濱井 正吾(はまい しょうご、1990年11月11日 - )… 濱井 正吾(はまい しょうご、1990年11月11日 - )は、日本のYouTuber、教育ジャーナリスト、ラジオパーソナリティ。 兵庫県丹波市出身。丹波市立和田小学校、丹波市立和田中学校を経て兵庫県立篠山産業高等学校(商業科)を卒業後、推薦入試で合格した大阪産業大学経済学部に進学し、3年次に龍谷大学経済学部現代経済学科へ編入学し卒業。 周囲に大卒者がいない環境で生まれ育った。10歳のとき、父が脳出血で働けなくなり低所得世帯になったことで、高校卒業後にすぐ働きに出るつもりで職業科のある高校へ進む。しかし、高校時代にいじめを受けた経験から、社会的に偉くなって見返したいと思い、奨学金を借りて大学に進学。
田中 大貴(たなか だいき、1980年4月28日 - )は、… 田中 大貴(たなか だいき、1980年4月28日 - )は、日本のフリーアナウンサーでスポーツジャーナリスト。フジテレビ元アナウンサーで、2018年4月30日付で退社してからは、Inflight.Co.,Ltd.(スポーツコンサルティング企業)の代表も務め、経営者としての顔も持ち、スポーツビジネス分野におけるイベント、ビジネスコミュニケーションのセミナーにも多く登壇している。2025年、田中が取締役を務める(株)ニューズドテックが上場し、フジテレビアナウンサー出身者として初めて上場の鐘を鳴らした人物となった。 兵庫県小野市出身。兵庫県立小野高等学校(普通科)時代は野球部に所属。2年時から4番に座り、秋季県大会ベスト4、主将も任された3年時は兵庫県大会では春ベスト16、夏(東兵庫大会)ベスト8。
楊井 人文(やない ひとふみ、1980年〈昭和55年〉 - … 楊井 人文(やない ひとふみ、1980年〈昭和55年〉 - )は、日本の弁護士(登録番号:38739、第一東京弁護士会)、ジャーナリスト。元産経新聞記者。かつて存在した一般社団法人日本報道検証機構では代表理事を務めていた。NPO日本公共利益研究所の主任研究員を務めている。 大阪府出身。甲陽学院高等学校(兵庫県西宮市)を経て、2002年(平成14年)3月、慶應義塾大学総合政策学部卒業。4月、株式会社産業経済新聞社入社。産経新聞の支局記者として、さいたま総局(埼玉県さいたま市)に配属。 2003年12月、産業経済新聞社を退職。2007年3月、慶應義塾大学大学院法務研究科修了。同年9月に新司法試験に合格、12月に司法研修所入所(新61期)。
岡田 有花(おかだ ゆか、1978年10月13日 - )は元… 岡田 有花(おかだ ゆか、1978年10月13日 - )は元ITmediaの記者、フリーライター、ジャーナリストである。兵庫県出身、親和中学校・親和女子高等学校、京都大学教育学部卒業。IT戦士を自称。 アメリカでのインターン経験を経て、大学を卒業した2003年7月より旧ZDNet Japan編集部の記者となる。2003年、クリスマス・イヴに掲載した記事が評判を呼び、人気となった(#クリスマスの記事についての項を参照)。 配属当時はIT系のニュース記事を書く身にもかかわらず、USBの意味すら知らなかった。しかし、同年7月には既にIT戦士(ITによる効用を世に広める伝道師)としての自我に目覚めていたという。
五百旗頭 幸男(いおきべ ゆきお、1978年5月29日 - … 五百旗頭 幸男(いおきべ ゆきお、1978年5月29日 - )は、日本のジャーナリスト、テレビディレクター、ドキュメンタリー映画監督。チューリップテレビのアナウンサーを経て石川テレビ放送に移籍、現在は同局のドキュメンタリー制作部兼報道部の副部長を務めている。富山市議会の政務活動費問題を追ったドキュメンタリー番組『はりぼて 腐敗議会と記者たちの攻防』(チューリップテレビ)で第43回放送文化基金賞番組部門の制作賞を受賞した。 兵庫県宝塚市出身。スポーツ実況アナウンサーを志して、同志社大学文学部社会学科卒業後にチューリップテレビ入社。営業、スポーツ担当の報道記者兼キャスターを経て、2016年4月より夕方のニュース番組のメインキャスターとなった。
