難波 実夢(なんば みゆ、2002年5月31日 - )は、日… 難波 実夢(なんば みゆ、2002年5月31日 - )は、日本の女子競泳選手。奈良県奈良市出身。2020年東京オリンピック競泳日本代表。 奈良市立都南中学校、天理高等学校、近畿大学経営学部卒業。 400m自由形・800m自由形・1500m自由形で日本高校記録を保持している。 2021年4月4日、第97回日本選手権水泳競技大会の400m自由形で派遣標準記録を突破し、2位に入ったため2020年東京オリンピック日本代表に内定した。 2020年東京オリンピックでは女子400m自由形で予選落ち、女子800m自由形予選では8分32秒04のタイムで全体の17位となり決勝には進出できなかった。 2022年世界短水路選手権の800m自由形で、柴田亜衣の持つ日本記録8分13秒34を15年ぶりに更新する8分12秒98の日本新記録を樹立し、銅メダルを獲得した。
小堀 倭加(こぼり わか、2000年8月10日 - )は、日… 小堀 倭加(こぼり わか、2000年8月10日 - )は、日本の女子競泳選手。奈良県橿原市生まれ。神奈川県育ち。2020年東京オリンピック競泳日本代表。 相模原市立旭中学校、湘南工科大学附属高等学校、日本大学スポーツ科学部卒業。あいおいニッセイ同和損害保険所属。 2018年パンパシフィック水泳選手権で日本代表に初選出。2018年アジア競技大会の800m自由形と1500m自由形で銅メダル2つ獲得した。 2021年4月4日、第97回日本選手権水泳競技大会の400m自由形で派遣標準記録を突破し、優勝したため2020年東京オリンピック日本代表に内定した。 2020年東京オリンピックでは女子400m自由形で予選落ち、女子800m自由形予選では8分28秒90のタイムで全体の16位となり決勝には進出できなかった。
砂間 敬太(すなま けいた、1995年5月8日 - )は、日… 砂間 敬太(すなま けいた、1995年5月8日 - )は、日本の男子競泳選手。奈良県大和郡山市出身。2020年東京オリンピック競泳日本代表。 大和郡山市立郡山中学校、天理高等学校、中央大学法学部出身 2018年日本選手権の200m背泳ぎで2位に入り、初の日本代表に選出された。2018年アジア競技大会では200m背泳ぎで3位入賞を果たした。 2019年日本選手権の200m背泳ぎで2位に入り、世界選手権日本代表に選出された。2019年世界水泳選手権では200m背泳ぎに出場し、予選落ちに終わった。 2021年日本選手権兼東京オリンピック選考会では200m背泳ぎでオリンピック日本代表に選出された。 2020年東京オリンピックでは200m背泳ぎに出場したが、準決勝で敗退した。
山本 貴司(やまもと たかし、1978年7月23日 - )は… 山本 貴司(やまもと たかし、1978年7月23日 - )は、日本の男子競泳選手。1996年アトランタオリンピック・2000年シドニーオリンピック・2004年アテネオリンピックの3大会連続出場。2004年アテネオリンピック200mバタフライ銀メダリスト、400mメドレーリレー銅メダリスト。100m、200mバタフライの元日本記録保持者。 大阪市住之江区に生まれ、3歳から水泳を始める。高校3年時にアトランタオリンピックに出場し、オリンピックデビュー。その後近畿大学附属高校から近畿大学商経学部を2001年3月卒業。2001年4月からは近畿大学の職員に、2004年10月から水上競技部コーチを、2013年11月からは同部監督を務めている。
川西 繁子(かわにし しげこ、1948年〈昭和23年〉12月… 川西 繁子(かわにし しげこ、1948年〈昭和23年〉12月5日 - )は日本の競泳選手。種目は自由形。奈良県奈良市出身。奈良県立五條高等学校から日本女子体育大学に進学、オリンピックに2度出場している。 1968年のメキシコシティオリンピックの100m自由形で18位、小林美和子・西側よしみ・藤井康子との400mリレーで6位となった。1972年のミュンヘンオリンピックの100m自由形で28位、合志えい子・竹本ゆかり・西側よしみとの400mリレーで10位となった。 日本選手権水泳競技大会の100m自由形で1967年から1972年まで6年連続優勝、200m自由形で1969年から1972年まで4年連続優勝している。
