清水 誉(しみず たかし、1984年4月23日 - )は、兵… 清水 誉(しみず たかし、1984年4月23日 - )は、兵庫県三木市出身の元プロ野球選手(捕手)。 三木市立平田小学校2年時に少年野球チームの「くるみビックス」で野球を始め、強肩を買われて捕手を務める。三木市立三木中学校では4番・捕手として東播大会3位となった。高校は野球強豪校へ進学することも考えたが、両親の説得により公立進学校の小野高校に入学。高校では1年夏から正捕手となり、3年夏の兵庫大会では坂口智隆を擁する神戸国際大附高校に敗れたもののベスト8入りした。高校通算27本塁打。 関西学院大学への進学後は、正捕手だった上級生の怪我もあって、1年の春から関西学生野球のリーグ戦に出場。そのまま正捕手に定着すると、1年後輩の宮西尚生とのバッテリーで、4年時に春秋連続でリーグ戦ベストナインを受賞した。
金刃 憲人(かねと のりひと、1984年4月10日 - )は… 金刃 憲人(かねと のりひと、1984年4月10日 - )は、兵庫県尼崎市出身の元プロ野球選手(投手)、野球指導者。 兵庫県尼崎市の出身。在日韓国人三世で、大学3年のときに日本へ帰化した。尼崎市立園和北小学校1年時に軟式野球の「園和北フレンズ」に入団し4年生でボーイズリーグ「兵庫尼崎」に移籍、6年時に全国優勝。尼崎市立園田中学校時代はボーイズリーグ「兵庫尼崎」に在籍。中学の1年先輩には後にプロでチームメイトとなる野間口貴彦がいた。 市立尼崎高校進学後は2年冬に甲子園未出場ながら高校全日本台湾遠征メンバーに選出され、MVPを受賞。3年夏の兵庫大会では準々決勝でグエン・トラン・フォク・アンを擁する東洋大姫路高校を完封するまで全て2失点以内に抑えたが、準決勝で坂口智隆を擁する神戸国際大附高校に9回裏2死から5点差を逆転されてのサヨナラ負けを喫してベスト4。
真田 裕貴(さなだ ひろき、1984年2月7日 - )は、兵… 真田 裕貴(さなだ ひろき、1984年2月7日 - )は、兵庫県高砂市出身の元プロ野球選手(投手)。 大阪府で出生してすぐに兵庫県高砂市に移住し、小学2年生で野球を始めた。高砂市立宝殿中学校から兵庫県立姫路工業高等学校に進学。1年夏からベンチ入りし、2年秋からエースとなる。2年秋の近畿大会は初戦で市立和歌山商の田村領平に投げ勝ち、準々決勝では神戸国際大付高の坂口智隆と投げ合って敗れたが3年時に第73回選抜高等学校野球大会に出場。初戦の対日大三高戦で、近藤一樹から本塁打を放ったが敗退。 夏は兵庫大会決勝でグエン・トラン・フォク・アンを擁する東洋大姫路高校に敗戦。その後AAAアジア野球選手権日本代表に選出され、先発投手として好投した。
武内 晋一(たけうち しんいち、1983年12月10日 - … 武内 晋一(たけうち しんいち、1983年12月10日 - )は、兵庫県神戸市西区出身のプロ野球選手(内野手、外野手)。現在は東京ヤクルトスワローズに所属。
乾 絵美(いぬい えみ、1983年10月26日 - )は、兵… 乾 絵美(いぬい えみ、1983年10月26日 - )は、兵庫県加古川市出身の女子ソフトボール選手(捕手)。元ソフトボール日本代表。現役引退後の2020年から、女性およびトップレベルのソフトボール経験者としては日本プロ野球(NPB)で初めてのスカウトを、オリックス・バファローズで務めている。 神戸常盤女子高等学校を経て東海学園大学へ進学していたが、19歳の時に、家庭の事情で大学を中退。東海学園大学女子ソフトボール部の監督を通じて、「日本国内女子ソフトボール界の強豪」とされるルネサステクノロジ高崎(ルネサス高崎)への入部を願い出たところ、入部を認められた。学生時代はソフトボールで顕著な実績を残していなかったものの、「上野由岐子(自身より1歳年上の投手)が投じる剛速球を受けられるほどの捕手が足りていない」というチーム事情を背景に入部したため、ルネサスが加盟していた日本女子ソフトボールリーグでは入部1年目の開幕戦から上野とバッテリーを組んだ。
