若木 信吾(わかぎ しんご、1971年3月26日 - )は、… 若木 信吾(わかぎ しんご、1971年3月26日 - )は、日本の写真家、映画監督。静岡県浜松市中央区出身。 静岡県立浜松南高等学校を経て、アメリカ合衆国ニューヨーク州・ロチェスター工科大学写真学科を卒業。 雑誌・広告・音楽媒体など、写真家として幅広い分野で活動。自身で出版社ヤングトゥリー・プレスを主宰し、2010年4月には故郷である静岡県浜松市に書店“BOOKS AND PRINTS”、2012年10月10日には浜松市に2店舗目“BOOKS AND PRINTS BLUE EAST”をオープンさせた(2013年に両店舗をKAGIYAビルにて統合)。 亀梨和也 PHOTOBOOK『ユメより、亀。
もっと読む
勝山 基弘(かつやま もとひろ、1962年6月2日 - )は… 勝山 基弘(かつやま もとひろ、1962年6月2日 - )は、日本の写真家。代表作の作風から「長時間露光の魔術師」と呼ばれる。 大阪市東淀川区生まれ。静岡県静岡市出身。静岡市立井宮小学校、静岡市立籠上中学校、静岡県立静岡高校、日本写真芸術専門学校 写真芸術科卒業、日本写真芸術専門学校教務課職員を経て、フリーランスフォトグラファーとして活動。竹内敏信に師事。 雑誌取材系からファッション、ポートレート、建築、広告写真に至るまで幅広い分野で活動。アートへの造詣も深く、世界の都市風景、アールデコ建築等の建築物、人物、自然風景など、感性の赴くままあらゆるものをモチーフとしてファインアート作品創作に励み、個展「Shired in New York」「Big Apple Illusion」などを開催。
もっと読む
小池清通(こいけ きよみち、1959年4月4日 - )は、ア… 小池清通(こいけ きよみち、1959年4月4日 - )は、アメリカ合衆国在住の日本人写真家。コロラド州デンバーを中心に米国中西部、西部の大自然を写真を通して捉えメッセージを送っている。 静岡県浜松市生まれ。高校卒業後の就職を断念し、一浪を経て愛知大学へ進学。卒業後1983年春渡米永住。地元日系人社会に助けられながら旅行業を営みコロラドの魅力を紹介する。2001年9月同時多発テロ事件を契機に写真家として活動を開始。2007年にプロ写真家デビューした自然愛好家。2011年4月公益社団法人 日本写真家協会正会員入会。恵まれたアメリカ西部ロッキー山脈、コロラドプラトー(コロラド高原)地域の大自然とのつながりを求めて撮影活動を続ける。
もっと読む
外山 ひとみ(とやま ひとみ、1958年9月1日 - 201… 外山 ひとみ(とやま ひとみ、1958年9月1日 - 2014年6月1日 )は、日本の女性写真家、ジャーナリスト。 静岡県富士市出身。1979年、写真集『家』によりフリーランスのカメラマンとしてデビュー。1998年、『MISS・ダンディ』(男として生きる女性たち)で、ドキュメンタリー写真大賞・人物ルポ部門賞を受賞した。全国の刑務所を訪問し、刑務所・受刑者・刑務官について取材した功績に対し2010年、法務省から感謝状を受けた。 1977年、静岡県立吉原高等学校卒業。高校2年、写真クラブに入って写真を撮り始めた。富士山九合目から写した「富士のご来光」(カラー)が富士市教育委員会主催の市展・写真・高校の部で市長賞を受賞した。
もっと読む
泉 秀樹(いずみ ひでき、1943年3月16日 - )は、日… 泉 秀樹(いずみ ひでき、1943年3月16日 - )は、日本の作家、写真家。 テレビ番組「泉秀樹の歴史を歩く」(J:COMテレビ)ナビゲーター。 静岡県浜松市生まれ。慶應義塾大学文学部卒。新聞社勤務を経て、以後、作家・写真家として活動する。 1973年、小説「剥製博物館」で第5回新潮新人賞を受賞。歴史に関する著作が多い。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
もっと読む
木村 仲久(きむら なかひさ、1938年11月26日 - 1… 木村 仲久(きむら なかひさ、1938年11月26日 - 1999年3月29日)は、日本の写真家。地方公務員。全日本写真連盟や二科会にて活動した。写真集団影法師、写真集団山月会影法師を創立。写真集「静岡の民家」で林忠彦賞受賞。長年撮り続けた富士山の写真集「富士秀景」は静岡県の作品として国外の要人への贈呈品とされている。 1938年(昭和13年)、静岡県志太郡大井川町(現・焼津市)に生まれる。1957年(昭和32年)、静岡県立静岡高等学校卒業。日本大学に進学し、旧工学部(現日本大学理工学部)の土木工学科で学んだ。卒業後は静岡県庁に入庁した。 静岡県の職員として勤務する傍ら、アマチュア写真家として全日本写真連盟や二科会で活動した。
