田中 浩康(たなか ひろやす、1982年5月24日 - )は… 田中 浩康(たなか ひろやす、1982年5月24日 - )は、京都府木津川市出身のプロ野球選手(内野手)。右投右打。横浜DeNAベイスターズに所属している。
京都府:184人
田中 浩康(たなか ひろやす、1982年5月24日 - )は… 田中 浩康(たなか ひろやす、1982年5月24日 - )は、京都府木津川市出身のプロ野球選手(内野手)。右投右打。横浜DeNAベイスターズに所属している。
駒居 鉄平(こまい てっぺい、1982年5月22日 - )は… 駒居 鉄平(こまい てっぺい、1982年5月22日 - )は、京都府城陽市出身の元プロ野球選手(捕手)。右投右打。2021年からは四国アイランドリーグplusの徳島インディゴソックスでフロント業務を担当。 小学3年の時に野球を始め、中学3年の時にボーイズリーグの世界大会に出場した。関西創価高では、通算打率.418、20本塁打の成績を残した。2000年のドラフト会議にて6位指名を受け、日本ハムファイターズに入団。同校出身で初のプロ野球選手となった。 将来性が期待されていたものの、プロ入り後は、ディフェンス面での評価は高かったものの、売りであった打撃力に関してはプロの壁が高く、二軍でも二割前後の低打率の状態が続いていた。
内海 哲也(うつみ てつや、1982年4月29日 - )は、… 内海 哲也(うつみ てつや、1982年4月29日 - )は、京都府城陽市出身のプロ野球選手(投手)。左投左打。現在は読売ジャイアンツに所属。
河内 貴哉(かわうち たかや、1982年1月6日 - )は、… 河内 貴哉(かわうち たかや、1982年1月6日 - )は、京都府八幡市出身の元プロ野球選手(投手)。左投左打。現在は広島東洋カープの一軍広報を務めている。 京都府八幡市で出生。幼少期に東京都杉並区に転居し同地で育つ。 中学時代は杉並シニアに所属し、リトルシニア日本選手権大会3位、ジャイアンツカップ準優勝。高校は、國學院大學久我山高校に進学。1年夏から登板し、同年秋の都大会では準々決勝で森本稀哲のいた帝京高を相手に延長13回完投勝利するも準決勝で敗れた。1999年夏の西東京大会では25回連続無失点を記録、決勝で日大三高から13奪三振も延長で敗れ、甲子園出場はならなかった。 1999年のドラフト1位で大阪近鉄バファローズ、中日ドラゴンズと競合の末、広島東洋カープが交渉権を獲得し、入団した。
糸井 嘉男(いとい よしお、1981年7月31日 - )は、… 糸井 嘉男(いとい よしお、1981年7月31日 - )は、阪神タイガースに所属する京都府与謝郡与謝野町出身のプロ野球選手(外野手)。
覚前 昌也(かくぜん まさや、1981年7月9日 - )は、… 覚前 昌也(かくぜん まさや、1981年7月9日 - )は、京都府宇治市出身の元プロ野球選手(外野手)。 小学校時代にエースで4番で全国制覇。 中学時代には「京都田辺硬式野球部」で下級生から中心選手として、1年時から3年連続全国大会優勝を達成。その当時、元ヤクルトの三上真司・元阪神の東辰弥・元日本ハムの駒居鉄平・内海哲也・今江敏晃らと共に汗を流していた。3年時には、全日本代表に選出。3番・キャプテンとして、世界大会に出場し、世界一を達成。その当時のボーイズリーグでNo,1プレーヤーと称された。 PL学園に進学後、主将として1999年の春の甲子園に出場しベスト4に貢献。同年のドラフト会議にて、走攻守三拍子そろった選手として大阪近鉄バファローズから7位指名を受け入団。
細見 直樹(ほそみ なおき、1981年5月12日 - )は、… 細見 直樹(ほそみ なおき、1981年5月12日 - )は、京都府京都市出身の元プロ野球選手(捕手)。
