福村 貴幸(ふくむら たかゆき、1991年12月22日 - … 福村 貴幸(ふくむら たかゆき、1991年12月22日 - )は、大阪府枚方市出身の元プロサッカー選手。ポジションはディフェンダー(DF)。 小学生時代は当初水泳をやっていたが、4年生の時友人に誘われてサッカーを始め北河内地区を中心とするクラブチームであるミュートスSCに入団した。6年生の時には北河内地区の選抜チームメンバーに選出されている。小学校卒業後は四條畷市のクラブチームFCグリーンウェーブU-15に入団、「ここで技術は身に付いた」と後に語っている。中学校卒業後はグリーンウェーブの練習場所のひとつであった大阪桐蔭高校に進学。高校2年次の2009年2月、U-18日本代表候補に初選出された。 高校卒業後は大学に進学する事を考えて関西大学サッカー部を志願したがスポーツ推薦を得ていたにも関わらず入学試験で不合格となる。
扇原 貴宏(おうぎはら たかひろ、1991年10月5日 - … 扇原 貴宏(おうぎはら たかひろ、1991年10月5日 - )は、大阪府堺市東区出身のプロサッカー選手。Jリーグ・ヴィッセル神戸所属。ポジションはミッドフィールダー(ボランチ)、ディフェンダー(センターバック、左サイドバック)。元日本代表。 小学3年生のときにセレッソ大阪のスクールに通い、4年生から地元の堺北FCに入る。 中学1年生のときにセレッソ大阪U-15に入団。その後セレッソ大阪U-18に昇格し、各年代の代表にも選出された。 2009年11月18日に、セレッソ大阪U-18から永井龍と共に翌シーズンよりトップチームに昇格することが発表された。ユース時代はセンターバックとしてプレーしていたが、トップチームでは監督のレヴィー・クルピの判断によりボランチにポジションを移す。
小谷 祐喜(こたに ゆうき、1991年7月27日 - )は、… 小谷 祐喜(こたに ゆうき、1991年7月27日 - )は、大阪府大阪狭山市出身の元サッカー選手、サッカー指導者。現役時代のポジションはディフェンダー。 小学校1年時、ホワイトベアーズFCでFWとしてサッカーを始めた。中学校からはセレッソ大阪U-15に所属し、3年時にDFにコンバートされた。しかしU-18への昇格はかなわず、関西大学第一高校へ入学。3年時に骨化性筋炎という難病を克服し、全国高校選手権に主将として出場。最終ラインの要として、チームの4強入りに貢献した。その活躍が評価され、日本高校選抜として欧州遠征を経験。高校卒業後は、関西大学へ進学した。 2014年、ユース時代を過ごした古巣・C大阪へ入団。
松田 力(まつだ りき、1991年7月24日 - )は、大阪… 松田 力(まつだ りき、1991年7月24日 - )は、大阪府大阪市出身のプロサッカー選手。Jリーグ・カターレ富山所属。ポジションはフォワード。 ヴィッセル神戸所属のサッカー選手の松田陸は双子の兄。 特別指定選手の最多得点記録保持者(J1リーグ戦4得点)。 インドネシア人の父と日本人の母の間に生まれ、小学校1年でサッカーを始めた。立正大学淞南高校を経て、びわこ成蹊スポーツ大学へ進学。双子の兄の松田陸とともにチームを牽引し、3年時には関西学生サッカーリーグ1部で25得点を挙げ得点王に輝いた。 2013年5月、大分トリニータに特別指定選手として登録。同月22日のナビスコ杯グループリーグ第7節・サガン鳥栖戦で先発出場し、公式戦デビューを果たした。
一森 純(いちもり じゅん、1991年7月2日 - )は、大… 一森 純(いちもり じゅん、1991年7月2日 - )は、大阪府泉佐野市出身のプロサッカー選手。Jリーグ・ガンバ大阪所属。ポジションはゴールキーパー(GK)。 セレッソ大阪の下部組織出身で、扇原貴宏・永井龍らと同学年。 ジュニアユースのゼッセル熊取FC時代はGKとFWをこなしていたが、セレッソへ入団してからは基本的にGK専任となる。 第31回日本クラブユース選手権・Honda FCU-18戦で1年生ながら先発デビューを果たした。 3年生の時には第33回日本クラブユース選手権準決勝・対京都サンガF.C.U-18戦のPK戦に於いて2本のPKをストップするなど、チームの優勝に貢献した。 夏に左手の親指を骨折し、2009Jユースカップではセンターバックで出場した。
