スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
近藤 保乃佳(こんどう ほのか、1991年6月28日 - )… 近藤 保乃佳(こんどう ほのか、1991年6月28日 - )は、滋賀県東近江市出身の元ハンドボール選手。 中京大学時代は2012年の東海学生ハンドボール春季リーグでベストセブンに選出され、秋季リーグでは最優秀選手に選出。 2013年は春季リーグ・秋季リーグでベストセブンに選ばれた。同年の西日本学生選手権大会(西日本インカレ)では特別賞を受賞。 2014年に日本ハンドボールリーグの三重バイオレットアイリスへ加入。 2021-22年シーズン限りで現役を引退。
小谷優介(こたに ゆうすけ、1989年(平成元年)9月23日… 小谷優介(こたに ゆうすけ、1989年(平成元年)9月23日 - )は日本の男子陸上競技選手。専門は短距離走。滋賀県出身。彦根市立稲枝中学校、滋賀県立八日市高等学校、立命館大学経済学部卒業。元住友電工所属。
安田 峰俊(やすだ みねとし、1982年1月18日 - )は… 安田 峰俊(やすだ みねとし、1982年1月18日 - )は、日本のルポライター。立命館大学人文科学研究所客員協力研究員、元多摩大学非常勤講師(2012年〜2018年)。主に中華圏(中国・香港・台湾)や在日ベトナム人社会に関連した書籍を著述している。 滋賀県能登川町(現・東近江市)出身。滋賀県立八日市高等学校、立命館大学文学部(東洋史学専攻)卒業、広島大学大学院文学研究科修士課程修了。在学中の研究テーマは中国明清時代の華南地域における宗族の械闘。その後、「一般企業勤務を経た後、いくつかの職業を経てノンフィクションライターとなる」。大学在学中、中国広東省の深圳大学に交換留学している。 『生協の白石さん』を企画編集したフリー編集者・堀田純司によって発掘され、2010年4月に『中国人の本音』(講談社)でデビュー。
中川 慶一(なかがわ けいいち、1980年12月31日 - … 中川 慶一(なかがわ けいいち、1980年12月31日 - )は、日本の男性声優。滋賀県出身。
ヤマザキモータース(本名:山崎 晋(やまざき すすむ)、19… ヤマザキモータース(本名:山崎 晋(やまざき すすむ)、1969年2月23日 - )は、日本のお笑い芸人。所属事務所は太田プロダクション。滋賀県出身。滋賀県立八日市高等学校卒業。1年の浪人後、明治大学商学部に進学し、同校卒業。既婚。 旧芸名はノンキー山崎。 大学進学のため上京後、アルバイト先の同僚であった白川安彦(現・放送作家)と「ノンキース」結成という形でお笑い芸人となる。 2005年10月、健康問題上の理由から4ヶ月入院、退院後リハビリを続けながら、芸能活動を再開。 現在はCS放送のMC等で活動する傍ら、太田プロエンタテイメント学院の講師も務める。またお笑いライブ「モータースLIVE」を主催する。
有村 國俊(ありむら くにとし、昭和39年〈1964年〉11… 有村 國俊(ありむら くにとし、昭和39年〈1964年〉11月21日 - )は、日本の政治家、浄土真宗大谷派の眞念寺住職(妻の実家 男性跡取りがいないため寺院育ちではないが、猛勉強して資格を取り住職となる) 近江八幡市議会議員(2期)、滋賀県議会議員(4期)を務めた。滋賀県少林寺拳法連盟副会長。 出典は、記載のない限り以下を参照。 愛荘町立愛知川小学校、愛荘町立愛知中学校、滋賀県立八日市高等学校を経て、1988年(昭和63年)3月、桜美林大学経済学部を卒業。荏原製作所に入社。1996年(平成8年)、男子の跡取りの無かった眞念寺住職の長女と結婚し、のち同寺住職に就任。 2003年(平成15年)、近江八幡市議会議員選挙で初当選。