栗山 巧(くりやま たくみ、1983年9月3日 - )は、兵… 栗山 巧(くりやま たくみ、1983年9月3日 - )は、兵庫県神戸市西区出身のプロ野球選手(外野手)。埼玉西武ライオンズ所属。
山本 歩(やまもと あゆむ、1983年7月28日 - )は、… 山本 歩(やまもと あゆむ、1983年7月28日 - )は、兵庫県尼崎市生まれ、川辺郡猪名川町出身の元プロ野球選手(投手)。
野間口 貴彦(のまぐち たかひこ、1983年5月31日 - … 野間口 貴彦(のまぐち たかひこ、1983年5月31日 - )は、兵庫県尼崎市出身の元プロ野球選手(投手)。 1983年に兵庫県で生まれる。シニアリーグ時代に所属した伊丹シニアでAA世界野球選手権大会に出場した。2001年に関西創価高校から第73回選抜高等学校野球大会に出場。選抜初出場の同高でベスト4まで進出。2回戦では高井雄平と投げ合い1失点で完投勝利を収め、最終的に準決勝まで進出するが優勝した常総学院の横川史学にサヨナラ打を浴びて惜敗。この時点でプロからの誘いもあったが、大学進学を表明したことで指名回避された。 2002年に創価大学へ進学し、1年時から春のリーグ戦に登板するも「一発勝負の高校野球に比べ、リーグ戦の続く大学野球にあまり魅力を感じなかった」として退学し、シダックス野球部に入社。
木更津 与兵衛(きさらづ よへい、1983年5月4日 - )… 木更津 与兵衛(きさらづ よへい、1983年5月4日 - )は、日本の俳優、元プロ野球選手である。本名および旧名は大内田真也(おおうちだ まさや)。G-STAR.PRO所属。身長179cm。体重65kg。 兵庫県神戸市出身。兵庫県立明石南高等学校卒業後、メジャーリーガーを目指して渡米。フロリダ・マーリンズの傘下マイナーリーグでプレーした後、21歳でオーストラリア・クイーンズランド州のヘンドラ・オールスターズに入団。クローザーとして7勝2敗4セーブの記録を残すが、肩を壊して引退する。帰国後、俳優として活動を開始。
塩川 達也(しおかわ たつや、1983年3月15日 - )は… 塩川 達也(しおかわ たつや、1983年3月15日 - )は、元プロ野球選手(内野手)。
橘田 恵(きった めぐみ、1983年1月5日 - )は、日本… 橘田 恵(きった めぐみ、1983年1月5日 - )は、日本の女子野球選手、指導者。兵庫県三木市出身。仙台大学体育学部卒業。鹿屋体育大学大学院体育学研究科修了(体育学修士)。履正社医療スポーツ専門学校女子硬式野球部(履正社RECTOVENUS)初代監督。履正社高等学校女子硬式野球部監督。2017.2018年女子野球日本代表監督。 小学1年から、軟式の少女野球チーム「西神戸パワーズ」で野球を始める。小学4、5年時に、全日本女子軟式野球選手権大会小学生の部で、2年連続準優勝。中学では、ソフトボール部と軟式野球部を兼部し硬式野球ヤングリーグの神戸ドラゴンズにも所属した。神戸ドラゴンズの1年後輩に栗山巧、2年後輩に坂口智隆がいた。
橋本 亮馬(はしもと りょうま、1982年12月8日 - )… 橋本 亮馬(はしもと りょうま、1982年12月8日 - )は、兵庫県氷上郡氷上町(現・丹波市)出身の元プロ野球選手(投手)。 氷上西高から関西国際大学に進学。4年時に阪神大学リーグで2季連続MVPを獲得し、チームを1部昇格に導いた。独立リーグ 「四国アイランドリーグ」 のトライアウトに応募し合格。2005年に香川オリーブガイナーズに入団。 2010年、18セーブを挙げ最多セーブのタイトルを獲得。リーグ加入6年目で初のタイトルとなったものの、同年11月17日に退団の申し入れが受理され任意引退となった。同年12月17日、横浜ベイスターズに打撃投手として入団したが、2011年のシーズン終了後、解雇された。
山崎 勝己(やまざき かつき、1982年8月16日 - )は… 山崎 勝己(やまざき かつき、1982年8月16日 - )は、兵庫県伊丹市出身のプロ野球選手(捕手)。右投右打。オリックス・バファローズ所属。