和田 映子(わだ えいこ、1939年4月25日 - )は、日… 和田 映子(わだ えいこ、1939年4月25日 - )は、日本の元競泳選手。愛媛県出身。1956年メルボルンオリンピック・1960年ローマオリンピック日本代表。自由形の元日本記録保持者。 南宇和郡御荘中学校、奈良県立五條高等学校、天理大学卒。 1956年のオリンピック選考会で100m自由形で4位に入り、400mフリーリレー要員としてメルボルンオリンピック日本代表に選出された。メルボルンオリンピックでは400m自由形と400mフリーリレーに出場し、ともに予選落ちだった。 1958年アジア競技大会では400m自由形で3位に入った。 1960年ローマオリンピック日本代表にも2大会連続で選出され、400m自由形と400mフリーリレーに出場した。
島田 節子(しまだ せつこ、1938年8月14日 - )は、… 島田 節子(しまだ せつこ、1938年8月14日 - )は、日本の元競泳選手。奈良県宇智郡南宇智村出身。1956年メルボルンオリンピック日本代表。 宇智郡野原中学校、奈良県立五條高等学校卒、東洋レーヨン所属。 1956年の日本選手権兼メルボルンオリンピック選考会で50m自由形で2位に入り、メルボルンオリンピック日本代表に選出された。メルボルンオリンピックでは100m自由形に出場し、予選落ちだった。 1958年アジア競技大会では400mフリーリレーで優勝した。
佐藤 喜子(さとう よしこ、現在の氏名:大崎 喜子(おおさき… 佐藤 喜子(さとう よしこ、現在の氏名:大崎 喜子(おおさき よしこ)、1938年3月30日 - )は、日本の元競泳選手(種目は自由形)。アジア競技大会では1958年と1962年に合計7つの金メダルを獲得した。1956年メルボルンオリンピックおよび1960年ローマオリンピックでは短距離で合計5種目に出場し、最上位の成績は4×100mメドレーリレーの第7位であった。 奈良県五條市出身。中学校では当初陸上競技部に所属していたが、3年生の時に県大会にリレー選手として出場し、以後競泳選手となる。 奈良県立五條高等学校から天理大学に進む。 国内では日本選手権水泳競技大会の100mで1958年から1961年まで4年連続、200mで1955年から1961年まで7年連続で優勝した。
宮部 シズエ(宮部 シズヱとも、みやべ しずえ、1937年8… 宮部 シズエ(宮部 シズヱとも、みやべ しずえ、1937年8月3日 - )は、日本の元競泳選手。奈良県出身。ヘルシンキオリンピック・ローマオリンピック日本代表。50m自由形・100mバタフライ・200mバタフライ元日本記録保持者。現姓は辻内。 奈良県宇智郡野原町(現五條市)出身。 野原町立野原中学校在籍時の1952年6月に行われた日本選手権兼ヘルシンキオリンピック最終選考会において50m自由形2位・100m自由形4位に入り、ヘルシンキオリンピック日本代表に選出された。7月から8月にかけてヘルシンキオリンピックが開催されたが、100m自由形予選落ちに終わった。 高校は五條高等学校に進学。1953年、日本選手権の50m自由形で初の日本一になる。
坂本 和子(さかもと かずこ、1935年(昭和10年)9月4… 坂本 和子(さかもと かずこ、1935年(昭和10年)9月4日 - 没年不明)は、昭和時代の競泳選手。 奈良県宇智郡阪合部村(現五條市)出身。 奈良県立五條高等学校在学中、1952年ヘルシンキオリンピックで競泳日本代表として女子200m平泳ぎに出場し7位に入賞した。 1954年アジア競技大会では女子200m平泳ぎに出場し準優勝した。
坂口 文子(さかぐち ふみこ、1934年(昭和9年)4月27… 坂口 文子(さかぐち ふみこ、1934年(昭和9年)4月27日 - )は、日本の元競泳選手。現姓は西。 奈良県宇智郡南宇智村(現五條市)出身。奈良県立五條高等学校在学中、1952年ヘルシンキオリンピックで競泳日本代表として女子100m自由形に出場したが予選落ちに終わった。女子4×100mフリーリレーでは6位に入賞した。 現役引退後は、奈良県水泳連盟副会長を務めた。ほか、翠香という雅号でかな書を能くした。
山下 貞子(やました さだこ、1932年(昭和7年)11月5… 山下 貞子(やました さだこ、1932年(昭和7年)11月5日 - 没年不明)は、昭和時代の競泳選手。新姓は沢。 奈良県宇智郡野原町(現五條市)出身。奈良県立五條高等学校を卒業後、東洋レーヨンに入社。 1952年ヘルシンキオリンピックに競泳日本代表として女子100m自由形と400m自由形に出場したがいずれも予選落ちに終わった。女子4×100m自由形リレーでは6位に入賞した。
持田 早智 は、奈良県出身の元女子競泳選手。種目は自由形・バ… 持田 早智 は、奈良県出身の元女子競泳選手。種目は自由形・バタフライ。日本大学法学部出身。身長165cm。