國森 康弘(くにもり やすひろ、1974年 - )は、日本の… 國森 康弘(くにもり やすひろ、1974年 - )は、日本の写真家、ジャーナリスト。兵庫県神戸市出身。國森写真事務所代表。放送倫理・番組向上機構(BPO)放送人権委員会委員。 兵庫県立長田高等学校、京都大学経済学部、京都大学経済研究科修士号。イギリス・カーディフ大学ジャーナリズム学部修士号。 命の有限性と継承性をテーマに活動する。神戸新聞記者を経て、イラク戦争を機に独立。国外では紛争地や経済困窮地域、国内では戦争体験者や野宿労働者、東日本大震災の被災者たちの取材を重ねた。 近年では看取り、在宅医療、地域包括ケアの撮影にも力を入れる。複数の著作が小中学校の道徳教科書に掲載されている。《著書欄参照》
広内 仁 (ひろうち ひとし、1974年 - ) は 日本の… 広内 仁 (ひろうち ひとし、1974年 - ) は 日本のジャーナリスト。NHK報道局政治部記者。 兵庫県三田市出身。三田学園、 早稲田大学卒業後、1997年4月 NHK入局。初任地は『NHK横浜放送局』で神奈川県警察本部や司法担当記者を経験。東京本部に移り報道局政治部を経て、渡米。『NHK ワシントン支局』に配属。アメリカ合衆国大統領選挙を中心にアメリカ情勢の取材も担当。帰国後は『NHK福岡放送局』でのデスク等を担当、任期満了後は 再び、報道局政治部記者として、与党担当キャップの記者として活動。2024年4月 田中正良キャスターの後任として、『NHKアメリカ総局』の佐藤真莉子記者、星麻琴アナウンサーととも『ニュースウオッチ9』のメインキャスターに就任。
谷生 俊美(たにお としみ、1973年9月26日 - )は、… 谷生 俊美(たにお としみ、1973年9月26日 - )は、日本の映画プロデューサー、ジャーナリスト、ノンフィクション作家。日本テレビ放送網株式会社コンテンツ戦略本部コンテンツビジネス局スタジオセンター所属。京都府生まれ、兵庫県神戸市育ち。トランスジェンダー女性であり、日本テレビ系『news zero』に日本初のトランスジェンダーのニュースコメンテーターとして出演したことで知られる。 1973年、京都府に生まれ、兵庫県神戸市で育つ。兵庫県立兵庫高等学校を経て、東京外国語大学および同大学大学院博士前期課程を修了した。在学中に映画に強い関心を抱き、映画制作に携わる仕事を志すようになったという。 2000年に日本テレビに男性・谷生俊治として入社し、報道局社会部遊軍、外報部、社会部警視庁担当など報道記者として活動する。
長尾 香里(ながお かおり、本名:諸橋 香里、旧姓:長尾、1… 長尾 香里(ながお かおり、本名:諸橋 香里、旧姓:長尾、1971年7月12日 - )は、日本の放送ジャーナリスト。NHKメディア総局報道局国際部記者。前ブリュッセル支局長。 兵庫県生まれの東京都育ち。聖心女子学院を経てロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(ロンドン大学)卒業後、1995年NHKに入局、当初から記者職である。初任地はNHK仙台放送局。その後本部報道局に移り、社会部(警視庁担当)を経て現在の報道局国際部所属となり、ヨーロッパ総局(パリ)駐在も経験。帰国後専任キャスターとなり、2007年10月7日、解説委員・道傳愛子の後を受けて『NHK海外ネットワーク』に2代目キャスターとして出演、広く知られるようになった。
秋山 謙一郎(あきやま けんいちろう、1971年6月11日 … 秋山 謙一郎(あきやま けんいちろう、1971年6月11日 - )は、著作家、経済ジャーナリスト、フリージャーナリスト。兵庫県神戸市生まれ。 金融経済及び労働問題、防衛、司法を主な執筆分野とする。 銀行、証券、先物取引など、金融全般を専門とする。金融商品解説者として金融派生商品(デリバティブ)といったアクティブ金融商品を取り扱った著作多数。 ダイヤモンド社「週刊ダイヤモンド」「ダイヤモンド・オンライン」、朝日新聞出版「AERA」「AERA dot.」、講談社「現代ビジネス」、扶桑社「週刊SPA!」、小学館「週刊ポスト」、ミリオン出版「実話ナックルズ」などに寄稿。 2015年頃から用いられている、性交渉を持たない既婚者同士の恋愛関係を意味する「セカンド・パートナー」という言葉は、「dot.」(現「AERA dot.」)の「友達以上不倫未満? “セカンド・パートナー”という不思議な男女関係とは!?」(2015年7月20日)が初出であることから、この言葉と概念の発祥者といわれている。
