くすのき しげのり(1961年 - )は、日本の児童文学作家… くすのき しげのり(1961年 - )は、日本の児童文学作家、童謡詩人。 徳島県出身。徳島大学卒業、鳴門教育大学大学院修了。教育関係の書籍では、楠茂宣 名義でも活動している。 徳島県立城北高等学校 在学中は文芸部に入り、大学在学中より児童文学の創作活動を始める。小学校教諭となった後も道徳や国語の時間の教材に使用する為に作品を書き続ける。 2002年に徳島県鳴門市立図書館副館長に着任、民間業者との共同運営や読書の推進活動に携わる。 2004年に脳梗塞となり数ヶ月入院、退院後のリハビリテーションを経て復帰する。この時の経験から2005年より「あなたの一日が世界を変える」の理念を世界に普及させる活動を始める。
大倉 元(おおくら げん、1939年 - )は、日本の詩人。… 大倉 元(おおくら げん、1939年 - )は、日本の詩人。 徳島県西祖谷山村(現三好市)生まれ。 大倉元は2008年に第一詩集『石を蹴る』を出版、収録の詩「石を蹴る」は2007年の滋賀県芸術文化祭の現代詩の部芸術文化祭賞を受賞、同じく詩「おつる」は同年の第二十二回国民文化祭(とくしま2007)の現代詩で入選した。また第二詩集『祖谷』収録の詩「思い出の家」(「旅人」を改題。)は国民文化祭かながわ旅の詩人賞を受賞した。大倉元には作詞集もあり、作詞「五十年前のラブレター」は2006年滋賀県芸術文化祭作詞の部特選も受賞している。日本詩人クラブ会員。関西詩人協会会員。近江詩人会会員。詩誌「風鐸」「ふーが」同人。
鈴木 漠(すずき ばく、本名:鈴木 鉄治郎、1936年(昭和… 鈴木 漠(すずき ばく、本名:鈴木 鉄治郎、1936年(昭和11年)10月12日 - )は、日本の詩人。徳島県徳島市出身。 徳島県徳島市に生まれ、戦時疎開により剣山の麓、かずら橋と落人伝説で知られる祖谷郷に幼少年時を過ごす。1957年(昭和32年)に神戸市に移り海運会社に奉職した。1959年(昭和34年)に岡田兆功、平岡史郎、藤村壮と共に詩誌「海」を創刊。 1980年(昭和55年)に詩集『投影風雅』で第14回日本詩人クラブ賞を受賞し、1989年(平成元年)に連句集『海市帖』で第2回連句協会推薦図書表彰、1994年(平成6年)に第18回井植文化賞受賞、2002年(平成14年)に第28回徳島県文化賞を受賞。
篠原 央憲(しのはら ひさのり、1931年6月9日 - )は… 篠原 央憲(しのはら ひさのり、1931年6月9日 - )は、日本の詩人、評論家。本名は篠原 啓介。また作家活動も行っており日本ペンクラブ会員である。 徳島県徳島市生まれ。徳島県立工業学校(現・徳島県立徳島工業高等学校→徳島県立徳島科学技術高等学校)在学中から少年詩人として活躍。卒業後は、徳島民報社(現・徳島新聞)、大阪読売新聞、産経新聞の記者を経て出版社の編集長、社長を歴任する。その後作家活動を始める。
富士 正晴(ふじ まさはる、本名:冨士正明、1913年10月… 富士 正晴(ふじ まさはる、本名:冨士正明、1913年10月30日 - 1987年7月15日)は、日本の小説家、詩人、版画家。多くの有名作家を輩出した『VIKING (同人誌)』の創刊同人であり、3度の芥川賞候補、直木賞候補となり、晩年は竹やぶに囲まれた自宅に引きこもって活動し、「竹林の隠者」と呼ばれた。毎日出版文化賞、大阪芸術賞、関西大賞大詩仙賞受賞。 徳島県三好郡山城谷村(現三好市)出身。両親はともに小学校の訓導をしていた。家族と神戸に転居し、神戸第三中学校卒業。 1931年旧制第三高等学校理科甲類に進学。志賀直哉を訪問したところ、竹内勝太郎を紹介されて師事する。1932年、野間宏(のちに富士の妹と結婚して義弟となる)や桑原静雄とともに、詩の同人誌『三人』を創刊。
生田 花世(いくた はなよ、1888年(明治21年)10月1… 生田 花世(いくた はなよ、1888年(明治21年)10月14日 - 1970年(昭和45年)12月8日)は、作家、詩人、女性解放運動家。82年の生涯のうちの14年間、生田春月と同棲した。 徳島県板野郡泉谷村(現・上板町)で、砂糖や藍玉を製造する旧家・西崎安太郎の長女に生まれた。父は村長も務めたが、家は維新後衰えていた。 1903年(明治36年)(15歳)、県立徳島高等女学校2年に編入し、『明星』誌、『文章世界』誌などに投稿した。美しくない容貌と145cmと身長が低いことに劣等感を持っていた。服装は生涯飾らなかった。上京後は貧しい田舎出身者であることも劣等感となった。 卒業後、教員免許を取得し県職員の教員となり、1906年半田小学校の、翌1907年松島小学校の教員となり、病弱の詩人横瀬夜雨に文通の指導を受けて詩作し、『女子文壇』誌に投稿し、同誌の主筆、河井酔茗にも師事した。
12代 三木 与吉郎(みき よきちろう、1875年(明治8年… 12代 三木 与吉郎(みき よきちろう、1875年(明治8年)11月27日 - 1938年(昭和13年)6月23日)は、日本の政治家、実業家、漢詩人。衆議院議員、貴族院議員。徳島県松茂町出身。旧名は康治。号は天遊舎愛松。 先代・三木与吉郎順治の長男として板野郡松茂町中来喜で生まれる。後に与吉郎の名を襲名し、藍商・酒造業を営む三木家の12代目となる。後に、藍商を改組して、三木商店を創業し、初代社長に就任。また、阿波製紙も創業し、初代社長を兼ねた。若年、詩を前塚芳南、中村三蕉らに学び、詩・俳句を能くした。その後、二松學舎で学んだ。さらに、衆議院議員、貴族院議員を務める傍ら京都商業学校夜間部にも通い、同校を卒業した。