スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
松原 朋美(まつばら ともみ、1990年2月5日 - )は、… 松原 朋美(まつばら ともみ、1990年2月5日 - )は、中京テレビ放送のアナウンサー。夫はワタナベエンターテインメント所属の芸人・大前りょうすけ。実兄は元熊本朝日放送及び元静岡第一テレビアナウンサーの松原大祐。 岐阜県中津川市出身。岐阜県立恵那高等学校、法政大学国際文化学部卒業。大学在学中は5か月間アメリカに留学経験がある。 元日本テレビアナウンサーの久野静香は同じ大学、同じ学部・学科の同窓生で、放送局の系列、アナウンサーとして就職した年も同じで、互いに交流がある。 2012年に中京テレビ放送に入社。同期入社は鈴木理香子、市野瀬瞳、村田千弥(既に3人とも退社)だが、いずれも他局からの移籍で松原だけが新卒入社。
伊藤 来(いとう きたる、1985年6月5日 - )は、ボー… 伊藤 来(いとう きたる、1985年6月5日 - )は、ボート競技者で元五輪強化選手、現在はカヤックインストラクターとして、岐阜県で地域の活性化や河川での清掃活動を行なっている。
小栗 仁志(おぐり ひとし、1968年6月1日 - )は日本… 小栗 仁志(おぐり ひとし、1968年6月1日 - )は日本の政治家、実業家。岐阜県中津川市長(1期)。元共栄液化ガス代表取締役社長。 1968年6月1日生まれ。岐阜県中津川市出身。 岐阜県立恵那高等学校、東京国際大学を経て三菱液化ガス(現:アストモスエネルギー)に入社。東京には10年間過ごした。 1997年、郷里の中津川に戻り家業である共栄液化ガスに入社。2009年、代表取締役社長に就任した。 この間、岐阜県LPガス協会会長、中津川市倫理法人会会長、中津川市教育委員会委員長も務めた。 2024年1月14日投開票の中津川市長選挙に地元経済界などに擁立され出馬。現職の青山節児を大差で破る。※当日有権者数:61,728人 最終投票率:59.21%(前回比:16.82pts) 開票結果は、当選 小栗仁志 55歳 無所属 新 22,977票、青山節児 72歳 無所属 現 13,059票だった。
草野 満代(くさの みつよ、1967年2月4日 - )は、フ… 草野 満代(くさの みつよ、1967年2月4日 - )は、フリーアナウンサー。 岐阜県恵那郡福岡町(現在:中津川市)出身。岐阜県立恵那高等学校理数科、津田塾大学学芸学部数学科卒業後の1989年日本放送協会入局。研修後、金沢放送局に赴任。ローカルニュース番組やラジオ番組を担当。赴任2年目に地元高校野球の取材を行い、当時星稜高校1年在学中の元ニューヨーク・ヤンキースの松井秀喜に取材を行っており、後年放送センター異動後、スポーツ番組担当時に取材現場で再会した。また、金沢放送局上司の方針により、全国高等学校野球選手権石川大会3回戦のラジオ実況中継を担当した。1991年、東京アナウンス室へ異動し、主に『NHKニュースおはよう日本』、『サンデースポーツ』のキャスターや『紅白歌合戦』の総合司会を担当した。
小坂 喬峰(こさか たかね、1963年(昭和38年)2月10… 小坂 喬峰(こさか たかね、1963年(昭和38年)2月10日 - )は、日本の政治家。岐阜県恵那市長(3期)。明知鉄道株式会社代表取締役社長。 岐阜県恵那市出身。恵那市立東野小学校、恵那市立恵那東中学校、岐阜県立恵那高等学校卒業。1987年(昭和62年)3月、名古屋工業大学工学部建築学科卒業。同年4月、恵那市役所に入庁。2014年4月、商工観光課長。 2016年(平成28年)4月、経済部商工振興・雇用創出チーム政策推進監に就任。同年8月20日、恵那市長選挙に立候補するために市役所を退職。 同年11月13日に行われた恵那市長選挙に自由民主党と公明党の推薦を得て立候補。現職の可知義明の甥の可知孝司、NPO法人理事長の駒宮博男ら2候補を破り初当選した。
荻野 真(おぎの まこと、1959年5月26日 - 2019… 荻野 真(おぎの まこと、1959年5月26日 - 2019年4月29日)は、日本の漫画家。男性。岐阜県出身。 岐阜県立恵那高等学校卒業、名古屋大学理学部中退。在学中は漫画研究会に所属しており、先輩に森博嗣がいた。 大学では落ちこぼれてしまい、仲の良かった同人誌仲間も当時の大手出版社による「青田買い」により疎遠となってしまい、ほぼ八方ふさがりの状態になってしまっていたという。半ばやけくそで漫画の原稿を持ちこむ。最初に持ち込んだ小学館ではボロクソに叩かれ、「いったい何しに来たの?」とまで言われたという。その隣のビルであったヤングジャンプ編集部に持ち込んだ際、応対してくれた田中純に評価され、知己を得たことがその後の大きな手助けになったと後に回顧している。