鮫島 浩(さめじま ひろし、1971年 - )は、日本のジャ… 鮫島 浩(さめじま ひろし、1971年 - )は、日本のジャーナリスト。元朝日新聞社の新聞記者。同社の特別報道部デスクとして、2013年度の日本新聞協会賞を受賞。2021年に退社し、ウェブメディア「SAMEJIMA TIMES」を立ち上げた。 兵庫県神戸市生まれ。母子家庭で育ち、小学6年生までは尼崎市に住んだ。奨学金を得て香川県立高松高等学校に進学。2年生での同級生に小川淳也がいた。進学先を決める時期にさしかかったとき、小川は校長に「鮫島に東京大学に行ってもらうよう説得してくれ」と頼まれるが、関西圏指向の強かった鮫島は小川の勧めを固辞し、1990年に京都大学法学部に入学した。入学当初はトイレも水道もない家賃1万円の下宿で生活した。
下角 陽子(しもかど ようこ、1969年1月14日 - )は… 下角 陽子(しもかど ようこ、1969年1月14日 - )は、フリーアナウンサー、相撲ジャーナリスト。 兵庫県神戸市出身。1992年3月、学習院大学文学部を卒業後、同年4月、ニッポン放送に入社。入社同期は同局CP局報道スポーツコンテンツセンタースポーツ部アナウンサーの山内宏明、現:フリーアナウンサーの荘口彰久、元アナウンサーの仲佐かおり、根岸紀子。編成局制作部のアナウンサーとして、主に歌番組のアシスタントや番組中継リポーターを担当。1998年、ニッポン放送を退職し、フリーアナウンサーに転向。 「大相撲年鑑」の企画・ライターとして参加し、その縁で2003年、大相撲本場所の場内向けのミニFM局である、どすこいFMの女性初のキャスターを閉局した2017年九月場所迄15年担当。
村山康文(むらやまやすふみ、1968年11月3日 - )は、… 村山康文(むらやまやすふみ、1968年11月3日 - )は、日本のフォトジャーナリスト。男性。京都市在住。
中本 千晶(なかもと ちあき、1967年3月22日 - )は… 中本 千晶(なかもと ちあき、1967年3月22日 - )は、日本の文筆家、演劇ジャーナリスト。 兵庫県加古川市生まれ、山口県周南市出身。山口県立徳山高等学校卒業後に東京大学法学部に進学して卒業。卒業後、新聞記者を希望していたが、1989年に株式会社リクルートに入社。入社時同社はリクルート事件で大揺れの時期であった。営業やwebディレクターなどを経て2000年退社、文筆家となる。2023年、早稲田大学大学院文学研究科にて博士(文学)学位を取得。舞台芸術、とりわけ宝塚歌劇に深い関心を寄せ、独自の視点で分析し続けている。早稲田大学教育学部非常勤講師。
藤尾 潔(ふじお きよし、1966年3月2日 - )は日本の… 藤尾 潔(ふじお きよし、1966年3月2日 - )は日本のジャーナリスト、マンガ原案者、映像作家。また鍵英之(かぎ ひでゆき)名義でも活動している。
鳥集 徹(とりだまり とおる、1966年(昭和41年)2月6… 鳥集 徹(とりだまり とおる、1966年(昭和41年)2月6日-)は、日本のジャーナリスト。医療分野を中心にジャーナリストとして活動している。兵庫県西宮市生まれ。千葉県在住。 同志社大学文学部社会学科新聞学専攻卒業。同志社大学大学院文学研究科修士課程修了(新聞学)。会社員、出版社勤務、フリーライター等を経て、2004年から医療分野を中心にジャーナリストとして活動。2006年〜2008年、月刊誌論座に福島県立大野病院のルポを発表。2007年3月、週刊朝日でタミフル寄附金問題をスクープし、インプラント使い回し問題疑惑もスクープ発表している。第一線で活躍する医師を500人以上取材した経験を生かし「週刊文春」「文藝春秋」「週刊女性セブン」「医薬経済」等に記事を寄稿、連載している。
杉浦 美香(すぎうら みか、1965年9月27日 - )は、… 杉浦 美香(すぎうら みか、1965年9月27日 - )は、日本のジャーナリスト、著作家、元産経新聞記者、自民党・大阪市福島区・此花区府政対策委員長。「日本筋ジストロフィー協会」監事「倫理委員会」委員。兵庫県尼崎市出身、立命館大学法学部法学科卒業。 兵庫県尼崎市生まれ。尼崎市立尼崎北小学校、尼崎市立塚口中学校、兵庫県立尼崎北高等学校を経て、立命館大学法学部法学科を卒業。 1988年(昭和63年)産経新聞に記者として入社。大阪本社で社会部で大阪此花区・西区・中央区・港区・大正区を担当。事件やまちの話題を取材。横山ノック大阪府政・大阪府教育委員会を担当。政治国際室で沖縄の基地問題や海兵隊を取材。 1993年(平成5年)連載企画「病院考」でアップジョン医学記事特別賞受賞。