道上 隼人(みちうえ はやと、1991年6月17日 - )は… 道上 隼人(みちうえ はやと、1991年6月17日 - )は、大阪府出身の元サッカー選手。ポジションは、ミッドフィールダー。 小学校1年でサッカーを始めた。高校時代はセレッソ大阪U-18に所属し、同期の扇原貴宏、永井龍らとプレー。進学した桃山学院大学では1年時から出場機会を得て、2年時にはチームトップの11得点をあげ、関西学生サッカーリーグ1部優勝に貢献した。3年時、関西学生選抜としてデンソーカップチャレンジサッカーに出場し、ベストイレブンに選出された。 2014年より、松本山雅FCへ入団。 2015年7月よりJFL・アスルクラロ沼津に期限付き移籍。2016年をもって契約満了により松本を退団、また期限付移籍期間満了により沼津も退団した。
前田 晃一(まえだ こういち、1991年5月28日 - )は… 前田 晃一(まえだ こういち、1991年5月28日 - )は、大阪府出身の元サッカー選手。ポジションはディフェンダー(DF)。 ガンバ大阪ジュニアユース出身。金光大阪高校時代からU-18日本代表候補に選ばれるなど注目を集める。関西大学に進学後、同大学のサッカー部では1年からベンチ入りし、4年次には守備の要としてチームを支えた。 大学卒業後、Jリーグ・FC琉球に入団。2014年シーズンは第16節以降はレギュラーに定着(最終節を除き先発フル出場)。2015年シーズンも全試合にレギュラーとしてフル出場していたが、同年夏の移籍期間に同じカテゴリのレノファ山口FCに完全移籍した。しかし山口では同じく途中加入の代健司の後塵を拝する形となってレギュラーポジションをつかめず、11月26日に契約満了による退団が発表された。
中谷 喜代志(なかたに きよし、1991年5月7日 - )は… 中谷 喜代志(なかたに きよし、1991年5月7日 - )は、大阪府富田林市出身のサッカー選手。 立命館大学を経て2014年にポーランド3部所属のコンコルディア・エルブロンク(ポーランド語版)に加入。 2014年7月から同年11月までラトビア1部所属のBFCダウガフピルスに所属していた。 2016年、FC大阪へ移籍。 2018年、ヴァンラーレ八戸に移籍。 2020年11月25日、契約満了によりヴァンラーレ八戸を退団すると発表された。 2021年、VONDS市原に移籍。 2022年末でVONDS市原との契約が満了。 2023年、オーストラリアのケイラーパークSCに移籍。
谷口 功(たにぐち いさお、1991年2月16日 - ) は… 谷口 功(たにぐち いさお、1991年2月16日 - ) は、大阪府大阪市出身の元サッカー選手。現役時代のポジションはディフェンダー(DF)。 大阪市生野区出身。鹿児島実業高校に越境留学後、楚輪博が監督を務める桃山学院大学に進学。 3年次には全国大学選手権に出場するも、準々決勝で慶応義塾大学の前に0-1で敗れる。 4年次にも同選手権に出場。牟田雄祐・岸田翔平・清武功暉らを擁する福岡大学に初戦で0-1で敗れた。 2013年、ギラヴァンツ北九州に入団。リーグ戦3試合でベンチ入りを果たすも、この年北九州に所属したフィールドプレイヤーで唯一公式戦出場機会が無かった。 2014年、JFL所属の鹿児島ユナイテッドFCへ期限付き移籍。
登里 享平(のぼりざと きょうへい、1990年11月13日 … 登里 享平(のぼりざと きょうへい、1990年11月13日 - )は、大阪府東大阪市出身のプロサッカー選手。Jリーグ・セレッソ大阪所属。ポジションはディフェンダー、ミッドフィールダー。 東大阪市立孔舎衙東小学校、東大阪市立孔舎衙中学校卒業。香川西高等学校で1年生からレギュラーに定着し、全国高等学校サッカー選手権大会に3年連続で出場した。3年生の時に出場した第87回大会では、市立船橋高校を相手に2-1で勝利するなど活躍し、選手権後には高校選抜にも選出された。2009年4月にドイツ・デュッセルドルフで行われた国際ユースサッカー大会では日本高校選抜メンバーとして参加した。登里は4試合に出場し3得点と結果を残した。
