。千葉ロッテマリーンズ所属。 2歳上の兄の影響で野球を始め、相模原市立大沢中学校時代は軟式野球部で捕手を務めていた。 進学した立花学園高等学校でも1年夏までは捕手をしていたが、監督に肩の強さと投球フォームの良さを買われ、1年秋に投手に転向した。転向時は135km/hだった最高球速が半年後には最速143km/hまでアップ。3年になると最速150km/hに到達し、その急成長ぶりが注目され一躍ドラフト候補に浮上した。3年の春季大会で投手として公式戦デビューし、夏の神奈川県大会は背番号10で4試合中2試合に登板したが、5回戦で日大藤沢にサヨナラ負けを喫し甲子園出場はならなかった。
大川 慈英(おおかわ じぇい、2003年10月28日 - )… 大川 慈英(おおかわ じぇい、2003年10月28日 - )は、神奈川県平塚市出身のプロ野球選手(投手)。右投左打。北海道日本ハムファイターズ所属。 平塚市立なでしこ小学校時代は平塚リトルでプレーした。 平塚市立浜岳中学校在学時は硬式野球のクラブチームである湘南ボーイズでプレーした。 常総学院高等学校に進学し、2年秋から登板し、右腕・秋本璃空の2番手。3年春のセンバツ2回戦敗退。3年夏の茨城大会準優勝。 2025年10月23日に開催されたドラフト会議にて、北海道日本ハムファイターズから1位指名を受けた。
小島 大河(こじま たいが、2003年10月27日 - )は… 小島 大河(こじま たいが、2003年10月27日 - )は、神奈川県伊勢原市出身のプロ野球選手(捕手)。右投左打。埼玉西武ライオンズ所属。 東海大相模高等学校に進学すると3年春に第93回選抜高等学校野球大会で優勝。決勝戦ではサヨナラ適時打を打った。同級生には石田隼都がいた。 明治大学に進学すると1年秋からベンチ入り。2年春から正捕手。同級生には大川慈英、毛利海大がいる。 2025年10月23日に開催されたドラフト会議にて埼玉西武ライオンズに1位指名された。11月21日、契約金1億円プラス出来高5000万円、年俸1600万円で入団に合意した(金額は推定)。背番号は10。 この項目は、野球選手に関連した書きかけの項目です。
金子 功児(かねこ こうじ、2003年9月2日 - )は、神… 金子 功児(かねこ こうじ、2003年9月2日 - )は、神奈川県茅ヶ崎市出身のプロ野球選手(内野手・育成選手)。右投左打。埼玉西武ライオンズ所属。 小学校2年から野球を始め、中学校では寒川シニアに所属した。 光明相模原高等学校では1年秋からレギュラーとなり、3年夏は県大会2回戦で敗退したが3安打を記録した。 高校卒業後にベースボール・チャレンジ・リーグの埼玉武蔵ヒートベアーズに入団した。 2023年は「3番・遊撃手」のレギュラーに定着。4月に打率5割を記録し、月間MVPを受賞した。9月下旬にベルーナドームで行われた埼玉西武ライオンズの入団テストでは右中間に本塁打を記録した。10月26日に開催されたドラフト会議において、埼玉西武ライオンズから育成4位指名を受け、11月16日に支度金350万円、年俸320万円で仮契約した。
阿部 和広(あべ かずひろ、2003年5月12日 - )は、… 阿部 和広(あべ かずひろ、2003年5月12日 - )は、神奈川県中郡二宮町出身の元プロ野球選手(外野手)。右投両打。NPBでは育成選手であった。 友達に誘われたことがきっかけで、二宮町立二宮小学校5年時に地元チーム「二宮フェニックス」で野球を始める。二宮町立二宮中学校では軟式野球部に所属。 平塚学園高等学校では、俊足を活かすため1年の夏から左打ちに挑戦しスイッチヒッターとなった。3年夏の神奈川県大会は「1番・中堅手」として出場し、初戦(2回戦)の横浜氷取沢戦は4打数4安打3打点と活躍して勝利に貢献したが、3回戦の日大藤沢戦では4打数1安打に抑えられ、チームも6-10で敗れた。部活動を引退後の9月にプロ入りを志し、北海道日本ハムファイターズの入団テストを受験。
島田 舜也(しまだ しゅんや、2003年4月30日 - )は… 島田 舜也(しまだ しゅんや、2003年4月30日 - )は、神奈川県横浜市戸塚区出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。横浜DeNAベイスターズ所属。 幼少期はサッカーに魅了されていたが、4歳上の兄に憧れていたこともあり、小学校入学前より野球を始める。中学時代は横浜泉中央ボーイズに所属した。 進学した木更津総合高等学校では、1学年上にのちにDeNAで再びチームメートとなる篠木健太郎がおり、1年秋より寮で同部屋となり生活した。この時、篠木より「チームの中心がコケたらチームがコケる」との言葉をもらったという。甲子園出場はなし。 東洋大学では、1年春の中央大学との試合で初登板したが、サヨナラ打を浴びた。
