楠田 枝里子(、1952年1月12日 - )は、日本のフリー… 楠田 枝里子(、1952年1月12日 - )は、日本のフリーアナウンサー、タレント、テレビ司会者、エッセイスト、翻訳家、サイエンスライター、チョコレート研究家。元日本テレビアナウンサー。身長170cm。独身。日本ペンクラブ会員。 三重県伊勢市古市出身。三重県立伊勢高等学校、東京理科大学理学部第一部応用化学科卒業後、1974年、日本テレビにアナウンサーとして入社。同期には松永二三男と小池裕美子がいる。 1981年秋に退社、フリーアナウンサー、エッセイストに転身。『なるほど!ザ・ワールド』『世界まる見え!テレビ特捜部』などの海外情報系番組を多く担当した。日本テレビ『金曜娯楽館』とフジテレビの年末大型イベント『FNS歌謡祭』においては、芳村真理の後任として抜擢された。
山崎 三四造(やまざき みよぞう、1931年 - 2018年… 山崎 三四造(やまざき みよぞう、1931年 - 2018年)は、日本のアマチュア考古学者・歴史研究家。縄文時代の生活を再現した第一人者として知られ、「縄文さん」「伊勢の名物男」などと称される。 三重県一志郡一志町(現・津市)出身。山崎家21代当主として生まれる(祖先は徳川吉宗の出城の殿様)。山九に在籍中は遺跡の発掘調査や土器の復元を父と共に行い1986年に退職。翌1987年、退職金700万円を元手に竪穴建物を建設し、縄文時代の生活の再現を開始する。1989年には弥生時代の竪穴建物を、縄文の竪穴建物の脇に建設する。食生活は、ウサギ、ナマズ、フナ、スッポンなどの狩猟を行ない、手製の石器で魚を三枚におろして調理するほか、ドングリを粉にして団子を作ることも試みたが、一方では、現代のたばことビールもたしなむというものであった。
出口 保夫(でぐち やすお、1929年8月26日 - 201… 出口 保夫(でぐち やすお、1929年8月26日 - 2019年8月2日)は、日本の英文学者、英国文化研究家、翻訳家。早稲田大学名誉教授。 三重県松阪市生まれ。1953年早稲田大学教育学部英語英文科卒業、同副手。1955年早稲田大学大学院修了。1963年早大教育学部講師、1966年助教授、1971年教授、2000年に退職後、名誉教授。2009年春、瑞宝中綬章受勲。 1963年、大英博物館研究員として渡英。その後も、オックスフォード大学キャンピオン・ホール(Campion Hall)上級客員教授などとして、たびたびイギリスに滞在する。 ジョン・キーツをはじめとするイギリス・ロマン派についての研究業績や、『キーツ全詩集』などの訳業も多い。
奥瀬 平七郎(おくせ へいしちろう、1911年〈明治44年)… 奥瀬 平七郎(おくせ へいしちろう、1911年〈明治44年)11月13日 - 1997年〈平成9年〉4月10日)は、日本の忍術研究家、小説家、三重県上野市(現・伊賀市)の元市長。三重県阿山郡上野町(現・伊賀市)生まれ。 1911年(明治44年)、三重県阿山郡上野町(現・三重県伊賀市)で代々続く醤油製造販売業「細平(こまへい)」の二男として生まれる。父の平十郎(1887年〜1956年)は、家業を従業員に任せ上京。霞翠の号で当時の代表的な投稿雑誌や文芸誌、詩歌誌に数多くの作品を発表、文芸誌『初楓』を創刊、また東京二六新聞記者として、上野町の『伊賀新聞』に小説『鞠子』を71回にわたって連載するなど文筆家として活躍した人物だった。
岩田準一(いわた じゅんいち、1900年〔明治33年〕3月1… 岩田準一(いわた じゅんいち、1900年〔明治33年〕3月19日 - 1945年〔昭和20年〕2月14日)は、日本の画家・風俗研究家。旧姓は宮瀬(みやせ)。 三重県志摩郡鳥羽町(現・鳥羽市)にて宮瀬家の次男として生まれる。三重県立第四中学校卒業後、親の意志により神宮皇學館へ進むも肌に合わずに中退し、中学時代から親交のあった竹久夢二が教鞭を執る東京の文化学院絵画科へ転校し、夢二に師事。夢二の代作を務め、また夢二本人から「日本一の夢二通」と称される。『明星』を通して与謝野鉄幹・晶子夫妻とも交流があり、夫妻が監修した『日本古典全集』の編纂に参加した。1920年(大正9年)12月に両親が離婚し、母方の姓である岩田を名乗るようになる。