小栗 左多里(おぐり さおり、1966年12月10日 - )… 小栗 左多里(おぐり さおり、1966年12月10日 - )は、日本の漫画家。岐阜県関市出身。岐阜県立加納高等学校美術科、多摩美術大学グラフィックデザイン学科卒業。 1995年、少女漫画誌『コーラス』(集英社)にて『空に真赤なモノレール』でデビュー。夫のトニー・ラズロとの結婚生活を描くコミックエッセイ『ダーリンは外国人』シリーズで有名である。現在、一児の母。好きな食べ物は寿司とマスクメロン。 漫画家になる以前はお笑いフリーペーパーのライターをしていたということで、2012年1月17日放送の『ネプ&イモトの世界番付』に出演した際、「フローレンス時代の原田泰造と堀内健にインタビューをした事がある」と語っていた。
竹地 祐治(たけち ゆうじ、1966年9月26日 - )は、… 竹地 祐治(たけち ゆうじ、1966年9月26日 - )は、CBCテレビのアナウンサー(総合編成局兼務)。岐阜県美濃加茂市出身。岐阜県立加茂高等学校を経て、早稲田大学教育学部卒業。 1989年4月にCBCへアナウンサーとして入社。 1996年11月に同局アナウンサーの小高直子と結婚。以降、2児の父である。 リトアニア・カウナス日本領事館元領事代理で、第二次世界大戦時にユダヤ人に命のビザを発行した杉原千畝は大叔父にあたり(竹地の祖母が杉原千畝の妹)、大学在学中には鎌倉市在住の杉原の元を訪れている。自身がメインパーソナリティを務めた『おはよう竹地祐治です』で、杉原千畝のエピソード(親族しか知らない内容もあった)を語るコーナーがあった。
木村 聡(きむら さとし、1966年9月2日‐)は、日本の経… 木村 聡(きむら さとし、1966年9月2日‐)は、日本の経産官僚。 大臣官房審議官、中小企業庁事業環境部長、内閣官房副長官補付内閣審議官、貿易経済協力局長、内閣府政策統括官(経済財政運営担当)、内閣官房新しい資本主義実現本部事務局長代理などを経て、2025年11月から同日本成長戦略本部事務局長代理。 岐阜県出身。岐阜県立岐阜高等学校を経て、1990年3月、東京大学経済学部を卒業。同年4月、通商産業省に採用される。 経済産業省大臣官房総務課企画官、経済産業政策局調査課長、愛知県産業労働部長、経済産業政策局産業構造課長、商務情報政策局情報経済課長、大臣官房参事官、特許庁総務部総務課長などを務める。
岡田 立(おかだ とどむ、1966年8月16日 - )は、日… 岡田 立(おかだ とどむ、1966年8月16日 - )は、日本の政治家。岐阜県安八郡安八町長(1期)。 安八町出身。岐阜県立大垣東高等学校、岐阜大学を卒業した。1989年(平成元年)、安八町役場に入庁した。SIC建設推進室長、建設課長、産業振興課長、建設調整監を務めた。 2023年4月18日告示、同年4月23日投票の安八町長選挙では元町議の野中裕一郎との一騎打ちを制し初当選した。 ※当日有権者数:11,711人 最終投票率:59.18%(前回比:0.34pts) この項目は、政治家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:政治学/PJ政治)。
熊澤 秀浩(くまざわ ひでひろ、1966年7月30日 - )… 熊澤 秀浩(くまざわ ひでひろ、1966年7月30日 - )は、岐阜県土岐市出身の元プロ野球選手(捕手)。 中部大春日丘高では2年秋の県決勝リーグ全敗で4位となり明治神宮大会に出場、3年夏は県大会ベスト4。1984年のプロ野球ドラフト会議で広島東洋カープから4位指名を受け入団。 一軍出場のないまま1990年限りで現役を引退。ブルペン捕手を経て、1996年から2012年まで二軍コーチを務めた。 達川光男のブログによると、キャッチングが非常に上手く、そのキャッチングは一軍の達川光男以上であり、ブルペンでは北別府学の球をよく受けていた。 日刊スポーツ新聞社発行の選手名鑑(1987)に「熊沢天皇の末裔」と紹介されたことがある。
今川 義則(いまがわ よしのり、1966年7月12日 - )… 今川 義則(いまがわ よしのり、1966年7月12日 - )は、岐阜県出身の日本の柔道家。身長165cm。現役時代は60kg級の選手。 大垣日大高校時代は、後に78kg級と86kg級で世界チャンピオンとなる岡田弘隆及び65kg級で世界2位になる大熊政彦と同期だった。3年の時にはインターハイ軽量級で優勝を飾った。大阪商業大学へ進学すると、1年の時には正力杯60kg級の決勝で東海大学4年の小野幸司に敗れて2位だった。正力国際では決勝で亜細亜大学4年の熊本修治に有効で敗れた。4年の時には正力杯で3位になると、正力国際では決勝で日体大1年の村上喜則を破って優勝した。1989年には綜合警備保障の所属となった。