金原 由佳(きんばら ゆか、1965年 - )は日本の映画ジ… 金原 由佳(きんばら ゆか、1965年 - )は日本の映画ジャーナリスト。 兵庫県神戸市出身。兵庫県立兵庫高等学校、関西学院大学経済学部卒業。 リース会社で4年半、総合職として営業に携わった後、1993年春に上京し、以後、「キネマ旬報」「メンズノンノ」「装苑」などに執筆。
根本 かおる(ねもと かおる、1963年〈昭和38年〉- )… 根本 かおる(ねもと かおる、1963年〈昭和38年〉- )は、日本のジャーナリスト、国際連合職員。東京国際連合広報センター所長。旧姓・曽根(そね)。 小学3年生から4年間、父の仕事の関係でドイツ・ハンブルクで生活する。兵庫県立神戸高等学校、東京大学法学部卒業後、1986年にテレビ朝日へ入社。大学在学中の84年7月から9月まで、文化放送「ミスDJリクエストパレード」でDJを担当した。アナウンス部で3年間勤務後、女性社員で初の報道局政経部記者となる。 1994年に休職し、フルブライト奨学生として米国のコロンビア大学国際公共政策大学院に留学。国際関係論を学び、国際関係論修士号取得。留学中にUNCHRインターンとしてネパールのブータン難民キャンプへ。
宇田 有三(うだ ゆうぞう、1963年 - )は、日本のフォ… 宇田 有三(うだ ゆうぞう、1963年 - )は、日本のフォトジャーナリストである。 兵庫県神戸市出身。 1992年にエルサルバドルで取材を行い、フリーのフォトジャーナリストとしての活動を始める。1993年に教職員の職を辞してアメリカでフォトジャーナリストを学ぶ。1995年、神戸大学大学院国際協力研究科修了。その後、ミャンマー、東南アジア、アメリカなどを対象にフォトジャーナリズムを行っている。ラジオフォーラムにて海外情勢について語るなど報道メディアにも出演している。
影山 あさ子(かげやま あさこ、1963年 - )は、フリー… 影山 あさ子(かげやま あさこ、1963年 - )は、フリーランスジャーナリスト、映画監督。 兵庫県神戸市生まれ。北海道大学農学研究科修士課程修了。北海道アジア・アフリカ・ラテンアメリカ連帯委員会(北海道AALA)事務局勤務を経て、現職。セイブイラクチルドレン札幌共同代表、女性自衛官の人権裁判を支援する会共同代表。 この項目は、映画監督に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:映画/PJ映画)。
乾 正人(いぬい まさと、1962年 - )は、日本のジャー… 乾 正人(いぬい まさと、1962年 - )は、日本のジャーナリスト、コラムニスト。 元産経新聞論説委員長。元東京本社執行役員編集局長。 1962年、兵庫県神戸市生まれ。甲陽学院高等学校卒業、筑波大学比較文化学類卒業、1986年4月、産経新聞社入社。新潟支局、整理部、政治部などを経て政治部長。2011年4月付けにて、編集長。論説委員兼務を経て2015年6月付にて編集局長、2018年6月から2022年6月まで論説委員長。 人間には「経験を重ね、大人になってから成長する」タイプと「ぬくぬく育った小学生くらいがピーク」のタイプの2者に分かれるとし、自身を「後者の部類」に分類。小学6年生のとき、作家内田百閒の紀行文シリーズの1作目「特別阿房列車」を読んだが、それ以降「魂を揺さぶられるような作品に出会っていない」といい、大江健三郎や村上春樹の作品も読破したものの、「百閒先生に比べれば、『まあまあ、うまいんだけどねえ』というレベルにしか感じなかった」という。
佐々木 俊尚(ささき としなお、1961年12月5日 - )… 佐々木 俊尚(ささき としなお、1961年12月5日 - )は、日本のジャーナリスト・評論家。妻はイラストレーターの松尾たいこ。 兵庫県西脇市出身。1980年、愛知県立岡崎高等学校卒業。早稲田大学政治経済学部政治学科中退後、1988年に毎日新聞社に入社。警視庁捜査一課、遊軍などを担当し、殺人事件や海外テロ、コンピュータ犯罪などを取材する。 1999年10月、アスキーに移籍し『月刊アスキー』編集部などを経て2003年2月に退社して以後はフリーランス。 杉並区住基ネット調査会議委員、情報ネットワーク法学会会員、朝日新聞社総合研究本部客員研究員、オーマイニュース編集委員、経済産業省情報大航海プロジェクト制度検討タスクフォース委員、成城大学文芸学部非常勤講師、早稲田大学政経大学院非常勤講師、東京大学大学院情報学環電通寄付講座「コミュニケーションダイナミクス」特任研究員、「TABI LABO」編集長。