松下 歩叶(まつした あゆと、2003年4月14日 - )は… 松下 歩叶(まつした あゆと、2003年4月14日 - )は、神奈川県南足柄市出身のプロ野球選手(内野手)。右投右打。東京ヤクルトスワローズ所属。 南足柄市立南足柄小学校で1年生の時に狩野エンゼルスで野球を始める。6年生時には横浜DeNAベイスターズジュニアに選出された。南足柄市立南足柄中学校在学時は硬式野球のクラブチームである静岡裾野シニアでプレーし、全国大会で優勝した。 桐蔭学園高等学校に進学し、1年春からベンチ入り。2年秋から4番を務めたが、3年間で甲子園大会出場はなかった。二学年上に森敬斗がいる。 高校卒業後は法政大学へ進学。二塁手や三塁手のレギュラーを務め、2年秋から3季連続でリーグ戦ベストナインに選出された。
町田 隼乙(まちだ はやと、2003年4月3日 - )は、神… 町田 隼乙(まちだ はやと、2003年4月3日 - )は、神奈川県秦野市出身のプロ野球選手(捕手)。右投右打。阪神タイガース所属。 秦野市立大根小学校3年から秦野ドリームスで野球を始め、秦野市立大根中学校では平塚ボーイズでプレーした。 光明学園相模原高等学校時代は2年秋から正捕手の座を掴み、3年夏の大会では「1番・捕手」としてプレーするも、慶應義塾高等学校に初戦2回戦で敗れた。同年にプロ志望届を提出し、4球団から調査書が届くも、指名には至らなかった。 高校卒業後はルートインBCリーグの埼玉武蔵ヒートベアーズに入団。1年目から正捕手を務め、6月26日のBCリーグオールスター戦にファン投票で選抜される。
津田 啓史(つだ けいし、2002年11月23日 - )は、… 津田 啓史(つだ けいし、2002年11月23日 - )は、熊本県熊本市東区出身のプロ野球選手(内野手・育成選手)。右投右打。中日ドラゴンズ所属。 小学校5年時に熊本市立長嶺小学校へ転校し、それに伴い中島サンダースに所属した。熊本市立長嶺中学校時代は熊本中央ボーイズでプレー。陸上部にも在籍していて、中学3年生の時には110メートル障害ハードルで県大会優勝を果たした。小・中学生時代のチームメイトに桑原秀侍がいる。 父が熊本県立熊本工業高等学校の出身で同校の野球部長であったことから「熊本工で甲子園を目指す」ことを考えていたが、中学3年生の時にボーイズ日本代表で世界一になった経験から「県外で野球がしてみたい」と考え、横浜高等学校へ進学した。
正木 悠馬(まさき ゆうま、2002年11月19日 - )は… 正木 悠馬(まさき ゆうま、2002年11月19日 - )は、神奈川県横浜市出身のプロ野球選手(投手)。 上智大学出身の初のプロ野球選手。 父親の仕事の関係で1歳から7歳までアメリカ・アラスカ州で育つ。帰国後に野球を始め、14歳から再び渡米し、高校はワシントン州のレドモンド高校へ進学。高校時代は主に二塁手、遊撃手を務めていた。 帰国後、上智大学へ進学すると投手として一年春からリーグ戦登板。二年春には東都四部の最優秀投手、最優秀防御率、ベストナインを獲得したほか、同年秋には最優秀防御率を獲得した。 2025年のドラフト会議にて埼玉西武ライオンズに育成6位指名された。上智大学からのドラフト指名はこれが初であった。
庄子 雄大(しょうじ ゆうだい、2002年10月2日 - )… 庄子 雄大(しょうじ ゆうだい、2002年10月2日 - )は、神奈川県横浜市旭区出身のプロ野球選手(内野手)。右投左打。福岡ソフトバンクホークス所属。 横浜高等学校では2年春の第91回選抜高等学校野球大会に出場。明豊との初戦で先発出場するも無安打に終わり、チームも敗れた。同学年に津田啓史、度会隆輝、松本隆之介、木下幹也、1学年上に及川雅貴がいた。 高校卒業後は神奈川大学へ進学。1年秋から遊撃手に挑戦し、その後レギュラーに定着した。リーグ戦通算で116安打を記録した。 2024年10月24日に開催されたドラフト会議にて、福岡ソフトバンクホークスから2位指名を受けた。また、大学で二遊間を組んだ佐藤太陽も同ドラフトで埼玉西武ライオンズから育成2位指名を受けた。