須原 清貴(すはら きよたか、1966年6月18日 - )は… 須原 清貴(すはら きよたか、1966年6月18日 - )は、日本の経営者。複数の企業の代表取締役を務めたほか、公益財団法人日本サッカー協会 (JFA) 専務理事を務めた。 岐阜県生まれ。岐阜県立岐阜高等学校を経て慶應義塾大学法学部法律学科に進学し、2年間のアメリカ留学を経験する。卒業後は将来的に父の経営する会社を継ぐことを志し、経験を積む目的で1991年に住友商事へ入社。金属関連・情報産業関連の営業を務め、社内留学制度に応募してハーバード・ビジネス・スクールに留学、2000年に経営学修士 (MBA) の資格を取得する。帰国後、事業の意思決定に関われないことで仕事へのやりがいをなくし、2001年に住友商事を退社し、ハーバード時代から誘いを受けていたボストン・コンサルティング・グループに転職。
山田 太一(やまだ たいち、1966年6月14日 - )は、… 山田 太一(やまだ たいち、1966年6月14日 - )は、日本の俳優、タレント、ナレーター。ワールドP.S.所属。劇団『東京遊劇手』主宰。
加野 幸司(かの こうじ、1966年6月 – )は、日本の防… 加野 幸司(かの こうじ、1966年6月 – )は、日本の防衛官僚。 岐阜県出身。岐阜県立岐阜高等学校を経て、東京大学法学部卒業。 2006年 防衛政策局防衛政策課弾道ミサイル防衛室長
鈴木 亨(すずき とおる、1966年〈昭和41年〉5月28日… 鈴木 亨(すずき とおる、1966年〈昭和41年〉5月28日 - )は、日本のプロゴルファー。ミズノ所属。元サムデイ所属。 ゴルフ練習場を経営する父親・鈴木基之の影響を受け、小学生の頃からゴルフを始める。家業のゴルフ練習場の手伝いを行い、営業が終了すると客が使用した練習ボールの後片付けを日課としていた。後に本人は「この後片付けのおかげで足腰が強くなったかも」と語っている。中学生の頃にはプロゴルファーを目指し、父親からスパルタ教育を受ける。父親と練習ラウンドをこなしていた帰りの車では反省会が行なわれ、ラウンド内容やコース内容について父親より質問が行われた。即答できないと厳しく叱責され、ときには鉄拳制裁を受けた。
河出 智希(かわで ともき、1966年1月6日 - )は、日… 河出 智希(かわで ともき、1966年1月6日 - )は、日本の作曲家、編曲家。作詞・作曲・編曲のグループであるBOUNCEBACKのメンバー。主に作曲を担当している(作詞は竹内栄美子)。 岐阜県羽島市出身。愛知県立芸術大学作曲科卒業後に作曲した「吹奏楽のための斜影の遺跡」で1990年に第1回朝日作曲賞(吹奏楽)を受賞し、翌年(1991年)の全日本吹奏楽コンクール(朝日新聞社・社団法人 全日本吹奏楽連盟主催)の課題曲に選ばれた。その後、BOUNCEBACKを結成し、J-POPの作曲活動を開始する。 この項目は、音楽家(演奏者・作詞家・作曲家・編曲家・バンドなど)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:音楽/PJ:音楽)。
古田 啓昌(ふるた よしまさ、1966年 - 2021年)は… 古田 啓昌(ふるた よしまさ、1966年 - 2021年)は、日本国及びニューヨーク州弁護士。アンダーソン・毛利・友常法律事務所パートナー。岐阜県養老郡養老町出身。 祖父が地元選出の国会議員の後援会幹部をしていたことも影響し、当初は政治家を志望していたという。自分の周りに政治家がいなかったため、まずは官僚になろうと東京大学に入学。樋口陽一の憲法や塩野宏の行政法のゼミを履修していた。大学卒業後は自治省に入省するも、1年で辞め、弁護士となった。政治家になるための前段として自治省に入省したが、前例踏襲の慣習が合わなかったという。 国際的な商事の訴訟や仲裁を得意とする。蝶ネクタイがトレードマーク。在外日本人選挙権訴訟の原告側弁護団にも参加した。
寺田 吉道(てらだ よしみち、1965年〈昭和40年〉12月… 寺田 吉道(てらだ よしみち、1965年〈昭和40年〉12月12日 - )は、日本の運輸・国土交通官僚。 鉄道建設・運輸施設整備支援機構副理事長、国土交通省大臣官房公共交通・物流政策審議官、新潟県副知事などを歴任。 岐阜県岐阜市出身。岐阜県立岐阜高等学校を経て、1989年(平成元年)、東京大学法学部を卒業。同年、運輸省に入省。 入省後、航空局管制保安部保安企画課長、同局交通管制部交通管制企画課長、観光庁観光産業課長、国土交通省大臣官房広報課長、自動車局旅客課長、新潟県副知事、国土交通省大臣官房審議官(総合政策局、鉄道局、観光庁担当)、鉄道局次長などを歴任。 2021年(令和3年)7月1日、国土交通省大臣官房公共交通・物流政策審議官に就任。
