松澤 くれは(まつざわ くれは、1986年6月28日 - )… 松澤 くれは(まつざわ くれは、1986年6月28日 - )は、日本の男性演出家、脚本家、小説家。富山県出身。劇団<火遊び>代表。妻は女優の齋藤明里。 富山県立富山高等学校、早稲田大学第一文学部演劇映像専修卒業。小説を原作とする作品の舞台化を手がける一方、多数のオリジナル作品の脚本・演出を行っている。 2012年、芥川賞作家・中村文則のベストセラー『掏摸[スリ]』(第4回大江健三郎賞受賞作)を初めて舞台化した。 2013年、俳優座劇場にて真梨幸子の50万部超えベストセラー小説『殺人鬼フジコの衝動』(主演:新垣里沙)を舞台化した。2015年に再演。 2014年、古野まほろのデビュー作『天帝のはしたなき果実』を舞台化。
重原 克也(しげはら かつや、1984年 - )は、日本のア… 重原 克也(しげはら かつや、1984年 - )は、日本のアニメ監督、アニメーター、演出家。 富山県南砺市福野出身。 この項目は、アニメ関係者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:アニメ/PJアニメ)。
タニノ クロウ(1976年6月13日 - )は、日本の劇作家… タニノ クロウ(1976年6月13日 - )は、日本の劇作家、演出家、元精神科医。富山県富山市出身。昭和大学医学部卒業。本名、谷野 九郎(読み同じ)。庭劇団ペニノ所属。 妻は女優の安藤玉恵。 医師の家に生まれる。幼少時代は絵画・彫刻などを嗜む。 千葉県にある全寮制の暁星国際高等学校に入学し、美術に詳しい数学教師に影響を受け、サルバドール・ダリやマルセル・デュシャンなどシュールレアリズムに傾倒する。親が医師だったからという理由で昭和大学医学部に進学し、1年生時に全寮制の富士吉田キャンパスで開かれたクリスマスイベントをきっかけにして、休部状態だった演劇部を復活させる。明治大学の「騒動舎」がしていたようなコメディをやってみたいという思いから、2000年に演劇部のメンバーと「庭劇団ペニノ」を結成・旗揚げ。
山室 大輔(やまむろ だいすけ、1974年 - )は、TBS… 山室 大輔(やまむろ だいすけ、1974年 - )は、TBSテレビ(旧TBSエンタテインメント)制作1部所属のテレビドラマ演出家。 富山県小矢部市出身。小矢部市立津沢中学校、富山県立砺波高等学校卒。大阪大学文学部卒業後、1997年にTBSに入社。『さんまのSUPERからくりTV』や『ここがヘンだよ日本人』などのバラエティ番組でADを担当。その後、制作1部に移り土井裕泰、平野俊一等の下で演出補を担当した後、2003年の『ブラックジャックによろしく』の第7話で初演出(演出補兼任)。代表作に『いま、会いにゆきます』、『華麗なる一族』がある。 山室が演出を担当する回の撮影現場は雨になることが多く、スタッフから「あめ室」と呼ばれている。
三木 康一郎(みき こういちろう、1970年12月7日 -)… 三木 康一郎(みき こういちろう、1970年12月7日 -)は、日本の映画監督、演出家。富山県富山市大沢野出身。 1993年からバラエティ番組のディレクターとして活動、視聴者参加型番組の「ウッチャンナンチャンの炎のチャレンジャー これができたら100万円!!」(EX系)や、情報バラエティ番組「ニューデザインパラダイス」(CX系)などの演出を手がける。06年、NTV系のスペシャルドラマ「都立水商!」でドラマ初メガホン。映画ではホラー作品「トリハダ 劇場版」2作品(12、14)を監督。人気少女漫画を実写映画化した「植物図鑑 運命の恋、ひろいました」(16)が大ヒットを記録した。