宮原 駿介(みやはら しゅんすけ、2002年9月12日 - … 宮原 駿介(みやはら しゅんすけ、2002年9月12日 - )は、神奈川県小田原市出身のプロ野球選手(投手)。左投左打。読売ジャイアンツ所属。 兄の影響で小学1年生からソフトボールを始め、中学校から野球を始めた。 静岡学園高等学校では1年時からエースとなった。 高校卒業後は東海大学静岡キャンパスへ進学。4年時の2024年6月に開催された「侍ジャパン大学代表選考合宿」にも参加した。 2024年10月24日に開催されたドラフト会議にて、読売ジャイアンツから5位指名を受けた。11月21日、契約金4000万円、年俸800万円で入団に合意した。背番号は57。所属する静岡県学生リーグの投手としては、初めての支配下枠での指名となった。
松本 隆之介(まつもと りゅうのすけ、2002年7月31日 … 松本 隆之介(まつもと りゅうのすけ、2002年7月31日 - )は、神奈川県横浜市戸塚区出身のプロ野球選手(投手・育成選手)。左投左打。横浜DeNAベイスターズ所属。 横浜市立川上北小学校1年の時に野球を始め、軟式の戸塚アイアンボンドスでは主に外野を守っていた。横浜市立名瀬中学校在学時は戸塚リトルシニアに所属。 横浜高等学校では1年春からベンチ入り。2年春に第91回選抜高等学校野球大会に出場し、1回戦の明豊高等学校戦で及川雅貴の後を受け3回途中から登板するも、2回1/3を投げ5安打5失点で初戦敗退した。2年生の4月には、2年生投手でただ1人U-18日本代表候補入りした。3年夏の県大会独自大会は準々決勝で敗退した。
加藤 響(かとう ひびき、2002年6月15日 - )は、神… 加藤 響(かとう ひびき、2002年6月15日 - )は、神奈川県厚木市出身のプロ野球選手(内野手)。右投右打。横浜DeNAベイスターズ所属。 厚木市立厚木小学校で1年生の時に野球を始め、6年時には横浜DeNAベイスターズジュニアに選出された。厚木市立厚木中学校在学時は硬式野球のクラブチームである海老名リトルシニアでプレーし、全国大会に出場した。 東海大学付属相模高等学校に進学し、2年夏の第101回全国高等学校野球選手権大会に出場。近江との初戦(2回戦)に「9番・二塁手」で先発出場したが無安打に終わり、続く中京学院大中京との3回戦では出場がなく、チームも敗れた。3年夏は新型コロナウイルスの影響で公式戦が中止となり、2020年甲子園高校野球交流試合で大阪桐蔭と対戦し敗れた。
笹川 吉康(ささがわ よしやす、2002年5月31日 - )… 笹川 吉康(ささがわ よしやす、2002年5月31日 - )は、神奈川県横浜市西区出身のプロ野球選手(外野手)。左投左打。福岡ソフトバンクホークス所属。 横浜市立西前小学校3年から明神台リトルグランパースで野球を始め、横浜市立西中学校時代は「中本牧シニア」に所属。 高校は横浜市立横浜商業高等学校に進学し、1年時から外野手兼投手を務めた。甲子園出場経験は無く、2年生の夏の第101回全国高等学校野球選手権神奈川大会5回戦で、3番・先発投手兼中堅手として出場し、投手として1回1/3を無失点、打者として1安打1打点を挙げるが、神奈川県立相模原高等学校に3-4で敗れた。高校通算40本塁打。 2020年10月26日のドラフト会議において、福岡ソフトバンクホークスからドラフト2位で指名され、11月13日、横浜市内にて入団交渉を行い、契約金6000万円、年俸600万円(金額は推定)で契約合意に達し、12月10日、入団発表会見が行われた。
木下 幹也(きのした もとや、2002年5月1日 - )は、… 木下 幹也(きのした もとや、2002年5月1日 - )は、東京都練馬区出身のプロ野球選手(投手・育成選手)。右投右打。読売ジャイアンツ所属。 幼稚園に入る前に野球を始めた。小学生時代はジャイアンツアカデミーに所属し、山田真介の指導を受ける。6年時にはジャイアンツJr.に選出された。練馬区立開進第三中学校時代は世田谷西リトルシニアのエースとして、日本リトルシニア日本選手権に優勝しMVPを獲得している。 横浜高等学校では1年夏の県大会で公式戦デビュー。1年秋は背番号10で関東大会に出場しベスト8。2年春には第91回選抜高等学校野球大会に出場。3年時は松本隆之介と二枚看板で背番号1を交互に背負いチームを支えたが、夏の神奈川県独自大会は準々決勝で敗退した。