中島 宏之(なかじま ひろゆき、本名・旧登録名:中島 裕之〈… 中島 宏之(なかじま ひろゆき、本名・旧登録名:中島 裕之〈読み同じ〉、1982年7月31日 - )は、兵庫県伊丹市出身のプロ野球選手(内野手)。右投右打。 2001年から2012年にかけて在籍した埼玉西武ライオンズ(2007年までの球団名は「西武ライオンズ」)で主力打者および遊撃手として活躍した。その後はオリックス・バファローズ、読売ジャイアンツ(巨人)、中日ドラゴンズでプレーし、2024年で一度現役を引退したが、2025年に中東での現役復帰が決定した。 愛称は「ナカジ」。妻はファッションモデルの相沢紗世。鳥谷敬に次ぐNPB史上2人目、パ・リーグでは唯一の、遊撃手としてのシーズン100打点達成者。
中島 裕之(なかじま ひろゆき、1982年7月31日 - )… 中島 裕之(なかじま ひろゆき、1982年7月31日 - )は、兵庫県伊丹市出身のプロ野球選手(内野手)。右投右打。オリックス・バファローズ所属。妻はファッションモデルの相沢紗世。
西川 雅人(にしかわ まさと、1982年6月17日 - )は… 西川 雅人(にしかわ まさと、1982年6月17日 - )は、兵庫県姫路市出身の元プロ野球選手(投手)。
南 和彰(みなみ かずあき、1981年8月27日 - )は、… 南 和彰(みなみ かずあき、1981年8月27日 - )は、兵庫県川西市出身の元プロ野球選手(投手)。
福沢 卓宏(ふくざわ たかひろ、1981年8月19日 - )… 福沢 卓宏(ふくざわ たかひろ、1981年8月19日 - )は、兵庫県尼崎市出身の元プロ野球選手(投手)。
森山 周(もりやま まこと、1981年8月11日 - )は、… 森山 周(もりやま まこと、1981年8月11日 - )は、兵庫県川西市出身の元プロ野球選手(外野手、内野手)、コーチ。2017年より、東北楽天ゴールデンイーグルスの一軍外野守備走塁コーチを務める。
南 竜介(みなみ りゅうすけ、1981年7月9日 - )は、… 南 竜介(みなみ りゅうすけ、1981年7月9日 - )は、兵庫県西宮市出身の元プロ野球選手(外野手)。右投右打。愛称は「ナンちゃん」「ナンスケ」「ナーナン」。
中村 公治(なかむら こうじ、1981年5月6日 - )は、… 中村 公治(なかむら こうじ、1981年5月6日 - )は、兵庫県明石市出身の元プロ野球選手(外野手)。
廣瀬 芽(ひろせ めぐ、1981年4月23日 - )は、兵庫… 廣瀬 芽(ひろせ めぐ、1981年4月23日 - )は、兵庫県尼崎市出身の女子ソフトボール選手(内野手)。 夙川学院高等学校を卒業後、太陽誘電に入団。 2008年、北京オリンピック日本代表。同年紫綬褒章受章。 2010年シーズンを最後に現役引退。 2025年、タカギ北九州ウォーターウェーブのコーチに就任。
衣川 篤史(きぬがわ あつし、1981年3月20日 - )は… 衣川 篤史(きぬがわ あつし、1981年3月20日 - )は、兵庫県宝塚市出身の元プロ野球選手(捕手)。
光原 逸裕(みつはら あつひろ、1980年10月11日 - … 光原 逸裕(みつはら あつひろ、1980年10月11日 - )は、兵庫県神戸市出身の元プロ野球選手(投手)。
植 大輔(うえ だいすけ、1980年10月7日 - )は、兵… 植 大輔(うえ だいすけ、1980年10月7日 - )は、兵庫県出身の元プロ野球選手(投手)。
大角 健二(おおすみ けんじ、1980年5月30日 - )は… 大角 健二(おおすみ けんじ、1980年5月30日 - )は、日本の高校野球指導者。 報徳学園高等学校(兵庫県)野球部監督兼国語科教諭。 兵庫県川西市出身。報徳学園高等学校野球部時代、捕手として2年春から4大会連続甲子園(2年春の第69回選抜高野球大会、2年夏の第79回全国高校野球選手権大会、3年春の第70回選抜高野球大会、3年夏の第80回全国高校野球選手権大会・最高成績は2年春のベスト4)に出場。高校卒業後、立命館大学に進学し、立命館大学硬式野球部で高校時代に引続き捕手としてプレー。右肘を故障し4回生まで試合に出場できない日々が続いたが、キャプテンを務めた。 2002年10月、大角が大学4年秋のリーグ戦後、永田裕治と二人三脚で報徳学園の部長を務めた竹村洋一が癌で亡くなる。