宮嶋 茂樹(みやじま しげき、1961年〈昭和36年〉5月3… 宮嶋 茂樹(みやじま しげき、1961年〈昭和36年〉5月30日 - )は、日本の報道カメラマン、ジャーナリスト。 兵庫県明石市出身。白陵中学校・高等学校卒業後、1980年4月、日本大学藝術学部写真学科に入学。1984年3月、同大卒業後、同年4月、講談社に入社。『フライデー』専属のカメラマンとして取材を経験。 1986年2月、フィリピンのエドゥサ革命をどうしても取材したくなり、派遣メンバーが決定済みの状態で編集部に懇願したが叶わず、新婚旅行の前倒しで休暇を申請して渡航。しかし、滞在中に事態が進まず思うような写真が撮影出来ず、帰国した1ヶ月後に政変事態が進行し、再度渡航を懇願したが拒否され、本来の芸能スクープ写真撮影を命じられた。
加藤 健二郎(かとう けんじろう、1961年1月 - )は、… 加藤 健二郎(かとう けんじろう、1961年1月 - )は、日本の軍事ジャーナリスト、バグパイプ奏者。 兵庫県尼崎市で生まれ、5歳の時に東京都小金井市へ引っ越す。その後、神奈川県横浜市に移る。東京学芸大学附属幼稚園、小金井市立小金井第四小学校、小金井市立東小学校、小金井市立東中学校、横浜市立神奈川中学校を経て、1979年に神奈川県立港北高等学校を卒業。東京理科大学理工学部機械工学科に進学するも中退。1985年に早稲田大学理工学部土木工学科を卒業。東亜建設工業に3年間勤務した後、1988年から海外に飛び出す。フランス外人部隊を志願するが近眼で不採用とされ、戦場ジャーナリストの道を選ぶ。 軍事問題を理科系的な視点から捉える一方、兵士の休暇の過ごし方など、戦争のヒューマンファクターにも注目する視点を持つユニークな軍事ジャーナリストである。
勝谷 誠彦(かつや まさひこ、1960年12月6日 - )は… 勝谷 誠彦(かつや まさひこ、1960年12月6日 - )は、日本のコラムニスト、ライター、タレント写真家、元ジャーナリスト。よしもとクリエイティブ・エージェンシー所属(マネジメント契約)。日本写真家協会会員、株式会社世論社取締役、弟は大阪大学大学院医学系研究科臨床遺伝子治療学特任准教授で内科医の勝谷友宏。
内田 洋子(うちだ ようこ、1959年 - )は、イタリア在… 内田 洋子(うちだ ようこ、1959年 - )は、イタリア在住の日本人ジャーナリスト。 神戸市生まれ。東京外国語大学イタリア語学科卒業後、単身イタリアに渡る。その後ミラノで通信社UNO Associates Inc. を立ち上げて代表に就任、日本のマスコミ向けにヨーロッパのニュースや写真の提供業務に携わる。 2011年、『ジーノの家 イタリア10景』で日本エッセイスト・クラブ賞及び講談社エッセイ賞受賞。2019年ウンベルト・アニェッリ記念賞を受賞。また2020年にはイタリアの三大文学賞の一つとなる第68回露天商賞(Premio Bancarella)内で、イタリアの書店員連盟より金の籠賞(GERLA D'ORO)を受賞。
徳山 喜雄(とくやま よしお、1958年12月 - )は、日… 徳山 喜雄(とくやま よしお、1958年12月 - )は、日本の写真家、ジャーナリスト、大学教授。 兵庫県尼崎市生まれ。関西大学第一高等学校、関西大学法学部卒業。朝日新聞に入り、写真部次長、『AERA』フォトディレクター、朝日新聞社記事審査室幹事。ベルリンの壁崩壊など一連の東欧革命やロシア・旧ソ連諸国の解体、中国、北朝鮮など旧共産圏を数多く取材。1996年『苦悩するロシア』でRM文学賞、1998年日本新聞協会賞受賞。2016年朝日新聞退社。現在、立正大学文学部教授(ジャーナリズム論、写真論)。