渡辺 康太(わたなべ こうた、英:WATANABE Kota… 渡辺 康太(わたなべ こうた、英:WATANABE Kota、1990年9月21日 - )は、大阪府高槻市出身のサッカー審判員(国際副審)。AVAR担当審判員。 小学4年生の時に地元のサッカークラブでサッカーを始める。高槻市立柳川中学校を経て、大阪府立高槻北高等学校時代にサッカー審判員の資格取得を始め、履正社医療スポーツ専門学校卒業後の2014年に1級審判員の資格を取得。2016年には第18回日本フットボールリーグで優秀レフェリー賞を受賞し、2017年からJリーグ担当審判員としてJ3リーグの副審を担当する。 2021年、弱冠30歳にして国際サッカー連盟 (FIFA) に国際審判員として登録された。
中村 充孝(なかむら あつたか、1990年9月13日 - )… 中村 充孝(なかむら あつたか、1990年9月13日 - )は、大阪府堺市出身の元プロサッカー選手。ポジションはミッドフィールダー(サイドハーフ、トップ下)。 小学校3年生からサッカーを始めた。2009年、船橋市立船橋高等学校から京都サンガF.C.へ加入。 2010年序盤は出場機会に恵まれなかったが、秋田豊監督就任以降に途中出場を中心に出番が増え、18試合に出場した。2012年は当初ボランチとしての起用が多かったがトップ下に抜擢され高い局面打開力・得点能力を発揮している。 2013年、鹿島アントラーズへ完全移籍。以後はサイドハーフとしての起用が多くなった。 2019年9月25日、天皇杯4回戦の横浜F・マリノス戦でプロ入り初のハットトリックを決めた。
丸橋 祐介(まるはし ゆうすけ、1990年9月2日 - )は… 丸橋 祐介(まるはし ゆうすけ、1990年9月2日 - )は、大阪府大阪市住之江区出身の元プロサッカー選手。現役時代のポジションはディフェンダー(左サイドバック)、ミッドフィールダー。 小3の時に「南港サクラFC」に入団し、後に大阪市の選抜チーム的存在であった「大阪市ジュネッスFC」にも入団。6年次にはキャプテンにもなる。2003年からセレッソ大阪の下部組織でプレーし、2009年に山口蛍とともにトップチームへ昇格。1年目は同ポジションに石神直哉、尾亦弘友希がいたため、出場機会は無かった。 セレッソがJ1復帰を果たした2010年シーズンはW杯中断明け後に台頭。石神、尾亦を抑えて、左サイドバックのレギュラーとして活躍した。
山野 瞭(やまのりょう、1990年9月1日 - )は、大阪府… 山野 瞭(やまのりょう、1990年9月1日 - )は、大阪府出身のサッカー選手、フットサル選手。ポジションはサッカーはMF、フットサルではアラ。 大阪府大阪市出身。大阪市立加美南中学校、帝京第三高等学校にてサッカー部に所属。大阪国際大学ではサッカー部に所属せず、遊び感覚でフットサルを始める。大学2年生の時にアマチュアのフットサルチームを立ち上げる。※FC山長その後、関西フットサルリーグに所属するミキハウスフットサルクラブやSWH Futsal Clubにてプレー。SWH Futsal Clubでは関西フットサルリーグ2連覇、同時期に行われた全国選抜フットサル選手権大会にて兵庫県選抜として日本一になる。
奥野 将平(おくの しょうへい、1990年8月18日 - )… 奥野 将平(おくの しょうへい、1990年8月18日 - )は、大阪府出身の元プロサッカー選手。ポジションはミッドフィールダー。 ガンバ大阪堺ジュニアユースを経て興國高等学校、阪南大学に進学した。興國高校在籍時の2006年と2008年に大阪高校選抜、阪南大学在籍時の2011年と2012年に関西選抜に選出された。2010年は関西学生サッカーリーグで優勝、2011年は関西学生サッカー選手権大会で優勝した。2012年は総理大臣杯全日本大学サッカートーナメントと関西学生サッカーリーグで優勝、関西学生サッカー選手権大会で3位、全日本大学サッカー選手権大会でベスト4に進出した。 2013年2月に日本で開催されたラトビア2部所属のFKアウダによるセレクションに合格した。
