河邉 賢裕(こうべ やすひろ、1968年〈昭和43年〉2月2… 河邉 賢裕(こうべ やすひろ、1968年〈昭和43年〉2月28日 - )は、日本の外交官。 1991年(平成3年)に外務省入省後、菅義偉内閣官房長官秘書官、在アメリカ合衆国大使館公使等を務めたのち、2022年(令和4年)9月より北米局長。2023年(令和5年)8月より総合外交政策局長。2025年(令和7年)7月より内閣官房副長官補。 広島県出身、広島県立広島井口高等学校卒業(昭和61年3月)、慶應義塾大学法学部法律学科卒業(平成3年3月)。
中前 隆博(なかまえ たかひろ、1960年〈昭和35年〉8月… 中前 隆博(なかまえ たかひろ、1960年〈昭和35年〉8月13日 - )は、日本の外交官。サンパウロ総領事や、外務省中南米局長、駐アルゼンチン特命全権大使を経て、駐スペイン特命全権大使を務めた。 広島県広島市出身。広島学院高等学校を経て、1985年3月東京大学法学部卒業。外務公務員採用上級試験に合格して、同年4月外務省入省。 2017年7月14日、外務省中南米局長に就任。 2019年7月24日、在アルゼンチン日本大使に任命された。 2022年9月9日、駐スペイン日本大使に任命された。 2025年11月18日、辞職。
片山 和之(かたやま かずゆき、1960年5月5日 - )は… 片山 和之(かたやま かずゆき、1960年5月5日 - )は、日本の外交官。日本台湾交流協会台北事務所代表。元駐ペルー特命全権大使。元上海日本国総領事、広島県生まれ。
國方 俊男(国方 俊男、くにかた としお、1952年(昭和2… 國方 俊男(国方 俊男、くにかた としお、1952年(昭和27年)10月11日 - )は、日本の外交官。チェコ駐箚特命全権大使等を経て、2013年(平成25年)9月から北極担当特命全権大使、2014年(平成26年)9月からノルウェー駐箚特命全権大使。
佐々江 賢一郎(ささえ けんいちろう、1951年(昭和26年… 佐々江 賢一郎(ささえ けんいちろう、1951年(昭和26年)9月25日 - )は、日本の外交官。公益財団法人日本国際問題研究所理事長、ホテルオークラ取締役、セーレン取締役、三菱自動車工業取締役、富士通取締役。アメリカ合衆国特命全権大使などを歴任した。 外務省経済局長、アジア大洋州局長、外務審議官(政務担当)を歴任し、2010年(平成22年)に民主党政権の野田内閣で外務事務次官として、韓国へ大幅に譲歩した「佐々江提案」を提示した。2012年(平成24年)にアメリカ合衆国特命全権大使に就いた。 岡山県倉敷市児島出身で、広島大学附属高等学校を経て1974年(昭和49年)に東京大学法学部を卒業した。 外務省に入省し、英語研修を経て緒方貞子国連難民高等弁務官の補佐官、内閣総理大臣秘書官などを経て、2002年(平成14年)に経済局長に就き、2005年(平成17年)1月からアジア大洋州局長として北朝鮮による日本人拉致問題や対中国外交などで交渉し、2008年(平成20年)に政務担当外務審議官に就いた。
城田 安紀夫(しろた あきお、1949年 - )は、日本の外… 城田 安紀夫(しろた あきお、1949年 - )は、日本の外交官。ノルウェー駐箚特命全権大使。 広島県坂町出身。広島学院中学校・高等学校を経て、1974年東京大学法学部卒。同年外務省入省。 アラビア語研修(レバノン、シリア、連合王国)を経て、在外ではイラク、クウェート、スウェーデン、エジプトなどに勤務。本省では中近東アフリカ局、調査企画部、国際連合局、中近東アフリカ局中近東第二課長、大蔵省関税局監視課長、衆議院国際部長、外務省大臣官房審議官(文化交流部担当)などを歴任。2001年カタール特命全権大使。2004年国際テロ対策・イラク復興支援担当大使。2007年イラン駐箚特命全権大使。2010年からノルウェー兼アイスランド駐箚特命全権大使。