安本 寿久(やすもと としひさ、1958年 - )は、日本の… 安本 寿久(やすもと としひさ、1958年 - )は、日本のジャーナリスト、コメンテーター。産経新聞特別記者兼編集委員(元編集長)。2012年から長期連載の「神話」企画を統括している(取材班キャップ)。 兵庫県生まれ。兵庫県立豊岡高等学校卒業。1981年、関西大学法学部卒業後、産経新聞社入社。社会部次長、SANKEI EXPRESS(サンケイエクスプレス)編集長、編集局次長兼総合編集部長などを経て、2008年に産経新聞編集長。 ラジオ大阪の情報・報道番組「News Tonight いいおとな」に、火曜日の「アンカーマン」(コメンテーター)として出演している。 自身について「記者歴30年超。企画担当が長く、歴史物を好んで書く」としており、編集長を退任し、一人の記者に戻った現在、古事記編纂1300年にあたる2012年から産経新聞に「神話」企画を長期連載。
杉尾 秀哉(すぎお ひでや、1957年9月30日 - )は、… 杉尾 秀哉(すぎお ひでや、1957年9月30日 - )は、日本の政治家、ジャーナリスト。立憲民主党所属の参議院議員(2期)。元TBS報道局記者。 福岡県北九州市で生まれ、船乗りだった父の転職で兵庫県明石市に移り住んだ。小学生の頃は病弱だったうえ、吃音があったが少しずつ克服したという。 1973年に神戸大学附属明石中学校を卒業し、兵庫県立加古川東高等学校に入学。高校時代は放送部に所属。コンテスト応募のため『少年院を出て奉仕活動に取り組む少年』のラジオドキュメンタリーを制作したことが、放送局の報道局員に関心を持つきっかけをつくった。1977年、東京大学に入学。東京大学ではアメリカンフットボール部「東大ウォーリアーズ」で主将を務めた。
大野 博人(おおの ひろひと、1955年 - )は、日本のジ… 大野 博人(おおの ひろひと、1955年 - )は、日本のジャーナリスト。朝日新聞社ヨーロッパ総局長、論説委員、役員待遇論説主幹、NHK中央放送番組審議会委員等を歴任した。社会学修士。 兵庫県神戸市出身。1973年岐阜県立岐阜高等学校卒業、1977年一橋大学法学部卒業。1981年一橋大学大学院社会学研究科修士課程修了、社会学修士。指導教官は鈴木秀勇で、修士論文は「パスカルにおける自然学の方法―真空論争をめぐって」。 1981年朝日新聞社入社、佐賀支局員。1984年久留米支局員。1991年ジャカルタ支局長。1996年パリ支局員。1999年外報部次長。2000年パリ支局長。朝日新聞東京本社論説委員を経て、2004年東京本社外報部長。
野中 章弘 (のなか あきひろ、1953年8月8日 - ) … 野中 章弘 (のなか あきひろ、1953年8月8日 - ) は、日本のジャーナリスト、プロデューサー。アジアプレス・インターナショナル代表。早稲田大学名誉教授。 兵庫県姫路市出身。関西学院大学経済学部卒業。1978年よりフリーのフォトジャーナリストとして活動を始める。1987年、フリーランスのジャーナリストのネットワークであるアジアプレス・インターナショナルを創設。1990年代からはビデオによるドキュメンタリー制作に取り組み、新聞、雑誌からテレビ、ネットまで、さまざまな媒体で仕事を行っている。現在までにインドシナ難民、アフガニスタン内戦、エチオピアの飢餓、台湾人元日本兵、カンボジア紛争、ビルマの少数民族問題、タイのエイズ問題、チベット、東ティモール独立闘争、朝鮮半島問題、アフガニスタン空爆、イラク戦争、日系アメリカ人問題などを取材。
堂元 光(どうもと ひかる、1951年2月4日 - )は日本… 堂元 光(どうもと ひかる、1951年2月4日 - )は日本のジャーナリスト。NHK政治部記者、政治部長、報道局長、NHK大阪放送局長等を経て、2014年から2020年までNHK副会長・秘書業務統括。兵庫県出身。
高井 潔司(たかい きよし、1948年9月22日 - )は、… 高井 潔司(たかい きよし、1948年9月22日 - )は、日本の国際ジャーナリスト、中国研究者、北海道大学名誉教授、桜美林大学教授。中国メディアの研究を中心に日中関係、現代中国政治などが専門。 兵庫県神戸市生まれ。1972年東京外国語大学中国語学科卒業。読売新聞社入社、福島支局、千葉支局、社会部、1980年外報部、1982-1984年テヘラン支局、1986年北京支局、1987-1990年北京特派員、上海特派員、北京支局長、外報部次長、論説委員。天安門事件、鄧小平死去などを現地で取材。1999年北海道大学言語文化部教授。2000年同国際広報メディア観光学院教授。学院長をへて2012年定年退任、名誉教授。