加藤 大(かとう だい、2002年4月24日 - )は、神奈… 加藤 大(かとう だい、2002年4月24日 - )は、神奈川県川崎市川崎区出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。NPBでは育成選手だった。 川崎市立藤崎小学校4年時に池上新町子ども会野球部で野球を始め、川崎市立川中島中学校では川崎中央シニアに所属。 横浜隼人高等学校では1年秋からベンチ入り。2年夏の県大会は2回戦(対大磯)で全球直球を投じて2安打15奪三振の完封勝利。3年夏の代替大会は4回戦で星槎国際湘南に敗退したが、代替大会前の7月に行われた東海大相模との練習試合で、20人近くのスカウトが集まる中、全球直球を投じて3イニングを無安打7奪三振に封じ高評価を得た。 2020年10月26日に行われたプロ野球ドラフト会議では、横浜DeNAベイスターズから育成ドラフト2位指名を受け、11月30日に支度金300万円、年俸340万円(金額は推定)で仮契約を結んだ。
三浦 柚恵(みうら ゆえ、2002年2月26日 - )は、神… 三浦 柚恵(みうら ゆえ、2002年2月26日 - )は、神奈川県横浜市出身の元女子プロ野球選手。ポジションは投手。血液型O型。 小学1年生の時に、きょうだいの影響で野球を始める。4年生で投手となり、中学生時代には学校では背番号1番を付け「横浜クラブ」では全国大会3位となった。 藤沢清流高等学校時代は男子学生にまじり硬式野球部に所属して練習した。3年生時に、2019年11月の女子野球アジアカップ代表となるU18女子野球日本代表を目指したが、不合格だった。同年10月、日本女子プロ野球の入団テストに合格した。 高校卒業後の2020年、レイアに入団。同年は選手減少により、試合開催時には愛知ディオーネの選手として活動する。
古謝 樹(こじゃ たつき、2001年8月18日 - )は、神… 古謝 樹(こじゃ たつき、2001年8月18日 - )は、神奈川県横浜市保土ケ谷区出身のプロ野球選手(投手)。左投左打。東北楽天ゴールデンイーグルス所属。 横浜市立瀬戸ケ谷小学校時代に山友スターズ(58期生)で野球を始め、横浜市立岩崎中学校では軟式野球部に所属していた。 湘南学院高等学校では当時臨時コーチを務めていた小倉清一郎から指導を受けた。3年夏は神奈川大会3回戦で県立相模原にコールド負けを喫した。3年間で甲子園大会出場はなかった。 高校卒業後は桐蔭横浜大学へ進学し、2年春からリーグ戦に登板。3年秋のリーグ戦では5勝を記録して優勝に貢献し、最優秀投手賞を受賞した。4年春に出場した全日本大学野球選手権大会では、仙台大学との初戦で自己最速を更新する153km/hを計測した。
井上 広輝(いのうえ ひろき、2001年7月17日 - )は… 井上 広輝(いのうえ ひろき、2001年7月17日 - )は、神奈川県厚木市出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。 小学生の時に「恩名ソフト」でソフトボールを始めた。厚木市立南毛利中学校入学後に「海老名南リトルシニア」で野球を始め、中学3年時には日台国際野球大会の南関東選抜に選ばれた。 日本大学第三高等学校では2年時に甲子園春夏連続出場。春の第90回記念選抜高等学校野球大会では、1回戦の由利工業高校戦では、救援投手として6回を投げて勝利投手となったが、2回戦の三重高校戦は、先発し6回3失点で敗戦投手となった。夏の第100回全国高等学校野球選手権記念大会では2試合に登板。ベスト4に進出するが、吉田輝星を擁する金足農業高校に1-2で敗れた。
伊禮 海斗(いれい かいと、2001年6月8日 - )は、神… 伊禮 海斗(いれい かいと、2001年6月8日 - )は、神奈川県川崎市出身のプロ野球選手(投手)。左投左打。オイシックス新潟アルビレックス・ベースボール・クラブ所属。 小学校1年の時に白真少年野球部で野球を始める。中学時代には町田リトルシニアに在籍した。 高校は桐蔭学園高等学校に進学し高校2年時の第49回明治神宮野球大会では1回戦で先発するも、進藤勇也や西舘昂汰を擁す筑陽学園に打ち込まれ3回で4失点を喫し敗れる。3年春の第91回選抜高等学校野球大会では1回戦の啓新高等学校戦で9回途中4失点を喫し敗北する。同級生に森敬斗がいた。 大学は桐蔭横浜大学に進学し2年時の第70回全日本大学野球選手権記念大会に登板するが国際武道大学に敗れる。