オクダ サトシ(おくだ さとし、1965年12月5日 - )… オクダ サトシ(おくだ さとし、1965年12月5日 - )は、日本のダンサー・役者・映像作家。ダンスカンパニー「コンドルズ」メンバー。 岐阜県益田郡小坂町(現・下呂市)生まれ、岐阜県立加納高校、東京藝術大学大学院修了。 在学中よりアートレスラーを名乗り、パフォーマンスを始め、美術家小沢剛、会田誠、村上隆らと、ギンブラート、新宿少年アートに参加。1994年にダンスカンパニーNomade~sの「ABSENT」で初舞台。Nomade~s作品で共演した、近藤良平に誘われ、1999年ダンスカンパニー「コンドルズ」に参加、舞台美術、小道具制作、グッズデザイン、映像も担当。また写真家藤里一郎、デザイナー中田亘哉とアートユニットATG unlimitedを結成。
神奈月(かんなづき、1965年(昭和40年)11月3日 - … 神奈月(かんなづき、1965年(昭和40年)11月3日 - )は、日本のものまねタレントである。本名、奥村 聡司(おくむら さとし)。「神無月」の表記は誤り。岐阜県土岐市駄知町出身。太田プロダクション所属。 小学校4〜5年生のころ、デビュー当時の長州力(当時は本名の吉田光雄名義)の仕草を兄に披露したのが初めてのものまねであるという。あのねのねが司会を務めた『発表!日本ものまね大賞』などの視聴者参加型のものまね番組や、素人からものまねで有名になった竹中直人、小堺一機らの活躍を観て、さらにものまねの面白さに目覚めていった。 岐阜県立多治見北高等学校在学時には、文化祭などで教師や芸能人のものまねを披露しており、生徒から人気があった。
清水 咲斗子(しみず さとこ、1965年10月24日 - )… 清水 咲斗子(しみず さとこ、1965年10月24日 - )は、日本の女性歌手。岐阜県大垣市出身。本名、清水 咲斗子(しみず さとこ)。 小学生でロックに目覚め、高校時代には多数のバンドでボーカリストとして活躍。1989年、テレビアニメ『天空戦記シュラト』主題歌「SHINING SOUL」でデビュー。元キングレコード所属。アニメ作品の挿入歌を中心に活動を行なっていた。作詞家としても活動。また英語歌詞の場合ではSATOKO名義として活動を行なっている。 「東へ…」「夏のうねり」には、異名同曲異歌詞曲として「幻のバルバドレ」というバージョンが存在、1993年3月24日発売のアルバム『機動戦士SDガンダム 音搦大歌合』に収録。
三和 裕美子(みわ ゆみこ、1965年10月12日 - )は… 三和 裕美子(みわ ゆみこ、1965年10月12日 - )は、日本の経営学者。 明治大学商学部教授。明治大学ESG投資研究所所長、明治大学株価指数研究所所長、エーザイ取締役、ピジョン取締役等を歴任。 岐阜県生まれ。1984年岐阜県立大垣北高等学校卒業。1988年南山大学卒業、野村證券入社。1993年同志社大学大学院アメリカ研究科修士課程修了。1996年大阪市立大学(現大阪公立大学)大学院経営学研究科博士後期課程単位取得退学。1998年博士(商学)。 1996年明治大学商学部専任助手。1997年明治大学商学部専任講師、コーポレート・ガヴァナンス・フォーラム運営委員。2000年明治大学商学部助教授。
水野 弘道(みずの ひろみち、1965年9月28日 - )は… 水野 弘道(みずの ひろみち、1965年9月28日 - )は、日本の投資家。イギリスのプライベート・エクイティ・ファンドであるコラーキャピタル(en:Coller Capital)のパートナーや、京都大学iPS細胞研究所特任教授、年金積立金管理運用独立行政法人理事兼最高投資責任者、経済産業省参与、テスラ社外取締役等を歴任。現在、ライブワイヤー・グループ(en:LiveWire (company))の社外取締役、国連特使、MSCI CEO特別顧問。グローバルな課題に取り組むNGO The B Teamに参加。 岐阜県多治見市生まれ。岐阜県立多治見北高等学校を経て、1988年大阪市立大学法学部卒業、住友信託銀行入社。