もっと読む
市野 道弘(いちの みちひろ、1937年〈昭和12年〉1月1… 市野 道弘(いちの みちひろ、1937年〈昭和12年〉1月1日 - 2019年〈平成31年〉10月28日)は、日本の写真家(富士山)。静岡県駿東郡小泉村久根出身。35年以上、富士山だけを被写体に、写真撮影を行った。現代の写真家では珍しく、リバーサルフィルムだけを使用した写真撮影にこだわった。主に使用していた機材は、HASSELBLAD 503CW(ハッセル・ブラッド)、FUJIFILM GA645Zi(フジフイルム)である。リバーサルフィルムは、FUJIFILM Velvia100 Professional(フジフイルム)を多用した。元フォトクラブ赤富士&岩波会長。元矢崎総業常務取締役。元(株)エーライフ矢崎社長。
もっと読む
磯西 昭(いそにし あきら、1928年 - 2020年10月… 磯西 昭(いそにし あきら、1928年 - 2020年10月9日)は、日本の写真家。会社経営者。富士山の空撮で知られる。 静岡県に生まれる。富士宮市に住んだ。静岡県立静岡中学校に学んだ。戦後、海外渡航が自由になるとイタリアをはじめ、ヨーロッパ各国、アフリカ、南極など、カメラ機材を背負って旅をし、現地が気に入れば数十日に及ぶこともあった。 空撮を始めたのは1994年で、ハワイオアフ島のヨットレースの撮影で挑戦してからその魅力に取り憑かれ、のめり込んだ。翌、1995年から3年間にわたり、ヴェネツィア・ピサ・アッシジ・シエーナ・フィレンツェ・ローマなどのイタリア各地の中世都市の空撮を実現させた。イタリアの空撮と並行して具体的な目標として富士山があり、当初、数年で終わるつもりだったが、懐の広さ深さが分かり、本格的な撮影に取り組み、ライフワークになった。
もっと読む
岡村 崔(おかむら たかし、1927年12月13日 - 20… 岡村 崔(おかむら たかし、1927年12月13日 - 2014年2月4日)は、日本の写真家。 東京府下吉祥寺に生まれる。5歳の頃、両親の故郷静岡県に転居。幼少期は相良、その後静岡市内に移り、1945年、静岡県立静岡中学校卒業。 1948年に芝浦工業専門学校(現、芝浦工業大学)を卒業し、日本大学旧工学部(現、理工学部)建築学科に入学(のち中退)。 中学在学中より登山を始め、山岳風景の写真にも取り組むようになる。1958年、登山の国際大会に参加するため初めて渡欧。この頃より専攻した建築から関心を広げ、ロマネスクの彫刻などヨーロッパの文化、美術に興味を持ち、渡航を重ねる。1965年にはローマに移住、ヨーロッパ各地の美術作品や教会建築などの撮影を中心に美術写真の専門家として活動するようになった。
もっと読む
大竹省二(おおたけ しょうじ、1920年(大正9年)5月15… 大竹省二(おおたけ しょうじ、1920年(大正9年)5月15日 - 2015年(平成27年)7月2日)は、日本の写真家。静岡県出身。
もっと読む
柴田 隆二(しばた りゅうじ、1909年(明治42年) - … 柴田 隆二(しばた りゅうじ、1909年(明治42年) - 1984年(昭和59年))は、静岡県掛川市出身の写真家。国画会会員。 この項目は、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:美術/PJ:美術)。
もっと読む
影山 光洋(かげやま こうよう、本名:影山 正雄、1907年… 影山 光洋(かげやま こうよう、本名:影山 正雄、1907年5月23日 - 1981年3月1日)は、日本の報道写真家である。 静岡県浜松市に生まれ、若い頃から写真撮影に親しむ。浜松商業卒業後、画光舎に勤める。その後、東京高等工芸学校(現・千葉大学)に進み(一期生)、卒業後朝日新聞社写真部に勤める。報道写真を中心に、戦前から戦後にかけて、日本の世相を写し続けた。作品の対象となった事件性のある出来事としては、例えば、二・二六事件、南京陥落、山下・パーシバル会談などを挙げることができる。写真の記録性を著しく重視し、その点を徹底したことから「記録の鬼」と呼ばれ、戦後はフリーカメラマンとして活動した。
もっと読む