及川 雅貴(およかわ まさき、2001年4月18日 - )は… 及川 雅貴(およかわ まさき、2001年4月18日 - )は、千葉県八日市場市(現:匝瑳市)出身のプロ野球選手(投手)。左投左打。阪神タイガース所属。 NPBにおける18試合連続ホールド記録保持者。 匝瑳市立須賀小学校3年時に「須賀スポーツ少年団」に入団し野球を始め、6年時に千葉ロッテマリーンズジュニアに選出された。匝瑳市立八日市場第二中学時代は「匝瑳リトルシニア」に所属。3年時にはU-15日本代表入りし大会最優秀防御率を受賞した他、最速140km/h超の「スーパー中学生」として注目された。 横浜高校進学後は、1年春からベンチ入りし2年秋からエース。1年夏、2年夏、3年春と3度の甲子園大会出場を果たし、奥川恭伸(星稜)、佐々木朗希(大船渡)、西純矢(創志学園)とともに「高校BIG4」と呼ばれた一方で、制球難に悩まされた影響で地方大会を含め出場各大会で芳しい結果を残すことができず、一時は背番号10の剥奪も経験。
佐藤 一磨(さとう かずま、2001年4月16日 - )は、… 佐藤 一磨(さとう かずま、2001年4月16日 - )は、神奈川県藤沢市出身のプロ野球選手(投手)。左投左打。オリックス・バファローズ所属。 藤沢市立大道小学校1年の時に藤沢少年野球クラブに入団し野球を始める。藤沢市立村岡中学校時代は大和リトルシニアでプレー。 横浜隼人高等学校では2年秋からエース。3年春の県大会では綾瀬西戦で5回完全試合を達成。3年夏の県大会は3回戦で延長の末日大藤沢に敗退し、甲子園出場を逃した。 2019年10月17日に行われたプロ野球ドラフト会議において、オリックス・バファローズから育成ドラフト1巡目で指名を受け、11月11日に支度金330万円、年俸240万円(推定)で仮契約した。
土生 翔太(はぶ しょうた、2001年3月10日 - )は、… 土生 翔太(はぶ しょうた、2001年3月10日 - )は、神奈川県横浜市戸塚区出身のプロ野球選手(投手・育成選手)。右投右打。中日ドラゴンズ所属。 日本人の父とフィリピン人の母の間に生まれる。横浜市立鳥が丘小学校3年生の時に坂本レッドジャガーズで野球を始め、横浜市立領家中学校在学時は硬式野球のクラブチームである横浜泉中央ボーイズでプレーしていた。 横浜高等学校在学時、チームは3年連続で夏の全国高等学校野球選手権大会に出場したが、自身はいずれの年もベンチ外だった。3年夏の神奈川大会の前に行われたベンチ外の選手による引退試合に登板し、144km/hを計測した。2学年上に藤平尚真・石川達也、1学年上に増田珠・福永奨、同学年に万波中正、1学年下に及川雅貴、2学年下に松本隆之介・木下幹也・度会隆輝・津田啓史・庄子雄大がいた。
小笠原 智一(おがさわら ともかず、2000年12月15日 … 小笠原 智一(おがさわら ともかず、2000年12月15日 - )は、神奈川県藤沢市出身の元プロ野球選手(投手)。兵庫ブレイバーズに所属していた。 幼少期からプロ野球選手に憧れを抱き、藤沢市立善行中学校在校時、兄・慎之介も所属した硬式野球チーム「湘南クラブ」に所属。しかし、直球は最速120km/hがやっとで、常に二軍だった。 高校は自宅から通えることを最優先に藤沢翔陵高等学校に進学。100人を超える部員がいる野球部ではポジション争いに敗れ、なかなか活躍できなかったが、2年生の終わりごろからスリークォーターの変則投法を身につけ、3年生春に初めてベンチ入り。監督の川俣浩明からは「切り札」として活躍に期待された。
山中 稜真(やまなか りょうま、2000年12月14日 - … 山中 稜真(やまなか りょうま、2000年12月14日 - )は、神奈川県横浜市戸塚区出身のプロ野球選手(捕手)。右投左打。オリックス・バファローズ所属。 横浜市立倉田小学校2年生の時に下倉田シャークスで野球を始め、横浜市立豊田中学校時代は横浜泉中央ボーイズでプレーした。中学時代のチームメイトに土生翔太がいた。 木更津総合高等学校に進学し、2年夏では一塁、3年夏には正捕手として甲子園に出場した。2年夏は甲子園1試合で打率.667、3年夏は甲子園3試合で打率.417を記録し、大会通算では打率.467を記録した。また、2年夏の甲子園では2打点を記録している。1学年上に山下輝、2学年上に早川隆久、2学年下に篠木健太郎がいた。
田中 幹也(たなか みきや、2000年11月28日 - )は… 田中 幹也(たなか みきや、2000年11月28日 - )は、神奈川県愛甲郡愛川町出身のプロ野球選手(内野手)。右投右打。中日ドラゴンズ所属。 愛川町立中津小学校時代は中津リバーズ、愛川町立愛川東中学校時代は相模原リトルシニアに所属。 高校時代は若林弘泰が監督を務める西東京の強豪・東海大学菅生高等学校でプレー。1年時より出場し、2年夏には1学年上の松本健吾や同級生の戸田懐生らとともに西東京大会の決勝で清宮幸太郎擁する早稲田実業高等部を破り甲子園大会に出場。甲子園大会ではベスト4に進出。その後のえひめ国体にも出場。甲子園大会では俊敏な守備や俊足、シュアな打撃が注目された。後輩に成瀬脩人がいる。 高校卒業後は東都大学野球の亜細亜大学に進学。