林 哲雄(はやし てつお、1965年9月9日 - )は、岐阜… 林 哲雄(はやし てつお、1965年9月9日 - )は、岐阜県出身の元プロ野球選手(内野手)。 岐阜第一高では3年春夏に甲子園出場して、夏はベスト8まで進出して日本代表メンバーにも選出、1983年のプロ野球ドラフト会議で読売ジャイアンツから3位指名を受け入団。同期に穴吹祐司捕手(阪急)がいた。 同校からのプロ入りは湯口敏彦以来であり、同じく巨人への入団となった。 一軍出場のないまま、1987年限りで現役を引退。俊足を活かしてスイッチヒッターにも挑戦した。 引退後の一時期は東京青山リトルシニアの監督を務めていた。 2020年6月27日に巨人とOBスカウトとしての契約を締結し、岐阜エリアの有望選手の情報を巨人に提供する役割を担う。
山下 いくと(やました いくと、1965年8月23日 - )… 山下 いくと(やました いくと、1965年8月23日 - )は、日本の漫画家、メカニックデザイナー。岐阜県大垣市出身、現在も岐阜を拠点に活動を続けている。 漫画家としての代表作は『ダークウィスパー』『風の住処 -銀河標準時-』など。またメカニックデザイナーとして数々のアニメーション作品に参加し、『ふしぎの海のナディア』『新世紀エヴァンゲリオン』『機動戦士Gundam GQuuuuuuX(ジークアクス)』などのデザインを手掛けている。 一方、TVアニメ『新世紀エヴァンゲリオン』を原作とする小説『エヴァンゲリオン ANIMA』では、制作総指揮とイラスト、そして途中からは小説の執筆も担当した。また「日本アニメ(ーター)見本市」で発表された短編アニメ『偶像戦域』では、初めて監督を担当した。
國枝 孝弘(くにえだ たかひろ、1965年7月6日 - )は… 國枝 孝弘(くにえだ たかひろ、1965年7月6日 - )は、日本のフランス文学者・フランス語教育学者。文学博士(トゥールーズ・ル・ミライユ大学、1999年)。研究テーマは近代フランスにおける文学言語と言語思想・言語学との関係。 岐阜県岐阜市出身。岐阜県立加納高等学校から早稲田大学法学部に進学。卒業後、同大学大学院に進み、文学研究科仏文学専攻修士課程修了。グルノーブル大学DEA課程修了。 学習院大学人文科学研究科フランス文学専攻博士課程後期課程単位取得満期退学。トゥールーズ・ル・ミライユ大学博士課程修了。 教職としては順天堂大学国際教養学部講師、学校法人アテネ・フランセ講師や慶應義塾大学総合政策学部教授を務める。
橋本 真也(はしもと しんや、1965年7月3日 - 200… 橋本 真也(はしもと しんや、1965年7月3日 - 2005年7月11日)は、日本の男性プロレスラー。岐阜県土岐市出身。血液型AB型。 中学時代に父が失踪し、母子家庭で育つが中京商業高等学校在学時に母を亡くした。両親とは縁が薄く、養育したのは実質的に祖母であった。学生時代に柔道を始めたが、両親との縁が薄く家族や仲間の温かみを求めていたことと、柔道の先生から父性の厳しさを教えられたことが、その後も橋本の人格形成に影響を与えたという分析もある。アントニオ猪木に憧れるようになり、1984年(昭和59年)4月に新日本プロレスに入門。同期は武藤敬司、蝶野正洋、船木優治、野上彰。入門初日に後に闘魂三銃士のユニットを組む蝶野と洗濯機の順番を巡って乱闘を起こした。
松本 太(まつもと ふとし、1965年6月2日 - )は、日… 松本 太(まつもと ふとし、1965年6月2日 - )は、日本の外交官。駐シリア臨時代理大使、在ニューヨーク日本国総領事館領事、駐イラク大使等を務めた。 岐阜県立加納高等学校卒業後にアメリカに留学し、その後東京大学に入学。1987年外務公務員採用Ⅰ種試験合格。1988年東京大学教養学部アジア科卒業、外務省入省。エジプトアメリカン大学、パリ政治学院にて在外研修。 外務省中近東アフリカ局中近東第一課課長補佐、内閣官房安全保障・危機管理室参事官補佐、経済協力開発機構日本政府代表部一等書記官、外務省総合外交政策局不拡散・KEDO担当企画官、国際協力銀行参事役、在エジプト日本国大使館参事官、内閣官房内閣情報調査室国際部主幹、外務省国際情報統括官組織国際情報官、世界平和研究所主任研究員等を経て、2015年からヨルダンやレバノンの在シリア大使館臨時事務所で駐シリア臨時代理大使を務め、シリア内戦の分析などを行った。
野中 徹博(のなか てつひろ、1965年5月22日 - )は… 野中 徹博(のなか てつひろ、1965年5月22日 - )は、岐阜県加茂郡坂祝町出身の元プロ野球選手(投手)。1989年のみ登録名は野中 崇博。台湾プロ野球での登録名は野中 尊制。