杉山 直久(すぎやま なおひさ、1980年12月25日 - … 杉山 直久(すぎやま なおひさ、1980年12月25日 - )は、京都府舞鶴市出身の元プロ野球選手(投手、右投右打)・コーチ。 舞鶴市立青葉中学校から東舞鶴高校に進む。2年夏の府大会にはエースとなり、2回戦で4安打完封勝利を収め、続く3回戦でも綾部高校を被安打1に抑えたものの1対2で敗れた。3年夏は4回戦の試合途中に右手中指の皮がめくれ、大谷高校に2対4で敗れている。 卒業後は龍谷大学経済学部に進学し、2年春に対京産大戦で新リーグ史上5人目となるノーヒットノーランを達成し、同季の新人賞とベストナイン特別賞を受賞した。大学選手権では2回戦で先発完投も細川亨のいた青森大に惜敗。同年秋の明治神宮大会では準決勝で先発し、優勝する慶大・山本省吾と投げ合うも敗れる。
東 哲平(あずま てっぺい、1980年7月27日 - )は、… 東 哲平(あずま てっぺい、1980年7月27日 - )は、京都府宇治市出身の高校野球指導者。敦賀気比高等学校硬式野球部監督。 敦賀気比高校時代は甲子園に3回出場した。同期に東出輝裕、金森久朋がおり、2年秋は北信越大会決勝で先発登板して優勝に貢献。3年時は4番・一塁手。高校時代は中野洋一郎(のち部長)の指導を受けた。 卒業後は三菱自動車川崎に投手として入社。その後、北陸高等学校監督、中学生の硬式野球チーム全日本少年硬式野球連盟オールスター福井ヤング監督、敦賀気比高校コーチを経て監督に就任した。コーチ時代は山田修義や李開(のちに福井工業大学主将、敦賀気比コーチ)を指導した。オールスター福井ヤング時代は、読売ジャイアンツや阪神タイガースで活躍した小林繁を総監督に迎えた。
吉見 太一(よしみ たいち、1980年7月23日 - )は、… 吉見 太一(よしみ たいち、1980年7月23日 - )は、京都府亀岡市出身の元プロ野球選手(捕手)。
金森 久朋(かなもり ひさとも、1980年6月22日 - )… 金森 久朋(かなもり ひさとも、1980年6月22日 - )は、京都府出身の元プロ野球選手(投手)。
小西 正則(こにし まさのり、1980年5月6日 - )は、… 小西 正則(こにし まさのり、1980年5月6日 - )は、京都市上京区出身の元野球選手(投手)。社会人野球の硬式野球クラブ東海REXに所属していた。 実妹は日本女子プロ野球機構(JWBL)のウエストフローラに所属する小西美加。2006年に兄妹揃って野球日本代表に選ばれ、史上初の兄妹野球日本代表として注目された。 北嵯峨高校から、1999年に当時東都大学野球連盟1部だった専修大学に入学。この年の春季リーグ戦で1年生ながら1回戦第2戦の先発を任されるなど期待されるが、大学は1999年春季限りで2部に降格、小西も肩を痛めるなど苦難が続いた。それでも主にリリーフ投手として同級生でエース格の江草仁貴らと共に投手陣を支え、4年時の春季リーグ戦で7期ぶりの1部復帰を果たした。
橋本 健太郎(はしもと けんたろう、1980年4月28日 -… 橋本 健太郎(はしもと けんたろう、1980年4月28日 - )は、京都府綴喜郡田辺町(現在の京田辺市)出身の元プロ野球選手(投手)。現在は、阪神タイガースの打撃投手。
森谷 昭仁(もりたに あきひと、1979年10月8日 - )… 森谷 昭仁(もりたに あきひと、1979年10月8日 - )は、日本の元プロ野球選手(外野手)。一時期、登録名を「森谷 昭人」(読み同じ)としていた。
川口 知哉(かわぐち ともや、1979年8月25日 - )は… 川口 知哉(かわぐち ともや、1979年8月25日 - )は、京都府城陽市出身の元プロ野球選手(投手)・監督。
澤井 道久(さわい みちひさ、1979年6月25日 - )は… 澤井 道久(さわい みちひさ、1979年6月25日 - )は、京都府京都市西京区出身の元プロ野球選手(内野手)。
小川 裕介(おがわ ゆうすけ、1979年6月16日 - )は… 小川 裕介(おがわ ゆうすけ、1979年6月16日 - )は、京都府宇治市出身の元プロ野球選手(投手)。