カレオン・ジョニル・マラリ(Carreon Jonhil M… カレオン・ジョニル・マラリ(Carreon Jonhil Mallari , 2000年11月11日 - )は、神奈川県相模原市南区出身の元プロ野球選手(外野手)。左投左打。フィリピン人の両親を持つ。 相模原市立上鶴間小学校3年生のときに野球を始め、「上鶴間ブラックス」に所属。相模原市立東林中学校では「相模原ベースボールクラブ」に所属し、2015年にはヤングリーグ全国大会に出場。中学卒業後は武相高等学校に進学した。 2018年11月22日に行われた四国ILplusとベースボール・チャレンジ・リーグ(ルートインBCリーグ)の合同ドラフト会議において福島レッドホープスに特別合格選手として指名を受け、入団。
根岸 辰昇(ねぎし たつのり、2000年9月20日 - )は… 根岸 辰昇(ねぎし たつのり、2000年9月20日 - )は、東京都杉並区出身のプロ野球選手(内野手・育成選手)左投左打。東京ヤクルトスワローズ所属。ナイスガイ・パートナーズとマネジメント契約。 浜田山小学校1年生で杉並イーグルスで野球を始め、小5から硬式の東京小平ボーイズでプレー。慶應義塾中等部、慶應義塾高等学校卒業。中等部在籍時には軟式野球部に所属していた。高校2年時にダリル・ストロベリーへのあこがれからMLB挑戦を目標に筋道を立てはじめた。チームは第90回選抜高等学校野球大会及び第100回全国高等学校野球選手権大会に春夏連続出場を果たす。春はベンチ入りを逃すも、夏はレギュラーの座を掴み「5番・中堅」で出場し北神奈川予選で打率.368、甲子園では2戦連続で適時打を放つなど活躍を見せるも2回戦で高知商業高校に敗退。
青山 美夏人(あおやま みなと、2000年7月19日 - )… 青山 美夏人(あおやま みなと、2000年7月19日 - )は、神奈川県横須賀市出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。埼玉西武ライオンズ所属。 横須賀市立城北小学校3年時に幼馴染の誘いで地元の少年野球チームに入り野球を始め、横須賀市立衣笠中学校在学時は硬式野球のクラブチームである横須賀シニアでプレーしていた。 横浜隼人高等学校に進学し、2年秋からエースを務めた。高校時代は甲子園大会への出場はなく、3年夏は南神奈川県大会初戦(2回戦)で横浜商業に敗れた。高校の1学年後輩に佐藤一磨、2学年後輩に加藤大がいる。 亜細亜大学に進学し、1年秋からベンチ入り。2年秋のリーグ戦では防御率1位を記録するなど活躍したが、3年時は右肩の炎症に悩まされた。
竹下 瑛広(たけした あきひろ、2000年5月20日 - )… 竹下 瑛広(たけした あきひろ、2000年5月20日 - )は、神奈川県厚木市出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。NPBでは育成選手であった。 日本人の父とフィリピン人の母の間に生まれた3人兄弟の次男。厚木市立北小学校3年生でイーケーシャークスでソフトボール、厚木市立藤塚中学校時代には軟式野球を経験し、厚木北高在籍時に内野手から投手にポジションを変更した。高校時代は2番手投手で「エースになれず悔しかった」ことから大学進学を目指した。函館大学進学後の2年時に右肘の炎症で離脱したが翌年には復帰。3年秋には優秀選手賞を獲得した。大学時代には入学時から最高球速を20km/h伸ばす最速148km/hを計測するまでに急成長を遂げた。
下川 隼佑(しもかわ しゅんすけ、2000年3月22日 - … 下川 隼佑(しもかわ しゅんすけ、2000年3月22日 - )は、神奈川県横浜市金沢区出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。東京ヤクルトスワローズ所属。 年長で野球を始める。横浜市立富岡小学校では並木ジャイアンツ、横浜市立富岡東中学校では横浜東金沢リトルシニアでプレーした。 湘南工科大学附属高等学校に進学後は、二塁手から投手に転向し、アンダースローで投球するようになった。アンダースローにした理由について、「体も小さかったので、何か特徴があれば可能性はあるかなと思った」としている。高校3年の夏の大会は初戦敗退。その後は指定校推薦で神奈川工科大学に進学した。 大学時代も3年次まで公式戦登板がなかった。