姫野 カオルコ(ひめの かおるこ、1958年8月27日 - … 姫野 カオルコ(ひめの かおるこ、1958年8月27日 - )は、日本の小説家。雅号:姫野 嘉兵衛。 1958年(昭和33年)、現在の滋賀県甲賀市に生まれる。青山学院大学文学部日本文学科を卒業。 嬰児の頃から、いろいろな他人宅に預けられていた。小学校入学後も鍵っ子で一人っ子だった。そのため空想や書くことが友達代わりだった、小学生の頃から作家を志す。大学在学中より読者投稿原稿のリライト作業などを主としていたが、映画評も書くようになる。卒業後、画廊で、事務のアルバイトをしながら小説を執筆し、1990年、講談社に持ち込みをした『ひと呼んでミツコ』で32歳で単行本デビュー。 1997年の『受難』、2003年の『ツ、イ、ラ、ク』、2006年の『ハルカ・エイティ』、2010年の『リアル・シンデレラ』がそれぞれ直木賞候補となる。
高岡 秀行(たかおか ひでゆき、1956年4月29日 - )… 高岡 秀行(たかおか ひでゆき、1956年4月29日 - )は滋賀県出身の元騎手、元調教師。ホッカイドウ競馬からシンガポールターフクラブに移籍した。 滋賀県立八日市高等学校卒業後、2年間の浪人生活を送るも、大学受験に失敗。その後は縁もゆかりもない北海道へ渡る。 牧場でアルバイトをするうちに騎手を志すようになり、1979年にデビュー。23歳と遅咲きながら通算524勝を挙げ、1992年に引退。 1993年からは調教師に転身し、2000年には年間54勝でリーディングトレーナーとNARグランプリの最優秀調教師賞を受賞。 ホッカイドウ競馬ではJRA1勝を含む通算356勝を挙げたが、2002年に3人の日本人スタッフを引き連れてシンガポールターフクラブへ移籍。
井狩 吉雄(いかり よしお、1951年5月14日 - )は元… 井狩 吉雄(いかり よしお、1951年5月14日 - )は元競輪選手。滋賀県近江八幡市出身。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第35期卒業。現役時代は日本競輪選手会滋賀支部所属。師匠は田中広光(21期・引退)。ホームバンクは大津びわこ競輪場。 中学生時代はハンドボール選手として滋賀県民体育大会で優勝、また駅伝ランナーとして、滋賀中学駅伝で2位を経験している。滋賀県立八日市高等学校に進学してから自転車競技を始め、中京大学自転車競技部時代は主将を務めた。同大学時代の主な実績として、カナダ・ブリティシュ・コロンビア3日間ロードレース日本人選手総合第1位、全国地域対抗自転車競技選手権大会・ポイントレース優勝などがある。
幸田 真音(こうだ まいん、1951年4月25日 - )は、… 幸田 真音(こうだ まいん、1951年4月25日 - )は、日本の経済小説家。NHK経営委員、日本たばこ産業取締役、LIXILグループ取締役、日本取引所グループ取締役、三菱自動車工業取締役、国土交通省交通政策審議会委員、政府税制調査会委員等を歴任。 滋賀県生まれ。滋賀県立八日市高等学校、京都女子大学卒業。米国系銀行や証券会社で債券ディーラーや大手金融法人を担当する外国債券セールスなどを経て、1995年、小説『ザ・ヘッジ 回避』で作家に転身。国際金融の世界を題材に、作品を発表している。2000年秋に発表した『日本国債』(上・下巻)はベストセラーとなった。2014年、『天佑なり 高橋是清・百年前の日本国債』で第33回新田次郎文学賞受賞。