河 信基(ハ・シンギ、하신기、1946年 - )は、作家、ジ… 河 信基(ハ・シンギ、하신기、1946年 - )は、作家、ジャーナリスト、評論家。兵庫県姫路市生まれ。 1971年、中央大学法学部卒業。朝鮮総連系新聞の朝鮮新報社記者、朝鮮大学校講座長(学科主任教授)を経て作家活動に入る。朴正煕を「開発独裁」と評価し、鄧小平の改革開放政策のモデルとなったと俯瞰し、北朝鮮経済再建の方向性を与えていると主張する。特にウクライナ戦争による地政学的な変化の中、金正恩の北朝鮮はロシア、中国との旧同盟関係復活で安保状況を安定させ、経済再建の環境を整え、戦後日本経済復興の契機となった旧朝鮮戦争特需のようなウクライナ戦争特需で高度経済成長軌道に乗るだろうと分析している。また、アジアからの米軍撤退が不可避の新情勢の下、過度の米軍依存の安保政策は中国、ロシアとの対立を激化させ、「日本有事」を招きかねないと警鐘を鳴らしている。
中平 邦彦(なかひら くにひこ、1938年 - )は、日本の… 中平 邦彦(なかひら くにひこ、1938年 - )は、日本の将棋観戦記者、ジャーナリスト、ノンフィクション作家。筆名=原田 史郎。武庫川女子大学講師。現代風俗研究会、日本文芸家協会会員。 兵庫県芦屋市生まれ。同志社大学卒業。神戸新聞社に入社、論説委員長、1988年、論説副委員長。 将棋の観戦記者としても知られ、東京新聞などの王位戦(神戸新聞社は1973年から主催に加わる)で執筆も行う。1987年「パルモア病院日記-三宅廉と二万人の赤ん坊たち」で第11回井植文化賞(報道出版部門)。2017年、第24回大山康晴賞を受賞。
児玉 隆也(こだま たかや、1937年5月7日 - 1975… 児玉 隆也(こだま たかや、1937年5月7日 - 1975年5月22日)は、日本のジャーナリスト。田中角栄の金脈問題追及で知られる。 兵庫県芦屋市生まれ。終戦の1か月前、8歳のときに画家だった父を栄養失調で亡くす。以来、母が物売りや雑役婦をして家計を支えた。兵庫県立芦屋高等学校を卒業する年の2月、55歳で定年退職した母に、仕送りは要らないから、4年間、東京で勉強させてくれと頼み、早稲田大学第二政経学部に入学。働きながら大学に通う。21歳のときに岩波書店の月刊総合誌『世界』の懸賞原稿に入選する。 卒業する1年前から光文社の女性週刊誌『女性自身』の編集部でアルバイトをはじめ、卒業後に光文社に入社。
高榎 堯(たかぎ たかし、1930年1月24日 - )は、日… 高榎 堯(たかぎ たかし、1930年1月24日 - )は、日本の科学ジャーナリスト。 兵庫県神戸市出身。旧制・兵庫県立第三神戸中学校(現・兵庫県立長田高等学校)、旧制・姫路高等学校(現・神戸大学)を経て、1953年に京都大学工学部電気工学科を卒業。毎日新聞社に電気通信技術者として入社し、論説委員兼編集委員を務めたのち退社。
兼高 かおる(かねたか かおる、本名:兼高ローズ(かねたかロ… 兼高 かおる(かねたか かおる、本名:兼高ローズ(かねたかローズ)、1928年2月29日 - 2019年1月5日)は、日本の女性ジャーナリスト(ツーリストライター)である。 日本旅行作家協会名誉会長。「山の手言葉」を多く用いていたことで知られている。 兵庫県神戸市生まれ。1946年香蘭女学校卒業後、1954年ロサンゼルス市立大学に留学。その後ジャーナリストとしてジャパンタイムスなどで活躍する。海外取材が多く、150カ国以上に渡航したことで知られる。 兵庫県神戸市に生まれ、資産家だった母親の家族(または親戚)のつてで母親と兄とともに東京都へ移住した。香蘭女学校を卒業後、進路も模索した結果として渡米し、ロサンゼルス市立大学に留学した。
大森 実(おおもり みのる、1922年1月13日 - 201… 大森 実(おおもり みのる、1922年1月13日 - 2010年3月25日〈日本時間3月26日〉)は、日本のジャーナリスト。兵庫県神戸市出身。 作家の柴田錬三郎は従兄弟。