村上 康成(むらかみ やすなり、1955年8月11日 - )… 村上 康成(むらかみ やすなり、1955年8月11日 - )は、岐阜県郡上郡八幡町(現・郡上市)出身の絵本作家、エッセイスト、ウクレレアーティストである。釣り好きで知られ、「みずぎわ族」と自称する。 長良川などの川が身近にある環境で育ち、幼少期から父親に釣りに連れられる。一方で絵を描くことも好み、子供の頃は釣りと絵描きばかりしていたと述べている。中学校・高等学校時代は野球を愛好する。 岐阜県立恵那高等学校を卒業。美術大学志望だったが高校卒業時には進学できず、過年度生として受験勉強中に谷内こうたの絵本『のらいぬ』を見て衝撃を受け、模写を繰り返したという。愛知県立芸術大学・芸術学部・デザイン科に入学。
牧野 剛(まきの つよし、1945年9月24日 - 2016… 牧野 剛(まきの つよし、1945年9月24日 - 2016年5月20日)は、日本の予備校講師・教員。政治運動家。 河合塾・文理学院(旧河合塾文理、現・河合塾仙台校)国語科講師(現代文・小論文)。元養護学校教諭、元高等学校教諭。 岐阜県恵那市生まれ。岐阜県立恵那高等学校、名古屋大学文学部国史科卒業。名古屋大学では、社会主義学生同盟マルクス主義戦線派として活動。マル戦派離脱後も一貫してノンセクトの立場で運動を展開した。 1984年の大学共通一次試験国語現代文問題と同じ出典の文章(藤田省三 『精神史的考察』)を直前の河合塾全統模試で出題し、「問題を的中させた」として一躍大学受験界の寵児となった。河合塾では、他にも成績の低い学生のためのベーシックコースや大検コースである「コスモ」などの創設を提案し、実現させた。
澤木 宣彦(さわき のぶひこ、1945年 - ) は、日本の… 澤木 宣彦(さわき のぶひこ、1945年 - ) は、日本の電子工学者。名古屋大学名誉教授。英国物理学会フェロー。IEEEフェロー。 岐阜県生まれ。岐阜県立恵那高等学校卒業後、1968年名古屋大学工学部電気工学科卒業。1973年名古屋大学大学院工学研究科博士課程修了、工学博士、名古屋大学工学部助手。1977年名古屋大学工学部講師。1982年名古屋大学工学部助教授。1988年インスブルック大学客員教授。1999年英国物理学会フェロー。2000年名古屋大学ベンチャー・ビジネス・ラボラトリー長。2001年名古屋大学赤崎記念研究センター長。2002年名古屋大学評議員。2004年名古屋大学大学院工学研究科長・工学部長、IEEEフェロー。
西尾 徳(にしお とく、1939年〈昭和14年〉9月12日 … 西尾 徳(にしお とく、1939年〈昭和14年〉9月12日 - 2005年〈平成17年〉7月19日)は、日本の俳優、声優。岐阜県出身。 岐阜県立恵那高等学校卒業。1959年(昭和34年)に劇団創作劇場に所属。その後、土の会、三光事務所、かぶらぐるっぺ、俳優企画を経て1968年(昭和43年)に東京俳優生活協同組合に移籍。 趣味は映画鑑賞。好きなものは戦車。 2005年(平成17年)7月19日、腺がんのため65歳で死去。 『ゲッターロボ大全』ではゲッターチームで唯一、口頭でインタビューに答えた。西尾自身も自分が演じた数少ないヒーローとして巴武蔵に愛着を持っていた。晩年のインタビューであったがいまだにゲッター3の超合金を持っていることや「ゲッター3に乗ったムサシを演じてると自分が強くなった気がするんですよね」とも語っている。
岩久 正明(いわく まさあき、1938年2月7日 - )は、… 岩久 正明(いわく まさあき、1938年2月7日 - )は、日本の歯科医師・歯学者・開業医。新潟大学名誉教授、元新潟大学大学院医歯学総合研究科口腔生命科学専攻口腔健康科学講座う蝕学分野教授、元新潟大学附属歯科技工士学校長、日本歯科保存学会元会長、日本歯科審美学会元会長、日本歯科人間ドック学会元会長。う蝕学(Cariology)の学問体系の確立で知られるほか、一般には3Mix法の開発者として知られる。 1956年に岐阜県立恵那高等学校、1962年に東京医科歯科大学卒業。以後同大学教官を経て1982年より新潟大学教授、2003年に定年退官し、以後同大学名誉教授に就任、現在は東京都豊島区にて開業医。
