村上 恭和(むらかみ やすかず、1957年12月9日 - )… 村上 恭和(むらかみ やすかず、1957年12月9日 - )は、広島県御調郡向東町(現・尾道市)出身の元卓球選手、卓球指導者。現在、Tリーグの日本生命レッドエルフで監督を務める。前・卓球女子日本代表監督。卓球女子日本代表監督は2008年から務め、2012年のロンドンオリンピックでは女子団体で銀メダル、2016年のリオデジャネイロオリンピックでは女子団体で銅メダルを日本にもたらした。 尾道市立向東中学校〜近畿大学附属福山高等学校〜近畿大学商経学部商学科卒業(1980年)。近畿大学卒業後、和歌山相互銀行(現・紀陽銀行)入社。卓球選手として1983年世界卓球選手権混合ダブルスなどに出場。30歳で引退後、1990年より日本生命女子卓球部の監督を務める。
別所 キミヱ(べっしょ キミヱ、1947年12月8日 - )… 別所 キミヱ(べっしょ キミヱ、1947年12月8日 - )は、日本のパラ卓球選手(クラス5)。パラリンピックには2004年アテネ、2008年北京、2012年ロンドン、2016年リオデジャネイロの4大会連続で出場。リオデジャネイロ大会時の年齢は68歳で、これは日本人パラリンピック選手の最高齢記録である。 試合時に蝶の髪飾りをつけていることから、「バタフライ・マダム」または「マダム・バタフライ」の愛称でも呼ばれる。 1947年12月8日、広島県安芸太田町で8人きょうだいの末っ子として生まれる。広島県立加計高等学校卒業後に敷島製パンに入社。20歳の時に結婚して兵庫県明石市に移住する。 1987年9月、夫が突然くも膜下出血で倒れ死別する。
広田 佐枝子(ひろた さえこ、1946年または1947年 -… 広田 佐枝子(ひろた さえこ、1946年または1947年 - )は、日本の元卓球選手。現役時代は日本代表として世界卓球選手権で金メダル2個を含む複数のメダルを獲得し、日本卓球界の黄金期を代表する選手として活躍した。段級位は9段。 中学1年から卓球を始め、広島県立大竹高等学校を経て専修大学に入学。 1967年度、ストックホルム (スウェーデン) で行われた世界選手権ではシングルスで16強。森沢幸子と出場した女子ダブルス準決勝ではスベトラーナ・グリンベル(英語版) / ソージャ・ルドノワ(英語版)組 (ソビエト連邦) に3-2で勝利。決勝では山中教子 / 深津尚子組 (日本) を3-0で下し金メダル。
福島 萬治(ふくしま まんじ、1939年または1940年 -… 福島 萬治(ふくしま まんじ、1939年または1940年 - )は、日本の元卓球選手。現役時代は日本代表としてアジア競技大会卓球競技で金メダルを獲得した。 広島県立因島高等学校在学時に全国高等学校卓球選手権で準優勝。 専修大学在学時の1960年度、全日本卓球選手権大会で江頭新生と出場した男子ダブルス決勝で山本義徳 / 石橋征組に0-2で敗れ準優勝。 1961年度、全日本選手権で栗田和代と出場した混合ダブルス決勝で星野展弥 / 伊藤和子組に0-2で敗れ準優勝。 1962年度、全日本学生卓球選手権大会で吉本忠義と出場した男子ダブルス優勝。 全日本選手権で吉本と出場した男子ダブルス決勝で三木圭一 / 瀬川栄次組を2-0で下し優勝。
楢原 静(ならはら しずか、1928年 - )は、広島県三原… 楢原 静(ならはら しずか、1928年 - )は、広島県三原市出身の卓球選手。戦後1952年、インドのボンベイで開催された世界卓球選手権で西村登美江とペアを組み団体戦、ダブルス優勝。日本卓球初の世界王者となった。 楢原 静(ならはら しずか、1928年 - )は、広島県三原市出身の卓球選手。戦後1952年、インドのボンベイで開催された世界卓球選手権で西村登美江とペアを組み団体戦、ダブルス優勝。日本卓球初の世界王者となった。