大西 宏明(おおにし ひろあき、1980年4月28日 - )… 大西 宏明(おおにし ひろあき、1980年4月28日 - )は、兵庫県尼崎市生まれ、大阪府堺市育ちの元プロ野球選手(外野手、右投右打)、監督。愛称は「ジミー」(ジミー大西から)。 高校時代は攻守の要でエース上重聡や主将平石洋介と共にチームを牽引。1998年の第70回選抜高等学校野球大会では準決勝敗退。第80回全国高等学校野球選手権大会で繰り広げられたPL学園対横浜延長17回においては、春の準決勝でも対戦した横浜高校の松坂大輔から一時は同点打となる左翼前安打を放った。 近畿大学では、2年春に首位打者となり大学通算65試合に出場、238打数65安打、打率.273、19打点を記録し、ベストナインを2回受賞した。
肥田 高志(ひだ たかし、1979年6月27日 - )は、兵… 肥田 高志(ひだ たかし、1979年6月27日 - )は、兵庫県出身の元プロ野球選手(外野手)。
佐藤 友紀(さとう ともき、1979年6月26日 - )は、… 佐藤 友紀(さとう ともき、1979年6月26日 - )は、兵庫県出身の元プロ野球選手(投手)。
藤原 通(ふじわら とおる、1979年6月18日 - )は、… 藤原 通(ふじわら とおる、1979年6月18日 - )は、兵庫県高砂市出身の元プロ野球選手。現役時代は阪神タイガースに所属していた。内野手登録だったが、外野手としても出場した。
能見 篤史(のうみ あつし、1979年5月28日 - )は、… 能見 篤史(のうみ あつし、1979年5月28日 - )は、兵庫県出石郡出石町(現:豊岡市)出身の元プロ野球選手(投手、左投左打)、コーチ、野球解説者、野球評論家。 2005年から2020年まで投手として阪神タイガースへ在籍した後に、2021年から投手コーチ兼任でオリックス・バファローズへ移籍。2022年限りで現役を引退した。 阪神投手時代の2019年にNPBの一軍公式戦における40代の投手としてのシーズン最多登板数記録(2022年シーズン終了時点)、オリックス移籍後の2021年に通算1,500奪三振を歴代最年長(小宮山悟と並ぶ41歳11か月)で達成した。また、阪神・オリックスの両球団で、一軍公式戦におけるセーブとホールドの球団最年長記録を達成。
玉野 宏昌(たまの ひろまさ、1978年6月1日 - )は、… 玉野 宏昌(たまの ひろまさ、1978年6月1日 - )は、兵庫県神戸市出身の元プロ野球選手(内野手、外野手)。
藤本 敦士(ふじもと あつし、 1977年10月4日 - )… 藤本 敦士(ふじもと あつし、 1977年10月4日 - )は、兵庫県明石市出身の元・プロ野球選手(内野手)。野球指導者。
鈴衛 佑規(すずえ ゆうき、1977年9月29日 - )は、… 鈴衛 佑規(すずえ ゆうき、1977年9月29日 - )は、兵庫県伊丹市出身の元プロ野球選手(捕手)。現在は、阪神タイガースのブルペン捕手。 伊丹市立天王寺川中学校で、田中総司(元ダイエー)とバッテリーを組み、全国ベスト4。 伊丹西高では3年夏の県大会で4番・エースとしてベスト16。 1995年のドラフト会議で広島東洋カープから6位指名で入団。 二軍では11年間で400試合以上出場したが、球団は西山秀二の後継としてこの時期のドラフト会議で多くの捕手を獲得していたためにライバルが多く、一軍では1999年に2度代走で出場したのみ。うち1試合では1イニングだがマスクもかぶった。 2005年、ウエスタン・リーグで.359という高打率を挙げたため6年ぶりに出場選手登録され、ネクストバッターズサークルに入ったこともあったが、結局は一軍で一度も打席に立つことはなかった。