可知 義明(かち よしあき、1936年(昭和11年)9月25… 可知 義明(かち よしあき、1936年(昭和11年)9月25日 - )は、日本の政治家。元岐阜県恵那市長(3期)。 岐阜県恵那市出身。1955年(昭和30年)3月、岐阜県立恵那高等学校卒業。同年4月、恵那市役所に入庁。1995年(平成7年)4月、恵那市助役に就任。2000年(平成12年)4月、中津川恵那広域行政事務組合事務局長に就任。 2004年(平成16年)10月25日、旧恵那市と恵那郡南部の山岡町・明智町・岩村町・串原村・上矢作町の1市4町1村が合併し新制の恵那市が誕生する。これに伴って11月28日に行われた恵那市長選挙に公明党の推薦を得て出馬。旧山岡町長の山内章裕ら2候補を破り、初当選を果たした。
糸魚川 淳二(いといがわじゅんじ、1929年8月21日 - … 糸魚川 淳二(いといがわじゅんじ、1929年8月21日 - 2021年11月11日)は、日本の古生物学者、地質学者。名古屋大学名誉教授、元豊橋市自然史博物館館長。学位は、理学博士(京都大学・1961年)。 岐阜県恵那郡坂下町(現・中津川市)に生まれる。1942年4月、恵那中学(現・岐阜県立恵那高等学校)に入学。1945年4月、海軍経理学校予科に入校し終戦を迎える。恵那中学に復学し、1946年9月には旧制第四高等学校理科甲類に入学し1949年3月に卒業。同年4月、京都大学理学部に入学。1957年、京都大学大学院を退学。同年8月、名古屋大学理学部に採用される。1958年2月、助手。1971年4月、助教授。
小原 二郎(こはら じろう、1916年11月1日 - 201… 小原 二郎(こはら じろう、1916年11月1日 - 2016年5月12日)は、日本の人間工学、住宅産業、木材工学者。千葉工業大学理事・教授、千葉大学名誉教授。正四位。 長野県木曽郡読書村(現南木曽町)出身。 旧制岐阜県立恵那中学校(現岐阜県立恵那高等学校)、東京高等工芸学校(現千葉大学工学部)を経て、1958年京都帝国大学農学部林学科卒業。専攻は人間工学、材料工学で、電車、自動車、航空機などの車両座席の改良、家具規格の基礎理論に貢献した。
伊藤 律(いとう りつ、1913年6月27日 - 1989年… 伊藤 律(いとう りつ、1913年6月27日 - 1989年8月7日)は、日本の政治運動家、元日本共産党政治局員。岐阜県土岐郡土岐村市原(現・瑞浪市)出身(広島県生まれ)。幼名は、恵一。中国名は、顧青。 父・連次郎の勤務先である広島で生まれた。間もなく父の故郷岐阜県瑞浪に戻る。幼少期から神童の誉れが高かったといわれ、旧制岐阜県立恵那中学校(現・岐阜県立恵那高等学校)4年生修了後、1930年に第一高等学校(現・東京大学教養学部)に入学する(飛び級入学。いわゆる「四修進学」)。同期に後に作家となる杉浦明平がいた。杉浦の後年の回想では、入学の時点で伊藤はすでに社会主義に関心を持ち、1年生から読書会を主催していたという。
阿部 栄之助(あべ えいのすけ、1880年8月1日 - 19… 阿部 栄之助(あべ えいのすけ、1880年8月1日 - 1954年4月26日)は、日本の郷土史研究家である。岐阜県の郷土史研究に従事。岐阜大学学芸学部講師。 長野県小県郡滋野村(現・東御市)に生まれる。長野師範学校在学中、小諸義塾の教師として赴任していた島崎藤村に英語を学ぶ。1908年、東京高等師範学校を卒業。東京高師では三宅米吉に師事。卒業後は、岐阜師範学校教諭となる。以後、岐阜県の歴史研究を志し、1915年「濃飛仏教史綱」(『岐阜県教育会雑誌』(途中から『岐阜県教育』に改題)に連載)を発表し、1923~1924年に『濃飛両国通史』(上下2冊)の大著を刊行。 1922年、岐阜県立恵那中学校(現在の岐阜県立恵那高等学校)が創設されると、初代校長に就任。
髙相 祐子(たかそう ゆうこ、7月23日 - )は、元岐阜放… 髙相 祐子(たかそう ゆうこ、7月23日 - )は、元岐阜放送 (GBS) のアナウンサー。 岐阜県中津川市出身。岐阜県立恵那高等学校、愛知淑徳大学卒業。 大学を卒業後、ケーブルテレビ会社の春日井小牧コミュニケーションテレビ(現・中部ケーブルネットワーク (CCNet) 春日井局)に2年半勤務。同社で経験を積んだ後、NHK松山放送局の契約キャスターとなる。その後はNHK長野放送局の契約キャスターを経て、2007年春から岐阜放送のアナウンサーを務めていた。
野々村 真白 は、日本の女性声優。愛知県出身。アットプロダク… 野々村 真白 は、日本の女性声優。愛知県出身。アットプロダクション所属。