青山 豊久(あおやま とよひさ、1965年〈昭和40年〉3月… 青山 豊久(あおやま とよひさ、1965年〈昭和40年〉3月12日 - )は、日本の農林水産官僚。 岐阜県多治見市出身。東海高等学校を経て、1988年(昭和63年)3月、東京大学法学部を卒業。同年4月、農林水産省へ入省。入省後、経営局金融調整課長、生産局生産流通振興課長、同局農産部地域作物課長、林野庁林政部林政課長、内閣官房内閣参事官、農林水産省大臣官房秘書課長、農林水産技術会議事務局研究総務官などを歴任。日本初の棚田オーナー制度の企画や食料・農業・農村基本法の作成に携わり、農林水産技術会議事務局研究総務官在任中は、ロボット、AI、IoTなどの先端技術を活用したスマート農業の推進や農業データ連携基盤を担当した。
水野 治久(みずの はるひさ、1965年 - )は日本の心理… 水野 治久(みずの はるひさ、1965年 - )は日本の心理学者。大阪教育大学大学院連合教職実践研究科教授。「学校心理学研究」編集委員長。専門は学校心理学。
江崎 禎英(えさき よしひで、1964年〈昭和39年〉11月… 江崎 禎英(えさき よしひで、1964年〈昭和39年〉11月27日 - )は、日本の政治家。岐阜県知事(公選第21代)。元通産・経産官僚、内閣府大臣官房審議官。退官後、社会政策課題研究所所長。 岐阜県山県郡美山町(現在の山県市美山町)出身。1989年、東京大学教養学部教養学科第三(国際関係論専攻)卒業。同年、通商産業省入省。通商政策局に配属され、日米通商問題を担当した。出向先の大蔵省においては金融制度改革に携わった。 1996年、イギリスのサセックス大学大学院に留学。その後、欧州連合に勤務。帰国後、個人情報保護法の立案に携わる。資源エネルギー庁エネルギー政策企画室長として地球温暖化問題に取り組んだ。
堀部 勝広(ほりべ かつひろ、1964年6月10日 - )は… 堀部 勝広(ほりべ かつひろ、1964年6月10日 - )は、日本の政治家。岐阜県加茂郡七宗町長(1期)。元七宗町議会議員(1期)。 七宗町出身。岐阜大学卒業。自動車製造会社に勤めていたが親の介護のために退職。七宗町に戻り花苗生産業に転じる。 2023年(令和5年)6月の七宗町議会議員選挙で初当選し、議員を1期務め、副議長を務める。 2025年(令和7年)3月18日に告示、同月23日に行われた町長選で、元町長の井戸敬二との一騎打ちを制し初当選した。 ※当日有権者数:2,804人 最終投票率:77.50%(前回比:0.76pts) この項目は、政治家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:政治学/PJ政治)。
田口 尚幸(たぐち ひさゆき、1964年3月 - )は、日本… 田口 尚幸(たぐち ひさゆき、1964年3月 - )は、日本の国文学者。愛知教育大学教育学部国語教育講座教授。 岐阜県土岐市出身。本名は、尚之(ひさゆき)。岐阜県立多治見北高等学校、慶應義塾大学文学部卒業、同大学院文学研究科国文学専攻修士課程修了。上代・中古・中世・近世に時代区分される古典文学のうち、上代では万葉集の山部赤人、中古では伊勢物語、近世では箏曲・地歌の歌詞を研究対象とする。 伊勢物語の研究では、通説と称されることもある三段階成立論を多角的に検討し、批判的立場に立つ。章段どうしを相互補完的につないで通読する「相補論」=「つなぎ読み」を展開。「伊勢物語対話講義」「伊勢物語で遊ぼう」も、無料公開している。
高見 泰範(たかみ やすのり、1964年1月6日 - )は、… 高見 泰範(たかみ やすのり、1964年1月6日 - )は、岐阜県出身の野球選手(捕手)・指導者。バルセロナオリンピック野球日本代表では主将を務めた。
堀江 敏幸(ほりえ としゆき、1964年1月3日 - )は、… 堀江 敏幸(ほりえ としゆき、1964年1月3日 - )は、日本の小説家、フランス文学者、早稲田大学文学学術院教授。 『郊外へ』(1995年)でデビュー。『熊の敷石』(2001年)で芥川賞受賞。日常生活に潜む哀歓を静かな筆致で描く。作品に『雪沼とその周辺』(2003年)、『河岸忘日抄』(2005年)、『その姿の消し方』(2016年)など。 岐阜県多治見市生まれ。岐阜県立多治見北高等学校を経て、早稲田大学第一文学部フランス文学専修卒業。東京大学大学院人文科学研究科フランス文学専攻博士課程単位取得退学。修士論文の主査に菅野昭正。その間にパリ第3大学博士課程留学。 1994年より、フランス留学経験を随筆風に綴った『郊外へ』を白水社の雑誌『ふらんす』に連載。