大西 勝俉(おおにし しょうご、1990年7月29日 - )… 大西 勝俉(おおにし しょうご、1990年7月29日 - )は、大阪府出身のプロサッカー選手。Jリーグ・ヴァンラーレ八戸所属。ポジションはゴールキーパー。 近畿大学附属高校の2年時に全国高校選手権に出場。チームは2回戦で敗退した。 近畿大学を経て、2013年より愛媛FCへ入団。愛媛では第2・第3GKの立ち位置を覆せず、リーグ戦出場は3試合に留まった。 2017年、J3に昇格したアスルクラロ沼津に移籍。 2018年12月、鹿児島ユナイテッドFCへの完全移籍が発表された。 2023年、ヴァンラーレ八戸に完全移籍。開幕から9試合、スターティングメンバーとして活躍したが、同年5月、負傷して左上腕二頭筋腱断裂で全治3か月の診断を受けた。
大西 勝俉(おおにし しょうご、1990年7月29日 - )… 大西 勝俉(おおにし しょうご、1990年7月29日 - )は、大阪府出身のプロサッカー選手。ポジションは、ゴールキーパー。
石川 雄一朗(いしかわ ゆういちろう、1990年7月24日 … 石川 雄一朗(いしかわ ゆういちろう、1990年7月24日 - )は、大阪府大阪市出身の元サッカー選手。ポジションはゴールキーパー。
岡西 宏祐(おかにし こうすけ、1990年7月17日 - )… 岡西 宏祐(おかにし こうすけ、1990年7月17日 - )は、大阪府八尾市出身の元プロサッカー選手、サッカー指導者。現役時代のポジションは、ゴールキーパー。 中学校卒業後は地元を離れ山梨学院大学附属高校に進学。2008年にはU-17日本代表候補に選出された。その後は中央大学へ進み、在学中の2011年5月、ヴァンフォーレ甲府に特別指定選手として登録された。 2013年、ヴァンフォーレ甲府へ入団。長らく河田晃兵と岡大生の控えだったが2019年に岡が移籍すると第2GKへ昇格。2020シーズンは開幕スタメンを勝ち取った。さらに同年の第2節には河田が怪我でチームを離れると完全にスタメンを奪取。その後の河田復帰後もポジションを譲らず、キャリア最多の36試合に出場した。
吉井 祥平(よしい しょうへい、1990年6月3日 - )は… 吉井 祥平(よしい しょうへい、1990年6月3日 - )は、大阪府三島郡島本町出身のサッカー選手。ポジションは、ミッドフィールダー。
鈴木 ブルーノ(すずき ブルーノ)ことスズキ・カスタニェイラ… 鈴木 ブルーノ(すずき ブルーノ)ことスズキ・カスタニェイラ・ブルーノ・ジュンイチ(Suzuki Castanheira Bruno Junichi、1990年5月20日 - )は、ブラジル出身のプロサッカー選手。ポジションはフォワード。 2009年に日本国籍取得。2012年までのJリーグでの登録名はブルーノ・カスタニェイラ。 ブラジル北部パラー州出身の日系ブラジル人。6歳の頃に家族と共に滋賀県土山町(現甲賀市)に移り住み、地元の少年団でサッカーをはじめる。高校ではガンバ大阪のユースチームに所属。3年次には大塚翔平、宇佐美貴史といった選手たちと共に攻撃陣の一角を担い、数々のタイトル獲得に貢献するがトップチーム昇格の夢は叶わなかった。
菅沼 駿哉(すがぬま しゅんや、1990年5月17日 - )… 菅沼 駿哉(すがぬま しゅんや、1990年5月17日 - )は、大阪府豊中市出身のプロサッカー選手。ポジションはディフェンダー。Jリーグ・モンテディオ山形所属。
中村 玲央(なかむら れお、1990年5月5日 - )は、大… 中村 玲央(なかむら れお、1990年5月5日 - )は、大阪府大阪市出身のサッカー選手。ポジションはMF。 立正大学淞南高等学校卒業後、神戸国際大学に進学。2011年九州総合スポーツカレッジに入学。 同校卒業後は2013年から関西社会人リーグのFC大阪に所属。2014年からカンボジア・リーグのウエスタン・プノンペンFCに移籍。2015年にはアジアユーロ・ユナイテッドに移籍した。 2019年のシャン・ユナイテッドFC所属以降チームが決まらず、2020年からサッカースクールのコーチを務めていたが、2021年7月19日に現役引退を発表。 しかし、その後ネパール・マーティアズメモリアルAディヴィジョンリーグのヒマラヤン・シェルパ・クラブ(英語版)からオファーが届き、2021年11月17日に同クラブと契約して現役復帰した。