岡林 信康(おかばやし のぶやす、1946年〈昭和21年〉7… 岡林 信康(おかばやし のぶやす、1946年〈昭和21年〉7月22日 - )は、日本のフォークシンガー、シンガーソングライター。血液型はO型(本人はA型に近いO型と語っている)。滋賀県近江八幡市出身。 実家は教会で、父親は牧師。現在は京都府亀岡市在住。 父の岡林勝治は新潟県の出身で、30歳まで新潟で農業をしていた。しかし、閉鎖的な村社会が嫌になって故郷を飛び出し、滋賀県の紡績工場に就職。その時期に宣教師のウィリアム・メレル・ヴォーリズに出会い、牧師となるため大阪の神学校に通った後、近江八幡市の田んぼのど真ん中に西洋建築の教会を建てた(近江金田教会の礼拝堂は現存し、2012年(平成20年)に国の登録有形文化財に登録されている)。
市田 忠義(いちだ ただよし、1942年〈昭和17年〉12月… 市田 忠義(いちだ ただよし、1942年〈昭和17年〉12月28日 - )は、日本の政治家。日本共産党副委員長、同常任幹部会委員、同議員団総会会長、同参議院議員団長、全国革新懇代表世話人、国連難民高等弁務官事務所議員連盟副会長。 参議院議員(4期)、日本共産党書記局長、同副委員長を歴任。 大阪府出身。現在は東京都在住。10歳のときに縫製工場を営んでいた父親を亡くす。滋賀県立八日市高等学校卒業後、大阪市の繊維商社に就職するが2年で退職。1967年(昭和42年)、立命館大学法学部法律学科の夜学卒業。大学在学中から龍谷大学図書館で働き、大学卒業後は龍谷大に就職した。龍谷大学教職員組合書記長を経て、1971年(昭和46年)から日本共産党の専従職員となる。
深尾 道典(ふかお どうてん、1936年6月26日 - 20… 深尾 道典(ふかお どうてん、1936年6月26日 - 2023年9月22日)は、日本の映画監督、脚本家。本名:ふかお みちのり。滋賀県神崎郡五個荘町(現東近江市)出身。 六人兄弟の三男として五個荘町(現東近江市)に生まれる。両親とも小学校教師。家は貧しかった。滋賀県立八日市高校野球部でサードを守り、二年の夏、京滋代表として第35回夏の甲子園に出場した。レギュラーとして甲子園の土を踏んだ映画監督は深尾ただ一人とされる。早稲田大学第一文学部文学科美術専攻に進学し、20世紀美術史を専攻。実家からの仕送りを米だけで、学費と生活費を東ハトの工場のアルバイトで凌ぐ。学生運動にも活発に参加、警職法反対闘争や60年安保闘争では機動隊に何度も殴打された。
武村 正義(たけむら まさよし、1934年〈昭和9年〉8月2… 武村 正義(たけむら まさよし、1934年〈昭和9年〉8月26日 - 2022年〈令和4年〉9月28日)は、日本の政治家、自治官僚、政治評論家。位階は従三位。 八日市市長、滋賀県知事(3期)、衆議院議員(4期)、新党さきがけ代表、内閣官房長官、大蔵大臣を歴任。政界引退後は龍谷大学客員教授、徳島文理大学大学院教授を務めた。 滋賀県蒲生郡玉緒村(現・東近江市柴原南町)の農家に生まれた。母を小学2年、祖父を中学3年、父を高校2年のときに亡くす。兄勘一。滋賀県立八日市高等学校では日本民主青年同盟に入って活動を行った。新聞部の部長だった2年生のとき、友人の書いた文章の内容が偏っているとして、担任が不掲載を求めた。
川崎 彰彦(かわさき あきひこ、1933年9月27日-201… 川崎 彰彦(かわさき あきひこ、1933年9月27日-2010年2月4日)は、日本の詩人、作家。 群馬県生まれ。兄は英文学者の川崎寿彦。太平洋戦争末期から滋賀県の農村で暮らす。滋賀県立八日市高等学校を経て、1958年早稲田大学第一文学部露文科卒。在学中は五木寛之、三木卓らと交流。北海道新聞函館支社記者として働きながら「新日本文学」「函館勤労者文学」に執筆。1965年「まるい世界」で第三回新日本文学賞佳作。1967年退社し、大阪府で作家生活に入る。大阪文学学校講師。