立川 康人(たちかわ やすと、1964年 - )は、日本の工… 立川 康人(たちかわ やすと、1964年 - )は、日本の工学者、水文学者。専門は水工学、特に水文学・水資源工学、降雨流出解析、洪水予測、気候変動下の水文予測。京都大学大学院工学研究科社会基盤工学専攻教授で、2026年10月より第28代京都大学総長に就任予定。分布型流出モデルや実時間洪水予測の研究で知られる。 岐阜県大垣市出身。愛知県立旭丘高等学校を経て、京都大学工学部交通土木工学科を1987年に卒業。1989年に同大学院工学研究科修士課程交通土木工学専攻を修了(工学修士)。1996年に同大学で博士(工学)を取得(論文博士)。 1989年4月から大阪ガス株式会社に勤務。1990年9月より京都大学工学部助手、1996年4月より同防災研究所助教授、2007年4月より京都大学大学院工学研究科准教授、2013年10月より同教授に就任。
渡邉 浩司(わたなべ こうじ、1964年 - )は、日本のフ… 渡邉 浩司(わたなべ こうじ、1964年 - )は、日本のフランス文学者。中央大学経済学部教授。学位は、文学博士(名古屋大学)。専門はフランス中世文学、神話学的な立場からアーサー王物語の研究を行う。課程博士論文ではアーサー王物語の実質的な創始者であるクレチアン・ド・トロワを扱った。フランス・グルノーブル第三大学・イマジネール研究所(CRI)通信研究員。国際アーサー王学会会員。日本ケルト学会会員。ベルギー「ケルト学・比較研究」大学間連絡グループ会員。
林 昭宏(はやし あきひろ、1964年- )は、日本の写真家… 林 昭宏(はやし あきひろ、1964年- )は、日本の写真家。岐阜県岐阜市出身。大阪芸術大学芸術学部写真学科卒業。 大学卒業後、写真家の坂本樹勇に師事。水中写真プロダクション、大手芸能プロダクション専属を経て、独立。数々のグラビア誌にて、グラビア写真を手掛ける。2010年11月全国公開の『さよなら夏休み』(緒形直人主演)では、企画プロデューサーを担当。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。
田中 尚一郎 (たなか しょういちろう、1963年12月20… 田中 尚一郎 (たなか しょういちろう、1963年12月20日 - )は、日本の実業家。サンメッセ株式会社代表取締役社長。 岐阜県出身。岐阜県立大垣東高等学校を経て、1986年に駒澤大学経営学部卒業。1989年12月、田中工業(現・サンメッセ)入社。 2005年6月、執行役員赤坂営業部長。2007年6月、取締役執行役員東京営業部長。 2010年4月、取締役執行役員関東統括部長。2010年6月、取締役執行役員営業副本部長兼関東統括部長。 2011年6月、取締役常務執行役員営業副本部長兼関東統括部長。2012年9月、Sun Messe(Thailand)Co.,ltd.代表取締役社長。 2013年4月、取締役常務執行役員営業副本部長兼関東統括部長兼C&R部長。
河島 浩二(かわしま こうじ、1963年9月15日 - )は… 河島 浩二(かわしま こうじ、1963年9月15日 - )は、令和期の実業家。イビデン社長。岐阜県岐阜市出身。岐阜県立加納高等学校卒、慶應義塾大学理工学部管理工学科卒。 長年にわたり電子事業に関わっている。社長就任は2024年(令和6年)2月1日に発表され、同年6月13日の株主総会後の取締役会で正式に決定した。
伊藤 潤二(いとう じゅんじ、1963年7月31日 - )は… 伊藤 潤二(いとう じゅんじ、1963年7月31日 - )は、日本の漫画家。岐阜県生まれ、千葉県在住。ホラー漫画家として有名であり、代表作は『富江』シリーズ、『うずまき』など。映像化された作品も多い。 保育園児(5歳)の頃から、古賀新一、楳図かずおらの怪奇マンガに熱中し、自らも怪奇マンガを描き始める。 岐阜県立中津高等学校卒業。1984年、歯科技工士専門学校卒業後、歯科技工士になる。 愛読していた『ハロウィン』(朝日ソノラマ)により「楳図賞」が創設されたと知り、楳図かずおに自分をアピールしたいと考え、投稿を決意する。1986年、投稿した「富江」が第1回楳図かずお賞にて佳作入選(第一席)しデビュー。
伊藤 浩一(いとう こういち、1963年7月31日 - )は… 伊藤 浩一(いとう こういち、1963年7月31日 - )は、日本の実業家。豊田自動織機代表取締役社長。 岐阜県岐阜市出身。1986年早稲田大学政治経済学部卒業。丸紅を経て、転職で、1998年に豊田自動織機製作所入社。2010年豊田自動織機繊維機械事業部営業部長。2012年豊田自動織機執行役員。2016年豊田自動織機常務役員。2019年豊田自動織機経営役員。2023年豊田自動織機代表取締役社長。 この項目は、実業家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:経済学、PJ:経済)。