東 辰弥(あずま たつや、1979年4月25日 - )は、京… 東 辰弥(あずま たつや、1979年4月25日 - )は、京都府出身の元プロ野球選手(捕手)。
木元 邦之(きもと くにゆき、1978年10月7日 - )は… 木元 邦之(きもと くにゆき、1978年10月7日 - )は、京都府京都市南区出身の元プロ野球選手(内野手)。
吉崎 勝(よしざき まさる、1978年10月4日 - )は、… 吉崎 勝(よしざき まさる、1978年10月4日 - )は、京都府出身の元プロ野球選手(投手)。
山田 秋親(やまだ あきちか、1978年9月19日 - )は… 山田 秋親(やまだ あきちか、1978年9月19日 - )は、京都府京都市出身の元プロ野球選手(投手)、大学野球監督。右投右打。2010年から2012年までの登録名は秋親。 北嵯峨高校時代は3年夏に府大会62奪三振の活躍で第78回全国高等学校野球選手権大会に出場。 高校卒業後は立命館大学に進学。2年秋に初登板を先発完投勝利で飾る。3年春に関学大戦でノーヒットノーランを達成し、大学選手権では初戦完投勝利で153kmをマーク。関西学生リーグで通算17勝6敗、防御率0.91、最優秀選手、最優秀投手各1回。最速153kmの直球を誇るアマチュア野球界ナンバーワンの投手として2000年シドニーオリンピックにも出場。
宇野 雅美(うの まさみ、本名:宇野 正美(読み同じ)197… 宇野 雅美(うの まさみ、本名:宇野 正美(読み同じ)1978年5月2日 - )は、京都府八幡市出身の元プロ野球選手(投手)。
中西 有希人(なかにし ゆきひと、1977年12月13日 -… 中西 有希人(なかにし ゆきひと、1977年12月13日 - )は、京都府京都市出身の元プロ野球選手(投手)。
斉藤 和巳(さいとう かずみ、1977年11月30日 - )… 斉藤 和巳(さいとう かずみ、1977年11月30日 - )は、京都府京都市南区出身の元プロ野球選手(投手、右投右打)、プロ野球コーチ、YouTuber。 現役時代はNPBの福岡ダイエーホークス→福岡ソフトバンクホークスでエースとして活躍、2003年にはパシフィック・リーグと日本シリーズ優勝に貢献した。個人では最多勝利と最優秀防御率を各2回、最多奪三振を1回、最高勝率を3回獲得し、2003年と2006年には沢村栄治賞を受賞、パ・リーグ投手部門のベストナインにも選出された。2006年にはNPB史上7人目・21世紀初・平成唯一の投手5冠を達成した。またパ・リーグ史上初の沢村賞複数回受賞者(2回)。最優秀投手賞3回。
飯田 雅司(いいだ まさし、1977年5月19日 - )は、… 飯田 雅司(いいだ まさし、1977年5月19日 - )は、京都府出身の元プロ野球選手(内野手)。
吉川 勝成(よしかわ かつなり、1977年4月28日 - )… 吉川 勝成(よしかわ かつなり、1977年4月28日 - )は、京都府宇治市出身の元プロ野球選手(投手)。
河端 龍(かわばた りゅう、1976年11月10日 - )は… 河端 龍(かわばた りゅう、1976年11月10日 - )は、京都府城陽市出身の元プロ野球選手(投手)。 西城陽高ではエースとして1994年夏の第76回全国選手権に出場。1回戦の対大垣商業戦で完投するも、7失点(自責点4)で敗退。 龍谷大学時代は先発投手として活躍。1995年、1年生にして頭角を現し新人賞を受賞している。その後も1997年春と1998年春の2度のMVPの他、最優秀投手賞3度受賞、ベストナイン3回など、エースとして大活躍。大学選手権では1997年の3年時は初戦九州東海大戦に先発し5-4で勝利、翌1998年の4年時は初戦完投から全試合で先発し準々決勝では亜大を5-3で下し、準決勝で準優勝した東海大に0-2て惜敗したもののベスト4。