川端俊英(かわばた としふさ、1933年7月5日- )は、日… 川端俊英(かわばた としふさ、1933年7月5日- )は、日本近代文学研究者、同朋大学名誉教授。 満州普蘭店生まれ。広島大学文学部国文科卒業、立命館大学大学院修士課程修了。滋賀県立八日市高等学校教諭、京都府立鴨沂高等学校教諭、同朋大学助教授をへて教授、2004年定年、名誉教授となる。部落問題研究所主任研究員などを務めた。
出目 昌伸(でめ まさのぶ、1932年10月2日 - 201… 出目 昌伸(でめ まさのぶ、1932年10月2日 - 2016年3月13日)は、日本の映画監督。滋賀県八日市市(現:東近江市)出身。滋賀県立八日市高等学校、早稲田大学文学部卒業。 1957年に東宝入社。黒澤明、松林宗恵、堀川弘通、古澤憲吾らの助監督を務め、1968年、内藤洋子主演の『年ごろ』で監督に昇進。その後、『俺たちの荒野』『その人は女教師』など、それまでの東宝青春映画とは一線を画す作品を監督する。 東宝退社後の1980年代中盤からは、東映で吉永小百合主演による『天国の駅』『玄海つれづれ節』、織田裕二、仲村トオル、風間トオルら若手スターによる反戦映画『きけ、わだつみの声』、岩下志麻と吉永小百合の2大女優初競演が話題となった『霧の子午線』など、大作映画を次々と手がける。
中村 功一(なかむら こういち、1932年(昭和7年)3月1… 中村 功一(なかむら こういち、1932年(昭和7年)3月10日 - )は、日本の政治家。元東近江市長(1期)、元八日市市長(3期)。旭日小綬章受章。 滋賀県八日市市(現・東近江市)出身。滋賀県立神愛高等学校(現・滋賀県立八日市高等学校)卒。滋賀県庁に入り、企画部水政室長、県議会事務局長、農林部長などを経て、八日市市助役となる。 1994年の八日市市長選挙に立候補して初当選、3期務めた。3期目途中の2005年2月11日、八日市市は近隣4町と合併し「東近江市」が発足した。発足直後の東近江市長選挙に立候補し、元県議の西澤久夫を破り初当選した。同市長は1期務め、2009年に引退。2015年に東近江市の名誉市民に選ばれた。
井村 裕夫(いむら ひろお、1931年(昭和6年)2月4日 … 井村 裕夫(いむら ひろお、1931年(昭和6年)2月4日 - )は、日本の医学者、医学博士。京都大学名誉教授・元総長。第27代日本学士院院長。専門は内分泌代謝病学、糖尿病学。 1931年、滋賀県神崎郡八日市町(現:東近江市)生まれ。滋賀県立八日市高等学校卒業。1954年京都大学医学部医学科卒業、医学博士。米国カリフォルニア大学内科研究員、京都大学講師、神戸大学医学部教授、京都大学医学部教授、同大学医学部長を経て、1991年~1997年京都大学総長。同時に国立大学協会会長。京大総長選挙は当時、立候補も他者推薦も無しで各教官が適任と思う人物を紙に書く制度であったため予期せず突如選ばれ、研究を一時中断するほど多忙であったという。