田中 裕人(たなか ひろと、1990年4月26日 - )は、… 田中 裕人(たなか ひろと、1990年4月26日 - )は、大阪府出身の元プロサッカー選手。現役時代のポジションはミッドフィールダー。 ハードワークを欠かさず、タイトなマークで相手の攻撃の芽を摘み取るボランチ。 2013年にジュビロ磐田に入団。同年3月20日に行われたナビスコカップ・大宮アルディージャ戦でプロデビュー。 2015年12月19日に、V・ファーレン長崎へ期限付き移籍することが発表された。 2017年、間瀬愛媛FCへ期限付き移籍。同年12月14日、ジュビロ磐田より完全移籍で加入することが発表された。2019年に新潟戦で逆転のJ初ゴールをヘディングで決める。また、栃木戦でもボレーで合わせて得点した。
大塚 翔平(おおつか しょうへい、1990年4月11日 - … 大塚 翔平(おおつか しょうへい、1990年4月11日 - )は、大阪府大阪市出身の元プロサッカー選手。ポジションはフォワード(FW)。 1997年に大阪東淀川フットボールクラブに入団。2002年にはナショナルトレセンU-12関西に選出された。 2003年にガンバ大阪ジュニアユースに入団、在籍中、中学2年次の2004年にクラブユースサッカー選手権 (U-15)で準優勝を経験した 他、2005年にJFAナショナルトレセンU-14に選出された。翌2005年よりU-15日本代表候補に選出されるようになり、同年12月に正式な代表チームに選出され、アメリカ遠征に参加した。 2006年にユースチームに昇格。
能登 正人(のと まさひと、1990年4月10日 - )は、… 能登 正人(のと まさひと、1990年4月10日 - )は、大阪府枚方市出身のサッカー選手。ポジションはMF。
奥井 諒(おくい りょう、1990年3月7日 - )は、大阪… 奥井 諒(おくい りょう、1990年3月7日 - )は、大阪府豊中市出身のサッカー選手。Jリーグ・栃木シティFC所属。ポジションはミッドフィールダー・ディフェンダー。 高校時代の2007年にはU-17日本代表に招集されている。DF登録でありサイドバックとしての起用が中心だったが、サイドハーフやウイングとしてもプレーしていた。早稲田大学進学後はドリブルを武器に主に左サイドハーフとして活躍した。 2012年、ヴィッセル神戸へ加入。MF登録ながらデビュー以降は一貫して右サイドバックのレギュラーとして出場している。第23節FC東京戦では、前半27分に決勝点となるプロ入り初ゴールを決めている。 2016年、大宮アルディージャへ完全移籍した。
柿谷 曜一朗(かきたに よういちろう、1990年1月3日 -… 柿谷 曜一朗(かきたに よういちろう、1990年1月3日 - )は、大阪府大阪市都島区出身の元プロサッカー選手、タレント。ポジションはフォワード、ミッドフィールダー。元日本代表。 妻はタレントの丸高愛実 。セレッソ大阪の4代目8番。史上初のJリーグ最優秀ゴール賞複数回受賞者(2013年、2021年)。 2025年5月1日、株式会社soeasyのプレイングアンバサダーに就任した。 4歳からセレッソ大阪の下部組織で育ち、スクールからプロまでセレッソ一筋。追手門学院大手前高等学校在学中の2006年、クラブ史上最年少の16歳でトップチームとプロ契約を結び、C大阪と業務提携しているウィザス高等学校(現第一学院高等学校高萩本校)に転校した。
佐藤 和馬(さとう かずま、1989年12月27日 - )は… 佐藤 和馬(さとう かずま、1989年12月27日 - )は、大阪府八尾市出身で、JFL・奈良クラブ所属のサッカー選手。ポジションは、MF。
横川 莉奈(よこがわ りな、1989年9月3日 - )は、大… 横川 莉奈(よこがわ りな、1989年9月3日 - )は、大阪府出身で日本の元女子サッカー選手である。ポジションは、DF。 吹田市立高野台中学校在学中は同校女子サッカー部の高野台LFCに所属し、関西女子サッカーリーグや関西ジュニアユースサッカー大会などに出場した。卒業後は兵庫県に渡り日ノ本学園高等学校に進学してサッカー部に所属し、全日本高等学校女子サッカー選手権大会や全日本女子サッカー選手権大会、全日本女子ユース (U-18)サッカー選手権大会などに出場した。 2008年高校卒業後に岡山湯郷Belleに入団したが、翌2009年度シーズン終了後に退団し、現役を引退した。