大家 友和(おおか ともかず、1976年3月18日 - )は… 大家 友和(おおか ともかず、1976年3月18日 - )は、京都府京都市右京区出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。
岡島 秀樹(おかじま ひでき、1975年12月25日 - )… 岡島 秀樹(おかじま ひでき、1975年12月25日 - )は、京都府京都市伏見区出身の元プロ野球選手(投手)。
倉 義和(くら よしかず、1975年7月27日 - )は、京… 倉 義和(くら よしかず、1975年7月27日 - )は、京都府京都市山科区出身の元プロ野球選手(捕手)。現在は広島東洋カープの2軍バッテリーコーチを努めている。
岡本 真也(おかもと しんや、1974年10月21日 - )… 岡本 真也(おかもと しんや、1974年10月21日 - )は、京都府竹野郡網野町(現:京丹後市)出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。 現役時代は中日ドラゴンズ・埼玉西武ライオンズ・LGツインズ(韓国)・東北楽天ゴールデンイーグルスに在籍していた。2009年は岡本 慎也、2010年・2011年は岡本 真或の登録名を使用した(いずれも読み同じ)。 現役引退後は、宮城県仙台市に構えるうどん・もつ鍋屋の店主を務めている。2022年から本数契約として野球解説者としても活動する。 京都府立峰山高等学校出身で、田中敏昭と同期であった。3年夏は岡本が1番を付けたが、その後は関西の大学、強豪社会人数チームの選考に漏れた。
田中 敏昭(たなか としあき、1974年10月21日 - )… 田中 敏昭(たなか としあき、1974年10月21日 - )は、京都府京丹後市出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。 中学時代は左翼手兼投手。 京都府立峰山高等学校では高校2年の秋季大会の対海洋高戦で参考記録ながらノーヒットノーランを記録。高校通算36試合に登板し、防御率は1.89。エースは後に中日ドラゴンズなどで活躍する岡本真也で、田中は控え投手だった。1992年のドラフト会議で横浜ベイスターズから7位指名を受け入団。シュート、フォークボールが武器。 入団後、二軍では主戦投手として通算で187試合に登板したが、一軍では11試合に終わった。1999年の対阪神とのオープン戦では8回に登板すると3者連続3球三振を記録した。
久保 貴裕(くぼ あつひろ、1974年8月31日 - )は、… 久保 貴裕(くぼ あつひろ、1974年8月31日 - )は、京都府宇治市出身の元プロ野球選手(投手)。
川中 基嗣(かわなか もとつぐ、1973年12月19日 - … 川中 基嗣(かわなか もとつぐ、1973年12月19日 - )は、京都府京都市出身の元プロ野球選手(内野手、外野手)。
細見 和史(ほそみ かずし、1973年4月2日 - )は、京… 細見 和史(ほそみ かずし、1973年4月2日 - )は、京都府京都市出身の元プロ野球選手(投手)、実業家。 北嵯峨高校時代は3年夏の全国高等学校野球選手権京都大会で6試合に登板して4完封・62奪三振・防御率0.00を記録し、第73回全国高等学校野球選手権大会に出場。甲子園では1回戦の対秋田高校戦でサヨナラ負けを喫した。 同志社大学では関西学生リーグで通算43試合登板、18勝14敗、238奪三振、防御率2.02。最優秀投手1回受賞。2年秋は優勝に貢献、明治神宮大会では救援登板。4年春6勝して大塔正明(近大)からサヨナラ本塁打も放つ。1995年のドラフト会議で横浜ベイスターズを逆指名し、1位で入団。
