日和 聡子(ひわ さとこ、1974年9月27日 - )は、日… 日和 聡子(ひわ さとこ、1974年9月27日 - )は、日本の詩人・小説家。 島根県邑智郡邑智町(現・美郷町)に生まれる。島根県立大田高等学校、立教大学文学部日本文学科卒業。卒論は梅崎春生論。2002年、詩集『びるま』で第7回中原中也賞を受賞。同作はもともと私家版だったが、受賞をきっかけに青土社から再刊された。その後小説も書くようになる。2006年、「尋牛図」が第32回川端康成文学賞で候補作に選ばれる。2008年、『おのごろじま』が第21回三島由紀夫賞で候補作に選ばれる。2012年、『螺法四千年記』で第34回野間文芸新人賞を受賞。2016年、詩集『砂文』で第24回萩原朔太郎賞を受賞。
平田 俊子(ひらた としこ、1955年6月30日 - )は、… 平田 俊子(ひらた としこ、1955年6月30日 - )は、日本の詩人、小説家、劇作家。ブラックユーモアを多用した乾いた作風。 島根県隠岐島生まれ。父親が海上保安官であったことから、鳥取県境港市、福岡県北九州市、山口県徳山市などを転々とした。山口県立徳山高等学校、立命館大学文学部日本文学科卒業。大阪文学学校に学ぶ。1982年、「鼻茸」で第1回現代詩新人賞受賞。1998年、『ターミナル』で第39回晩翠賞受賞。1999年、「詩のボクシング 第3回世界ライト級王座決定戦」で白石かずこを破り第3代チャンピオン。2000年、舞台芸術創作奨励賞(現代演劇部門)。2001年、「甘い傷」で第45回岸田國士戯曲賞候補。
入沢 康夫(入澤 康夫、いりさわ やすお、1931年11月3… 入沢 康夫(入澤 康夫、いりさわ やすお、1931年11月3日 - 2018年10月15日)は、日本の詩人・フランス文学者。日本芸術院会員。 第1詩集『倖せ それとも不倖せ』(1955年)以降、知的で技巧を凝らした独特の作品世界を築き、新境地を拓く。作品に『季節についての試論』(1966年)、『わが出雲・わが鎮魂』(1968年)、『遐い宴楽』(2006年)など多数。 島根県松江市出身。東京都立西高等学校、東京大学文学部仏文科卒業。1955年、在学中に詩集「倖せそれとも不倖せ」を出版。 詩集・詩論集を多く発表し、実作のみならず理論面でも多大な影響を与える。宮沢賢治、ネルヴァル等の研究でも名高い。フランス詩の翻訳も行っている。
葉 紀甫(すゑ のりほ、1930年(昭和5年)4月1日 - … 葉 紀甫(すゑ のりほ、1930年(昭和5年)4月1日 - 1993年(平成5年)2月12日)は詩人。元歴程同人。本名は早川 彰美(はやかわ あきよし)。 京城で生まれ、島根県出雲市で63歳で病没した。死因は心臓発作。同年に上梓された『葉紀甫漢詩詞集(一)(二)』に対して、第31回の藤村記念歴程賞が岡本太郎とともに授与された。1993年(平成5年)11月2日の朝日新聞に、入沢康夫による追悼文<「不帰順」の詩人・葉紀甫>が、掲載された。 葉の作品詩集はまれで、1967年(昭和42年)秋に刊行した口語自由詩の『わが砦』と、最晩年の私家版『葉紀甫漢詩詞集(一)』の2冊があるのみで、『わが砦』も彼の友人たちがまとめたものである。
田村 のり子(たむら のりこ、1929年5月27日 -202… 田村 のり子(たむら のりこ、1929年5月27日 -2023年9月12日)は、日本の詩人。島根県松江市生まれ。本名・田村徳子。松江高等女学校(現島根県立松江北高等学校)卒。1967年より季刊詩誌『山陰詩人』編集発行人。日本現代詩人会会員(平成28年度先達詩人顕彰)・中四国詩人会会員・島根県詩人連合所属。1972年、評論『出雲・石見地方詩史五十年』で第6回日本詩人クラブ賞を受賞。