藤本 憲明(ふじもと のりあき、1989年8月19日 - )… 藤本 憲明(ふじもと のりあき、1989年8月19日 - )は、大阪府富田林市出身のプロサッカー選手。ポジションはフォワード。中国サッカーリーグ・福山シティFC所属。 マネジメント会社はエースポーツクリエイション。 小中学校時代をガンバ大阪の下部組織で過ごした後、2005年に青森山田高校に進学。同期には三浦修がいた。高校3年次に右サイドバックのレギュラーとして第86回全国高等学校サッカー選手権大会に出場を果たす。その後は近畿大学でプレーした。 2012年に当時JFLに所属した佐川印刷SC(2014年に佐川印刷京都SC、2015年にSP京都FCに改名)に新加入。アマチュア選手として午前は練習、午後は本の包装作業に携わりながらプレーを続けた。
櫻内 渚(さくらうち なぎさ、1989年8月11日 - )は… 櫻内 渚(さくらうち なぎさ、1989年8月11日 - )は、大阪府八尾市出身のプロサッカー選手。台中Futuro所属。ポジションはディフェンダー(右サイドバック、センターバック)。 出身地である八尾市の八尾南山本ジュニアサッカークラブでサッカーを始め、五歳上の兄も進学した岡山県作陽高等学校へ進学。豊富な運動量と空中戦の強さを売りとしているCBだったが、2年時の第85回全国高校サッカー選手権大会ではその長所を前線で生かし、FWとして起用された。進学した関西大学ではCBとしてレギュラーを獲得し、3年時からはSBに転向。第26回ユニバーシアード夏季競技大会に参加したサッカー日本代表メンバーにも選ばれて金メダルを獲得した。
安田 晃大(やすだ こうだい、1989年8月8日 - )は、… 安田 晃大(やすだ こうだい、1989年8月8日 - )は、兵庫県神戸市生まれ、大阪府吹田市出身の元プロサッカー選手、サッカー指導者。ポジションはミッドフィールダー。 元プロサッカー選手の安田理大は実兄。 2歳年上の兄・理大と同様、ガンバ大阪のジュニアチーム、ジュニアユースチーム、ユースチームと進んだ経歴の持ち主。 2007年、プリンスリーグU-18関西、第31回日本クラブユースサッカー選手権 (U-18)大会の双方の大会において、中盤の司令塔としてガンバ大阪ユースを優勝に導き、本人もMVPを受賞している。 2008年、ガンバ大阪のトップチームに昇格。しかし遠藤保仁を始め多くのA代表経験者が名を連ねるガンバの中盤でのポジション争いに割って入れず、2010年までの3年間で公式戦出場はなかった。
村山 拓哉(むらやま たくや、1989年8月8日 - )は、… 村山 拓哉(むらやま たくや、1989年8月8日 - )は、京都府出身のサッカー選手。ポジションはミッドフィールダー。
松本 浩幸(まつもと ひろゆき、1989年7月9日 - )は… 松本 浩幸(まつもと ひろゆき、1989年7月9日 - )は、大阪府出身の元プロサッカー選手、サッカー指導者。ポジションは、ゴールキーパー。 関西大学第一高校を経て関西大学へ進学。2011年、国体の大阪府成年選抜に選出された。 2012年、ザスパ草津へ入団。公式戦出場はなく、2013年シーズン終了後に退団。 2014年、藤枝MYFCへ完全移籍。その後シーズン終了後に退団。 2015年3月、現役を引退し、立正大学サッカー部のゴールキーパーコーチに就任すると発表された。 2018年、九州大学サッカーリーグ1部の日本経済大学サッカー部の監督に就任。2020年デンソーカップ九州選抜のコーチも務める。 2022年、立正大学サッカー部コーチに就任。
瀬里 康和(せり やすかず、1989年7月8日 - )は大阪… 瀬里 康和(せり やすかず、1989年7月8日 - )は大阪府出身のサッカー選手。ポジションはフォワード。