柿崎 颯馬(かきざき そうま、1999年12月1日 - )は… 柿崎 颯馬(かきざき そうま、1999年12月1日 - )は、神奈川県平塚市出身の元プロ野球選手(内野手)、野球指導者。右投左打。 平塚市立吉沢小学校1年次に兄と姉がプレーしていた少年野球チームで野球を始める。小学6年次には横浜DeNAベイスターズJr.に選出され、第7回NPB12球団ジュニアトーナメントに出場した。 平塚市立土沢中学校在学時には横浜緑リトルシニアに在籍し、第8回全日本中学野球選手権大会ジャイアンツカップでベスト4進出を果たした。チームの一年後輩には後にチームメイトとなる岡本哲弥がいた。 中学卒業後は桐蔭学園高等学校に進学。2学年上には後にチームメイトとなる海老根拓弥が、2学年下には横浜DeNAベイスターズでプレーする森敬斗がいた。
正木 智也(まさき ともや、1999年11月5日 - )は、… 正木 智也(まさき ともや、1999年11月5日 - )は、東京都大田区出身のプロ野球選手(外野手、内野手)。右投右打。福岡ソフトバンクホークス所属。 大田区立池雪小学校2年生のときから軟式野球を始め、小学5年時に日本代表として台湾遠征を経験した。大田区立雪谷中学校在学時は硬式野球のクラブチームである世田谷西リトルシニアに所属。3年春の全国大会でベスト16に進出した。 慶應義塾高等学校に進学し、1年秋からベンチ入り。2年春から4番打者を務めた。高校時代は2年夏の神奈川大会準優勝が最高成績で、3年夏は準々決勝で世田谷西リトル時代にともにプレーした渡部遼人擁する桐光学園に敗れた。高校通算50本塁打。
三浦 瑞樹(みうら みずき、1999年9月2日 - )は、神… 三浦 瑞樹(みうら みずき、1999年9月2日 - )は、神奈川県大和市出身のプロ野球選手(投手)。左投右打。中日ドラゴンズ所属。 本来右利きであるが、4歳上の兄が右投げで野球をやっており、末っ子の瑞樹は左投げの方が面白いと考えた父によって左利き用のグローブを与えられ、幼稚園の頃から左投げで野球をするようになる。小学校時代は大和中央クラブ、中学校時代は横浜瀬谷ボーイズでプレー。高校は地元を離れ、岩手の盛岡大学附属高校に進学し、1年春からベンチ入り。2年の夏に甲子園に初出場し、3年春、秋と3季連続で甲子園のマウンドに上がった。3年時の第89回選抜高等学校野球大会では、智辯学園戦で完投勝利し同校を初の甲子園ベスト8に導き、続く第99回全国高等学校野球選手権大会も春夏連続のベスト8入りに貢献した。
金満 梨々那(かねみつ りりな、1999年8月10日 - )… 金満 梨々那(かねみつ りりな、1999年8月10日 - )は、神奈川県横須賀市出身の女子野球選手(捕手)・代表選手、野球指導者。2022年から読売ジャイアンツ女子チーム所属(1期生・初代主将)。 兄の影響で小学2年時にソフトボールを始めて、小学5年時に葉山町にある学童軟式で宮本和知主宰・総監督の葉山巨人軍に入団し野球を始める。中学では軟式野球部はあったが女子部員の制約や両親への金銭的負担などを考えて一度はバドミントン部に入部するも、野球が忘れられず県内の女子硬式クラブチームのオール京急に入団。女子硬式野球部がある新潟の開志学園高等学校へ進学。2017年に第1回 女子野球アジアカップでU-18日本代表に初選出され優勝に貢献し、最優秀守備選手に選ばれた。
福永 奨(ふくなが しょう、1999年7月28日 - )は、… 福永 奨(ふくなが しょう、1999年7月28日 - )は、神奈川県横浜市保土ケ谷区出身のプロ野球選手(捕手)。右投右打。オリックス・バファローズ所属。 横浜市立上菅田小学校2年の時に川島イーグルスに入団して野球を始める。横浜市立上菅田中学校時代はリトルシニアの戸塚シニアに所属し、3年夏は全国大会4強入りを果たしている。 横浜高等学校では1年春からベンチ入り。1年秋には一旦正捕手の座を掴んだが、2年春から再び控えとなり、夏は第98回全国高等学校野球選手権大会に代打で出場した。2年秋から主将と正捕手を務め、3年夏は第99回全国高等学校野球選手権大会に出場。1回戦の秀岳館戦に「6番・捕手」で先発出場し、7回に田浦文丸から3点本塁打を放ったが、チームは初戦敗退した。