重家 俊範(しげいえ としのり、1945年6月3日 - )は… 重家 俊範(しげいえ としのり、1945年6月3日 - )は、日本の外交官。中東アフリカ局長や、在大韓民国特命全権大使等を歴任した。
大島 賢三(おおしま けんぞう、1943年〈昭和18年〉5月… 大島 賢三(おおしま けんぞう、1943年〈昭和18年〉5月14日 - 2021年〈令和3年〉5月29日)は、日本の外交官。外務省経済協力局局長、国際平和協力本部事務局長、国際連合事務次長(人道問題担当)、オーストラリア駐箚特命全権大使、国際連合政府代表部特命全権大使、国会東京電力福島原子力発電所事故調査委員会委員、原子力規制委員会委員などを歴任した。 広島県広島市東区牛田出身。1961年広島大附属高校時代にAFSでアメリカ合衆国に1年間留学。 1965年東京大学在学中サンケイスカラシップで英国留学、1967年、東京大学法学部を中退し、4月、外務省入省。 フランス語研修、在フランス大使館・在インド大使館・在オーストラリア大使館・在アメリカ大使館勤務などを経て、1990年在アメリカ合衆国日本国大使館公使、1993年8月国際協力事業団総務部長 1995年8月アジア局審議官、国際社会協力部長、1997年経済協力局長、人間の安全保障・科学技術協力・国連改革担当大使を務めた。
小川 清四郎(おがわ せいしろう、1907年8月3日 - 1… 小川 清四郎(おがわ せいしろう、1907年8月3日 - 1981年8月3日)は、日本の外交官。公正取引委員会事務局長、法務省入国管理局長、駐ビルマ特命全権大使などを歴任した。 広島県尾道市出身。第一高等学校文科丙類を経て、1931年東京帝国大学法学部政治学科卒業。1932年外務省入省。外務省条約局事務官、情報局総裁秘書官、戦争調査会事務局事務官、横須賀捕獲審検所評定官等を経て、1952年調達庁総務部調停官。1953年公正取引委員会事務局長。1957年在ヴィエトナム日本国大使館参事官。 1959年外務大臣官房審議官。1960年駐ハンガリー特命全権公使。1962年法務省入国管理局長。1964年駐ヴァチカン特命全権大使。
松本 俊一(まつもと しゅんいち、1897年〈明治30年〉6… 松本 俊一(まつもと しゅんいち、1897年〈明治30年〉6月7日–1987年〈昭和62年〉1月25日)は、昭和期の外交官・政治家。 台湾台北で、実業家・松本勝太郎の長男として生まれ、広島県呉市広育ち。広島県立呉中学校(呉三津田高校)、一高を経て経て、1921年(大正10年)東京帝国法学部卒業し外務省入省。 在ベルギー外交官補、アントワープ領事官補、条約局、在フランス大使館を経て、条約局第二課長、条約局第一課長、人事課長、在中華民国大使館参事官、文化事業部長、条約局長を歴任。 1942年(昭和17年)、重光葵外務大臣下で外務次官。フランス領インドシナ特派大使を経て1945年に東郷茂徳外務大臣下で再び外務次官となり内閣書記官長の迫水久常らと終戦処理にあたった。
佐分利 貞男(さぶり さだお、1879年〈明治12年〉1月2… 佐分利 貞男(さぶり さだお、1879年〈明治12年〉1月20日 - 1929年〈昭和4年〉11月29日)は、大正・昭和初期の外交官。広島県出身。妻は小村寿太郎の娘・文子。 佐分利家は備後福山藩士で佐分利流槍術を営む家柄であった。貞男は、1879年(明治12年)1月20日、父・好直、母・八代の五男として出生した。1905年(明治38年)7月、東京帝国大学法科大学仏法科を卒業、10月、外交官及領事官試験に合格した。外交官補として清国、ロシア、フランス在勤などを経て、外務省参事官、大使館参事官、通商局長、条約局長等を歴任。 1929年(昭和4年)8月、浜口雄幸内閣の外相幣原喜重郎に乞われて、駐ソ大使への出世を犠牲に駐支那公使に就任。