石田 良輔(いしだ りょうすけ、1989年7月4日 - )は… 石田 良輔(いしだ りょうすけ、1989年7月4日 - )は、大阪府茨木市出身の元サッカー選手。ポジションはゴールキーパー。
藤本 安之(ふじもと やすゆき、1989年6月1日 - )は… 藤本 安之(ふじもと やすゆき、1989年6月1日 - )は、大阪府岸和田市出身のプロサッカー選手。ジンバブエ・プレミアサッカーリーグ・Yadah Stars F.C.所属。ポジションはミッドフィールダー。 セレッソ大阪U-18、大阪産業大学を経て2012年に福島ユナイテッドFCに入団するも1年で契約満了、2013年、FC鈴鹿ランポーレに入団。 2014年3月にトライアウトを受け、オーストラリア・ブリスベンプレミアリーグのアルバニークリークエクセルシオールFCに入団、5年間所属し退団。 2019年からジンバブエ・プレミアサッカーリーグ のYadah Stars F.C.に所属。 この項目は、サッカー選手に関連した書きかけの項目です。
二戸 将(にと まさし、1989年5月5日 - )は、大阪府… 二戸 将(にと まさし、1989年5月5日 - )は、大阪府東大阪市出身の元サッカー選手。ポジションはディフェンダー(DF)。 中学生時代からガンバ大阪のアカデミーに所属。中学時代は主に左サイドハーフで活躍し、3年時にはメニコンカップに出場しU-15日本代表にも選出された。高校時代はサイドハーフに加えサイドバックも経験。ガンバ大阪ユースの2006年、2007年の日本クラブユースサッカー選手権 (U-18)大会2連覇に貢献し、3年次には2種登録されたが、トップチームへは昇格できず、2008年にびわこ成蹊スポーツ大学に進学。2年時より左サイドバックのレギュラーとして活躍。 2012年、ブラウブリッツ秋田に入団。
満生 充(まんしょう みつる、1989年4月16日 - )は… 満生 充(まんしょう みつる、1989年4月16日 - )は、大阪府出身の元サッカー選手。ポジションはフォワード、ディフェンダー。 中学時代は京都パープルサンガ(現:京都サンガF.C.)のJrユースに所属し、同期に中村太亮、一学年上には三戸雄志、金沢亮らがいた。その後ユースに進まず、大阪桐蔭高校に進学。2007年に全国大会に出場し、同高出身の初のJリーグ選手となった。なお、同級生にはプロ野球選手の中田翔がいる。 2008年に水戸ホーリーホックに入団。サテライトリーグのFC東京戦でハットトリックを記録。トップチームでも7試合に出場した。 2009年3月、左第5中足骨疲労骨折を起こし全治3か月と診断され、結局このシーズン公式戦出場なしに終わる。
近石 哲平(ちかいし てっぺい、1989年1月31日 - )… 近石 哲平(ちかいし てっぺい、1989年1月31日 - )は、大阪府出身のサッカー選手。ポジションはディフェンダー(DF)。 近大附属高校から近畿大学に進学し、2011年にJFLのSAGAWA SHIGA FCに加入。しかし2012年でSAGAWA SHIGA FCが活動停止となり、2013年にアミティエSCに移籍した。 2014年にFCガンジュ岩手に移籍。 2016年よりJFLに昇格したラインメール青森FCに移籍した。 2017年をもってラインメール青森を退団。 2018年より奈良クラブに移籍も、6月にヴァンラーレ八戸に移籍。 2025年11月12日 現役引退を発表。
藤春 廣輝(ふじはる ひろき、1988年11月28日 - )… 藤春 廣輝(ふじはる ひろき、1988年11月28日 - )は、大阪府東大阪市出身のプロサッカー選手。Jリーグ・FC琉球所属。ポジションはディフェンダー(左サイドバック)。元日本代表。 東大阪市立孔舎衙東小学校、東大阪市立孔舎衙中学校卒業。小学、中学時代は地元のクラブでプレーした。高校は東海大仰星高等学校(現・東海大大阪仰星高等学校)に進学、2年次にインターハイなどに出場したが、全国的には無名に近い選手だった。 2007年に大阪体育大学に進学。2008年には総理大臣杯大学サッカーを制して大学日本一となったチームだったが、大学生活の中で2008年と2010年の2シーズンは関西学生リーグ2部での戦いを余儀なくされた。
