大井 伊助(おおい いすけ、前名・蒼生治、1888年(明治2… 大井 伊助(おおい いすけ、前名・蒼生治、1888年(明治21年)11月9日 - 没年不明)は、日本の資産家、家主、大阪府多額納税者。族籍は大阪府平民。 大阪府・先代伊助の長男。府立市岡中学卒業。1938年に家督を相続し、蒼生治を改め襲名する。貸家業を営む。貴族院多額納税者議員選挙の互選資格を有する。紺綬褒章を賜る。趣味は読書、旅行。宗教は真宗。住所は大阪市大正区北泉尾町1丁目。
加賀 正太郎(かが しょうたろう、1888年(明治21年)1… 加賀 正太郎(かが しょうたろう、1888年(明治21年)1月17日 - 1954年(昭和29年)8月8日)は、日本の資産家、実業家。加賀証券社長。大阪府多額納税者。 1888年、大阪市東区今橋生まれ。加賀市太郎の長男。加賀家は大阪目抜きの場所、高麗橋通りにあり、大阪屈指の資産家として、又著名の旧家として遠近に知られた。12歳の時に父親が亡くなり、船場にあった江戸時代から続く実家の繊維業・米穀仲買業・両替商「富商加賀商店」を継ぐ。 ヨーロッパに渡り、日英博覧会やキューガーデンの見学、アルプス山脈ユングフラウ登頂を行った。 東京府立第三中学校(現・東京都立両国高等学校)を経て、1911年、東京高等商業学校(現・一橋大学)卒業。
右近 福次郎(うこん ふくじろう、1883年〈明治16年〉1… 右近 福次郎(うこん ふくじろう、1883年〈明治16年〉10月4日 - 没年不明)は、日本の実業家、資産家。族籍は福井県平民。 福井県・右近権左衛門の男。右近和作の養弟。1901年、大阪府立北野中学校卒業。慶應義塾に学ぶ(1927年に特選)。1918年、分家する。 日本海上保険常務、同専務取締役、朝鮮電気社長、右近商事、元山水力電気、南朝鮮水力電気各取締役、日海興業、大阪酸水素、和歌山紡績各監査役等をつとめる。 実業界に入り日本海上保険、朝鮮電気、元山水力電気等の重役だった。兵庫県在籍で、住所は神戸葺合町、武庫郡住吉村室ノ内(現・神戸市東灘区住吉本町)。
川崎 佐治右衛門(かわさき さじえもん、1874年〈明治7年… 川崎 佐治右衛門(かわさき さじえもん、1874年〈明治7年〉11月6日 - 没年不明)は、日本の商人(肥料商)、資産家、醸造家、実業家。川崎肥料社長。和泉商店代表。泉醤油取締役。和泉洋反物監査役。族籍は大阪府平民。 大阪府泉南郡岸和田町北町(現・岸和田市)の人。川崎佐治郎の長男。1882年、家督を相続する。醤油醸造業を営む。諸会社の重役である。 この項目は、実業家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:経済学、PJ:経済)。
河盛 又三郎(かわもり またさぶろう、1867年11月30日… 河盛 又三郎(かわもり またさぶろう、1867年11月30日〈慶應3年11月5日〉 - 1941年〈昭和16年〉11月)は、日本の醸造家、政治家、資産家、実業家。河又醤油社長。族籍は大阪府平民。 和泉国堺(現・大阪府堺市)出身。三代目・河内屋又平の末子として誕生。1883年、家督を相続する。醤油醸造業を営み、河又醤油社長である。 日本醸造協会監事、堺商工会議所顧問を兼ね、泉醤油相談役に推され、堺商工会議所会頭、堺市会議員に選ばれ、大阪府多額納税者に列する。 はやくから醸造工程の機械化にとりくむ。1913年、緑綬褒章を下賜される。趣味は書画。宗教は仏教。住所は大阪府堺市新在家町。 河盛又三郎の遠祖は、豊臣家の家臣で米田藤内(こめだとうない)といったが1615年、大坂夏の陣に敗れて豊臣家が滅亡すると大和国宇智郡三在村(現・奈良県五條市三在町)へ落ちて、ここに住みつき、郷士となって農業に従事した。
清瀧 徳兵衛(きよたき とくべえ、1860年4月13日〈万延… 清瀧 徳兵衛(きよたき とくべえ、1860年4月13日〈万延元年3月23日〉 - 没年不明)は、日本の商人(青物商、乾物砂糖商)、資産家、実業家。池田実業銀行頭取。北摂信託副社長。摂池銀行、池田実業銀行、池田製氷各取締役。族籍は大阪府平民。 大阪府平民・清瀧徳兵衛の長男。1883年、家督を相続する。青物商や、乾物砂糖商を営み、傍ら池田実業銀行頭取のほか会社重役であった。大阪府在籍で、住所は豊能郡池田町(現池田市)。 この項目は、実業家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:経済学、PJ:経済)。