大谷 四郎(おおたに しろう、1918年4月23日 - 19… 大谷 四郎(おおたに しろう、1918年4月23日 - 1990年11月9日)は、兵庫県神戸市出身のサッカー選手、サッカー指導者、サッカージャーナリスト。東洋紡元社長の大谷一二は実兄。また、俳優の大谷亮介は長男、高畑裕太は孫である。 1918年4月23日神戸市御影生まれ。内海紡績常務取締役を務めた大谷恭助の四男として生まれる。御影師範学校附属小学校時代からサッカーに親しみ、兵庫県立第一神戸中学校(現:兵庫県立神戸高等学校)でサッカー部に入部。1934年の全国招待大会、1935年の全国中等学校選手権(現・全国高等学校サッカー選手権大会)に優勝し、2年連続全国大会制覇を達成した。第一高等学校(文科乙類)在学時代にも得点力のあるFWとして活躍。
花森 安治(はなもり やすじ、1911年10月25日 - 1… 花森 安治(はなもり やすじ、1911年10月25日 - 1978年1月14日)は、日本の編集者・グラフィックデザイナー・ジャーナリスト・コピーライター。生活雑誌『暮しの手帖』の創刊者。 1911年、兵庫県神戸市に6人兄弟の長男として生まれる。父親の花森恒三郎は裕福な薬種商であったが、競馬や株などで財を無くし、安治が8歳のときには火事で家が全焼したため長屋暮らしとなった。安治は幼い頃より画才に優れ、神戸市立雲中小学校の同級には田宮虎彦がいた。旧制兵庫県立第三神戸中学校では活動写真部と弁論部に入り、1年浪人して旧制松江高等学校に進む。旧制高校時代、田所太郎らと校友会雑誌(第20号:1932年12月が花森の責任編集号)の編集に参加したことが編集者としての出発点になったと語る。
やまだ りよこ(やまだ りよこ、本名:太田リヨ子、1月2日 … やまだ りよこ(やまだ りよこ、本名:太田リヨ子、1月2日 - )は、近畿圏を中心に活動する演芸ジャーナリスト、演芸評論家。日本笑い学会理事。血液型はO型。 兵庫県神戸市出身。関西学院大学社会学部卒業。元大阪府立上方演芸資料館(ワッハ上方)主任学芸員。雑誌『上方芸能』、日本経済新聞、朝日新聞、夕刊フジなどに演芸記事を多数執筆。2003年より見聞きした落語会の情報をメルマガ形式で伝える「週刊落maga」を発行、2014年からブログ形式の上方寄席カレンダー「ねたのたね2」を前任者から引き継いで発行している。平成27・29年度NHK新人落語大賞審査員を務める。 チケットを購入して年間300回以上の落語会に足を運ぶ。
安積 明子(あづみ あきこ)は、日本の政治ジャーナリスト。兵… 安積 明子(あづみ あきこ)は、日本の政治ジャーナリスト。兵庫県出身。 兵庫県立姫路西高等学校、慶應義塾大学経済学部経済学科卒業。国会議員政策担当秘書資格試験に合格後、参議院議員の政策担当秘書として勤務。 その後、執筆活動に入り、フリーランスの政治ジャーナリストとして週刊誌や月刊誌など多数の媒体に寄稿している。 2020年3月14日に開かれた安倍晋三首相の会見で、内閣記者クラブに加盟していないフリーランスの記者として初めて質問した。 趣味は宝塚歌劇団やミュージカル鑑賞の他、美術館巡りなど。
成田 知栄子(なりた ちえこ)は、日本のジャーナリスト。 兵… 成田 知栄子(なりた ちえこ)は、日本のジャーナリスト。 兵庫県神戸市出身。東京理科大学理学部化学科卒業。エフエム石川のアナウンサー、千葉テレビリポーター、テレビ朝日情報局リポーターを歴任。司会業などを経てオーストラリアに留学、アデレードのラジオ局でディレクターを勤める。帰国後、健康医学雑誌の取材記者を経てライターとなる。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、アナウンサーに関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:アナウンサー)。
土居 光華(どい こうか、弘化4年6月24日(1847年8月… 土居 光華(どい こうか、弘化4年6月24日(1847年8月4日) - 大正7年(1918年)12月11日は、日本のジャーナリスト、作家、翻訳家、出版人、政治家。衆議院議員。 淡路国三原郡(後の広田村、現兵庫県南あわじ市広田)に土居一郎太夫(岳亭)の次男として生まれる。言論界で活躍。ヘンリー・バックル『英国文明史』、『自由之理』などの翻訳をおこなう。 明治27年(1894年)3月、第3回衆議院議員総選挙で三重県第四区から出馬し、衆議院議員に当選。同年9月、第4回総選挙で再選。 この項目は、日本の政治家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:政治学/PJ政治)。