菓子 浩(かし ひろし、1968年 - )は、日本のテレビプ… 菓子 浩(かし ひろし、1968年 - )は、日本のテレビプロデューサー、演出家。NHK制作局チーフプロデューサー。 富山県富山市出身。富山県立富山中部高等学校を経て、1993年に神戸大学経営学部を卒業、同年、NHKに入局。初任地は京都局だった。
河森 正治(かわもり しょうじ、1960年2月20日 - )… 河森 正治(かわもり しょうじ、1960年2月20日 - )は、日本のメカニックデザイナー、アニメーション監督・演出家。富山県東礪波郡平村(現南砺市)生まれ。株式会社Vector Vision所属、株式会社サテライト特別顧問。 監督としての代表作は「マクロスシリーズ」「アクエリオンシリーズ」など。おもなメカニックデザインとしては「マクロスシリーズ」の可変戦闘機(バルキリー)や、「新世紀GPXサイバーフォーミュラシリーズ」のサイバーフォーミュラ、「エウレカセブンシリーズ」のLFO、ゲーム「アーマード・コアシリーズ」のアーマード・コアなどがある。 1980年代初頭のアニメブーム期に、アニメファン世代の大学生デザイナーとして頭角を現す。
鎌仲 ひとみ(かまなか ひとみ、1958年6月11日 - )… 鎌仲 ひとみ(かまなか ひとみ、1958年6月11日 - )は、日本のドキュメンタリー映画監督、テレビ演出家、多摩美術大学美術学部芸術学科非常勤講師。 富山県氷見市生まれ。富山県立氷見高等学校、早稲田大学第二文学部卒業。大学時代は早稲田大学探検部に所属。男友達の自主映画を手伝ううちに、ドキュメンタリー映画作家を志望する。 大学卒業後、「グループ現代」「岩波映画」等の契約助監督を経て、バリ島を舞台とした自主制作監督作品「スエチャおじさん バリ/夢/うつつ」により、1991年文化庁芸術家海外派遣助成金を受け、カナダ国立映画製作所へ渡る。その後ニューヨークでメディア・アクティビスト集団「ペーパー・タイガー・テレビ」に参加。
久世 光彦(くぜ てるひこ、1935年4月19日 - 200… 久世 光彦(くぜ てるひこ、1935年4月19日 - 2006年3月2日)は、日本の演出家、小説家、実業家、テレビプロデューサー。テレビ制作会社「株式会社カノックス」創業者。テレビドラマ、小説ともに受賞多数。 歌謡曲作詞や脚本家としてのペンネームに市川 睦月(いちかわ むつき)、小谷 夏(こたに なつ)、林 紫乃(はやし しの)など。兄は元参院議員・金融再生委員長を務めた久世公堯。母方叔母に置塩壽。 当時の東京市杉並区阿佐谷生まれ。 父親は陸軍少将の久世弥三吉で転属により、小学校2年のとき北海道札幌市へ移り、終戦の年に両親の故郷・富山県富山市へ疎開し、その後高校卒業まで富山で育つ。富山市立西田地方小学校、富山大学教育学部附属中学校、富山県立富山高等学校、東京大学文学部美学美術史学科卒業後、ラジオ東京(現・TBSHD)入社。
高野 悦子(たかの えつこ、1929年5月29日 - 201… 高野 悦子(たかの えつこ、1929年5月29日 - 2013年2月9日)は、日本の映画運動家、岩波ホール総支配人、映画プロデューサー、放送作家、テレビドラマ演出家。 1929年(昭和4年)に満洲の大石橋に生まれた。太平洋戦争終戦前の1945年(昭和20年)5月、父親の郷里である富山県下新川郡桜井町(現・黒部市)に引き揚げ、魚津高等女学校(現・富山県立魚津高等学校)を卒業した。16歳の時に映画『キュリー夫人』を見て感銘を受け、職業を持って自立する決心をする。日本女子大学社会福祉学科に入学し、南博主任教授の下で「マスメディアと映画」を研究テーマとし、日本映画の観客の反応と内容分析と映画企業分析を行い、各新聞・雑誌に発表した。