上原 茂行(うえはら しげゆき、1973年3月7日 - )は… 上原 茂行(うえはら しげゆき、1973年3月7日 - )は、京都府京都市下京区の元野球選手、野球指導者。プロ野球選手の経験はない。 京都西高では、高校2年次に選抜と夏の甲子園に出場。3年夏は府大会準決勝で松岡正樹捕手が4番の平安高に惜敗。 龍谷大学では同期・正津英志(その後中日)、大島寛(その後西武)とバッテリーを組んで4年の大学選手権ではベスト8。1学年下には当初投手であった益田大介もいた。 その後、社会人野球・一光に入社するが1年限りで母校・龍谷大でコーチとなる。社会人時代は高橋郁雄、大学コーチ時代は河端龍、本郷宏樹がいて後にプロでも同僚となる。 1997年、ヤクルトに二軍チームスタッフとしてプロ野球選手経験なく入団(プロ野球経験なしにチームスタッフになるのはとても珍しいケースである)。
松岡 正樹(まつおか まさき、1973年1月24日 - )は… 松岡 正樹(まつおか まさき、1973年1月24日 - )は、京都府出身の元プロ野球選手(捕手)。
谷内 聖樹(やち まさき、1972年4月29日 - )は、京… 谷内 聖樹(やち まさき、1972年4月29日 - )は、京都府出身の元プロ野球選手(投手)。
後藤 利幸(ごとう としゆき、1971年5月4日 - )は、… 後藤 利幸(ごとう としゆき、1971年5月4日 - )は、京都府京都市出身の元プロ野球選手(投手)。
太田 暁(おおた さとる、1971年1月23日 - )は、京… 太田 暁(おおた さとる、1971年1月23日 - )は、京都府京都市南区出身の元プロ野球選手(内野手)。右投左打。 現在はオリックス・バファローズの打撃投手で、2019年から内野手として同球団に所属する太田椋は実息にあたる。 京都西高等学校入学後に移った帝京第五高等学校への在学中までは投手で、中国遠征のメンバーにも選ばれていた。甲子園球場での全国大会とは無縁であったが、中学生時代に経験したアメリカ遠征試合で2本塁打を放つなどの実績から、打者として注目されていた。 1988年のNPBドラフト会議で、近鉄バファローズからの6位指名を受けたことを機に入団。投手として指名されたが、打者としての選球眼と野球センスを高く評価されたことから、入団後に内野手へ転向した。
伊藤 智仁(いとう ともひと、1970年10月30日 - )… 伊藤 智仁(いとう ともひと、1970年10月30日 - )は、京都府京都市中京区出身の元プロ野球選手(投手)、プロ野球コーチ。現在は、東京ヤクルトスワローズの一軍投手コーチを務めている。
波留 敏夫(はる としお、1970年5月25日 - )は、京… 波留 敏夫(はる としお、1970年5月25日 - )は、京都府京都市東山区(現:山科区)出身の元プロ野球選手(外野手・内野手、右投右打)、コーチ。 現役時代は横浜ベイスターズの上位打線で闘志を剥き出しにしたプレーを見せ、「ハマの核弾頭」「突貫小僧」の愛称を持った。 大谷高等学校では2年秋の府大会準決勝で伊藤智仁が先発した花園高に勝つも決勝で平安高に延長10回の末に惜敗、2位決定戦では花園高の伊藤との再戦に敗れて近畿大会へは進出できず。社会人野球の熊谷組へ入部。1年目秋の日本選手権には先発出場。1992年の都市対抗野球で準優勝。翌年も出場して優秀選手賞獲得。同年は社会人ベストナイン遊撃手に選出。
塚本 善之(つかもと よしゆき、1969年11月14日 - … 塚本 善之(つかもと よしゆき、1969年11月14日 - )は、京都府綴喜郡宇治田原町出身の元プロ野球選手(投手)、元競輪選手。 西城陽高時代、長身から繰り出す直球とフォークを武器に、1987年夏の京都府大会でベスト8に進出。 1987年のプロ野球ドラフト会議で広島東洋カープから5位指名を受け入団した。ニックネームは角張った顔や長身から「フランケン」だった。 現役中は肩を痛め、一軍登板のないまま、1990年オフに現役を引退した。二軍通算7試合登板、防御率10.00。「三軍みたいなところに、ずっといた」と振り返っている。 京都の実家へ帰り、鉄工所で働きながら新たな職を探していたが、「もう1度、自分の力で金を稼げる世界で勝負したかった。