的場 寛一(まとば かんいち、1977年6月17日 - )は… 的場 寛一(まとば かんいち、1977年6月17日 - )は、兵庫県尼崎市出身の元プロ野球選手・社会人野球選手(内野手)、野球指導者。右投右打。 大学時代および阪神時代の2000年から2004年までの登録名は「的場 寛壱」。 尼崎市立杭瀬小学校、尼崎市立若草中学校に進学。小中学時代は祖父が設立したチームであるボーイズリーグの兵庫尼崎に在籍。高校進学は愛知県の弥富高等学校(現:愛知黎明高等学校)へ進学。1年からレギュラーとして出場し秋季東海大会8強、3年夏は愛知大会4強入りしたが上坂太一郎らを擁して甲子園出場する享栄高に大差で敗れ、最後は登板している。 高卒後の進路について的場本人は、「羽振りが良さそうだから」との理由で美容師を志望していたが、金城監督に猛反対され、家族の後押しもあり九州共立大学への進学に変更した。
鶴岡 一成(つるおか かずなり、1977年5月30日 - )… 鶴岡 一成(つるおか かずなり、1977年5月30日 - )は、兵庫県高砂市出身の元プロ野球選手(捕手)。
奈良 将史(なら まさし、1977年5月17日 - )は、兵… 奈良 将史(なら まさし、1977年5月17日 - )は、兵庫県神戸市出身の元プロ野球選手(投手)。
小田 幸平(おだ こうへい、1977年3月15日 - )は、… 小田 幸平(おだ こうへい、1977年3月15日 - )は、兵庫県高砂市出身の元プロ野球選手(捕手)、現在は愛媛マンダリンパイレーツ野手コーチ、YouTuber。 兵庫・市川高校では甲子園に出場することはなく、卒業後は社会人野球の三菱重工神戸へ進み、3年連続で都市対抗野球出場、3年目の秋には日本選手権で優勝に貢献して優秀選手を受賞。 1997年のドラフト会議で読売ジャイアンツから4位指名を受けて、入団。 守備は即戦力級であり、ルーキーイヤーの1998年から毎年一軍での出場機会を得る。桑田真澄もルーキーの小田を『キャッチングがうまいね』と評価したという。しかし打撃に難があり、3番手以降の捕手という評価に止まり、一軍で定着出来ないシーズンがしばらく続く。
嘉勢 敏弘(かせ としひろ、1976年10月6日 - )は、… 嘉勢 敏弘(かせ としひろ、1976年10月6日 - )は、兵庫県尼崎市出身の元プロ野球選手(外野手、投手)。
信原 拓人(のぶはら たくと、1976年9月10日 - )は… 信原 拓人(のぶはら たくと、1976年9月10日 - )は、兵庫県相生市出身の元プロ野球選手(内野手)。 小学校時代は地元の硬式野球チーム兵庫相生に所属していた。相生市立那波中学校では学校の野球部に入った。 相生高校で1年から出場し、3年夏は5回戦の三田学園高校戦で1点リードされた9回裏二死から本塁打を放って同点となるも延長13回サヨナラ負け、通算39本塁打。1994年のドラフト会議でロッテに4位で入団。 入団から6年間は1軍の試合に出ることができなかったが、7年目の2001年に初出場。11試合に出場し、5安打、1本塁打、打率.250の成績だった。 2002年は1軍の試合に出場することなく、戦力外通告を受け引退した。
大村 直之(おおむら なおゆき、1976年2月13日 - )… 大村 直之(おおむら なおゆき、1976年2月13日 - )は、兵庫県西宮市出身の元プロ野球選手(外野手)。左投左打。
下山 真二(しもやま しんじ、1975年12月1日 - )は… 下山 真二(しもやま しんじ、1975年12月1日 - )は、元プロ野球選手(外野手)、指導者。兵庫県加東郡社町(現・加東市)出身。
清水 直行(しみず なおゆき、1975年11月24日 - )… 清水 直行(しみず なおゆき、1975年11月24日 - )は、京都府京都市下京区出身(兵庫県西宮市育ち)の元プロ野球選手(投手)・野球解説者。2014年からは、ニュージーランド野球連盟のゼネラルマネジャー(GM)補佐や、野球ニュージーランド代表の統括コーチも務める。
