井保 三兎(いほ さんと、1975年6月6日 - )は、日本… 井保 三兎(いほ さんと、1975年6月6日 - )は、日本の劇作家、役者、演出家。滋賀県高島市出身。 滋賀県立高島高等学校、桃山学院大学卒業。「劇団21世紀FOX」に所属した後、劇団「演劇制作体V-NET」を小金丸大和と共に旗揚げ。また、劇団「ラビット番長」の主宰でもある。日本劇作家協会所属。 訪問介護員養成研修2級課程修了資格(ヘルパー2級)を持っており、介護士として在宅介護7年、特別養護老人ホームで3年勤務した経験を元に2010年から特別養護老人ホームを舞台にした「ギンノキヲク」シリーズを上演し続けている。 滋賀県高島市出身。高島高等学校在学中、高校演劇近畿大会に出場。桃山学院大学では演劇サークルに在籍。
辻野 正樹(つじの まさき、1968年7月26日 - )は、… 辻野 正樹(つじの まさき、1968年7月26日 - )は、日本の劇作家、演出家、映画監督。 滋賀県大津市出身。京都市立芸術大学美術学部卒業後、インディーズのミュージシャン『ソラ2000』として活動。2000年よりシナリオ執筆活動を始める。 2003年には俳優成瀬優和とともに劇団「サニーサイドウォーカー」を立ち上げる。2006年に退団。2008年、映画・演劇製作ユニット「ハイブリッド・ジャンバーズ」結成。 2011年にENBUゼミナールに入学し、映像制作を学ぶ。2015年、脚本・監督作品「俺、東京に行くぞ」が西東京市民映画祭自主制作映画コンペティション入選。ホラーDVD「奇々怪々譚 醒めない悪夢の物語」の監督を務め、これが商業デビュー作となる。
川本 勇(かわもと ゆう、1959年4月25日 - )は、滋… 川本 勇(かわもと ゆう、1959年4月25日 - )は、滋賀県を中心に活動するプロデューサー、音楽家、タレント、演出家、企業経営者。愛称は“ミスターびわ湖”勇(ゆう)さん。 『滋賀を盛り上げろ! びわ湖を守れ! ロックせよ! 』をコンセプトにした人気 テレビ番組「勇さんのびわ湖カンパニー」(BBCびわ湖放送)のプロデューサー、メインパーソナリティとして出演、2021年9月に放送1000回を迎えた。 他の出演番組は、YouTube生配信番組「びわモニ」、KBS京都テレビ「勇さんのびわ湖バイタル研究所」、KBS京都ラジオ「勇さんのカタリズム」、BBCびわ湖放送・あいコムこうか「勇さんのあいコムランド」などなど。
北村 想(きたむら そう、1952年7月5日 - )は、日本… 北村 想(きたむら そう、1952年7月5日 - )は、日本の劇作家・演出家。本名:北村 清司(きたむら きよし)。 滋賀県大津市出身。滋賀県立石山高等学校卒業。 高校卒業後、友人を頼って名古屋に住み始め、モグリの学生をやっていた中京大学の演劇部にて演劇活動を始める。 1979年、劇団「TPO師★団」を旗揚げ。その後、1982年に「彗星 '86」、1986年に「プロジェクト・ナビ」と名前を変えながら劇団として活動を続けてきたが、2003年に解散。現在では「avecビーズ」というユニットにおいて年に1作のペースで新作を上演するほか、外部への作品提供も多い。 1980年代初頭から、終末的かつ幻想的なその作風が注目され、現在までに様々な作品を発表している。
団 鬼六(だん おにろく、1931年4月16日(戸籍上は9月… 団 鬼六(だん おにろく、1931年4月16日(戸籍上は9月1日) - 2011年5月6日)は、日本の小説家・脚本家・演出家・エッセイスト・映画プロデューサー・出版人。 SMものなどの官能小説の第一人者として著名である。代表作に『花と蛇』。多くの作品が映画化された。作家活動の他、鬼プロダクションを設立して、ピンク映画やSM雑誌を手掛けた。将棋雑誌の出版も行った。 本名は黒岩幸彦(くろいわ ゆきひこ)。初期のペンネームに黒岩松次郎、花巻京太郎。なお、本人の弁によると“鬼六”の読みは、“おにろく”でも“きろく”でもどちらでも構わないとのこと。 滋賀県彦根市の映画館「金城館」を経営する父のもとに生まれ、幼い頃から映画を楽しむと同時に実家の映画館は遊び場でもあった。
沢島 忠(さわしま ただし、旧字体:澤島、1926年〈大正1… 沢島 忠(さわしま ただし、旧字体:澤島、1926年〈大正15年〉5月19日 - 2018年〈平成30年〉1月27日)は、日本の映画監督、舞台演出家である。時代劇、ひばり映画、および東映任侠映画の先駆者・巨匠として知られ、舞台演出家としても活躍していた。沢島 正継(読みは同じ)とも。 滋賀県愛知郡(現在の東近江市)に生まれる。八日市中学校(現・滋賀県立八日市高等学校)卒業。1948年(昭和23年)、同志社大学文学部の聴講生となり、同大で教えていた野淵昶監督に師事、野淵の主宰する劇団「エランヴィタール」に参加し、演出助手となる。翌年大学を中退する。1950年(昭和25年)3月、同劇団が解散、俳優の月形龍之介の紹介で東横映画助監督部に入社する。
岸 誠二(きし せいじ)は、日本のアニメーション監督、演出家… 岸 誠二(きし せいじ)は、日本のアニメーション監督、演出家。滋賀県高島市出身。株式会社ロジスティックス取締役、同社アニメーション事業部チームティルドーン代表。 幼少の頃から映画や漫画、アニメ、ゲームに親しみ、小学校2年生の頃に描いた絵が数々の賞を受賞したことがきっかけで、アニメーション監督を目指すようになる(本人曰く、「勘違いの始まり」)。学生時代は絵画をたしなみ、自ら漫画を描いていたこともあった。 アニメーションをやるには技術を専門学校で学ぶべきだと思い、代々木アニメーション学院アニメ学部に入学。当初は宮崎駿のような絵を描く監督になりたいと考えていたが、業界のレベルの高さを知り、演出へ転向する。