倉田 秋(くらた しゅう、1988年11月26日 - )は、… 倉田 秋(くらた しゅう、1988年11月26日 - )は、大阪府高槻市出身のプロサッカー選手。Jリーグ・ガンバ大阪所属。ポジションはミッドフィールダー(MF)。元日本代表。 中学時代からガンバ大阪の下部組織に所属。2006年、高校3年次の日本クラブユース選手権大会では、決勝でゴールを決めるなど大きく貢献(チーム1-0で優勝)し、大会MVPに輝いた。 2007年にトップチームに昇格(同期昇格は下平匠、星原健太)。シーズン前の海外キャンプでは才能の片鱗を見せ、当時の西野朗監督はガンバの攻撃を操るユースの先輩と比較して「二川2世」と評した。7月7日に行われたヤマザキナビスコカップ、浦和レッドダイヤモンズ戦でスタメンで公式戦初出場を果たすと、ボランチの位置で90分間積極的にプレー。
上西 涼(かみにし りょう、1988年10月30日 - )は… 上西 涼(かみにし りょう、1988年10月30日 - )は、大阪府大東市出身のサッカー選手。
新村 純平(しんむら じゅんぺい、1988年10月13日 -… 新村 純平(しんむら じゅんぺい、1988年10月13日 - )は、大阪府高槻市出身の元プロサッカー選手。現役時代のポジションはミッドフィールダー。 FCファルコン時代のチームメートに倉田秋がいた。 履正社高校を経て、2007年に東京ヴェルディ1969に入団、3年間プレーするも出場は1試合のみだった。 その後パラグアイ、ラトビアでプレーし、2011年に帰国後、9月から水戸ホーリーホックの練習に参加していたが入団には至らなかった。 2013年夏、ポーランドのKSグバルディア・コシャリンに加入した。 2024年12月、Instagramにて国家資格の宅地建物取引士の合格を報告した。
玉置 慎也(たまおき しんや、1988年10月8日 - )は… 玉置 慎也(たまおき しんや、1988年10月8日 - )は、大阪府摂津市出身のサッカー選手。 ポジションは、ミッドフィールダー。
下平 匠(しもひら たくみ、1988年10月6日 - )は、… 下平 匠(しもひら たくみ、1988年10月6日 - )は、大阪府箕面市出身の元プロサッカー選手。現役時代のポジションはディフェンダー(左サイドバック)。 地元の箕面市でサッカーを始め、中学時代からガンバ大阪の下部組織に所属し、2007年にトップチームに昇格(同期昇格は倉田秋、星原健太)。トップチームはSBの層が薄く、バックアッパーとして、また貴重なレフティの選手というもあり1年目から試合出場の機会を得る。 2008シーズン、ユース時代の1年先輩で同じ左サイドバックの安田理大が負傷やオリンピック代表で不在となることが多く、出場試合数を15試合に伸ばす。2009年には左サイドバックのレギュラーポジションを確保し、シーズン終盤こそ高木和道の控えにまわったものの、27試合に出場した。
寺田一太(てらだ いった、1988年10月4日 - )は、大… 寺田一太(てらだ いった、1988年10月4日 - )は、大阪府出身の元プロサッカー選手。ポジションはゴールキーパー。リーフラス株式会社所属。
金園 英学 (かなぞの ひでたか、1988年9月1日 - )… 金園 英学 (かなぞの ひでたか、1988年9月1日 - ) は、大阪府出身の元サッカー選手。現役時代のポジションはフォワード。元日本代表。 4人兄弟の第4子として生まれ 6歳でサッカーを始める。小学生時代は大阪市内の少年サッカークラブに所属した。中学生時代は兵庫県尼崎市内のクラブでプレーし、卒業後、島根県の立正大学淞南高等学校へ進学した。金園は舞台俳優を目指してオーディションを受験したが合格できず、大阪府内の高校と立正大淞南とで迷った末後者への入学を選んだと語っている。高校2年次には全国高等学校サッカー選手権大会に出場し、通算2得点を挙げた。 2007年に関西大学に入学、金園の立正大淞南高校時代の先輩 が関西大に進学していたのが進路決定の理由であった。
角島 康介(かどしま こうすけ、1988年8月8日 - )は… 角島 康介(かどしま こうすけ、1988年8月8日 - )は、大阪府茨木市出身のプロサッカー選手。ポジションはフォワード。