大黒 繁男(おおぐろ しげお、1925年(大正14年)5月2… 大黒 繁男(おおぐろ しげお、1925年(大正14年)5月20日 - 1944年(昭和19年)10月25日)は、日本海軍の戦闘機パイロット。初の神風特別攻撃隊の一隊である「敷島隊」に五番機として参加し、死後「敷島隊五軍神」の1人として顕彰された。このときの敷島隊の攻撃でアメリカ海軍の護衛空母セント・ローを撃沈した。 小学校の頃は何度も級長を務め、成績は一番であった。だが彼は、学業成績のことを両親には絶対言わず、通信簿も隠していた。貧しくて兄弟姉妹も多い家庭のため、進学は経済的に厳しく、両親を悩ませたくなかったからだという。教師の説得と父親の配慮で1年だけ新居浜工業学校に通い、住友機械工業に就職した。