沢島 忠(さわしま ただし、旧字体:澤島、1926年〈大正1… 沢島 忠(さわしま ただし、旧字体:澤島、1926年〈大正15年〉5月19日 - 2018年〈平成30年〉1月27日)は、日本の映画監督、舞台演出家である。時代劇、ひばり映画、および東映任侠映画の先駆者・巨匠として知られ、舞台演出家としても活躍していた。沢島 正継(読みは同じ)とも。 滋賀県愛知郡(現在の東近江市)に生まれる。八日市中学校(現・滋賀県立八日市高等学校)卒業。1948年(昭和23年)、同志社大学文学部の聴講生となり、同大で教えていた野淵昶監督に師事、野淵の主宰する劇団「エランヴィタール」に参加し、演出助手となる。翌年大学を中退する。1950年(昭和25年)3月、同劇団が解散、俳優の月形龍之介の紹介で東横映画助監督部に入社する。
持田 栄一(もちだ えいいち、1925年〈大正14年〉1月5… 持田 栄一(もちだ えいいち、1925年〈大正14年〉1月5日 - 1978年〈昭和53年〉7月27日)は、日本の教育学者。 群馬県邑楽郡館林町(現・館林市)に生まれる。滋賀県立八日市中学校を卒業後、1944年旧制大阪高等学校を卒業。海軍航空隊をへて、1948年東京大学文学部教育学科卒。宗像誠也に師事、教育行政学を専攻。国立教育研究所所員、東京大学教育学部助手、専任講師、助教授を経て1969年教授。『持田栄一著作集』全6巻がある。日教組に関係し、天皇制批判を行った[要出典]。 1978年7月27日、膵臓癌により東京国立第一病院で死去。
塚本 邦雄(つかもと くにお、1920年8月7日 - 200… 塚本 邦雄(つかもと くにお、1920年8月7日 - 2005年6月9日)は、日本の歌人・詩人・評論家・小説家。 朝日歌壇の選者の前川佐美雄に師事。第一歌集『水葬物語』(1951年)は、斬新なあまり歌壇から黙殺されたが、三島由紀夫に注目された。 寺山修司、岡井隆とともに「前衛短歌の三雄」と称され、独自の絢爛な語彙とイメージを駆使した旺盛な創作を成した。若い頃の別名に碧川瞬、火原翔(この二つは、日本現代詩歌文学館にて確認 )、菱川紳士( 士 は省かれる場合もある )等があり、晩年の教授時代の学生たちとの歌会では鴻池黙示を好んで使った。それでも、著書目録にある単行本や文庫では、これらの著者名で出版されたものはない。
米田 登(よねだ のぼる、1919年6月29日 - 1993… 米田 登(よねだ のぼる、1919年6月29日 - 1993年3月20日)は、昭和期・平成期の歌人。 歌人・僧侶の米田雄郎の次男として、滋賀県蒲生郡(現・東近江市)に生まれる。八日市中学校在学中の15歳で前田夕暮主宰の白日社に入社し、歌誌「詩歌」にて自由律短歌を発表する。前田夕暮・矢代東村に師事。 1941年に東京帝国大学法学部を卒業。翌年陸軍に入隊し、定型短歌へと移行。戦時中は中国を転戦する。終戦後は東大大学院を経て日瑞貿易に入社。1951年に夕暮が没した後は、義弟(妻の実弟)である香川進が主宰する歌誌「地中海」に参加。1959年、父雄郎の死により歌誌「好日」の発行人となる。同誌からは香川ヒサを輩出した。
辻 亮一(つじ りょういち、1914年9月28日 - 201… 辻 亮一(つじ りょういち、1914年9月28日 - 2013年3月6日)は、日本の小説家。 滋賀県神崎郡南五個荘村金堂(現在の東近江市五個荘金堂町)生まれ。従兄に画家の野口謙蔵がいる。呉服商・辻市左衛門の五男で、父に謡曲を習う。 八日市中学校、早稲田第二高等学院を経て、1937年早稲田大学文学部フランス文学科卒業。高等学院在学中、八木義徳、多田裕計、中村八朗らと同人雑誌『黙示』を創刊。大学卒業後は満洲に渡り、東満洲鉄道の親会社である東満洲産業に勤務した。 敗戦に伴い、中国共産党軍に抑留され、妻を失う。1948年に帰国した後に再婚し、長浜ゴム(のち三菱樹脂)に勤務。1949年、中国共産党の手榴弾工場で徴用された経験を描いた「異邦人」を書く。