中尾 彰(なかお しょう、1904年〈明治37年〉5月21日… 中尾 彰(なかお しょう、1904年〈明治37年〉5月21日 - 1994年〈平成6年〉10月6日)は、昭和初期~平成初期にかけて活躍した日本の洋画家、童画・絵本作家、詩人。島根県鹿足郡津和野町出身。 津和野で生まれ、教員をしていた父親の仕事の関係で物心つく前に津和野から離れ、幼年期を中国山脈の山間の草深い村で過ごす。高等小学校進学を機に津和野へ戻り、卒業目前に満州へと渡る。独学で絵を学び、満鉄育成学校を卒業後は島根県下で教員生活を送る傍ら、時折上京して画学生をする生活を送り、1931年(昭和6年)の第1回独立美術協会展に入選。以来、独立美術協会を中心に油彩画を発表し、1949年(昭和24年)には同協会会員に、また、1992年(平成4年)には同協会会員功労賞を受賞する。
松本 淳三(まつもと じゅんぞう、1895年(明治28年)1… 松本 淳三(まつもと じゅんぞう、1895年(明治28年)1月1日 - 1950年(昭和25年)10月9日)は、日本のプロレタリア詩人、無政府主義者、政治家。衆議院議員。本名・淳造。 島根県美濃郡高城村神田(現益田市)で、山口唯美、松本カノ夫妻の長男として生まれ、祖父養軒に養育された。1914年、島根県立浜田中学校を卒業し、慶應義塾大学部理財科に進んだが1916年に中退し、その後、西日本各地や東京などを放浪した。 1918年、久原鉱業佐賀関製錬所に作業員として就職。1920年、堺利彦の推薦で雑誌『中外』の記者となり、日本社会主義同盟に加盟。1921年、自由人連盟の演説会で右翼に刺された。同年9月、再刊された『種蒔く人』の同人となる。
山本 亮(やまもと りょう、明治27年(1894年)12月1… 山本 亮(やまもと りょう、明治27年(1894年)12月14日 - 昭和48年(1973年)2月18日)は、日本の実業家、漢詩人、政治家。鳥取県西伯郡境町長(17代)、町会議員。号大麓。鳥取県平民。 境町長、鳥取県議会議長等を歴任した山本熊吉の長男。 鳥取県西伯郡境町栄町(いまの境港市)出身。山本熊吉の長男。 松江農林学校を卒業後、家業(醤油醸造)を継いだ。境電気会社設立等、実業界で活躍した。 昭和20年(1945年)4月23日、軍用船玉栄丸爆発事故が発生。山本町長は昼夜にわたる救援活動を指揮する一方で、軍に対して罹災者補償を請求、自ら現地調査に当たる等の尽力によってこの問題を解決した。 茶道、琵琶、漢詩等趣味も多かった。
島村 抱月(しまむら ほうげつ、1871年2月28日〈明治4… 島村 抱月(しまむら ほうげつ、1871年2月28日〈明治4年1月10日〉- 1918年〈大正7年〉11月5日)は、日本の文芸評論家、演出家、劇作家、小説家、詩人。新劇運動の先駆けの一人として知られる。旧姓は佐々山、本名は瀧太郎。 島根県那賀郡小国村(現・浜田市)に佐々山一平の長男として生まれる。実家は貧しく、小学校卒業後、苦学して浜田町裁判所書記となる。同裁判所検事・島村文耕から学資の援助を受け、上京。1891年(明治24年)に文耕の養子となる(後に文耕の姪と結婚)。 増田藤之助が塾主を務める日本英学院を経て、東京専門学校(現・早稲田大学)文学科で坪内逍遙、大西祝から文学、美学を学び、1894年(明治27年)に卒業。