杉山 孝一(すぎやま こういち、1963年5月15日 - )… 杉山 孝一(すぎやま こういち、1963年5月15日 - )は、岐阜県岐阜市出身の元社会人野球の野球選手(外野手)、野球指導者。 都市対抗野球大会で通算14本の最多本塁打(2012年現在)を記録している。 岐阜南高校では、3年次の1981年に第63回全国高等学校野球選手権大会に捕手として出場。高校卒業後、1982年に社会人野球の新日本製鐵名古屋に入団。 2年目の1983年、都市対抗の東海予選で4番を務めて史上初の4試合連続本塁打を達成し、本大会でもチームの準優勝に貢献した。 1985年も都市対抗に出場し、同年のドラフト会議でヤクルトスワローズから6位指名を受けたが、結婚直後のため安定した生活を望んでおり、また都市大会にも再び出場したい、として入団を断っている。
山口 健次(やまぐち けんじ、本名及び旧芸名:山口 健二・読… 山口 健次(やまぐち けんじ、本名及び旧芸名:山口 健二・読み同じ、1963年5月10日 - )は、日本の元俳優。岐阜県羽島市出身。ティー・アーティストに所属していた。 岐阜県立羽島北高等学校卒業。高校生時代にはバンドを組んで活動していた。高校卒業後、インテリアデザイナーを目指して上京。1983年1月にモデルとしてスカウトされ、芸能界入り。1983年5月から約1年間「レッツゴーヤング」にサンデーズとして出演した後、4人組ロックバンド「ザ・モータースポーツ・ミュージック」に参加、ボーカル&ギターを担当(同グループには、山上輝美朗(g&cho)、松竹光男(Ba&cho)、小柳昌法(Dr&cho)が在籍)。
奥田 修(おくだ おさむ、1963年4月5日 - )は、日本… 奥田 修(おくだ おさむ、1963年4月5日 - )は、日本の実業家。中外製薬代表取締役社長兼最高経営責任者、日本製薬工業協会副会長、日本製薬団体連合会副会長。 岐阜県出身。1982年岐阜県立岐阜高等学校卒業。1987年岐阜薬科大学薬学部卒業、中外製薬入社。2008年中外製薬ライフサイクルマネジメント第二部長兼ライフサイクルリーダー。2011年ロシュ・プロダクツ・アイルランド社長。2013年中外製薬営業本部オンコロジーユニット長。2014年中外製薬執行役員営業本部オンコロジーユニット長。2015年中外製薬執行役員経営企画部長。2017年中外製薬上席執行役員経営企画部長。2018年中外製薬上席執行役員プロジェクト・ライフサイクル マネジメント共同ユニット長。
棚橋 泰文(たなはし やすふみ、1963年〈昭和38年〉2月… 棚橋 泰文(たなはし やすふみ、1963年〈昭和38年〉2月11日 - )は、日本の政治家、弁護士、通産官僚。自由民主党所属の衆議院議員(11期)。 国家公安委員会委員長(第97代)、国土強靭化担当大臣、領土問題担当大臣、内閣府特命担当大臣(防災、海洋政策)、内閣府特命担当大臣(科学技術政策、食品安全、食育)、衆議院国家基本政策委員長・予算委員長、自由民主党青年局長、自由民主党幹事長代理、自由民主党党・政治制度改革実行本部長、自由民主党行政改革推進本部長を歴任した。 岐阜県大垣市で生まれる(現住所は大垣市御殿町1丁目)。小学校5年生から中学校2年生まで西ドイツで生活。東京学芸大学附属高等学校、東京大学法学部第1類(私法コース)卒業。
小坂 喬峰(こさか たかね、1963年(昭和38年)2月10… 小坂 喬峰(こさか たかね、1963年(昭和38年)2月10日 - )は、日本の政治家。岐阜県恵那市長(3期)。明知鉄道株式会社代表取締役社長。 岐阜県恵那市出身。恵那市立東野小学校、恵那市立恵那東中学校、岐阜県立恵那高等学校卒業。1987年(昭和62年)3月、名古屋工業大学工学部建築学科卒業。同年4月、恵那市役所に入庁。2014年4月、商工観光課長。 2016年(平成28年)4月、経済部商工振興・雇用創出チーム政策推進監に就任。同年8月20日、恵那市長選挙に立候補するために市役所を退職。 同年11月13日に行われた恵那市長選挙に自由民主党と公明党の推薦を得て立候補。現職の可知義明の甥の可知孝司、NPO法人理事長の駒宮博男ら2候補を破り初当選した。