桧山 進次郎(ひやま しんじろう、1969年7月1日 - )… 桧山 進次郎(ひやま しんじろう、1969年7月1日 - )は、京都府京都市右京区出身の元プロ野球選手(外野手、内野手[注 1])。一部メディアでは、「檜山進次郎」と表記。
小島 弘務(こじま ひろむ、1967年10月30日 - )は… 小島 弘務(こじま ひろむ、1967年10月30日 - )は、京都府出身の元プロ野球選手(投手)。2015年から追手門学院大学野球部監督。
北村 俊介(きたむら しゅんすけ、1967年7月6日 - )… 北村 俊介(きたむら しゅんすけ、1967年7月6日 - )は、京都府出身の元プロ野球選手(内野手)。右投左打。 京都府の大谷高卒業後は家業を手伝っていたが、1987年秋に6年ぶりに開催された中日ドラゴンズの新人テストに参加し、ただ1人の合格者となる。オフにドラフト外で入団。翌年、練習生から支配下選手に昇格。 1996年3月、嶋田章弘との交換で近鉄バファローズへ移籍。1997年限りで現役を引退。その後は佐川急便軟式野球部で選手、監督。 数年前まで、NPO法人日本少年野球指導者協会のKS野球塾塾長として子供たちに野球の指導をしていた。 俊足が武器の左打ちで、打席ではかなりオープンスタンスに構えていた。
大門 和彦(だいもん かずひこ、1965年5月31日 - )… 大門 和彦(だいもん かずひこ、1965年5月31日 - )は、京都府宇治市出身の元プロ野球選手(投手)、実業家。右投右打。 東宇治高では3年夏に府大会で36回を投げて18回連続を含む35奪三振、1983年のプロ野球ドラフト会議で横浜大洋ホエールズから4位指名を受け入団。長身の本格派右腕で当時のチームのエース遠藤一彦にそっくりな流麗なフォームも有ってか「遠藤二世」と大きく期待された。 プロ3年目の1986年に一軍初登板を果たし、フォークボールを武器に主に先発で活躍した。また投手ながらバッティングが得意で、自ら先発した試合で3安打を放ち、しかも勝利投手にもなっており、1989年8月に下関球場で行われたヤクルトとの公式戦では、川崎憲次郎から本塁打も放っている。
沢田 誠(さわだ まこと、1964年8月7日 - )は、日本… 沢田 誠(さわだ まこと、1964年8月7日 - )は、日本の元大学野球、社会人野球選手。野球指導者。 寝屋川高校から1984年に京都大学工学部入学。京都大学硬式野球部において投打に渡り活躍し、「京大のホーナー」の異名を持つ。古田敦也(立命大)などが同学年になる。 数々の記録を打ち立てたが、その中で特筆すべきは大学通算本塁打10本である。この記録は関西学生野球連盟の新リーグ結成当初の最高記録であり(旧関西六大学時代を含めると西浦敏弘〈近大〉の19本)、この記録に並ぶ者は片岡篤史(同大)、山田正浩(関大)、田口壮(関学大)ら1992年卒組、渡辺峰雄(近大、93年卒)、葛城育郎(立命大、2000年卒)、広瀬栄作(近大、2002年卒) らである(ちなみに古田敦也は8本)。
岸 佳之(きし よしゆき、1964年5月30日 - )は、大… 岸 佳之(きし よしゆき、1964年5月30日 - )は、大阪府出身の元プロ野球選手(投手)。 大阪府生まれ、その後は京都府へ転居して石原高から、1982年オフにドラフト外で近鉄バファローズにテスト入団。 強いリストを生かした速球、カーブが武器。コントロールもよかったが、一軍公式戦の出場がないまま、1985年に現役を引退。
水本 啓史(みずもと ひろし、1964年1月15日 - )は… 水本 啓史(みずもと ひろし、1964年1月15日 - )は、京都府出身の元プロ野球選手。ポジションは内野手。