本田 仁海(ほんだ ひとみ、1999年7月27日 - )は、… 本田 仁海(ほんだ ひとみ、1999年7月27日 - )は、神奈川県横浜市出身のプロ野球選手(投手・育成選手)。右投左打。オリックス・バファローズ所属。 大和市立北大和小学校1年生時に、地元の北大和ドリームスで野球を始め、5年生時から本格的に投手を始めた。つきみ野中学校時代は、同校の軟式野球部に所属した。 高校は星槎国際高等学校湘南に入学。入学当初の本田は体重55kg・ストレートの球速は125km/h程度で、2011年に創部したばかりで本田の入学(2015年)当時は主だった実績のなかった同校野球部の中でも、Bチームの補欠という立場だった。同校野球部監督の土屋恵三郎も、中3の視察時から高校入学直後頃の本田の印象について「真面目そうだが、元気がない」「特徴のない子で、いつ辞めるかなという感じだった」と語っている。
飯田 琉斗(いいだ りゅうと、1999年6月24日 - )は… 飯田 琉斗(いいだ りゅうと、1999年6月24日 - )は、神奈川県横浜市出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。東京ヤクルトスワローズ所属。 小学2年生の時に野球を始める。中学校時代は横浜都筑ボーイズに所属していた。 向上高等学校では1年夏からベンチ入りし、2年秋からエースとなるが、最速は140km/hにとどまっていた。3年夏の大会は5回戦で東海大相模高等学校相手に延長11回の末1-2で敗れ、甲子園出場とはならなかった。 横浜商科大学ではトレーニングに着手。1年秋には150km/hに到達し、2年春には自己最速の154km/hを記録して、注目を集めた。3年春には好調を維持していたが、新型コロナウイルスの拡大の影響で春のリーグ戦が中止になり、調子を落とす。
日暮 矢麻人(ひぐらし やまと、1999年6月16日 - )… 日暮 矢麻人(ひぐらし やまと、1999年6月16日 - )は、神奈川県秦野市出身の元プロ野球選手(外野手)。左投左打。プロでは育成選手であった。 小学校1年生の頃から「秦野ペッカーズ」で野球を始める。 秦野市立西中学校では、リトルシニア加盟の「中井リトルシニア」に所属。同校の部活動では、陸上部にも所属していた。3年生の12月に中華民国(台湾)で行われた第12回日台国際野球大会(阿里山盃)において、南関東支部選抜に選出される。 高校は、松田町の立花学園高校に進学。1年生の夏からベンチ入りし、2年生の秋から投手兼外野手としてレギュラーに定着。甲子園出場経験はないが、3年生の夏の第99回全国高等学校野球選手権神奈川大会において、7月23日に行われた氷取沢高校との5回戦で、自身の1本塁打を含めチームで1試合5本塁打を放ち、神奈川大会タイ記録を樹立する 。
田城 飛翔(たしろ つばさ、1999年3月19日 - )は、… 田城 飛翔(たしろ つばさ、1999年3月19日 - )は、神奈川県平塚市出身(寒川町生まれ)の元プロ野球選手(外野手・育成選手)。右投左打。 平塚市立岡崎小学校3年生の時に、「岡崎メイツ」に入団し野球を始め、平塚市立大住中学校では父親が監督を務める二宮大磯シニアで捕手としてプレーする。 高校は青森県の八戸学院光星高等学校に進学。2年生の春からベンチ入りし、3年生春には、第88回選抜高等学校野球大会に3番ライトで出場する。1回戦の開星高校戦に勝利するが、2回戦で龍谷大平安高校に2安打を放つも敗退する。 3年生の夏の第98回全国高等学校野球選手権大会において、青森県代表として出場を果たし、1回戦の市立尼崎高校戦では6回に同点に追いつくソロホームランを、2点リードを追いつかれた延長10回には、決勝打となるタイムリーヒットを放つなど活躍した。
大江 竜聖(おおえ りゅうせい、1999年1月15日 - )… 大江 竜聖(おおえ りゅうせい、1999年1月15日 - )は、神奈川県座間市出身のプロ野球選手(投手)。左投左打。福岡ソフトバンクホークス所属。 座間市立東原小学校時代に軟式野球を始める。座間市立南中学校在学中は、ヤングリーグの横浜ヤング侍に所属していた。 二松學舍大学附属高等学校に進学後、1年時から控えとしてベンチ入りし、主にリリーフとして登板。同校の全国高等学校野球選手権大会初出場に貢献した。翌年の選抜高等学校野球大会にも出場し、愛媛県立松山東高等学校相手に16奪三振の力投を見せるも試合には敗れた。 2016年10月20日に行われたドラフト会議では、読売ジャイアンツから6位指名を受け、11月16日に契約金3000万円、年俸480万円で入団に合意した。