桂川 孝裕(かつらがわ たかひろ、1963年〈昭和38年〉2… 桂川 孝裕(かつらがわ たかひろ、1963年〈昭和38年〉2月10日 - )は、日本の政治家。京都府亀岡市長(3期)。元京都府議会議員(2期)、元亀岡市議会議員(1期)。 岐阜県加茂郡東白川村出身。1981年 (昭和56年) 3月、岐阜県立加茂農林高等学校卒業。1985年(昭和60年)3月、東京農業大学農学部造園学科卒業。同年4月、京都府立農芸高等学校教員としてに赴任。1987年(昭和62年)、亀岡市役所に入所。1988年(昭和63年)、財団法人亀岡市都市緑花協会へ出向。 2003年1月19日に行われた亀岡市議会議員選挙でトップ当選を果たす。2007年(平成19年)2月4日、任期満了により退任。
吉本 明子(よしもと あきこ、1963年〈昭和38年〉2月4… 吉本 明子(よしもと あきこ、1963年〈昭和38年〉2月4日 - )は、日本の労働・厚生労働官僚。元愛知県副知事、元小松市助役。 岐阜県岐阜市出身。岐阜県立加納高等学校を経て、1985年(昭和60年)3月、東京大学経済学部を卒業。 1984年(昭和59年)10月、国家公務員採用上級試験(甲種・経済)に合格。翌年4月、労働省に入省し、労働省大臣官房政策調査部労働経済課に配属。入省後、人事院の留学制度でハーバード大学に2年間留学した経験を持つ。 職業安定局高齢・障害者対策部高齢者雇用対策課課長補佐、同局雇用政策課建設・港湾対策室室長補佐、女性局女性政策課課長補佐、雇用均等・児童家庭局総務課課長補佐、職業能力開発局総務課基盤整備室長、同局育成支援課長、労働基準局勤労者生活部勤労者生活課長、雇用均等・児童家庭局雇用均等政策課長、職業能力開発局総務課長、厚生労働省大臣官房審議官、中央労働委員会事務局審議官などを歴任。
牧野 淳一郎(まきの じゅんいちろう、1963年1月6日 -… 牧野 淳一郎(まきの じゅんいちろう、1963年1月6日 - )は日本の天文学者、神戸大学大学院教授。専門分野は計算天文学。
福留 朗裕(ふくとめ あきひろ、1963年(昭和38年)1月… 福留 朗裕(ふくとめ あきひろ、1963年(昭和38年)1月1日 - )は、日本の銀行家、実業家。三井住友銀行代表取締役頭取。全国銀行協会会長。トヨタファイナンシャルサービス社長などを歴任。 岐阜市出身。岐阜市立伊奈波中学校、岐阜県立岐阜高等学校を経て、1985年一橋大学経済学部卒業。 大学のアイスホッケー部の後輩には、みずほフィナンシャルグループの木原正裕社長がおり、1年間一緒にプレーをした。 池間誠ゼミの1年先輩に誘われ、卒業後、三井銀行(現・三井住友銀行)に入行。 名古屋営業本部トヨタ担当や、国際金融を長く担当。 2015年には、常務執行役員名古屋法人営業本部長となり、名古屋銀行協会副会長を務めた。
小野 庄一(おの しょういち、1963年 - )は日本のフリ… 小野 庄一(おの しょういち、1963年 - )は日本のフリーカメラマン。岐阜県揖斐郡揖斐川町出身。東京経済大学、写真専門学校卒業。週刊誌の委託写真記者を経て独立。 満100歳以上の人々のポートレート集で第30回太陽賞受賞。同作品をまとめた写真集『百歳王』(新潮社)を発表し、写真展「百歳王」をラフォーレ原宿や日本橋三越メインギャラリーで開催。『百歳王』を含めて「命の源」を基本テーマに、富士山頂から望む絶景「テッペン!」や、「Flower Nocturne 」もライフワークに加え、創作活動を続けている。
次良丸 忍(じろまる しのぶ、本名同じ、男性、1963年 -… 次良丸 忍(じろまる しのぶ、本名同じ、男性、1963年 - )は、日本の小説家、児童文学作家。 日本児童文学者協会事務局長(2016年4月 - 2024年3月)。TENの会同人、え!ほん党同人。 岐阜県大垣市出身。名城大学法学部卒。宮沢賢治に心酔し、大学在学中より小説を書き始める。 1990年4月より日本児童文学者協会事務局に勤務、2016年4月より2024年3月まで同事務局長。 1995年「銀色の日々」で第14回新美南吉児童文学賞を受賞。 埼玉県上尾市在住で二児の父でもある。
桑山 紀彦(くわやま のりひこ、1963年(昭和38年) -… 桑山 紀彦(くわやま のりひこ、1963年(昭和38年) - )は、日本の心療内科・精神科医。海老名こころのクリニック院長。特定非営利活動法人「地球のステージ」代表理事。 岐阜県高山市生まれ。山形大学医学部卒業。在学中よりバックパッカーとして世界を放浪。医師となった後も、湾岸戦争後のイラク、和平後のカンボジア、内戦下のソマリア、戦時下の旧ユーゴスラビア、独立紛争後の東ティモールなどで医療救援や病院復興に携わる。 2009年11月、宮城県名取市に「東北国際クリニック」を開業。その2階に「地球のステージ」の事務局を置き、活動した。2011年3月11日、東日本大震災で建物やスタッフは残ったため、翌日12日から24時間クリニックを開け続けた。