永井 智浩(ながい ともひろ、1975年8月11日 - )は… 永井 智浩(ながい ともひろ、1975年8月11日 - )は、兵庫県明石市出身の元プロ野球選手(投手)。
早川 大輔(はやかわ だいすけ、1975年6月3日 - )は… 早川 大輔(はやかわ だいすけ、1975年6月3日 - )は、兵庫県伊丹市出身の元プロ野球選手(外野手)。右投両打。 兵庫県伊丹市に生まれるも、ほどなく千葉県浦安市に転居。千葉県立船橋高等学校から立教大学へ進学。主に1番を打って、外野以外に遊撃手を守ることもあった。4年時は主将を務めた。東京六大学リーグ通算62試合出場、206打数48安打、打率.233、1本塁打、9打点、44盗塁。なお、船橋高校および立教大学へは一般入試で進学している(早稲田大学第一文学部・教育学部を受験するも失敗。高校受験では早稲田実業にも落ちている)。 卒業後、本田技研工業に入社。狭山野球部に在籍した4年間で都市対抗野球に3度出場し、2000年には新日本製鐵君津、2001年には日本通運の補強選手としてそれぞれチームのベスト4進出に貢献した。
マック鈴木(マックすずき、本名:鈴木 誠(すずき まこと)、… マック鈴木(マックすずき、本名:鈴木 誠(すずき まこと)、1975年5月31日 - )は、1990年代から2000年代にかけて活動した日本出身の元プロ野球選手(投手)、監督。妻はお笑いコンビ・クワバタオハラの小原正子。
山岡 洋之(やまおか ひろゆき、1975年4月23日 - … 山岡 洋之(やまおか ひろゆき、1975年4月23日 - )は、兵庫県伊丹市出身の元プロ野球選手(投手)。 伊丹北高では3年夏の全国高等学校野球選手権兵庫大会で27回連続無失点を記録。その後進学した東北福祉大学では2年先輩に門倉健、1年上には山田貴志らがおり、上級生になって台頭すると仙台六大学リーグで4年春は3勝、秋に4勝してリーグ最優秀選手を受賞するなど通算10勝0敗の成績を残した。4年時は同期の鈴木郁洋とバッテリーを組んで春秋ベストナイン。1997年のドラフト会議で阪神タイガースから5位指名を受け入団。 スライダーとシュートとサークルチェンジを武器に、1年目の1998年は21試合に登板した。
黒田 哲史(くろだ さとし、1975年1月11日 - )は、… 黒田 哲史(くろだ さとし、1975年1月11日 - )は、兵庫県出身の元プロ野球選手(内野手)。現在は埼玉西武ライオンズのコーチを務める。 元妻はタレントで女優の新山千春。娘はモデル、タレントで元子役の新山もあ。 小学4年の時に野球を始め、当時は投手だった。 村野工業高校に入学して間もなく肘を故障し野手に転向する。後に阪神タイガース入りする安達智次郎は高校の同級生である。エース安達を擁し三塁手として甲子園に2回出場。チーム初出場を果たした1991年夏の第73回全国選手権は1回戦で専大北上高に惜敗。1992年春の第64回選抜も1回戦で堀越高に敗れる。3年夏は兵庫県大会5回戦で敗退した。夏の選手権での応援曲は本人リクエストによるプロジェクトAのテーマが使用された。
安達 智次郎(あだち ともじろう、1974年8月21日 - … 安達 智次郎(あだち ともじろう、1974年8月21日 - 2016年1月7日)は、兵庫県神戸市長田区出身の元プロ野球選手(投手)。左投左打。 現役時代は阪神タイガースに在籍。1995年から1996年までは、安達 克哉(あだち かつや)という登録名を用いていた。 幼少期には小児がんを患っていたため、主治医から運動を禁じられていた。小学校3年時に完治したことがきっかけでソフトボール、4年時に軟式野球を始める。元々左利きであったため、野球を始めた当初は一塁手で、中学3年時から投手へ転向。転向当初はチームの投手陣で3番手と扱われていたが、数少ない対外試合での登板で強豪チーム相手に完投勝利を収めたことから、天理などの高校からも勧誘されるようになった。
星山 忠弘(ほしやま ただひろ、1974年6月12日 - )… 星山 忠弘(ほしやま ただひろ、1974年6月12日 - )は、兵庫県宝塚市出身の元プロ野球選手(投手)。